聖書の神は、モーセの律法に中に「安息日」(シャバット[שבת])の規定を設けた。
それは、イスラエルは七日に一度、その最後の七日目には「労働」してはならない。その日を神聖なものとして取り分けよというものである。

その直接の理由は、神が創造を六日間で行い、最後の一日を休んだことにちなむという。
だが、そこには以下に見るように、単なる「ちなみ」を超える事柄が込められている。

さて、律法での「労働」とは、生計の糧を得るための、また日々の営みのための働きである。
この規定が公布されてすぐに、ある者は安息日に薪を集めていたところを見つけられ、捕らえられた。
聖なる日には生きるための活動は相応しからざるものと見なされる。つまり聖なる日には生計のための働きは俗なものとされ、それには生臭さのようなニュアンスがあるのだろう。「十戒」は『安息日を神聖なものとせよ』と命じている。

この掟が発布されて直後に、その薪を集めていた者は裁かれ、死刑に処されている。
この見せしめもあってか、とにかく律法を守って自分を神に受け入れられる者になろうとする後代のパリサイ派に属する敬虔主義者は、この「安息日」の条項を守って犯さぬようにと多くの付則を付け加えていった。
これは敬虔主義のパリサイ派らしく、更に厳格に強調された規則を守らせることで、律法そのものの逸脱は避けられるとの意図である。そこで強調されるのは教条墨守の「従順」という縛りの精神である。だが縛られることが「安息」と言えるのだろうか。

外面的条項墨守には律法そのものが本来示している精神を覆い隠してゆくという危険が潜んでいたが、彼らはそれが良いつもりで、より厳しい道をあらぬ極端に向かって邁進してゆくのであった。
その中には、怪我をしたところに包帯を巻くことも労働であると見なして禁止もしている。当然イエスの安息日の癒しは言語道断である。

一方でイエスは、安息日に多くの癒しの奇蹟を行ったが、それは敢えて行っているようにも見える。もちろんパリサイ派は、癒しも労働であるから、安息日以外の日にそれを行うべきだと主張する。そこには、イエスが安息日の論争を惹き起こしておいて、何かを伝えようとしてるようにさえ見えるのである。

パリサイらは、眼前のイエスの奇蹟の業に「神の力」を見出して怖れ畏こむことはなかったようだ。むしろ、イエスについては『安息日を守らないから、彼は神からの人ではない』と結論し、やがてメシアを退け刑死に追い込む理由のひとつとしてゆく。そこに価値観の倒錯が見えなかったのだろうか?

自分たちが神から「義」と見なされるためにはどんなことでもする覚悟であるパリサイらは、安息日を守るという名目で多くの規則で人を縛り厳格な履行を要求することが、人にとって労働そのもののようになっていたことには気付かなかったのだろうか?

そこには「~ではないから」という、独り善がりのつまらぬ基準で、他を短絡的に裁いてしまう宗教一般の怖ろしさが口を空けている。

イエスは『安息日は人のために設けられたのであり、人が安息日のためにあるのではない』という。これはパリサイらに向けた鋭い指摘の言葉でなないか。
律法条項ではあるが、そこにあるのは神の人に対する憐れみと恵みの精紳を宿した「制度」というべきものであり、「契約条項の履行」の方向からばかり見れば、神の意志を知ることにはならない。いや、無視することになる。

そこで七日に一日の安息は、人々がアダム以来の生業のために、単に「顔に汗して終に地面に帰る」という虚しい現実とは異なる真の安息を人に覚えさせ、それを希求させる働きがあったことであろう。

神は創造を悠久の六日で成し遂げ、次いで七日目は創造の業を満足して眺め、休まれたと創世記は述べるが、アダム以来の人間の歴史といえば、パウロの言うように、現在まで依然続いているこの「神の第七日」の中に於ける、「神の安息」に相応しくもない苦役の連続であった。

つまり、神の安息の中に人類史はすっぽりと収まっていながら、まるで安息とは関わりのない労苦と悲哀がつきものの、生きるに辛い使役の日常が続いてきたのである。

さて、安息日というものが、将来キリストが人類を治めるという「千年王国」の予型なら、パリサイ人のそれは規則尽くめの従順の強要が続くという、「長い」千年にならないものだろうか?
この点、イエスの示す安息日がそのようではなく、癒しと解放の伴うものであることを喜ぶことができよう。
幸いにも「千年王国」を治めるのはパリサイ派などではなく、『安息日の主』イエスである。そこには縛りではなく解放があるという。

安息日を巡りパリサイ派とイエス・キリストとの間に激しい議論がなされたのだが、イエスの言動は、パリサイ派の詳細な規則による不労働の徹底ということが神意ではなかったことを知らせるものとなっていた。イエスは安息日に重い病人を癒すという『罪を赦す』仕事を行いつつ、同じように祭司らは、安息日こそ犠牲を捧げて忙しく働くよう規定されてもいたことを指摘している。

