quartodecimani blog

原点回帰の観点からキリスト教を見る・・ 「神と人を愛せよ」この一言に発し、この一言に終わる

キリスト教理解

利己主義という一神教の盲点



  ユダヤ教に発する三大一神教には、それぞれの裾野に至るまで共通している強い傾向がある。 それが「選ばれた正しい者が救いを得る」という根本的な正義意識である。

だが、聖書を貫く教えは、神の選民にして「イスラエル」と称する者らの目的には人類の祝福となることにあり、それはエデンの園で神が宣言した『蛇』である悪魔を最終的に亡き者とするところの『女の裔』と呼ばれた何者かの役割にも暗示されている。
即ち、アダムという男の血統ではない、処女から誕生した『罪』なきキリストの犠牲の益に最初に与るとされる『信仰のイスラエル』『人類の初穂』、聖霊注がれた『聖なる者ら』の民が、キリストと共に人類のための祭司また支配者となって人々から『罪』を除き、神へと導くというところにある。

その『女の裔』はアブラハムの血統から来ることがイサク献供を通して確約され、その裔はイスラエル国民と成り、律法の秩序の下に置かれ『祭司の王国、聖なる国民』とされる目的を荷った。そのため今日のユダヤ教徒に彼らの目的を訊けば、「諸国民の光となることだ」との答えがかえって来る通りである。彼らが神の選民であることには自分たちの救いを超えた、人類を益するという根本的な神の目的が込められていたのである。だが、ユダヤ教もいつしか自分たちに古来約束された利益や特権を振りかざし、周囲の諸国民からすれば鼻持ちならない存在と化してしまっている。

だが、本来の神の選民である『聖なる者ら』は神の用いる器であり、やはりその目的は人類全体を神の創造物としての栄光ある姿に回復することにあり、それは律法契約から『新しい契約』へとキリストを通して前進し、『律法を成就』したキリストの『完全にされた義』を嚆矢として、それに与る選民が聖霊の降下を通して史上初めて生み出されたのであった。それが血統を超える『神のイスラエル』の現れの初めであったのだ。(ヘブライ2:10-11/ガラテア6:16)

だが、今日のキリスト教界といえば、そのような神の選民としての真のイスラエルの働きを度外視し、聖書に記された格別な者らへの言葉を自分に向けて語られていると思い込むところで、その選民の利他的で自己犠牲的な働きと目的を考えず、ただ自分たちが祝福され、天でキリストと共になるという自分の祝福を妄想し、神の善意が自分たちに向けられていると思い込んでいるのである。

もちろん、そのような妄想が懐かせる精神は、本来のキリスト教が伝えるものとは異なってしまう。大まかにそれを言い表せば、特定の教えに信仰を懐いている者、また何等かの規準に達している者が、「神に救われる選ばれた者」という概念であり、教団なり宗派なりは、本来は『聖なる者ら』に与えられる祝福を信者だけの特権として教勢拡大の原動力とし、信者を得た分だけ「人を救う」ことになるとの大義名分を持つことにもなっていよう。
更には、教師自らは特に宣教に邁進するでもなく、ただ興味や関心を持って近付いてきた人を信者に仕立てては、あなたは救われるべくして神に選ばれる特別な運命にあったなどと請合う始末である。

この信仰のモデルは大洪水を通過できたノアや、ソドムとゴモラの劫火を逃れたロト、加えれば、イエスの警告に従いユダとエルサレムからその滅亡を山地に逃れたイエス派の信者も挙げられる。いずれも、神は僅かな義なる者を選んで救うが、そうでない多くの者らには処罰の滅びをもたらすという共通の差別的宗教ヴィジョンを持っている。

それであるから、「救われたくば神の狭い是認の内に入れ」が信仰の基本となり、保身目的に経典から道徳律が拾い集められ、言動が規準に縛られることで義人の認定を受けられるという方向に容易に進んでゆく。異なるところと言えば、幾らか違う経典や解釈への拘りであったり、帰依する団体や宗派が違ったりするくらいのものである。ほとんどの一神教でこの点は変わりがなく、それぞれ異なる「正しい救い」を求めてひとつの集団からより確実な救いを目指しては異議を唱える者が次々に現れ、ますます分派が進んでゆく。もちろん、自分の正しさによって神を宥め、周囲と自分を異ならせて救われようとする優越感や特権意識はけっして褒められたものでない。

言うまでもなく、自分たちに唯一の正義を唱えるところから排他傾向は避け得なくなり、自分たちの宗派や集団に属さない他の人々の境遇は憐れむべきものであるとする以外になくなり、部外者に残る希望は唯一、自分たちの仲間の信者になるというだけのことになる。それこそは「傲慢」の責めを免れるものではないし、自分は特別だという単なる思い込みなのだが、実際、宗教の名のもとに当たり前のように横行しているのである。
そうして信者となるに及べば、その人は神ではなく、是認の可否を勝手に判定する教導者の奴隷とされてゆくのであり、それは「神の前の義」とは程遠い『人間の教え』に過ぎないのだが、信者本人からは大層有難いものになっている。(マタイ15:9)

その独善的な捉え方でゆくと、自派の絶対性が要請されるために、人種差別のように人々を信仰の有無で分け隔てることが避けられなくなってくる。つまりは、自己義認の 妄想に陥り、人を現実に沿った評価はしないのである。不信者は地獄行きや滅ぶものだとするこれは、人種差別に勝って侮蔑的であるから、そのような「信仰」なぞ無い方が余程その人の為である。
それに加え、信仰に在るか否かが「救い」また「命」の分かれ目であると思い込む以上、信者が自分に親しい人に対して信仰を強要する誘惑は非常に強いものと成らざるを得ない。

だが、これは人間関係を歪め、何が良い事かの評価を誤り、価値観を誤導するものであることは避けられない。 『入ろうと願いながら、入れない者は多い』とも、『わたしたちがかろうじて救われるのであれば、反抗的な者らはいったいどうなるだろうか』などの言葉は確かに新約聖書のものではある。しかし、それが語られている対象は誰であったかと言えば、契約にあるべきユダヤ人であり、彼らは古い契約から『新しい契約』にキリストを介して与る立場にいたのであり、それに準じる異邦人らが『接木』として応急的に加えられたにせよ、それは『神のイスラエル』という格別な民、人類を祝福する『聖なる民』を召し出すための厳しさであったのであり、たとえ信者と雖も普通一般の人の出る幕ではない。その聖なる定めを救済されるべき人類一般に要求してしまうなら、皆が行いによってキリストの義に到達することになってしまい、キリストの犠牲も千年王国の贖罪も意味がなくなり、しかも、その自己義認がもたらすものと言えば、不相応な優越感と劣等感のアンバランスにしかならない。

これは当然に人の精神を歪めるものとなる。 現に、自己義認の強い宗派に於いて「二世問題」という圧制が生じており、ひどいものでは、幼少期から子供を叩いて矯正すれば信仰から離れないと教えてきた宗派があり、長じては精神疾患を負う結果を見ている。 実質的に、こうする「益」と言えば、教導者による信者の獲得と囲い込みにしかなっていない。真実には個人の選択を奪い、個人を尊重もせずにおいてそれが「信仰」だと嘯いているからである。むしろ、それは奴隷化というものではないか。

また、「選ばれた者が救いを得る」という観点は、神は人間に一定の行動基準を設けているという教理に救いの実感を求めて容易に誘導されてしまう。 確かに旧約聖書の律法の概念はそれに近いのだが、律法とは、生まれながら掟の下にあったイスラエル民族が、メシアによる達成を待ち、その民を備えるためのものであった。 キリストが『わたしは律法を成し遂げるために来た』と言われるのも、パウロが『キリストは律法の終り』と説くのも同じく、だだ一人キリストのみが律法を尽く守ってその『義』の規準に到達した事を意味しているのである。したがって、終末での救いの要諦はそのキリストによる『罪』の赦しへの信仰に懸っているのであり、人の言動の道徳性だと言えば、それは大いに間違っていて、却って危うい観方なのである。(マタイ5:17/ローマ10:4)

