<難易度 ☆☆☆☆ 中> 参考記事「主の晩餐とは何か」


◆忘れられた『神の王国』との関連


キリスト教界は本来的に、「主の晩餐」を「復活祭」において、主イエスの死と復活に着目しこれを記念してきたのであるが、福音者、特にルカ福音書に明らかにされてきた以下の観点は等閑に付されてきたというべきであろう。

即ち、「主の晩餐」についてルカに書かれた事柄の特にふたつについて、これは考慮の外に置かれてきた。
そのひとつは、十二使徒という陪餐者らについてである。この十二人が「主の晩餐」を通して『神の王国』の設立と深く関係していると言えるのである。

ルカ福音書では、『(あなたがたを)わたしの王国で食卓について飲み食いをさせ、また位に座してイスラエルの十二の部族を裁かせるであろう。』と記されている。(ルカ22:30)
ここに、「主の晩餐」の儀礼が指し示す重要な成就と向かうべき目的が示されている。

即ち、十二使徒が将来に得るであろう聖なる者の選任という、異例なほどに高められた立場であり、それはセデルの食事で一頭の子羊を食するのに足る人数(十人)を満たすということを遥かに超えた意義がそこにあったことを意味している。(ユダヤ戦記Ⅵ3:425)

ルカの記述によれば、イスカリオテのユダもその場に居り、この格別な食事儀礼を済ませてから、不義な役割を果たすべく外出していることになる。それは後にマッテヤによって代えられることになる十二の座のひとつを満たすためであったろう。(ルカ22:20-21) 

彼らは、それまでの三年ほどを主と共に過ごし、当夜には『わたしの試錬のあいだ、わたしと一緒に最後まで忍んでくれた』と、この晩餐の場で他ならぬ主からの言葉を賜っているが、その言葉には使徒らへの慰労と、次なる段階へと進む用意の整ったことが暗示されている。
 
即ち、ひとりを除いて十二使徒らの忠節はイエスに証しを立てられるまでに達していたと言って良いであろう。
もちろん、イエス後のこれらの者たちに引き続き試練となる艱難辛苦は臨んだのではあるが、イエスがゼベダイの子らに『確かに、あなたがたはわたしの杯を飲むだろう』と言い得たように、他の使徒らの生涯についてもはや疑念を残さないところまで彼らの忠節は到達していたのであろう。(ルカ22:28/マタイ20:23)

そこで、彼らだけがペンテコステの聖霊を注がれるに先立って「主の晩餐」に与る謂われを持っていたと観ることができる。
そのうえ、この晩餐には天での対型があり、十二の座に就いて再び飲食を共にし、彼らは『イスラエルの十二部族を裁く』権限をも委ねられるというのである。

これはもちろん、血統上のユダヤ人を裁くというような然して意義の無い事柄を意味しない。
彼らが裁くのは『神のイスラエル』である『王なる祭司、聖なる国民』となり、天のキリストと共になり、『神の王国』また『神殿』となるべき『アブラハムの裔』であるに違いない。

その天界での二度目の晩餐は『新しい契約』の終点であり、それが成就することによって、遂にエデンで語られた、サタンの頭を砕く『女の裔』の全容が『神の王国』となって整えられるに至る時である。
その時に十二使徒は、『十二部族』の構成員の選別という類い稀な権威をキリストと共にするのであり、地上の最後の晩餐はこの天界の会食において遂にその成就を見るのであろう。

この点から、古来キリスト教界から忘れられてきたもうひとつの「主の晩餐」の事柄が立ち現われてくる。



◆忘れられた二度目の晩餐

ルカ福音書から、主の晩餐について忘れられてきたもうひとつの点は
即ち、キリストと使徒らの陪餐する宴会が二度目に天界で行われるということにある。
契約に宴席が伴うのは、主の晩餐が初めてではない。

モーセの仲介の下で。イスラエルが律法契約に入ったときに、民の中の主だった者七十人はシナイ山上で神の宴席に与っている。 (出埃24:9-)
そこで彼らは、足元に天そのもののようなサファイアのような輝きを、そして神の幻影を眺めつつ、御前で食事をしたのであり、これが詩篇とエフェソスの『虜を連れ去った』の句を理解するポイントとなっているであろう。(詩篇68:13/エフェソス4:8)

