予備知識:ローマ9章
憤りの器を用いる神は不正か?
聖書のすべての語句が人への神の意志か?





◆マクベスの陥った罠

イングランドはエリザベス朝の時代に、彼のシェイクスピアが見事な戯曲を残したことでは言を俟たない。その四大悲劇に数えられるひとつに「マクベス」がある。

その筋立ては、11世紀スコットランドの王位簒奪者マクベスという実在した人物に着想を得ている。

劇中で、この人物は元々特に邪悪というわけでもなかったのが、「王になる」という魔女らの予言によって王権への欲を引き出され、王の暗殺までは躊躇していたのだが、気の強い妻に引きずられて、暗殺に手に染め予言を自ら実行してしまう。そこから始まる物語の展開には鬼気迫るものがあり、聴衆を強いて引き込んでゆくが、その手腕が稀代の劇作家シェイクスピアの真骨頂である。

この主人公を終始導くのは三人の魔女であり、『清いは汚れ、汚れは清い』と、明らかにイザヤ書五章二十節の引用を語らせる。
聴衆は、いつの間にやら極悪人のはずのマクベスに自ら共感を持ち始め、悪行を重ねる果てに不名誉な汚れの死に堕ちて行く主人公を哀れに感じてゆくのである。

この悲劇の筋立ては、マクベスが将軍として王と共に戦い、大きな戦功を挙げたところで出会った三人の魔女の予告がその通りに実現し、その場で彼が褒賞を得て分封の領主とされたとの知らせが入るところから始まる。

だが、魔女らは、上り坂で意気も上がるマクベスに向かって『王になる」とも予告するのだが、その言葉が誘惑となって、その欲を煽られてしまい、自分が王となることが何かと気になり始め、謂わば「信仰」を煽られてゆくところが彼の転落を描くこの悲劇の幕開けなのである。

夫への予言を知った妻は、王を弑する機会が目の前にあり、妻は夫に優しいところがあることを心配すらし、この機を逃すまいぞと及び腰の夫を叱り付け、遂に二人は不法の血に手を汚すのであった。これが妻に守るべき秘密を守れない男の弱さでもあろう。その先にあるのは共倒れではないか。

王の一族は国外に逃げ去り、マクベスは強引に権力を確立しようと粛清を続け、ひとつの悪事は更なる悪事を呼んでゆき、親しいバンクォーまでをも殺させる。圧政者と成り果てた彼の統治は過酷なものとなり、やがて、王殺害の凶行に誘った妻も、もはや抗うこともできない邪悪の渦の中で良心の責めから気が振れてしまい、城壁から身を投げて果ててしまう。

魔女らは、悪の道を孤独に歩むマクベスを慰めるかのように、遥かに見えるバーナムの森が城に来るまで、彼は安泰であると請合い、それを聞いた彼は、森が移動するなど、どれほどの年月が掛かるものかと安堵する。

だが、やがて城の物見が、バーナムの森が動いて来ると叫ぶのを彼は聞くことになる。
マクベスに復讐するべく進むイングランドの軍勢が敵の目を欺くために、各兵士に森の樹々の枝を切り取らせ、それを掲げて行軍を始めていたのであった。

だが、魔女らは、マクベスを倒すことが出来る者など「おおよそ女から生まれた者には居ない」とも言っていた。この「女から生まれた者」*という言葉は、聖書中では「あらゆる人」の意味で用いられている。* ("one of woman borne" McBeth Act4 <1603> /  "among the that are borne of women"  Great Bible Mt11:11 <1540>  )

この言葉を頼ってマクベスは最後の奮戦に猛り狂い、次々に敵をなぎ倒して行くのだが、彼に家族を殺されていたマクダフという男と対戦しながら、自分には負けることのない保証があると豪語する。

するとマクダフは、剣を交えつつ自分の出生について知らせ、彼は母が出産したのではなく、その腹を切って取り出されたと言うのであった。この女が生んでいない男と絶望の死闘を続けるマクベスにはどれほどの落胆が襲い掛かったことか。

こうして、魔女らの言葉を信じて従ったマクベスも遂に哀れな最期を迎えるのであった。
魔女らの言葉にはマクベスを陥れる罠が有ったのだが、ひとつとして嘘は無かったのである。

ただ、マクベス次第で悲劇の全体を決然と避けられた一言があった。それが彼が「王になる」という欲をくすぐる悲劇の門口となった一言であったのだ。これについては、やはり彼自らの悪がある。
だが誰であってもありそうな、ふと思い浮かぶ強欲がひとたび呼び起こされてしまうと、気の強い連れ合いに引きずられ、彼は王位簒奪の殺人を自ら実行してしまったのである。このひとつの悪のために、その後の彼はまったくの汚れの淵に追い込まれていったのであるが、まさにここが悲劇たるところである。

 (史実のマクベスの生涯では17年在位しており、この悲劇の描くようなものではなかったという)


◆神は悪しき者らを用いる

さて、ここで「魔女」なる聖書を語るに相応しからぬような陰気な存在に、この後を読む気を失せさせることの無いように願いたい。
なぜなら、聖なる書物に、神が人を騙すところがあるのを御存じだったろうか。

現にそれは存在し、このように書かれている。
『YHWHは「だれがアハブを騙してラモト・ギレアデに上らせ、彼を倒れさせるか」と言われました。』『するとある霊が進み出て、YHWHの御前に立ち、「わたしが彼を騙します」と申し出たのです。』(列王第一22:20-22)

そこで神は、相手が邪悪な者ながら、その人物を騙す計画を天使らに練らせており、この句のアハブ王は、まさに神の策に嵌まり死んでゆくのである。それも、その神の策略が預言者を通して本人に知らされたので、変装して戦いに赴き、自分がアハブ王であることを隠していたために、遂に敵の誰にも気付かれず、そうして死を免れようとさえいたにも関わらずのことであった。しかも、預言に違わず、彼が死んで後、犬がその血をなめている。

また別の場面では、預言者エリシャが、その許を訪れていたシリア王の使者に、彼自身が王になることを預言すると、その使者ハザエルは、王宮に戻るが早いか病床に在った王の顔に水を浸した布をかけて弑しているのであるから、これはまるでマクベスの筋立ではないか。エリシャの預言が無かったなら、ただの使者が王とはならなかったようにさえ読める。(列王第二8:7-15)


しかし、聖書は一方で、神を『 主は岩、その御業は完全で、その道は尽く正しい。真実の神で偽りなく正しくて清廉な方。』と述べている。(申命記32:4)

では、どうなのか?
聖書の神は、戯曲マクベスの魔女らのように人を悪の道に陥らせるようなことをなさるのだろうか?

そこで気になる聖句として、出エジプトに際して神がファラオに語った言葉も思い起こされる。

『わたしがもし、手をさし伸べ、疫病をもって、あなたと、あなたの民を打っていたならば、あなたは地から断ち滅ぼされていたであろう。
しかし、わたしがあなたをながらえさせたのは、あなたにわたしの力を見させるため、そして、わたしの名が全地に宣べ伝えられるためにほかならない。』(出埃9:15-16)

ファラオは神の意志に逆らう事に於いて、自分の意志のままに行動したであろうけれども、神はエジプトの統治者である彼を使役し、自らの力を示し、その名を上げていたと言われる。このファラオも、紅海の水を分けるという神の御業の中に自軍を進撃させて滅ぼしており、最後まで頑なに神YHWHへの抵抗を続けたファラオ自身もその日に生涯を終えたのかも知れない。

後代の使徒パウロは、ローマ書簡の9章で更に踏み込み、神がファラオを『頑なにならせた』と述べている。(ローマ9:18)

これは、神の意志に従うも逆らうも中立的であったファラオを、神の反対者に仕立てたということにはなるまい。
元来、ヘブライ人を奴隷に酷使していた国の支配者であれば、モーセを通しての勧告にファラオが中立的であったとはまず思えない。