一方、パリサイ派を継承する今日のユダヤ教イスラエルも旧態依然として規則重視であるから、安息日に公共交通は止まり、新たに火を起こすことも禁じられるので、主婦らは前の日から火を絶やさぬよう細心の注意を払い、電気製品等のスイッチも押さぬようにようにと自動化しているなどは旅行者の驚嘆を誘う。

まったく大した努力というほかない。つまり、「不労働の徹底」という「労働」のようである。まさしく今日のユダヤ教はヒレル・パリサイ派であり、あのキリストと論争した頑固さを受け継ぐ末裔であることは、この安息日を以って議論の余地なく示されている。


しかし、イエスの示したように安息日に人が支配されるところに意義がなく、不労働が徹底されるところに神の本意も無かったのなら、果たしてどのような意義が安息日に在ったのだろうか?

今日のキリスト教の宗派の中にも、モーセの律法のままに土曜安息を敢えて守り続けようとしては、そのための必要に迫られて自分たちの信徒のために会社や学校を設立するところまである。これもまた不労働の徹底である。

コンスタンティヌスのニケアー会議によって、ローマ帝国は「ユダヤ人と安息日を同じくせず」という嫌ユダヤの理念から、ローマ暦での「太陽の日」(ディエス・ソリス)をキリストの「復活」の日として安息すべき事を帝国の法を以って定め、その影響は「日曜を休む」習慣となって今日の世界に及んでいる次第である。

ユダヤ教徒なら、安息日にトーラーの朗読を聴く習慣があり、イエスもこれに参加していたので、これは神の嘉するところであったに違いない。後には、一部がユダヤ人であった初期キリスト教徒らが集まって聖霊の賜物を見聞きするのにも、安息日は都合が良かったであろう。

しかし、「聖霊の賜物」が除かれる時代に入ると、安息日に集まって行うプログラムを作り出す必要が生じ、西欧で日曜礼拝の儀式を編み出したひとりに教父アンブロジウスが挙げられる。
彼は、「主の晩餐」のパンに着目し、日曜に行うべき典礼に仕上げた。所謂「聖体拝領」を中心に据えたミサである。そのために、毎日曜に聖餐*の「パン裂き」(クラスマ)が行われたとのこじ付けの儀式が、以後わざわざ施されもしたのだが、そのような儀礼を履行すべき安息日などはもちろん使徒らも命じてはいない。*(ディダーケーの描く主の晩餐)
むしろ、パウロは律法が廃棄されたと述べつつこうも言うのである。
『あなたがたは食物や飲物のこと、また、祭りや新月や安息日のことで誰からも裁かれてはならない。』(コロサイ2:16)

日曜の教会の集まりを「主日礼拝」という背景には、『信仰は聴くことから生じる』と書かれたように、聴いて学ぶ元来のキリスト教徒の素朴な集会も、ローマ国教化後にはユダヤ教の神殿崇拝に戻ったような厳かな秘儀となり、集会所は天を思わせるかのように天井高く、規模の大きいバシリカとなっていったことがある。これは、キリスト教を権威付けるために、ユダヤの祭司制の儀式崇拝に向かわせる求めに答えたものでもあったろう。

教訓は内面的であるが儀式はそうではない。そこでは、原始キリスト教に在った内面性が儀式に置き換えられた。つまり、内実を去って外見に向かったのである。やがて、ローマ帝国が規定した「キリスト教」では、週に一日を休んで儀式に参列することを定めるに至り、そこでは安息日も、意義よりは不労働という外面を整えるユダヤ的性格が求められてゆく。

今日、小さな教会でさえ集まりをわざわざ「礼拝」と呼ぶところにその「祭儀の宗教への回帰」の影響が残っていないとは言えまい。

従って「主日礼拝」や東方の「聖日奉献礼」などという儀礼を含む言葉は、原始キリスト教を離れ、帝国の主導したグレコ=ローマン型キリスト教をよくよく感じさせるものであると同時に、それはローマの法で定められた崇拝規定の名残であり、西暦第二世紀にはキリスト教という専ら「聴いて学ぶ宗教」であったものが、第四世紀の終わりころにはすっかり神殿崇拝的な「祭儀の宗教」という見る宗教へと退行した痕跡がそこに残されている。


さて、日本のような非キリスト教国では、日曜日は定休日以上のものではなく、休日は家族サーヴィスや週日での仕事の効率を上げるための休暇、という程度にしか捉えられないが、宗教的に保守的な米国の中西部では日曜日を「律法」的に見なして「安息日であるから」仕事することは不敬虔ともされる風潮があるという。

確かに、モーセの律法は第七日の安息を取り決めていたのだが、では今日のキリスト教における安息日の神意はただ「不労働」を守り教会に行って少しは宗教を実践しろ、ということなのだろうか。