出埃には、YHWHはこの長老たちに『手を下さなかった』とあり、聖くない者らを神は御前に容認されている。しかも詩篇では『人々を貢ぎ物として取り、背く者も取られる』とまで歌われる。この『背く者』とは、即ち、いずれは荒野で不信仰のゆえに屍を晒すことになる年長者らであっても、契約の初めには御傍に近付くことが許されたことを云うのであろう。(出埃24:11/詩篇68:18)

それは『神のイスラエル』と呼ばれることになる、『新しい契約』に与る『聖なる者ら』への天への召命の予型と観ることができるであろう。
女の裔とは『神の子』としての『初穂』であり、それはアブラハムの子孫から現れるからであり、そのように地上から『虜を連れ去る』ことが神の意志である秘儀の主要な事柄であったからである。
しかも、『新しい契約』もモーセの契約のときと同様に、その約定を逸する者らが出、しかも、その者らが、荒野で倒れた世代、またユダ・イスカリオテと類似した役回りを演じることも含んでのことであることが記されている。

他方、シナイ山上で会食した者らは、後にモーセと同様に聖霊に与り、一度限り預言を語ったが、従者イェホシュアはこれを嫉妬してモーセにそれを止めるようにと願っている。しかし、モーセは皆が自分のようになってくれることをさえ望んだのであった。(民数11)

この故事をパウロは詩篇第68を通して暗示し、類似してエクレシア内の聖なる者たちが聖霊を得ていることから、神が『虜を連れ去り、人々に賜物を与えた』との句を引用して、様々な人々の霊の賜物がエクレシア全体を益すことを例証していたのであり、その与え主がキリストであることを知らせている。(エフェソス4:7-13)


さらには、先だって『新しい契約』に参与することが定まったと見做された十二使徒も、地上で「主の晩餐」の第一回目の儀礼を主と共にするばかりでなく、キリストの再臨の際に「早い復活」を得て、再び天界の会食に参与するのであろう。そこで吟味を受け聖徒たちから選ばれるのが黙示録にある『十四万四千人』の残りということになるのであり、その土台石となって支えるのが十二の使徒の座となるのであろう。(黙示録7:4/21:14)

それゆえ、イエスは彼らにこう言明している。
『あなたがたに言って置くが、神の王国で過越が成就する時までは、わたしは二度と、この過越の食事をすることはない』(ルカ22:16)
また、葡萄酒についても
『今からのち神の王国が来るまでは、わたしはぶどうの実から造ったものを、いっさい飲むことはない』(ルカ22:18)

これは明らかに、「主の晩餐」には使徒たちと主による二度目があり、その場所は、彼らが霊体に復活する以上、地上では有り得ず、ましてイエスの御許に彼らも神の十二部族も集められるのであれば、二度目の「主の晩餐」の場所は天界以外にない。しかも、その食事は『過越し』であって、「主の晩餐」はその間の儀礼なのである。
(但し、地上で行われる最後の「主の晩餐」は格別のものとなるのかも知れない)

キリスト公生涯で最後のセデルを迎える準備について、弟子らが『過越の食事をなさる用意を、どこへ行ってしたらよいでしょうか』と主に尋ねているので、メシアの公生涯中、使徒らと毎年セデルを行ってこなかったとは考え難い。彼らは皆、神への崇拝に熱心なユダヤ教徒であったからである。だが、以前にセデルを共にしていたにせよ、この最後のものは「主の晩餐」において別格となったであろう。

殊に、葡萄の樹からの実を天界の会食までとらないと言われる主は、ナジル人の誓約に入ったかのようである。
即ち、何かの目的を追い求め、自らに禁令を課すのであり、父の御許に戻られる主の場合には、天界の会食の際に成し遂げられる事柄、即ち『神の王国』の完成を指しているのであろう。そこで12部族が吟味され、真のイスラエルが集められるからである。王国の設立、それこそは「アブラハムの裔」を集め、また使徒らにもその集める業を続行させたメシアの代々に亘る企図に相違ない。

