quartodecimani blog

原点回帰の観点からキリスト教を見る・・ 「神と人を愛せよ」この一言に発し、この一言に終わる

2011年02月

キリスト教の究極の目的


キリストの教えの究極の目的は何だろうか?

ここでは出来るだけ約めて、なお部外の方にも分かりやすく述べる試みをしてみよう。


まず一言でキリスト教の目的を述べれば
人間の倫理上の欠陥を除去し、神の創造の当初に企図された状態に人間を復帰させる
即ち、それは『愛』により、人が創造者との関係を修復し、人相互にも隣人を見出し、創造の業が完遂されることである。ここにキリスト教の優れた独自性を見出すことができる。

人というものは争わずにはいられない。世界は戦争や犯罪はおろか、隣人と問題を抱えずに生きてはゆけない。これは人類に普遍的に巣食う「倫理上の不完全さ」がもたらしている。人は愛に於いて完全ではなく、利己心に妨げられている。人類に降り掛かる不幸の原因の大半は、この倫理の問題にある。そこでキリストは『神と人を愛せよ』と教える。それが出来ていないからである。
その一方で、神は人を支配し、平伏させることを望んでおらず、崇拝そのものでさえ、エデンの園の記録に見いだすことはない。その必要が無かったからである。 創造の神が人に望むものは支配することではなく愛することであり、愛の絆で神とすべてが結ばれることにある。

倫理上の問題を抱えた人間の現状と、その問題が如何に諸悪の根源であるのかについては⇒ 「アダムからの罪


いまこの瞬間にも不公正や不義が蔓延り、人々の利己的な欲がせめぎ合う世界、それが「この世」という人間社会の実像である。

我々は倫理上に重大な欠陥を抱えているため、互いに争い奪い合うばかりか、聖書によれば、創造者の企図から離れて神からも疎外されてしまっている。また、神との隔絶のために宗教も必要としている。 我々の誰もが、自分から存在するようになったわけではない。それで、人生の目的を問うのだが、宗教家であっても誰もが納得できるような普遍的正解は誰も持ち合わせていない。ただ、様々に答えと思われる事柄、即ち多様な宗教を陳列するばかりとなっている。創造者との間に断絶があるからであり、その答えを得るには、創造者との意思の疎通を必須とするのである。

明らかに我々人間には倫理上に問題があるので、日毎にこの欠陥のために互いに傷つけ合い、重い苦難を多様に受けている現実がある。実際、人が受ける苦難の大半は、人間自身の悪に原因をもってはいないだろうか?

聖書が描写するように、人間は奪い続け、戦い続け、それでも充分には得るところがないので、なおも闘争を続けて来たが、既に地球環境も破壊してしまったようである。(ヤコブ4:1-3)


その人間の倫理欠陥を聖書では『罪』と呼ぶが、それは個人が犯す特定の悪行をほぼ意味しない。
人類社会の不道徳性や闘争性や利己性は全く隠しようもなく表れている。これが聖書中で『罪』と呼ばれるものである。

しかし、生まれたときからこの世界に住む我々には不道徳な人間の性質も当たり前のように見えるかもしれない。だが、この倫理上の欠陥こそが、まさしく人類に虚しい生涯と多大の苦しみをもたらし、神との関係をも破壊しているのである。(イザヤ59:2)
だが、人が全く悪ばかり行うわけではない、生まれながらに憑りついた『罪』の影響を免れず、善を行い通すことができないのである。それでも我々は『罪』の対極にある『愛』を表すこともできる。それゆえキリストは『愛せ』と命じられるのである。


『罪』を負った『この世』の在り様は、神の意図した創造当初の規格からは相当に逸脱した混乱した虚しい人生の舞台となっている。それは幾らかの世相を見るだけでさえ余りにも明らかである。

人に苦をもたらす不倫理性を、仏教では一般的に『業』(カルマ)という言葉で言い表すなら、キリスト教においては『罪』(ハマルティア)という言葉によって苦の原因を言う。

どちらも、人間の倫理的欠陥を宗教の中心的主題に置いているのだが、仏教がそれを『業』に応じた輪廻転生と最終的な「解脱」に答えを与えるのに対し、キリスト教では『罪への悔い』と『贖罪』(しょくざい)によって不倫理性が浄化されることを説くのである。すなわち『罪』なきキリストの犠牲の死による人の『罪』への代償の支払いである。

したがって、キリスト教での『罪』とは「原罪」といわれることもあるように、特定の悪行を指すわけではない。キリストは『罪を行う者は、罪の奴隷となっている』と言う。そこで悔いが求められるのは、人間の誰もが逃れられない倫理上の欠陥についてである。 それゆえキリストは『人の犯すあらゆる罪も冒涜も赦される』という。ただ、「頑なで悔いることのない罪」はその限りとならない。

人は「この世」を生きるように創られてはいない。『神の象りに創られた』とされる人間にとって「この世」は本来生きるべき場ではない。そこで様々な不適応が多くの人に出るとしても何ら不思議はないのである。人の一生を空しく感じるとしてもそれは自然な反応であり、それゆえにも人類は宗教を必要としてきたのであろう。


この倫理上の欠陥にまとわれた事の発端はといえば、聖書の伝えるように、それが「禁断の木の実」をとって食したという最初の人間夫婦に由来する。そうであれば、これを免れる人は誰もいないことになる。そしてこの世の有様に見えるように、人は誰も実際に不倫理性を免れておらず、永く刻まれた歴史からも、人類が倫理上に問題を抱えていることを否応なく知らされていないだろうか。

さて、エデンにおけるその最初の悪行においての根本的問題の所在は、創造者への敬愛の無さであり、それが第一にされるべき創造神との関係性を損ない、倫理という社会関係性の基礎の基礎を破壊してしまったので、以後の人間には悪がつきまとう。

つまり我々は皆が「他者とどう生きるべきか」を弁えてはいないのである。それは不治の病のようであり、我々は誰も争いから免れ得ず、自分の欲ために他者を押し退けるのだが、このままであれば永久に争い続けるか、何時の日にか自滅してしまうのであろう。

他方で、その『罪』の反対に位置するのが『愛』であり、キリスト教ではこの『愛』を「アガペー」と呼ぶ。 
新約聖書では『愛は人に悪を行わず、法を全うする』というのである。

人間に倫理的欠陥のない世界、つまり利己心、貪欲、争いなどのない人間社会を想像することができるだろうか。

しかも、創造の神との間にすら平和がある。人は老化や寿命に拘束されず、経験したことのない人間として創造された本来の輝かしい状態に入る。そこでは、今日の諸々の苦しみがその元から断たれるだろう。それが「アガペー」の支配する社会像といえるのである。

『罪』のない人は、人とどう生きるべきかを弁え知っており、神との間にも断ち難く深い絆が結ばれる。
その結果として、世界は創造の神の意図したままの輝かしいばかりの栄光に満ち、人々は存在したことのないほどの美を極め、これまで経験したことのないほどの繁栄を謳歌することであろう。

キリストの教えの根本はこの『愛』であって、最も必要でありながら、この世に欠けたものである。人は身近な家族や友人を愛するので、愛はこの世に無いとはいえないが、キリストはこのように言われるのである。

『自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな報いがあろうか。』『敵を愛し、迫害する者のために祈れ』(マタイ5:46・44)
人々がこの通りに行えるなら、この世は今とは違っていることであろう。だがこれは実に難しい。
そして神は、この実践が人間には不可能であることを認めているので、イエス・キリストを『罪の贖い』のために任じたと聖書は教えているのである。


だが、そのような世界が却って面白みに欠け、争いや苦しみあっての人生だというように思われる向きは、以下をご覧頂いても意味を成さないと思われる。

あるいは意義を感じられる方々に、倫理的回復の手立てについて以下に書き出してみよう。


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◆人間の倫理問題の解決

創世記に語られる人間と神との断絶の話を信じようといまいと、人間が例外なく「そこそこの悪党」であることは、それぞれ個人のよくよく味わい知るところであろう。(詩篇14:2-)

この倫理上の欠陥は神と人をも隔てたが(イザヤ59:2)、創造者と人との和解の目的のために、神の意志によって仲介者が立てられた。聖書はこう云う。
『神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスである。』(テモテ第一2:5)

この神と人との和解が、アブラハムの宗教、ユダヤ教、キリスト教の目的であり、悠久の時を貫く不変のテーマとなってきた。(コリント第二5:19)

その和解の仲介者は、人間の先祖アダムが為した、禁令を破る行為によって失われた人の善性と命を請け戻すべく、自ら人間のひとりとなり、その命をアダムの失った命#の贖い代として差出すことで、その子孫を老化して死に向かう不完全な命から開放する役割を喜んで担ったのである。(ローマ5:12-)

仲介の役が果たせる以上、彼は元々人間ではなかったが、神の創造の業をも委ねられていた存在で、神が自ら創造したのはこの者だけであったから、「神のひとり子」とも言われている。(コロサイ1:15-16/ヨハネ1:1-3)

キリストが処女懐胎によって誕生した道理はここにある。 

イエス・キリストがアダムの子孫なら、ただの『罪』ある人でしかない。


人類のはじまりであるアダムは、木の実の禁令を犯し、神の否認したことによって、自分ばかりか子孫すべてを神の創造物の輝かしさから遠ざけてしまい、神から遊離した根無し草のように不安定な存在としてしまった。
そうしてアダムは、老化して死に向かう虚しい運命に自分と子孫を諸共に一度限り売り渡してしまったのである。その動機を要約するとエヴァを選んで、その妻との関係を創造者より上に置いたところにあった。(創世記3:12・19)

そこに神の落ち度はなく、それはアダムの「神の象り」としての責任を伴う、二本の木の実に関わる意志の自由を守るための二択であった。もう一本の木は「永遠の命の木」であったのだ。
だが、アダムは創造神との関係を否認する選択をしたので、それは自分の存在の由来を否定したことで、あらゆる不義の第一歩となり、人の倫理を土台から破壊してしまった。(創世記1:26)


しかし、「仲介者」は神と人との断絶に心を痛めていたことであろう。彼は神と人間を大変愛しており、自らの死を捧げてまで神と人との和解のために働いたのである。(箴言8:31)


その和解のを受け入れるために、人は神を神としなければならないが、人間社会は大半において常に、創造の神には信仰していてすら無頓着であった。多くの人々は神を崇拝するにしても利己的に利益を求めて決め付けてきたからであり、神自身の意向を探ろうとはしてこなかったのである。

即ち「神は自分に何をしてくれるのか」を問うところの「ご利益崇拝」が宗教の専らとする姿であり、キリスト教の人々でさえキリストの自己犠牲に感化もされず、結果的にであれ、キリストの上にあぐらをかいて、自分が救われるために犠牲を捧げる下僕としてしまう。それでキリストを信奉していると言えたものだろうか。(コリント第二5:15)

さて、神を認めない最初の行いはエデンの園で為されたために、遺伝によりアダムのすべての子孫である人間は倫理において不完全となっているがこれを「原罪」ともいう。(創世記3:17-19)

即ち、第一原因者たる創造者を神として敢えて否認することは、創造物である人間にとって、あらゆる倫理の基礎を損なうものであったので、以後、アダムの子孫は皆が悪を行う者とされてしまったのである。(ローマ5:12)
 

それゆえ仲介者が、創造物としての相応しい「神の子」の立場に人類を復させるためには、人の命に宿ってしまっている『罪』を何とかしなければならない。
そこでアダム本来の命#の代替となる別の命#の「贖い」(あがない)を差し出される必要があった。そこで贖いの代価を備えるべくキリストは人となり地上に生まれた。(ローマ5:18-19)

それだけでなく、各個人が「神を神として認める」意思を見届ける必要があるが、これは「信仰」によって人々が選別されることであり「裁き」と呼ばれる。(ペテロ第二3:7)

その「裁き」で問われるのは『罪を悔いる』こと、また、キリストに託された「贖い」に『信仰を抱く』ことである。その貴重な代価の意味を知らされてすら、求めず感謝もしない者に、どうして赦しを与える必要があるだろう。それはアダムと同じ道を行くことではないか。



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◆倫理性を回復する過程(贖罪「しょくざい」)

キリストと称されるこの仲介者は、まず人間となるに当たって、罪以前のアダムと同様の無垢な命#を持つべく、アダムの血統によらない方法で人間社会に来た。そこで彼は地上で、キリスト(任じられた者)・イエスと呼ばれた。(マタイ1:20-21)

それから、不法や誘惑を退けつつ、自らの倫理的に欠けるところのない生命#を犠牲として捧げ、地上に人として到来した目的を果たした。(テモテ第一2:6)


この犠牲が捧げられ、既に「贖いの代価」は払われ、神の御前に満たされているので、それはすべての人が用いられる状態となっているが、その犠牲の価値を運用して人々に罪の赦しをもたらす「神の王国」と呼ばれる神からの手立てが待たれている。キリストを王とするこの王国は、「この世の終り」に際して存在するようになるという。(ローマ3:24/5:10)

そして、この仲介者が次に行うのは、「神を神とするか」というエデンの問いに対して「神の象りに創られた」人々が自由意志を行使して、どう答えるのかを見極める「裁き」であり、これも世の終末に行われるという。(ヨエル3:12/マタイ25:31)⇒「終末の裁きで何が問われるか」

あらゆる個々の人々によってこの選択が行われてこそ、創造の業が完遂し、世界が神の意図した通りの栄光を得るところとなるのであり、世界の人々は、世の終わりに再来するキリストの前に右と左に分けられるというのである。(マタイ25:31-)

『この世』というものは、アダムの血統を通してすべての人が出揃うのを待つ場であると同時に、『罪』のもたらす害悪の実情の証しをすべての世代が見ることにもなってきた。
それを各人がどう判断するか、キリストを頼り『罪』を悔いるか、あるいは神を否認して『罪』に留まるかは、それぞれの前に置かれた『エデンの木』のようになる。

人間を自らの象りとした神は、この問題に対してひとりひとりの自由な決定を行わせるであろう。
アダムのときのように神は人からの敬愛を強要しない。そうでなければ、真実の愛は存在しないからであり、アダムの道を行こうとする者が出ることは避けられない。⇒ 神の象り」に込められた神の愛


しかし、必ずや神を神とすることを望む者たちも居るに違いない。彼らを不敬虔な者らから選り分けて、仲介者自らが犠牲として差し出した生命#の代価を以って、彼らを『罪の奴隷』状態から買取り、彼らの倫理上の欠陥である「罪」を取り除く過程となる『神の王国』または『天の王国』の地上支配と贖罪の祭祀の下に入れるであろう。(黙示録20:6)これがキリスト教会で「天国」と誤解されてきたものである。

その過程は、黙示録において「千年続く王国」+と記されている。(黙示録20:4)
だが、この贖罪の機構である『神の王国』の助けを望まない人々は、この千年の始まる前に、神を認めぬ行動を通して動かぬ決意を示し、神と人との戦いを起こすにまで進み、その後果を刈り取ることになる。それが、創造者との戦いで人間に勝ち目なく、勝敗が顕著に分かれるという意味での、所謂「ハルマゲドン」の戦いである。(黙示録16:16/ゼパニヤ1:17-)

さて、これらはすべての生ける者に対する仲介者の処置(裁き)である。(マタイ25:31-)
一方、千年が終わると、一般の死者(聖徒*ではなく)たちの無数の復活が起こる。(使徒24:15)
この「死者の復活」こそが聖書教の特徴であり、まさしく創造者こそが為し得ることではないか。

それが起こる時、一度死んだ者は「死」という「罪の報い」を既に受けており、神の業は完全であるゆえに、生き返る彼らのすべては仲介者キリストの生命#の贖い(代替)によって、原初のアダムのような罪無き命#をもって復活するであろう。(ローマ6:23/マタイ12:41)
彼らにも、エデンの『二本の木』の選択が問われなくてはならない。


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◆倫理性を回復した人間への要求

千年の神の王国の終わった後に復活するこの無数の群衆には既に仲介の必要はなく、この人々を裁くのはもはや仲介者の仕事ではなくなる。(コリント第一15:24-28)
そして、千年間の贖罪を受け死を一度も経なかった人々も倫理的状態は同様に完全となっている。

ここで、「エデンの問い」は最終的なものとなろう。

仲介者キリストはすでにこの件に関する働きを果たし終えているのであるから、あとは個々の人がまったく自由な選択者として、直接神にどう答えるかが裁かれるであろう。(黙示録20:11)

神はこの人々にも、敬愛を強要しない。そこで再び現れる蛇の誘惑に陥る人々は少なくないが、これらの人々は、遂に「老いたる蛇」であるサタン(反抗者の意)共々、永久の滅びに裁かれるに至り、こうして、神の創造の業は完遂され、その意志は尽く世界に行き渡ることになる。(黙示録20:7-)


彼らは神の子としての関係に復すことを願うのか、或いは、神を認めず敬わずに「神のように」(対等に)なろうとして「蛇」の道を行こうとするのか?(創世記3:5)
この「蛇」で表されるのは、被造物の中で一番に神からの独立を宣して「罪」の道に入った天使でありサタン(反抗者)と呼ばれる。(黙示録12:9)

堕天使である「蛇」は、自らの自由意志から神を愛さず、創造界に利己心と無秩序を持ち込んだが、それは人間界にもよくよく観察される。我々は隣人を愛し、助け合う能力が無いわけでもないが、どうしても他者を愛するよりは欲に従い、隣人との争いを止めることができない。

もし、それが当然だと思うなら、その人は神の人間に対する倫理回復の手立てにそう関心も持てないであろう。これこそは、その自由な意思の選択であり、それは「エデンの問い」に連なるものとなろう。その人は『永遠の命の木』から食すことはあるまい。なぜなら、他者とどう関わって生きてゆくかという「倫理」を弁えない以上、永遠に生きるどんな理由があろう。

この問いについては、今はあれやこれやと想像できても、それはあまりに深遠な問題である。それでも、ひとつのことは明らかであるように思われる。

それは、「エデンの問い」は神への愛が問われるであろうことである。その反対に位置するのは自己への愛であるように思われる。

神に象られた創造物は、自己を存在させた創造者との関係性(愛)を以って初めて存在理由を得るからである。
その点、「仲介者」の示した神への愛、そして人への愛は深い教訓に満ちたものであろう。

愛を抱く者は死から生に移るという使徒ヨハネの言葉は、生き続ける理由が愛による以外ないことを見事に一言で表していないだろうか。(ヨハネ第一3:14)
「倫理」、即ち、「隣人とどう生きてゆくか」をわきまえない者が永遠に生きるとすれば、それは大きな矛盾であって、創造界から無秩序はなくならず、神の創造の意図は永久に成し遂げられないことになる。

それゆえ『罪』をキリストの犠牲によって赦され、『神の子』となって生きるということは、神が永遠であるように共に生き続けることを意味しよう。(詩篇90:2/ハバクク1:12)

以上が人間に関するキリスト教の目的である。


したがって、我々の眼前にある「この世」は人類を創造した神の是認を受けるようなものではあり得ない。
そこに神の摂理もなく、キリストの信仰者を特別に贔屓もしない。「この世」とは、ただ法則によって自動化された世界なのである。
しかし、神は「この世」をその汚された状態から、創造の当初の輝かしい状態に戻し、自らの栄光を反映する人間へと「救う」ことを意図された。

そこで、聖書はこう云うのである。
『神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。』(ヨハネ3:16)

これは、「この世」をできるだけ住みよい場所に改善してゆく、というようなことではないし、個人の人生をより良いものにするということでもけっしてなく、道徳的な生き方を求めているのでもない。神の意図はそのように凡庸ではない。

むしろ、人間が創造者を意に介さずに成立させている「この世の有様」をひっくりかえして一変させてしまうものである。そこで聖書には終末、即ち「この世の終り」が避けられない。

だが、神はすべて人々に選択の機会を必ずもたらすという。即ち、救いを選ぶか否かというエデンの問いは思想信条に関わり無くすべての人に問われるのが終末である。

キリストが再び来る不定の将来に、その終末が訪れることになることを聖書は告げている。



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しかし、この仲介者キリストには神に関しても成し遂げる目的がある


それは、この仲介者が神の最初の創造物であり、第二の立場にあるゆえにこそ可能なことである。(コロサイ1:15)


創造界で神から離反していたのは人間だけでない。「蛇」を初めとする堕天使らである。(黙示録12:9)

ここでは仲介者としてだけではなく、彼は全創造物の「初子」として大きな働きをした。

つまり、この初子が創造の父を「神たるもの」とするとき、この第二位以下のすべての被造物は神を崇めるべき理由が生じることになる。


そのため、初子は地上に来て「蛇」である堕天使サタンの誘惑を度々受けたが、初子はこれを退けて遂に刑死に至るまで一途に神への忠節を尽くした。

初子の忠節な死を以って、神は神たるものとされるべきことが確定し、論議は既に終了している。それは堕天使らにも霊に復活した初子から伝えられたが、この件に関する蛇らの反論はまったく不可能となった。(ヘブライ2:14/ペテロ第一3:19/ヨハネ16:11)


最後の試みにおけるすべての人々の裁きに続き、堕天使らにも終わりが訪れる。これらの者らの滅びが(象徴的に)いつまでも破滅の火の中から煙を上げ続けることで、神の神性の証しも永遠に亘るものとなる。(黙示録21:8)

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◆被造物の裁き

こうして倫理の基礎が確立され、神が神であるということが全創造界に自由意志によりながらも秩序をもたらすことになり、すべての権威や権力を必要としない平和な関係がもたらされるのである。

神の初子は他の知的創造物すべての調和と神との絆の要となるが、殊に人間の父祖アダムに代わって『とこしえの父』となるので、人類はアダムの命によらず、初子キリストの命にあって永生を賜る機会が拓かれる。

こうして、初子は父である神を愛し、その神性を擁護する礎となり、その証しは神の最大の栄光となった。そこには創造者と被造物の強い絆が象徴され、且つこのうえなく具現する。
初子はさらに進んで、すべての被造物を神に帰せしめ、己を神とする者を永遠に絶やすことになる。(コリント第一15:24-)


こうして、政治的権力という一切の強制の必要の無い、また神も権威を翳す必要の無い、あたかも家族のような姿が神と被造物の間に見られるようになるであろう。(黙示録21:3)

人は神に語りかけ、神はイエスにそうしたように実際に答える。(イザヤ65:24)
そこでは所謂「宗教」の必要も無くなってしまい、「罪」のもたらす神と人の断絶は過去のものとなる。

倫理上の欠陥から開放された人類には、政治と宗教の必要が無くなってしまうが、これもキリスト教の究極の目的といえる。
人間の政治と宗教はふたつながらに、人間の罪への対症療法に過ぎず、神による根本治療がなされた後には何らの意味も持たないからである。


⇒ 人はなぜ傷つきながらも政治と宗教を存続させるのか?




           新十四日派  © 林 義平


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#この「命」or「生命」は、正しくは「魂」(ネフェシュ)であるが、初学者の誤解を避けた。
*「聖徒」:キリストと共になって、人間から倫理的欠陥を千年の間に除去し、その間の統治を行うために信徒から選ばれた者で、千年の前に復活あるいは召しを受け「神の王国」+を構成する。「聖なる者たち」ie「神のイスラエル」。
+「千年王国」ie「神の王国」:始祖アブラハムの真の「子孫」ie「裔」=「神のイスラエル」で構成される人類救出のための手段となる『王なる祭司』とされる格別な人々。

関連項目⇒「エデンの園の二本の木の意味

以上の観点に基づいたキリスト教解説書 ⇒ 「神YHWHの経綸」

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また、上記のほかにもうひとつ、創造の業の完遂に於いて、神自身が直接に成し遂げる恐るべき至上命題がある。
だが、それを説明するとどうしても長い文章になろう。
また、初心者向けの内容ではないと思えるので、ここでは割愛し別の頁にまとめたい。

⇒ 神名浄化の至上命題「シェム ハ メホラーシュ」

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◆このブログの
記事一覧











キリスト教の真髄 「愛の掟」


キリスト教の真にキリスト教たる真髄は何であろう。

それはユダヤ教からの見事な脱皮、次元上昇を成し遂げさせた事柄である。それはキリストの教え「愛の掟」とも呼ばれる。

ある人は「愛」と「掟」という、「内」と「外」ほどに相反する言葉の結合に矛盾を感じるかも知れない。

しかし、使徒ヨハネは、神がキリストを人間の罪の犠牲とすることによって、人間に真の命を賜ったので、我々には「愛し合う務めがある」と書いており、(ヨハネ第一4:11)他の使徒たちも「愛」の実践がどれほど重いものかを強調しているのである。

では、人の生活の隅々にまで影響を及ぼし得るキリストの「愛の掟」の『愛せよ』とのわずか一条がどれほどのものかを考えてみよう。


それにはまず、キリスト教の母体となったユダヤ教の在り様から説き起こすことをお許し願いたい。


-◆法の外面性-----------------

ユダヤ教とは、法律条項を遵守するべき義務を負うものであった。

概して、法規を守らせることは、人への外からの作用である。
先に書いた記事「なぜ人は傷つきながらも政治と宗教を存在させるか」でも触れたのだが
この社会で法を守らせるのものは、最終的には権力であり強制である。
「背後に剣の無い契約など、虚しい言葉に過ぎない」とホッブスも言っている。
 

しかし、イスラエルの神は初めから主権をかざし強制に訴えることはせず、契約の形を以って「律法」を与えた。
これが即ち、契約の仲介者の名を冠した「モーセの律法」と呼ばれるものである。
イスラエルは契約の一方の当事者であり、当然にその「律法」の遵守を期待されたのである。


神は彼らが契約を踏み外すことがあったからとて、即座に介入し、律法の施行を強要することはしなかった。
しかし、契約した以上、当然律法に関して行ったことの酬いは引き受けねばならない。それはある意味で甲乙の当事者として対等なところのある「契約」であり、そのため、イスラエルも強制を受けるわけではないにせよ、当然ながらその責を問われることになるのであった。

しかし、イスラエルはその歴史の大半の期間に亘って律法契約には従わず、その掟を無視し、あまつさえ異教を奉じるなど、律法の精神に逆行さえしていたのである。これらの行動によって彼らの内面の如何は充分に示された。

結果として、ユダ王国のマナセ王の頃までには、神は律法契約は破綻したと看做し、その決意は二度と翻ることがなかった。(列王第二24:3-4/エレミヤ15:4)


さて、彼らの律法契約のこうした不履行の原因はどこにあったか。
ひとつ考えられるのは、法規の遵守が必ずしも履行者の内面を形作らないことである。

もちろん、モーセの律法に人の内面、つまり特質を培うよう命じている条項がないとはいえない。
例えれば、レヴィ記19:18の「あなたは仲間(同胞)を自分自身のように愛さねばならない」は、愛という人の特質を直接に要求することに於いて、一般的法律にない特色を有している。

こうした律法を持ったにも関わらず、イスラエル=ユダヤは歴史上、その同胞によって圧制や搾取が為され、無辜の血も夥しく流されている。

彼らは契約に無頓着であって、律法中の基礎的な規定も大いに無視していた。
その結果、イスラエルの神YHWHは遂にその民を捕囚に処し、70年もの間この民族からエルサレムに在った神殿が失われ、この間、律法条項の多くが履行不能に陥り、律法契約は一度破綻したことがあった。

契約の証である聖なる箱は消失して戻らず、聖籤「ウリムヴェトンミム」も遂に見いだされなかった。
これらを失ったイスラエルは律法契約に対して不履行でいたことは、もはや拭いようのない事実となった。

こうして契約遵守を失敗した後、彼らは許されて新バビロニア帝国の頚木を脱し、悔い改めて帰還した幾らかの民は神殿を再建して崇拝を立て興し、それからしばらくは律法を守って過ごすのだが、やがて反対の極端に傾くようになってしまった。
つまり、律法条項の遵守を至上命題に、外面を整えることに腐心し始めたのである。

そこでイスラエル民族は、律法の条項を守らなくても、あるいは守っても、どちらにしても、その内面を向上させ進歩することなく、その延長線上でメシア=キリストを退けることになってゆく。

ユダヤ人のメシア拒絶に挙げられた理由は、イエスが律法の細目を守っていないとの外面的な判断によるものであった。
この点、それらのユダヤ人が、イエスから規定の外的墨守より内面の特質を培うようにと訓戒されたのも頷けるところである。(例 マタイ9:13)


「法」とは本来、倫理的秩序を保つためのもの、欲望の対立を避けるため、あるいは悪行とされるものを防ぐものである。畢竟、人が神をはじめとする他者と、どのように共に生きてゆくかを規制するものである。

これについては別の記事でも書いた通り、法律の存在そのものが人間に倫理上の欠陥のある証拠であり、人間にこの欠陥がある限り、我々は法律というものからけっして逃れられないであろう。

さて、モーセの律法には我々の知る今日の法律に似たところがあり、最大の共通点は条文によって人を外部から規制するという根本的方式にある。
この外部から人を縛る方式では、その動機が利己心であるにせよ何にせよ、人は出来るだけ拘束されたくないので、人はどうしても抜け道を探ろうとしがちである。

結果として、法律は法律を呼び、いよいよ人を多くの縄目で縛りつけることになってゆく。そこではこの世の習いに従い、貪欲と規制とがどこまでも競い続けてゆくのである。

ユダヤのイエス後の歴史をみると、トーラー(律法「教え」)にミツヴァ(伝承)を加えたが、その目的はトーラーを守らせるための規則であった。ミツヴァは編纂されてミシュナーとなり、さらにゲマラ(注解)が付され、それらを納める無数の規則で成るタルムードとなった。そしてタルムードは現在も条項を加えつつあり、その細かい規則は膨大な数となっているが、条規を守らせる為に条規を増加させるという点では諸国の法と同じであろう。

イスラエルの律法との関わりを観察すると、神から与えられた律法をどれほど仔細に守っても、やはり外から人を規制する「法規」が倫理的に人の内面を向上させることは難しいようだ。
それは、条項に従うにしても従わないにしても然程変わりはない。⇒ 「山上の垂訓に於ける律法の成就

我々はイスラエルの歴史から、人の倫理的欠陥の改善について法規というものがほとんど役に立たないことを見る。

法規は社会の秩序維持のための当座の必要のみにおいて効用があるだけであろう。人そのものの性質を変えはしない。
畢竟、「法律」とは人間に宿り続ける倫理上の欠陥への応急処置、また対症療法のようなものでしかない。
他に何か意味があるとすれば、我々人間が皆、そこそこの悪者であることを知らせるばかりであろう。⇒ 「人はなぜ傷つきながらも政治と宗教を存続させるのか

では、倫理問題への根本治療のような、内面から人を変えるような方式が果たしてあるのだろうか?
法律を超越するそれは、如何にして人から善的特質を導き出すのだろうか?