使徒パウロが『キリストは律法の終わり』と宣告した以上、今日求められるのは教条表面を守るための不労働ではなく、安息日の意義の方であるに違いない。もし、誰かが律法の一部でも守るというなら、ヤコブやパウロの言うように『律法のすべてを守る義務が生じる』し、割礼も必要になるだろう。(ヤコブ2:10/ガラテア5:3)

しかし、キリスト教徒が盗まず、殺さず、親を敬うのも、十戒をはじめとする律法への従順の求めによるのではなく、つまり自由から出る「愛の掟」によるのでなければ意味が無い。(ローマ13:8-10)⇒ キリスト教の真髄 「愛の掟」 

そして、まさにヘブル人の手紙が安息日の意味するところを示唆しているのである。
では、当時には依然として律法を守ろうとしていたユダヤ人キリスト教徒に送られたこの手紙の内容から、安息日に関わる神の真意を以下に探ってみよう。



-◆神の安息---- 
 
ヘブル書第三章では、荒野のイスラエルの故事が回想される。
それは、セイルの山地を巡り巡って、エジプトを出て以来四十年もの長きに亘って不信仰を顕わにし、約束の地に入植することは不可能であると断じて、不信仰を表したイスラエルのひと世代が過ぎ去るのを待った四十年のことである。

紅海の奇蹟を見ては神を賛美した彼らであったにも関わらず、遂に信仰を抱けず、約束の地に入らなかったことで、「神の休み」には入らなかったとパウロはいう。
エジプトの奴隷状態からは脱することができたにも関わらず、彼らは荒野で放浪を続け、遂に寿命が尽きたが、その生涯は「安息」に入らないことにおいて奴隷状態が継続しているかのようであったろう。

ヘブル書の筆者パウロ*の文章の画期的なところのひとつは、この故事が安息日にも、神の創造の第七日にも関係していることを指し示していることである。
荒野を彷徨したイスラエルについて、ずっと後代のダヴィデ王が霊感の下に歌を詠み、その詩篇第95編で荒野の故事の摘要をしていると述べるのである。(ヘブル4:7/詩篇95)

また、『もし、この話が古代に終わったのなら、この詩篇を詠んだダヴィデが改めて「今日」と述べる必要はなく、それは後の日の者ら、つまり我々がこの教訓の益に与るためであったに違いない』とパウロ以降の世代に注意を喚起する。

ではパウロの時代にあって神の休みを得損なうとは、何を指していたのだろうか。
それは『この方の声を聞いたなら、心を頑なにしてはならない』との重要な教訓に関わることであり、古代はシナイ山で恐るべき神の声を直に聞いていながら、遂に約束の地に入らなかったその不信仰の歩みを指している。

またパウロの世代にはユダヤ人はメシア・イエスの声を聞いていながら拒絶し、そうして二度目にイスラエルに備えられた「約束の地」である「神の王国」にも入ることなく、ユダヤ体制派は聖霊も下賜されず、やはり休みには到達しなかったのである。

彼ら、キリストを拒絶した『世代』のユダヤ人には、却って『聖霊』ならぬローマ軍による『火のバプテスマ』が待ち構えており、亡国が到来し、流浪の民となったのではなかったか。 そして、将来のキリストの再臨に於いて人類は三度目の「声」を聞くだろう。

安息日の不労働を守っていながらもネゲヴの荒野を彷徨した世代として倒れた人々が『神の休み』に入らなかったように、イエスを信仰せず、却って拒絶したその『世代』のユダヤ人も、律法の墨守の封印から解かれず、自らの行動によって自分の義を獲得しようとする道から遂に解放されなかったという結末は、現在のユダヤ人にもそのままにはっきりと受け継がれている様が21世紀の我々も目の当たりにするところである。二千年を経ても、ユダヤ教徒には依然として彼らの納得できるようなメシアは現れない。

古代も現代も、ユダヤ教徒が如何に安息日の条文を守ることで「従順なつもり」でどれほど腐心しようとも、イエスの教えたような、本来の目的とする「神の安息」には一向入っていないのである。

しかし、ヘブル書の書かれた当時でも『神の休み』は依然、『残されており』、それに入ることは可能であるという。
ここでパウロは、それまで誰も指摘しなかったことを大胆に取り上げる。
神が誓って荒野の世代を休みに入らせないという一方で『神の(創造の)御業は、世の基が置かれて以来、終わっていたのである』。というのである。

つまり、神の創造の第七日は依然続いており、ずっと神の休んでいる第七日の中に人類は常に居たということである。
『もし、ヨシュアが彼らを安息の地に導き入れたのであったなら、神は後の日について(詩篇で安息を)言及しなかったはずである。したがって、神の民のための安息がまだ残されている。神の安息に入った人は、神が休んだように、自分の業を休むのである』。(ヘブル4:8-10)

では、神の第七日という悠久の一日の安息に入るとは何を意味するのだろうか?