しかし、モーセとアロンを通して行われた災いの規模からすれば、このファラオの奇跡への否認の多さは偏執的であり、臣下が既に『エジプトが滅んでしまっていることをお考え下さい』と嘆願しているところに、パウロの引用した預言の云う『頑なにならせた』との言葉には同意を促すものがある。

神YHWHは、既に敵対的なファラオを更に頑なにならせて自らの力を誇示し、大いに名を上げられたために、エジプト人も信仰を抱き、ヘブライ人と行動を共にする者らも現れ、奇跡の数々を聞き及んだ諸国の人々もイスラエルを畏れるようになったのであった。即ち、神はファラオの悪さを用いて、その名を諸国に轟かせるという目的を果たされたのである。

したがって、神は、自らに対して忠節を示し、その意志に倣おうとする者だけでなく、邪悪で、頑なである者らをもその経綸に用いるのであり、聖書の中にこうした例は少なくもない。


◆神はユダ・イスカリオテを使役する

端的な例として、ユダ・イスカリオテが挙げられる。
キリストの御傍に仕えた十二人の一人であったが、『わたしの信頼した親しい友、わたしのパンを食べた親しい友さえも、わたしに背いてくびすをあげた。』と千年以上も前から予告されていた。(詩篇41:9)
また、イエス自身も『人の子は人々の手に渡され*、彼らに殺される』ことを使徒らに予め告げられていた。(マタイ17:22-23)*([パラディドウミ]裏切りを含意)
即ち、その悪行は折り込み済みであったのだ。

イエスは、遅くとも亡くなる一年ほど前には、誰が裏切る者となるかを知っていたことをヨハネ福音書が記しているが、イエスは周囲にはそれが誰かを一切言わず、知っている素振りすら見せなかったのであろう。ヨハネとペテロ以外の使徒らは最後の晩餐の席に在っても裏切る者が誰であるかを知らず、イスカリオテのユダが晩餐の席を立って、夜の闇に去ってゆくのを、使徒らはユダが貧しい者らへの施しに行くのであろうと思ったとも使徒ヨハネは記している。(ヨハネ6:70/13:29)

その一年ほど前のこと、奇跡の給食を行ったイエスに対して、群衆は日毎の食事を求める動機を持ってしまい、イエスを追ってカペルナウムに集まってきたことがあった。
ここで、イエスはこの群衆を敢えて躓かせているのである。

即ち、『人の子の肉を食べず、また、その血を飲まなければ、あなたがたの内に命はない。』との言葉が、律法によって「訓練された良心」が彼らを大いに失望させたのである。

血を飲むことは重罪とされ、食物にも様々な規定があった律法に背かせるかのような過激な発言ではあったのだが、イエスは何も不真実なことは言っていない。この一年後に、十二人は象徴的にそれらに与ることになる。その言葉には、ただ日毎の糧で命を支え、生きるために生きる以上の、遥かに高度な次元の糧食が示唆されていたのであるが、その時点では誰も悟らず、ユダは現世的な高い地位も利得も得ず、一向、王位への執着も見せない主人にはもどかしさを感じていたことであろう。(ヨハネ6章)

イエスがユダ・イスカリオテの背信に密かに言及するのはこの群衆を去らせた時であった。既にユダの心には利得への思いが勝っていたのだろうか。イスラエルの王となるべき方は一向にその様子も見せないため、仕え続ける意欲を失っていたということは考えられるところであろう。
霧散した群衆の後に残ったほかの11人は気付かなかったであろうが、これを書いたヨハネも、その一年後の最後の晩餐の席で自らの主にそり返って、裏切る者が誰かと尋ねている。

しかし、もちろんイエスは油断はしていない。
最後の晩餐、即ち律法契約から新しい契約へとアブラハムの裔を最初に導き出すべき、キリストの宣教の総仕上げとなる過越しの聖なる晩餐の席が乱されることを防ぐべく、イスカリオテのユダにはその場が知られぬよう、ペテロとヨハネだけを宴席に先に遣わしている。これには「水瓶を運ぶ男」に逢わせるという神の導きも働いた。これなら、その重要な場所がどこかもその時が来るまで分かるまい。

ニサン14日の始まる夜は、モーセの遠い昔から『代々に記念するべき格別の夜』であり、その子羊はレヴィの祭司を買い取り、今やキリストは天界の祭司団を買い取ろうと、出エジプトの子羊の対型であることが示されようとしていた。
その事については、ユダの裏切りはユダヤ体制派が「過越し」の七日間の祭りに入る二日前に祭司長派から委嘱されたので、『祭りの間はよろしくない』という都合のある宗教家らにとって、売り渡す者を募ったのが二日前であったから、その直前の一日をおいてほかにイエスを処刑させる日がなくなっていたのである。

ユダが祭司長派と接触を果たした夜も明け、翌日の日中はいまだニサン13日であったが、イエスの一行は過越の食事を前にして、その日は珍しくベタニヤ村に留まってエルサレムに登らないでいた。他方のユダにも「ほかに大切な用事」があって双方のせめぎ合う一日である。彼はイエスを逮捕させる隙を窺っていたのである。

だが、夕刻になり、14日が始まる最後の晩餐に至って、一行はそれまで知られる事もなかったエルサレム市内のある家の二階に入った。ユダは主の隙を捉えることを諦めかけていたのだろうか。(マルコ14章)

一方でイエスは、ユダ・イスカリオテを譴責せず背くままにしておいた。
彼にはその悪いなりに重要な果たすべき役割があったからであり、一度堕ちた使徒の立場に戻ることは無かったのであろう。

最後の晩餐に於いて、主は彼の裏切りに苦悩しつつも、聖餐を終わると『あなたのしようとしている事を直ちに行え』とすら命じている。即ち、「今から裏切りを始めよ」という下令である。ここでユダの内心に銀三十枚を誘因とする、あの謀略が再び頭をもたげ、それを遂げる機会が目の前に在ることに思いが急いたことであろう。彼の汚れた信仰と云えば、奇跡を行う主なら自ら逃れるだろうというところであったので、後で悔いたのかも知れない。

しかも、裏切りが自分の主には察知されていることは、『わたしではありませんね?』と尋ねたときの『あなただ』という返答からも分かっていてのことであったろうが、欲得への願望がそれを霞ませていたのだろうか。そのユダも、翌朝には悔いて『わたしは義の血を売り渡してしまった』と祭司長派のところで言った。しかし、宗教家らの返答は『我々の知ったことか!』であり、もはや取り返しはつかなかった。

ユダが師を売り渡している間に、『サタンが入った』という彼の良心や価値観は働きを止めていたのだろうか。それは、信じるべき教理を間違えたというようなことではない。彼は、敢えて決定的な何かを選びとっていたに違いない。後になって悔いたにせよ、それはメシア信仰に立ち戻ったとは言えまい。イエスが最後の晩餐の席で、使徒らが共に試練を乗り越えたことを誉めているが、ユダ・イスカリオテだけは、選別の篩いから落ちていたということであろう。

しかし、その働きによってニサン15日にユダヤ人一般の過越しを含んだ無酵母パンの祭りが始まる前日の14日の内に、神はイエスが『主の晩餐』を制定する時間を取った上で、出エジプトの対型の『世の罪を取り去る、神の子羊』として屠られるべき残りのその日の時間と状況をユダを通して間違いなく設けたのであった。(ヨハネ19:14/1:29)
この目的は、邪悪な者を、その邪悪さのゆえに活用するということになる。

このメシアを退ける策動では、もちろん当時の宗教家たち、特に祭司長派の動きも神に使役させられている。
彼らの性向は捻じ曲がっており、彼らからすれば、魔術のような不思議を行って民を従え、妙に雄弁で論駁できないこのイエスを殺害することで、自分たちの面子の関わるその願いは満たされるばかりとなっていた。