-◆愛の内面性-----------------
「愛すること、これがわたしのおきてである」

「愛の使徒」とも呼ばれるのは十二使徒のヨハネである。
彼は自らの福音書を書いたときに、他の三つの(共観)福音書の存在を知っていて、それらに書かれていないことを記すよう努めたと伝えられている。(教会史Ⅲ24)

わけても、外面重視のユダヤ宗教領袖らの手に掛かってイエスが刑死する前の晩、あの浄められた夜の記述は五つの章にも及び、彼のこの晩の印象がまことに大きく深かったことを窺わせるものである。

彼は十二人の中ではおそらく最年少で、そのため彼はイエスに可愛がられ、福音書の中で「主に愛された弟子」と自ら称している。

ゼベダイの子ヨハネは、食事の席でそのふところに在り、イエスとの最後の晩に、主自らの死を記念するようにと「主の晩餐」を制定したときを共にしたが、彼はそのことは他の福音書筆者にまかせて、むしろ主の口から出た言葉に多くの注意を向けている。

その中でも白眉とされる部分が「愛の掟」であろう。

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「あなたがたはわたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うようにせよ。これをわたしの掟として与える」。「友のために自ら命(魂)をなげうつことより大きな愛はない」。(15章)「あなたがたに愛があれば、人はそれによってあなたがたがわたしの弟子であることを知るであろう」。(13章)
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ここに我々は何を見出すだろうか?
これこそ、キリスト教の真髄である。

同様に他の使徒たちも「愛」についてはその重要性を書き記して憚らない。
パウロはコリント第一13章の全体を以って愛が如何に大きなものかを述べた。
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たとえ、わたしが様々な言語、天使の言葉にさえ通じていても、愛がないなら、それは単にやかましいだけの銅鑼やシンバルのようなものだ。

そして、預言の賜物があってすべての神聖な奥義に通じていたとしても、あるいは、山を移動させてしまうほどの信仰さえもっていても、愛を欠くなら何の意味があろう。

自分の持てる家財のすべてを人々に施し、自分の魂(命)を他の人のために差し出したところで、愛をもっていないなら何の価値もないのだ。


愛は忍耐強く、妬みや誇りや傲慢を行なわない。下劣な行いをしない。利己的にならず、苛立つことをせず、根にもつこともしない。

不義を喜ばず、真実と共に喜ぶ。愛はすべてを忍び、すべてを信じ、すべてに耐える。愛はけっして絶えることがない。
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論理に通じ、解釈の先端を走った「奥義の家令」であるパウロであってさえ、愛が知識をどれほど超越するかをこのように言葉を究めて説いている。

また、立場は大いに違えどもパウロと協調して働いたイエスの弟ヤコブは、律法中のひとつである「隣人を自分のように愛せ」を「王たる律法」と呼んで、様々な愛を実践し、それが意義を持つようにせよと人々を戒めている。それが言葉に終わってしまっては、確かに愛は空しくなるに違いない。


そして愛の使徒とも呼ばれるヨハネは、イエスの命じた愛せよという掟を高く掲げる。
その第一の手紙の第四章で彼は愛することを、まことに美しい言葉を用いてこう説いている。
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愛する者らよ、我々はこれからも愛し合ってゆこう。
愛こそは神からのものであるから。
また、すべて愛するものは神から生まれている。
神は愛であり、愛の内に留まる者は神と結ばれており
神はその者と結ばれている。
-------------------------------------

キリストの直弟子らは、彼らの主が述べた愛の重要性をよくよく認識していたことは明らかである。
彼らがギリシア語で「愛」と記すとき、幾つかあるギリシア語の「愛」を意味する単語のうちでアガペー” ἀγάπη”(第二音にアクセント)を選んだ。
それは、ギリシア語で使用頻度の少なかったものであり、それを用いることを通してその「愛」の優れた性質を知らせるようなニュアンスがあったという。(元の「アガペー」の意は「奴隷など立場の低いものへの慈愛」であったという)

イエスが弟子らに教えた「愛」とは、一般に見られる自分の身内や、自分によくしてくれる者に示す愛を超えるものであることは、「友の為に命を投げ打つ」という言葉にも示されるが、「敵をも愛せ」の言葉はさらに鮮烈な印象を与えるものである。


そして、使徒ヨハネは第二の手紙において、第二世紀に入ろうというその当時の弟子たちに次のように訴えている。
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わたしは新しい掟ではなく、当初からの掟を伝える者として願う。
それは、わたしたちが愛し合うことである。
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この手紙を書いているヨハネは老境に達してなお、65年以上前のイエスと過ごした最後の晩のキリストの言葉の重みを告げている。


そして、この「愛」が「律法」と比較した場合にどれほど画期的なことであるかを指摘していたのは使徒パウロである。
-------------------------------------
あなたがたは、この愛し合うことの他には誰にも、また何をも負ってはならない。

他の人を愛する者は、律法を完うしているのである。・・・

どんな掟があるにしても、律法は即ち「あなたは隣人を自分のように愛さねばならない」の言葉に要約される。

愛は隣人に悪を行なわない。それゆえ、愛は法律を完うするものなのである。
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こうして我々は、人を外から規制する「法」を超えるものを見出す。
それは人の内面から発するものであり、自ら望んで自らを規制するものである。
その人は、他者の喜びを自らと共に味わうことを望む。

それが即ちアガペーと呼ばれる「愛」である。
「愛は法律を完うする」というからには「アガペー」のその持てる本質が世に満ち亘るなら、今日の人々の貪欲を制御するために世界に行き渡っている外的な「法の支配」を不要なものとさせ得るであろう。

もし、人がアガペー愛の完全さを体現するのであれば、その人に「法律」という外面からの規制の必要はまったく無くなってしまい、倫理上の完全さに到達して、創造されたままの輝かしい「神の子」としての姿に回復されることであろう。
「罪」が神と人の間を隔てるものなら、「愛」は人を神と結ばせ、人と人の真の絆とも成り得るものである。

モーセの律法は600近い規則で構成されていたが、「キリストの律法」ともいえる「愛の掟」はまったくシンプルである。
しかし、我々がそれを行なうとなれば、律法のように、いやそれ以上に生易しいことではないであろう。

他者が定めた規則に従うだけで自分をよしとするのは、ある意味で容易なことである。その人の内面は問われるわけではない。

しかし、「神と人を愛せ」という一ヶ条だけなら、人は自らの良心や共感などを動員しなければならず、その都度、内面の特質が問われてくるのである。それが即ち『自分にして欲しい通りに』の意味である。
そして「愛の掟」を守る度に、経験を通しその人の内でより善いものに更新されることによって、生きた掟となり得る。
しかも、それはまったく個人の問題であって、外面的に互いに裁くことの出来ないものである。


それゆえ、この余りに簡単な掟ではあっても驚くべき内容が込められている。
その掟がシンプルであるゆえに、自由自在にあらゆる状況に様々な仕方で適用ができ、つねにこの「掟」に従おうとする各個人の限界や進歩の過程にも応じたものともなり得るのである。

キリスト教はこの「愛の掟」において史上かつてない宗教上のすばらしい次元上昇を果たしたのであり、これ「愛の掟」は、存在するすべての宗教を超絶するもの、他の追随をけっして許さぬものであろう。


そこには今日の世界を動かしている貪欲と、それを押さえ込むための法と権力というシステムの対極がそこにある。つまり、今の世の中は互酬システムで築かれたものであり、その原則は「他人のためには働かぬ」というところにある。
それは「友のために命を投げ打つ」また「敵をも愛する」精神とは大いにかけ離れていよう。

この愛をこの世に在って体現したのは、まさしくイエス・キリストであった。
神を愛して、自らは質素な生活の中で父を高め讃え、神殿を猛然と浄め、父を誤解する者を正し続けた。
また人々を愛し、多くの病を負い、悟りの遅さを忍び、死に涙し、遂に神と人の為の極刑にその命を散らすことを惜しまなかった。
その偉大な生涯は、あらゆる創造物に史上一度示されたアガペーという愛の真正な体現であった。


-◆アガペーは行動原理となり得るか-----------

他方、今日の社会はまったくよそよそしいものである。
我々は他者からのサーヴィスを受けるために代価を与えねばならず、毎日の生活が便利ではあっても、必ず通貨を持って買い物に行くのであり、利害は常に天秤にかけられるものである。
人は金銭を得るために愛想をよくし、支払う者は与える者であるかのように振る舞う。誰のお陰で生きて行けるのかとでも言うだろうか。

金銭はその人を規制し、願望の遂げられる範囲を定める役割を持っている。即ち「貪欲」への抑止力である。

この金銭というものが市場経済を作り上げるのだが、それは公平を装いながらけっして公平なものではない。貧しさに苦しむ人々をしり目に富は偏在する傾向があり、有り余るところには更に集まってくる。

誰かが富むということは、この世では必ず他の人々の貧しさの上に成り立つのであり、富者がキリストに喜ばしく語られたところを新約聖書に見出すことはまずできない。キリストに従うことは『駱駝が針の穴を通るほどに難しい』とされ、『金を愛する者ら』はイエスの話が不快であったともいうのである。(ルカ16:14)
その一方でイエスは、貧窮にある寡婦が神殿に僅かな額を奉納するのを見ては、その信仰を非常に高く評価された。


金銭は弱者に苛酷に作用し、その生活を悲しむべきものにするが、それでも富める者らにあっても必ずしも栄えを楽しませるものとはならない。そこにも勝ち負けのあるギャンブルのように動揺したものがある。「市場」とはアガペーの反対の動機に突き動かされ、「貪欲」という以上に定まった目標の無い、どこに向かうか分からない潮流そのものである。それは人々を呑み込む無慈悲な大波のようであり、当て所も無くバブルの有頂天と恐慌の絶望とを行きつ戻りつしていないだろうか。(イザヤ57:20)

創世記に語られる「あなたは顔に汗してパンを食し、ついに地面に帰る」という苦難の生活を逃れ出る人は常にごく僅かであった。
今でも一日2米ドル以下で生活する人々は人類の半分にも達していると言われるが、やはり過去についても経済学者は歴史の状況を俯瞰して「人類の歴史の大部分において、人は底知れず貧しい状態にあった」と述べている。(ダスグプタ「経済学」p17)
物資が不足しているのだろうか?統計からは必ずしもそうではないという結果になる。所有の大小が公平な分配を阻害しているのである。

富める者と貧しき者とは、様々な争いによってバランスを取らざるを得ず、また、富める者同士も、しばしば更なる富を巡って奪い合うことが起こり、一瞬にして莫大な富が消え去る恐怖と無縁でもない。個人同士の争いと同じく、国家同士も互いに利害を巡って対立し、ときに軍事力などの行使するが、それは兵にも民にも苛酷な仕打ちを行うものである。命を賭した人々が礼を尽くして葬られたとしても、奉られるほかに何の酬いがあるだろう。


キリストの弟ヤコヴはその原因を次のように指摘する。
『 何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのか。
あなたがたの肢体の中で合い争う欲望が原因ではないのか。
あなたがたは貪っても得られず、人殺しをする。熱望しても手に入れることができず争い戦う。
あなたがたが得ることができないのは、あなたがたが願わないからだ。
なるほど願いはする、だが受けられないのは、自分の快楽のために使おうとして、悪い動機で願うからなのだ。』(ヤコヴ4:1-3)

ここでヤコヴが指摘するような人間の貪欲に対処するための法による支配、つまりこの世の現状であるところの、愛に基づかない貪欲のシステムがもたらした悪弊に、人々は既に充分すぎるほどの辛苦を味わったであろう。

では、キリストの教える「愛」に支配された社会の実現は可能だろうか?

実のところ、それはまったく無理である。

なぜなら、僅かな不純物が澄んだ水の清さを曇らせて全体を損なうように、貪欲に振舞う者がひとり存在するだけで、その者が他者の愛の上にあぐらをかいてしまえば、クリスタルのような愛のシステムそのものは容易に破壊され、愛の世界は一瞬にして隷属の帝国と化してしまう。


しかも、この貪欲は性質が悪く、清く歩もうと願う者にも病気のように巣食っており、誰もが自己の内面のこの敵と戦う必要があり、我々は度々敗北するのである。

では、すべてが「愛の掟」に従うように強制できないのか、といえば、強制されたときに「愛」は失われ、そのような強制の世界なら既に我々の目の前にある。即ち、「法と罰」の世界である。

そこで我々の切なる希望は、「愛の掟」をシステムとするであろう「神の王国」と呼ばれるキリストの治める世界、神の意志により将来に現出するであろう新制度へ向かうのである。

その王国とは、「罪」という倫理的欠陥を負った人間の成し遂げる社会ではけっしてなく、人間以上の存在なくしてはけっして到来することのないものである。

それが証拠に、人類は不公正な貪欲に基づく互酬制度を止めることができないであろう。
もしそれを過去のものとするには、人類が一斉に倫理上の大変化を起こす必要があるが、それは現状をどうみても不可能であり、貪欲を改善することすら必要を感じない人々も多いであろう。

一方、キリストの「愛の掟」に従おうとする者であっても、この世の利己的なシステムの中では、周囲の貪欲のゆえに注意深くなければ自滅しかねず、できることは限られてしまう。(イザヤ58:10)

この世がそれを許さない造りで出来ているからである。(ヨハネ第一5:19)

それでも、「愛の掟」を守り行うよう努める価値は大いにあるといえる。なぜなら、それはキリストの教えに沿って自己の内面(社会ではなく)が変革される願いを表すのであり、それを正しく『悔い改め』と呼ぶのであろう。それは特定の違反を悔いるのではなく、この殺伐たる世にあっても懸命にキリストに倣いイエスをアガペーの師と仰ぎ努めることである。

アガペーという愛はキリストによって示されたが、我々はそれにどう応えるだろうか。
もう、殺伐としたこの世の有り様に倣って『罪』の奴隷に甘んじる必要はない。


そうする人々こそが、まさに「キリスト教徒」と呼ばれるに相応しい。

その弟子らの愛を見て「人々は彼らがキリストに従う者であることを知る」とイエスは言ったが(見分けるのではなく*)、無情に代価と報復を求める「互酬の原理」に動かされるこの世にあって、「アガペーの原理」に沿おうと努める彼らの姿は浮き立つように見えるだろう。

彼らの生きるべき世界は、もう既にこの世ではなく、来るべき世界「神の王国」となっている。キリストに同じく『世は彼らに価しない』。




 
                                      新十四日派   © 林 義平

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*愛によって「真のクリスチャン」が見分けられるのなら、それは存在し得ない「愛(アガペー)の体現者」を求めることになり、人間すべてが愛に対してほとんど同じような不完全さに留まっていることを無視し、「より以上の正統さ」を求めて虚しく「愛」を競わせることになり、競われたとき愛は失われ、優越感と対抗心の単なる相克となるであろう。


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アガペー
愛の掟

バプテスマの意義は何か


バプテスマ、それは「洗礼」とも「浸礼」とも言われる。
その漢字の一字の違いは、額に水を注ぐのか、人を水に浸すのかに由来する。

バプテスマがギリシア語「バプティゾー」から来ているのなら、その「浸す」という意味からして浸礼が本来であると見なせるし、旧約時代の灌油による王などの役職への任命あるいは、聖霊が火の舌のようになって彼らの頭上に現れたという、あのシャブオート(ペンテコステ)の日の出来事をバプテスマというなら(使徒2章)、水のバプテスマも頭への降り注ぎなのかもしれない。

また、モーセの律法が規定していた「清めの水の洗い」がその前提であれば、やはり体を洗えるほどの水が要ることになる。(ヘブル10:22→レヴィ14:9)

初期キリスト教徒は十分な水の得られない環境では、「浸礼」は施せないとしても頭から水をかける「洗礼」でやむなしとしていたとのことである。
また、「点礼」という寝たきりの人のために数滴を施すものも初期からあったようである。

しかし、これらの事柄を論じても、いずれかの儀式のやりようを考えることであり、バプテスマの本質には然程近づけない論議になりそうである。

では、バプテスマの意義はどこにあるのだろうか?

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ほとんどの場合、バプテスマはこれまで入信儀礼と解されて来た。
近年、アメリカなどで、宗派に関わらないバプテスマが施されるようになってきているそうだが、ほとんどの場合、バプテスマはどこかの教派や組織に一員として加わることの意味合いが強い。

宗派によっては、信仰告白や回心をするもの、また周到な準備期間を設けて、教理や道徳の教育が十分になされているのかを試され、然るのちにバプテスマを初めて許すところもある。

あるいは、バプテスマの直前に宣誓を求め、しかもそれが神やキリストと共に組織への信仰を表すものであることや献身などを要求されるケースもある。
ほかにも、教祖への専心を誓うよう求められるところもあるのかも知れない。

また、バプテスマ前にそれまでに犯した罪の告白をし、それらを洗礼の水が洗い流してくれるという意味づけもあるらしい。

しかし、そのように納得してこられた方々には残念だが、この点はペテロも第一の書簡で述べるように、この水は肉の汚れすら洗い流しはしない。(3:21)そうなると、「洗礼」という言葉は誤解を招きやすい言葉になるようだ。

もし洗礼が罪を洗い流すなら、終末においてすべての者に臨む神の裁きが前倒しされることになってしまい、人がひとりひとり裁かれることに一体何の意味が残るのだろう。
そこでは、バプテスマを受けたか否かという単純な儀式の問題に畏怖すべき裁きからの救いが置き換えられてしまう。

つまり、バプテスマを罪からの浄めのように考えるなら、ただ儀式を済ませたか否かになって、神は人の内面は見ないと主張することにはならないだろうか?

我々の罪を洗い流すのは水ではなく、キリストの血(の中の魂)、つまり贖罪の貴重な代価の方であって、どこにでもあるような水にその力はない。
実に、あの使徒パウロですらバプテスマを受けた後に、自分に罪が宿っていることを認めているのである。(ローマ8:18-)

だが、この罪の浄めという考えのために、四世紀にはバプテスマを死の間際まで延ばす習慣さえあったという。つまり、一度バプテスマによって罪から清められたなら、再び罪を犯すことで自らバプテスマを無効としないためである。

また、生まれたばかりの嬰児が命の危機にあった場合、産婆が慌ててバプテスマを施すという風習が、近世までヨーロッパにあったが、これはバプテスマの儀式によって死の直前にキリスト教徒とすることで、地獄に墜ちることを食い止めると信じ込まれたためである。

今日では、キリスト教への新たな帰依者も少なく、「あなたは信仰を持ちましたね、ではバプテスマを受けましょう」。と信者の自動的乱造があちこちの教会で行われている。だが、当然ながら、それは根の浅く、いつまで続くとも知れない信仰者を作っては失うばかりではないか。

このように、まるで様々に解釈されているようにみえるバプテスマではあるが、キリスト教に帰依する場面で行われるということにおいては何とか共通しているといってよいだろう。

しかし、以下のようにバプテスマの意義を探ってゆくと、罪を消しはしないものの、受ける者の内に宿る「罪」をどう見做すかが関係していることが見えてくる。


では、まずイエスに先立って活動した、バプテストのヨハネから見てみよう。


-◆先駆者バプテストのヨハネ---------------------

さて、聖書中にこの儀礼が重要な意味をもって登場してくるのは、やはりバプテストのヨハネである。
先の記事で既に書いたように、このレヴィ族の祭司の息子に与えられた使命はけっして小さなものではない。

もちろん、それはイエスの彼について述べた「女から生まれた者で彼より偉大な者はいない」の言葉からも知れるが、モーセ以来のユダヤ教1500年間の総決算のような預言者としてエリヤの姿をして律法契約不履行の罪と呪いの内にあるユダヤ民族にメシアの先触れとなって現れた意義は非常に大きなものがあった。

さてここで、ヨハネのバプテスマを理解するべく、少々ユダヤ教の流れについて記すことをお許し願いたい。それはヨハネのバプテスマの「悔い改め」という側面の理解を確認しておくためである。


ソロモン王の建立した第一神殿の破壊されユダヤ国民がバビロン捕囚に陥る以前から、イスラエル民族による律法不履行のために、神の側には律法契約を続行する意志は既に無く、御璽のような律法契約の証しであった「契約の箱」も第一神殿の破壊までには行方が知れなくなっていたようである。

それから、ネブカドネザルの大軍がユダヤとエルサレムを蹂躙し、神の刑執行者の役割を演じて、ユダヤ人を自国への捕囚に処したのであった。

後に、バビロン捕囚から帰還したユダヤ人らが、第二神殿を以って神聖な祭儀を再開させたものの、「契約の箱」は戻らなかった。(エレミヤ3:16) ⇒ 契約の箱 アーロン ハ ヴェリート

これが物語ることは、神が一度限り律法契約を断念したとき以来、イスラエル=ユダヤ民族は神との関係に大きな問題を抱えていたのである。

第二神殿や祭祀の復活では律法に従う形式を保ったものの、すでに正式な律法契約によるものとはならず、アブラハムへの約束に基づく神の善意ということでしかない。

ただ、時経た後に、神はメシアを介してイスラエルの家と新たな契約を結ぶことを預言者を通して予告していたのであった。(エレミヤ31:33/マラキ3:1)


ヘブル書はこう記している。
『もし、あの最初の契約が欠けたところのないものであったなら、第二の契約の余地はなかった』(ヘブル8:7)

そして、律法契約を仲介したモーセも、新たな契約の仲介者キリストを予告して
『あなたの神、YHWHはあなたのうち、あなたの同胞の中から、わたしのようなひとりの預言者をあなたのために起されるであろう。あなたがたは彼に聞き従わなければならない。』と、既に律法が記されるときから述べていた。(申命記18:15)



-◆ユダヤ人への「悔い改め」のバプテスマ--------------

さて、そこでバプテストのヨハネの登場となる。(ルカ1:77)

ユダヤへの「新しい契約」の近づく時期に現れたゼカリヤの子ヨハネは言う。
だが、それは激しい言葉を含んでいた。
------------------------------------------
「自分たちの父祖はアブラハムだ、などと思ってもみるな!神は石からでさえアブラハムの子孫を起こすことができるのだ」。
「斧はすでに木の根元に置かれている。ゆえに良い実をならせない木はみな切り倒されて火に投げ入れられる」。
「わたしは悔い改めのために水でバプテスマを施すが、わたしの後に来る方は、聖霊と火でバプテスマを授けるであろう」。
「その方は手に煽り分ける道具を持ち、脱穀場の隅から隅まで掃いてしまい、麦は蔵へ集め、籾殻の方は消えない火によって焼き捨てるのだ」。
-------------------------------------------

これらのマタイ3章の言葉は、旧約聖書に予告されたメシアの前を先立って行くエリヤ、また、主の道をまっすぐにせよと荒野で叫ぶ者の声である。その目的は神の前に「整えられた民を準備」するためであった。(ルカ1:17)

それは恰も、「さあ、こちらに来るように。我々の間の事を正そう」「そなたの罪が緋色の布のように赤くとも、それは羊毛のように白くされよう」。といっているかのようである。(イザヤ1:18)

この経綸によって、神はアブラハムの子孫の契約違反の罪と呪いから請戻し、そうしてアブラハムへの「あなたの子孫によって、諸国民は自らを祝福する」という約束を、後裔イスラエル民族に回復することを企図したのである。(創世記12:3)


さて、ここでヨハネのバプテスマという儀式の役割を総括するなら

イスラエル民族はバビロニア帝国によって神の恵みを失う以前から、神との間に道義的に問題を抱え不安定な状態にあった。即ち、律法契約を守らなかった咎を負ったまま過ごし、いまや約束のメシアが近付きつつあった。

その咎は、良心の鋭敏なユダヤ人をして、第二神殿での祭祀の再開をもってしても解消されることはない、と感じさせていたことであろう。その抱くものは「打砕かれた霊」であった。
では、どうすればよいのか?

幸いにしてエレミヤは「新しい契約」を告げていたし、最後の預言者マラキは「契約の使者」とそれに先立つ「使者」エリヤの到来を知らせていた。(エレミヤ31:33/マラキ3:1)
したがって、メシアはイスラエルにとって律法の罪からの「救い主」であった。(コロサイ2:14)

バプテストのヨハネが現れるときには、民はすでにメシアやエリヤを待っていたので、マラキ以来の神の四百年に亘る沈黙の終了をエリヤのいでたちをしたヨハネに見たであろう。それは預言者の封印と呼ばれたマラキ書の最後の一節をもたらす貴重な人物となった。(マラキ4:5-)
 

さて、自分たちの国民が律法契約を守り行うことが出来なかったことを正直に認める人々にとって、荒野からの人ヨハネの施すバプテスマは、それを受ける者本人が律法契約の不履行の罪を認めて「悔い改め」、新たな神の道、救いの道を受け入れることを表明することを意識させたであろう。(使徒13:39)

それゆえ、彼の施すものは「悔い改めのバプテスマ」と呼ばれ、これはユダヤ人に限るものである。
このバプテスマは、それまでのユダヤの歩みを悔いて、来るべき救い主「メシア」にユダヤ人の心を整えるものであった。

この当時の平民の多くはヨハネからバプテスマを受けたが、宗教家たちは、このヨハネのバプテスマを受けなかった(あるいはヨハネが受けさせなかった)と記されている。(ルカ7:30)

したがって、ヨハネのバプテスマは、それを受けるユダヤ人の意識を律法体制の以外の事に、つまり、それまでバビロン捕囚の中断があったとはいえ、永く続いた動物の犠牲と法律を守ることによる宗教生活の外に向けさせる作用があったに違いなく、またイスラエルにとって『荒野』とは、モーセ以来の信仰の原点を思い起こさせる場所であったに違いない。

だが、ユダヤの宗教家は旧態依然たる宗教体制にこだわり続けることになった。
聖書にも歴史書にも、当時の宗教体制の人々は、既に破綻していた律法の遵守に腐心し、いまだに自分の行状によって義が得られるかのように誇っていた様が伝えられている。(ガラテア2:16)

つまり彼らは、自分たちの行いによる義を求めた思い上がりのために、ナザレのイエスに対して少しも整えられておらず、「新しい契約」に向かうべきその道は、主の前にまっすぐではなかったのであった。(ガラテア3:10)

そうした状況にあって、ヨハネのバプテスマを通じ約束のメシア=キリストが現れる。
神のみ子であるイエスの場合に悔い改めの必要はないが、自らを整えるかのようにユダヤ人としてこれを受け、そうして聖霊を灌がれた最初の人となりった。つまり、そのときに聖霊によって象徴的に「灌油」されメシアの任命を受けたのである。


さて、こうしてヨハネによるユダヤ人への「悔い改めのバプテスマ」をみると、神からの救いの手段を無条件で受け入れてキリストにすべてを委ね、その前に自己の義を放棄するよう促していたことが見えてくる。(ガラテア3:10)
つまりは、罪ゆえの神へのまったき降伏、一切の放棄である。そこに必要であったものがイエスをメシアとして受け入れる「信仰」であった。(ローマ3:20)

それは、既に破綻していた神殿の贖罪の祭祀を含むユダヤ律法体制ではないところ、自分たちの宗教習慣を離れ、未知の領域に新たな崇拝、「メシアへの信仰」を見出すよう促すものであった。そこでは柔軟な心が求められる。(ガラテア3:21-22)

一方で、ヨハネのバプテスマを受けず、イエスに強硬な者ら、とくにパリサイ派はイエスが安息日を守っていないからと、自己の義で頑なに判断を下してしまい、せっかく遣わされたユダヤにとってこのうえなく貴重なメシアと神の救いの道を退けたのである。(ヨハネ9:16)

その先にあるのは、あの西暦70年の恐ろしいユダヤ体制の滅びであった。イエスを退けた世代は、その火に呑まれることになる。(マタイ23:35-36)

その一方で、ナザレ人イエスを約束のメシアとして受け入れたユダヤ人は、まずヨハネのバプテスマによって意識を整えられており、イエスを信仰しその水のバプテスマを受けることで、さらに聖霊を受け、罪あるイスラエルから救われる準備を整えたと言える。(使徒2:38)
その聖霊を受け「新しい契約」に入る他に彼らに「救い」は無かったからであり、これを今日の一般的キリスト教徒と同列に見るべき理由はない。(ローマ4:13-15)

さて、ここまでが「律法契約」に関わるユダヤ人への「悔い改めのバプテスマ」である。



 -◆イエスの「聖霊と火」のバプテスマ-------------------

そして、イエスの施した聖霊によるバプテスマについても一瞥しておく必要がある。
ヨハネはイエスが「聖霊と火でバプテスマを施す」と語っていたわけだが、それは何であろうか?

「聖霊のバプテスマ」はあのシャブオート(五旬節)の日に最初の成就をみた。
その場にいた百二十人ほどの男女に天から聖霊が降下し、様々な言語で「神の壮大な事柄」を話し始めたのである。彼らの頭にはそれぞれ「火の舌」(「舌」は言語の象徴でもある)が配られたようにあった。(だが聖霊と火の「火」の部分はこれに相当していない)⇒聖霊と火のバプテスマ

こうして初めて、聖霊を受けた彼らに「新しい契約」が発効し「聖徒」(神のイスラエル)の一員となる見込みを得て、象徴的に「水と霊から」新しく生まれたといえるのである(ヨハネ3:5)

このように聖霊のバプテスマを受けた人々はその後も増えていったが、直弟子たちだけでなく、ステファノ、テモテ、のようなユダヤ系の外地の人々も与ることになる。(使徒2:38)

しかし、ユダヤ人の中から悔い改めに至る人々の数は多くはならなかったので「神のイスラエル」の国民の数を満たすべく、やがては信仰深い非ユダヤ民族のサマリア人や、ローマ人のようなまったくの異邦人もこのバプテスマに与ることになるのであった。(使徒1:8)

聖霊のバプテスマを受けた人々は、聖霊の賜物を授けられた超自然の(憑依状態ではない)能力を示す限定された人々であって、「聖徒」と呼ばれ、集まりの中心的役割を果たすが、奇跡をもたらす「聖霊の賜物」を持たない人々は当時であっても「聖霊のバプテスマ」を受けたとは見做されてはいない。(ローマ8:9/コリント第一14:16)

一方の「火のバプテスマ」は、キリストを葬ったユダヤの「ねじけた世代」に、ユダヤとエルサレムの滅びとなって臨んだ。⇒ 記事「聖霊と火のバプテスマ




-◆イエスの名による水のバプテスマ------------------

さて、前記の二種類のバプテスマを考慮してのち、本稿の本旨である「水のバプテスマ」に入ることができる。

このイエスの名による水のバプテスマの意義を物語る挿話が使徒言行録19章にある。

エフェソスで使徒パウロはユダヤ人の群れを見出した。彼らはイエスの教えは伝え聞いていながらも、ヨハネの「悔い改めのバプテスマ」を受けただけであった。

彼らは聖霊も賜物も知らず、イエスの名による水のバプテスマも受けていなかったので、パウロがこれを施して按手すると、彼らも聖霊を受けて異言や預言を始めたのであった。(使徒19:1-7)

これらは、ヨハネの「悔い改めの水のバプテスマ」を受けていたユダヤ人が、「イエスの水のバプテスマ」を受けて後のことである。つまりユダヤ人はまず第一に律法契約の違反について悔いる必要があり、次いでイエスをメシアとして受け入れ信じたことをその名による水のバプテスマで示したであろう。
(ヨハネの死後はユダヤ人にこの過程は省略されたであろう)

イエスが地上で活動しているときにも、弟子たちがイエスのバプテスマを民に施していたが、その水のバプテスマを通し「新しい契約」の効力が発揮されて聖霊が灌がれるようになったのは、あのシャヴオートの日からであった。

こうして、ヨハネの「悔い改めの水のバプテスマ」を経た後、イエスをキリストとして認めて「イエスの水のバプテスマ」によって備えられたユダヤ人らは、「新しい契約」に預かり、「聖霊のバプテスマ」を受けるのであった


このヨハネとイエスのふたつの水のバプテスマは、恰も、ユダヤ人を旧契約から新契約へとつないだ掛け橋のようである。ヨハネは終点でありイエスは新たな起点であったと言える。その二つの契約の間に水のバプテスマが存在している。
ひとつは「悔い」のため契約を終わらせ、もうひとつは新たな契約に預からせる「選び」の前に行われていた。

即ち、ユダヤ人はバプテスマを受けることで二度の意識の転換を行っているといえよう。一度目は律法体制による宗教生活に疑問符を打つことであり、第二のものは「新しい契約」に彼らを導くものとなったのである。

こうして彼らユダヤ人は、聖霊を受けることで「罪」ある肉体であるにも関わらず、キリストの血の犠牲の早い(仮の)適用によって「義と宣せられた」。それゆえ、彼らは自分たちを『聖なる者』また『被造物の初穂』と呼んでいる。彼らは罪を許された『神の子』の身分を史上初めて得た人々となった。それを可能としたのがキリストの血の犠牲であった。(ローマ8:1/コリント第一1:2/ヤコブ1:18)

ユダヤの民衆もヨハネのバプテスマによって整えられ、その柔らかくされた心によって、進んでナザレのイエスをメシアとして受け入れようとした。その意識、また決定をキリストのバプテスマによって示したと言える。(ヘブル4:7-8)
彼らは宗教家のように、古来の伝統や律法の「義」に固執しなかったので、イエスがガリラヤ出身であろうと、安息日に癒しを行おうと、彼らにはつまづく理由にはならなかったのである。(ガラテア2:16)

この民衆は、ヨハネのバプテスマからさらに進んでイエスのバプテスマを受け、一層整えられたユダヤ人たちは聖霊のバプテスマを授かり、予告された「新しい契約」に与って、イスラエルへの律法不履行の呪いから「救われた」ばかりか「アダムからの罪」も含めてすべての罪を赦されたのである。(ローマ8:33)
ここにユダヤ人が聖霊を受けなければ「救われない」事情があったガラテア3:13)


一方で、異邦人でこの契約に与った人々には「ヨハネのバプテスマ」の必要はなかった。悔い改めるべき不履行の契約に参与していなかったからである。彼らは、イエスの水のバプテスマによって一足飛びに「聖徒」(神のイスラエル)へ参加するよう心の準備を得ることができた。(カラテア6:15-16)

異邦人には律法を終わらせるために宗教生活から意識を方向転換させる必要はなく、そのままイエスをキリストとして受け入れたことに想いを傾け、その水のバプテスマにより内心の決定を自他に示すことができたであろう。
(コルネリウスの例を考えると、彼らにとってイエスのバプテスマは必ずしも聖霊を受けるまったく絶対の前提条件でもないようではあるが)

こうして見ると、水のバプテスマには、容易には変わることのない人の宗教信条の意識を変化させる効果があったことが窺える。それは天からの召命ではなく、自発的なものである理由もそこにあるのであろう。
ヨハネが荒野で『「主の道筋を直くせよ」と叫ぶ声』となったとき、ユダヤ人には意識の変革が求められたのであり、ヨハネの水のバプテスマを受ける人々は、その変革を意識した。

同じように、イエスの水のバプテスマは、以前の宗教がどうあれ、神の遣わしたキリストに神の救いの道を求め、そこに自らの意識を合わせることへの決意表明と見ることができる。


ではあるが、第二世紀以降、聖霊が人に注がれることは中断しており、今日までかつてのように正しく「聖霊の賜物」という世に対して明瞭な聖霊の注ぎを受けている人を見出すことはできないで来た。(ヨハネ9:4-5)

「使徒後教父」時代の資料は、聖霊の賜物を持つ人々がイエス後の百年ほどの間に現われては減少し、やがて絶えたことを教えている。
⇒ 「モンタヌス運動、最初の「時」の予告者

キリスト自ら「旅に出る」かのように一時期、地を去ることを述べていたが、それ以来、今日まで「聖霊のバプテスマ」はまさに中断している。⇒「今日のキリストの不在

それでも、今日「水のバプテスマ」が施されることは妨げられるべきものではないであろう。(マタイ28:19)
自らの中に、人間に共通する倫理上の欠陥である「罪」を正直に認めることのできる者は、イエスをキリストとして受け入れ、自己の正義をその前に捨て、「罪を悔いる」ことの表明することができる。これこそが「信仰」であり、それゆえのバプテスマは人々をキリストの再来に備えさせるものとなるだろう。(*ガラテア2:15)

従って水のバプテスマを受ける意義は、それが聖霊のものでない以上、自分が救われた状態に入ることではないにせよ、神の意志に対して『整えられた』者となり、神の声に『心を柔らかく』する用意のあることを示すことであろう。

今日の水のバプテスマと聖霊のバプテスマの決定的な違いは、その施す主体者にある。つまり、水のバプテスマを施すのが人間であるのに対し、聖霊は常に上からのものであり、神の許から「選び」また「召し」と共に注がれるものである。(ローマ11:29/テサロニケ第二2:13)

したがって、水のバプテスマは「召し」を証しするものではなく、聖霊を注がれることによって、その人に「召し」が差し伸べられていることを証しするのであって、これは人間の及ぶところではない。
 


-◆今日の水のバプテスマの意義--------------


さて、以上の論議をもってイエスの水のバプテスマの意義を確認すると、ヨハネのバプテスマが「新しい契約へと民を整えた」というところ、また「イエスの到来に備えさせた」というところは今日、依然意義をもっているであろう。

それは将来なお成就を待つことだからである。それは聖霊のバプテスマとは異なり、人が自発的に受けるもので、その観点からすれば「秘跡」と言うには的外れに見える。
今日的に水のバプテスマは、変化の難しい宗教信条の転換を自ら意識する効果に意義があるからである。

実に、人間の陥っている問題の全体は、創造者から離れ、当て所もない放浪者であることに原因しており、神の方からキリストという手が差し伸べられたのであるので、まずキリストを受け入れるよう心を整える必要がある。

更には、「ヨハネのバプテスマ」がユダヤ人の倫理的状況を自覚させる助けであったことから推して「イエスの水のバプテスマ」は、「新しい契約」の当事者に含まれない(聖徒でなく信徒である)我々のような『異邦人』であっても、自らの「罪」(原罪)ある状態を正直に認め、自分の義に固執することを止め、すべてをキリストに委ねるということが浮かび上がってこないだろうか?これこそが、キリストへの信仰であろう。


誰であれ、「人の正義」に固執している限りは、「神の義」にも服せず、キリストに真に従うことはできないであろう。(ヘブル3:7)

人類全体に「倫理的欠陥」という「罪」は残っており、それがこの世に満ちて人類を苦しめているのは明らかなことである。
まさに、すべての人には普遍的な「罪」を悔いる必要が残されており、虚心坦懐に自問すれば、我々の世界は不義から逃れることができないことがはっきりと見えているはずである。

では、我々は罪を認め「自分の義」を立てることを断念し「打砕かれた霊」をもってメシアを迎えるだろうか?