-◆アダムの業------

まず、その「安息」というのは、イスラエルが信仰を抱いて約束の地を踏んだように、また、イエスをメシアと認め律法の業の義から解かれたように休むことを指すのであろう。
そこに、律法の条項が示唆していた「不労働の教訓」をも加えることができる。
つまり、「アダムの業」*からの解放であろう。

『汝は、顔に汗してパンを食し、遂に地面に帰る』という、エデンで宣告を受け、以後人類の負うところとなった隷属の業は、もちろん神の第七日にあって相応しくない。

人々は食べてゆくために職を必要とし、生きるために、また幸福を得ようと働く。
そこでは利己心が蔓延し、自分たちがより良い生活をすることを望むので、奪い合いがどうしても起こる。そこに生活物資が充分に在ってさえ、貪欲に起因する不公正さが人々にそれを行き渡らせない。

『あなたがたは欲するが、それでも持てない。殺人と貪りを続けるが、それでも得ることができない。あなたらは戦い続け、争い続ける。あなたがたが持てないのは求めないからである。確かに求めはする。それでも受けない。それは肉欲の快楽に対する欲望のためにしようとして、正しくない目的のために求めているからである。 』と、義人ヤコヴは、人類の貪欲が、アダムの業をより困難にしていることを驚くほど端的な言葉を以って明かしている。(ヤコブ4:2-3)

金銭とは、我々人間相互の欲望の調整を行うものではあるが、これを巡った駆け引きは奪い合いであり、勝ち負けを伴うギャンブル性も拭えない。それは買い物という日常に於いてすら価格の攻防において起こっている。
しかも、そのように競わなければ、「適性価格」は付かず、受給のバランスが崩れるだけでなく、誰かの貪欲が一人勝ちしてしまうので我々は常に価格交渉によって互いの貪欲を牽制しつつ生きなければならないのである。何と鬱陶しい「労役」であろうか!

さて、社会一般では、仕事がうまくゆくことを何よりとする風潮がある。
自分が明日の糧に困らないのも自分の働きが良いからであり、仕事で忙しいのは良いことであるとも思われることが多いのではないか。
だが、聖書には『人はパンだけによって生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる』とあり、イエスは激しい空腹であってもパンを避けたことがあった。(マタイ4:4)

また、荒野のイスラエルの民を養うために、神は毎朝マナを降らせていだのだが、七日に一度はそうしない日があった。即ち「安息日」である。
それでもマナの降らない一日分は、必ずその前の日に倍の分量のマナが降ることによって補われたのであった。
マナの奇跡は、安息日の一日の間、生業の手を止めるようにと神が命じるだけでなく、食物を得て生計を支えることが人間の業からではなく、神から来るものであったことを証拠立てるものともなったに違いない。

即ち、あくせくと生業に携わり、一日も休むことなく利益や財を追求し続けると人はどうなるだろうか?
実に虚しい、利益や財の奴隷と化して行くのではないか?
まさしく、『この世』は生計を立てる必要を通して、搾り取れるところから搾り取り、人々を何とか奴隷化しようと躍起になっているといってよいほどである。

そこでイエスは『満ち溢れるほどに豊かであっても、人の命はそこからは生じない』それゆえ『あらゆる貪欲に警戒しているように』と語る。(ルカ12:13-)
パウロは金銭について警告を発する。『金銭に対する愛は、あらゆる害を為す根源である。』(テモテ第一)確かに、人は金銭を前にして、その「内奥の人」を顕わにし、そこでは不正、不義理、偽り、欺きを敢えて働こうとする。

我々は金銭が生活を支えるものであるにしても、ときに「生臭さ」などの引け目を感じるのは、金銭に我々の貪欲という「罪」が刻印されているからであろう。
この世の掟は「他人のためには働かず」であり、世界を支配するのは貪欲であり、天災以外の苦しみの淵源はまずそこにある。(いや、最近の異常気象の原因までが人にあるのかも知れない)

苦しい生計の業、エデンから放逐された後のアダムの業とは、神の目に適ったものではないし、まさしく「この世の相貌」であり、利己心に発する『俗なるもの』である。
対して、キリストが主となる安息は「千年王国」であり、そこは「敵を愛し、友のために死ぬ」ほどの愛の支配する世界であり、そこには神の創造のままの人のあり方、『聖なるもの』が見える。

キリストが何度もユダヤ教指導者らと安息日について衝突したのは、安息日の捉え方がまるで異なっていたからである。
彼らは、律法を守るという観点から、不労働の徹底を行うことが「安息日」の意義であった。神の言われた通りに言葉の表面を行う従順が、彼らに義をもたらすと信じ込んだのだ。

だが、モーセは『あなたはかつてエジプトの地で奴隷であったが、あなたの神、主が強い手と、伸ばした腕とをもって、そこからあなたを導き出されたことを覚えなければならない。それゆえ、あなたの神、YHWHは安息日を守ることを命じられるのである。』と書いている。(申命5:15)
即ち、安息日の意義は隷属からの「解放」にあり、元来は義務として縛り付けることではなかったのである。