彼らは、聖なる書物の知識がないために、それを行ったのではない。
奇跡を行う人イエスをメシアと崇める民衆と異なり、むしろ彼らは律法にも聖書全体にも精通しており、自分たちで定めた生活上の適用方法にも熟達し身を清く保っていた。トーラーは全文を暗唱していたのでもあろう。彼らのようにキリストに歯向かったようなユダヤの上流層は、必ずしも見るからに頑迷で邪悪そうな風貌をしていたわけではない。ヨセフスの著作にもあるように、外見は服装も物腰も洗練されており、その何人もが良識ある人士として諸国民からも覚え目出度い存在であった。
その一方で、当時のユダヤ教の清めの伝統に与るにはある程度の資産が必要となっており、貧しい「地の民」にはその余裕もなかったという状況であった。

その宗教家らは、到来するべきメシアがガリラヤでもナザレでもなく、ベツレヘム・エフラタの出身であるべきことも承知していたのだが、その正しい知識は却ってメシアを見過ごさせる原因となってゆく。彼らにとってナザレ人イエスがメシアなどであるわけもなく、ただのガリラヤの騙り者でしかない。

それでも確かに『預言者はナザレからは来ないのを読んだことがないのか!』とその聖句に確信を置いていた大祭司の知識に間違いはなかった。(ミカ5:2)

だが、ベツレヘム・エフラタで生まれたメシアが、田舎ガリラヤに引っ越すところまでは預言にも書かれていなかった。そのうえに、『異邦人のガラリヤ』といえば、宗教の中心であるユダヤでもエルサレムでもない。ましてナザレ村にどんな栄光が考えられたろう。

それでも、まるで預言が無いわけでもなかった。イザヤの9章では『ひとりの嬰児が我らのために生まれたり』とメシアを描写することでよく知られる。そこは世界を統治する偉大なダヴィドの裔を描写しているのであるから、イザヤ53章の『見るべき姿もない』「哀しみのメシア」は彼らの判断力を超えていた。この双方をうまく一致させるべき理解を彼らは得なかったのである。

タナイームの中には、民が律法に従えば栄光のメシアが、そうでなければ哀しみのメシアが与えられるという折衷案を唱える者も居たが、キリスト教徒から見れば、そのどちらもがかつて成就し、また終末に成就することは明らかである。

だが、イザヤの栄光のメシアの記述の直前に在るところの、『苦しみにあった地から闇は去る。以前にはゼブルンの地、ナフタリの地は恥辱を与えられたが、後には見よ!海に至る道、ヨルダンの向こうの地、異邦人のガリラヤに光栄を与えられる。暗き闇を歩んでいた民は大いなる輝きを見た。暗黒の地に住んでいた者らの上には光が差し込む。』との句は然程に注意を喚起されていなかった。それがどのようにメシアを描いたのかは隠されていたからである。(イザヤ9:1-6)

だが、マタイがこれを引用して、『ガリラヤからイエスは「悔いよ、天の王国は近づいた」と伝道を始めた』と記す。(マタイ4:16-17)

その一方で、ナザレのイエスの「言う事を聴き、何を行っているかを見るべきだ」、つまり「実によって見分けよう」というサンヘドリン議員のニコデモスに向かって『「あなたもガリラヤ出身なのか。よく調べてみなさい。ガリラヤからは預言者の出ないことが分かるはずだ」』と祭司長派やパリサイ人らは言っているが、そこには人の価値観と聖書の知識との鋭い対立がある。(ヨハネ7:50-52)

使徒ヨハネはこうも述べている。
『神を信じない人は、神が御子についてなさった証しを信じていないため、神を偽り者にしてしまった』(ヨハネ第一5:10)
ラザロを生き返らせるほどの霊の証しを知っていながら、サンヘドリン議員の大多数は聖書の「正しい知識」を選び取り、イエスの奇跡には遂に神を見なかったのである。さて、当時の人々は価値と知識のどちらをとるべきであったろうか。

確かに、ナザレからもガラリヤからもメシアが現れるとは書いていない。だがイエスの父となったヨセフについてマタイは『夢でお告げがあったので、ガリラヤ地方に引きこもり、ナザレという町に行って住んだ。これは預言者たちによって「彼はナザレ人と呼ばれるであろう」と言われたことが、成就するためである。』と記しているのである。(マタイ2:23)
だが、どこにそのような句があるだろうか?

後のキリスト教著述家らが、イザヤやエレミヤらの度々述べていた『新芽』(ネーツェル)という語に「ナザレ」を当てはめて読み込むばかりである。(イザヤ11:1/エレミヤ23:5)マタイは事も無げに預言の成就と言うのだが、この僅かな痕跡を見分けることは当時の学者であっても無理であったに違いない。

その以前に、ヘロデ大王からの危機が嬰児イエスに迫ったときに、ヨセフの一家がベツレヘム・エフラタを後にしてエジプトに逃れ、その後ナザレ村に定住したことそのものが、ヘロデ家から逃れるために目立つことのないようにする目的であったなら、預言書がはっきりと「ガリラヤのナザレからメシアが来る」など書けるわけもないし、学者であっても悟らせるわけにはゆくまい。むしろ、宗教家らもイエスがナザレ出身であることを知っていたゆえに、彼に躓いているのである。(ヨハネ7:27) 

だが、その移動は、成長するイエスを危険から遠ざけただけでなく、結果的にイスラエルの全体にメシア信仰を求めるものともなっている。メシア信仰こそは『新しい契約』に必須の条件となるからである。
即ち、ヘロデ王家のメシアの命を狙う目論見さえ、却ってキリスト教に信仰という特長を備えさせる結果となって神に用いられたとさえ言えるであろう。

実に、全身を耳のようにして聖典に聴き入り、それを知り尽くした宗教家らは、「聖なる書物」の知識にすっかり安住し、他方でその知識に疎い『地の民ら』はナザレのイエスの行う奇跡にメシアを見出してゆく一方で宗教家らはその殺害に携わることになってゆく。

そのうえ、イエスは彼らの正義感を増し加えるようなことまで言うのであった。
汚されていた神殿を実力を以って清めるイエスに、『こうしたことをするからには、どんな徴を見せるというのか?』と詰め寄るユダヤ人らに向かって、『この神殿を(汚す以上に)壊すものなら、三日で建て直す』とイエスは答えたのだが、弟子らはこれがイエス自身の身体の事であり、死して三日目に復活する奇跡のことであったことを悟る。
だが、ユダヤ人らには馬鹿げた大言壮語としか思われない。

もちろん、そこはイエスも承知の上のことであり、まともに『この神殿は46年も掛かって建てられた』などと目に見える実際に拘るユダヤ人は、イエスをよいよい嘲笑し、果たせるかな、裁きでもこの点を論っており、宗教家らはイエスを大法螺吹きの騙り者と見做し、その正義感はいよいよ燃え上がった。イエスはそれに言い返すこともしなかった。むしろ、それが狙った効果なのである。

だが、この『三日で建て直す』という聞く者を躓かせる言葉は、まことに無駄が無く実に見事な一言である。一方で、宗教家らを大いに躓かせて煽り、自身を殺害に仕向けておきながら、他方で、復活の予告を行ってひとつの嘘もない。つまりは自分を殺しても、その害など三日限りで無に帰するという高らかな宣言であったのだが、宗教家らにそれを悟ることなど無理なことである。
これは余程に、キリストに善意をもった者でもなければ、ニュートラルな立場を保てまい。
イエスの現れにどっち付かずで居た者らも、表面上は有り得ないこの一言を聞くなり、なだれを打って反対する側にまわったことであろう。