バプテスマそのものは儀式であって、それが罪を洗い流しはしない。救いを確約するものでもけっしてない。
むしろ人は皆が裁きを受けることになるのであるから、バプテスマを神の是認に入った証しと観るのは安直というほかない。
むしろ、それは自らに在る「罪」を認め(ローマ7:15-17)、イエスを罪を取り去るキリストとして受け入れ一途に従う姿勢を表すことである。

つまりバプテスマとは、自分の義を立てることを止め、まったく神とキリストに服する決意の表明であろう。そうして神に対して整えられた人となるのである。

だが、将来の水のバプテスマについては、もうひとつ加えるべき要素があることをキリストが語られている。


-◆神と子と聖霊の名によるバプテスマ----------------

マタイの福音の終わりに一度、地上を去るイエス自身の言葉として記されているのが、この『神と子と聖霊の名によってバプテスマを施せ』という使徒らへの下命である。(マタイ28:19)

この神、子、聖霊の三者の名が連ねられている理由が所謂「三位一体」の証しというのは、余りに事を単純化して思考停止に人を陥らせるものであろう。

この三者に対して人に求められることがある。
それが即ち「信仰」である。

ユダヤ教徒は、当然に神YHWHへの信仰を求められ、加えて出エジプトからモーセにも信仰を持つようになっている。(出埃14:31)
即ち、聖書中での「信仰」とは、神だけでなく、『神が遣わした者を信仰する(ピステウオー)』ことも含んでいるのである。(ヨハネ6:29)

確かにこのイエスの言葉そのものがキリストにも信仰を持つべきを示しているが、キリスト後に神はそれまでにない『援助者』(パラクレートス)としての『聖霊』を使徒や初期の弟子らに注ぎ出し、それは彼らに奇跡の業を委ね、神に関わる知識をもたらした。

一方で、ユダヤ人の大半は遣わされたキリストを信じず、その弟子らが行う『聖霊の業』も無視して彼らを迫害したのであるから、彼らがそのバプテスマに相応しいわけもない。

そこで、弟子らによる水のバプテスマが、ディアスポラの民やサマリア人、そして異邦人に向かって開かれてゆく様が使徒言行録に見えるのである。 その水のバプテスマは聖霊のバプテスマを呼び込んだ。
聖霊のバプテスマは人間の側から行うことは出来ないが、水のバプテスマは人間の側からのアプローチであり、各人の意志によるものであった。

彼らが決意して水のバプテスマに臨み、聖霊のバプテスマに対して整えられたが、その決意の動機はメシア信仰であり、そうでなくてはならなかった。 


そして、地上を去るイエスはこの『神、子、聖霊の名によってバプテスマを施せ』と云われたのである。
これにはそれまでキリストが地上で施していた『イエスの名による水のバプテスマ』を超えるニュアンスがある。

その信仰の対象が、第一にイスラエルの聖なる神であり、その御子にして遣わされたキリスト・イエスであり、イエス後のあのペンテコステ以降は、そこに新たに遣わされた『聖霊』を含むべきであったのである。

従って、今日地上のどこにも『聖霊』が見られないからといって、この三者への信仰無くして水のバプテスマを受ける理由は無い。 『聖霊』だけでなくキリスト自身も地上を去って、今日まで『人は誰も見ない』高められた状態に入っているのである。(テモテ第一6:16/1:17)


そこで今日も、水のバプテスマを受けようとする者にこの三者への信仰が求められることは変わらない。むしろ、神は新たな預言を伝えず、キリストも去っており、聖霊の働きをも見ない今日ほど信仰の求められることもないであろう。

だが、そうであればこそ、その信仰は神とキリストの御前にも貴重と見做されることであろう。
イエスは終末の臨在についてこう言われている。
『しかし、人の子が来るとき、果たして地上に信仰を見いだすだろうか』(ルカ18:8)


そして将来に、キリストがこの世に『臨御』(パルーシア)するときに、再び地上に『聖霊』が臨み、ある弟子らを通して『この世』は糾弾を受けることになろう。(マタイ10:17-20/ルカ21:12-15)

その「終末」において大いなる活躍を果たすのは『聖霊』であり、それが示す『神の証し』を信じるか否かを通して世は裁かれるのである。(ヨハネ16:8)
 

従って、今日バプテスマを受ける者には、そのように『神が語られるときに、心を頑なにしない』理由があり、水のバプテスマが救いを確約しないとしても、心を整えるか否かに於いて、裁きの行方を左右するものとなり得るに違いない。(ヘブル4:7-10)




-◆バプテスマは人間や組織への従属ではない----------------

したがって、キリストの水によるバプテスマが、地上の何れかの宗派に従うことの決意表明となるなら、まったく的外れな意味になってしまう

それは、一向に神の義に対して心を柔らかにせず、却って人間の義に凝り固まろうとすることであろう。
特に宗派がそれぞれに他の宗派を敵にして正義感を抱くなら、その証拠は如実ではないか?

人は正しい宗派を捜し、そこに所属することで自らの「正統・正当」を得ようとするものなのだが、いったい人間のもので神の前に「真正さ」を主張できるものなど存在するのだろうか? ⇒「ヨブ記の結論」

律法契約下のイスラエル民族は、「契約関係」のゆえに、確かにある時期に正しく「神の民」であった。
しかし、そこには「契約の証しの箱」が存在し、奇跡のシェキーナー(臨御)の光が宿ったのである。

ならば今日、これに相当する「新しい契約」の証したる「聖霊の賜物」を初代キリストの聖徒と同じように有する人々がそこにいるのだろうか?(エフェ1:14)

歴史は、「聖霊の賜物」がキリスト教徒初代の後に途絶え、イエスは王権を得る旅に出立したことを示していないだろうか。⇒今日のキリストの不在

「正統」を巡るキリスト教の宗派の争いや敵意は、そこに「聖霊」も「賜物」もない証拠であろう。

もし、自分がキリストのバプテスマを受けても教派的敵意や反目からの「休み」を得ず、却って誰かの信仰の隷属に入ってその教条などを擁護してしまっていれば、それは神に対し心を平坦にし、道をまっすぐに整えるという、バプテスマの精神の方を向いてはおらず、却って反対の方向を向いているのではないか?*(ヘブル3:7)

もちろん、自分にとってより正しいと見做せる事柄は誰にでもあるに違いない。
しかし、人間の教えや組織を絶対視し固執していると、神の義が現われるときにもそれに気付かず、神に対してさえ優越感と自己満足を抱きかねないのではないか?

それこそメシアに対してユダヤ人体制派が行ったものであり、パリサイはイエスがベツレヘムから来ていないことや、安息日に奇跡を行ったからという表面的で簡単な理由をもってキリストを退けたが、それは自分の義を放棄するというバプテスマの精神からすればまったく正反対である。

イエスは自ら行った奇跡を「父の業」と呼び、人々はそこに神に任命されたメシアを見るべきだったのだ。
そして信じたならば、「自分の義」を去ってバプテスマを受けるべきであった。

ゆえに、真に優れた案内者は自分も罪あることを認め、信仰する者の人格を無視して「自分の正義」を押し付けたりはせず、むしろバプテスマを通して「神の義」へとその人の心を平坦にするよう導くべきではないか。

バプテスマは信仰の自立であって、神と自分の間に世話役を入れることではない。

むしろ(宦官を導いた宣明者フィリッポスのように)案内者の仕事が終了したなら、バプテスマを受けた者からある意味で「離れ」、真のキリスト教が地上の誰の元にもなく、ただ天のキリストのもとに保たれていることを知らせるべきではないか。(使徒8:39/マタイ23:8-10)

それゆえ、人が何であれ神の企図を受け入れる心構えがあるなら、それをどんな人間でも組織でもなく、真の正義をもつ神にこそ捧げるべきであろう。

さて、マタイ福音書の最後で、キリストは『神と子と聖霊の名による』バプテスマを使徒らに命じた。
そこでは信仰の対象となる三者が宣言されるかのようである。どの名に対する信仰も欠くことはできないし、『神から遣わされた』のではない何者かを介在させるべきでもない。


バプテスマは、ペテロの言うように「清い良心を神に対して願い求めることで」あって、天の意図に対して「心を柔らかにする」よう心を定めることである。(ローマ2:5/ペテロ第一3:21)

水のバプテスマを受ける際に求められる事は、人間の業や義を頼ることから離れることであろう。
紅海を渡ったイスラエル民族は、海水を分かつ神の力にまったく頼っているべきであったが、これがバプテスマに相当するとパウロは言った。(コリント第一10:1-)

そして、バプテスマを受けた人は我を張ることがなくなり、敢えて悪行を為すことからは離れるので、下劣の道からは救われるのである、とはペテロの言うところであるが、バプテスマを受けて後、教祖や教団の言うなりになって、言わば我を張り、醜聞となるような悪行を為すなら、そのバプテスマとは誰の名に対するであったのだろう。(ペテロ第一3章)

つまりは、「罪」を認めて自らを全能の神に自らを委ねる過程で、他の人間、つまり「罪」があり間違いを犯す者に横取りされているのである。


そして、教えられる側も「先生や教団の言う通り」というような姿勢でいるなら、人間に対する従順は見せても、個人としての神に対する無頓着さは覆い隠しようが無い。その人の受けた水のバプテスマには何の意味も残らない。

そのバプテスマが神に誠実な関心を抱くことか?あるいは自分が「救われる」ならそれで充分か?

もし水のバプテスマを受けるのなら、人や教団に自分を献身したり差し出したりすることでなく、信仰するはその本人であるゆえ、直にキリストと向き合うつもりで、人としての尊厳を保っていただきたく思える。

水のバプテスマが、様々な人間の義を捨て、神と結びつこうとする意志の表明であれば、何者であろうと人の奴隷となっては逆の意志表明となってしまうではないか。

水のバプテスマには、かつてヨルダン川でバプテストのヨハネの指し示した精神が今以て共通しているであろう。
即ち『主の御前に、その道筋を直くする』という各個人に問われる精神である。




              林 義平   jst

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 『使者』と『契約の使者』による水のバプテスマ


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バプテスマ

去ってなお弟子を指導したキリスト 「羊の囲い」の例え




フランス皇帝となり「余の辞書に不可能の文字は無い」との名言と共に知られるナポレオン・ボナパルトも、セント・ヘレナ島の幽閉先で過ごした後に、死に臨んでは「私ナポレオンは、力の上に帝国を築こうとして失敗した。イエス・キリストは、愛の上に彼の王国を打ち立てている。」と遺言に記している。
また、自らの生涯とキリストとを比較し「キリストは愛され、キリストは礼拝され、キリストへの信仰と献金は、全世界を包んでいる。 これを、死んでしまったキリストと呼ぶことができようか」と讃嘆している。聖書はまさにキリストが驚くべき超絶的指導者であったことを雄弁に語っている。


キリストの指導力は、地上に在った所謂「公生涯」の期間以上に、刑死後に復活してからの時期に於いてこそ大いに発揮されたのであり、信じる者は絶えることなく世界に広がっていったが、これは確かに、彼のナポレオンと雖も、また如何に優れた政治家たる者であっても及ぶところなく、キリストの前にその指導力もみな色褪せるのである。

それを物語る記述をひとつ見てみよう。
キリストが地上を去って後、彼が天から弟子たちの活動を導き続けるさまを明瞭に描きだす絵画のような記述が、ヨハネ福音書のひとつの例え話となっている。

その絵画の中には、キリストとバプテストのヨハネ、そして使徒や弟子(聖徒)らの姿が見られ、それらの全体を俯瞰できるという意味深い例え話なのである。

その「羊の囲い」に関するその例え話はヨハネ10章に描かれている。

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羊の群れは家屋の中庭のような囲いの中で保護されている。
(この例え話がされたのは冬季で、夜間には羊が野外から囲いや屋内に保護される時期であった)

しかし、設けられた入り口からではなく、どこかの壁をよじ登って羊のところにゆく者は盗賊である。

入り口を通って入る者は、これらの羊の本当の牧者であり、門番は彼に戸口を開き、羊らはこの羊飼いの声を知っているので彼にはついて行く。
しかし、彼以外のほかの者らにはその声*に聞き覚えがないのでついては行かない。
*(これが中東の羊飼い独特のヴィブラートの掛かった声を指すなら、真似ることは至難の業である)

牧者は、自分が羊にとってはある意味で「入り口」*であり、彼を通って出入りするものは豊かな牧草地を見出すという。*(恰も「入り口」の概念がだぶるようだが、これは以下に解決を見る)

羊飼いは自分の羊をすべて外に連れ出してその先頭を行く。
この羊飼いは羊のためであれば、その命をも投げ出す「良い羊飼い」である。

一方、雇われた牧者はそうではない、元々羊は自分のものではないので、狼がくると羊を見捨てて逃げ出してしまう。
イエスは良い牧者であって、羊のために命を投げ出すのである。

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 以上が、そのあらましである。

イエスは自身が「入り口」であり、それを通ってゆくものの幸いを言う。
そして、彼自身は「良い牧者」であるとも言っている。
これは、明らかにキリストと彼に従う人々との関係を示していよう。

キリスト・メシアはユダヤ人という囲まれた領域に現れ、その範囲内で活動している。
イエス自身、パウロのようではなく、キリストとしては主にガリラヤからユダヤまでで宣教しており外地のユダヤ人居留地も訪ねてはいない。

従って、「羊の囲い」とはユダヤ体制、もしくは律法契約の囲いとみてよいであろう。

つまり、モーセの時代から律法によって周囲の諸国民と異なり、神との契約にあったイスラエル=ユダヤの人々、殊にイエスの弟子になるユダヤの人々を「囲い」の「羊」と見る。

しかも、この例えに存在する「囲い」はひとつだけであり、それは当時、唯一つ神との契約関係にあったイスラエル民族の状況を指していると見てよいであろう。

このように解すれば、この後はスムーズに見通しが利いてくる。

さて、「入り口」を経ずに入ろうとする者は「賊」であって、もとより「羊」のことを大切にはしようと思わない。
彼らは「羊」を害し、損なうのであり、「雇われた牧者」も「羊」よりは自分を大切にする。

この「盗賊」*は、偽メシアが度々興ってその都度に鎮圧され、その度にユダヤ人が犠牲となっていた事態に良く符合する。

「雇われた者」
らは、当時ユダヤの宗教家であろう。彼らは平民を「地の民」と呼んで蔑み、優越感に浸っていたし、世の常として宗教家らしく自分たちは高一等であるべきとも思っていたであろう。(ヨハネ7:49)


このイエスの時代、モーセの律法体制の下にあったユダヤ=イスラエルの契約はすで破綻した状態にあったので、「新しい契約」の為の「契約の使者」が待たれていたのであり、それがメシア=キリストであった。(エレミヤ31:33/マラキ3:1)

メシアはユダヤ律法体制から羊を導き出し、「新しい契約」の下にある「豊かな牧草地」に連れ出す役割があった。そこは律法遵守の頚木から開放された牧草豊かな自由な広野であり、もちろんそこに囲いの必要はない。

そして、メシアはそれら羊のためならば、命をすら惜しまない愛着を示す。即ち、これらの羊が「新しい契約」に与るためには彼の血(魂)の犠牲が求められたが、この羊飼いはそれを見事に殉職によって差し出したのである。

この「良い羊飼い」は自分の「羊」が囲いからの出入りをしばらくは許したとしても、やがて律法契約という「囲い」から「すべてを外に出してしまう」べき理由があった。


なぜなら、律法契約が機能不全に陥って四百年以上が既に経過し、メシアの去った後にユダヤの体制はローマ軍によって崇拝の中心たる神殿もろとも完膚なきまでに破壊されようとしていたからである。それはユダヤ体制の壊滅であって、無数の命が失われ、その後ユダヤは流浪の民となる。


かつてイエスは、ユダヤの弟子たちに警告し、エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たなら、ユダヤに居る者は山地に逃れ、都に居る者はそこを出て、外に居る者は入ってはならないと預言していたのである。
こうして、囲いにいた羊は囲いそのものの倒壊から逃れ出ることに成功する。その壊滅はイエスの刑死から四十年を経ない西暦70年に起こったことであった。


さて話を戻そう。
例え話には「門番」がいた。
彼は、メシアに対して扉を開く者である。
これは、「使者」としてメシアの前を行き、その道をまっすぐにせよと荒野で叫ぶ者の声であるザカリヤの子ヨハネ、つまりバプテストであろう。(ヨハネ1:23)

ヨルダン川でユダヤ人にバプテスマを施していたこのヨハネは、やがてナザレのイエスをメシアとして指し示す。(ヨハネ1:29-31)

こうして、「門番」からユダヤ人にメシアが紹介され、イエスを通って行くものは律法契約不履行の呪いの下にあるユダヤ体制から「新しい契約」へと「救われる」のである。

ここまでが、イエスが地上に在る間の活動の縮図となっている。
しかし、この例えはそれだけで終わらない。


--------------------------------------------
「わたしにはこの囲いのものではない、ほかにも羊があり、わたしはそれらをも連れてくる務めがあり、それらもわたしの声を聞き、そうしてひとつの群れにひとりの牧者となる。」
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「この囲い」が律法契約によるユダヤ体制を表すならば、その囲いの外にいる羊とは何だろうか?

つまり、ほかにもいる羊としてユダヤの宗教体制あるいは律法契約の外に居る者らのことを示唆している。言わば、野生のような羊であろう。
(ほかの羊らが入るような別の何かの囲いについては語られていない)


イエスは、これら外部の羊らも連れてくるというのであるが、ではユダヤ人の間でだけ働いたイエスが、これをどのように果したのだろうか?

そのことを考えるに際し、教祖としてのキリスト・イエスという人物に注目してみよう。
彼は、自らの活動を僅か四年以内に終えている。これは他の宗教教祖らと比較すれば余りに短い。
しかも、その直接に得た弟子らは、エリート階層に属しておらず漁師や収税人など無学な平民「地の民」であった。

イエスが去ったあと、これらの弟子らを中心にして今日の世界最大の宗教にまで発展してゆく基礎が出来上がったのであれば、まず驚きを感じよう。

そして、上記の「ほかの羊」に関するイエスの務めがどのように果たされたかを確認しようにも、聖書記述でイエスの地上の活動の部分には該当するようなところが無い。つまり、我々の知るキリストは、異邦諸国民に宣教を広げず、パレスチナを出て活動してはいないのである。

そうなると、我々はキリストが天に去った後に相当する使徒言行録以降の記述の部分を探らねばならない。


先の記事(「聖霊と聖徒」)でも書いたように、キリストは地上から去ったのちに、弟子らに「助け手」としての聖霊を与えた。(ヨハネ14:25)
この聖霊は、イエスがしていたような奇跡の業を弟子らに行わせ、異言を語らせ、知識を与えたが、それはユダヤ教徒を相手にした宣教に留まらず、パレスチナを越えて異邦諸国民に向かってゆき、それは新約聖書をギリシア語で編纂させる素地ともなったのである。(使徒4:30-31/コリント第一12:8-/ヨハネ14:12)

また、聖霊を通して弟子らを動かし、あるときは宣教に向かうべき方向を示し、あるときは迫害される者らのそばに立って励ました。初期キリスト教の資料から、聖霊の降下は西暦第二世紀の半ばまで存続していたように観察される。(使徒16:6-7/23:11)

その意味するところは、メシアによる『祭司の王国、聖なる民』即ち、人類全体を祝福する「アブラハムの裔」の集め出しであり、これはキリストが地上を去って後に聖霊の降下を以って開始されたのである。
 

即ち、律法契約がもたらせなかった『諸国民の光』となるべき本当の意味での神の選民『神のイスラエル』が、遂に歴史上初めて姿を現したのである。それはイエスの復活から50日後のペンテコステの日を以ってユダヤ人から始まり、次いでサマリア人、それから聖霊は異邦人にさえ『養子縁組』を得させるに至り、血統によらず、信仰によって『神の子』に迎え入れられたのである。(ガラテア6:16/ローマ8:14-15)


それゆえに、イエスは刑死の後も弟子らを聖霊によって指導し続けていたといえるのである。それは聖霊の途絶えるまでのおよそ百年ほどであろう。(記事「今日のキリストの不在、そして帰還」を参照)


いみじくもイエスは刑死する前の晩に、使徒たちに臨むことになる聖霊がご自分を証しすると伝えてから、『わたしと初めから行動を共にしてきたあなたがたが今後は証しを行うのだ』と命じていたのであった。(ヨハネ15:26-27/使徒2:43)⇒「聖霊という第三のもの」

そして聖霊は様々な活動を使徒たちに行わせてゆく。
天にいるイエスは、まずサマリア人にもペテロを介して聖霊を与え、明らかにヨッパにいた使徒ペテロに指示を与えて、無割礼のまったくの異邦人であるコルネリウスのところへ遣わし、その授けた「鍵」を用いて異邦人のために神の民への扉を開けさせている。(使徒10章/マタイ16:19)

そのようにして、「囲いのものではない」つまりユダヤの律法体制下にない異邦諸国民の「ほかの羊」がキリストという「戸口」を通って「新しい契約」の牧草地に入り始めたと見做すことができる。これはキリストの指導の下での弟子たちの使命であり、キリスト教の完成と共に成し遂げられるべき最重要事項であったと言える。

後に、強硬な迫害者であったパウロもイエスから選ばれて回心し、バルナバと共に取り分けられて、その「ほかの羊」を集め出す長途の伝道旅行を繰り返し、異邦人であってもユダヤ伝来の相続財産が継承されるという、その革新的な教理を与える役割(奥義の家令)を果たした。(コリント第一4:1)

聖霊に預かり「新しい契約」に参入してきた異邦人たちをパウロは「野生のオリーヴ」と呼んでおり、それはこの「羊の囲い」の例えのなかでの 『囲いのものでない羊』とすることは、自然な意味の整合性を持つものである。

こうして、キリストの弟子にはユダヤ人イエス派と、異邦人イエス派(ほかの羊)の「ふたつの群れ」が並存するに至ったのである。パウロは、これらを『ふたつの民』と呼んでいる。(エフェソス2:11-19)


これらの群れを隔てる障碍のとなっていたのは、モーセの律法に由来するユダヤの永い伝統であった。ユダヤ人はイエスを信じるようになった後も、神殿祭祀を重んじ律法に熱心であったので、パウロたち異邦人派に対しては懐疑的であった。そのため、この「異邦人への使徒」はエクレシア内外のユダヤ主義との戦いのうちにその残りの生涯を費やすことになる。(使徒21:20)

イエスをメシアとして受け入れたユダヤ人であっても、それは「ユダヤ教の完成」の意味合いが強く、アブラハムの子孫として守ってきた律法の崇拝から離れるには彼らの良心がなかなか適応しなかった、というよりは、その必要さえ感じなかったであろう。

特にユダヤに住むイエス派信徒は依然ユダヤ古来の崇拝に格別熱心であり、パウロをはじめとする異邦人派とは衝突を回避するための調整をすら必要としたのである。そこに新旧の差はあるが、羊飼いにとっては双方が大事にされ、この微妙な問題上でどちらが正しいというようなものとはされなかったであろう。
(神もキリストもこれに裁定を下しているようには見えない。むしろ、互いの宗教的良心を並立させる意図さえ見える)⇒「エルサレム会議におけるキリストの弟ヤコブの寛容


それゆえ、これら二つの群れを導き出すという仕事において、ペテロは異邦人への扉を開き、パウロは外の羊を呼びに遣わされている。加えるなら、イエスの弟ヤコブがこれら双方の群れを共存させるために西暦49年のエルサレム使徒会議を司り尽力している。
これらのすべては、イエスのあとに残された使徒や直弟子らに与えられた極めて重要な役割、聖霊の指導の下に行われたキリストと初期の弟子らとの「一大事業」であったと言うことができるだろう。

したがって、この例え話の一幅の絵から、イエスは地上から去ってからも聖霊を介して弟子を指導しつづけて、ユダヤ民族に留まらず諸国民からも羊を集める業を成し遂げていった様がそこに見えないだろうか。

イエスは、地上にいるときに『わたしを信じる者はわたしと同じ活動を行い、しかもより多くを行う。わたしが父の許に行くからだ』。とまさしく述べていた。(ヨハネ14:12/同16:7)


このように『新しい契約』に関わる事柄を教導することなど、地上の単なる人間の誰かが果たして出来たろうか。

その契約はイエスの帰天後に、その犠牲に基づいて発効したものであるから、聖霊を用いるイエスこそが天から使徒や聖徒を導いて企図したことを成し遂げたに違いなく、この功はまったくキリストに属するものである。(ヨハネ15:5)

さて、使徒パウロは『ふたつの民』また『両方の民』という言葉を西暦60年代に入っても依然として用いており、それを隔てるのが律法であることを明らかにしている。(エフェソス2:15)

そして、この「羊の囲い」のような『隔ての壁』はユダヤ人の心を容易には去らなかった。


つまり、ユダヤ人の律法契約への誇りはイエスを受け入れてさえ容易には彼らの心を去らなかったのであり、それはエルサレム会議後も然程の変化を見せていなかったことは神殿の破壊の時にまで及んだ。実にパウロは残りの生涯でユダヤ優越主義を論駁した為に、批難され、逮捕され、裁かれていることに鮮明に表れている。(使徒21:28)

そのように当時のユダヤ人イエス派であっても引き続き律法遵守に熱心であった以上、パウロの言うように『ふたつのものがひとつになり、間の壁が除かれる』のは更に後のことになるに違いない。
今はそれら「ふたつの群れ」が眠りについているので、ひとつになる時というのはキリストの臨御(パルーシア)の以降であろう。(エフェソス2:14/マタイ24章)

西暦49年に行われたと言われる前述のエルサレム会議でのヤコブの裁定を以ってしても、千数百年続いたユダヤ優越主義はエクレシアの中から去ってゆかず、パウロは生涯の終りとされる西暦67年の直前までも、このユダヤ主義の頑固な抵抗と戦っていた様が書簡に滲み出ており、それは第二世紀の直前に書かれたとされる使徒ヨハネの手紙では、ユダヤ主義に加え、更に厄介なグノーシス主義に染まりつつあったユダヤ人らの影響と闘う様が色濃く表れている。


エルサレムを中心としていたユダヤ教イエス派の人々は、エルサレムと神殿の滅びに際し、主の言葉に従ってデカポリスであった東北の城市に逃れたという史料が伝えられているが、その後のイエス派はエビオン派やナザレ派などに分裂してゆき、第二世紀にはユダヤ教側から異端として排撃されるようになり、やがてパレスティナを追われ、消滅してしまったと言われる。

そしてこれらに前後して、西暦第二世紀半ばに聖霊が途絶え、キリストは「王権を得るための旅」に出立し、聖霊の降下が無くなって聖徒も眠りに就いてしまった。⇒「ミナの例え」
聖霊の降下のない現在まで、イエスの臨御の証拠はなく、新しい聖徒はまだ現れていないようだ。(ルカ19:12/マタイ10:19)

もし、「今日も聖霊は注がれている」と主張するなら、それはどのように証拠立てられるのだろうか。証明されるべきは「無い」ということか「有る」ということか。もし、「有る」なら、それは極めて明瞭なものであるに違いない。⇒「聖徒 聖霊の指し示す者たち」

それゆえ、ユダヤと諸国民というふたつの群れも眠りに就いたままであり、いまだひとつには束ねられるところまでは成就していないので、この「羊の囲い」の例え話は現在も途上にあると考えられる。(エゼキエル37:15-20)

彼らはキリストと共になる者らで、無酵母のパンを食して象徴的にイエスと体を同じくし、ブドウ酒を飲むことを通して「新しい契約」に与ることを示す者、つまり信徒の中でも格別な「聖徒たち」(ハギオイ)である。(エフェソス1:18)

自らの肉体を捨て、キリストと体を分け合い、霊の体となるからには、天において以前の肉体が持つ民族性も血統も意味を成さなくなり『ユダヤ人もギリシア人も男も女すらも関係がない』状態に入ることになる。(ガラテア3:28)


そうして「ふたつの群れ」の差異が無くなり、この囲いの例えに描かれるように、遂には『ひとつの群れ、ひとりの羊飼い』となるであろう。


選ばれ召される彼らは、その霊体のゆえに肉眼ではもはや見えることのないイエスを「天」にあって間近に見るとも言われている。(ヨハネ第一3:2)彼らはキリストの臨御(パルーシア)の際立った印であり、人類の中の『早い復活によって』『塵の中から目覚める』『初穂の霊を持つ』者たちであり、我々諸国民の祝福を可能ならしめる民となる。


統合されるふたつの群れが、天でひとつの民となる以上は、もはや律法契約下の呪いから完全に開放された真のイスラエルを意味する選民の具現、神が血統だけによらずに選んだ真のアブラハムの嫡流、『神のイスラエル』となって、聖霊を受けるとき、いきなりにひとつの国民となって登場するのであろう。(ガラテア6:16/イザヤ66:8/黙示7:1-8)


このようにイエスは、ユダヤの囲いから自分の羊を導き出し、そこに異邦の羊を加えて数を合わせた「ふたつの群れ」の先頭を歩んで、血統上のイスラエル民族のモーセへの踏み外しにも関わらず、神がアブラハムに約束した、血統だけによらない彼の真の子孫と言うべき(聖徒の国)真実の「イスラエル」、『神の王国』の繁栄と『諸国民の光』そして人類の『祝福』を確保したのである。(詩篇89:34)


これは、単なる朽ちる人間の思い致し、且つ為すところではけっしてない。(創世記12:1-3)

聖霊を用いるキリストが、天から弟子たちを導いて遣わさない限り、行えることではない。




                        新十四日派   © 林 義平

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*「賊」について:イエスが「私の前に来た者」と賊を呼ぶのはそのためであろう。イエス以後、キリストの羊はもう居ない。

実に、「ほかの羊」を連れてくるという業は、ふたつの群れがひとつになる事と共に、今後の展開を待っている部分が残っており、それはキリストの帰還を印付けるだけでなく、世の人々の裁きにも関わることになると思われる理由がある。

-◆関連記事----

聖霊と聖徒」 

信徒と聖徒


『聖霊の賜物』 パルーシアの標識


 


人はなぜ傷つきながらも政治と宗教を存続させるのか


果たして、これほど人々を仲たがいさせるものが他にあるだろうか?