聖書を見直せば『新しい契約』についても、メシアによる律法の成就によって、聖霊を通し『義』を分与される『聖なる者ら』について、その『完全』な義の分与により『神の子』としての身分を仮承認された状態に入らせるものである。それでも依然としてアダムの罪に在りながら神の是認に応分の道徳性を守る必要があり、且つ、それが『新しい契約』を全うして、天界への召きに預からせる規準であった。 やはり「契約」とは常に不確定な事柄について用いられるものである。(ヘブライ2:10-11)

しかし、ほとんどのキリスト教宗派では、「救い」を信者に請け負ってしまったところから本来のキリストの教えから大いに逸脱し、真意では『契約』に属する『聖なる者ら』への規準を、奇跡の聖霊を持つわけもないただの信者に当てはめさせることで「救い」の実感を味あわせるという欺瞞に陥っているではないか。

その結果となれば、決めつけによる人間差別であり、信者に傲慢さを助長するという以外にない。 その行いも、人にも神にも「見せるもの」と化しており、誰も逃れるわけもない「アダムの罪」を、信者が道徳的な業に努めれば赦されるものと自己欺瞞的に誤認させている。これはヨブが多大な犠牲を払って後に悟り、悔い改めたところであるにも関わらず、その教訓を得ないばかりか、モーセの律法の意義をさえ捉え損なっている。即ち、メシアが律法とどう関わったかの理解が不足しているのである。それではますますメシアの犠牲は何のためだったのかが謎となる。 ⇒ヨブ記の結論

こうした教理を教える側も信じる側も、共に自己救済に関心が強すぎて神の意図をなおざりにしていると言うべきであろう。 キリスト教の神髄である赦しやアガペーは色あせ、利己主義という正反対の精神を教え、また信じさせていることに気付いているようには見えないからである。 教えを乞う信者たちを排他性の檻に囲い込んで悦に入っているような「キリスト教の教師」は、果たして何を以ってキリストの精神としているのだろうか。 それが、宗派と自分の立場のための「キリスト教」であれば、それは自己愛の満足を味わうためのものであり本末転倒ではないか。            

しかし、キリスト教の神髄とは広く知られた以下の句に明らかである。
『神はその独り子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである』。(ヨハネ3:16)

『信じる者がひとりも滅びない』ことが神意であることが示されると共に、このニコデモスに語られた言葉の中で、メシア自らが、モーセが荒野で掲げた蛇のように磔刑に処せられることを暗示されている。これらはイエスの語られた同じ文脈にあり、やはり無関係と捉えることには無理がある。

これは、モーセの日に逆らった者でさえ、蛇の毒が体内に巡りつつあった状態であっても、ただ掲げられた蛇を仰ぎ見ることで生き長らえる手立てを得られたのである。(民数2:4-9)
同様に、この世の終わりに臨んで、聖霊の言葉を語った聖徒らに逆らっていた者らですらも、人類に裁きを執行する最終的な『死の災厄』の中からでも、キリストの犠牲に信仰をおき始める者でさえ、なお希望をつなげることを示唆するものであろう。(黙示6:7-8)

この荒野の蛇の毒の解消は、もちろんキリストの勝利を含んでのことに違いなく、パウロの発言はキリストの死が敗北ではなかったこと、人々に幸いをもたらす大勝利であったことを明らかにしている。
『それは死の力を持つ者、すなわち悪魔をご自分の死によって滅ぼし、死の恐怖によって生涯に奴隷となっていた者たちを解き放つためである』。(ヘブライ2:14-15)

たとえ一時は神に逆らった「罪ある人々」にも示される寛容さは、キリスト自身の言葉『人には、その犯すあらゆる罪も、神を汚す言葉も赦される』また『敵を愛し、迫害する者のために祈れ』に明らかであり、実際イエスご自身を磔刑に処している兵士らについて『父よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです』と祈って執り成しをされている。(マタイ12:31・5:44/ルカ23:34)

その結果、キリストの処刑を担当したローマの百卒長は、当日の一連の事柄の経験の上で『この人は、確かに神の子であった』と認めるに至り、イエスの傍らの強盗も信仰を言い表してバプテスマも無しにその恩寵に与っている。彼らの信仰はユダヤの独善的な宗教家らに勝っていた、というより、真実の信仰に達したのは彼らが蔑んでいた異邦人や罪人の方であったのだ。

このイエスの迫害する者への寛容の精神は、弟子の中からの最初の殉教者として描かれるステファノスに受け継がれており、彼を石打にしている頑迷な律法主義者らについて『主よ、どうぞ、この罪を彼らに負わせないで下さい』と叫んで死の眠りにつくことになった。
その場に居てこの処刑を手伝っていたパリサイ人の一人が居て、その後も苛烈な迫害者となったのだが、その人物は誰あろう、後の使徒パウロなのである。それをステファノスは知るよしもなく最期にその罪の執り成しを祈りつつ亡くなっていたのである。(使徒7:56-8:3)

敵をも愛するというこの精神は、終末に聖なる者らが迫害に倒れるときにも表されるであろう。
即ち、聖徒らに横暴な反対行動や迫害に行って後にも、苛烈な迫害者でさえ、なお信仰を抱いて救いに入る機会は残されるということを指し示しているのではないか。(ルカ6:27)

こう言える理由は、黙示録にも存在する。
その11章は、重大な裁定に関わる意味での『二人の証人』で表される聖徒らの活動と迫害とが描かれているが、そうして地上での活動を終えた彼らは忠節の全うにより、天界に召され、そこで『神の王国の奥義』が完成することになる。

だが、聖徒らに横暴を行った者であったとしても、なお悔いと信仰への扉は開かれていることを黙示録はこう示唆するのである。
『聖所の外の庭はそのままにしておきなさい。それを測ってはならない。そこは異邦人に与えられた所だから。彼らは、四十二か月の間この聖なる都を踏みにじるであろう。』(11:2)

神殿聖所の外の中庭とは、異邦人の入ることの許された領域であったが、彼らはそこを『踏み躙る』という。そして、その中庭は『測られなかった』のだが、その一方で『聖所、及び祭壇とそこで崇拝する者らを測れ』とヨハネは命じられている。

これは即ち、聖なる者らがキリストと共になり、天界の『神殿』を構成する以上は、その石材として正確に測られなくてはならない。つまり『新しい契約』に則り、その生涯をキリストの兄弟として相応しく終えているべきである。

だが、象徴的な神殿境内の『中庭』が『与えられ』最終的には蹂躙を悔い、神を崇めるようになってそこに立つであろう異邦人にはそのように高い倫理性の規準は課せられない。なぜなら、この世にキリスト教徒でもなく、聖書も知らず、むしろ異教や無神論に属している無数の人々に聖徒の規準を要求することそのものがまったく不合理だからであり、この人々には聖なる民を虐げたことでさえ赦されることが示唆されていると観ることができる。

それはダニエルが語るところとも整合するからである。
即ち、「第四の獣の後から生え出た角」が『いと高き者の聖徒を悩ま』して『ひと時と、ふた時と、半時の間、その手にわたされる』と言うように、黙示録の言う『四十二か月の間この聖なる都を踏みにじる』というのも、象徴的シオン山上の聖都の民が、聖霊を注がれて現れてからずっと迫害を加えている姿を共に描き出しているからである。その決定的迫害者らをすら受け容れることを黙示録が示しており、しかも、それこそがキリストに真に従う者らの「偉大なる寛容さ」、まさしく自己犠牲なのである。(ダニエル7:24-25)

キリストが犠牲となられたのも、同様にキリストの共同相続の権利を持つ聖なる者らが迫害に倒れるのも、その身のためである以上に広く世の人々のためであるからである。そして、彼らは敵のためにも祈ることであろう。
それこそが『御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るため』という有名な句の真意ではないか。

それゆえ、キリスト教とは信者だけの救いを請け負う「内向き」で利己的なものであろうはずがない。

それは終末の終り、その終局に至るまでも広く人々の悔いを待つものであるに違いない。
世に多種多様な思想信条があるにせよ、それぞれの賛同者には人間に普遍的な良心的動機が有ってのことに違いなく、その内奥の人の良し悪しもそれぞれである。
それを、一つのドグマを持つかどうかで善悪を判断したときに、それは野蛮な裁定となってきた。それが思想に基づく粛清であったり、宗教差別や闘争となり、果ては民族浄化ともなって歴史に刻まれただけでなく、今日も一向に止んでいないことは世相に見えている。