実際に彼らはますますイエスを侮る理由を得、それは二度と引き返すことのできない道へと彼らを踏み込ませる、いや、追い立てるものとなってゆく。彼らの敵意を煽ってさえいるイエスの姿がそこにある。ナザレのイエスは、宗教家らに向かって「さあ、わたしを殺して見よ!」と挑発しているのと同じことであったのだ。(箴言5:22)

イエスの挑発は大祭司カイヤファの審議の中でも鮮烈であり、『お前は神の子キリストか』と尋問されたときに、肯定するばかりか『人の子が雲に乗って来るのを見るだろう』とまで付け加えたのであった。これによって裁いていた祭司長派の面々の怒りを激しく燃え上がらせ、遂に『もう証人などの必要もない、今、冒涜の言葉を聞いたのだ』という犠牲を屠る最高責任者たる大祭司の裁決を引き出している。

そこでイエスの刑死は、事の成り行きで望まれずに偶然にそうなったのではなく、それこそは神の経綸、明確に意図されたものであり、周囲の人々、殊に邪悪な者らがそれに徴用されているのである。
では、宗教家らの「正しい知識」は、彼らの益になったろうか? 
しかし、メシアは誰かが屠らねばならなかったのであり、その役回りに相応しい者らが確かにそこに存在したのである。

ヨハネは当時の大祭司のひとりであったカイヤファの発言を次のように記している。
『「あなたがたは何も分かっていない。 一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が、あなたがたに好都合だとは考えないのか。」』(ヨハネ11:49-53)

この場面の前にイエスはラザロを生き返らせており、そのためイエスの評判は非常に高まっていた。祭りのためにエルサレムに集って来た人々は、驢馬に乗って城内に入るイエスに大きな歓迎の意を示したものであるから、パリサイ人たちは『「何をしても無駄だ。皆が皆、世をあげて彼のあとに追って行ってしまったではないか」。』と互いに言ったという(ヨハネ12:14-19)

そこで祭司長派は、密かなところでイエスを渡す者を募り始め、それは彼らが祭りに入る(ニサン15日)の二日前のことであったとマルコは書いている。
加えて、彼らは『祭りの間ではいけない。民が騒擾を起こすかも知れない。』とも言っていたともあるので、イエスを捕縛できるのはニサン13日から14日に限られる。(マルコ14:1-2)

既に前からメシア信仰から逸脱していたユダが、早くも13日の夜に祭司長派に接触し、こうして両者はメシアに古来定められた日に犠牲の死をもたらすことになる。
カイヤファの『 一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が良い』との発言について、後に使徒ヨハネはこう述べている。

『これは、カイアファが自分の考えから話したのではない。その年の大祭司であったので預言して、イエスが国民のために死ぬ、と言ったのである。
国民のためばかりでなく、散らされている神の子たちを一つに集めるためにも死ぬ、と言ったのである。』(11:51-52)

この理解は超絶的であり、カイヤファもユダも到底想い致すことのできない神の経綸の高みに達する内容である。(ローマ11:25-26)

即ち、カイヤファにはまったくその意が無かったものの、メシアであるナザレ人イエスを子羊として屠り、その犠牲を以ってイスラエルの全体が贖われ、真実のアブラハムの子孫である『神の子ら』が贖われて出現し、ひとつに集められて『神の王国』としての選民イスラエルがイエスの許に集められるという、偉大な神の経綸が成し遂げられることを、その悪意の内に預言していたというのである。こうしてサンヘドリンの意志はメシア殺害にはっきりと舵を切ったが、それは過越の祭りが、いよいよ近付いていた頃の事であった。神の何という全能性であることか。


◆安息日の捉え方

しかし、それを悟るには、相当に心がニュートラルでなくてはならず、聖書の記述を鵜呑みにして凝り固まるなら、かつて聖書からメシアを見分け損ねたことに於いても、将来の終末にメシアたちを見分けるに於いても非常に難しいに違いない。

ナザレのイエスを退けたサンヘドリンには、まだほかにも強固にイエスを拒む理由があった。
それが律法に規定され、彼らがその扱いに深く注意を払った安息日である。
安息の名に相応しく、一切の仕事を行わないというところに彼らの正義が存立していたので、安息日に奇跡の癒しを行うイエスは、律法を正しく行う者ではなく、汚す者に見えていた。

イエスについて『あるパリサイ人たちが言った、「その人は神からきた人ではない。安息日を守っていないのだから」。』(ヨハネ9:16)
この言葉を現代から見ると偏狭にも感じられるのだが、安息日についてはユダヤ人が捕囚からの帰還以来、それを守ることに相当な苦労を重ねてきたのであり、それはネヘミヤ記にもよく表れている。

イエスの登場が近付いた前一世紀からは、ディアスポラの民から来たヒレルという苦学生が、エルサレムの教学院に学び、当時にはヘレニズム文化に曝されて実際の生活との齟齬をきたしていた律法を時代に即応させるための言わば附則をミシュナーに体系化しようと精密な努力を傾けてきたところであり、それは後のヒレル系パリサイ派に結実してゆく。
12歳のイエスの理解に驚いた律法学者(タナイーム)の中に、このヒレルの子や孫がいて少年イエスに驚嘆していたのかも知れない。(使徒言行録のガマリエルⅠ世は孫に当たる)

だが、三十歳に達したイエスを識る者はいなかったに違いなく、後に現れたナザレ人を、指導者層は彼の強靭で廉直な言葉と、奇跡の行いは認めないわけにゆかないものの、自分たちの宗教的正義が通用しない部分ではけっして譲れないものがあった。

そこに安息日の扱いもあったのである。
彼らが、捕囚以後に築いてきた安息日遵守の習慣は、慣例を超えてユダヤ教徒の守るべき法に制度化されており、その先頭を走るのがタナイーム(律法学者ら)であれば、それを率先して民に守らせたのがパリシーム(パリサイ派)とソフェリーム(書士)であり、そこに祭司長派が代表を務めるサンヘドリンが最高権威としてユダヤ人の上に君臨し、ローマ総督と守備隊は統治すれども、汚れた異邦人という意識が民に共有されていた。

また、ヘロデの王家は元々ディアスポラの民であると言い張っていたが、それが本当でないことは公然の秘密でありつつも、ユダヤの習慣を守る素振りをし、またヘロデ大王の神殿の建設や様々な人気取りの施策や寄進によって、その危うい立場がなんとか補強されていた。

ここに於いて、安息日はユダヤ人の中で更に規則が加えられ、39か条もの条項と無数の附則でユダヤ教徒を縛り上げ、周囲の諸国民との著しい差別化を図って、自己義認の格好の理由付けにもされてゆく途上に在った。

つまり、安息日を守る自分たちが神の命に従っているので是認されており、諸国民とは違って清いという高慢な精神を自ら煽り、安息日の条件をあれやこれや加えて、安息を労働のような義務に仕立て上げてしまっていたのだが、『顔に汗してパンを食する』という『罪』ある人間の生業の手を止めて、創造の当初に想いを馳せる安らぎの機会も、却って、自己義認を追い求める空しい労役を行うような束縛の日としてしまっていたのである。

長年に亘って培われたその強い正義感は揺るぎなく、彼らの方式で安息日を過ごさないイエスを、体制派は奇異で厭うべきものであるかのように見た。
それは特に、癒しを安息日に行うナザレ人イエスの姿にエリート層は拒否感を免れなかった。そこで、奇跡を安息日に行ったという理由でイエスへの殺意を固めてゆく。

つまり、自分たちは聖書に精通し、その求めに正しく従っているゆえに正義があり、それが即ち『神の義』であると判断していたのだが、実際には、史上最悪の殺害に手を染めることになってゆく。(箴言21:2)