政治と宗教、このふたつが何故これほどまでに世界を争わせるかと、人は歴史上しばしば問いかけてきた。

ジョン・ロックはこの問題から始まって「人間悟性論」を著したという。
つまり、何が正しいのかについての人間の認識が一致しないからである。

例えば、神というものを考えるときに、人間は生まれながらに神を認識できるのかが問われた。
その考察の果ての結果は「否」とでた。
人は生まれながらには神認識で一致できないのである。

また、その後にエマヌエル・カントが、絶対の存在を人間理性で捉えうるかについて、四つのアンチノミー(二律背反)を用いて、それが不可能であることの証明を行った。

彼は、我々と絶対的存在の間で理性は宙吊りになり立ちすくむと言って、人間の最高の能力である理性判断を用いてさえ、絶対的存在(神)に到達することはないとした。

これを記した「純粋理性批判」はキリスト教ヨーロッパに衝撃を与える。

この結論の回避に向けて様々な試みがなされたが、幾らか長い目で見ると、カントの結論はキリスト教の攻撃に向かってしまったようである。

所謂、ヘーゲル左派とキリスト教を内部から崩壊させるための「高等批評」の人間主義の進展、さらに続くマルクス以降の全宗教を否定した思想に向かう系譜である。これに西欧での1830-60年代に於ける急激な技術の進歩が重なり、人間能力の賛美は無神論を装飾してゆく。


しかし、神と人との間に隔てる越えることのできない深い渓谷が存在し、両者に断絶があるということに慌てふためく必要はない。

聖書そのものが、神と人に断絶があると繰り返し述べるからである。

神と人を隔てるものを聖書は「罪」(ハッタートorハマルティア)としている。
これは、我々が時折犯す個々の過ちや不法行為を意味するわけではない。
むしろ、人類の内にあって自分たちではどうにもならない道徳不全症候群、「倫理上の欠陥」を指している。


では、我々人類は「倫理上の欠陥」をもっているのだろうか?
人は助け合うことができ、社会は愛によって支えられているのではないか?
善意は我々の周囲にごく自然にみられ、その恩恵によって生きているのではないか?

この疑問への解答を最も鮮明にしているのは、実に「政治」というものの存在である。

政治の本質的構成要素が何であるかを考えてみよう。

政治は人々を支配するひとつの方法であり、互いの間に秩序をもたらす為の取り決めである。
我々は政治を行う政府を必要としており、これがなければ危険な無法の中に投げ込まれることになってしまう。

いったい何が「危険」なのか?
他の人間ではないか?

我々は常々、様々な願望を抱いて生きているが、その想い描く願望の中には他人の権利を侵害するものがあるのではないか?いや、むしろ、そのような欲望の方が多い、それを貪欲というべきか。

したがって人間は(特に)他人同士の関係においては、保護の壁を必要としているのである。
それは「法」(便宜的正義)を定め、それを実施する「権力」(公認の強制力)を必要とする。それがなければ、我々は互いの危険のためにひと時さえ安心しては過ごせないことになろう。

たとえ政府が存在し、施行される法が如何に優れ、人に多くの益をもたらすように案出されていても、人々を服従させてそれに違反する者への報復力が伴わなければ、あるいは十分な実施力がなければ政治は為されていないことになり、これは無政府状態と呼ばれている。警察のストを想像するに我々は戦慄を覚えないだろうか。

従って、政治を政治たらしめるものは法を施行する「強制力」に他ならない。
我々はその力を、被支配民に向けた内側へのものを「警察力」と呼び、外側に向けたものを「軍事力」と呼んでおり、どちらも有無を言わさぬ暴力をその強制の原資としている。

そうなると、我々人間は相互の間に暴力を介在させていることにならないだろうか?
つまり、我々は互いに対して「危険」なのである。


では、なぜ危険なのか?
すなわち、倫理上に欠陥を抱えているからではないのか?

我々が倫理的に完全の域に達していたとする、そうすればどれほど警察や軍隊の必要があろう。
あるいは逆に、倫理的に完全な人の間で暴力を振ったり脅かしたりすれば、それは単なる狼藉であり、そうする者こそ倫理上破綻している。

しかし現状の人間は、暴力無くして公共の秩序を保ち得ない。
他者を助ける能力がないわけではない。善意をも表すこともできるのにも関わらず、監視カメラはすべての人を捉えているのである。
何故か?

この質問に示唆を与えるのにフランス革命を前にしたモルリイの著述がある。
彼は言う、人間には貪欲という悪徳があるとして・・

「この世における唯一の悪徳は「貪欲」である。他のあらゆる悪徳はどんな名で呼ばれていようとも、すべて貪欲の和声であり、音階であるにすぎない。・(略)・虚栄、うぬぼれ、傲慢、野望、うそつき、偽善、非人情などを分析してごらんなさい。・(略)・その一切のものは精巧だが危険きわまる要素たる所有欲に帰一するのである。」と指摘した。(
M.Morelly “Code de La Nature”「自然の法典」1755大岩誠訳p26

しかし、この問題は近世に限らず、ギリシアの哲人を悩ませ、ガウタマ・シッダールタが考慮の中心においたものであり、人類は有史以来この問題と格闘してきたであろう。

政府は人々の際限の無い欲望の衝突を避けさせるために通貨を流通させ、本人の遂げられる欲望の範囲を規定する。それは一見公正のようでいてけっしてそうではないが、ともあれそれに従う以外にはない。交換社会に関わらなければ人間らしい生活水準は保てない。
これが、欲望への配分であるが、大半の人々は満足してはいないだろう。人類が通貨の交換に満足していれば、金銭がらみの犯罪は無く、使徒パウロも「金銭はあらゆる悪の根だ」とは言わなかったであろう。

しかし、政府の権力が通貨を介した売買を保証しなければ、人々は買い物ひとつできず、生存も脅かされかねないだろう。しかし、金銭そのものは人間だけが認識する仮想のものであり、政府が保証して初めて意味を成すものに過ぎず、人間の倫理問題そのものを孕んでいる。それは自然界からすれば、極めて異様な抽象物なのである。

だが、人と人が生きようとするときに金銭は欠くことができない。
人は一人では人らしく生きられないからである。いや、金銭や財が無ければ、人は生存さえ危ぶまれるのが「この世」というものではないか。

そして売買とは何か?
それは交換取引であり、報酬なしには互いのために働かぬという礎の上に築かれた互酬制度である。

それがなければ、人間社会では互いの貪欲の危険に曝されてしまうのである。
ヤコブはその書簡の第四章で争いの原因を端的に指摘する。
「あなたがたの争いや戦いはどこからくるのか。それはあなたがたの肢体の中から挑発する欲望ではないのか」「あなたがたは間違った仕方で求めるので得られない」それゆえ「争いを続け、戦い続ける」というのである。(ヤコブ4:1-3)

これが人間というものの実状ではないのか?
我々は互いの貪欲(罪の発現)を牽制するために、個人に勝る力、権力を必要としている。
それでも人が争いを続けているのは、政治というものが、人間の貪欲を調整するのに不十分であるからではないか?
つまり、政治とは人間の貪欲に対処するための応急処置また対症療法である。

秩序のために有無を言わさぬ暴力を必要とする人間とは、何者であろう。
やはり、人間は倫理上の欠陥である「罪」(原罪)を持っていると言えるのではないか?
我らはこの「罪」から逃れない限り、いつまでも争い続けるであろう。

そして、創造の神。その業が完全であるといわれる存在者が、初めから人間をこのように作ったとすれば、我々はそのような神を心底崇め捧ることができるだろうか?
人々はむしろ、神が居るのなら、なぜ世界にこれほど害悪があるのか、と問うのではないか?

もちろん、創造の神はこのような人間を創造のはじめの企図に沿うものとはみていない、とても神自らの「象り」であるなどと認められないに違いない。

それゆえ現在の人間は、誰も神の創造物たる「神の子」の立場をすら得ていないのである。


モーセの律法の祭儀は、人間と神の大いなる隔たりを「血」の犠牲の必要なもの、また、罪の内在する人間が神の栄光を見れば死に至ることを何度も示している。これはとても「親子」の関係とは思えない。

カントが人間理性では神を見出すことができないとしたように、我々は神についての情報を我々自身からは知り得ず、上から啓示される以外に探りようはないのである。
それらの情報とは、神に関する知識のみならず、自分は何者で、何ゆえ生き、またどこに行くのかというような、人の事象の彼岸にある創造への問い、人間自らは探すことのできない答えの正解をも含む。

それゆえ、神との断絶のゆえに、人間は神を求めるに当たって宗教を必要とし、上からの情報を求めるのである。
もちろん、事象の彼岸にある形而上の問題を扱うこの分野では、理性的判断を用いられず自然科学の客観的検証方法は通用しなくなる。そこで偽者の入り込む余地は大いにあり、実際、宗教界ではどうやらそのようである。

もちろん政治に同じく、人間の行う限り如何なる「宗教」も客観的な実証を伴う答えを持ち得ない。
にも関わらず、宗教家の多くは自派の正義を唱えるが、これは相克の源であるばかりか、神だけにあるものを自らにあるとする越権を犯しているであろう。

そして相争う宗教には、却って唱えるような「正義」がないことが、その争いや敵意の存在によって証明されることにはならないだろうか?
逆に言えば、正義も倫理も無いから争うのである。


ゆえに政治と宗教には人間の罪(原罪)が刻印されている
すなわち、倫理的欠陥があり、そこに上なる者との断絶があり、これが政治と宗教を存立させている。例えそれらの応急処置が在ってさえ、人に「罪」ある限りこれらの正義の無い不完全で闘争を招く分裂支配から人類はけっして逃れられないであろう。利己的欲の有るところでは分裂が必ず起こる。

したがって、いずれの政治や宗教であれ、それらは上手くつきあってゆかねばならない人間の必要悪であって、共に「ベター」を求める「罪」への不完全な「緊急手当」のようなものであり、それに気づく者にとっては政治も宗教も自分の身も心も捧げつくすには値しないものとなろう。

やはり『罪』は致死的なものであることには変わりない。
まして人間製の政治と宗教は不確実な偶像のようなものに過ぎず、人に真の解決を何らもたらさず、崇め奉るべきものでもない。不義にして死すべき肉なる人間に元々真理も正義も無いのである。それこそが「罪」の存在証拠であろう。

聖書は、人の「罪」のはじまりを創造者からの離脱にあるとする。
事の始まりにおいて倫理の基礎を破壊していたのであり、人類の創造者への無頓着が自己存在理由を足蹴にし、それが一切の倫理の土台を損なっているのである。

世のおおよその人には、「罪」が人類にあまねく見られるので、人間の不倫理性は当然の事と思われているだろうが、聖書は「罪」がアダムからのものであることを明かしてこう述べる。
『ひとりの人によって、罪がこの世にはいり、また罪によって死がはいってきたように、こうして、すべての人が罪を犯したので、死が全人類にはいり込んだ』(ローマ5:12)

アダムからの「罪」の遺伝のような連なりを認めるか否かに関わり無く、明らかに我々は互いとどう生きてゆくかを弁えているとは言い難い。それはこの世を一瞥するだけで事足りる。

しかし、創造の神は、人間を創造物として本来意図した状態に引き上げ「神の子」の立場に引き上げるために「任命した」(「キリスト」の意)仲介者とその手立て「神の王国」を設けたことが聖書から知れるが、人間の創造者が関わるこの「贖罪」こそは「罪」の根本治療となり得よう。

人間はどんなに優れた倫理教育を受けようとも、誰も根本から倫理上の欠陥を修復することなどできるわけも無い。それは、まさに汚れた者が汚れた者にその汚れた手を差し伸べるようなもので、自分自身が欠陥者だから誰も浄められないのである。

上の領域からの「贖罪」という根本治療がキリストの血の犠牲を介するという以外に具体的にどうなされるかと知る者は居ない。だが、神の王国の果てには、人類を傷つけてきた政治と宗教を最終的にまったくの無に帰さしめることは聖書の知らせるところである。

倫理を回復した人類には、政治も宗教も似つかわしくもない不要物となる。それを成し遂げる「贖罪」は上から差し伸べられる清い手の「救い」であり、創造者たる神YHWH*の経綸、至上の手段である。*(発音不明の神の御名⇒シェム ハ メフォラーシュ

それは、シュメール時代の人物アブラハムからだけでも四千年に亘って進められてきた悠久の神の歩みであり、それを留め得る者は誰もいない。今日それを証しするのが、創造の神の人類救済の歩みを記した「聖なる書」である。



 ⇒ キリスト教を価値の高みに昇らせた「愛の掟」

 
                             新十四日派      © 林 義平
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上記内容は拙著「神YHWHの経綸」下巻の一部を要約し書き改めた。














政治と宗教.

エルサレム会議にみるキリストの弟ヤコブの寛容さ


果たしてイエス・キリストに弟などがいたろうか?


確かにマタイの福音書には書かれている。イエスがヨルダン川でキリストの任命を受けてから、ナザレ村に帰省した場面でその弟たちのことが次のように記されている。

『これは大工の息子ではないか。その母親はマリアと云い、そして兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。 姉妹たちも皆、我々と一緒にいるではないか。』(マタイ13:55-)

イエスの兄弟たちとは、マリアがイエスをした後に夫ヨセフとの間に設けた子らである。
しかし、これらイエスの兄弟たちの存在はマリアを永遠の処女に崇めたい人々にとって、そのまま読むことのできない記述である。


そこで、カトリックなどは、ヨセフには前妻が居たということにして、これらの子供らはヨセフの連れ子である、という主張も普遍教会の中で始まった。

ではあるが、ここではマリアが処女神のように崇められるべきか否かに関わることなく、その息子のひとり、ヤコブに注目したい。


彼ヤコブは、他の兄弟に先んじて名を挙げられるところからすれば、イエスを除いた兄弟の筆頭であったようだ。世間向きには、イエスに次いでヨセフの次男の立場にあったろう。

しかし、おそらく二十歳代の彼は、兄イエスが家を出て宣教の生活に入ったことを理解しかね、気が狂ってしまったとすら思っていたようである。

聖書中では、そのおかしな兄を気遣って宣教の現場にまで母を伴い出向いた場面も語られているが、そこには、余りに類稀な人物を輩出した家族の苦労が見える。(マルコ3:21)

イエスは父ヨセフの家に在っては、自分のことをほとんど明らかにはしていなかったようである。
ヘブライ語ではエシュアと呼ばれた長男が、単なる息子のひとりでないことを知っていていたのは両親、殊に母親のマリアであったことは、カナの婚宴での奇跡が語る通りであるが、それも随分と抑制された観がある。その奇跡に何人が気付いたのだろう。

おそらくは親戚、つまりイエスの従兄弟にあたるであろうゼベダイの子ヨハネ(十二使徒)は、その福音書でこの奇跡を記しているが、これを晩年にエフェソスで著したときに、当地に共に来た主の母からかつて聞いた情報を含めたのであろう。それに加えてイエスの兄弟たちがイエスに信仰を持っていなかったと、はっきり書いている。(ヨハネ7:5)



-◆兄に帰依し、義人と呼ばれる--------------------------------

しかし、それも変化するときが来る。
パウロの言葉によれば、イエスは刑死を遂げて三日目に生き返らされると、弟のヤコブに現れたというのである。(コリント第一15:3)
どうやら、これがヤコブが信仰を持つ決定的なきっかけになったようである。
彼はその後、他の弟たちと共にあのシャヴオートつまりペンテコステの日に聖霊が灌がれたおよそ百二十人の中の一人に含まれていたのであろう。(使徒1:14)


しばらくすると、ゼベダイの息子でヨハネの兄弟でもある十二使徒の方のヤコブがヘロデ・アグリッパス王(Ⅰ世)によって処刑されると、次は使徒筆頭のペテロが狙われ、ペテロは投獄されてしまう。
しかし、天使の介入によって獄から開放されると、この使徒筆頭であり地方を回ることの多かったペテロは、以後更に遠くエルサレムを離れるようになってゆく。(使徒12章)


その後、どのようにエルサレムのエクレシアがイエスの弟ヤコブを自分たちの代表としたのかについて聖書は何も伝えていない。
あるいは、ペテロが依頼したのか、それともイエスが任じたのか、またはユダヤ的相続の習慣にしたがって次男として指導の任を受けたのだろうか。父ヨセフも母マリアの家系*も共にダヴィデ王家に連なることはふたつの福音者が記しており、使徒たちの間で知られたことであったことは明らかである。(ヘブライ7:14)


あるいはヤコブ自身に傑出性があったのかもしれない。というのも、ヤコブは後年「義人ヤコブ」と呼ばれ、イエス派への所属を問わずユダヤ人の多くから敬愛されていたというのである。その状況からすると、ヤコブは先鋭的にイエス派を推進していたというよりは、周囲のユダヤ人から尊敬を勝ち得るほど、ユダヤ教徒の務めをよく果たし、神とイスラエルを執り成し、兄とユダヤの間に立って「律法契約」から「新しい契約」への橋渡しに努めていた姿が浮かびあがる。(ヨハネ7:6-7)

いや、橋渡しというよりは防波堤であったというべきだろうか。ヤコブへのユダヤ人一般の尊敬は、彼がイエス派であるか、またその弟であるか否かよりも、如何に神への崇敬の念の厚いかに集められていたのであれば、そこでユダヤ人によるイエス派への迫害も彼の中立性のゆえに躊躇されたことであろう。

この「義人」(ツァデーク)というのは完徳者を意味するわけではないが、一種の称号であり、ユダヤの民のために取り成しの祈りを日々神殿で捧げ続けたというヤコブは、人々からの賞賛によってユダヤの宗教的良心を代表するような立場を民衆の間に得ていた。
ヤコブとしては、ユダヤの民の多くが、未だ兄をメシアとして認めようとしないその頑なさを去って、神との平和を得るよう願い続けたのであろう。(ルカ19:41-42)


この弟ヤコブは十二使徒でもなく、ヘレニストの世話役となった「七人」にも、イエスの宣教を委ねられた「七十人」にも加わっていないのは明らかであり、その点、イエス運動の表舞台に上がったことがないので、標的にされ難かったこともあろう。

あのシャヴオート以来、イエスの弟子らはユダヤ教の中で人数を増していたが、ヘロデ大王の建立した神YHWHの壮麗な神殿は依然そこにあり、モーセの律法は日毎の祭祀においても機能していて、ヤコブもその崇拝方式に従っていたのであり、ヤコブたちも依然として「ユダヤ教イエス派」であった。そのためか、次第に数を増しつつも律法の習慣を守るイエス派に対して、祭司たちも温和に振舞うようになってゆく。(使徒6:7)


当然ながら、ユダヤ人の宗教的良心は神殿祭祀や生活でのトーラーとミツヴァの遵守にあり、それはイエス派ユダヤ人においても変わるところは無かった。ヤコブはそのようなイエス派の良心を代表するようなところを見せたのであろう。このヤコブの姿勢によって引き続きユダヤ教徒がイエスに帰依する道が開かれていたと言える。彼の晩年にはユダヤに数万の『律法に熱心な』イエス派が居たことが記されている通りである。(使徒21:20)


しかし、ペテロは外遊しつつ神の王国の「鍵」を用いてサマレイア、そしてローマ人にすらその門戸を開いたことによって状況が変化してゆくことになる。(使徒8:14~/10章)



-◆ユダヤと異邦人のふたつの群れ--------------------------------

そして迫害の急先鋒であったシャウル、つまり後の使徒パウロまでがイエス派の戦列に加わり、聖霊に取り分けられてバルナバと共にセレウケイア港から地中海に乗り出すことで、その状況の変化はさらに大きなものとなっていった。(使徒13章)

エルサレムのエクレシアとしては、イエスの教えが世界に向けて次第に異邦人の中に拡大してゆくことが何かと気になっていたに違いない。
その証拠に、ペテロがカエサレアに行って、ローマ人コルネリウスの家に入り、その一族や友人と交友して汚れたと彼を譴責しているのである。

実に、これこそペテロの主イエスから賜った「鍵」の使用であったのだが、イエス派の誰もそのことに気づいた様子はない。(マタイ16:19)
ともあれ、「それでは神は(汚れた)異邦人にも聖霊をお与えになったのだ」と黙りこむよりほか無かったのである。(使徒11章)

一方、エルサレムから直線で600kmほど北上したシリアのアンティオケイア市は、ローマ帝国第三の人口を誇る闊達な都市である。
東方ユーフラテス河畔方面、あるいはアディアベネ、ペルシアにつながる要衝であり、様々な人種の行き交う自由な気風がその都市にはあった。
 

ユダヤ人はヘレニズム期に入ってこのかた、この都市で特権を得ており、割礼を受けた異邦人改宗者(プロセーリュトイ)やその他の無割礼ながら「神を恐れる異邦の人々」(フォボメノイ)もシュナゴーグに集まる会衆の中に比率は少なくは無かった。ユダヤ人も人種の違いを然程気にせず過ごすことができたであろうから、そこには様々な人種が共に神を同じくする爽快さがあったろう。(使徒6:5/11:19/13:1)

その点、間近で神殿祭祀が行われ、ユダヤ優越性の色彩濃く保守的なエルサレムとは様子が随分と異なっていたようだ。

パウロはこのシリアのアンティオケイアを基地にして三回の長途伝道旅行を行っている。パウロやバルナバたち「諸国民への選びの器」にとってこの自由な気風溢れる都市は精神的な母体に相応しいものであったに違いない。
そして、彼らが旅行から戻るたびに、この地のイエス派はより一層ユダヤ教の色彩を薄めていったことであろう。


しかし、これはイスラエル=ユダヤ中心主義からすれば何か釈然としないものがあったとしても仕方が無い。
ユダヤ人の宗教的良心は、国教であるユダヤ教から簡単に離れることができないし、パウロの著作が未整備なうえ、パウロを迫害者、次いで異端者として避けていたユダヤのイエス派にとって、イエスの教えがモーセとどう異なるのかさえ不明瞭で、キリスト教の真髄を知るには至っていなかったというべきなのであろう。


現に十二使徒ら、またヤコブら中心的「柱」の人々はエルサレムの神殿でユダヤ教の崇拝を捧げることで、さらに多くのユダヤ人イエス派信徒を獲得していたのである。

だが、彼らの意識の外ではイスラエル民族は宗教上の大きな転換点に差し掛かっていたのであり、異邦人イエス派(クリスティアノイ)と、イエスをメシアと認めて「ユダヤ教の完成」を標榜するヘブライスト・イエス派との間には、意識のズレが生じうる事態が進行していたのであった。



-◆そして、起こるべくして事件は起こった--------------------

それが起こったのは西暦49年頃とされている。

エルサレムのエクレシアからアンティオケイアに向かった一群の人々が「メシアの弟子であっても異邦人なら割礼を受けなければ救われぬ」と主張しだしたのである。確かにユダヤ教の古い観点からメシア信仰を考えるなら、割礼を受けて改宗者になる必要があるというのは、常識的で穏当な判断であったと言えよう。(創世記17:12)
だが、キリスト後の神意は旧約的な判断を超えていた。

「割礼を受ける」とは、キリスト教徒もイスラエル=ユダヤの血統の優越を認め、イエス派にも祭日や服装や食事などのユダヤ的生活習慣を行う必要が生じ、延長線上には神殿祭祀やモーセの遵守がある。従って一つ「割礼」の問題は、イエスの弟子ら、特に諸国民からの信仰者らの信仰生活やユダヤ人との間の立場を左右する重大な問題となっていた。

では、イエスの教えは「より優れたモーセの弟子(ユダヤ教徒)」とさせるべきものだったのか?それとも、メシアの到来はより革新的なものをもたらしたのか?
この点で、ユダヤ人の弟子らには、律法を遵守する旧来の信仰生活を守るべきであるという、生まれながらの習慣と、それに伴う良心がある。イエスも祭礼に参加していたエルサレム神殿は依然として機能しており、無割礼の異邦人は聖域に入れなかった。

しかも「割礼」は、律法以前もアブラハムの家と異邦人の下僕にまで命じられたアブラハム契約以来のもので、それはアブラハムの『後裔が受けるべき契約の印』であり、その契約は『代々にわたる・・契約』とされていた。(創世記17:9-14)
それであるから、ユダヤの弟子らが「モーセの教えの延長線上にキリストを加える」というスタイルでいたことは、永きのわたり存続してきた律法体制の側から見るなら、それが正統的に見えていたことは無理もない。

しかし、無割礼の異邦人らが次々に信仰を表して参入していた外地のエクレシアでは、コルネリウスのように無割礼でありながら聖霊を注がれる例が増えてゆくとなると、そこで起っている事象は、聖典に書かれたところを信仰する旧来の観念を超える神の意図を感じさせるものである。
そこで使徒言行録は、アンティオケイアで「少なからぬ争論が起こった」としている。(使徒15章)

確かに神殿の犠牲はキリストの犠牲によって完うされたと唱えるパウロたちがそこにいれば、これは確かに大きな問題にならないわけがない。
 しかし、現代の我々の知るようなパウロの先端的理解を記した書簡群も未だ存在していない時期である。
さて、弟子らはこの事態にどう向き合うだろうか。

そこでアンティオケイアのエクレシアとしては、この問題に決着をつけずにはいられないと結論し、いまだ神殿を擁して中央と目されていたエルサレムのエクレシアと話し合うことにする。
この問題に適任なのは、何といってもパウロとバルナバであろう。
ペテロもエルサレムにおり、こうして、エルサレム会議の舞台は整った。


エルサレム会議は「使徒会議」とも「第一エルサレム会議」とも呼ばれるが、ある人々が「第一」と呼ぶ背景には、後代の1672年のものをも最初のものの延長線上に置こうという企図がある。
だが、初代キリスト教徒による最初の会議に比肩しうるものが他にあるだろうか?

以後、ニカイア会議に続く普遍教会による公会議と、このエルサレム会議には大きな違いがあったのである。

初代のエルサレム会議がキリストの使徒らの参加があったことを除いても、その意味するところは大きく異なっている。

例えれば、テオドシウスⅠ世がコンスタンティノポリスで主催した第一の会議では、キリストと神が「相似なのか同質なのか」を巡って争論がされ、結果として、僅かに見えるこの認識の差を以って、あるいは正統とされ勝ち誇り、あるいは「異端」と裁かれアナテマ(呪詛)が宣告され排斥されている。しかも、この会議は反対派を排除した政治的なものであったのだ。
 

しかし、使徒らの会議は決してそのようではない。
それはずっと大きな教理の違いの容認なのである


会議ではやはり、ユダヤ人の中には律法遵守、すなわち、イエス派であってもまず割礼を受けユダヤ教への帰依を示すことを条件とする人々がいた。
これは、ユダヤから出ず、ユダヤ教のもとに順当に育った人なら至極当然と思えるところだったに違いない。(出埃12:44)
 

しかし、自らイエスから授かった『鍵』を使用して異邦人に向かって「神の国」を開け広げたペテロは違っていた。
多くの議論が出た後のペテロの発言が転換点となったようである。
彼はコルネリウス以降の無割礼の異邦人にも「約束の聖霊」が降下した事実を説いてこう言った。

『神は異邦人にも聖霊を与えたのですから、この上、我々も父祖も守れなかった頚木をどうして彼らにかけられましょう』。
これはユダヤ教からみれば、恐ろしく革新的な考え方である。律法は「守れないものだ」と言っているのである。

しかし、こうして「聖霊」の業績が列席者の争論を決定的に収める働きを成してゆく。ここにキリストの聖霊による指導の方法が見える。各地の現場で働くキリストの霊が、弟子らに意向を示してもいたのである。

これに加えて、パウロたちが異邦人に臨んだ神の業の実例の数々を話して聞かせるのであった。

そうしてから、論議を聴いていたイエスの弟ヤコブが総括をする。
「私の決定は、即ち神に立ち返ろうとする異邦人を悩ますべきではない。
但し、偶像に捧げられた物(食物)と淫行と絞め殺されたものと血*を避けるようにとだけは、彼らに書き送るのがよい。」
 

これは、ユダヤ人の決定とは思えないほどの驚くべき転換であろう。
自分たちが心底信じるユダヤ教崇拝に関して、異邦人を律法の規定外に置きながらも仲間として認めたのである。こうして諸国民に中に出て行ったペテロやパウロのような人々を介して、イエス派の中央は聖霊の巻き起こす新たな流れを受け入れたのであった。

しかし、ユダヤ人側からすれば、異邦人信徒は中心から遠ざかった一ランク下の格付けに看做す誘惑はあったろう。
律法を知らない異邦人を汚れた者と看做す千年以上続いた習慣は、そう易々と意識から排除できるものではないに違いないし、偶像に捧げられた物と淫行と絞め殺されたものと血を避けよという指示も、律法の部分的延長という説明は無く、もし、そんな主張をすればパウロが黙ってはいなかったであろうし、ヤコブ書も律法が切り売りできないことを記している。即ち、『律法のひとつでも踏み外す者は、律法の全体への違反者なのである』(ヤコブ2:10)


これらを踏まえてみると、それらの指示は、むしろユダヤ・イエス派を躓かせないための最低範囲の線引きであり、キリスト教の宗派が聖書への忠実を貫こうとしてこの裁定に拘るとすれば、その硬直的な姿勢はヤコブの表した精神に逆行するものとなってしまう。

議決を述べた後に続くヤコブの言葉はそれを裏付けている。

『 モーセの律法は、古来どの町にも告げ知らせる人がいて、安息日毎に会堂で朗読されているのだから』

この一言に示されていることからすれば、キリスト教徒にも血に関する律法規定が延長されたということに捉えることはできない。また、ここでヤコブ自身がキリスト教の規則を新たに制定をしているわけでもない。

むしろ、無割礼の異邦人であってもユダヤ教のシュナゴーグの集いに「神を畏れる諸国の人々」(フォボメノイ)として受け容れることを許すには『偶像に捧げられた物(食物)と淫行と絞め殺されたものと血*を避ける』というのが以前からの最低条件であった。そこでヤコブも、まったく無割礼の異邦人を信仰の仲間と認めるための条件として、ユダヤ教の会堂への参入の条件であったものをイエス派でも用ることで、律法に熱心なユダヤ人イエス派信徒と異邦人信徒の融和を図っているのである。(レヴィ17:12.15)


即ち、律法の朗読が各地のユダヤ人社会を通じて行われ、その価値観は依然として神の規準として知らされていたのであるから、割礼を求めないにせよ、異邦人でメシアを信じて転向してくる者たちも一定のユダヤ的道徳観に基づいて振る舞い、ユダヤ人からの拒絶に遭わないようにするためである。
現にコルネリウスのようなフォボメノイが、この規準によって無割礼でありながらユダヤ人と共にシュナゴーグに出入りを許されていたからであろう。

 

まさしくこのヤコブの裁定は、ユダヤ教の会堂であっても、異邦人中心の集まりであっても、『双方の民』が躓きを覚えずに交流することを促進する賢い選択であった。(エフェソス2:11-18)


もちろん、崇拝に慎重なヤコブが大胆にもキリスト教の掟を新設して命じたわけでもないし、道徳的であることは望ましいながら、今日のキリスト教の信徒にこの古いユダヤ教の慣行を課する謂われはもはやない。モーセを引きずったユダヤ教イエス派は第二世紀を過ぎた早い時期に消滅したからである。今や自由に属するキリスト教信徒には「愛の掟」があるばかりではないか。(ガラテア4:24-31/ローマ13:8)


ともあれ、こうして、この会議はその議決を書簡に記し、彼らに「聖霊と使徒らの決定」を知らせ、さらに複数の証人を付けてパウロたちと共に送り返すことにした。
その書簡はシリアとキリキア(トルコ半島の付け根)のイエス派信徒に宛てたもので、受け取った人々は大いに喜び励まされ、さらに数を増していったとルカは記している。


だが、この議決を以ってユダヤ教イエス派と、パウロがイエスの霊に従って推し進めていた異邦人イエス派との間に何の問題も起こらなくなったわけではなかったし、その後もユダヤ優等主義はエクレシアから消えはしなかった。

実に、キリストの異邦人の弟子らから割礼を必須のものとしないという裁定によって、生殖重視の観点が失われ、その後の『アブラハムの裔』が血統に依拠しないという大転換が込められていたのだが、この点については誰にも気付きがなかったかのようである。だが、それは使徒パウロの言行によって次第に明白にされてゆくことになる途上にあった。
そのため、使徒パウロはエクレシア内外のユダヤ主義と生涯戦ってゆくことになる。(ガラテア5:12/フィリピ3:2/ローマ2:25)


やはり、人の信念というものは、易々と変えられるものではないし、宗教信条では特にそうであろう。
その発言が議決へと導くことになった使徒ペテロであってさえ、この会議の後のアンティオケイアで、エルサレムからの仲間が到着すると、異邦人と交友するのを避けたことをパウロから激しく咎められている。(ガラテア2:11-14)