そしてイエスは『安息日は人のためにあるのであって、人が安息日のためにあるのではない』と言われる。(マルコ2:27)
イエスが様々な奇跡の癒しを安息日に行うことは、病いという民の労役からの解放であった。(ルカ14:5)

七日に一度、「アダムの業」を離れて人が創造された本来の姿に思いを馳せ、様々な隷属から解かれて神の事柄に注意を集中することは、実に人間らしさを回復させ、神からの解放を比喩的に味わうための良い機会であったことであろう。

こうした神の安息に入ることもなく、日々をただあくせくと生業に没頭し、利潤を追い求めるだけなら、その人はアダムの業の外、隷属から解かれた本来の人間の栄光を知らずに、また求めずに居ることになろう。それは、欲からの争いと不正への誘惑の蔓延る世界で奴隷となることに他ならない。即ち「この世の奴隷」なのであり、古代エジプトと同じ境遇に居るのである。

そこで『あなたがたは、この世に形作られてはならない。』との訓戒に従うために、律法の中で安息日はエデンにあった人間の尊厳を回復する具体的な手立てであったろう。(ローマ12:2)
これを証しするのは、十戒の中で早くも第四の戒めとして安息日が定められ、しかもそれが『神聖なものとされなければならない』のである。即ち、安息日が俗なものに堕してはならず、人を奴隷のようにする「この世の生き様」から離れるよう求められていたことが挙げられる。

これは更に、律法不順守により流刑となった民に対して『安息日を汚した』と糾弾するエゼキエルの預言にも含まれており、『わたしの安息日を神聖なものとせよ。それはわたしとあなたがたとの間の印としなくてはならない』と告げられている。(エゼキエル20:20)
即ち、何にせよ律法を守らなかった民らの問題が安息日に集約され、神聖さを汚したことにあったことが示されているのである。『聖なるもの』を汚したという一事に、イスラエル全体の罪、律法不履行が集約されたということになろう。『神の民』でありながら律法の表層を守らないばかりか、彼らの生き様に聖性が欠けていたのである。

しかし、安息の定めが十戒に含まれたとはいえ、やはり『キリストは律法の終り』に違いなく、安息日を、単に七日に一度の不労働日としてキリスト教に継承されていると見做すなら、そこに律法を超え、それが示していた意義を悟るに至るものだろうか。



-◆信仰により神の安息に入る------

では、律法の下に無い今日の我々が、週に一度の不労働を従順に守るなら「神の安息」に入るのだろうか?
もし、そうなら、先のヘブル書でパウロは安息日を守れと勧めたであろう。

しかし、ローマ人への手紙では『ある人は、その日が他の日よりも大切であると考えるが、別の人はどの日も同じであると考える。それぞれ各自が自分の内で得心していれば宜しい』という。(ローマ14:5)
これは、ユダヤ人がキリスト教徒になっても律法の習慣が残っている場合、安息日をより重視するという宗教的良心の働きを強制して止めさせることはしなかったということであろう。(ローマのエクレシアにはユダヤ人が多かったようにローマ書から窺える)

それで、パウロはキリスト教徒に安息日の順守も不順守も求めてはいないことが分かる。
むしろ、ヘブル書にあったように、キリスト教徒には律法の安息日条項が求めた目的であるところの、より重要な意義の方に注意を向け、世の初めから続く「神の休み」に入ることを願うべきであることを指摘する。

それは、「アダムの業」から距離を置き、節度をもって歩むことであろうが、これについては更にひとつのことが関係している。

それを端的に示したのが律法中の「安息年」(ハ シュミタ)*の取り決めであった。
それは週毎の安息日を守るより遥かに難しかったので、イスラエルでもすぐに行われなくなってしまい、やがて語られることも無くなっていった制度であった。(出埃23:11/レヴィ25)

イスラエルは六年の間、農地を耕作するが、七年目は種を撒かず、収穫もしてはならないというのである。その代わりに神は六年目には必ず二倍の収穫をもたらすという。それは荒野のマナが安息日前に二倍降ったことを思い起こさせたであろう。

しかし、たとえ人は一日の食事を我慢することを求められてもそれはできるが、万一、六年目の豊作がない場合に一年絶食はもちろん不可能である。
従って、安息年の取決めは真に信仰が求められたと言える。それは生死に関わるのである。

それに加えて、「小人閑居して不善を為す」と云うが、「一年間仕事をしない」ということが何を意味するだろうか?
それは、人が一切農地の手入れもしないのであるから、農地の順の休耕という問題でもない。
その一年間は、前年の神の祝福に頼って生きるのであり、しかも翌年になるまで種も撒けないのであるから、自生植物やこぼれ種からの手に持てる僅かな分量を除いて、次の主食の収穫を得るまでの期間は一年では済まないのである。
これにヨベルが連なり「大安息年」ともなると、三年越しに本格的な収穫が無い。この期間を有為に過ごすとすれば、相当に宗教的内容が人に求められたであろう。