彼らはよもや自分たちが、神の言葉を伝える預言者らに石を投げつけ殺害してきた父祖らと同じ悪業の総仕上げをしようとしているなど、露も思わなかったであろう。

むしろ『もしわたしたちが先祖の時代に生きていたなら、預言者の血を流すことに加わってはいなかっただろう』と嘯きつつ、預言者の墓を飾りたてていたのであるが、これはイエスに暴かれるところとなったうえ、『義人アベルの血から、聖所と祭壇との間であなたがたが殺したバラキヤの子ザカリヤの血に至るまで、地上に流された義人の血の報いが、ことごとくあなたがたに及ぶであろう。』とまで断罪されたのは『この世代』に対してであったのだ。(マタイ23:29-36)

明らかに、宗教家たちには正義感があったのだが、この安息日の扱いにもはっきりとそれが見えている。即ち『神の義』ではなく「人の義」であったのだ。
パウロは、彼らについてこう言っている。『イスラエルは義の律法を追い求めていたのに、その律法に達しなかった』。また、『神の義を知らず、自分の義を求めようとして、神の義に従わなかった』とも(ローマ9:31-10:3)

彼らにとって律法とは厳密に守り行うものではあっても、神の意図や精神を探るものではなかった。即ち、行ったか否かが重要視されたのであり、求められたのは判で押したかのような行動基準であったのだ。そこで神意は無視されてゆく。
その結果といえば、遣わされたメシアを、ガリラヤの私生児で、悪霊に憑かれた魔術師と判断し、重罪人として処刑させるという、蛇の業であったのだ。(創世記3:15/ヨハネ8:44)

だが、彼らの内では、律法を行う業こそが神の是認を勝ち得て、神を喜ばせ、その恩寵に入るものとさえ考えていたに違いなく、それはパリサイ人と収税人の祈りの例え、また、『律法を知らないこの群衆は、呪われているのだ。』という祭司長らとパリサイ派の言動に表れている。(ルカ18:9-14/ヨハネ7:48-49)

彼らの正義への確信は揺るぎなく、イエスについて『この者の血は、我らと我らの子らに降りかかっても良い』とローマ総督に請合って叫ぶ。彼らの確信の強さは如何ほどか。(マタイ27:25)
そして、その言葉はその通りに違わず成就する。ユダヤのその世代はキリストの血の清算を求められ、処置を執行するのがローマの権力となってゆくのであった。



◆モーセの罠

そのうえ、あの出エジプトの前夜に屠られ食された子羊と同じく、ニサン月14日に『世の罪を取り去る神の子羊』が屠られたことについては、イエスの当時までに宗教家らが聖書に厳密に従おうとして、これを可能にしたのである。

というのも、律法の書かれたところでは、無酵母パンの祭りについてモーセはこう言っているのである。
『七日の間あなたがたは種入れぬパンを食べなければならない。その初めの日に家からパン種を取り除かなければならない。第一日から第七日までに、種を入れたパンを食べる人はみなイスラエルから断たれるであろう。』モーセはこのように記した後でこうも言う。

『正月に、その月の十四日の夕方に、あなたがたは種入れぬパンを食べ、その月の二十一日の夕方まで続けなければならない。七日の間、家にパン種を置いてはならない。種を入れたものを食べる者は、寄留の他国人であれ、国に生れた者であれ、すべて、イスラエルの会衆から断たれるであろう。』(出埃12:15・18-19)

日没から始まる14日の丸一日から数え始めると、丸七日は20日が終わる日没で満了することになる。だが、モーセは15日から21日が七日間であることを別のレヴィ26章6節で明言しているにも関わらず、上記の箇所で彼は14日から21日の夕方までを『七日間』としているかのように記した。しかし、これは実際には八日間ではないか!これは単なる記述の誤りなのだろうか?

そこでバビロン捕囚後の宗教指導者らは、律法条項への厳格な履行による義を目指して、いつからとは知られないが、無酵母パンを食する日数を何としても『七日間』にするべく、ニサン14日は子羊を屠る準備の日としたのであろう。(マルコ14:12)
そうすれば、15日に入った夜に過越しのセデルを食し、21日までの日数はモーセの言う『七日間』に準拠させることができる。しかも、過ぎ越しの食事儀礼であるセデルもその七日間に失われずに収まっている。これほどユダヤの宗教家らの正義感を満たす方法もなかったことであろう。

こうして、キリストが近付く時代のうちに、『過越し』は『無酵母パンの祭り』の中に吸収され、ふたつの祭りは合体して15日から始められるものとされてゆき、こうして『神の子羊』がニサン14日に屠られる用意はいつの間にかに整っていた。

それゆえ、マタイもマルコもルカもイエスと使徒らの最後の晩餐について『無酵母パンの最初の日』と呼んでいる。これは『無酵母パンの祭り』が始まったという意味ではない。なぜなら、その日は『習わしとして、子羊が犠牲にされる日であり』(マルコ14:12)『過越しに犠牲が備えられる日』(ルカ22:7)とされている。パレスチナでは、ニサン14日の昼に神殿で子羊が屠られる習慣となっており、今日のユダヤ人のように、多くの家庭では15日に入る直前の夕方に羊が屠られ、そのまま夜を迎えてセデルの食事をとったという。

したがって、本来なら、14日に子羊の肉と無酵母パンが食される過越しの食事儀礼の日付も、当時までにはユダヤ人の間でも派閥によって曖昧になっており、メシアの到来までにパレスチナの体制派のセデルは15日の夜に移されていたので、祭司長派に親しい使徒ヨハネは、イエスの捕縛と処刑が行われたのは『準備の日のことであった』と言うのである。

しかし、体制派が14日の夜に過越しの食事をして祭りを始めていれば、イエスの逮捕が『祭りの時はよくない』と言っていた彼らは、その可能な一日の機会を失っていたことになる。

つまり、キリストの屠られた日は、無酵母パン初日の15日の聖会(アツェレト)の前の『準備の日』であり、それゆえに体制派はイエスの一行より一日遅いセデルの食事を身の清い状態で与ろうと、ピラトゥスの館に入らなかったとヨハネは書いているのである。律法は汚れたと見做される状態に在る者が過越しの食事儀礼に与ることを禁じていたからである。
福音書はそれに加えて、その翌15日が安息日と、無酵母パン祭りの初日の聖会の重なる『大安息日』となったことをも記しているのである。

ユダヤ教は今日までパリサイ派であり、この15日から祭りを始める習慣を当時からそのままに保存しているのは今日見る通りのことであり、それはキリストの処刑がニサン14日であったことの、今日まで確認できる証拠となっている。


こうしてユダヤの体制派が『神の子羊』を古代の習慣通りにニサン14日に屠る道は拓かれた。それは出エジプトの子羊とイエスを対型付けるためだけでなく、終末のその日付けに何かの重い意義を持たせることになるのであろう。天界での使徒らとの二度目の聖なる晩餐まで、イエスはナジル人の専心のように、それまでセデルをとらず、葡萄の樹からのものを摂らないとまで言われた。

これは『七日間』というモーセの言葉に込められた罠というべきものではないか。
なぜ、八日間を七日間と記したのだろうか?
それは遠い将来に起るメシアという子羊の屠りに備えた罠となってはいないだろうか。後代の子羊の屠り手を誘う奇跡の一言というべきであろう。

律法の言葉の一字一句に神経質なまでに従おうとすることに、宗教家らが神への崇敬の念を込めていたとすれば、聖書とは実に恐るべき書物という以外にない。ここにも、神の求めるものが忠実ではなく忠節であることが見えている。

やはり律法に通じた使徒パウロがこう言っている。
『今日に至るまでモーセの書が読まれるときは、いつでも彼らの心には覆いが掛かっている』『キリストにあってはじめて取り除かれるものである』(コリント第二8:14-15)

律法に固執し、メシア信仰を見出さなかったユダヤ人らが聖書に従った以上は、いくらか良い処遇が与えられたかといえば、むしろ逆に邪悪に極まる役を演じることであったのだ。
この例は、将来の終末に於いても、聖書の通りにと、凝り固まる人々によって再演されることになるのだろうか。