これについては、その逆の事態も起こっており、パウロは宣教に訪れた各地のユダヤ教徒らからの強烈な反対を受けねばならなかった。一度はユダヤ人に石打で死刑にまで処せられたのを何とか生き延びてさえいるのである。宗教心とはこうまでも正義感からの暴力を引き起こし兼ねないものである。
ユダヤ人と異邦人の間では、エルサレム神殿が機能している間のイエス派が、純然たるキリスト教となって、ユダヤ教から脱皮を遂げるまではバランスをとることの難しさが新約聖書のあちこちに見える。

更に後年になって、ヤコブは異邦人派の先頭に立つパウロの評判がユダヤ教の中心であるエルサレムでは頗る悪いことを慮り、彼に神殿での浄めの儀式の世話をするよう求めているが、そこでこう云っている。

『そうすれば、あなたについて言われていることが根も葉もないことで、あなたは律法を守り正しい生活をしていることが、人々にも分かるであろう。

 異邦人で信者になった人たちには既に手紙で、偶像に供えたものと、血と、絞め殺したものと、不品行とを、慎むようにとの決議が、わたしたちから知らせてあるのだから」。』(使徒 21:24-25)

そこには、偶像、飲血、不品行の当時異邦人に付き物の慣行を止めるよう求めた動機が記されている。即ち、両派の衝突を避け会堂でメシア信仰者が一緒に集ることにある。やはりヤコブはここでも「執り成しをする義人」の姿を見せている。

また、血を避けるという律法に基づくユダヤの常識を異邦人が受け入れることにより、キリストの血の犠牲の価値の大きさを認識する助けが異邦人にも与えられたことになる。
なぜなら、血の禁忌をもたない民族であれば、主の晩餐において葡萄酒の表象を飲むときに、飲血の禁令を超えてゆく意義を悟れないからである。 

だが、ヤコブの配慮もむなしく、無割礼の異邦人であっても仲間を『兄弟』と呼ぶパウロは、彼をアジア州のエフェソスで知るユダヤ人に見咎められ、神殿域で捕縛されてしまうことになってしまうが、これはパウロをローマという大舞台に立たせることになる。





-◆ユダヤ人らしからぬ寛容さ -----------------------

さて、この議決で注目すべきは、その大いなる寛容さである。
ユダヤのイエス派信徒は従来の律法遵守を続け、一方で異邦人は律法から解かれているのである。これは二重の基準、ダブルスタンダードに他ならない。


それは、崇拝方式ばかりか生活の様々な面、食事や衛生、祭日まで異にするという意味であり、モーセの下にひとつにまとめられていた宗教が諸国の多様性を受け入れるのというのである。
こうしてユダヤ教イエス派と、異邦人のクリスティアノイとの難しい共存が図られた。

果たしてそこに偏狭さがあるだろうか?
むしろ、僅かな言葉の認識の違いで呪詛されたり、排斥されたりはしていない点で後代の公会議とは大いに異なるものである。


そして、イエスの弟ヤコブの会議における振る舞いに、ヒエラルキアの頂点に立つ者が往々にして陥りやすい専横な独断や強欲さや教理の無理強いは見られないし、人を威嚇するようなところも仄めかされてもいない。まして、エルサレムのやり方に「合わせろ」などと見解の一本化を諮ることさえしてはいない。

むしろ、多様な議論の出るのを見守ってから、自らの周囲で起こる様々な事柄に注意を払って人々の間に働いている聖霊の示す方向を窺い、全体の意見を集約して結論に至っている。
そこでは、聖霊を内に得ていてもなお、自己を制して兄イエスの意志を探るようなところを見せているのである。


ヤコブの名を冠した聖書にある書簡には『人は聞くに早く、語るに遅くあるべきである」とあり、「人の憤りは神の義を行うことにはならない』とも述べているが、それはまさにエルサレム会議を仕切ったキリストの弟ヤコブの姿を彷彿とさせる。


この「ヤコブの手紙」は後代のルターらによって、信仰よりも律法の業を強調するユダヤ的なものであると、価値を低く見積もられ「わらの福音」とまで貶されたが、しかし、内容を見る限り「業」の強調はともかくモーセの律法の条項のひとつをすらを挙げて遵守するように求めていない。

その中に『王たる律法』『自由の民の律法』の記述があるとしても、それはキリスト教の「愛の掟」に通ずるものであって、この著者を律法主義者と断ずることは出来そうに無い。

確かに彼は『人は業によって義と宣せられるのであり、単に信仰によるわけではない』と書いている。(ヤコブ2:24)
だからと言って、ヤコブが律法主義者と断じることはできない。
文脈を見れば『業の無い信仰は死んだもの』と言っているのであり、『業のない信仰を見せるように、そうすれば、わたしは業によって信仰を見せよう』というのであるから、ここで問題にしているのは、『信仰』がどのようなものかというところに焦点が合わされているのであって、『業』それも律法を行うことを論題にはしていないのである。

ヤコブの手紙にあるのは、律法の業の続行ではなく、信仰の業を求めているのであり、実際、「自分は信仰を持っている」と言いながら、何をするでもなかった不信仰の事例は旧約聖書にもみられる通りであり、それを彼は『死んだもの』というのであろう。(列王第一18:21-)
当時の同僚パウロの業、その苛烈とも言うべき宣教の労苦を思えば、決してパウロの教えと衝突はしないであろう。(ヤコブ2:26/コリント第二11:23)

むしろ、『割礼を受けるなら律法をすべて守る務めがある』というパウロの如く『律法のひとつでも踏み外す者は、律法の全体への違反者なのである』とさえ言うのである。これは、律法主義者であるパリサイ人の平衡的律法の適用方法の枠に留まるものではなく、キリストの『完全な自由に属する律法』を指し示すものである。(ヤコブ2:9.10/ガラテア5:3/ヤコブ1:25)
更に、この手紙の驚くほど優れた点は、双方の民のいずれが読んでも益を得られる事にある。

ここにキリスト教徒にとって学ぶべきことはないだろうか?
キリスト教の各派が正統を巡って争い、ヤコブのような寛容を表せないのは何故であろうか?なぜに聖書の言葉一つや文法を巡って正義を立てようとするのであろうか? それではキリスト教を信じようとする人々は、宗派という互いに敵視し排除しあう鉄条網の枠に強制収容されているかのようではないか。

ヤコブが示したように、けっして神はそのようにはしていなかった、むしろ当時のユダヤ人にその宗教的良心の働き方をすぐに変更させることは無理を強いることであるので、聖霊の印と一定の判断期間をユダヤ人に与えたのである。
一方で、今日までキリスト教を称える様々な宗派の示してきた他者排撃による義の確立、その偏狭さは、こうした神の精神とはまるで別のものを感じさせるものであろう。つまり敵意を醸造するディアボロス(中傷者)の精神である。

ヤコブの手紙は『ねたみや闘争心のあるところにはあらゆる無秩序がある』と警告する。(3:13~)
僅かな見解の相違を争ったり、自分たち以外をサタンの側に断じたり、神の真実性を脇に押しやり自分の正しさの立証に血道を上げるようなことはヤコブが努めて避けたことではないだろうか?当時の弟子たちには聖霊があり、それこそが神の真実を教えるものであったから、人間の教理の正当化などは思いも付かないことであったろう。

そして、彼の寛容さは様々な実を結び、パウロの活動の支えともなった。
ヤコブ及び「柱」と思えるエルサレムの主要メンバーにパウロが持論を開陳したとき、ヤコブらはパウロに黙って手を差し伸べ、自分たちは割礼を受けた者の方に、そしてパウロたちが異邦人に向かうことを認めたのである。そこではパウロに働く聖霊への敬意があったに相違ない。(ガラテア2章)

そして、自ら律法の下にいないと再三主張してきたパウロではあったが、後年エルサレムにあっては、ユダヤ人としての習慣に従うようにというヤコブの勧告を唯々諾々と受け入れているのである。しかもそれは『ナジル人の誓約』に関わることであり、極めて律法主義の色濃いユダヤ的行為を世話することへの勧告であった。しかし、これを肯んじることはけっしてパウロの敗北などではなかったことであろう。むしろ、ヤコブの示すパウロへの気遣いと寛容への丁重な返礼のようにさえ見えないだろうか。(コリント第一9:20/ローマ6:15/使徒21:20~/レヴィ6:13~)


歴史上、キリスト教において論争や敵意が普遍的に見られてきたのだが、その多くは言葉を巡る教義上の争いが多かろう。しかし、パウロは後になって、信徒同士が『言葉の事で争うことのないよう、「厳粛に」([ディアマルチュロマイ]あるいは「厳格に」)申渡すよう』助手のテモテに命じてもいるのである。(テモテ第二2:14)

この厳正さは、まさしく偏狭への戒めであって、言葉の小異を巡る厳格さではない。これは自らに厳しくも、同時に謙虚で協調性豊かなヤコブと共に働いた経験を持つ使徒ならではの戒めとは言えないだろうか。


こうして、寛容さを以ってヤコブは初期の問題を乗り越えた。
それは彼に働くイエスの霊の特質でもあり、ヤコブは兄イエスの意を汲むことにおいてまことに見事であった。
これが後代の「キリスト教」諸派の教師らのような自己義認者であったなら、自分の方式に固執して、敵意と闘争の坩堝に人々を投げ込むようなことになっていたであろう。

しかし、ヤコブは聖霊の特質を発揮し、ユダヤ人と異邦人という分裂しかねない『ふたつの群れ』をそれぞれに平和に保つ役割を果たしたのである。(ヨハネ10:16)⇒「羊の囲いの例え

現状のキリスト教徒の独善の実態に鑑みるに、これは誰にでもできるようなことではない。

しかし、その一方で偏狭で独りよがりなユダヤの崇拝が終わりを迎える日、つまりユダヤとエルサレムの荒廃が刻々と近づいていた。それは神殿喪失による祭祀の不能と、律法遵守の内向きな正義の意味を失う時代の到来である。(ルカ23:28)⇒似て非なるサマリアへのキリストの想い

つまり、時代の過ぎ去った後から見ると、異邦人を許したはずの「優秀な」ユダヤ・イエス派も、実に自分たちの後進性の存続を許していたのである。
こうして『最初のものは最後になった』。(マタイ20:16)



-◆殉教の死 --------------------------------

会議の後十三年、民に尊敬されたヤコブは、より多くのユダヤ人をイエスに導いていったが、他方でユダヤ体制はますます愛国的になってゆき、やがてその愛国心が崇拝心を超えてしまう事態が発生しようとしていた。⇒ 「キリストの語った終末預言

西暦60年代に入ると物事は急速に動き始め、パウロは獄からローマに護送され、エルサレムではローマ総督の交代の留守を衝いて権威欲の深い大祭司アンナスⅡ世が暗躍し、遂にイエスの弟ヤコブに死をもたらす。
ヤコブは祭りの日に神殿の胸壁に立たされて、民にイエスはメシアではないと説得するよう要求されたところ、逆のことを行ったために祭司長派に突き落とされ、最期は撲殺されて息絶えたと伝えられている。

この「処刑」の名目として、表向きは「律法の不履行」の罪状が挙げられたが、キリスト教徒ではない当時の著述家ヨセフスですらヤコブの死刑が不正なものであったと糾弾する。それについてはアグリッパスⅡ世も、また、しばらくして着任した新総督アルビノスもアンナスⅡ世の大柄さに激怒したので、総督の留守に闇討ちのようにして民に尊敬されていた「義人」を亡き者にしたアンアスⅡ世は、僅か三ヶ月の在任で職を解かれたのであった。

こうして無慈悲な暴力によってヤコブは世を去った。
彼を除き去ったのは(ユダヤの)宗教上の偏狭さであり嫉妬であり対抗心であり、よほどに注意していても誰もが陥りやすい「人間の正義感」であった。
それは彼の兄を葬った精神でもある。義人ヤコブの精紳は大祭司アンナスⅡ世ら体制派が示したものとは正反対であった。さて、キリスト教界の相克の歴史は、ヤコブとアンナスのどちらであったろうか。


ヤコブはイスラエルの民のために神殿で祈りを捧げ続けたので、その膝はらくだの皮膚のようになっていたという。彼は兄に次ぐものとしての立場に於いて、実に堂々と平和を訴え続けてその責を全うする人生を歩み通した。平和を保つためのそのバランス感覚の良さは、クリスティアノイにもヘブライスタイにもまさしく宝のような特質であったに違いない。

このような人物のゆえに彼は尊敬も集めていたのだが、彼の兄に対するメシア信仰はやはり体制派ユダヤ教とは根本的に異なるものである。それが遂に表出するときが来たというべきか。
彼の祈る言葉はユダヤ人の頑なさに阻まれ、ヨセフスも述べたように、この「義人」の殺害に至って、遂にユダヤの命運は決したかの観がある。その後十年も経たない先にあるのは神殿を中心としたユダヤ体制の瓦解であった。

こうしてヤコブの働きを概観すると、ユダヤ体制への神の最後の善意を保つ役割を負っていたように見える。彼のイスラエルへの執り成しの祈りは、「善意の年」を活用し「救われてゆく」ユダヤ人を「神の国」に受入れることを可能にしていたと言えよう。

だが、イエスに敵対し、その弟にまでも牙をむいたユダヤ優越主義は、ユダヤとエルサレムの壊滅に向かって、ますます引き返すことの出来ない岐途に分け入ってしまったのだが、その「清算の世代」にあってヤコブの率いたユダヤ・イエス派の人々はユダヤ破滅の危機を乗り越えることができただろうか?

体制崩壊の序曲となる西暦66年のユダヤ反乱まで、あと僅かに数年を残すのみ。

居丈高なユダヤ優越主義も、エルサレム神殿の消滅と共に大いなる失望を迎える時が刻々と迫っており、イエスを退けヤコブのに死もたらしたからユダヤには、時を経ずいよいよ神の審判が下ろうとしていたのであった。




                 新十四日派   ©林 義平

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*(マリアとエリザベツが親戚関係にあり、マリアの家系はレヴィ系であるが、ソロモンの世代にダヴィデ王家からレヴィ系祭司に移った系統が記録されており(サム二8:18)、ルカの系図はそれを追ったものであるように思われる(ルカ3:31/歴代一14:4)それゆえマリアの姉妹とされるゼベダイの妻サロメを通し使徒ヤコブとヨハネもレヴィに近いと言える)


*「血」を避けるとは、「ヤコブの手紙」の言葉に基けば(ヤコブ2:10)律法の同種の規定(レヴィ17章など)がキリスト教においても延長されたとみるべき理由はない。⇒「山上の垂訓における律法の成就」

むしろ、この項目をも用いて相互の民が良心的につまずかないための最低ラインを引いたように見える。

あるいは、「虹の契約」の延長とも看做せなくもないが、ヤコブらはその由来を明言してはいない。むしろ、ユダヤ教シュナゴーグの習慣を敷衍したとみるべきであろう。
いずれにせよ、絞め殺された動物には血液が滞留しているので、続けて記述されたこの「血」の禁忌は血を食することを意味するのであろう。この禁令は「魂」(ネフェシュ)の在り方に深く関わっている。⇒「ネフェシュ」とは何か

但し、このときの双方の民の存続を保つべき状況で、この会議の決定が必要であったとしても、これを金科玉条のように現在のキリスト教徒に戒律としてあてはめようとすれば、ヤコブの示した寛容さに逆行することになり、エルサレム会議の精神を理解するのではなく、却って律法主義的とはならないだろうか?⇒「血の禁令を超える主の晩餐

たとえ、誰かがその規定を守るとしても、それは決して他者に強制されるべきでないと思えてならない。


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ミナの例え 聖霊による世との対峙

<難易度 ☆☆☆☆  中>
理解の為の基礎項目 ⇒ 「
聖霊と聖徒



今日、キリストが不在であるという考えはけっして突飛なものではない。

実に、イエス自身が例え話を用いて、弟子から長い期間離れることを何度か述べているがそれを見てみよう。

 そのひとつはルカ書にあるが、その場面はイエスの一行が最後にエルサレムに上る途上でのことである。彼らはエリコに到着し、エルサレムは目前であった。(ルカ19:11-)
ここでルカは、弟子らの誤解を伝えている。
つまり、イエスがエルサレムに入るなり「神の王国」がすぐにも出現するものと思い込んでいたのである。

 そしてイエスは彼らに話しを始めるが、弟子たちの先走る願いとは裏腹に、そこでの例え話では、生まれの高貴な人物が王権を確かなものとして授かるために遠く旅をするという。

これは、ローマ帝国に従属する王たちが皇帝からの王権の承認を得て、それを確立するために帝都に赴くという、当時の習慣を思い起こさせるものであったろう。

 さて、出立に際してこの高貴な人物は、家僕らに財産を分けて留守中に運用させることにする。
後に、この人物が王権を得て帰還したときに、家僕らは預かっていた財産の銀子(1ミナ)をどう増やしたか報告することになる。

ある者は1ミナを見事に10倍に増やしており、他の一人も5倍にすることができた。それぞれの家僕はその成果に応じて『町を治める』者となる報いを受ける。

だが、ひとりは1ミナのまま差し出し、主人は厳しい人で、自身が撒きもしなかったものを刈り取るので怖かったから1ミナをそのままとっておいたという。
 ここで主人は憤って言う。
「ならばそれを銀行に入れておけばよかったのだ。そうすれば利息と共に受け取れたものを!」

そして、この家僕から銀子を取上げ、さらに、この主人を王として受け入れるのを拒んだ市民らを「敵」と呼び、討ち殺させるのであった。

 以上がこの「ミナの例え話」のあらましである。


-◆王権が関わる出迎え---------------
 
さて、この例えの中の、王権を確保するために遠く旅行する貴い生まれの人物とはイエス自身であろう。

キリストは「神の王国」の王となる権限を下賜された将来に、支配するべきこの地上に帰還して臨御(パルーシア[παρουσία])することは度々語られているところである。(使徒1:6)

「パルーシア」はその場に臨席し、物事に関わる状態を意味し、その逆を意味する「アプーシア」[ἀπουσία]は、不在でまったく関わりを持たない状態を表している。
現在は聖霊による聖徒への指導が無く、奇跡の賜物も認められない以上、キリスト不在(アプーシア)の状態が西暦第二世紀以降続いているというべき理由がある。

実際キリストの同時、王権を得て王座に就くためにヘロデ王朝の王たちがローマに赴き、そこで皇帝からの任命を受け王の称号を手にして後、その支配地域に帰還していたが、それでもなお、自分の王権を確立するために邪魔な勢力を駆逐してはじめて王権を実現する必要もあったのである。 ヘロデ大王の王子たちが実際にそうであったから、イエスの弟子らはその実例を良く知っていたに違いない。

そして、財産をそれぞれに委ねられた家令らで表されるのはイエスの弟子たちであろう。主人は家令たちにミナを殖やすように求めていたのであるが、それは単なる利殖ではなく、王権に関わる事柄であったことであろう。(彼らは家令であって、すべての信徒を表すわけではない)


 
弟子とはいえ、彼らは王の支配の一端を引き受けることになるからには、彼らはすべての信徒を表すのではなく、モーセの古より予告された『王なる祭司』となる『聖なる国民』、聖霊による選びの民『神のイスラエル』に属する者らである。(出埃19:5-6)


『聖なる民』は、本来「律法契約」が産み出すべき目標であったことをモーセが明かしており『もし、あなたがたが本当に契約を守るなら・・あなたがたはわたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる』との神の言葉を記している。だが血統上のイスラエルは契約を守らず、遂に一度破綻する。
だが、預言者エレミヤの予告した「新しい契約」によって代替され、後代にキリストの血を以って発効した「新しい契約」は、あのシャヴオートの日に、永らく律法契約が達成できずにいた『聖なる国民』、『神のイスラエル』を遂に生み出したのであった。(出埃19:6/創世記22:18/ガラテア6:16)


彼らがキリストの弟子の中から現れたことは、使徒ペテロも当時の弟子らに向かって、彼らが『選ばれた種族、祭司の王国、聖なる国民、神の格別な所有に帰する民である。』と聖霊ある者らを指して宣言した通りであった。(ペテロ第一2:9)


これらの者がキリストと共に王として地を治めることは使徒パウロも時折述べており、『聖なる民』の存在は新約聖書に散見されるところである。(コリント第一4:8)


こうして例え話を見直すと、彼ら弟子たちにはキリストの到着までに為すべき仕事があることが分かる。王として帰還するキリストは、家令が熱心に利殖を増やした分の栄華で飾られよう。
そうした僕は、その功に応じた地域を治める報酬が与えられている。

 それゆえ家令たちは主人の家の財産を増やすべきであるが、ある者はそうしないかも知れない。そうしない理由は「恐怖」であるという。つまり家令には敵の矢面に立つ勇気が求められるのである。
もし、そのように王権の栄誉を増やそうとの主人の意を汲み勇気持たないないなら、持っているものまで奪われるのである。


そこで、聖徒に与えられるものは実に価値ある資産と言える。
彼らは初代と同じく「約束の聖霊」によって奇跡の賜物を得るが、それが意味するところはどれほど重いだろうか。パウロは、それが『有罪と宣告されることはない』という人類一般に先立って贖われた状態をその人にもたらすとまで語っているのである。(ローマ8:1)

その家僕となる者らは使徒をはじめとする格別なる弟子たちである。
彼らは聖霊によって任命された『聖なる国民、王なる祭司』であり、人類の祝福となる選ばれた民である。
奇跡の聖霊の賜物は彼らの身分を証しする『手形』であり、終末後には『キリストと共に、千年の間王と』なる者らであるから、それぞれが『町を治める』という酬いは頷けるものである。(エフェソス1:13-14/黙示録20:4)

そして彼らの務めは、『暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝える』ことであるとペテロが言っている。
では、彼ら聖霊に預る人々はその類稀な宝をどのように用いるだろうか?

この聖霊を受ける人々には、王となる主人に忠義を尽くし、反対勢力と対峙することも求められている。
それが『長官たちや王たちの前に立たされ、彼らに対して証しをする』というキリストの予告された事態の発生である。(マタイ10:18)
そのとき、彼らには『聖霊』が臨むとも教えられている。


その時、地上に聖霊を注がれて現われる人々が、その聖霊を用いるべきひとつの務めがあると、イエスは語っているのである。

すなわち、為政者の前に引き出され、聖霊によって語ることに他ならない。


マルコ13章はこれを以下のように語っている。
『あなた自身に注意せよ。あなたがたは裁判所に捕われ、会堂で鞭打たれ、長官たちや王たちの前に立たされ、彼らに対してまさにわたしを証しすることになる。そのようにして、まず福音があらゆる民に宣明されねばならない。また、人々があなたがたを捕えて連行するとき、何を言おうかと、前もって心配しなくてよい。そのときに与えられるものを語ればよい。語るのはあなたがたではなくて、聖なる霊である。』(マルコ13:9~11)


この場面のマルコ13章では、為政者の前に引き出されることを指してから、「そのようにして」あるいは「こうして(カイ[καί]を口語訳や新改訳はこの意味に訳している)王国の福音はあらゆる国民に伝えられる」とあり、人類社会の全体に向かった王国の到来の宣告が聖霊の業となることを伝えている。

マタイは、よりはっきりと弟子らが王や高官の前に引き出され聖霊によって語る意義が『彼らと諸国民への証しのため』であると言っている。(マタイ10:18)
聖霊を以て語る者らにこの仕事が与えられていることは、キリストの顕現の前に彼らが存在し、前以って王権を称揚するという前段階があることを知らせるものとなっている。

さらにルカ12章は「聖霊によって弟子が語る」という事と、「聖霊に言い逆らう罪には許しがない」と云う事のふたつを関連付けており、そこに人類の裁きが関わることをも知らせているのである。それぞれの福音書が我々に訴える意味はきわめて明瞭と云うより外ない。
 

しかも、弟子らには為政者の前で何を言おうかとあれこれ迷うなとあるからには、この場面でその人々に与えられる神の御力は圧倒的であるようだ。
つまり、それは神ご自身、重要な事柄と見做す事柄「神の王国」が関わっているからに違いない。

奇跡の聖霊が注がれる者とは即ち「聖なる者」または「聖徒」である。初代の聖徒はあのエルサレムの二階の部屋で最初の聖霊の降下を経験して以来、多くの奇跡の賜物に恵まれ、それは彼らが「聖徒」であることの動かぬ証しであった。パウロはその聖霊が彼らの身分を証しするものであると書いている。(コリント第二5:5)
そして将来、聖霊が再降下して新たな聖徒たちに語らせるその発言は、きっと世界を震撼させるものとなるだろう。(ルカ21:15/ハガイ2:7)

聖霊の発言は広く知らされるべきものであり、全地に響くユダのライオン(ダヴィデ王)の声である。人々はこの王権に関わる論争を聞かねばなるまい。 (⇒ 記事「聖霊と聖徒」
この類まれな「聖徒」という立場への認証は神からの選びであって、本人のエントリーするところでは到底ない。そこには超自然の賜物が与えられるが、それは神の王国という『相続財産への新たな誕生』であるという。(ペテロ第一1:3)

この例え話の中で、清算を求められるのは一般の家僕ではなく「家令」である。彼らには託されたものと任された仕事があり、その重さも責任の大きさも本人たちがよくよく承知しているはずである。



だが、この貴重な『聖霊』を用いず隠してしまい、自分が努力するわけでもない銀行の利息さえも得ようとしなかったからには、この1ミナを殖やさなかった不精な家令は主人の王権の獲得をどれほど喜んだのであろうか?

彼は、その理由を述べて言う、『あなたは厳しい方で、お預けにならなかったものを取りたて、お撒きにならなかったものを刈る人なので、怖ろしかったのです』。(ルカ19:21)

この家令は自ら殖やす努力の必要のない銀行も利用しようとしなかった。
つまりは、神の業を行う聖霊の賜物をまったく表に出さなかったのであり、これは周囲からの反対を恐れて、『聖霊』を持っていることさえ隠しておいたということであろう。

確かに「聖霊の賜物」は、まったく憑依状態に陥るのではなく、それを持つ者が制御できるものであることをパウロはコリント人への第一の手紙の中でよく言い表している。(コリント第一14:27-33)

この例え話では「不精な家令」と、王権を望まなかった「市民」らが共に処罰を受ける点で似た範疇に入る。
即ち、「不精な家令」の態度は主人が王として帰還するに際し、主人の王権を望まなかった人々と幾らも変わらない。
自分が努力するわけでもない銀行の利息さえも得ようとしなかったからには、この不精な家令は主人の王権の獲得をどれほど喜んだのであろうか?それよりは自分の身の安全の方を選んでいるのである。その家令に足りなかったのは主人の側に立ってその王権を擁護する勇気であった。

主人の王権取得を何ら意に介さないこの「不精」と呼ばれた家令は、いまや王となった主人からすれば当然ながら、家令には相応しくなく、大いなる怒りと不興に触れ、是認や悦納を受けるには程遠くされるのである。


この「ミナの例え話」に非常に似たマタイの書にある「タラントの例え話」では、この不精な奴隷は主人の勘気を被り、外の闇に放り出されている。それは主人の家令からの解任であるばかりか、処刑を受けるほどの立場への失墜である。
その処置は、王の臨御が誰にもはっきりと認められる次なる段階、即ちキリストの『顕現』(エピファネイア)と呼ばれる事態の進展の中で行われることであろう。


それで、キリストが「神の王国」の王権を確かなものとして佩帯して、この人間社会に臨御(パルーシア)の顕現(エピファネイア)が示される直前に、「家令」らはパルーシアの間の働きの首尾を申告しなければなるまい。


つまり、キリストが王として顕現するとき、これをどれほどの栄誉をもって迎えるのかということであろうし、王キリストは家令らである『聖霊』を与える者らに忠節な支持を求めるのである

この例えは、聖霊を注がれる『聖徒ら』(ハギオイ)には、極めて重い務めが生じることになることを教えている。
それをイエスは為政者らの前に引き出され、聖霊の語らせるままにこの世を断罪することであることを使徒らに明らかにしていたのである。(マタイ10:17-20/ヨハネ16:7-11)

そこで聖霊が注がれ『新しい契約』に差し招かれた者らには真にキリストに従う勇気を要すると同時に、その務めから逃れようとする誘因もまた存在するに違いない。それはまさに福音書でイエスが『自分の魂を救おうとする者はそれを失う』とも『わたしとの結びつきを否認するものをわたしは恥じる』とも警告していた通りであろう。

したがってこの例え話は、聖徒たちがイエスの与える奇跡の証しとなる「聖霊」をどう運用するかで、キリストの臨御をどう迎えるかがまったく異なることを示しているのであろう。


つまり、王の支配権に関わる論争にまで聖霊の音信を公開させず、その発言を抑え、聖霊を聖霊のまま差し出したのでは、王の前に何の意味もない、ということになろう。
王や高官らの前で聖霊の言葉を語り、世を断罪まですることは大いに勇気を要することであるに違いない。

ヨハネ福音書の中でイエスはこう言っている。
『わたしは真実のことをあなたがたに言うが、わたしが去って行くことは、あなたがたの益になるのだ。わたしが去って行かなければ、あなたがたのところに助け手(パラクレートス)は来ないであろう。だが、もし行けば、それをあなたがたに遣わすようにしよう。その者は来て、この世の誤りを明示し咎め立てる。つまり罪について、義について、裁きについて。』(ヨハネ16:7-8)

従って、やはり聖霊を受ける者には、大きな責務が生じることになる。
そこで『自分の魂を救おうとする者はそれを失う』ほどの恐れからの葛藤を生じさせるものともなろう。(マルコ8:35)
イエスは脱落する者も現れることを示唆することを憚らず、むしろ警告することが多いのだが、そのミナの例えでも『不精な奴隷』に描かれる。


その王国の価値を高めず知らせずに過ごすとすれば、主人の王権取得への熱意に欠けており、反対する「市民たち」と一向変わるところがない。

この点で言えば、初代キリスト教徒らは「来たりませ主よ」(マラナスァ)の言葉の下にキリストの王国が(人手によらず)主と共に到来することを待ち望んでいたのだが、ことにキリスト教がローマの国教となって後に、「神の国」は世俗の帝国に実現されてしまい、初代からのキリストの王としての到来の希望はうやむやにされ、神の御力ではなく、教会や人力を通して抽象的に実現されるものとまで貶められた。

これらの王国の理解に関して「変質したキリスト教徒」の行動は、果たしてキリストが王として到来するときにその人間を超えた栄光ある王権に誉れを添えることができるだろうか?

 だが、更に疑問が起こる。キリストが地上に聖霊を用いて弟子を指導し「監臨」していたキリスト教初期の時代はともかく、終末でキリストが帰還するときに果たして家僕がいるだろうか?(ルカ18:8)

 これについては、まず思い浮かぶ事として、小アジアのポリュクラテスがローマのウィクトルに宛てた書簡の中に先達のメリトンについて述べた言葉がある。

「我らは、純正な時代に何も付け加えることはしない。アジアの光明は眠りについたが、再び主の顕されるときに回復するであろう。そのとき彼は天の栄光をもって到来するだろうし、聖徒たちも生き返るだろう。」と書き、少し後で「そのうえ、祝福されたパピアスと去勢したメリトン、彼はまったくの聖霊の賜物により話をしたが、今はサルディスに眠り天からの(指示)を待っているが、そのときには彼は死から起き上がるであろう。」(教会史V)

 つまり、聖霊を受けキリストに属する者であった初期の人々は眠りについているが、キリストの王権を帯びた臨御(パルーシア)のとき「早い復活」に与り、初期の聖徒らは直接に天に召しだされる。
そのときに、彼らのかつて地上の生涯で行っていたことが、王の臨御にどれほどの栄えを添えるかが吟味されるだろう。

加えて、その臨御のときに地上で聖霊を受ける人々もあり、彼らも聖霊を受ける以上、同じように王の臨御を栄光あるものとする務めがある。(テサロニケ第一4章)
彼らが、その務めを終えるとき、地上に残る聖徒らは『雲にあって空中で主に会う』という天への召しに預かるであろう。もちろん、これはキリスト教徒なら誰でも受けるものではない。


-◆聖なる者とは-----------

では、将来の終末において聖徒となりうる人はどのような人であろうか?