また今日でも、無神論を標榜し、宗教を弾圧する国家、また国々でそれぞれに異なる宗教を国民に規定している地域も狭くはない。それらの無数の人々はキリスト教に無縁で、却って避けてさえいることであろう。
では、その人々は『ひとりも滅びない』という神意の外にあるのだろうか。

そう思う「クリスチャン」は少なくもないらしい。
不信仰者が「地獄」に行くものとの教えに納得しているのであれば、それは却って有毒な誤謬ではないか。それは誰にとっても有用な意義がない。
同じ信仰にないからと言って、それだけで地獄行きであるなら、反論したり迫害などしている者への処置はどれほどのものになるだろうか。だが、キリストは『人の子をあしざまに言う者が誰であっても赦される』と明言しているではないか。(マタイ12:32)
実際、一神教では異なる信仰の人々を敵として常に敵視し争って来なかったろうか。

しかも、同じ宗教同士での諍いが、他方の異端を主張して一層激烈ではなかったろうか。
教義上の問題で争い、政治や利害や人種を含めて闘争し、ヤコブが言うような我欲の衝突を止めることはなかった。今日では直接的な暴力の行使は禁じられているものの、他宗派への敵視など、一神教の闘争性は嫌悪と偏見の中に燻っているように見受けられる。

また、教会によっては「終末」という概念さえ異端視するのも、裁きを避ける保身意識からではないのだろうか。それで『ご意志が地に行き渡るように』と祈っているのなら、それは大いなる矛盾ではないか。偽善ではないか。
終末とは、聖書の全巻が焦点を合わせる救いの時であり、それに恐れを抱くのは、自分の倫理性に危うさを感じればこそのことであろう。そこでほとんどの一神教徒らは「従順さの義」を持ち出しては神を宥めて自分だけは救われようとしているのである。

しかし『我は悪人の死を喜ばず』と言われ、人を『自らの象り』に創られた神が人に望むことが、その言葉への厳密な従順だろうか。多くの一神教徒は「神が望む人の生き方」を唱えて、自らの生活を規準で縛ることで「神の是認」を得ようとしているのだが、それではその人の人格が形ばかりの善に押しつぶされ、自ら機械のような存在になることを目指すことになってしまい、そのような自己棄損を神の意志だと言っていることになる。
しかも、アダムの罪は一向その人から去っていないにも関わらずのことであるから、そこに欺瞞があり、またキリストの犠牲の価値を見失ってもいるし、実質的に、神を好き嫌いの激しい偏狭者だとも言っている。

それぞれに自分たちの正しさを唱える宗派は、異なる教理を唱える別の派を「間違っていて危険だ」と言うのであれば、それは実は利己心に発する主張であり、人々を分断して敵意を募らせることでは、その「正しさ」こそが危険ではないか。一神教に特徴的な宗派の争いは、その自分たちの正当性を絶対視して、他を蔑視するところに発してはいないものか。それは少しも「正しい宗教」とは言い難く、「諸悪の根源」と言う方が似合う。

片や、それは自己保身の動機から神を恐怖する余りに、神とは強圧的で気に入らない者を抹殺する圧制者であるとしてしまい、強大な主権者の神が人に望むのは服従であって、その人がどのような内面を持っているかではないと主張することでもある。

やはり、『我は悪人の死を喜ばず、悔いて生きることを望む』と言う神を頂くキリスト教とはそのようなものであるわけもない。
神がアダムをどう処遇していたかにそれは現れている。そこに強圧的主権者など存在しなかった。崇拝行為や儀礼ばかりか、エデンでは祈りの必要さえなかったのである。
それであるから、自分がどのような人であるか、これに正面から向き合い、キリストからの感化を望むのがキリスト教ではないか。
もし、そうでなくて、本当に神が圧制者であるなら、初めから神が人に信仰を求める理由が無い。
キリスト教徒が人間の指導者の言いなりに、何等かの規則に従うだけの奴隷となる理由などは無い。『信仰』とは自由な選択から起こされるものであり、神との関係性は、命欲しさの恐怖の呪縛に捕われるようなものでも、安直な救いの獲得の射幸心にも無いのである。

詰まる所、キリスト教界が利己心を煽られてきた原因には、『アダムの罪人』らしく自分だけは救われようとの動機が働くところに働き、その利得を請け合う宗派が正しい事を願って自分は倫理的欠陥を抱えていながら「何が正しいか」を問う姿勢からきたものであろう。
そこで「何が価値あることか」は問うこと無しに、『愛』という最善の価値あるものを見出さなかった。そのキリスト教は愛ではなく人には存在するわけもない架空の正義を追い求めてきたのである。

だがキリストは、その予告の通りに終末には世の裁きに戻られ、ご自身の王国を建てられる。
ダニエルの『一週の間、契約を固く守る』と記され、終末に残された『新しい契約』をなお締結する残された1260日、42ヶ月、三年半を忠節の内に過ごす『聖なる者ら』の現れは、到底そのような恐れと呪縛の「キリスト教」から現れることはないであろう。

キリスト教の「終末」とは、聖徒が精錬を受けると当時に、膨大な数の諸国民の救いの機会なろう。キリスト教とはそのようなものではないだろうか。
その人々が流れのようにシオンの山を目指すとき、それは「現状のキリスト教徒」の想像を遥かに超えた預言の成就とならないものだろうか。

それゆえにもダニエルの『北の王』は終末の途中で消滅しなければ、その支配下の人々に救いの道は拓かれないのではないだろうか。(ダニエル11:45)
やはり残虐な北の王国であったアッシリアから預言者ヨナが学んだ事はいったい何であったろうか?ヨナは自分の義の規準から、明らかにニネヴェの民を嫌い、滅ぼされることを望んでいた。確かに、その北の国アッシリアは残虐さで知られる帝国ではあったが、神の言葉への悔いは早かった。そこで神は預言者ヨナを諭したのであり、ヨナ書の教訓は明らかに「預言者への預言」であったのだ。(ミカ5:5)

そして終末では、許多の宗教組織への糾弾も起こされるに違いない。それが即ち「大いなるバビロンの滅び」である。それがシオン攻撃の直前に奇襲として起こされるのであれば、なお、短時間に億を単位のそれぞれの信仰者の思いの転換が見込まれることであろう。神は『わたしの民よ・・あの女から出よ』と言われる。その『わたしの民』とは「正しい信者」のことだろうか?そうではない。その時に間違いに気付く人々について神は予め『わたしの民』と呼びかけているのである。
荒野の蛇がその人々を癒すように観えないだろうか?
この世の崩壊する『大患難』に在ってさえ、キリストの犠牲に信仰を働かせるのであれば、やはり信じる者と言えるであろう。同じ人間なのである。
そうであるのに、自分は「救いに価するクリスチャン」などと取澄まして思うべきだろうか。いや、それは恥ずべきことで、少しもキリスト教でない。キリスト教徒でなくても優れた資質を持ち、また示すことのできる人々は何と多いことであろうか!

そこでキリスト教とは、「救い」を外へ外へと押し広げることに於いて利他的であり、その点に於いてこそ、他のどのような宗教や思想であれ、けっして追随を許さないほどのアガペーの高みに登ることであろう。
思想信条の異なる人々との境界に於いてさえ、キリスト教は間口を広く出来、「宗教団体の信者」ではなく「信じる人々」をひとりも漏らさずに救うこと、これが神意に違いない。





    ©2020  新十四日派 林 義平








使者と契約の使者による「水のバプテスマ」

今日の水のバプテスマの意義



今日、キリスト教に帰依しようとする人々が当たり前のように受ける水のバプテスマであるが、その意義には何があるのだろうか?