そもそもモーセの律法体制は、エジプトを逃れて来た数百万もいたとされるイスラエル民族に、パレスチナ入植を前にして国家としての秩序を与える役割を持っていたが、律法を守る動機として『もしあなたがたが、まことにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、あなたがたはすべての民にまさって、わたしの宝となるであろう。・・あなたがたはわたしに対して祭司の国となり、また聖なる民となる』という希望が与えられていたのであった。(出埃19:5-6)

確かに『モーセは、律法による義を行う人は、その義によって生きる、と書いている』。(ローマ10:5/レヴィ18:5)
だが、メシア後の新約聖書で、キリストの使徒ペテロは律法を『先祖もわたしたちも負いきれなかった軛』と呼んでいる。(使徒15:10)
もちろん、神はイスラエル民族が律法を守って神の前に『義』を得るに至ることがないことは契約を結んだ当初から見通していたに違いない。

そこで使徒パウロはこう述べるのである。
『律法は、約束を与えられたあの裔が来られるときまで、違犯を明らかにするために付け加えられたものである。』(ガラテア3:19)
即ち、律法はイスラエル民族を通して、人類の不道徳性を焙り出しており、それが指し示したのは『罪』のない約束のメシアであり、その人物が『律法を成就』して『義』を示すことにより『完全な犠牲を捧げる』『神の子羊』であることを証ししたというのである。

したがって、律法がメシアに成就されると同時に、イスラエルを糾弾するものとなったと言えるのであり、実際にそうなったことを後代の人々は新約聖書を通して知る。その神意は、キリストの清さを証し、同時に人が罪を認めることであったのだ。

だが、メシアが到来したときにこの点を悟る者は皆無であったといえる。
そこで試されたのが、律法への服従ではなく『信仰』であったとキリストの去って後のパウロは訴えている。(ローマ3:21-22)
それであるから、恐るべきことに「律法の授与」そのものも一つの罠のように作用しているのである。

ただ、モーセは『わたしは彼らの同胞のうちから、おまえのようなひとりの預言者を彼らのために起して、わたしの言葉をその口に授けよう。彼はわたしが命じることを、ことごとく彼らに告げるであろう。彼がわたしの名によって、わたしの言葉を語るのに、もしこれに聞き従わない者があるならば、わたしはそれを罰するであろう。』との僅かな警告の言葉を残してはいたのであるが。(申命18:18-19)

後にメシアが到来した時、『信仰による義』を知らされていなかった律法体制下に在ったユダヤ人は、まったく試されたのであった。そしてやはり、律法に書かれている事柄に固執する者らは、自らの内にある『罪』を認めず、律法遵守の『業』を通して自己の『義』を主張し続け、遂に『神の義』であるメシアを屠る悪行に手を染めるに至ったのである。

それにしても邪悪な者らをさえ自在に動かし、その経綸を運ぶとは、聖書の神YHWHとは単なる全能者という意味も超えている。しかも、その邪悪な者らというのは、まさしく神の崇拝を行う者ら、また聖典に最も通じていた宗教家であったのである。
そこで律法にある次のモーセの言葉には深い含蓄がある。
『 秘められた事は我らの神、YHWHに属する。しかし表わされたことは、長く我らと我らの子孫に属し、この律法のすべての言葉を行わせるのである。』(申命記29:29)
人には秘められた事があり、語られた事がすべてではなく、人はその限界を弁えなくてはならないのである。

そこで今日、自分たちこそ「正しく聖書に従っている」とするキリスト教の宗派は少なくもないのだが、聖書の細目に従えば、神の是認をも受けるという前提に問題はないものだろうか。また、死すべきただの人が神の是認を受けたと言える理由は何なのか。神の言われる通りにしているからか。では神はその人に何を、またなぜ秘めるのだろうか。そこにあるのは各人がどのような者であるかではないか。
まして、いったい誰が聖書全巻を知り尽せるだろうか。

ユダヤ人学者モリス・アドラーは、その難しさをその著にこう語る。
聖書は、本来が神の手になるものであったにもかかわらず、あいまいな箇所がいくつかあった。・・それを遵守する方法がわからないこともしばしばあった。何度も繰り返し出て来て、なぜそのように頻繁に出て来るのか理由が説明されていない場合もあった。またあきらかな矛盾がまったくないというわけでもなかった。  Morris Adler ”The World of the Talmud” 


◆神の意図を成し遂げる邪悪さ

こうしてキリストを巡って、聖書の知識が必ずしもその人を益さないことが明らかであるのだが、これは多くの「クリスチャン」方にとって受けの良いものとはならないのであろう。

キリスト教、特に新教系の宗派では、まさに他の宗派との差別化が、その拠って立つ正統の根拠となっており、それぞれに聖書の句に根拠を見つけては、行動や道徳の基準を設けて、そこに正義や救いを見出しているからである。その精神には独善と排他主義を避けられない。
(「マクベス」のようなエリザベス朝期の演劇を上演禁止にしたのも清教徒らであった)

自分の宗派こそが正しい聖書理解に達しており、それを神が悦納し、是認を与えているのであるから、「救い」は自分たちにあると思い込むことが「信仰」の姿とはなっていないものか?
さて、人に宿る『罪』とは、そのような正義感で相殺されるようなものなのであろうか。また、キリストの犠牲とは、そのような条件が付されたものなのであろうか。

もちろん、そのようなことはない。
問題なのは、神の意向も裁きも無視し、他者を踏み台にしつつ自分は救われようとする、その利己心であろう。(ローマ3:10-18)

聖書の知識に秀出て、生活に適用していると誇るのも、自分のステータスと救いの保証に神の言葉を利用しているのであり、その邪悪な動機は、他ならぬ聖書によって濾し取られる結果となり、メシアを見出して、その信仰に達したのは、このエリート層が蔑視する平民たちであったとは、何と深い教訓であることか。

神は、『すべての人の贖いとして』御子の犠牲を備えられたのであり、『義者も不義者も』分け隔てなく復活させる神の寛容さを信じず、未だキリストの犠牲が捧げられる遥か以前の、ノアの大洪水や、ソドムの滅びのように、神に気に入られる善人を演じようとするその生存願望から、勝手に神に受け入れられる「正義」を捏造し、悦に入ったその高慢さこそ、神が『怒りの器』として用いられた者らの特性ではなかったか?

所謂「クリスチャン」と称する人々の殆どが、「聖書は間違いのない神の言葉で、その教えには絶対的な権威がある」と思い込んでいる。
そこで、様々な宗派が、聖句のいくつかを根拠にして、神の是認や救いの条件をあれやこれや唱え、その宗派に帰依する必要を説く。

そこにあるのは、自分が神をどう描きたいかという結論が先に立つところの、人間本位の神理解であり、自分の都合や願望や理想に適った神を、粘土で形造ろうとする、謂わば偶像崇拝であろう。

それは、聖書の中から引っ張って来たそれぞれの言葉を根拠に、他の宗教や宗派との差別化を行い、自分たちの正しさを他と比べて誇っている、という以外にない。

例えれば、伝道していること、安息日を守ること、ユダヤ人に阿ること、兵役を拒否すること、イエスが到来していること、現に預言者が居て語っていること、神の名を語ること、聖霊を受け霊験をすること、アルコールや刺激物の禁忌、輸血謝絶など挙げてゆけば切りがないのだが、いずれもが神の是認や救いを請合うところは似通っている。つまりは保身の動機はイエスの世代のユダヤの宗教家らと大差ない。

『神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな両刃の剣よりも鋭く、精神と霊、関節と骨髄とを切り離すほどに刺し通して、心の意向と考えを見分けることができる』というこの言葉には、聖なる書の恐るべき実態が込められているというべきではなかろうか。
キリスト教界の歴史を俯瞰すれば、実に多くの人々が良いつもりで聖書に関わり、試みの結果として自己の内に潜む悪を引き出されてきたというべきであろう。(ヘブライ4:12)