現時点で分かることは、人類から「買取られた者」たちであり、主人の王権を擁護して為政者に立ち向かう人であるということである。
しかも命をかけてのことでに違いない。それは初期殉教者と何ら変わらないことであろう。(ダニエル12:7/黙示録12:11/13:7)
すくなくとも、自分の「救い」に願をかけるような軟弱な人々ではなさそうである。「多くを委ねられた者は多くを要求される」からである。(マタイ10:39)(ルカ12:48)

 これはすなわち、支配権に関する政治的問題になることは間違いがなさそうだ。
その世の支配権を巡る争いとは、キリストの『神の王国』が現存する諸政権に対して挑む争論である。

それは即ち『神の王国』が「信者の心の中にある」ような曖昧なものではなく、正しく実効支配を行い得る実際の政権であり、それも世界の諸政府を相手に『聖霊』の言葉によって『この世』が如何に間違っているかを論駁するのである。


キリスト教をはじめとする既存の宗教家たちはこの論争では脇役とならざるを得ない。彼らは神の言葉を語る聖徒の出現によって存在意義を失っており、激しく聖徒を妬むのみである。

それで、新たな聖徒が対峙するのは宗教家ではなく政治家らとなる。(黙示録19:2)

こうした政治的論争があって初めて『世の王国は我らの主とその王国となった』(黙示録11:15)と言い得るのであり、それは相克を繰り返す人間の政争ではない。『聖徒』には神の正義があり、それに比べれば人間の正義な虚しく、却って害になるものである。


 『聖徒』となる人々は、帰還する大王の王権を掲げる人々であろう。彼らにこそパラクレートス(助け手)たる聖霊は必要となる。その助け手は聖書中のどの預言者の事例よりも大きな奇跡を聖徒を通して行うことであろう。(ヨハネ14:16)


一方、聖霊の述べることを聴き、それに従いたいと思う世界の人々は、それぞれ過去にどんな罪を犯していようと聖霊の発言に従うので、聖霊への罪を犯すことはない。彼らは聖徒らを支持して神の王国の到来を迎える側に立つことになろう。それはロバに騎乗するイエスの前に外衣を敷き、シュロの枝を手に歓呼して迎えた故事のようにである。(マタイ21:8-9→黙示録7:9-10)

このようにする人々は、王の臨御を迎えるについては、明らかに「聖霊」という神の御力を持ちながら、勇気無く何ら運用しなかった「形ばかりの聖徒」よりは、よほど王権を引立てることになろう。

であれば、王権を佩びた主人キリストを勇気なく何ら讃えなかった「聖徒」は、世の一般の反対者と何ら変わるところがないではないか。そして、ミナの清算が済むと、主人は王権取得に反対した市民を撃ち殺すことになる。これは将来、恐るべき成就を迎えることになろう。(ルカ19:27)
それは神が『シオンに立てる王』を認めず抗うすべての勢力を裁きに渡す、終末の出来事「ハルマゲドンの戦い」となるのであろう。
 

キリストの来臨に際して、その王権を望まない敵も少なくは無い。為政者らは雲の内にあるキリストを現実の存在とは見做せず、自らの支配欲を掻き立てるばかりであろうし、この世に慣れ切った『市民』もキリストの支配を理想主義の絵空事と思うのであろう。ただ、聖霊の奇跡の発言に信仰を働かせる人々だけが、聖徒らに親切を示すことをキリストは予告されている。(マタイ25:31-46)

では『神の王国』の王の到来を前にして、キリストの家令はどう行動するだろうか?
聖霊を以って語り為政者に立ち向かうか、それとも事を恐れて沈黙しているか。


現在のところ、未だ聖霊によって語る人々は現れていないことからすれば、やはり、今もキリストの不在は継続しており、未だ終末には入っていないのであるが、一方、キリストの帰還する時、それは只ならぬものである。

それはナザレのイエスが霊者となって変貌した、畏怖すべき御厳の大王としての復讐のための帰還であり、すべての政権はそれを放棄しなければ実質的な闘争と滅亡になり兼ねないものである。(ローマ8:3/ヘブル9:28/詩篇2)

それは全人類への「エデンの問い」でもあり、神と人との支配権を巡る争いであり、実のところは人間にまったく勝ち目はないのだが、来臨する大王は不可視性の「雲」にまとわれるために、政治家らは、自分たちだけが「現実の為政者」であると思い、自信満々であろう。


以上のように、ミナの例え話からキリストの人間社会に対する不在期間があると見做すことはけっして理不尽ではないそれは即ち、初代の聖霊の賜物の途絶えて以降、現在も含んでいる。
(「主の祈り」からすれば、その間の祈りが不在であるから聞かれないということにはならないだろう)


 しかも、この話の前後でイエスは、その帰還する時期について弟子らは「まったく思わぬ時」になると注意を促しているので、「待ち続ける」ことが現在の弟子の主要な務めであろう。「主人は遅いと」宴会を始めるときではない。
 

キリストが出立するのもその旨なら、帰還するのもその意志のままであって、肉なる人間がこの件に口を差し挟む余地はない。その時や方法について人は予告も意見もできるようなものではないだろう。(ルカ21:8)

現在のところ聖霊の再降下を人類は見ていない以上、啓示の無い人類にはそれを知る確かな手立てはない。ただ、聖なる書物が、これまでの神による人類救済の業が悠久の時に亘り、どう展開してきたかを知らせる。
 

時の不可知は、ひとつにはパウロが言うように「肉なる者が誰も神の前に誇らないためであ」ろうし(コリント第一1:29)、もうひとつ考えられるのは「裁き」のためである。

 
「裁き」は我々人間の内面の性向と願望など、人間互いに探りえない深奥についてのものであり、すべての人はこの「エデンの問い」に直面しよう。それゆえ、キリストの臨御は(視界を遮る)「雲と共に」「雲に乗って」為される必要もある。「キリスト変貌の意義」


しかし、ミナの例え話では全人類の裁きではなく、キリストの家僕らがその以前に裁かれることについて述べていたのである。(ヨハネ第一2:28)

つまり、キリストの御許近く仕え、イエスが天に去って後に聖霊を託されることになる『聖徒たち』の裁きであり、ペテロも、初代に聖徒が存在した時代にあって、既に『裁きは神の家*』から始まっていると仲間の聖徒らに警告している通りである。(ペテロ第一4:17/*「神殿」を含意2:5-)


彼ら一人一人が聖徒の栄光に本当に相応しいのかが、まず初代のキリストの聖霊による監臨の時期、そして終末の王権を佩帯した臨御の時期に再び問われるだろう。(コロサイ1:22)  ⇒ 終末に残された三年半に契約を結ぶメシア


こうして例えの意味するところを概観すると、終末の世の姿を垣間見ることになる。 

すなわち、キリストは帰還すると、まず聖霊を注いで聖徒を任命し、彼らを通して自らの王権を宣明させ、人類を分かつであろう。
その際に、聖霊を受ける弟子らにはその働きを問われるに違いなく、ミナやタラントの例えはこれに注意を促すものとなっているのである。

その働きは地上のすべての人々のためのものである以上、『聖なる者』らには、キリストに続いて自己犠牲を示すべき理由があり、自分の刑木を荷って絶えず主の後に従う義務がある。
実際、彼らはそのような道に召されたからであり、最終的には、キリストと共に栄光に浴することになる。

その上なる賞を目指して生き抜くこと、これが「新しい契約」に属する掟であり、死に至るまでの忠節を神は大きな酬いをもって受け入れるに違いない。

我々は、これほどの自己犠牲を払う人々に対して、相応しい感謝と同意を示さずにいられようか。



 



                  新十四日派    林 義平

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   マタイ福音書のキリストの預言と例え



新旧の聖書の記述を精査総合し
この世の終りに進行する事柄の数々をおおよそに時間の流れに沿って説く
(研究対象が宗教であるため主観による考察)


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モンタヌス運動 最初の「時の予告者」


さて、第二世紀中頃に出現したモンタヌス運動はエポックを画するものとなった。
J.ダニエルーは、この運動はキリスト教の普遍教会から最初に現れた分派であるといっている。
それまでは、サマリアのシモン・マグスであってもエクレシアに決定的分裂を引き起こすことはできなかったとエウセビオスは書いている。(教会史Ⅱ14)

そのようにキリスト教に統一が保たれた大きな理由は、あのペンテコステ(シャヴオート)の日以来、当時あった「聖霊の灌ぎ」であろう。(使徒2章)
つまり、神からの超自然の「聖霊」が各地の聖徒(聖なる者)たちに降って知識を与え続ける以上、地上に中央を持たなくても教理の一致が可能であったということである。(ヨハネ16:13/ヨハネ第一2:20)

実際にパウロは、他の信徒らが彼と異なる教理を持つことに対して頑強に口論する必要を感じていないが、その理由が聖霊降下にある事を示唆する文言を幾つか残している。むしろパウロは『いずれ主が啓示してくださるであろう』と云いつつ、とりたてて背教が広がりそうな重大な誤解を除いては放っておくほどであった。
この点において聖霊の産出する実に『平和』があったとも言えよう。そこで今日に至るまでのキリスト教界の分裂と反目は、聖霊の無さを露呈しているであろう。(ガラテア5:10/コリント第一14:37/フィリピ3:15)


また使徒ヨハネも聖霊を持つ者たちは知識を有しており、いまさら新奇な教えを受ける必要がないと言っている。(ヨハネ第一2:20-)

それゆえ『今は、天の管理に関する神の秘められてきた様々な知恵が、エクレシアを通して知らされるとき』とパウロが書いた背景はここにあろう。(エフェソス3:10)

しかし、「聖霊の賜物」を持った世代が次第に姿を消し、聖霊の助けが地上から去る時代になると、そのときを狙って何処からか異なるものが入り込んできた。(コリント第一13:8)今日のキリストの不在

それでなくとも、聖霊を装う悪霊の危険は以前から存在しており、それは十二使徒の最後に位置するヨハネも、「霊感は試されねばならず」と警告し、加えて「新しい教えに惑わされぬよう」注意を促していたことからも明らかであろう。
この「新しい」とは、晩年のヨハネが使徒時代の最後にあって語っているのであり、けっして「新しい契約」を云っているのではなく、当時台頭してきたグノーシス派のように「新奇な教え」を指している。彼はこれらの異なった教えがエクレシアに入り込むのを阻止すべく『挨拶の言葉を掛けてもならない』と命じたほどであった。(ヨハネ第一4:1/2:24/ヨハネ第二10)

そして当時の資料には、自分には聖霊があると偽る者が、本物の聖徒の中に入ると一致できずに醜態を晒す様が伝えられてもいる。(牧者XI,13)

聖霊の賜物の発現は、その人を没我のトランス状態にするものではなくて、賜物を有する人が理性によって制御できるものであった。(コリント第一14:26-33)
しかし、聖霊を持つ「聖徒」と呼ばれる人々の減少が趨勢となっている中で、フリュギアのアルダバウ*でモンタノスという人物には突如としてトランス状態が襲い、世の終わりとキリストの臨御が近づいていると唱え始めた。*(小アジアのフィラデルフィアから北に24km)

当時、地上から去りつつあった「聖霊の賜物」は、いまやモンタノスらに灌がれていると主張し、彼らは追随者を加えて一派を成すようになる。
その他のエクレシアイがこの運動を異端として直ちに排斥できなかったのは、この運動には最も警戒されたグノーシス派のように神までが異なるほどの宗教として異質なものでなく、大きな逸脱がなかったことが理由とされている。加えて、普遍教会も聖霊を持つ人々の減少に危機感を抱いていたことが処置の曖昧さの理由として考えられている。

モンタノスは、自分に注がれている霊は、イエスが『助け手』(パラクレートス)として示した霊であって、今や失われつつある初代キリスト教徒にかつて豊かに注がれていた聖霊は、いまや自分を通して介在していると主張する。
そこで、彼らを容認した当時のキリスト教界は、やはり彼らにひとつの弱みを握られていたことが見えてくる。即ち、聖霊を注がれた『聖なる者たち』の著しい減少と、その神意をつかみかねている当時の指導者たちの狼狽である。

つまり霊の発言が減少してゆくなかで、『預言者』の存在はますます希少なものとなっていたのである。これについてはこの時期に書かれたという外典「イザヤの昇天」がシリア方面から預言者が絶えたことを嘆いている。


他方、モンタノス一派が現れたのはアナトリア(トルコ中部)のフリュギアであり、彼らには女預言者らも加わって侮れない勢力に膨らんでいった。
そのひとりマクシミラは、戦争や混乱した事態を預言し、やがて「新しいエルサレム」がフリュギアのペプザ(現アンカラ近郊)に降下すると言い立てた。(マタイ24:6-8)(黙示録21:2)

これは、ポリュカルポスなど使徒ヨハネの直弟子らが生きていたなら到底許さないであろうことである。(教会史V:20)
それで、モンタニズムの発生は、即ち聖霊の降下と入れ替わったものであり、キリスト教徒への聖霊降下のあった時代の終了を知らせる指標ともなりうるものといえよう。

この運動は、およそ西暦150年から170年頃に始まった事と言われている。
聖霊が灌がれなくなると共に、キリストが「旅立って」去った事に呼応するかのように、使徒や初代の著名な人物をかたる偽文書が横行し始めている。それはあたかもこの時期に著作権が切れたかのようにである。
ペテロの福音書や黙示録、パウロ言行録、ヤコブ原福音書など少なくはない。だが、これらは親しい者からの名前を偽った手紙のように、内容が不自然であり、エイレナイオスなどの初期教父ら人々によって退けられるところとなってゆくのだが、同時にこれは初代に連なる聖霊を得た権威ある人々が、当時には既に過ぎ去っていたことも教えるものとなっている。

これは原始キリスト教への回帰運動と錯覚させる聖霊信仰であり、後にはカルタゴの高名な教父テルトゥリアヌスまでもが、このサヴァイヴァル的キリスト教分派に染まっていった。


さて、マクシミラは「戦争が近い」などと緊急感を煽り、自分が最後の女預言者になると唱えた。つまりは、「これが本当に最後だ」という警告である。しかし、その預言にも関わらず、彼女の死後ですら遂に「新しいエルサレム」の降下を見ることはなかった。(マタイ24:6.7)ローマ帝国は賢帝の支配下で、目だった戦争や騒擾など、預言されても世界を揺るがすような事態はまるで起こらなかったのである。
 

それでもモンタノス運動はマクシミラの死後も継続し、黒海沿岸から北アフリカに至り、やがてローマにも押し寄せる。

しかし、後代のモンタノス運動は初代と異なり、謹厳な道徳律と殉教願望で知られたのである。
この点でいえば、モンタノス派の初期指導者らは倫理的にだらしのない生活を送りながら、弟子たちには行動を規制し、救いのための教条的に為すべき事柄を指示したのである。

そこには、次第にキリスト教界一般が世俗化し、霊的に堕落していたことの反動としての要素も見られる。「救われる」ものとは一般的信徒より道徳的で選りすぐれた者らに違いないという着想であろう。

しかし、そうなると個人の真実の内面よりは預言によって「裁きの時」に気付き、その時に間に合わせて道徳的に振舞う者が救われることになる。そのようなところでは「道徳の競争」が始まるものである。
しかし、競われたときに道徳は本質を失っている。そこではパリサイ派のような「救われるはず」の信者が、「救われそうにない」一般人に対して優越感を抱かないで済むことはまず考えられない。

そうして罪人や娼婦と食事をすることを意に介さず、『健康な者に医者は要らない』と語ったキリストの精神は閉め出されて、ますます高慢に「業」を誇るパリサイの教えへと同化したであろう。

それにしても、よくも自分は救われるなどと思い込めたものだが、他の人々よりも決定的に優れていることが何かあったのだろうか?
そして、それは何かと問えば、道徳的振る舞いで神の規準に到達したからなのだろうか?
もし、そうならキリストの犠牲無しでそれを勝ち取った自力本願の勝利であり、律法を守るユダヤ教と同じ内容の信仰形態ということになる。

自分ではどうにも罪から離れられない同情すべき人々が終末の裁きにバタバタと倒れ伏してゆくのを、神の是認あると思い込んだ信者らはそれを踏み越え楽園に喜び勇んで入るのだろうか?

しかし、これはキリストの示した精神とは随分と異なるものだ。
イエスは弱きを助け、病人もひとりひとり癒して、ひとりも残さなかったとルカが伝え、また、卑しめられた下層の人々に寄り添った姿が福音書に記されているのである。


しかし、モンタニズムの弟子らも自分たちの生活が規制されることを喜んだ。その理由は、程よく困難な努力を重ねる内に「救いの実感」があったからではないかと思われる。つまり「時」が迫ったところに「代価」を支払った実感が高まると、「見返り」が現実味を帯びるというトリックである。その一方で、生き残りのできない人々が落伍してゆくところは、自分たちの優秀性の証しであり、そこで選ばれた実感も更に感じるというのだろうか?そのせいか、戒律や規制は、「時」を信奉する宗教に付き物である。つまり、いずれもが生き残るためのチャレンジなのである。


-◆モンタニズムのもたらしたもの-------------

このモンタヌス運動は三つの点で初期キリスト教に痛撃を与えた。

ひとつは、聖霊の賜物が絶える頃合を見計らって混入してきたという時間的要素。その結果以前からのキリスト教徒の多くもがこのムーヴメントに連なることになってしまった。

二つめは、それが十二使徒中最後のゼベダイの子ヨハネの伝統を残していた小アジア直近のフリュギアが狙われ、使徒の声の残響の最後に残る地域の信徒たちを襲ったという地域上の素因*。

第三は、これらモンタノス派の指導者が不道徳的な振る舞いで知られたために、千年王国説そのものが批判に晒されたことが挙げられる。
これらはどれをとっても「反キリスト」的といえるものである。


この派はマクシミラの死からおよそ五百年の後*、新エルサレムを見ることなくモンタノス派も遂に終息してしまうが、彼女が自分を「最後の女預言者」として緊急感を煽った割には、随分と長命を保ったものである。*(8世紀頃消滅したらしい)

しかも、その役回りは十二分に果たしていたのである。
この運動の騒ぎが結果的に醸造したものと言えば
小アジアにかろうじて残っていたキリストの生誕や復活ではなく、その死を記念する年に一度ニサン14日に聖餐を行う習慣を結果的に放棄させる

彼らが近づいたと言い立てることで、黙示録に明示された「千年王国」を卑しめる思想を台頭させる

そしてキリストの王国は実体を持ったものではなく、「キリスト教会」を経て人的努力によって実現されるという初代とはまるで異なった教理の推進。「神の国」は既に信ずる者の心に中に在るという、聞き慣れた誤謬の始まりである。


これらの彼らの持っていたユダヤ的特色を大半のキリスト教徒に忌避させ、「王国は待っても無駄だ」という風潮を他の大多数にもたらしたうえで、この運動が収束したことになる。

かつて使徒パウロは、降下していた聖霊が「不法の秘事を今のところ抑制しているもの」であると示唆していた。(テサロニケ第二2:6)

しかし、その抑制者である聖霊が除かれると「不法の人」が現されるとも記していたのだが、実際、こうしてキリストの監臨が終わり、聖霊が地上から引き上げられるや、異物が抜け目無く闖入してきて、早くも小アジアのポリュクラテスの言うような「純粋な時代」は過去のものとなってしまった事態がそこに見える。小アジアはヒエラポリスのように正面切ってこの運動に抗ったエクレシアを除いては多くが呑み込まれてしまうのであった。



歴史上、繰り返される擬似モンタニズムの「時の予告」

しかし、モンタヌス運動に似た、時を予告して(「主人は遅い」と言うように)宗教的な騒ぎを引き起こす人々はその後も繰り返し歴史上に現れてきた。(マタイ24:49)
それはあたかも、モンタノスの失敗をまるで知らないかのようにである。

そうした「時の予告者」には、近代北米での「覚醒運動」(特に第二次以降)を挙げないわけにはゆかない。所謂「リヴァイヴァル運動」である。

このモンタニズムを繰り返すかのような「時を予見する運動」は、キリスト教の名の下にいくつかの教派に分かれ現在でも活動を続けているので、我々は比較的身近にそれを見てもいるのである。

それら覚醒運動が残した教派に共通する傾向は、キリストの帰還の臨御(パルーシア)に関して特定の年代を挙げるが、その年はおおよそ予告した当事者の世代に含まれるが、そうでないと信者が集まらないであろう。ご利益信仰だからである。

そして、どの派もその時になると例外なく言った通りにはならなかったが、部分的にそれらしく見えてしまう場合には、より強く長く延命してしまう。

どの派にしても、予告は失敗とはされず、予告された事柄の成就は人間には観測できない「天」の領域でその時に起こったとされる。(いったい、どのように観測できたのだろう?)

しかも、この「天」での成就という弁解を持つ教派が他にも現存している事を各派の信徒らは知らないことが多い。そして、夫々の信徒たちは真に誠実で、慎みある人々が大半を占めている。

それらの類似しあった教派の相違点を探せば「時の予告」に関する限り、ただ予告した年代が違うところだけが見えるほどである。
もし、年代別に宗派が設立されるなら、年数分だけ幾つでも可能となろう。

そのようにして、年代で信徒が宗派別に分けられたうえ、夫々に非常な熱意をもって組織を競い合うのは何と虚しいことであろう。


しかし、我々がモンタニズムから学べる言葉が、ルカ21:8にある
「その時が近づいた、という者があってもついて行ってはならない」
この一行とはいえ、このキリストの語った言葉をどう捉えたらよいのか。


--以上「神YHWHの経綸」中巻からのダイジェスト--


--以下、論考--

-時を予定することの問題点------

このルカの言葉は「時の予告者」を要請してはいないし、以下の論点からしても、彼ら「時の予告者」は天からも地からも必要とはされていないのではないか。

◆神と人の間に立ってしまわないか?

たとえ、誰かの予告の時に何かが起こったとしても、そこにどんな益があるのだろう。
神の予定の時を言い当てたことが、その予告者や周囲の人々に何を意味するのか。それは益ではなく害ではないだろうか?(テサロニケ第二2:2)

時を言い当てた人々なり派なりは、それを以って自分たちの正統さや義などを言い立てることであろう。自派の主張通りにその後も事態は推移すると主張し兼ねないが、何かの偶然であった場合、それはどういうことになるのであろうか。

しかし、たとえ「人間の義」を立てたところで何であろう。間違いのない真理が罪ある人間、つまり倫理的に欠陥のある人間と共にあるのだろうか?何かの時を言い当ててからといって、その指導者は神の是認を受けていると本当に言えるのだろうか?(伝道10:14)

それゆえにこそ聖霊の注がれることに価値があるのだろう。聖霊は人に依拠するものでなく、神の印であって、人間の議論の外にあるものだからである。
初代エクレシアで明瞭な聖霊の賜物による発言に当たり外れがあったろうか。

『神は霊を量り分けして(吝嗇には)与えない』と明言している以上、聖霊を受けた者が不確かで、あるときには託宣の通りに、またあるときには外れたりすることなど考えられないだろう。確かに聖書はそのような著作ではない。(ヨハネ3:34)

むしろ、「神の義」をこそ求め、且つ、聖霊を持たないどんな人にでもなく、神に許にこそ正義や真理などの真正なものが属すと教えるられるべきではないのだろうか?(ローマ8:1)

パウロは『肉なる者が誰も神の前に誇ることのないように』と書いているし、また『キリストへの信仰による義』により『誇ることは信仰の律法によって締め出されている』とも述べている。(コリント第一1:29/ローマ3:27)


だが、予告に成功した者は、それが聖霊の賜物によらないゆえに(例え、聖霊を持つと主張しても)、神の前に己を高めることにならないだろうか?
つまり「自分の考えを教え」「自分について証し」しなければならなくなるが、それはキリストでさえ避けたことである。
そのように自らを高めている証拠として、年代までを信仰箇条に加えてはいないだろうか。
いったいそれは神からのものか?人からのものか?それは偽りの印を見せることにならないものか。


それに加えて、自らを神からのもの(経路)と称えることにおいて、仲介者キリストが自ら臨御する時に、果たして二重の仲介者とする必要があるのだろうか?キリストは『聖霊』を注いで人を『聖なる者』に召し、その人を用いることはあるだろうが、『聖霊』の無い者が自らを神からの者としてよいだろうか?(ローマ8:9)


目に見える人に頼りたいという願いは誰にも共通するものであろうが、キリストの現われる時まで実際に見える人や組織に頼ることはなるほど楽なことである。しかし、他方で「雲に見えないキリストは信頼するに足りぬ」と言うようなことにならないか?
それは一種の恐るべき「仲介者のすり替え」になるであろう。

さて、キリストの臨御(パルーシア)は、誰かに事前に「時を」告示されなければ人類には気付けないものなのだろうか?
むしろ、パルーシアでは、神は聖徒たちを通して、広くはっきりと聖霊の言葉を全世界に対して伝えるのではないだろうか?預言者と使徒たちは終末で為政者と対峙し、聖なる者たちは誰も反駁できないほどの聖霊の発言を行い、それは世界に響き渡って、信仰を表す多くの人々が集まってくることを知らせているのである。(マタイ10:18/ハガイ2:6)そこで主体となって働くのは神の聖霊であってどんな人間によりかかるものではないに違いない。


キリストの臨御が、天下に『東から西へと稲妻の輝きわたる』ようだとされるが、その一方では、予告を聞いた一部の人にだけ臨御が示され、その趣旨に同意する狭い範囲の人のみが「救われる」のであれば、それは「彼は奥の間に居る」と言うに等しいばかりか、「時の予告者」は神の裁きを待たずに自分たちで裁きの「先取り」をすることになり、神と人との仲介者を僭称し、その立場に(聖霊を受けずに)立つという恐るべき危険を冒さないだろうか?


むしろそれは『主人は遅い』と何らかの行動を起こし始めたように見受けられないだろうか?つまり、神からの『聖霊』の降下を待たずに人間の行動を取ってしまったようにである。

それは正に「預言者」を自称したモンタニストの行動であり、彼らが既に古代に行って失敗を見たことである。



◆「神の裁き」を侮らないか?

おおよそ神の裁きの時となるキリストの帰還の時期を事前に知ることに意義があるとすれば、神の裁きに対してあたかも自然災害から逃れるための警報のサイレンを鳴らすようなものであろう。人が自己防衛本能を働かせるのは自然なことではあるが、それを以って「神の裁き」に向き合うことが人にとって適切なのだろうか?

むしろそれは一種の罠、神の裁きを卑しめるものではないだろうか?
旧約の預言書などに年代が直接に語られる場合はあるのだが、キリストの終末預言に関しては「裁き」が関係しており、異なる理由が存在する。⇒「黙示録の四騎士」


人間の抱える「罪」が終末のときに教条的行動をするだけで許される、あるいは外面的条件でキリストの犠牲の贖いが適用される、というなら、イエスの犠牲の適用に勝手な条件が教師によって付けられるのであって、尊い犠牲は一度宗教指導者に私有され、その行動次第で罪の赦しを分け与えると、まるで贖いの程度を行動の基準で決める裁判官のように振る舞おうとされることになってしまい、それでは「神は行動の外見を見ても人の内面を見ない」と言うに等しくはないだろうか?

少し考えれば分かることだが、神の是認を得るということが人間の道徳を保とうとする努力で得られるものだろうか?もし、そうならキリストの犠牲は無償のものではなく、道徳的であるよう努力して一定の基準に達した人のものだということになる。 しかし、これは律法遵守のユダヤ教の発想である。


確かに、ある人たちにとって、神の裁きの以前の安心できる「救いの保証」のようなものがあったら、是非手に入れて置きたいという誘惑は強いかも知れない。
そして、裁きの先にある将来の希望に先走ってしまうかも知れない。
だが、真に聖霊の霊感を持たない誰がそんな保証を請け負えるというのだろう。

そこでは、信じた人々が「神の裁き」に生き残ることを自ら得心してしまうことにおいて危険がないだろうか?その楽観的観測が具体的に煽られ、慢心したうえに最後に崩れるのなら、それは何と大きな損失となることだろう。そうして「裁きの焦点」という、より重要な事を見過ごす危険を態々冒すことになる。⇒「終末の裁き」で何が問われるか

「時」を知り、事前に宗派に属することで酌量を得ようとするのであれば、それは人為的に「裁き」の時を前倒しするようなものであるばかりか、畏怖すべき「裁き」を宗派や組織毎ではなく、人を『ひとりひとり』([アッレローン]マタイ25:32)に対して執行するという、裁く権限を有するキリストへの挑戦とはならないのだろうか?


また、神の裁きの真正さや効果は、マクシミラがしたように人間の側で事前に緊急感を煽る必要があるのだろうか?
もしそうなら、人の宣教努力やその進展具合によって裁きが左右されることになるだろう。果たしてそのように神の重大な事柄を人間の問題に引きおろしても良いものか。

「神の裁き」を恐れない者はあるまい、しかし、その「恐怖」と「敬虔な畏れ」との間には大きな違いがある。
神が自らを「おそれる」ことを望むとしてもそれは「恐怖」であろうか?それは強制的「おそれ」であってサタンの望むものであるに違いない。(ヨハネ第一4:18)

人が「救われる」ために服するというのは本末転倒であり、『神の象り』である人を『神の子』に復させようとする神が、恐怖や生への願望からの主権への服従のようなものを望むだろうか?(ヨハネ1:12)


むしろ人を救うものは明らかに自発的「信仰」であって、怖れからの「従順」ではない、それゆえにも「裁きの日」にキリストは不可視の『雲と共に』来る理由はないのだろうか?


*(贖い代は既にまったく満たされているので、「救い」は、服従や犠牲の対価ではなく、自発的選択の結果となるべき理由あり)


◆神(聖霊)を「待つ」べきでは

キリストの弟ヤコブは『主の臨御まで忍耐せよ。農夫は大地の貴重な実りを待ち望む・・・あなたがたも忍耐し、自らの心を堅くたてよ』と述べているが、「神を待つ」ということは少しも消極的なことではなく、神の意志や決定を人のレベルに引き下ろすことをせず、「時」を自在に用いる権限を神に保ち尊重することであり、神を高めることである。(ヤコブ5:7)


信仰のうちに「神の時を待ち、忍耐を続けること」に対して、「神の時を人が予告する」ことを倫理的また霊的な価値を以って評価したり感心して眺めたりするのはとても難しい。そこで予告者が人々に善意を抱いていたにしても神に対してはどうなのか。

それは、神の全能性を無機質な時間厳守に置き換えることであり、創造神という豊かな想念と愛情の高度な表出を為しつつ裁くところの人格神の側からの人類への観点を明らかに欠いている

この種の「信仰」は、予告された事態が起こらなかったことがはっきりした後の方が勢力を増す傾向にあるとも言われる。その原因は、「預言が外れた」ことを創唱者も信者も認めたくないからであろう。自分の堅く信じて来た事が間違いであったと認めることにはよほどに大きな勇気を要するに違いない。
そこで、それまでの「信仰」に頑なにしがみ付き、何等かの言い訳を考え出そうと躍起になり、神意を探ろうとする姿勢はますます失われてゆく。
信者にして見れば、その方が誤りを認めるよりも遥かに楽なのである。

単なる時間の厳守者を裁き主たる神の相貌とするなら、その神ははたして意識の無い時計ではないのか?
それを信奉する者も時計の奴隷のようになってしまわないものだろうか。
むしろ、神はこの世を裁くゆえにこそ裁きが公平であるために、時を自らの手中に納めているのであろう。
したがって、時の予告は失敗し、あるいは予告された時に関わらず歴史は変わりなく流れてゆくに違いない。⇒ 「黙示録の四騎士」


加えて、使徒ヨハネは『神は世を愛してそのひとり子を与え』たと記したが、時を信じようとする人々の関心ある利益の主体は、神の意志たる人類の将来の贖罪なのか、あるいは自分と身近な人々の永生や安泰なのだろうか?


つまり、人間から罪の障碍が除かれて、人類が神の子の立場に復すことを喜ぶのか、あるいは今以上の良い生活ができるようになることを望んでいるのか?
倫理是正の神の意志か?それとも人の願望か?

パウロは言う。
『創造物は切なる期待を抱いて「神の子ら」の現れを待ち望んでいる』。

『それは、創造物自身が朽ちるという隷属から解かれ、神の子の栄光ある自由に至る希望からである』。(ローマ8:19・21)


このパウロの言葉に照らして、我々の待つべきは「年代」や「期間」ではなく、「神の子ら」「聖徒」、つまり聖霊の降下によって明らかに神の認知を受け、先立って贖罪される人々の到来であり、まさに、この聖霊を持つ人々こそ人類とパルーシアの主とを結ぶ絆となろう。

聖書の語る通り、間違いなくキリストに倣い人類のための犠牲となって命を差し出す人々だからである。
キリストと結ばれる者は聖霊という絆を得ていると使徒ヨハネは言う。(ヨハネ第一3:24)
聖霊の印なく、自分に神の是認があると言えば、それはこの上ない詐称であり聖霊を冒涜するものではないだろうか。

西暦第一世紀に、神の是認がユダヤ律法体制からメシアに移ったことを聖霊の賜物が証したのであれば、偽キリストの到来を再三警告されている「終わりの日」にこそ、なおのこと強い証しが求められるに違いなく、神がその必要に答えない理由が何かあろうか。

預言者たちの「回復の預言」の大きな成就のときに、神が霊の証しをせずにいるものだろうか。(ミカ7:15-16/イザヤ51:9)
むしろ『天地を激動させる』とは言っていないだろうか。その時に神にとって望ましい者らが神殿に入ってくると記されているが、いまだ世界はその激動を経験したとは言い難く、その預言はなお将来を指し示しているというべきであろう。(ハガイ2:7/ヘブル12:25)


このように、聖霊を持つ「聖徒」以外の人間に従うという時の迷路に再び踏み込まぬための反面教師としてモンタニズムには大いに学ぶべきところがあるだろう。


そして「時の予告者」は古代から今に至るまで誰ひとり成功しなかったように、これからも成功できず失敗と訂正を重ねるであろう。

その理由は難しいことではなく、『あなたがたはけっしてその(再来の*)時を知らない』というキリストが繰り返した言葉と、そこに含まれた神の企図に対し、彼らは今後もずっと抗ってゆかねばならないからである。

(マタイ24:50・25:13/マルコ13:35/ルカ12:39-40)*(聖徒の裁きがあることからすれば、これはパルーシアよりもエピファネイアを指している)



                  林 義平


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*マクシミラの死(179)から13年を経て、モンタニズムは「キリスト教の完成」を見た小アジア地方にも押しよせた。ヒエラポリス市は頑強に抵抗したが、中心都市エフェソスを揺るがし、同じく使徒ヨハネに由来したほどのスミュルナ市であってもエクレシアごと改宗してしまったという。


「子も知らず、天の使いたちも知らない」神だけが知る「時」 ⇒ 「黙示録の四騎士」


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「聖徒」 聖霊が指し示す者たち



◆「諸国民の光」となる「聖なる民」

聖書中に度々現れる「聖徒」(「聖なる者」)とは何だろうか? それは「信徒」を表すもうひとつの名に過ぎないのではないか?