結論から言えば、キリストの水のバプテスマとは、それを望んで受ける人が、ナザレ人イエスをキリスト=メシアとして認め、そこに救いがあることに信仰を働かせたことの表象である。

しかし、この記事では、マラキの預言にみられる『契約の使者』とそれに先立つ『使者』、即ちバプテストとメシアとが共に施した水の浸礼の異なる意義を探る。その理解の切り口は「契約」である 。

マラキの預言の第三章はこのように書き始められている。

『見よ、わたしはわが使者を遣わす。彼はわたしの前に道を備える。
また、あなたがたが求める主は、突如としてその家(神殿)に来る。見よ、あなたがたの喜ぶ契約の使者が来る。
このように万軍のYHWHは言われる。』


さて、キリストに先立ちヨルダン川で祭司ゼカリヤの子ヨハネが『悔い改めのバプテスマ』を施し始めたのが、水のバプテスマと云うものとして初めて聖書に現れている。

もちろん、祭司らの水の洗いという、聖職に携わる前に義務付けられた潔めや、民の儀式上の浄めなどがこの以前から存在してはいたが、神殿祭司でない預言者から民が授かるような宗教儀礼は初めてのことであった。

即ち、ヨエルの『YHWHの大いなる恐るべき日が来る前に』、『わが霊をすべての肉なる者に注ぐ。あなたがたの息子、娘は預言をし、あなたがたの老人たちは夢を見、あなたがたの若者たちは幻を見る』というレヴィ族の神殿祭祀を超えてゆく新たな進展への神の布石とも云える。(ヨエル2)

その先には、メルキゼデクの如き天界の大祭司制度が見えている。レヴィ族に依拠しない、イスラエルの全体が担う、まったく新たな祭司職への出立である。
エジプトの奴隷状態から脱したイスラエルは、モーセに率いられて紅海の水から救い出され、シナイ山麓で律法契約に入って以来、レヴィ族による祭司制度を行って来た。

使徒パウロは、紅海を渡ったイスラエルは『モーセへのバプテスマを受けた』と記したのは、旧契約とその祭祀へと民の心を整える役割としての出来事であったことを類比しているようにもとれる。

だが、ヨハネとイエスによるバプテスマは、最終的にレヴィに属さない新たな大祭司だけでなく、新たな祭司団、新たな神殿、新たな至聖所を築き上げるものとなってゆく。それこそは地上のひな型が指し示した天界の事象というべきであろう。やがてヘロデ神殿も去ってゆき、『エルサレムでもないところで』『霊と真理により崇拝』する時節の到来が近付いていたからである。(ヨハネ4)

そこで、バプテストの『荒野の叫び』は、イスラエルの新たな旅立ちを促す預言者の宣告、遥かな荒野の彼方からショーファールを吹き鳴らすその響きであったと言えよう。では、この民族は腰を上げて、新たな祭祀、また約束の地に達するであろうか?

彼の浸礼が表す『悔い』とは、律法契約の不遵守の後果としての第一神殿の破壊とバビロン捕囚を経て、契約の箱と聖籤を失い、イスラエル民族には律法契約に対する罪の意識が広く浸透していた一方で、パリサイ派や書士や学者のような誇り高い支配層では、律法条項を墨守することになお固執するという、別の態度が見られていた。
だが、この気位の高い層は比較的に富裕であり、そうでなければ保てない清めの水準に居ることに慢心があった。

このイスラエル民族の状況下で、野の人「バプテストのヨハネ」が唱導した水のバプテスマは、貧しく清さの基準に達しない庶民層が神に立ち返る道を開くものであり、不安定化していた律法契約について、アブラハムの子孫、即ち『契約の子ら』であるイスラエル、またヘブライ人の原点とも言える「荒野」*から神に向かわせ、その関係を修復するよう『心を整えさせる』ものとなり、預言者エレミヤに予告されていた『新しい契約』の到来に備えて人々を準備させるものであった。
*(「シャッダイ」は荒野を意味するとの説もある。ヘブライの語源「イブル」は定住者との対照としての遊牧民を表す)

即ち、イスラエル民族について律法契約から新しい契約へと、ヨハネとイエスのふたつの水のバプテスマが媒介となって繋いでいるのである。このふたつは、共に人を水に沈めてから起き上がらせるという死と再生を表す見た目は同じでも、その意味は異なっており、一方は律法契約の終点に位置し、もう一方は『新しい契約』の始まりに位置している。これらは共に、律法祭祀とは別に、「荒野」で進んだ神の経綸の展開であり、不安定化していた律法制度を遥かに超える重要な意義があった。

そこで、多くのイスラエルの民がヨハネからの水のバプテスマを受ける中で、ヨハネはパリサイ人ら指導者層への施しは拒絶している記述も聖書にあるが、そこに律法契約に対するパリサイ派らの見方の異なりが裁かれている。(ルカ7:30)

つまり、彼らが律法を遵守するなら、依然として神の前に『義』を得られるものと思い込んで、メシアという救いの手段にも、律法祭祀の以前に想いを振り返らせる「荒野」というイスラエルの原点からのヨハネの声にも耳が塞がれていたのであった。

そこにナザレ村から来られたイエスが、そのヨハネから水のバプテスマを受けられたが、「アダムの罪」も、「律法の呪い」をも負わないイエスが受けた水のバプテスマは、民の一般が受けたものとは性質を異にしていた。

イエスの受けた水のバプテスマでは、水から上がったその場で聖霊の注ぎが起こっており、神の信任の言葉をヨハネは聞いて証しを立てている。そのときを以ってナザレのイエスがキリストの任命を受けるという格別の儀礼となった。

こうして水と霊によって神の子の『初穂』となるべき者(キリスト)が最初に現れた。
更にキリストは、自らが受けた復活を通して『兄弟ら』*の中からの『初穂』ともなってゆく。(ヘブライ2:11/コリント第一15:27)*(真実のイスラエル「アブラハムの裔」を含意)

したがって、ヨハネの水のバプテスマには、民への『悔い』の表象と、メシア叙任の機会と紹介の働きがあったが、そのどちらもが『新しい契約』に向かってゆくべき神の経綸の中で、欠くことの出来ない重要性を帯びていた。


◆主の御前を行くエリヤ

ヨハネのバプテスマが、イスラエルの悔い改めによる『整えられた民』をキリストに対して備えた事により、イエスは、メシア信仰を持った者らから、やがて聖霊を注がれる者らを召し出して、人類に祝福をもたらす真実のアブラハムの裔、『神のイスラエル』を集め出し、『神の王国』を構成させることが、遠くエレミヤの預言した『新しい契約』の意味するところであった。

その過程に於いてバプテストは、マラキが予告したように『契約の使者』の前に使わされる『エリヤ』であった。(ルカ1:17/イザヤ40:3)

マラキは、その『エリヤ』が行う働きを次のように述べている。
『彼は父の心をその子供たちに向けさせ、子供たちの心をその父に向けさせる。これはわたしが来て、呪いをもってこの地を撃つことのないようにするために』(マラキ4:6)
だが、マラキの預言書には水の洗いについては書かれていない。

ゆえに、キリスト・イエスはバプテストのヨハネについて『エリヤは既に来たのだ。だが人々は彼を認めず、好きなようにあしらった。人の子もそのように人々から苦しめられることになる。』と語り、弟子らはマラキの予告したエリヤの実体がバプテストであったことを悟る。(マタイ17:3)

ユダヤの体制派はバプテストにせよキリストにせよ、その到来の意味も価値も悟るに至らなかった。
彼らの関心は律法墨守によって打ち立てる自らの義であり、神に是認を与えさせることであった。
しかし、それは真逆に作用することになる。神の前で彼らは自己に確信を持っており、その心はニュートラルではなく頑なであったのだ。

バプテストのヨハネは書士やパリサイ人が浸礼を受けることを拒絶し『既に、斧は木の根元に置かれている』と警告したが、まさしく彼らはモーセに固執しヨハネの宣明した『悔い改めのバプテスマ』に価しなかったばかりか、キリストに対して到底『整えられた民』ということもできない。これらの体制派の者らに『新しい契約』は眼中になく、また、紅海のモーセ以前に立ち戻る必要を感じもしなかったに相違ない。それをヨハネへの扱いによって実証してもいるし、この後には他ならぬキリスト自身に対してもそうしたのである。

福音書の中では、ユダヤ人一般の中に、マラキに予告された『エリヤ』を待つ姿勢があったことが何度か描かれる。
バプテストが現れると民は『あなたはエリヤか』と彼に尋ねているうえ、イエスが奇跡の業を行うようになると、次にはそちらがエリヤではないかと言い出している。
使徒らは主に『なぜ、律法学者は、まずエリヤが来るはずだと言っているのでしょうか』と尋ねており、奇跡を行うイエスを、人々はエリヤの蘇りであるとする解釈もあったことが記されている。