この観点から、年毎の「主の晩餐」を振り返って観ると、それはキリストの臨席する一回目と二回目の間に挟まれた記念行事ということになり、その間にキリストは不在であるので、『わたしの記念としてこれを行う』べき必要が生じるであろう。そこでサクラメントゥム(秘跡)と称する理由は失われ、そこにキリストの血が流され肉が現存するべき理由も霧散する。天界での実体としての使徒と主の宴席が、地上の聖質変化を無用の長物と化してしまう。 

然りとて、地上での主の晩餐の儀礼が空しいものとなるとは言えない。
それは、出エジプトの子羊と神の子羊の双方が祭司の民を出現させたのであれば、聖霊が再降下するときに、この主の晩餐の儀礼がどのように関わることになるのかは依然として予断を許さない。地上の満月の晩は、どちらも「最後の夜」となったからである。 

ともあれ、天での二回目の主と使徒らの晩餐のときには、『新しい契約』は役割を果たし、『神のイスラエル』のすべてが試練を乗り越えて天に挙げられ、こうして『レヴィの浄め』が果たされるのであろうから、これは祝宴というべきである。神の秘儀なる経綸はこうして『神の王国』を招来させて成就に至る。黙示録によれば、その時に奥義は終了し、福音書によれば、キリストはパンと葡萄酒を再び楽しまれるというのである。

しかし、ユダ・イスカリオテのような人物にとっては、この経綸は関わりのないことになろう。一度、高い立場を与えられ、或いは聖霊を注がれ、その来るべき世の力に与っていながら、なお否認する者を悔い改めに導くことは不可能であり、契約から堕ちる彼らは最終的に天に召され『連れて行かれる』ことなく、地上に『残される』ことになろう。

ルカ書の記述順によれば、ユダも「主の晩餐」に与っているが、それはこの時の儀礼に十二の座を満たす必要があったに違いない。マルコとマタイからはユダの外出が「主の晩餐」の前後のいずれかであるのかをはっきりさせることができない。(ルカ22:20-21)
もちろん、ユダが儀礼の場に欠けていたなら、主が『あなたがたが十二の座に就き』と言ったときに、他の使徒から反論が出たであろう。
 
ユダが既に心変わりをしていたことは、この一年ほど前からイエスの指摘するところであったので、本来なら、その時点から十二使徒としては相応しくなかったことになる。(ヨハネ6:70-71)

しかし、主はイスカリオテのユダの背信に気付きつつも、彼を避ける風情さえ見せず、裏切るその日に至るまで、彼をそのままにしておき、聖餐が済むと『あなたのしようとしていることを早く済ませなさい』と言われた。
即ち、セデルの聖なる食事が一日ずれる祭司長派が守備隊を遣わして、その邪魔の入るべきでなかった儀礼の制定も無事に終わり、今やメシアは捕縛され犠牲となるための祭壇への道に向かうのみとなったことが、ユダに対するこの命令の言葉に深く込められている。

こうしてキリストはその進むべき道に足を踏み入れ、また、周到に用意された時を進まれたのである。
それは、出エジプトのとき以来、代々守られるべき満月の夜の出来事となった。それはニサン14日の晩の他に考えようがない。(出埃12:42)

後に、イスカリオテのユダの脱落によって欠けた席は新たにマッティアスによって補充され、ペンテコステの日には再び十二使徒として聖霊を受けるに及んでいる。以後の補充はなく、他の使徒らのようにこのマッティアスも石打に遭ったうえ、斬首されて忠節のうちに殉教の死を遂げたと不詳ながら伝承には語られている。



◆「主の晩餐」を記念儀礼として観る


この二度目の晩餐が天で行われることを念頭に置くと、一度目と二度目に挟まれたすべての「主の晩餐」の意義は過大評価されるべきものでないことが見えて来る。
「主の晩餐」は『神の王国』の成就のときには、天での十二使徒との二度目のものが行われることによって、その最終的な意味をもってこの食事儀礼も終わりを迎えるものであろう。
なぜなら、これを以って「新しい契約」が機能を果たし終え、聖なる民を天に揃えるからである。