では、「信じる者」(ピストス)と「聖なる者」(ハギオス)を書き分ける理由が何かあったろうか? 旧約では、イスラエル=ユダヤの民はその神に倣い「聖なる者」であるよう求められた。律法の条項を守ることにより、彼らは「聖なる者」とされるはずであった。(出埃19:1-)

イスラエル民族は、アブラハムに約束された格別な民である。 聖書では早くも創世記からこれが示されており、神はアブラハムに『地のもろもろの国民はあなたの子孫によって祝福を得るであろう。あなたがわたしの言葉に従ったからである』と語られていたのである。(創世記22:18)

また、後にはモーセによって示された『祭司の王国、聖なる国民』、更にイザヤの預言した『諸国民の光』となるべき選民であった。(出埃19:5-6/イザヤ42:6)

しかし、イスラエル民族は神の前に、その律法を踏み外すばかりでなく、捕囚を解かれてなお、遂にはメシア=キリストを刑死にまで追い込んだのである。 では、『聖なる民』出現の希望は一度は選ばれたはずの民族の不行跡によって全く潰えてしまったのだろうか?(エレミヤ11:10/マタイ21:43)

もしそうなら、神の全能性、その「成し遂げる」という宣言もアブラハムへの約束も空しいものとなったであろう。 だが、聖書が旧約から新約へと進むに従い、神の全能性は『聖なる民』を出現させるに於いて、イスラエルの無能さをも補って余りあるものとなった。

というのも、律法不履行の罪あるイスラエルに対し、神はバプテストを遣わしてこの民に『悔い改め』を宣布させ、次いで遣わされたメシア、ナザレのイエスの死は、その尊い犠牲のゆえにこそ、地上に残った弟子らを仮贖罪し、遂に『約束の聖霊』を以って遂に『アブラハムの裔』、キリストの『兄弟』たる『神の子』を出現せしめたのである。(ヘブライ2:11/コロサイ1:12/ローマ8:14)

この件については、ローマ人書簡の第八章が、彼ら『聖なる者ら』の立場が如何に高いかを知らしめるものとなっている。またペテロ第一書簡も、モーセの律法契約が成し遂げるに至らなかった目的がキリストによって達成されたことを証しするものとなっている。

しかし、メシアの到来にあってさえもイスラエルの体制は、奇跡を行う人ナザレのイエスを退けるまでの不信仰を露わにしたため、結果的に『聖なる民』はユダヤ人以外から補充され、アブラハムの血統に属さなくても、アブラハムらしい特質であるその信仰に倣う者らが、そのメシア信仰のゆえにこそ選民とされ、その子孫に連なった。パウロはこれを『接木』に例えてもいる。(ペテロ第一2:10/ローマ11章)

だが、神の承認のないままに異邦人の誰でもが、自分の意のままにアブラハムの子孫たる『諸国民の光』、『聖なる者』に成ることが出来ただろうか? 多くのキリスト教徒は信仰ある自分たちが皆『世の光』であると考え、聖霊を受けてキリストが自分の中に住まうと考えている。

もし、キリスト教徒がそのようなものなら、『聖なる者』には客観的印無く、人目に曖昧なものとなり、「聖徒」であれ「信徒」であれ、どちらでもよいようにされるに違いなく、実際、現状のキリスト教界ではそのようである。

しかし、使徒言行録以降の新約の内容は『聖なる者』が何を意味し、どう選ばれたかが繰り返し記されている。 また、最後の晩餐の夜のキリストの使徒らへの言葉には、自身の去った後の聖霊の働きと彼らの関わりが説かれている。それらの言葉はヨハネ福音書の第13章以降の五つの章にわたって記されるところであり、聖霊が如何に多くの役割を担っているかが明かされている。 この「聖なる者」についての理解は、キリストの言葉と相まって、「アブラハムへの約束」という旧約からの流れの中で知ることのできるものであり、神の長い時代に亘る計画(経綸)に深く関わるものである。

結論から言えば、「聖なる者」らこそが創世記でアブラハムの子孫にもたらされると約束された格別な役割、即ち「地上のすべての家族が自らを祝福する」ための器となる者たちなのである。(創世記18:18/22:18) 神は特別な民を『子羊の血』で買い取り、その所有に帰する特別な民を用いて人類の全体を祝福に入らせようと意図された。それをエデンの園以来、悠久の時に亘り、その実現に向けて歩みを進めて来られたのであり、実に聖書はその神の足跡の記録証拠となっている。

そして、キリストの犠牲により『アブラハムの裔』は、あのペンテコステの日に史上初めて生み出され始めたのであった。(ペテロ第一3:6/エフェソス1:13-14) それは単に、キリストが自分の中に住まい、信者に幸福をもたらすというような「ご利益信仰」、どこにでもあるような凡庸な宗教とはこの点に於いてはっきりと異なっている。それはキリスト的利他心と、御利益を望む利己心程にかけ離れたものではないか。(コリント第二5:15)

即ち、エデンで失われた人類への創造者からの祝福を、生者にも死者にも回復させるための神の用いる真実のアブラハムの子孫である民『神のイスラエル』とは、水と霊によって生み出される者らでなくてはならない。即ちペテロが指摘するように「正妻サラの子ら」である。(ヨハネ3:5/ガラテア4:21-/ペテロ第一3:6)

彼ら「聖なる者」こそが、そのアブラハムへの約束に預かって、世界にキリストと共に人類支配と贖罪をもたらし、今日まで見られる世の「罪」と苦難を終わらせるための「王また祭司たち」である。つまり、「王」は支配を、「祭司」は人類の罪を除き去る贖罪の奉仕を意味しており、それを成し遂げるのが『神の王国』、真実の選民イスラエルである。(黙示録20:6)

今日まで、人類はこの「神の選民イスラエル」から益を受ける前段階にあり、特に誰かが優れて神の是認を受けているわけではない。つまり『イスラエル』の民は未だ天に集められず、『神の王国』も地に到来していないからに他ならない。その召集も到来も、なお不定の将来であることをキリストは語られている。(マタイ24:36/使徒1:7)

その民を構成する『聖なる者』、すなわち『聖徒』とは全人類を益するための器として用いられる人々を表すのであって、主に倣う聖徒には、その高い立場のゆえ、また神との『新しい契約』を守るための、生涯に亘る忠節の実証と、殉教をも辞さないキリストに続く自己犠牲の覚悟が求められるのである。(マタイ10:17-18.32-42) では、すべてのキリストの弟子がそのようにされたのだろうか。


◆天でキリストと共になる民

まず、いくつかの聖書の言葉をみてみよう。 『聖なる者』とは古代にモーセに啓示され、それを使徒ペテロがキリストの信徒の中の人々に適用し、誰であるかを指し示した特定のキリスト教徒たちのことである。 モーセを介して、神はイスラエルに差し伸べられた希望をこう伝える。 『あなたがたが本当に契約を守るなら、あなたがたはわたしに対して祭司の王国、聖なる国民となる』(出埃19:6)

即ち、『祭司の王国、聖なる国民となる』ことが律法契約の行き着く先であった。 しかし、血統上のイスラエルがメシアを退け、まったく神の契約から外されたことは、西暦七十年の滅びと再建されることの無い神殿の有様に象徴される通りである。

それでも、ペテロは当時のキリスト教徒に向かってこう云っている。 『あなたがたは「選ばれた種族、王なる祭司、聖なる国民、神の特別な所有に帰する民』・・(ペテロ第一2:9) ここにモーセの律法契約の目標である『諸国民の光』となる民が、血統によらない人々、『新しい契約』に属するキリスト後の弟子らの中に現れたことを知ることができる。

更に、彼らが神の所有となるために、最終的に天に召されることを以下の句が明かしている。

「彼(キリスト)が現されるときに、わたしたちも彼のようになり、彼をあるがままに見ることになるのを知っている」(ヨハネ第一3:2)

「わたしたちは彼(キリスト)の復活と似た様で彼と結ばれる」(ローマ6:5)

「わたしたちは塵で作られた様であったように、天のものである様になる」(コリント第一15:49)

「神はあらかじめ、最初に是認した者らをみ子の象りのものとするように定めておられた」(ローマ8:29)

「聖なる兄弟たち、天の召しに預かる人たちよ」(ヘブライ3:1)

「あなた方は近付いた、シオンの山、生ける神の都市なる天のエルサレム、幾万もの天使たち、・・天に登録された初子たちの集まり・・に」(ヘブライ12:22-)

「ダヴィデの家はYHWH*の前の天使のようになる」*<発音不明の神名>(ゼカリヤ12:8)

これらの聖句は、その人々が肉体を離れキリストと同じ様、つまり霊の体をまとってキリストと共になることを述べている。 キリスト教徒が、これを信者のすべてについてこのように霊者となる所謂「天国」を思い描いたとしても無理はなかったのかもしれない。

だが、すべての信徒に関してこれらが適用されて、信仰を抱いた人は皆、安楽な天に集めるのが神の企図なのだろうか。

もし、そうなら、何故に創造の神は地上に人を置いて『甚だ佳かりき』と言い得たのか。 しかも、そのキリスト教の天国への「救い」たるや、信者だけを益する閉鎖的で狭量なものとしてしまい、キリストの教えは信じる者に利己心を培わせるご利益信仰にしかならない。

信者だけの救いは、キリスト教とは神がアブラハムを通して人類全体に与えようとする祝福を独占しようとする貪欲でもあろうし、神を狭量だと宣していることにもなってしまう。そのうえ、キリスト・イエスの示した見事な自己犠牲の精神は「クリスチャン」方のために限定されてしまい、利他心は利己心に捻じ曲げられている。そこにどのようにキリストが感化を与えているのだろうか?


◆アブラハムの子孫である民

もちろん、このように天でキリストと共にされる人々にはそれなりの目的があり務めがあり、それはキリスト教徒の間で信じられている所謂、死後の「天国の至福」という終着段階ではない。
神がキリストの犠牲を以って特定の人々を地上から買い取ったからには、やはり特定の目的あってのことである。(使徒20:28)
即ち、キリストや使徒らの宣教活動は、単に信者を集めていたのではなく、『アブラハムの裔』をキリストの許へと一つに集め出していたのである。彼らこそが『神の王国』を構成し、全人類の祝福をもたらすためであったのだ。

天に行く者たちは、そこでキリストと共にどんな人にも出来ることのない壮大な業に取り掛かるのであり、それは結論から言えば地上に残る人類の罪を除く、即ち「贖罪」であり、また、その間の地上の支配という神と人への壮大な奉仕である。そこに個人の救いや安楽がどうのというのは、まるで場違いである。(ローマ6:3-5)

それゆえ、天に行く者たちは「贖罪」を行う「祭司」の職を、また支配を行う「王」の身分を受けることになる。まさしくモーセと後代のパウロが『あなたがたは王なる祭司、聖なる国民』と契約に入る者らに語ったことは、この神の人類救済を成し遂げる器が『聖なる者ら』であることを示しているのである。 すべての者が祭司や王でないように、その職を授かるのは特定の「聖霊」を地上で注がれ『新しい契約』に入った者らだけとなる。

黙示録20章6節はこう言っている。 『第一の復活に預かる者は幸いな者であり、聖なる者である。・・彼らは神とキリストの祭司となり千年の間キリストと共に王となって支配する』。

この辺りが理解されないと、キリスト教の目的がはっきりとせず、「聖なる者」についてばかりでなく、キリストが多くの例えを用いて語った「神の王国」や「聖霊」に関することも曖昧になってしまう。

今日多くのキリスト教宗派においては、信じれば「聖霊」を受け、自分の中にキリストが宿るようになると教えられている。それがその人を導くというだけのことであれば、創造の神が被造物のすべてをひとつに集め、創造された通りの輝かしい様に回復されるという、聖書に流れる偉大な意志には無頓着になるであろう。つまり、自分と身近な者が救われることを願うからである。(エフェソス1:10)

こうした「ご利益信仰」がキリスト教の「正統」を名乗っている現実は真に嘆かわしいことである。 例えれば、使徒2章38節の『バプテスマを受ければ無償で聖霊を受ける』などの言葉を前後事情も考慮無く、そのまま字面を教えられるようなこともあるのだろう。

しかし、そこでは何故、聖霊を受けたのかの理解が聖書全体を貫流する重要な問題と幾らも関連されない。 ペテロがペンテコステの日に、神との契約にあるユダヤ人に述べた言葉が、どうして自分に向けて語られているなどと捉えてよいだろうか?
彼はこれを語った人々について『 あなたがたは預言者の子であり、神があなたがたの先祖たちと結ばれた契約の子である』と言っているのである。

彼らイスラエルの民に約束されたメシアは今や現れていたのであり、この契約の民に属する者らが悔い改めて「新しい契約」へと転向することを、水のバプテスマで示すことにより、『主のみ前から慰め(回復)の時がきて、あなたがたのために予め定められたキリスト・イエスを、神が(聖霊を通して)遣わして下さる』とペテロは云うのである。

 この使徒筆頭が率先して語った宣告は、そこに集まってきたユダヤ人という神の契約に預かる立場の人々に言い広めたのであり、それはイエスという方こそが待望のメシアであったことを告げ知らせ、この方を退けてしまったユダヤ人一般の罪を悔い、そこから転向してイエスの水のバプテスマを受けることによって、聖霊によってメシアが彼らに遣わされることを指して言っていたのである。

であるから、弟子らだけに授けられ、『世が受けることができず、真理の全体を教える』と約束された聖霊が、単に個人の中でキリストを住み込みのコンパニオンのようにする為にあると云うのであれば、それは何と神らしくない少女趣味、また矮小さであろう。
いや、むしろ単なるキリストの内在を遥かに超える意味が「約束の聖霊」にあることは見過ごされるべきではないに違いない。(使徒2:32/ヨハネ14:26)

古来イスラエルにおいて、実際に香油を注がれる事が役職への「任命を受ける」を意味したように、後のキリスト以降の時代では、聖霊を以って油注がれる事、つまりより高次の「聖霊の注ぎ」はキリストと共になる王また祭司の一員としての「任命」を受けることを意味した。(レヴィ16:32/コリント第二5:5)

イスラエルの民にあっても、そのすべてが祭司ではなかったのであり、民のほとんどは、常に祭司たちから贖罪の儀式を受ける必要があったのである。 後のキリスト教徒たちの中にあっても、「聖なる者」あるいは「聖徒」(ハギオス)と呼ばれる者たちは、キリストと同じ体(霊体)をまとうことを象徴するパンを食して永生に入ることを表し、また人類に先立って「罪」(原罪)を許される象徴として聖餐のぶどう酒を飲み、キリストに近い者となって「新しい契約」に参与する限られた人数の人々である。(民数記3:12.13/ローマ8:23)

ゆえに、キリストの肉と血に預かることが、どれほどアブラハムへの約束を相続することになるかが如何にも明らかである。  これを諸教会では、誰にでも与えようとするところで、ぶどう酒が当然アルコールを含むので、幼児やアルコール中毒の信者に供することが憚られ、ぶどうジュースに入れ替えたり、果てはぶどう酒を省略する「一種陪餐」という不条理の横行をキリスト教界は赦してきたのであり、それが正統を唱える教会の実態となってきた。

しかし、この「聖霊の賜物」が、それ以前に働いたあらゆる聖霊よりも高い次元にあることは、キリストが犠牲の死を遂げる前には、『まだ、霊はなく、それはキリストが栄光を受ける前だったからである』とヨハネ福音書に語られているように、それまでには存在していなかったような格別な「霊」の在り方であったのだ。(ヨハネ7:39)

「聖霊の賜物」はそれを有する者に、恰もキリストのような業の一端に預からせ、同時にそれが彼らの身分を証しするものとなった。(エフェソス1:13-14) それはまた、キリストの犠牲によって初めて彼らが神の前に贖われ、罪の無い状態にあると「看做されて」下賜されたものであって、イエス自身も云われた『世が受けることのできないもの』という言葉にもその異例さが表されている。(ヨハネ7:39/ローマ8:1/ヨハネ14:16-17)


◆選びの実証

もちろん、超自然の賜物の下賜は人間のエントリーできるところではない。それゆえにも、聖徒への招命は間違いのない明確な印を伴い、他人に分からないような心理作用でもなく、公に明示されるものであって、けっして個人の内密に属する事柄ではなかったのである。パウロは聖霊の賜物の現れを『霊の顕現(ファネローシス)』と呼んでいる。それは即ち、誰にでも分かる明瞭なものであった。(コリント第一12:7)

もし、この賜物の有無が曖昧なものであれば、その貴重さも価値も危ういものとなるばかりか、偽者の横行を妨ぎ得ない。 それゆえ、人からではなく、神から任命された証拠を持つ人々こそが、アブラハムの子孫、真のイスラエルであり、モーセの契約の先に示された「王なる祭司」の「聖なる国民」であった。(出エジプト19:6)

パウロが時折「我々は王として治める」と述べる背景はこれである。それは、けっして信者の中の種類というような単純な違いではない。彼らの立場は格別な高次のもの、つまりキリストと共になる『兄弟』また『花嫁』である。 それゆえ、彼らも主と共に神を父として『アッバ』と呼びかけることができるのである。(コリント第一4:8/テモテ第二2:12・ローマ8:15-16)

本来は血統上のイスラエル民族に、メシア=キリストと共に諸国を治める「王なる祭司」の一員となる機会が開かれていたが、それは遠く古代のアブラハムに神が約束した民族の特権であったから「アブラハムの相続財産」とも呼ばれた。(ここに選民思想の根拠があった) 実にキリストの宣教の目的は、この「アブラハムの裔」を召し出すことであり、それは使徒をはじめとする初期キリスト教徒の宣教もまたその目的を有していたのである。(ヨハネ11:52/ヘブライ2:16)

しかし、イスラエル=ユダヤは民族全体としては現れたイエスを退け、ユダヤ人の中でイエスをキリストと見做したのは幾らかの「残りの」人々だけであった。(ローマ9:27)
そこで、神は血統上のイスラエルだけではなく、イエスをキリストとして受け入れた信仰のゆえに真の意味で「イスラエル」と呼ぶに相応しい諸国の人々を選んで、キリストを迎えた血統上のイスラエル人に加えたのであった。(ローマ9:24-・11:17-/エフェソス3:6)

イエスはこの事を予告して、こう語っていた。 『多くの人が東から西から来ると、アブラハム、イサク、ヤコブと共に天の王国で宴席に就くが、この国の子らは外の闇に追い出され、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう』 (マタイ8:11-12)
こうして、血統に関わらずキリストと天で共になる真の意味でのイスラエル、即ち「神のイスラエル」に任命を受けた人々が、アブラハムの正式な子孫の民に迎えられたので、その中では、血統上のイスラエルからの者らと異邦人から選ばれた人々によって構成されるようになったのである。パウロはそれを指して『ふたつの民』と呼んでいる。(ガラテア6:15-16/エフェソス2:14-15)⇒「去ってなお弟子を指導したキリスト 「羊の囲い」の例え」

彼らの働きは、王また祭司としてキリストと共に人類を治め贖罪を行うことにあるが、血統上のイスラエル人の目的が「諸国民の光」となることであるとされてきたように、彼らこそが世界にキリストの支配をもたらして、今日まで見られる世の苦難を終わらせる「王また祭司」となる。 キリストがユダヤ人に向かって『あなたがたは世の光』と言ったのには、この背景あってのことであり、「クリスチャン」が皆「世の光」だと言えば、それは大きな間違いである。(黙示録20:4/マタイ5:14)

おおよそ聖書というものは、アブラハムの子孫について書かれ、彼らに向けて語られたものであって、そこに『あなたがた』とあるのを自分だと思うなら、それは傲慢というほかない。 我々は、神と選民である「アブラハムの子孫」との交渉の記録から、神の悠久の御意志の如何を学ぶのであり、聖書は人生の指南書でもなく、個人の救いを求めるべきものでもない。 むしろ『生きる者が、もはや自分のために生きず、死んで生き返った方のために生きる』というのが、その精神、即ち利他的に生きるべきことを教えるのが聖書であって、ご利益信仰の余地はそこにない。(コリント第二5:15)

さて、キリスト刑死の後に聖霊の油注ぎを受け(使徒2章)、任命された聖徒らではあるが、それは確定されたものではない、彼らが集め出されるのはいまなお将来のことであり、その認証がなされるのは世の終わりに際してである。(黙示録7:3) このように、任命を受けてもしばらくは試されることはイエスの「狭い戸口を通って」(ルカ13:24)や弟子らの「終わりまでしっかりと堅く保って」(ヘブ3:6)「守り通して」(黙示2:26)という言葉に言い表されているし、古代アロンと息子らが油灌ぎを受けてから七日を「見張る」ために待たされたことにも象徴されている。(レヴィ8:33)

彼らはアブラハムに示された彼の「真の子孫」であり、地上のすべての諸部族が自らを祝福することの要となる人々である。モーセによれば、彼らは神の特別な所有に帰する、神に買取られた非常に希少な民であるゆえに、特にキリストのような自己犠牲の精神が求められるのである。(ペテロ第一2:21)

では、この「聖徒」はかつてどのように出現したのかを見てゆこう。


◆聖霊は聖徒を内定する

イエスの刑死、生き返り、それから昇天して復活の後、十日を経たシャヴオート(ペンテコステ「五旬節」)の日、以前からキリストが弟子たちに語っていた助け手(パラクレートス)である聖霊がエルサレムに留まっていた弟子ら約120名に灌ぎだされた。(使徒2:1-)

こうして、バプテストのヨハネが「その方は聖霊であなたがたにバプテスマを施すであろう。」と語っていたことが最初に実現することになった。(マタイ3:11) この人々は奇跡的に外国語で神の壮大さを話し始めたが、これ以降は聖霊を授かる人々が急速に増えてゆく。その範囲はやがてユダヤ=イスラエルの血統を越えてゆくことになる。その鍵を開けたのがペテロであった。

使徒ペテロはユダヤ人に、次いでサマリア人に対して「聖なる国民、イスラエル」に加わりイスラエルを補充する道を開いた。そしてローマ人コルネリオにも聖霊を受けるよう「鍵」を解いて、その補填はまったくの異邦人にまで広げられた。また、別の時にはこの「鍵」で閉じても見せた。(マタイ16:19/使徒10:45/使徒8:21)

確かにパウロは異邦人が聖霊に与り聖徒に加えられることについて、「イスラエルの不足を補うため」であると言っている。(ローマ11:7-11) そうして、不信仰を示したイスラエルの不足を補充するために召しだされた人々は、その血統に「接木され」、その一定数を満たすためにイスラエルの父祖アブラハムの財産を受け継ぐ相続人の一員と内定したのである。(ガラテア3:29) なぜ、決定ではなく内定かといえば、彼らは試され、地上で練り浄められ、その身分を生涯の最後まで保って初めてキリストと共なる者、聖なる者(聖徒)のひとりとしての立場を得ることになるからである。(エフェソス1:14)(ルカ13:24-)

霊の灌ぎは、その人の原罪をも仮赦免するものであるが、その理由は彼らが天に召され神の前に出るために必要不可欠であり、地上にあっても主イエスのように聖霊を受けるには、神は御前に「罪」ある肉なる者を容認されない。

そこで、イエスは自らの犠牲の益を最初に弟子たちの適用し、彼らと神との「新しい契約」を仲介することで、神の御前に於ける『義』を信用貸しされた状態に招き入れたのである。 だが、地上に居る『召された者ら』にはアダムの肉体にある以上、実際には『罪』の影響を免れてはおらず、依然として倫理上完全なる『義』には到達していない。(ガラテア5:5)

彼らには契約を保つことが期待される。つまり、主なるキリストに倣い、聖霊の証しを行い、それに命をかけることであろう。(ペテロ第一5:10/黙示録12:11)  

カトリックや正教の歴史には、初期の聖なる者の痕跡が残されており、「聖人」や「聖証者」と呼ばれ、これに列せられるには、複数回の奇跡を行ったことが条件であり、その多くは殉教者であった。

現代の学者J.ダニエルーも、こうした異言などの現象が実際に起こったものと看做している。(キリスト教史1p.26) 初代の彼らの集まり「エックレシア」(召し出された人々)は、こうした聖霊の賜物を持つ特別な人々が中心となって組織され、聖霊が集会の学ぶべき内容が備えられていた。(コリント第一14:26-33)
初代エックレシア内は、ほとんどが聖徒で構成されていたが、初心者や「普通の人」など「新しい契約」に参与しない人々が居たことを幾つかの聖句が伝えている。⇒ 「エクレシア内での信徒と聖徒」

聖霊を持たない人々は、聖徒たちの聖霊の賜物の発現による預言や知識や奇蹟などの益に預かることができたが、彼らはキリストと共に霊体に復活することにはならないので、キリストの体を受け継ぐことを表象するパンと、その契約に参与することを表象するぶどう酒を取り入れることはない。(マタイ26:26-、コリント第一11:21-)

すなわち、聖霊によって灌油された証拠の明瞭でない者は信徒ではあっても聖徒とはなり得ない。それは自他共に判然としたことであった。この賜物は古代の「先見者」のような霊の憑依状態に陥らず、自らの意識をはっきりと保持し、賜物そのものを本人が制御できるものであったことをパウロははっきりと語っている。(コリント第一14:14-15.30)

あるとき、賜物である預言が出来ると偽った者が、本物の聖徒に混じると一致したことが言えずに恥をかくこともあったと「ヘルメスの牧者」などの資料が伝えられている。 こうした、偽の「聖霊」は最後の使徒ヨハネの頃にはあちこちで出回るようになっていたようだ。「霊感の表現はみな試されねばならぬ」と言って、晩年にひとり世に残された十二使徒のヨハネは偽の霊に警戒するように強く促さねばならなかったのである。(ヨハネ第一4:1)


◆聖霊が去るとき

しかし、こうした賜物も何時かは消え去ることをパウロは示唆していた。(コリント第一13:8-)そして古代の資料はこれが二世紀半ばまで存続していたことを指し示している。 ローマのクレメンスは福音書を記した人々のことを「これらの聖徒で、真に聖なる霊を受けた者たち、すなわちキリストの使徒たちは、完全に潔い生活をし、・・(中略)彼らは自分たちと共に働く神の霊と、自分たちを介して成し遂げられるキリストの奇蹟を行う力だけを使って、神の王国の知識を全世界に述べ伝えた。」*と述べている。

二世紀初頭には護教家のクワドラトゥスが、まだイエスに癒された人々が生存していると述べており、彼自身も預言の霊を持っていた。 150年ころに書かれたと思われる「イザヤの昇天」はシリア方面から預言者が見られなくなったことを嘆いており、ヘゲシッポスは「聖なる使徒たちの合唱隊がそれぞれ絶え、神的なソフィアを自分の耳で聞くことの許された世代が過ぎ去」*った後のキリスト教の混乱を書いている。*(エウセビオス「教会史」 秦 剛平訳)

それまでは、背教に曝されながらもキリスト教界はひとつの形を保つことができ、大規模な離反は起きなかったともいわれている。 パウロは聖霊が各地のエックレシアに教理を教え統一を与えていたことを述べ『神聖な奥義は、かつての世代には今のように聖なる使徒や預言者に霊によって啓示されている程には、人の子らに知らされてはおらず』ゆえに『今や、エックレシアを通して、天界の諸々の支配や権威すらもが神の多様な知恵を得るに至った』。とも言っている。(エフェソス3:5.10)

ペテロも、かつての預言者たちの語った事柄は、当時生きる聖徒のためのものであり『天から遣わされた聖霊を受けてあなたがた(弟子ら)に福音を伝えた人々を通して、今やあなたがたにも知らされている。それを天使らまでもが窺い見たいと願ってさえいる』。とも述べていた。(ペテロ第一1:12)

最後の使徒ヨハネもエフェソスにあって弟子たちを教え、地上に中心地を持たなくても、聖霊は各地の教理に均整をもたらしていた。つまり、キリストは聖霊を通して弟子たちを指導し続け、彼らの中央は天のキリストの許にあったのである。

聖徒の集まりはエックレシアと呼ばれたが、それは「召し出されたもの」を意味しており、実際、集まりのほとんどを構成していたのは聖霊を注がれた聖なる者らであった。 それは黙示録の七つのエックレシアイの間をキリストが歩み、その使いがキリスト自身の右手に把握されていることに象徴されている。当然に、そこでは弟子らを統括するためのエルサレムやヴァチカンのような地上の一点も、代理機関をも必要とはしなかったのである。(黙示録1:20/ヨハネ4:21)

しかし、この聖霊によるキリストの指導体制も終わる時がきた。やがて、聖霊は地上から徐々に引き上げられ、エックレシア内の聖徒の比率は下がってゆき、やがて聖徒は今日に至るまで絶えたのである。 そして、聖霊の降下が終了したことの明瞭な標識となるのが第二世紀後半の聖書疑典の噴出や、異なる預言の霊によるモンタニズムの台頭であったといえる理由がある。

ゆえに、聖霊はキリスト教が揺籃期を脱するまでそれを助けた、と云うことはできない。逆に聖霊降下の終了を第二世紀中葉とみれば、その現実は明らかな混乱と背教の始まりであった。 聖徒たちを失った後のエックレシアは、当然に信徒だけとなり、キリストは「王権を得る為に」旅立って不在となり、キリスト教界への監督は中断されている。

その後のキリスト教はユダヤからまったく離れ、ギリシア人やローマ人などの異邦人によって操られ迷走を始めたとしても不思議はない。聖霊が引き上げられ、ひとたび去ったからである。 ラテン語まで用いられてきた「エックレシア」の名に価しなくなった信徒ばかりの集まりは、やがて中世の間に「主のもの」を意味する「キュリアコン」に由来する「教会」(古英語[cirice])という言葉に置き換えられてゆく。⇒「なぜ教会と呼ばれるか」

その後は信徒も聖徒も曖昧となり、聖書が専ら聖徒に向けて書かれていることもあって、その事情を解さない後代の「クリスチャン」の思いのなかでは、聖書は万人に向けて書かれたことになってしまい、「あなた」と呼びかけられているところは自分にむけた言葉と誰もが思い込み、皆が天にゆくと誤解され始め、或いは、人々に聖霊は今も宿っていると教え始められたのである。

キリスト教徒は、聖書中でわずか三回だけ言及され、しかも外部からの呼称である「クリスチャン」(クリスティアノイ)で自分たちを専ら称するようになると、本来聖書中で多用されている「聖なる者」や「信じる者」の名称を用いなくなってゆく。つまり、「聖徒」が去ったので、その区別の必要が実質的に無くなってしまったのであろう。

そうして皆が只の「クリスチャン」となってしまった。 だからと言って、その「クリスチャン」に「地上のすべての家族が自らを祝福する」ための器となる気概などあるだろうか?ほとんどは、自分の救いに関心を持つだけのご利益信仰者と成り果ててはいないだろうか。


◆聖徒の再来

しかし、キリストの戻られるときこそ再び聖霊が注がれ、「聖なる者」が現れるとき、「聖徒」は非常に大きな意義を持つに違いない。 それは、聖徒たちが為政者と対峙してキリストの代弁者となるときである。 その論争にあって、「新しい契約」は当事者である聖徒らに、もう一方の契約当事者である神の名をはっきりと知らせるであろう。(詩篇22:22/102:21)⇒「シェム ハ メフォラーシュ」

それこそは人類に忘れられた神の名の再出現となり、聖徒たちはその御名の真実の証人、『御名のための民』となるであろう。彼らは対峙することになる為政者らばかりでなく、全世界の民に広く主イエスの帰還を告知し、神の御名を前面に高く掲げなくてはならない。それこそが終末における世界宣教となり、それは『霊と力の論証』によるものとなり『誰も反駁できないもの』となるという。(マタイ10:16-18/コリント第一2:4/ルカ21:15)

神の至聖の御名は人類の救いに不可欠となることを聖書は再三述べるが、これを終末に知らせる者は聖霊を受ける聖徒、即ちキリストの兄弟ら以外にいったい誰がいると言うのだろうか。(ヨエル2:32/使徒2:21/ヘブル2:12)