また、後には磔刑に処された主が『エリ、エリ』と神に叫ぶと、ユダヤ人らはエリヤを呼んでいると思い、『エリヤが来るか見てみよう』とまで言っている。

つまり、ユダヤ体制に属する人々の多くにとってエリヤは必ず『到来することになっている』のであり、『すべてを回復する』ことに期待も掛けていた。(マタイ17:11)
裏を返せば、律法を行いながらも「ともかくエリヤを待てばそれでよい」という観念に凝り固まって、預言の言葉に込められた精紳に無感覚になっていたというべきであろう。

だが、彼らはその『エリヤ』の到来に気付くことはなかった。
なぜなら、イエスが『人々は彼を見分けなかった』と言われる通り、バプテストの服装にエリヤを見出すことも、彼自身が『自分は荒野で叫ぶ声』であるとイザヤに注意を向けても、それに気付かなかった。原因は、『エリヤ』の意味することへの洞察を怠っていたからである。

イスラエルの悟りの悪さはこのときばかりではなかった。
古代には、バアルの祭司ら450人を相手に勝利した預言者エリヤを、イスラエルは支持せず、却って追いたてたので、彼はユダの荒野に逃れて死を求めたものの、神の慰めを得てホレブの洞窟に身を隠し、カラスの運ぶ食物で飢えをしのぎ、イスラエルには入らず、異邦人のザレファトにあっては、明日の糧も知れぬ極貧にある寡婦の世話を受けねばならなかった。それほどまでにエリヤを冷遇したように、バプテストのヨハネをも扱ったのがこのイスラエルの民であったのだ。

そのうえ、バプテストのヨハネという先駆者を正しく評価もしなかったユダヤ人は、やはり奇跡を行う人であるイエスをも逮捕し総督に処刑させたのであり、そうまでしておきながら、自分たちに遣わされたメシアがいよいよ息を引き取る最期に在っても『エリヤが来るか見てみよう』と言い放ったのである。何と言う無感覚!その麻痺した良心は当然にメシア信仰を見出しはしなかった。


◆『契約の使者』

ヨハネの施した水のバプテスマには、律法の罪と呪いに塗れたイスラエルを、律法契約に代わる新しい契約に備えさせ、マラキの言う神殿に突然に来るという『契約の使者』の先駆者としてアブラハムの子孫に注意を促す役割があったと言える。

そのバプテスマを受けた人々は、もはや律法の遵守による義の獲得に期待を寄せるのではなく、ペテロが言い表しているように、律法が『先祖もわたしたちも負いきれなかった軛』であることを認め、民は契約を破ったと語ったエレミヤが伝えた新契約、即ち『わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す』という『この契約はわたしが彼らの先祖をその手をとってエジプトの地から導き出した日に立てたようなものではない』つまり、律法契約のような書かれた条項を守る務めとは異なるものが予告されていたのであった。(使徒15:10/エレミヤ31:31-32)

パウロはこの対比について『文字は人を殺し、霊は人を生かす』、また、律法に従う者を『奴隷』とまで言っている。(コリント第二3:6/ガラテア4:25)

だが、律法契約による『義』を諦めるほどに大きな意識の転換がイスラエル民族にできるだろうか?
そこにこそバプテストの登場の意義があった。
つまり、『新しい契約』の締結は、シナイ山麓で民の皆がモーセの前に集められ、民の全体が山を眺めるような仕方で行われものではなく、血統によらず、密やかに信仰という個人的に選ばれる者とのものとなるべきものであった。

ヨハネが施す水のバプテスマによって、マラキ以来の四百年の預言の沈黙に終止符が打たれ、『わたしの後に来る方は、あなた方に聖霊と火とのバプテスマを施すであろう』と述べてメシアの到来を宣告し、同時に祝福と呪いとをイスラエルの前に置いたのである。

聖霊と火という、この正反対の二種類のバプテスマは、実際にあのシャヴオートの日の聖霊降下と、西暦七十年に起こったエルサレムと神殿の火の滅びとに成就した。即ち、蔵に納められるべき小麦の穀粒と、火で燃やされるしかない籾殻の処置の違いである。
その結果といえば、聖霊の注ぎによって『新しい契約』に含まれた『小麦』は、ユダヤの全体からすれば僅かに数万人という有様であった。(使徒21:20)

こうして、イスラエルへの印となったヨハネの活動は終わった。
そのバプテスマは、律法契約に属していた民の『悔い』の象徴であり、謂わば律法契約からの出口であったので、メシアの仲介する『新しい契約』に入るべく『水と霊から生まれる』ために、まずヨハネの『悔いのパプテスマを受けた後に、イエスの名による水のバプテスマを新たな契約への入り口とする必要があった。⇒ 「羊の囲いの例え」

また、この事には事例を挙げることもできる。それがパウロのエフェソスに於ける活動のひとつで、おそらくはヨハネのバプテスマを唱導するばかりであったところを、後にエフェソスでキリストの名によるバプテスマを受けて聖霊を注がれたアポロという人物を追って、同じくアレクサンドレイアからエフェソスに来ていた、聖霊を知らず、ヨハネのバプテスマだけを受けていた*十二人ほどの人々に、パウロがイエスの名による水のバプテスマを施して後、皆が聖霊を注がれたという出来事に表れている。(使徒19:1-7)
即ち、イエスの名によるバプテスマには、メシア信仰が求められているのである。
*(ヨハネの死後もその弟子らによって、その名による浸礼が継続していたのかもしれない)

他方で、ユダヤ教の外にいた異邦人らはヨハネの名によるバプテスマは必要としておらず、諸国民からの聖徒らはそのままイエスの名による水のバプテスマを受け、その後に聖霊の注ぎを受けた。

また、あのシャヴオートの日に新契約の実体が到来して以来、ヨハネのバプテスマは必要が無くなっていたであろうことは、使徒ペテロの『バプテスマを受けよ、然すれば聖霊を受ける』とディアスポラの民に宣言していた姿に見ることができよう。

イエスは、この水のバプテスマと聖霊領受の件を、サンヘドリン議員のニコデモスに『水と霊から生まれなければ、だれも神の王国に入ることはない』と明言している。
この『神の王国』は所謂「天国」ではなく、アブラハムに約された『地上のすべての種族の祝福』となるべき『選ばれた民』を表すのであるから、この新生に入らなければ誰も救われないということではない。


◆準備のできた民を用意する

では、ヨハネによる水のバプテスマの役割は何であろうか?

福音書によれば、イエスのバプテスマは主の弟子らによって施され、それを見たヨハネの弟子らはこの件を師に報告をしているが、同じユダヤでバプテスマを施しているイエスの弟子らの方に人々が行ってしまうことを危惧していた。

だが、ヨハネは『花嫁を得るのは花婿であり、その友人は花婿の声に喜ぶ』と言い、『あの人は増えてゆき、わたしは減ってゆくべきだ』と言うのであった。

そこでヨハネのバプテスマは、それを受ける者を契約に結び付けるものではなく、恰も新婦を新郎に紹介する仲人の役割を持っている。
(但し、ペンテコステ以前にイエスの水の浸礼を受けた人々にも自動的に聖霊が降るようになったとは思えない)

即ち、旧契約を総括する点で、彼は旧約の最も偉大な意義を持っており、新契約へとイスラエルの民を橋渡しする役割があり、その目的からすれば、イエスの側に律法下の人々が流れてゆくことこそが、彼の存在意義であったと言えるのである。

この点を例示するのが、羊の囲いの例え話であり、律法体制という囲いの壁の中に保たれていたアブラハムの子孫らに対し、囲いの戸口番に相当するヨハネは、戸口に来たイエスをメシアとして紹介する。その良い羊飼いは、自分の羊のすべてを戸口からすべて出してしまうと、羊たちは豊かな牧草地に導かれることになる。(ヨハネ10)

これは即ち、メシアに従うイスラエルの人々には聖霊の注ぎを受け、アブラハムの相続財産である約束の成就に預かることを指していよう。

だが、そうしなかった羊について、このヨハネ10章の例え話には無いのだが、律法体制という囲いそのものの崩落が実際の歴史には待ち受けており、それは西暦七十年に恐ろしい現実となってユダヤのキリストの世代に降り懸る。
以後、ユダヤ民族は神殿祭祀と、そこに『置かれる』という神名の発音を失って二千年が経過しようとしている。明らかに神の契約はこの血統からは去った。