これはイスラエルの信仰を大いに試すことになったし、まして、他の律法条項で神に従順ともいえない行動をとっていたのなら、六年目の豊作を期待することはまず無理である。 それで、イスラエルの信仰の不足から、この取り決めは風化したのであった。

そのため、この「安息年」が教えるものは、神の安息に入るには強い信仰が求められるということに他ならない。それは神が安息を支えてくれるという確信を伴い、すべてのものの供給者が金銭や物品の蓄えや収入ではなく、生けるものを支える方、全能者であることを認めて頼る覚悟が要るのである。それだけの信仰の持ち主がどれほど居るだろうか。

イエスは『渡りカラスは種撒きも刈り取りもしないし、蔵も持たないが、神はこれを養う』と言い。
また「労しも紡ぎもしない野のゆりは、栄華をきわめたソロモンもこれほどまでに装わなかった」とも言う。
それゆえ、『自分は何を食し、何を飲むのか、と気をもむのはやめよ、それは(神を信じない)諸国民がしきりに追求するものだが、あなたがたの父はあなたがたの必要を知っておられる』と言ってまで、「業」ではなく「信仰」の重要さを教えたのである。

ここに、創造の神を信仰する者の証しがある。
『山々の金も銀もわたしのもの』と言われる神を崇拝するとは、ご利益を餌にする崇拝とは百八十度異なり、そうした利益や生計の糧への固執から解かれて、荒野で『マナ』を供給し続けた神に対し、疑いに負けぬほどの信仰が要求されるのだが、そのような信仰によって、「神の安息」に加わることはイスラエルに限らず、誰にでも開かれているのである。

それがもたらすものは、欲得を「神」としない清さであり、財に隷従しない潔さであり、他者を思いやる心のゆとりであろう。その余裕は蓄えや見込みからのものではなく、今日たとえ困窮するとも明日を煩わぬ創造の神への信頼からくるものである。

こうして、イエスが敢えて安息日に癒しを行った今日的意味が見えてくる。
やはり、イエスは安息日に込められた「世の苦役からの解放」を教えていたのであり、アダムをエデンに置いた創造の神は人間を奴隷には創っていないのであり、人の必要を配慮なさる神なのである。

それであるから、不労働を徹底して表面的にモーセの履行を第一にし、そこから何も学ぼうとしないパリサイ派とイエスとは、根底の価値観が異なっており、そこで衝突が起こっていたということである。そして今日までパリサイ派ユダヤはそれを学んでいるとは言い難い。

端的に言って、イエス自身は生涯の間中律法の下に在ったのだが、その犠牲の死を以ってイスラエルは「人の罪」を指摘する律法から解放されるはずであったが、その『廃れる』はずの律法には安息日の不労働を命じる条項も当然に含まれていたのである。

したがって、いまさら律法中の週一日の不労働を履行しようと腐心することは、キリスト教からの逸脱というほかない。教会の指導者には人集めが出来て都合がよいのかも知れないが、それだけで済ますならキリストが伝えようとした安息日の精神を学ばず、土曜であろうと日曜であろうと、ただ休日を守るというのなら、ユダヤ教の安息日の習慣を保ったまま足踏みをしているのではないのだろうか。

イエスの教えた「安息日」は、むしろ「従順」から「信仰」へと、奴隷から自由人へと、律法への服従から自発的愛へと解き放たれるところにこそ意義が在ったというべきであろう。「安息日の精神」とは『神の子』としての「自由人の気高さ」ではないだろうか。
そうであれば『安息日』には測りがたいほどに重い価値がある。

律法契約というものは、一つの民族に対する強制を求めたものである、ヤコブの男系子孫イスラエルであれば、生まれながらにその契約の履行が求められた。
だが、メシアの現れは生まれながらの契約から解き放ち、信仰による『新しい契約』へと是認される民を導き出した。
そのために、パウロは律法契約を奴隷に例えている。(ガラテア4:21-31)
また『律法は、来るべき事柄の影であり、実体は備えていない』のであれば、やはり安息日の規定も実体でないと言えることになる。(ヘブライ10:1)

それは、民全体に否応なく課された不労働の要求ではあったが、その行いを通して知らされるべき実体があったというべきであり、まさにキリスト教がそれを示すべき役割を負っているとすれば、どうして今更、律法に従って一日の不労働を守ることに意味があるだろうか。
むしろ、そうすることによって、自分は安息日の意味を知らないと言っているに等しくはないだろうか。


-◆人間の義の業からの安息-------

キリストは山上の垂訓で、物欲を去ったあとに求めるべきものとして『「神の義」と「王国」を第一に求める』ようにと聴く者らに命じている。

実に、パリサイ人は律法を履行して従順によって「義」を得ようと腐心したのであったが、その結果は却って律法の業に縛られてしまい、キリストへの信仰による「神の義」を得損なったのである。その律法墨守の拘束は安息日にまで及び、もはや『安息』の体をさえ成してはいなかった。