今日、神の御名が地上から絶えて忘れられ存在しない理由は、まさしく「新しい契約」に預かる者、真に聖霊を注がれた者がひとりも居ないことの証拠なのである。

このように終末に於いて際立った活躍を行い、また、それが為に迫害を受ける聖なる者らに信仰を示す人々も現れることは、マタイ25章の中の羊と山羊の例えの中で語られている。

即ち、キリストの『兄弟たち』とはキリストと共に『神の子』と認知され聖霊を注がれる『聖なる者たち』に他ならず、迫害される彼らに親切を示し、その立場を支持する者らは『羊』として主の右に分けられ、祝福に入るのである。
イエスはこうも予告している。 『わたしの弟子であるという名のゆえに、この小さい者のひとりに冷たい水一杯でも飲ませてくれる者は、よく言っておくが、決してその報いからもれることはない』(マタイ10:42)

また、このようにゲッセマネで祈られた。 『わたしは、ただこの人々のためだけでなく、彼らのことばによってわたしを信じる人々のためにもお願いします。・・彼らもわたしたちにおるようになるためです。そのことによって、あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるためなのです。』(ヨハネ17:20-21)

この点は、遠くアブラハムにも語られていた通りである。 『あなたを祝福する人をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う。地上のあらゆる氏族はあなたによって祝福を得るであろう。』(創世記12:3)

創世記の古代にアブラハムの裔として予告され、モーセの律法契約の辿り着くべき目標『世の光』となり、ついにキリストの犠牲によって初めて地上に現れた罪を清められた『聖なる者』について、聖書中を貫通する主題であるのがこれほど明らかであっても、ほとんどのキリスト教徒が気付かない現状はどうしたことであろう。これは異様なことではないだろうか。




 新十四日派  ©2011  林 義平
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聖書中にある「聖徒」が格別である根拠
 エクレシア内の信徒と聖徒


神の王国



キリストの宣教の中心主題であり、様々な例え話によって教示されたにも関わらず、これほど多くのキリスト教徒にこれが曖昧であるのは驚くべき事であろう。

しかも、これを「天国」や「心の中に在る」としてしまうキリスト教指導者の多さも意外なほどである。

ユダヤ人に向けたマタイ福音書の「天の王国」[ἡ βασιλεια τῶν οὐρανῶν]ヘー バシレイア ト~ン ウーラノ~ン,
また、異邦人向けのマルコ/ルカ両福音書での「神の王国」[ἡ βασιλεια τῶν θεοῦ(スェウ~)]は所謂「天国と地獄」の「天国」と訳されるべきものでもなく、まるでかけ離れたものである。

そのように信じてこられた方々には幾らか衝撃を与えるかも知れないが、もし、ご関心あらば以下もご覧頂ければ幸いである。    (初心者向けの解説はこちらを


-◆イスラエルが選ばれ招かれた「神の王国」-------------------

さて、この天国ではない『王国』が何を意味するのかについては、まず出エジプト記から説き起こすのが分かり易いものと思われる。

それは、イスラエル民族とそれに入り混じったエジプト人らとの大集団が、神の保護によって紅海を渡り、シナイ山麓に集合した場面で語られている。

即ち、神YHWH*とイスラエル民族との「律法契約」が締結されるところにおいて、神は「もし、あなた方がわたしに従い、契約を本当に守るなら」と前置きし「・・そうすれば、あなたがたはわたしの特別に所有する(宝のような)民、祭司の王国、聖なる国民となるであろう」(出エジプト19:5.6)とある。
これが「神の国」「天の王国」へと発展してゆく萌芽であった。*(現在は発音不明となった神名)

この律法契約で約された事を、神は遠い昔のシュメール時代の人アブラハムに対し、『あなたの子孫によって、諸国の人々は自らを祝福するであろう』(創世記12:2-3)と語り既に約束していたのであった。つまり、「神の王国」はアブラハムに示された全人類を益する神の手立てなのである。

後代、使徒ペテロは出エジプトを引用し、『・・あなたがたは選ばれた民、王なる祭司、聖なる国民、特別な所有物たるべき民であり・・』(ペテロ第一2:9)とキリストの弟子の中の聖徒たちに適用している。

その意味するところは、イスラエル民族の皆が誰でも祭司ではなかったように、キリスト教徒のすべてではなく、選ばれた『聖なる者ら』(ハギオイ)が「初穂」として人類から刈り取られ(ローマ8:23/黙示録14:4)キリストと共に王国の支配を担当し、その益が残りの人類に及ぶことである。

この王国に召され『選ばれた民』はペテロの指摘するように、その時には存在していたが、この王国の民が歴史上に最初に現れたのは、使徒言行録第二章に描かれた、聖霊降下が起こり、奇跡を行うキリストの業がその弟子らに継承された日からであった。

この点では、ペテロが述べたように、新約聖書の書かれた時代にはキリスト教徒の集まりのほとんどが、『聖霊』によって選ばれた『祭司の民』であったため、それを読む今日の人々は、『聖霊』もないのに自分もその一人であると錯覚するのであり、今日のキリスト教徒の大半がそのようである。
それで、「聖霊のバプテスマ」を具体的に理解しづらく感じるのはその証拠となっている。

さて、契約によってその『選ばれた民』となるべきイスラエルではあったが、律法契約はイスラエル=ユダヤ人によっては遂に守られることが無かったため、神はこの契約の破棄を決意する。(エレミヤ31:32)
では、神の王国の実現はイスラエル民族の不行跡によって阻まれたのだろうか?

神はそこでその意志を完遂させるべく、預言者エレミヤを通して「新しい契約」を知らせていた。(エレミヤ31:33)この新しい契約と律法契約と入れ替えることで「祭司の王国、聖なる国民」を実現させる筋道をユダヤに確保したのである。
しかし、イスラエルは「新しい契約」に無事に入って王国の実現への道を保っただろうか?

やはり彼の子孫イスラエル=ユダヤ民族は、アブラハムへの神の不動の約束に基づき、『王国』の担い手、選民となるはずであった。
しかし、律法契約を守ることに失敗した彼らは、その違反の罪を負ってしまったまま、およそ六百年後に『契約の使者』またマーシァハ(メシア=キリスト)という『王国』の主要な王となるべきナザレ人イエスの到来を迎えることになった。(マラキ3:1)

しかし、メシアの到来はシナイ山が轟音を立てて揺れるような華々しいものとはならなかった。新たな契約は、生来の民全体とではなく、信仰を必須とする個人的なものであったからである。

ユダのベツレヘムから来ると預言されていたが、メシアの出身は北部ガリラヤの田舎ナザレであるかに見えた。そこでメシアを得るには信仰が求められる。

神殿崇拝に関わる血統になく、律法学者のような専門教育も受けていない。その廉潔な現れにユダヤ人は動揺する。なぜなら、多くの奇跡を行い、その言葉には説得力があるからであった。

バプテストのヨハネは、この人物の到来を予告し、律法不履行の民の罪を悔い、『律法の呪い』から解かれるようにと「悔い改めのバプテスマ」を施して人々を『契約の使者』であるメシアの到来に備えさせていた。(ガラテア3:13/申命記21:23)

メシアが現れたことにより、ユダヤ=イスラエルの人々には、いよいよ『新しい契約』に入る道が開かれるのだが、それは律法契約が遂に生み出さなかった『王なる祭司、聖なる国民』となるよう招くものであった。

それであるから、イエスが『見よ!神の王国はあなたがたの只中*にある!』と発言したとき、これはけっして諸国民に語った訳でないし、その理由もない。(*[ἐντος ὐμῶν]エントス ヒューモーン「あなたがたの内部に」)

『神の王国』とは、王キリストだけのものではなく、ひとつの国としての民を必要としたのであり、ユダヤはその民となるよう古来招かれていたのであり、その目的は、神がアブラハムに語られたように、全人類をこの世の虚しい状態から救うことにあった。

イエスは王国の民を召す業をパレスチナで始めていたのであるが、ユダヤ人の反応は芳しいものとはならなかった。原因はユダヤ人らの不信仰な傾向であり、それはモーセの出エジプト以来、この民の見せ続けた誉められたものでない性向であった。

アブラハムの子孫であるユダヤ人にこそ『王国』の機会が開かれていたのだが、まさに王国の王となるべく任命を受けたメシアが、『神の王国はあなたがたの只中にある』と言った通りに、光輝なく質素な身なりではあっても現に選民であったユダヤ人たちのところに来ていたことに注意を向けたのであった。

この時期、メシアを受け入れるユダヤ人は『「王国」に向かって殺到している』ともイエスは語っていたのであるが、それは素朴な平民たちばかりで、それに気付かない体制派のユダヤ人にメシアはその認識を促していたのである。(ルカ17:20-21/16:16)

したがって、イエスが『王国』について「あなたがたの只中に」と指摘したとき、ユダヤ人らには『王国』そのものが到来する姿を目にすることはなくとも、イエスがメシアであり、その『王国』の王がそこに立っているばかりか、信仰の目を以ってメシアをイエスに見ることのできた謙虚な平民のユダヤ人たちが、既にその『王国』を捉えつつあったのであり、それを『あなたがたの只中にある』とキリストは語っていたのである。

無論、イエスに信仰を働かせず、聖霊による奇跡の業にメシアを見ない頑迷なパリサイ人の心の中に『王国』があったとは考えられないが、メシアであるイエスは、ユダヤ人の中に現れようとしていた王国に信仰を促していたのである。その場に目立たない仕方で王国の王となるメシアが来ていたのにも関わらず、それらのパリサイは、なお「王国はどのようにして来るのか」と尋ね、そのメシアがそこに居ることよりも、華々しいダヴィデの王権の到来を期待したのであった。

そのように、パリサイを含むユダヤの宗教体制はナザレのイエスを認めず、与えられたメシア=キリストを退け、王国の民を集めず、却って散らしてしまい、その王さえもローマの権力に渡して処刑させたのである。メシアの罪名には、いみじくも「ユダヤの王」と掲げられた。

この結果、ユダヤ民族全体としてはメシアの到来によって示されつつあった『王国』に反対したために、これを受け継ぐ望みが無くなり、信仰を抱いたほんの「残りの者ら」だけがイエスをキリストとして受け入れ「神の王国」を構成する希望を繋いだのみであった。(マタイ21:45)



-◆律法契約に代わる「新しい契約」 ---------------------

そのため、神はイスラエル民族との関係を終了させて、別の契約を用いてアブラハムの血の繋がりではなく、アブラハムの信仰に適う人々を「内面のアブラハムの子孫」として『聖なる国民』に差し招くこととなる。

それはイエスの語った、婚宴を設けたのに招いておいた客の来なかった王の例え話にも表わされていたところであり、王は宴席を満たすために周囲から呼ばれてもいなかった部外者である人々を引き込んだのであった。(マタイ22:1-10)

この例え話の中の、招いておいたはずの呼ばれるに相応しいユダヤ人が招待に応じず、王の怒りを買って滅ぼされてしまったように、メシア=キリストを退け『王国』への招待を拒んだユダヤの世代が過ぎ去る前の西暦七十年に、神はその裁きを下し、エルサレムは神殿もろとも完膚なきまでにローマ軍に破壊され、以後ユダヤ人は流浪の民となってゆく。それは律法契約も神の恩寵もイスラエル=ユダヤを去ったことの明らかな証しであった。(ルカ13:6-9/19:41-44)

そこで「新しい契約」を通して、『王なる祭司、聖なる国民、特別な所有物』たるべき『王国』の選民には、ユダヤ人だけでは足りず、イエスをキリストとして信じた諸国の人々も含まれ混じることになるのであった。(ローマ9:24-27)

イエス自身、異邦人の信仰の深さを高く評価しつつ、『いつか、東や西から大勢の人が来て、天の国でアブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席に着く。』と語っていたことがこうして現実となってゆく。(マタイ8:11)
(ここに善人はだれでも行ける「天国」との混同の陥穽があった)

それゆえ、これらのイスラエルに属さない人々は「接木され」、血統によらずにアブラハムの遺産(王国)の相続人となったとパウロは言う。(ローマ11章/ガラテア3:19)

パウロは彼ら全体を『神のイスラエル』と呼び、他方でアブラハムの血統上にありながら信仰が薄くキリストを迎えなかった『肉のイスラエル』と対照して語っている。(ガラテア6:16/4:21-31)
即ち、真の意味での選民イスラエルは、必ずしも血統によらず、イエスへの信仰によって形成されたのであった。

これらの人々は、キリストから「あなたがたの場所を準備に行き、また戻ってきてあなたがたと迎える」と語られた当事者であり、破棄された「律法契約」に代わる「新しい契約」に属する人々である。(ヨハネ14:2-3)

この契約に与る、神の「特別な所有物である」「聖なる国民」の人々には、イエスの復活後に聖霊が降下するようになり、特別な奇跡を行う賜物が与えられたが、それは『王国』の一員として内定したことの印でもあった。
(エフェソス1:13-14)

つまり聖霊の灌がれない人は選ばれておらず、けっして「神の王国」に入ることはないし、その必要もまったくない、むしろ『王国』の外に居て、「贖罪」というその優れた益に与れるのである。

『王国』を受け継ぐ人々は、キリストが王権を得て戻る(ルカ19:11-27)時に、シミなく傷のない状態で(原罪はあっても)見出されるならば、キリストと共にその『王国』を受け継ぐことができることになっている。新約聖書に記された一定の道徳律は、聖霊が注がれ「新しい契約」に入った人々の守るべき『聖なる行状』の求めを示しているのである。(ペテロ第二3:14/コリント第一6:9-11) ⇒ 今日のキリストの不在

その将来のキリストの帰還のときには、再び幾らかの人々が選ばれ、聖霊が灌がれることになろう。それは「王国」出現の序章となる。
 ⇒ 聖霊と聖徒

この人々は「聖徒」(ハギオス[ἁγίος])と呼ばれ、神からの聖霊の発言によって「神の王国」の到来を注目すべき仕方で世界中に告げ知らせ、その後、選民のすべてが天に召される集められることになるという。(マルコ13:9-11)(これが「携挙」と思われているテサロニケ第一4:17)

これらの人々の中心である「王の王、主の主」はキリスト・イエスであり、この王国の唯一首位にして世代交代の必要ない大祭司ともなる。(黙示録19:16/ヘブライ7:26)


人類の将来に関わるこの王国の働きに注意を向けると、おおよそ以下のようになる。



-◆「罪」に対処する為の「王国」の政治と宗教------------------------


人類は今日まで、政治と宗教の分野で苦しんできたことは冷厳な事実であり、今後も倫理上の欠陥である「罪」(アダム由来の)が除かれない限り、この罪の苦悩からけっして逃れることはできない。

ここに「救い」と謂われるものが見えてくる。
人間は「罪」あるゆえに誰も「真の正義」を持てないが、「神の王国」は、人間によらないゆえに「真の正義」を持ちうるものである。
宗教であれ、政治であれ、すべての人間製の「正義」は神の義の前に途を空けねばならない。倫理上に欠陥を持つ人間は、宗派であれ党派であれ、他のどんなイデオロギーであっても「完全な正義」を持っていないからである。

しかし、キリストと聖なる者らで構成される「天の王国」こそは、祭司また王となって人類を天から支配し、人々の倫理上の欠陥である罪(原罪)の贖罪を行って、最終的にはすべての生ける人々に、神の創造物たる「神の子」に復する機会を提供するのである。(黙示録20:4/ローマ8:14/ヨハネ1:12)

つまり、王国の民はキリストと共になる「王また祭司」であり、千年の間人類を導き、最終的に政治と宗教を終わらせてしまうであろう。(コリント第一15:24) ⇒ なぜ人は傷つきながらも政治と宗教を存続させるのか

まさに政治と宗教は、人間の原罪に対処するための必要から生じた一時的「対症療法」だからである。
こう書くことは簡単なことだが、その意味するところは恐るべきものである。

初期キリスト教徒が持っていたこの理解は、キリスト教がローマの国教となってこの世の権力との妥協が成立したときに、ローマ帝国の存在がキリストの王国を駆逐してしまい、キリスト教も大衆受けのよい平凡なご利益宗教に変じ、引き換えにキリストの支配する『神の王国』を失ったのである。



-◆「王国」の到来する将来 ----------------------------------


『神の王国』の来るときについて、イエスは幾つかの例え話を用い、自らが一度去った後に再び(地に王権を持って)来ることを何度か述べていた。
それは使徒たちを通しても繰り返し語られており、イエスが肉体で到来するのではなく、「パルーシア」[παρουσία]というギリシア語で表される方法で地に帰還するのであり、それは『雲に乗って』あるいは『雲と共に』という状況の下である。

「雲」が視界を阻むもので、聖書中で「雲」はその働きをもって度々語られている。
すなわち、不可視性の象徴であり、イエスの帰還を「到来」や「再来」とせずに、「その場に関わりを持つ」「監臨」また「臨御」という意味のある「パルーシア」の語を用いたからには、その帰還は単純なものではない。

キリストが『雲の内』に、つまり世人からは見えない状態で世に対して『臨御』し始めるとき、『聖霊』は『聖徒』に再び語らせる。
彼ら聖徒たちは支配権を巡って為政者と対峙し『神の義』の代弁者となるので、彼らには誰も抗弁することができない、人間の世界は太陽も月も一切の光を失ったかのようになるという。(ルカ21:12-14/マタイ10:17-20)

つまり将来に、キリストが帰還して、まさにイエス自ら臨御するとき、聖霊を通して知らされる神の義の前に、己を正しいとするどんな宗派も党派もまったく意味を成さなくなり、その立場は溶解してしまう。

キリストの前に地は平坦にされ、一切の権威も権力も平伏すべきときが来るであろう。
しかし、人々に対する警告は充分に繰り返されると思われる。
神は悪人であってもその死を望まない。(エゼキエル33:11)

裁きの行われる前に何度も警告が与えられる方法が神の仕方であることは、エジプト以来示されたことである。

しかし、大半の宗教家も政治家も『王国』を非現実と看做すので、キリストに従うことは難しいだろう。そこで将来現れる『聖徒』の忍耐が求められるところであるが、彼らは自分の命をも惜しまず支配者の資質を証明し『世を征服』するであろう。(黙示録3:5/13:10/コロサイ2:15)

そのときキリストの姿は引き続き雲に隠れており、為政者も人々も目に見える自分たちこそが正しいという、人間の「正義」に自信をもってしまっているので、神の王国を現実のものとは思わないか、あるいは思いたくもないであろう。(出エジプト19:9/列王第一8:11/ルカ9:35)

そのときには、かつての個人的な罪は然程の問題ではない。
問われるのは神を神とするかという「エデンの問い」である。
たとえ、人々の中にキリストを罵倒していた者があっても、聖徒を支持するならどんな罪も許される。そこに誤解があったからである。(マタイ25:40)

しかし、聖霊の発言に逆らうものは許されることがあるだろうか?
聖霊に逆らうのは確信犯であり、そこに完全な選択がある。神に敢えて逆らうことを選ぶのである。

こうして将来、聖徒が語るときに、我々は聖霊に対してどう反応するかが問われるであろう。
(マタイ25:31-46/ルカ12:10-12)


そして幾らかの時の後、人類の裁きの進行と共に、試された聖徒たちの選びが確定することで『王国』が完成し、御厳の大王たるキリストが神の王権の栄光を掲げて世界に顕現(エピファネイア)するときに、すべての者は地上に起こる事柄を通して象徴的な不可視の雲の中に王の臨御を認めざるを得なくなる。⇒ 黙示録の四騎士

そこではすべての者がイエスの臨御を、その時に起こる意外な事態を通して「見る」ことになるだろう。
(黙示録7:1-3/テサロニケ第二2:8)(マタイ24:30・26:64/黙示録1:7)

それは恐怖の時となるようだ。「高官たちや軍司令官ら」すらも山や岩に保護を求める様が聖書中に描かれている。(イザヤ2:10-/ホセア10:8/ルカ23:30/黙示録6:15-)



-◆『王国と神の義を求める』とは何か---------------------------


それで『王国』の来る前から、人々を憎ませ裁き合わせるあらゆる宗派から逃れ、また分断し相争わせるあらゆる党派を支持するな!というのは不適切なことにはならない。(黙示録18:4/エレミヤ25:31)

それらは互いにも、また聖霊に対してさえも敵意を煽り、自らの義に固執して神の義を否認し、なお現世のままに永遠に争い続けようとする凝り固まった「蛇の道」となりかねない。(イザヤ57:21)

一方、王として処刑されたキリストと、その同じ道を歩む『聖徒』たちは、死に至るまで支配者としての資質を試されたうえ、倫理的に浄められた人々であり、世間一般の為政者とは比較にもならぬほど政治を委ねるに相応しい。(マルコ8:35/ヨハネ16:33/黙示録2:26)

それゆえ、人間の政府ではなく『神の王国』を待ち、人間の様々な正義ではなく『神の義』を求めよ。これこそが「主の祈り」の意味するところである。(マタイ6:10/6:33)

これが、『神の王国』であり『世の救い』であり、すべての涙を拭うものである。
不完全な人間の誰もが正しく描くことさえ出来なかった「理想郷」、いや、その概念をさえ超える世界、神の創造物の立場(子)に復帰した輝かしい人類を作り上げるための手立てこそが『神の王国』である。

神の王国の千年の間に、人々はイエスの主要な教えであるアガペーと呼ばれる愛を思考と行動の原理として向上してゆくことになり、その到達点は悪意、欺き、争いがなく、互いに気遣う幸福な社会であり、それこそ創造において意図された人間本来の姿であろう。

黙示録21:3-4はこう述べている。
 『見よ!神の天幕が人の間に張られ、神は人と共に住まわれる。(人が神のところに行くのではなく)・・
神はすべての涙を残らず拭い去ってくださる。もはや死もなく、悲しみも嘆息も辛苦もない。以前のものは過ぎ去ったからである』。

それでもなお、あなたは「天国」の至福を望むだろうか?
もしそうなら、それは誰のためだろうか?

「天国」が個人を益するものとすれば、『神の王国』は人類に幸福をもたらすものである。
このふたつは、それを望む人に正反対の精神を抱かせるものと言える。
つまり、利己心と利他心ほども異なることになる。




              新十四日派   © 林 義平

 『神の王国』 -新十四日派の綱領として-

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 ⇒ 聖霊と聖徒
 ⇒ キリストの王権拝受は何時か
 

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二人目のアダム

「最後のアダム」という言葉には希望の響きがあった。(1Cor15:45)
使徒パウロはキリストであるイエスを指してこの言葉を用いた。

すなわち、アダムが失った様々な貴重なものが、イエスによって回復される事が、それに含意されていた。

アダムは「善悪を知る樹」の実を食すことで、自らの作り手を父のように敬うことを止めた。神は神とされなかったのである。

こうして、創造物に過ぎないアダムは独立してあたかも「神のようになった」。
神とアダムとの関係は対立するものとなり、創造者と創造物という父子の倫理が崩壊し、神の子としての栄光は消え、その子孫も神を父とする関係から外に出されたのである。

地は呪われ、人の耕す処に雑草が繁茂するようになり、人は厳しい労働によって生きて行かねばならなくなった。「顔に汗してパンを食し、遂に地面に帰る」という、今日まで続く人間の在りようがこうして現れた。

現代の先進国においてすら、この創世記の言葉を否定させることはできない。間断のない競争、わずかな利益の奪い合いは熾烈であり、一生を安寧のうちに過ごせる人がどれほどいることだろう。

パウロは言う「創造物は虚無に服せられたが、これは自らによらず、服させた方によるのであり、一条の希望があってのことである。すなわち、創造物が朽ちゆく隷属を解かれ、神の子らの持つ栄光ある自由に至るのである。」(Rom8:20-21)

アダムの子孫たちが、神を神とすることを選ぶとしたら、これを見過ごさず助けを与えるためには、当事者の甲乙たらざる第三者が必要になる。
つまり、神と人との和解の仲介者であり、そのものはアダムの一度限り失った貴重なもの、無辜の命(魂*)を代わりに差し出さねば倫理上の要求を満たすことができない。(Heb9:16-20[διαθήκη]を遺言と訳す理由はない、神との契約は仲介者の代償の死を必要とする)

アダムの子孫には倫理的欠陥たる「罪」があり、生きる以上は神の目に罪を犯しつつ過ごすのである。これらの罪がどれほど膨大であろうと、アダムの命(魂*)に値するひとつの命(魂*)が捧げられ、仲介者の血が流されるなら、すべてが相殺される。

こうして、神に次ぐロゴス[λογος]たる神の直接創造した唯一の存在者は、神と人への愛から自ら無辜の命の犠牲を捧げるべく、アダムと同じ様になって地上に生まれた。(Col3:15)

それゆえ、処女からの誕生は神秘性を印象付けるためのものでも、ましてや不義の妊娠を覆い隠すためのものでもなく、神の神たる倫理上の極めて重い要請に他ならない。

この第二位のロゴスなる「神の一人子」は、進んで神と人に仕え、神を神とし、人を「神の子」とする(Joh1:12)ために地上に来て、苦難の経て犠牲の死を遂げた。そのため、それ以後アダムの子孫らへの希望は実現が保証されることになったのである。

だが、この神の意志はさらに具体的な手段を擁しており、それを持たずにはアダムの子孫の罪は消されることがない。

その手段というのが、「神の王国」[ἡ βασιλεία τοῦ θεοῦ]である。 


 ⇒ 神の象り」に込められた神の愛




                                                新十四日派       林 義平
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*「生命」に(魂)を付記したのは、初学者の混乱を避けるためで、「命」は正しくは「魂」である。
 ⇒ ネフェシュ 命に優る魂







アダムからの罪(原罪)


創世記の原初史にある二本(群)の樹、『善悪を知る樹と永遠の命の樹』が最初の人間たちの前に置かれた。
とくに「善悪を知る樹」の実に関する禁令をもって、人は初めて倫理の問題に足を踏み出すことになる。

これは、自らの創造者との関係を決定づける一度限りの機会であった。
それらの樹は、エデンの園の中央に植えられたからには、そこに重い意味があったに違いない。
最初の夫婦が、創造者との関係をどうするのか、という問いがその二択にあったと言える。

彼らは、自らを産み出しエデン(「楽しみ」)の園に彼らを置いた神と、信頼の内に結ばれ「忠節な愛」を示すだろうか?
この点を問う役割を負ったのが、園の目立つ場所に植えられた二本の樹であった。

もちろん、創造者は彼らを創ったのであるから、永遠の命を与え、エデンで示した多くの善意を続けてゆく意志があったと見てよいであろう。
しばらくは、アダムとエヴァは神の言葉を守って、これに近づくこともしなかったが、神に人が従うのを見て苛立つ者がいた。

彼はケルブと呼ばれる種類の天使であったが、アダムの以前に自らの天使としての「神の象り」による自己決定により、創造者を否認、つまり神を神として認めず、自らが「神のように」意のままに生きることを選んでいた。(エゼキエル28:16)
その根底にある動機は自らの貪欲と、創造者への愛の欠如であろう。
自分がよければ、他者はどうでもよい、という利己心の登場というべきか。

このケルブは、エデンの東の園で蛇を用いて、人の妻を慫慂する。
女は、蛇を通したケルブの発言を信じてしまい、食物として好ましく見える「善悪を知る樹」の実をもいで食した。しかし、すぐには死ななかった。それは禁令に従う意味を明らかに薄れさせたであろう。

それから、アダムと共にいるときにそれを差し出した。アダムは不意をうたれた形で試練を受ける。
そのとき、彼がどのように考えたのかは創世記に直接は書かれていない。しかし、神に問いただされた場面で「女です!あなたが私といるようにと与えた女が」と釈明していることからすれば、妻と運命を共にしたいという願望があったのであろう。
あるいは、「蛇」はアダムを観察し、彼を神から引き離す誘因があるとすれば、それは何が最も効果的かに気づいていたことは充分な理由がある。誰かを直接説得するよりも、その強い欲を引き出す方がずっと成功し易い。これが誘惑であり籠絡であり、その後の歴史も常に証明してきたことである。

だが、この方法論は結果からすれば然程重要ではない。
ともあれ、アダムは創造されて以来最初の「神の象り」としての自由な選択を神に対して行使したのであるが、それは利己の道であり、創造者ばかりでなく、その子孫に対しても利己的な振る舞いとなってしまった。エヴァに対しても正しく愛を以って振る舞ったとはいえないであろう。聖書には『ひとりの人によって、罪がこの世にはいり、また罪によって死がはいってきたように、すべての人が罪を犯したので、死が全人類にはいり込んだ』と記されている。(ローマ5:12)

以後、人間は諸苦と死から逃れられなくなり、短く虚しい生涯を定められ、創造者との関係も断たれて、生きる意味も知らされていない。

この根本は「倫理」に属する問題であり、相手が自らの原因者たる神であるからには、創造者ばかりか他のすべての(「神の象り」をもつ)者との関係性、つまりすべての倫理の基礎において欠陥を生じた事となる。

彼らは裸であったことに気づくようになる。
自己決定を下したことがもたらしたプライバシーなのかも知れない。
神は彼らの選択に関与せず、善悪の木の実を食することから強制的に排除しなかった。
(これを性行為を経た事に解釈するには、既に「産めよ増えよ」の神命が下されており無理があるように見受けられる)

この欠陥は『罪』(ハッタートorハマルティア)と呼ばれ、以後は人間と神との間を隔てる越え難い障碍となって今日に及んでいる。(イザヤ59:2)

以来、人は神の創造物の価値に達しておらず、その「子供」としての立場を得ていない。(ヨハネ1:12)

作られたものが、作った者の意図に反して存在し続けるなら、製作者の意図はいつまでも成し遂げられないので、神が人に寿命を設け、やがて命が尽きるように「その日に死ぬ」、つまり、そのとき以来寿命を持つよう取り計らったことは理に適うものであろう。(創世記2:17/3:19)

一度、寿命をもつ不完全な生命となったアダムは、永遠の生命を子孫に伝えることはできなくなった。彼らは「善悪の木」から食さないなら「永遠の命の木」から食すことが許されたであろうが、いまやその木から強制的に排除されることになった。神は彼らが「永遠の命の木」にも近づくことのないようにと、燃えながら回転するという剣と天使らを配置したのであった。ここに最初の「権力」が登場している。(創世記3:24)

さて、人間の子孫に対して倫理的欠陥も遺伝し、人は社会を構成するのに自発的善意(愛)を期待できなくなって、逆に暴力という強制力を必要とするようになった。その強制力は権力であり、内向きの警察力と外向きの軍事力と呼ばれている。人間は互いの間にこれらの暴力を介在させなければ秩序を保つことも難しい、そこでは何が善で何が悪かを仮にでも決めておかなければ、生存さえ脅かされることになってしまう。

その原因は「貪欲」である。
それを規制するために善悪を定めた法が施行され、通貨が流通する。それらは、人の充足できる欲望の範囲を規定し、貪欲と貪欲の衝突を調停するものである。

しかし、市場経済は公平ではない、古代より今日に至るまで「顔に汗してパンを食し、遂に地面に帰る」の言葉は人類にとって真実であり続けた。それでも、大半の人々の困窮は、物資の不足が招いたものというよりも、人間が共通に抱く「自分さえよければ」という貪欲が招いた、財物の偏在に原因しているのである。

他方、この倫理上の欠陥は、神との間に断絶をもたらした以上、人間は神を探求するための「宗教」を必要とすることになった。

人間は自らの感性や悟性を用いて創造神を知ることができない。
創造された物を観察して物事を探求する「科学」、この人間の最大の叡智をもってしても、事象の彼方にいる神を指し示すことはない。この現実の理由について、聖書はやはり『罪』が神と人の間を隔てていると教える。 (イザヤ59:2)
そうなれば、人間は神を探るために神の側からの知らせ「天啓」を待つよりほかない。

アダムの踏み外しは、こうして子孫に政治と宗教を必要とさせたが、その原因たるものは、倫理上の欠陥、すなわちこの『罪』である。

そこで、政治と宗教に争うなと命じることには無理がある。
倫理的欠陥ゆえに両者ともに正義を持ち得ないから、互いに不確実な「人間の義」を競うばかりである。

むしろ、政治と宗教が存在するという現実こそが、人間に『罪』があることを証しているのである。
なぜなら、政治と宗教というこのふたつは、人間の『罪』への応急処置であり、「必要悪」だからである。

もし、真実に正義をもつ宗教なり政治なりがあるなら、疑いようのない上からの啓示を持つだろうが、現在までのところまったく見かけない。
誰もが得心できる普遍的な政治上、また宗教上の「正義」などは、元来『罪』ある人間に所有できるようなものでは決して無いからである。

そこで、政治と宗教は正解と思えるものを陳列するばかりで、多極化する定めを最初から負っている。
我々は、その中から、自分にとって比較的良いと主観的に思えるものを選び取るに過ぎないのだ。

そして、神の側から真実が知らされない限り、人はこれを続ける以外にないし、『罪』がある以上、人は正義も真実も知り得ず、虚しい生涯を終えるのみである。

では、神は『罪』ある人類を放置するだろうか。⇒ 「二人目のアダム」 



                                      新十四日派          林 義平

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 「キリスト教の究極の目的
 「人はなぜ傷付きながらも政治と宗教を存続させるのか









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