やはりヨハネは『わたしは水であなたがた(ユダヤ人)にバプテスマを施すが、わたしの後から来られる方はあなたがたに聖霊と火とのバプテスマを施すであろう』との言葉の通りに、先駆者の彼のバプテスマは聖霊をも火をもユダヤ人にもたらすものとはならなかったのである。

だが、それでもイザヤの云う『主のために、荒れ野に道を備え、わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。』という荒野で叫ぶ声を聞かせ、『準備のできた民を主のために用意する』との働きは全うしたというべきであろう。『荒野に広い道を通せ』とは、真の意味でのバビロン捕囚からの帰還、律法という『欠けたところのある契約』からの脱却を促していたともとれる。

このヨハネは、『見よ!世の罪を取り去る神の子羊』としてナザレから来られた方を指し示し、水のバプテスマを施したときには、聖霊が鳩の形をとってその方に降り、『わたしはこの者を是認した』との声を聞いたことを証ししているのである。

こうして荒野に現れエリヤの服装をしたヨハネは、イエスをメシア、また『新しい契約』を司る『契約の使者』としてイスラエルに紹介したのであった。それは「羊の囲い」の「戸口番」として、真の牧者が誰かを示したことになる。

当時の状況を俯瞰すると、『主の前を行く』彼のエリヤの役割は、イスラエルの誰にでも益をもたらしはしなかった。かつて、捕囚から帰還する人々が『残りの者』と呼ばれたように、神に立ち返りメシアを見出す人々となる『門は狭められて』おり、そこには淘汰され清めらえるべき条件があった。
マラキはそれを『見よ!あなたがたの喜ぶ契約の使者が突然に神殿に来る。彼の現れるとき、誰が耐えうるか。彼は精錬する者の火、洗う者の灰汁のようだ。』と語る。(マラキ3:1-2)
即ち、次なる契約とはただアブラハムの血統に自動的に与えられるものではなかったのである。そこには厳しい選別が待ち構えていたのであった。


◆終末の『契約の使者』

そしてマラキの預言を見るなら、このエリヤは終末にも介在するであろうことが示唆されていることに気付く。

『見よ。わたしは、YHWHの大いなる恐るべき日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす。』とマラキは語っている。(マラキ4:5)

確かに、メシアのユダヤへの到来は、律法体制の終りの日であり、ほとんどのユダヤ人は自分たちが『査察されていることを見分けなかった』のであった。(ルカ19:44)
西暦七十年を見た世代は、ユダヤ人にとっては『大いなる恐るべき日』を体験したのではあるが、マラキが云うような『YHWHの大いなる恐るべき日』が、律法体制の終りの日だけを意味したとは思えない。少なくともキリストの終末預言と黙示録が、それをただ過去の出来事にすることを許さない。
またエレミヤも、神には『諸国民との論争がある』と述べ、また、『地に住む者に尽く臨む剣がある』とも預言している。(エレミア25:29・31-32)

この点で、この世の全体が裁かれるという終末をもたらすのは、やはりキリストの再臨であって、その臨在により『羊と山羊』がその左右に分けられ裁かれるという、この世という体制の終りの日となるのである。(ヨハネ16:8/マタイ25:31-33)

では、この世の終末の前に、あるいはキリストの再臨の前の「エリヤの現れ」に相当する何者かついて聖書はどう語っているだろうか?


その前に、キリストの再来について情報を整理しておくのが良いであろう。

多くのキリスト教徒は、マタイ福音の終りにある『いつの日もあなたがたと共に居る』という主の言葉のままに、使徒らの日以来、変わらずにキリストが信徒と共に居ると信じているからである。

もし、そうなら『わたしは再び来て、あなたがたを迎える』との言葉、またミナやタラントを始め、『自分の主がいつ帰って来られるのか、あなたがたには分からない』とのイエス自身が語られた不在をどう整合させることができよう。

主は、世の者らに対しても、使徒らをはじめとする弟子らに対しても『不在』の時期があることを再三明言されているのである。

それに加えて、主は『誰も働くことのできない夜』が来ることをも告げられたが、そのヨハネ福音書の言葉は、イエスが『父である神の御許から世に来て、世を去って再び御父の御許に戻られる』こと、また、『世はもはやわたしを見ない』ということとが関係していると捉えないわけにはゆかない。

そうでなければ、キリストの再臨も、『再び来る』ことも『戻る』ことも、様々な例えに示された『あなたがたは、その時を知らない』という繰り返された言葉を空虚なものにしてしまうからである。
主の再臨は、最初の現れがダニエルによっておおよその時期を教えられていたのとは対照的に、時の不可知性が他ならぬイエス自身によって繰り返し強調されているのである。

この点を例証するのが、ダニエルに与えられた七十週の最後の一週についての謎である。

ダニエル書の第九章のガブリエルの言葉を追ってゆくと、六十九週を経てメシアが現れると、次の週の半ばで『犠牲と供え物を絶えさせる』という言葉を、メシア自身の血の犠牲による律法祭儀の意味の終了と捉えるなら、確かにイエスの活動期間が三年半であったことに符合し、その間にバプテストのヨハネより『偉大である』という『大いなる者らと契約を結んだ』ということが、マラキの『契約の使者』としての働きであり、あのシャヴオートの日を以って、その契約が発効したことも聖霊の注ぎによって確認できる。

だが、第七十週の半ばまではこのようにメシアの業績を追えるが、残りの三年半はどうなったのか?
そのまま継続していれば、西暦36年の秋に「ダニエルの七十週」は終わりを迎え、第二のメシアであるイエスによる大事業の収穫、即ち『至聖所に油を注ぐ』という意義の重い結末を迎えていることになろうが、その年に何か目立ったことは特にない。

当時には、未だヘロデ神殿はそこに在り、「エレミヤの七十年」を導いた第一のメシア、キュロス大王によって、今日の考古学からも正しく70年間の至聖所の不在の後に再興されたレヴィ族祭司らによる神殿祭祀は、イエス後の西暦36年にも継続していたままであり、そこでどう『至聖所に油を注ぐ』必要があったろうか。

また、『彼は一週の間に大いなる者らと契約を取り結び』とある以上、メシアの死によって断たれた最後の一週の残りの半分がそのまま継続したのなら、西暦36年の秋を以って『大いなる者ら』(ヨハネ10:29)との契約締結は終了したと見做すべきことになる。

だが、イエス自身が終末預言の中で、聖霊を注がれる弟子らがなお将来に存在すること、また、彼らが為政者らの前で論駁できないほどの言葉を語る事、また黙示録では、聖徒らが『地を何度も打つ権威』を持つと明示しているのであるから、人類史のクライマックスを成すに違いないその時に、神が御力を見せないと考えるのは余程無理である。(黙示11:6/ミカ7:15-17)

ならば、終末に存在するであろう新たな弟子らと『新しい契約』を締結する必要が残されており、そのためにダニエルの第七十週目の残りの三年半が、人に知られることのない不定の将来に起る臨在の間を指し示していると捉えるなら、そこに黙示録の中での『二人の証人』の活動期間である『三年半』に相当する『42ヶ月』また『1260日』を見出すことになる。(黙示11:2-3)


さてそこで、イエスの帰天に際してバプテスマを授けるよう命じられた、マタイ福音書の末尾にある『いつの日もあなたがたと共に居る』との言葉の、その『あなたがた』というのが誰であるかが問われなくてはならない。

これが、ヨハネ福音書に中で、主が『父がわたしにくださったものは、他のすべてより偉大』と言われたところの『わたしの羊』と呼ばれる者ら、またダニエル書では、メシアが契約を取り結ぶ相手である『大いなる者ら』、つまり、契約に預かり聖霊を注がれる『聖徒ら』であると見做すことはけっして理に適わないことではない。(ヨハネ10:29)

『いつの日もあなたがたと共に居る』と語りかけられたのは使徒らであったが、『わたしの命じたことを守り行うよう教えよ』ともある。そのように一定の基準を満たすべきなのは、『新しい契約』に預かり、『聖なる行状と敬虔な想い』を保つべき『聖なる者ら』ではないか。(ペテロ第二3:11-)

むしろ、イエスが『いつの日もあなたがたと共に居る』、また『二人か三人がわたしの名に拠って集まるところには』とも言われた相手が誰であったかに見えるものがある。

主が共に居るという『あなたがた』また『二人か三人』に数えられるべき契約に参与している人々が存在しない期間については、当然ながら主もそこには居ない。そこでこれらの言葉を、教会員ら「クリスチャン」らが自分に当てはめ、幸福感に浸るのはまったく的外れなことになり、それぞれが排他的に振る舞う諸宗派にキリストが親しいわけもない。


◆終末のエリヤ

こうして、主の再来、また臨在について考える基礎を据えることができ、ここに於いて我々は、メシア=キリストの終末での活動に先立つ何者かについて推論する準備が整ったことになる。
終末に於いてキリストが再び契約を取り結ぶ42ヶ月、1260日が始まり、『聖なる者ら』が再び世に現れる前に、やはり預言者エリヤに相当する何者かを見出すのであろうか?