従って、主の晩餐を地上で行っている間は、けっして『神の王国』は到来していないに違いない。
その民イスラエル、アブラハムの裔は未だに集められてはいないからである。

この観点から見ると、キリスト教界で長らく、また一部は現在も、「聖体変化」がエレメントに起こるとされるという秘跡は、上記の『神の王国』との関連や、天界での晩餐の意義の前に一気に色褪せる。
また、王国の実現後の地上の「主の晩餐」は行われる必要をもたないので、その後のこの儀礼はどうするかを問うことも愚問となろう。 
(但し、聖なる者らが天界に去り、『神の王国』が実現して後も、ニサン14日の晩に関わる何らかの別の儀礼が開始されることは充分に考えられるところである) 

この儀礼が使徒たちから聖徒たちを含んで伝えられ、年毎のそれは一度目とは異なる意味合いを帯びて来た。そこに主の姿はなく、パウロも言うように『それは彼が到来するときまで』行う記念儀礼となったのであり、その実体は一度目と将来の二度目にあり、その間のすべての儀礼は、聖霊の再降下の始まりを除いては、思い起こすための途中経過という副次的な意義をもつのみである。

主の言葉にあるように、それは『王国の到来』、また『神の王国で過越が成就する時』を依然待つものであり、この儀礼そのものが成就を表すものとはなり得ない。
従って、「主の晩餐」の無酵母パンと葡萄酒というふたつのエレメントそのものが、それらに与る者を『聖なる者』とすることはなく、既に「聖霊の賜物」を受けている者が与るのである。(ヘブライ5:4)
使徒パウロははっきりと、『約束の聖霊を以って、我々は証印を押された。それは相続財産に与る約束手形である』と述べるところである。(エフェソス1:13-14)

それであるから「主の晩餐」の毎回の儀礼によって何かが新たに成し遂げられるという理由は無いであろう。 
そこで表象物に与る者に聖霊が注がれたり、その者が聖なる者である証しを立てることもない。聖霊を持つ証しは「聖霊の賜物」という『手形』が示すのであって、人間の側から自分がそうだと主張することは誰にでも出来ることであって偽物を留める力は無く、個人の主張を『神からの証印』というには無理がある。(コリント第二5:5)

まして、キリストとのありがたい絆に与るという程度の認識で頻繁にこの儀礼を行う教会のクリスチャンはどういうことになるのだろうか。 その願う自己救済のご利益信仰に対して、世を救うキリストの自己犠牲の精紳との乖離は、それを行う度に顕著なものとなるばかりではないのだろうか。

「主の晩餐」はキリストの犠牲の死に感謝することも目的ではない。
その感謝する、という文言に既にご利益信仰が現れている。なぜなら、神の裁きが未だ将来であるのに、自分はその犠牲に与るつもりでいるからであり、その意識の中では自分の救いを既成事実化しており、終末の裁きを勝手に乗り越えてしまっているのだが、これほど厚顔で感謝とは裏腹な態度もないであろう。

キリストの自己犠牲の精紳に倣うということは、自分を未だキリストの贖いの受け手とはしない。毎年のキリストの犠牲の死を記念しつつ、自分には永遠の命が手に入ったと感謝しているべきだろうか?
もし、そうならその人はキリストを自らの下僕としているのではないのか。それは御子の上に胡坐をかくほどに傲慢なことで、この上ないご利益信仰であり、そのような意識の人々の間には慶事のような雰囲気を伴うであろう。それでは復活祭と同じことである。

真にキリストの犠牲の意義を悟れるなら、その自己犠牲にひたすら倣うのであって、感謝して受けている 場合ではない。
パウロはこう言って、実際にこの言葉に則して生きたのである。
『彼がすべての人のために死んだのは、生きている者がもはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえったかたのために、生きるためである。』(コリント第二5:15)

そこで「主の晩餐」はキリストを『記念』することにおいて、またその『死を宣明する』ことにおいて厳粛なものとなるはずである。そこでキリスト教徒の認識は試され篩われることになろう。
まして、復活を祝うというなら、キリストの死に至るまでの忠節を軽んじることになり、まったく「主の晩餐」とは異質なもので、誰も行うよう命じたものでなく、目出度い諸国民の祭礼とローマ国教化の悪影響でしかない。