それは律法への従順な行状によって「人間の義」を立てようとするところの、初めから達成不可能な労役の繰り返しであり、却って律法を通して罪の内から出られない隷属に自らを置くことになってしまったのである。
そこでは「安息日」の条項さえもが内実を失っていなかったろうか。ならば「安息日の主」との論争は避けられるはずもない。

人を「罪」から救うのは「従順」ではなく「信仰」であるとのキリスト教の高度な認識への進歩から、ユダヤ教徒は今日まで取り残されたのである。いや、彼らには「アダムの罪」の認識さえ不十分なのである。

だがこれは、キリスト教においても罠となっている。
つまり、自分たちの宗派が正しく、他が間違い、さらにはサタンのものであると裁いてしまうと、そこで既に神を押しのけて「人の義」を立てているのであり、それは達成不可能な労役の繰り返しとなるであろう。 元々人間には無い「義」を、恰も自分たちに有るかのように見せかける必要が生じるからである。⇒ ヨブ記の結論

即ち「真理」とは、倫理的欠陥である「罪」を宿す人間の所有できるところではなく、常に神からのものである。(エレミヤ33:6) それゆえ、自分たちだけが正しいとするなら、自分たちが真理を保持していると単に妄想しているのである。いったい誰が聖書のすべてを解き明かして説明できるだろうか。

彼らは、自分たちの「義なる」状態を常に「証明」しなければならなくなってしまい、それは彼らに間断なく、達成できない努力を背負い込ませる。教理の間違いの釈明に追われ、人の労力をかき集めて宣教の成果を誇れるものにしなければならない。それは人の業に違いなく、隷属であり安息とは言い難い。 「宗派の義」など「神の安息」からすればゴミのようなものでしかない。 ⇒ 似て非なるサマリア

また、外部の人々との軋轢や他宗派との相克のストレスをもたらし、それは彼らを業への競争へと駆り立てるであろうし、そこには敵意や嫉みや対抗心などという世の有様と変わるところのない劣った性質への助長がある。

「神の義」を求めることを、そのような「人間の義」の追求に置き換えてしまってよいはずもない。
「神の僕は争わず」の言葉はこの観点からしても真実である。(テモテ第二2:24)
パウロが指摘するように、自分たちの義を立てたパリサイ派がキリストを通した安息に入らなかったのであれば、キリスト教徒がキリストを信じてなお自分の義を立てるとは、いったいどういうことになろう。

パウロはヘブル書四章で詩篇95篇を引用し、『今日、この方の声を聞いたなら、あなたがたは心を頑なにしてはならない』との忠告を繰り返した。
聖霊を通して「神の義」が言葉となって聞かれるときには、これは更に重い忠告となるに違いない。それを違えれば、「主の安息」の対型的目的、つまり「千年王国」に入ることは無いからである。

これついて、イザヤは現代の我々にも注意を喚起している。
『YHWHはこう宣う「あなたがたは公正を守り、義にかなったことを行なえ。我が救いは今にも到来し、我が義は表わし示されるからである。・・・安息日を守ってこれを汚さぬようにし、自分の手を守ってどんな悪をも行なぬようにする人の子は幸いである。』と前置きし

『「YHWHに仕え、YHWHの名を愛してその僕になろうとする(すべての)異国の者たち、安息日を守ってこれを汚さないようにし、わたしの契約をとらえているすべての者をわたしの聖なる山に連れて来て、わたしの祈りの家の中で歓ばせる。・・・わたしの家はすべての民のための祈りの家とも呼ばれるからである」。』と書いている。(イザヤ56:1-7)

これは明らかに「神の義」を受け入れることと「安息日」とを結びつけている。ここでの「安息」を守ることの意味は、当然に週に一日の不労働を超えるものとなっているであろう。

一方で、「人間の義」についてはこう記されている。
『あなたの義とあなたの業については、それらがあなたを益し得ないことを告げ知らせるであろう。あなたが助けを求めて叫ぶとき、あなたの集めた物があなたを救い出すことはない。むしろ風がそれらすべてを運び去るであろう。呼気がそれらを除き去る。』(イザヤ57:12-13)

こうして「人間の義」から逃れるべきは、聖霊の声が聞こえてからというよりは、むしろ、「神の義」を求めて「人間の義」を去った状態にある者らの居るところに、この安息が生じているのであり、この事柄はアダムの業の不確かさと並列されているのである。
またそこに祝福の到来することをエレミヤは次のように書いている。

『YHWHはこう宣う、「安息日にこの都市の門を通って荷を運び入れず、どんな仕事もしないことによって安息日を神聖なものとするなら、王たちが君たちと共に必ずこの都市の門を通って入って来て、ダビデの王座に座し、兵車と馬に乗ることであろう。彼らとその君たち、ユダの者たちとエルサレムの住民がである。そしてこの都市は定めのない時に至るまで必ず人の住むところとなる。』(エレミヤ17:24-25)