先に、黙示録11章の中での『二人の証人』について見たが、この二人はまず『聖なる者ら』であることは、奇跡を行い崇拝を立てるモーセとアロン、エリヤとエリシャ、ゼルバベルとエシュアという三つの二人組によって表象されているところに見えている。

その中にエリヤが含まれていることが、幾らかの混乱を招くかもしれないが、奇跡を行う預言者の姿と、『エリヤの霊を持って歩む』ヨハネに間には異なりがあった。メシアの直前に現れたゼカリヤの子ヨハネがエリヤさながらの奇跡を行う人ではなかったように、終末のメシアの帰還の前に現れる『エリヤ』に相当する者も、エリヤそのものでないに違いなく、終末のときには『ラクダの皮衣』を身に着けている必要もないことであろう。

だが、マラキに予告された『整えられた民』をキリストに向けるという働きを行うであろうことは果たされるに違いない。

その民とは、契約に入る以前に心構えの出来た人々であろうし、当時には律法契約への呪いに深い悔いを見せていたことであろうから、終末に於いては人類全般に宿るアダム由来の『罪』について認識し、それを悔いている人々であることが類推でき、その人々は、自分は既にキリストの犠牲によって赦されているなどとは思わないであろう。

むしろ、旧来のキリスト教の有り様を嘆いてさえいないようならば、あの蒙昧のままでは、終末に再開される契約に対して『整えられた民』とは言い難い。

イエスが聖霊について『真理の霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれる』と予告しているように、聖霊が再び注ぎ出されるときにはキリスト教も再生されるに違いないが、キリスト教界の現状では、既に自分たちに聖霊はあるという確信のこもった自己義認的な言い分の中で、聖霊が降下する必要さえ認識されておらず、むしろそれが起こるときに反対し兼ねないほどである。

この情況では聖霊を迎えることも、キリストの帰還を待ち、そのための宴会を用意をしている姿も期待できるものではない。これでは、イエスの語られたような『用意のできている』状態ではない。(マタイ24:44)

その何時とも知れぬキリストの帰還について使徒らに警告した主の言葉の多くは、終末に聖霊の注ぎが起こって聖徒らが現れた後、精錬の期間を経てからの彼らの裁きの確定ともなる『臨在の顕現』の決定的な時をも言い表しているが、ルカ福音書の12章では、ペテロの貴重な発言一言が記録され、その前後で主の語る言葉の『時』が、『臨在の顕現』のその時ではない、その前の『知られざる時』について語ったものであることが明らかになってくる。


◆忠実な思慮深い家令

ではまず、その場面を読んでみよう。

『腰に帯をしめ、灯火をともしていなさい。主人が婚宴から帰ってきて戸を敲くとき、すぐ開けようと待っている人のようにしていなさい。主人が帰ってきたとき、目を覚しているのを見られる僕たちは幸いである。よく言っておく。主人が帯をしめて僕たちを食卓につかせ、進み寄って給仕をしてくれるであろう。

主人が夜中ごろ、あるいは夜明けごろに帰ってきても、そうしているのを見られるなら、その人たちは幸いである。

このことを、わきまえているがよい。家の主人は、盗賊がいつごろ来るか分かっているなら、自分の家に押し入らせはしないであろう。
あなたがたも用意していなさい。思いがけない時に人の子が来るからである」。

するとペテロが言った、「主よ、この例えを話しておられるのはわたしたちのためなのですか。それとも、すべての者のためなのですか」。

そこで主が言われた、「主人が、召使たちの上に立てて*、時に応じて定時の食事を備えさせる忠実な思慮深い家令は、いったい誰であろう。
主人が帰ってきたとき、そのように努めているのを見られる僕は幸いである。よく言っておくが、主人はその僕を立てて*自分の全財産を管理させるであろう。 *(カタステーセイ/動)[直未来能3単;マタイでは前半にアオリスト時制が用いられている]

しかし、もしその僕が、主人の帰りが遅いと心の中で思い、男女の召使たちを打ちたたき、そして食べたり、飲んだりして酔いはじめるならば、その僕の主人は思いがけない日、気がつかない時に帰って来るであろう。そして、彼を厳罰に処して、不忠実なものたちと同じ目に遭わせるであろう。
主人の意向を知っていながら、それに従って用意もせず勤めもしなかった僕は、多く鞭打たれるであろう。』(ルカ12:35-47)


婚宴から戻る主人を迎える従者という例えはここばかりでなく、マタイ福音の方の終末預言の中に二回あり、ひとつは十人の処女に関するものと、もうひとつが上記のルカとほぼ同じ内容で、家のすべてを司ることになる家僕の例えとなっている。

『主人の家』また『召使たち』が何を意味するのかについて、それがキリスト教会であるとか、信者たちであるとかのそれらしき確証は無い。その辺りもはっきりとはしないのだが、その例えの訓戒は重く厳しいものとなっている。あるいは、広く多様なキリスト教探求者らについての求められる姿勢を説いているのかも知れない。

そこで、ここで言われた『腰に帯を巻き』『灯りを灯して待っている』というのは、聖徒らが天に召されるか否かの決まるキリストの『臨在の顕現』の時を用意して迎えよという事なのだろうか?

ルカ書の中では上記のように、ペテロがその話の対象者が誰なのかについて尋ねているのだが、そこには普段からイエスの例え話の意味するところを聞く事の許された身近な弟子らと、一般の群衆との異なりが背景として在り、使徒らへの言葉は新約聖書に記されたので、今でこそ誰でも読めるのであるが、本来は使徒らへの解き明かしは、彼らが代表して受け取った聖徒らへの言葉となっている箇所が多い。

だが、上記ルカ12章の家令の件についてはペテロの問いの一言の存在によって示唆されている事がある。

つまり、ペテロが、この話は使徒らに語っているのか、それとも聴くすべてに語っているのかを尋ねたのであるが、これが大いなる立場を得る聖徒への訓戒なのか、それとも信者一般であるのかの質問について、イエスは一向に構わず話を続けている。
そこでペテロは答えを得なかったが、それはなぜだろうか?

考えられる解答は、イエスの『いったい誰であろう』の言葉に集約されているからである。これが語られた時点で何者かが分からない。それで答える必要が無いのである。
なぜなら、この『家令』の存在が終末の聖霊の注ぎによる聖徒らの再出現に先立つものであるなら、『家令』が聖徒か信徒かという問いそのものに意味が無い。ペテロの問いは直接には答えられなかったのだが、彼の質問の本質には答えられており、しかも意義深い。

したがって、この『家令』とは、何者か分からないながら、聖徒らが現れるための母体である『シオン』という名の女を養う働きを為し、時経て主の臨在を迎えるなら、聖霊を注がれる者らを整え準備する者のことを言うのであろう。そのように努めているところに主人が帰ってきて、その姿が目に留まるならその家令は幸福な扱いを主人から受けることになるという。

奴隷が畑仕事をしたからといって、食事のときに主人が慰労して給仕することなど有り得ないというイエスの言葉を載せているのもルカ福音書であるが、この例えでの『忠実な思慮深い家令』は、まさにその異例な扱いをうけると云うのである。

だが、もし『主人は遅い』と想い、『仲間を打ち叩き』強制して、勝手な宴会を始めているところを見られるようなら、その者らは厳しい処置を受け、外部の不忠実な者と共に裁かれる。善悪双方の差にはたいへんに大きなものがある。