確かに、主の身体と血が「聖化」をもたらすという、しかしそれは象徴の意義であって、エレメントが実体に変化することも、その物質が聖霊をもたらすことは有り得ない。なぜなら、その教理はキリストの貴重な犠牲を単なる物質に置き換えるという魔術的な愚行であり、キリスト教をアニミズムに格下げする価値観の転倒だからである。

これらの事柄を省みるに「主の晩餐」は的外れに行われてきたものである。
そこには聖霊も聖化も実際には起こってはいないにも関わらず、「主の晩餐」そのものがありがたい呪文のように、あるいは身分保障の証しのようにされてしまってきたのである。
 
確かにキリスト教界は、キリストの死を悼むように見せ、一方で復活を慶祝するところ、また、キリストと共になるという願望によって「主の晩餐」を行ってきたのではある。

だが、今日依然として、王国もメシアも到来あるいはパルーシアにさえ至っていない。
そこで、この観点を念頭に置き「主の晩餐」を行うことは我々にとって可能なのである。

「主の晩餐」は、『新しい契約』の仲介者であるキリストと 『聖なる者ら』との聖霊を介した深い関係、またそれが人類の贖罪を成し遂げる『神の王国』を将来に存立させるものであることを深い価値観をもって記念するものである。その両者が一体となって天界の神殿が建立され、そうして初めて人々は神との関係に復帰することができるのである。 

それは聖なる者でないとしても、自己の願望はともかく、こうして「主の晩餐」は、キリストが世に来られた意義を見出し、それぞれの信仰を吟味し、自らの信仰が『神の王国』と関わりをもっていたかを問い直す良い機会となろう。
つまり、自らのキリスト教信仰をその度に見直し、キリストの犠牲の意義や精神に向き合い、自らの姿勢を省みる機会とするのである。




そこで各地の閲読者諸氏に、この夜が意義深いものとなるよう祈念する次第である。

あるいは、それぞれの宗派の縛りがあるかも知れないが、キリスト以来原初のキリスト教においては、厳格な作法や次第が存在した訳では無いので、仕方をどうこう論ずるよりは、その意義を理解し、まず行うことがキリストの意を汲むことになろう。むしろ、伝統の細々した言伝えに従おうとしている最中に、キリストの想いを汲むことからは遠ざかってしまう危険がよほど大きいであろう。

準備はといえば、無酵母パンを作成することであり、次いで、純粋な赤ぶどう酒を用意することになる。
当日は、日没後、これらのエレメントを卓上に置き、キリストの犠牲と王国の到来に想いを馳せ、聖霊が再降下し、聖なる者らが現れることを願うことができよう。

聖霊ない信仰者が行う「主の晩餐」であっても、消極的に見做す理由はない。
何故なら、「神の王国」が人類唯一の救いである以上、それを待ち望む信仰ある者が現に地上に存在していることを神の前に示すことができ、契約の子らの母たる『シオン』の一員となる重要な役割が将来にあるからである。

ルカ福音書の中でイエスは、繰り返し願い出る寡婦を例え、それに関連してこう言われる『人の子が来るとき、果たして地上に信仰を見いだすだろうか。』 これは執拗に願うものに神が与えることを教えているのであり、漫然と旧来の「信仰」に安住することを正統だと唱えることを是認してはいない。(ルカ18:8)


来年2016年のニサン14日の始まりは4月21日*の木曜夜となる。この日の日没後に主の晩餐を予定している。

*(2016年については、ものみの塔の「主の記念式」と一か月近い差が出るが、これは2015年に相当するユダヤ暦に閏月<ヴェ アダル>が挿入される結果、天文に従うものみの塔と大きな差が生じるためである。新十四日派はエフェソスのポリュクラテスの言葉に従いユダヤ人の習慣に寄り添うものとする。)


南関東方面の方には、2016年の主の晩餐を共にすることをお勧めしたい。
 ご連絡は林義平宛てに以下のアドレスにメールを頂戴したい。
 場所と時間をお伝えする。

 quartodecimani(a)hotmail.co.jp    ←(a)をアットマークに入れ替え
 

この四年間では毎年6名の各地の方々について、ニサン14日の「主の晩餐」参加を把握させていただいている。



  新十四日派   林 義平