かつてユダヤで聖典に通暁した宗教家らは、その知識ゆえにナザレのイエスについてこう言い放った。
『我らは神がモーセに語られたことは知っている。だが、この輩についてはどこからの者か知れたものでない。』(ヨハネ9:29)

聖なる書とは、すべてが親切に書き出され、正しい崇拝の設計図になるような単純なものとは到底言えない。聖書に従ったからとて、罪にまとわれた『死すべき人』がどうして正しい崇拝など興せるものか。聖書が神の歩みの道筋を知らせる書物ではあっても、誰か只の人間に正統な崇拝を興させる保証などけっして行ってはいない。

この点に於いて、『イエス・キリストを信じる信仰による神の義』という考えが、律法下にあったユダヤ人の信仰に付け加えられるべき「メシア信仰」を得た「聖徒」という背景の理解を欠いて、キリストへの信仰は『すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない』とのところを「自分もそうだ」と思うなら、これは大きな罠であり、これに欧米キリスト教界が丸ごと掛かってきたのである。(ローマ3:22)

かつてナザレのイエスが現れたとき、神の悪人をも使役する力は、メシアを神の経綸に則して屠らせることに於いて、極めて有効に作用した。
即ち、邪悪で最も神から離れた者たちを用いてのことであり、彼らには聖書の知識が無かったのではなく、却って、神崇拝の中枢に居た者らなのである。祭司長派は神殿祭祀の要職に在り、イスカリオテのユダは十二使徒であった。

聖書とは実に驚嘆すべき書物である。その同じ記述を読みながら、人々は聖い信仰に至りもすれば、善いつもりで最悪の邪悪を行う者ともなり、あるいはまったく意味を悟らないことにもなってしまう。

そこで『神は、憐れみを示そうと思う者を憐れみ、頑なにしようと思う者を頑なになさる』とパウロは明言するのである。(ローマ9:18)どんな人であれ、どれほど聖書に従っていようと、神に善意を懐こうと、是認の内に選ぶのは神の意志次第という以外にない。

今日のキリスト教界には、聖句に基く様々な教理がある。
主なものを上げると
・『神と子と聖霊の名によってバプテスマを施す』のであるから、神は三位一体なのだろうか?

・終末のイエスは、『雲に乗って来る』と言われるのだから、肉眼で見えるのだろうか? そのうえ、地上に現れては信者を喜ばせるのか?

・『父とわたしとは、わたしの言葉を守る人のところに行き一緒に住む』とあるので、神が信者には内住してくれるのか?

・『二人か三人がいるところにわたしもいる』ので、信者が集まればキリストが臨在するのか?

・もうすでに終末に入っていて、聖霊を注がれた者が現れているのだろうか? それが年代計算で裏付けられるのか?

・『雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い』とあるから信者には突然の携挙があるのか?

・ユダヤ民族は神の時間表だとしたうえで、その帰還は預言の成就で、やがて大量改宗を起こすのか?

・『御子を信じる人は永遠の命を持つ』とあるから、信じたクリスチャンは救われるのか?

・十戒は、神が直接岩に書かれたものであるから、すべての人に求められた戒律か?

・新約聖書にある道徳規約は『新しい契約』に関わり無く、すべての信徒に求められたものか?

・『異言は絶えた』のだから、聖霊はもはや奇跡を起こす力は失われたが、いまも信じる者に働くのか?

本当にそれでよいのか?
聖書の文言には罠があり、誤解を煽るようなところが、なお終末に向けてあちこち備えられていないと請合えるだろうか?
ユダヤの教師らは「ベツレヘム」や「安息日」などと容易にその罠に掛かっていたではないか。

聖書はいつもそこに在り、その文言はほとんど不動であるのに対して、教理は常に人間の案出するところとなってきた。
『だれかに自分を差し出して従えば、その従っている人の奴隷となる。死に至る罪の奴隷ともなり、あるいは、義にいたる従順の奴隷ともなるのである。』(ローマ6:16)

自分では聖書の神に自分を差し出しているつもりでありながら、実は人の奴隷となることは簡単なことであり、判断力を抑え、疑念を振り払って大衆化していればそれで良い。

もちろん、聖書にその言葉があるから、その通りのことが起こるのだ、ということがまるで否定されるということではないに違いない。
だが、聖書は、誰にでも善意をもってすべてをさらけ出しているとは言えない。裁かれるべき人をふるいにかける文言が潜ませてあるのは明白で、信仰を表せば誰にでも神は是認を与えるというなら、どうしてキリストを屠る者らが聖書の教えの中から現れたのであろう。

聖書の言葉に厳密に従うことで、周囲との差別化を図っていたパリサイ派がキリストと対立したことから、どんな教訓が導かれるか?

彼らの視野は知識によって狭められており、キリストの現れも、奇跡も、その発言も、彼らには想定外の事態となってしまい、そこに神の意図を見なかったのである。 宗教家らにとって、ナザレ人イエスを退けることが、内心で願わしいことであったに違いない。その願望をイエスは見抜き、煽りたてる。人は自らの欲に誘われて、信じたい教えを信じるものであるので、何を信じるかは、その人の倫理観そのものとなり、世の宗教にはそれぞれの欲望に合わせて無数の教理が揃っているものである。

やはり、己を捨て、神の意志を探り続けるような意志を持たないなら、どこかで利己心に絆され、幾つかの言葉を自分に都合よく解釈して固執してしまう。それが人間の浅ましさではないだろうか。

神の言葉とは、そう易々と書かれたままの意味を持つわけではないことがあちこちにあり、それはとりわけ知識を持つ人々に罠となって降りかかってきたのである。
彼らには、自分たちが悪を行っているという感覚も無かったことであろう。逆に、正義感に動かされてもいたというのが実際のところではないか。人の正義感なぞ、何と当てにならないものか。 求めるべき『神の義』は、むしろ自分の義を立てないところに在るのではないか?

思い返せば、神は律法契約を与えながら、それが守られないことを予見しなかったとは言えない。そこでイエスが『わたしが律法を廃棄するために来たと思うな』と言われるのであろう。律法の言葉は完全性を求めることに於いては不動であったが、それゆえにも、人の守れるようなものではなかったのである。

加えて、パウロが言うように、律法が最初から『違犯を明らかにするために付け加えられた*もの』であったなら、その目的であるアブラハムの裔『聖なる国民、王なる祭司』は、唯一人キリストの外にはモーセの律法からは誰も到来しないということを神は承知であり、かつて分からなかったのは人間の方である。いや、ユダヤ教徒はいまだにそれを認めない。

後になってパウロから明かされるように、旧約の律法が新約のメシアへと『導く養育係』であったなら、それは、新約聖書の文言に対しても一歩も二歩も引いた謙りを読む者に求めるものとならないだろうか? (ガラテア3章)*(アブラハムへの約束に対して)



◆悪を利用する神に不正があるのか?