これは「回復の預言」であるが、バビロン捕囚後にはこの21世紀に至るまでダヴィデ朝の王が存在しなかったことからして、これは明らかに更なる将来に成就を待っている。即ち、『安息日を神聖なものとする』のは「回復されるキリスト教」に起こることではないか。

それをエレミヤは、安息日を聖なるものとして取り分け、その意義を守るなら、そこに王や君たちが入って来て、そこは繁栄した象徴的「エルサレム」と成るというのである。

これらの「安息日」は、キリスト教徒の達するべき象徴的「安息日」を述べている。
つまり、キリストと共に神殿を構成する聖徒たちが現れ、主要な王イエスとその君たちとなって、その場「エルサレム」が表す安息を守る信徒たちのエクレシアは人で賑わうというのである。そこには聖霊が注がれ、「神の義」が宿ることであろう。

確かに、「人間の義」の固執しているところに聖霊は降りそうにない。キリストの世代のユダヤ体制派がまさにそうであった。

つまり、今からでも人は自らを正しいと主張することを止め、象徴的にこの「安息日」に入ることができるのであり、そうして「神の義」を迎え入れる姿勢を見せるなら、そこには聖霊という望外の祝福が宿ることになると記されている。その人々とは、「正しい宗教」に慢心するのではなく、常に『求め続け、敲き続ける』人々である。(ルカ11:9.13)

しかも、安息に入ることはどちらでも良いことではなく、祝福への神の条件であることをイザヤは更に語る。
『安息日のゆえに、我が聖日に己の楽しみを為さず、足を引き戻して(遠く)出歩かず、安息日を喜び、YHWHの聖さ、栄光を与えられる日と呼び、自分の道やその好むことを行なわず、虚しい(取引の)言葉を話したりするよりも、これに実際に栄光を与えるなら・・ヤコヴの相続地から糧を得る』(イザヤ58:13-14)

それゆえ単なる不労働の次元から上昇し、キリスト教徒の方法で安息日を守るべきであろう。
つまり、世俗の欲の汚れに塗れた生計の業を自分本来のものと見なさず、創造者の供給力に信頼を置き、自分の義を放棄し、宗派や政治の虚しい正義に固執しないことを意味するのが安息日であり、それは個人の精神の解放の訪れである。

また、様々な苦境にあるとき、何もかもを自分で背負い込まないことも意味しよう。
この世で自らの境遇を嘆くなら、それも果てしない苦役となるが、我々の最善を知るのは我々ではなく、人が弱いときにこそ神は強い。

この「神の安息」の意義に達したなら、週に一日を不労働とし、教会の礼拝で信心深そうに祈ることが要点ではなくなる。
むしろ「神の安息」は人の内面の資質を形作るよう促すものであり、けっして週に一日だけでなく、その人が日毎に保持し、伸ばしてゆける特質を形作るものであり、そうする人は神に倣って世の奴隷ではなくなってゆくことであろう。
しかし、果たして大半のキリスト教徒がそうしているのだろうか。

こうして神が創造の第七日を休まれたゆえに、週の一日を休むということが単なる「ちなみ」でないこと、また単なる不労働がその意義でもないことが見出される。

即ち「神の安み」に入るとは、様々な「この世」の頸木から解き放たれた「人の生き方」そのものであり、世の隷属を去ってエデンにあった自由を希求し、神との平和な関係と、人間本来の栄光を回復する願いを表明するところの、信仰に満ちている人の自由な内面の状態のことである。

それが神からの安息であり、その指し示したものは、世への隷属や利己的な自分の業を「休み」、対型的な「安息日」である「神の千年王国」を推動させる愛と聖さという動機を目指すことでもある。そのように神の民は『聖なるものと俗なるものの違いを弁える』べきであろう。『安息日』を通して、『聖』とは安息の「自由」であり、『俗』とは苦役の「隷属」を指すといえるのである。(エゼキエル22:26)

「神の休み」に入ることで、我々は「神の国」を求める生き方を示す。
そこにこそ「神の国」の兆しである「聖霊」が降ることになるのだろう。我々は『神の安息』に入るようにと差し招かれているのであり、自ら安息を作り出すのではないのである。   




                 新十四日派   林 義平    jst

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*「アダムの業」:『顔に汗してパンを食し、遂に地面に帰る』というアダム以来の生涯パターンを指して名付けたここでの造語
*「ハ シュミタ」:「(その)免除」の意、その年に収穫がなく負債の支払いが免除されたことによる。
*ヘブル書の著者:使徒パウロと見てよいように思える。⇒ MEMO「ヘブル書」
*イエスの当時にユダヤ人が陥っていた人間の義⇒ サマリア人の例え

 安息日に関する考察⇒「安息日の意義」「安息に関わる歴史

 タルムードでの安息日
 「ラビによる39の安息日規定
 「厳格化されたシャバット
 



 
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