そして、この邪悪な者らを用いるという神の目的は、終末に更なる佳境を迎えることになろう。ユダヤ体制の裁きとキリストの犠牲を供えることを成し遂げたことに於いて、聖書に隠された意図があったのであれば、どうして終末の世界の裁きに於いて、聖なる書物にそれが無いと言えるだろうか。

ユダ・イスカリオテが『滅びの子』と呼ばれたように、もう一人、そう呼ばれる終末の『不法の人』は、より規模の大きい『背教』によって、この世の全体に滅びを呼び込むことになるのであろう。

最終的には、悪魔そのものも、創造された価値を発揮し尽して終わりを迎えることになる。即ち、永生を得る者らを誘惑して試し、倫理上『完全な者』としてしまう事に於いてである。

この点でパウロは、ローマ書簡の9章で『神に不正があるのか』を問い、『怒りの器』と『慰めの器』について述べる。
曰く『作られた物が作った者に向かって、「どうして自分をこのように作ったのか」と言うだろうか?』と問いかけるのである。(ローマ9:20)

もちろん、神はサタンと雖も、初めからそのように創ったわけではない。元々は優れたケルヴであったことがエゼキエルに示唆されている。(エゼキエル28:11-17)
しかし、神は理知ある創造物に自らの『象り』とし、自由な意思を与えた以上、予め悪を選ぶ者が現れることは承知の上であったに違いない。そうでなければ、エデンの二本の木の選択には意味がない。それらは創造物を分け、生きるべきものとそうでないものとの分かれを生じさせた。

それでも、陶器師がはじめからどんな器を作るか決めているように、創造の神YHWHは、誰であるかはべつにしても、悪を為す人の登場を予め予見していることにおいて、やはり陶器師のようである。それは遠い過去から書かれていた神の意志であるから、『なぜ神は、なおも人を責められるのか。だれが、神の意志に逆らい得ようか』という発言も無理はない。(ローマ9:19)

ではそこで、創造物である誰かが、自由な意志を行使して敢えて悪の道に入り、その役割を担うのであれば、創造主がその誰かを活用してはいけないのだろうか?

だが、その悪しき者の到来を予見し、その者らさえも用いて『悪者が正しい人のための身代金の代価となり、裏切り者が廉直な者の身代わりの犠牲となる。』との言葉のように自在に活用することは、創造の神にしてはじめて正当なことではないか。(箴言21:18)

確かに、神もイエスも邪悪な者らを挑発して煽り、いよいよ誉れない用途に用いる器として轆轤を回すかのように粘土を整形していたのである。

邪悪な者、つまり『滅びの器』を忍ぶ神は、『憐れみの器』への『ご自身の栄光の富を知らせようとされた』と言うパウロの言葉は、悪しき者らの犠牲の上に築き上げられる栄光であり、邪悪な者がなければ、キリストの殺害など到底行えることではない。

だが、そこに邪悪な行いを実行する者が居る以上、『善い事が来るように、悪い事をしよう』と態々しなくても良いのであり、実は、その難役をこなす役者には事欠かないのである。(ローマ3:1-17)
その者らは「善い事をしようとして邪悪を行える」。神への敬虔な想いさえ懐いて、それが出来る。ただ、その者の動機や価値観が少々異なるだけのことになろう。(マタイ6:23)

そこで、神の言葉に忠実であるゆえに悪者となり兼ねないとは、実に恐るべきことである。我々はだれも、それら神の言葉を知り尽くすことができないのであれば、けっして僅かな言葉に固執したり、聖句に自己の義を立てたりするべきではない。

忠実とは、他者に従うことであり、己の想いも捨てて従うが、忠節は、自発的に考え、共感しつつ想う処を行うものである。
忠実には、厳密に従うことで、命じた者に責を求めるが、忠節は自分自身の善意に発する自由な判断がある。

聖書の言葉に逐一従うことで、神の義に達すると思うなら、その人は己の罪を無視しようとしているであろう。
神は『清い人には清くふるまい、心のねじけた者にはご自分をねじけた者とされる』のであれば、問題があるのは御言葉ではなく、その人そのものではないか。(詩篇18:26)
何という恐ろしさか!

神の言葉にただ従う信者らには、それによって神に責任を求める動機が働いており、一重に従う者は、自らがどのような者であるのか、という裁きに関わる問いを回避しようとする意図もいつの間にか働いていることであろう。
その態度を神は御言葉を用いて退けられるのであれば、その意味に於いて『神の道は完全、YHWHの御言葉は精錬されている』と云えることになる。(詩篇18:30)

それであるのに、自分可愛さに神へのひたすらな従順を示そうとする信者らは、その従順のゆえに差別化を図り、内心ではそうしない人々を裁く以外にない。
そこにあるのは利己心ではないか?

人は皆、押しなべて贖いを必要とする『罪人』であり、他者を裁くことは出来ないという、このキリストの教える「真理の内の真理」というべき基礎を退ける理由が何か聖書にあるだろうか? 「聖書を知らない民は呪われている」などと考えれば、まさしくパリサイ人と同じではないか?そのように裁いていた宗教家らの末路を考えると、神の、人の内面を観るという言葉の重さが読み取れる。(サムエル第一16:7/詩篇17:3/ヨハネ7:49)

実に、ほとんどのキリスト教徒にせよユダヤ教徒にせよ、自分は是認されていると妄想することに於いて、神と自分の関係を過大評価して甘えているのであり、自分が裁かれる前の『罪人』である意識が余りにも欠けている。依然として誰も御前に近付けないその身の実情を弁えない様は、余りに神に無礼であろう。

そこで『 聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。』との句は、人に何かを保証するものとはならない。この句に聖書の絶対的善意に見るなら、それは危険なことになる。
理解できないことが数多くあり、敢えて書かれていないこともある。
むしろ読む者を篩いに掛ける言葉がこれまでにも在ったし、まだほかにも仕組まれているに違いない。読む人間に悪があるからである。(テモテ第二3:16)

『焼き物師は同じ粘土から、一つを貴いことに用いる器に、一つを貴くないことに用いる器に造る権限があるのではないか。』とパウロが言うのは、最初から悪くなるように神がその人を形づくったというのではなく、自ら悪に向かった者らを、神が器として用いることが不当か否かを述べている。それは提出され易い反論だからであろう。

しかも、神はサタンをはじめとして、そのような者の到来を見越して、様々な策を講じているということが、聖書の知らせる故事にいくつも見えているのである。
あるときは頑なにならせ、あるときは躓かせ、またあるときは預言までさせ、ご自分の計画を進めてこられたではないか。それも常に神との関わりのある中から、最も邪悪な行いを行う者らが現れてきたのである。

そこで問題は、倫理上の価値観ではなかろうか?
誰かが、神や聖書に関する知識が深いとしても、人としてはどうなのか。
これが問われないとするなら、博識を持つにしても、確信を懐くにしても、それに何の意味が残るものか。(コリント第一8:1-2)

終末の裁きには、この同じ事が起こるのではないだろうか?
やはり、起こるのであろう。
この件の異議申し立てについては、準備万端、こうしてパウロが語っているのである。

神の言葉に近付けば、その分でも神に喜ばれる者になるのだろうか?
実は、そうとは限らない。
却って、離れるということが起きるのである。

それであるから、神の言葉のすべては、善も悪もあらゆる者を意のままに用いる全能者の経綸の通りに、終末と千年期の後に、創造の業を有終の美で飾ることになろう。どんな邪悪が起ころうとも、神の全能性によって、それすらも創造の業として最終的に収束させてしまうに違いない。

ゆえに、悪しき者らの滅びの『煙は永久に立ち上る』のであろう。これらの者らもやはり創造物としての役割を果たしたと言えるのであろうから、それが彼らの永遠に亘る「業績」と云えよう。

是非、そのような者にはならぬよう、心を神に向かって整えておきたいものである。
聖なる書には、記された処と、未だ記されていない処の、ふたつが存在することに於いて、神は人を様々な器に形造った故事があるのだから。

ゆえに、聖書は書き終えられたなどといったい誰が言えるだろう。
神YHWHは生きている。聖書の言葉の中に閉じこもってはいない。終末に至れば『その腕は目ざめる』という。

聖なる書の記述に躓くにせよ、固執するにせよ、そこで人は形作られてゆく。
自分が何を信じたいのか、主張したいかではなく、神への畏敬の内に、一歩引くことは易しいことではない。‪‪知識に優るもの、それが価値観ではないだろうか。

聖書に仕掛けられた罠に嵌まった者らは、聖書を偶像に仕立てた偶像崇拝者だったのであろう。




  ©2017 新十四日派 林 義平





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