これが誰にせよ、終末に向けて人々を整え、キリストの帰還に備える者が必ずや存在すること、また、罰を受ける家令についての記述が幾分詳しいところからすると、これらの罰せられる者らも実際に存在することになるのであろう。帰還の主人を迎えることに心を砕かなかったからである。

このように主の不在と、帰還に備える動きがあることは確かであるに違いない。然もなければ、これらの言葉が福音書に複数回記される謂われも無かったであろう。

それはまた、このルカ福音の前にある「夜中に三つのパンを執拗に求める」例えでの『求め続け、探し続けるなら』『聖霊を与えて下さる』というキリストの言葉を彷彿とさせるものでもある。(ルカ11:5-13)
即ち、聖霊とは時が経過すれば自動的に降下するというものではけっしてないということが強調されている。もちろん、年代計算など意味も無く、却って非人格的またオカルト的でしかない。

『求め続け、探し続ける』とは、自分の利益を後に慢心なく神の意図を探る姿勢であり、他方で厳しい処罰を受ける家令の方は、自分の意志を優先して主人の帰還の時期を評価してしまっており、これは自己本位であって忠実とは言い難い。

それに加えて注目すべきは、身勝手な宴会に同調した者らもそれぞれの程度に応じて鞭打たれていることである。知らなかったにせよ幾らかは罰せられるのである。だが、それが主人の意向に沿わないことであるとまったく自覚しない同調者がいるのだろうか。

ともあれ、キリストの帰還の時期をどう過ごすのかという問題は、神の業に協働しようと思うそれぞれの個人にとって軽い問題ではないことがこのように記されている。


次に、この『家令』という主の帰還に先立つ役割を得る者と、かつて地でのキリストの現れに先んじたバプテストのヨハネとの関係を考えてみよう。

ヨハネが『整えられた民』をバプテスマを通して備え、そこにメシアが現れて彼がイスラエルに紹介したのであれば、キリストの再来に先立つ者も、エリヤのような奇跡を行うことはないにしても、ヨハネのように『エリヤの霊と力』を以って努めるのであろう。

バプテストのヨハネから類推すると、その者は、キリストの再来を印付ける『聖霊』の再降下に注意を向け、それを注ぎだされる人々を世に紹介するような役割を負うと見ることができる。

そこで、ヨハネをエリヤの再来とは気付かなかったユダヤの民と同様に、『家令』の働きに気付かない人々がいるとしても不思議はなく、特に聖霊は既に有ると唱えるキリスト教の主流派にとって特に難しいものとなるのであろう。

そこで『家令』とその世話を受ける人々に世からの無理解と困難があるとしても不思議はない。黙示録の12章の女は、子らを生み出すのに難儀しており、サタンはかつてメシアにしたように、生み出されたところを襲おうと身構えている。これはまさしく異教マゴイの業である。メディア人のマゴイ族はキュロスとイエスの誕生の時期に共に殺害する計略に用いられ、共に失敗している。終末に於いて、あるいは異教の何者かが罠を仕掛けるのかもしれない。(黙示12:1-4/マタイ2:1-18)

この辺りが『女』シオンの忍耐のしどころであるようで、シオンがその子らを生み出してしまうと、この女へのサタンの攻撃はうまくゆかず、却って女は安全な『荒野』に自分の場所を見出し、聖徒らの活動期間中は守られている。(黙示12:14-17)

そのときに、『家令』が聖霊を受けた聖徒となっているのか、それとも引き続き信徒として留まり、北の王からの恐喝に立ち向かう『君侯』となるのか、今は何も分からない。(イザヤ66:21/ミカ5:5)

しかし、『家令』が聖霊降下に向けて人々を整えるところでは、バプテストのヨハネと似た限界を有するように思える。
それが即ち、聖霊をもたらさない水のバプテスマの施しである。


◆今日の水のバプテスマ

パウロがエフェソスで遭遇した12人ほどのユダヤ人の集団は、ヨハネのバプテスマを受けてはいたが、聖霊を注がれていなかった。
そこでパウロがイエスの名によって水のバプテスマを施し、按手してゆくと彼らにも聖霊が降り、異言や預言を始めている。(使徒19:1-7)

この事が明らかにしていることは、同じ水のバプテスマであっても、ヨハネの『悔い改めのバプテスマ』では聖霊をもたらすことはないということであり、それは彼自身も『わたしの後から来る方は、あなたがたに聖霊と火とでバプテスマを施すであろう』と言っていた通りのことである。

イエスの水のバプテスマは、メシアとしての血の犠牲の捧げられる以前から弟子らを通して施されてはいたが、実際に聖霊が降り始めたのは、あのシャヴオートの日からのことであった。

その間の両者の水のバプテスマには相違がはっきりとはしていなかったに違いなく、実際、ユダヤ人の清めの問題で、ヨハネの弟子らが報告して、『あの方もバプテスマを施し、民はそちらに行ってしまうのです』と苦情を述べている。それに対するヨハネの答えは『花嫁を持つのは花婿だ、わたしは花婿の友人の声に喜ぶ・・・あの方は増えてゆき、わたしは減ってゆくべきなのだ』というものであった。(ヨハネ3:22-30)

しかし、イエスのバプテスマは始まっていたものの、そこで聖霊は注がれていない。未だキリストは神の御許に上らず、『栄光を受けていなかったからである』(ヨハネ7:39)
だが、キリストが帰天して十日後の五旬節の日には、聖霊がはっきりと公示されつつ弟子らに降り、契約が発効した証しが与えられている。

ここでマラキの預言は再び我々の想いに浮かぶものとなる。曰く『見よ、わたしは使者を送る。彼はわが前に道を備える。・・あなたたちが喜びとしている契約の使者、見よ、彼が来る』(マラキ3:1)
そしてダニエルの七十週目の間に『契約を取り結ぶ』というメシアの働きは、先を行くヨハネには無いものであった。

そこで、『忠実な思慮深い家令』がバプテスマを施すとしても、それは意義は違えどもやはりヨハネの限界を超えるものとはならないはずである。それがかつてのように、律法に対する『悔いのバプテスマ』となるわけではないとしてものことである。なぜなら、『契約の使者』が不在である以上、水のバプテスマを施しても聖霊が降ることはないからである。

即ち、『神と子と聖霊の名に拠ってバプテスマを施す』ことも、やはり『三年半』が始まっていないうえ『契約の使者』も不在で、実際に聖霊も地上に無い今日、誰にも施すことができないと言い得る理由が生じるのである。

だが、一度メシアが帰還されるなら、その後のバプテスマこそが、人に契約と聖霊とをもたし得る『神と子と聖霊の名による』ものとなるのであろう。

そこで、終末の場合に、誰も聖霊を受けてはいない中から、どのようにそのように高度なものを最初に施せるのかという心配は要らないように思える。

というのも、最初に『水と霊から生まれ』たメシアも、祭司ゼカリヤの子ヨハネという、賜物をもたらす聖霊なく、何の奇跡を行うことのなかった人物から水のバプテスマを受けている。
また、使徒らによって始められたイエスの名によるバプテスマにせよ、そのときには彼らに聖霊は降ってはいなかった。ただひとり、彼らの主だけにそれがあったのである。

やはり、キリストの臨在に至る前の水のバプテスマは、聖霊の降下をもたらすことはないに違いない。
それまでのバプテスマは、受ける人を『新しい契約』に入れるものとならないに違いなく、伝説はともかくも、誰にも正しく聖霊が降ったということを、第三世紀以後の資料に見聞した事が無い。

したがって、今日に水のバプテスマが施されるなら、それはアダムの罪に対する悔いと、キリストを通して救いがもたらさせることへの信仰を表すバプテスマとなるものとなるのであろう。
その意味では、ヨハネの水のバプテスマの意義も、主の臨在まで持続していると見ることができよう。

また、水のバプテスマが献身を表すというのも的外れであろう。神の子と認知されるのは聖なる者だけであり、誰か他の者が献身したと主張しようと、助けが必要なのは人の方であって全能の神ではない。キリストでもなく、裁かれるべき罪人が献身していったい何を為すのか。それはむしろ、自分の是認を求めての代価のつもりではないのか。

しかし、人が押しなべて『罪』を悔いる必要があり、エデンの園で『女の裔』が語られて以降、創造神YHWHが進めて来られた偉大なる経綸の最終部分が使徒後の千八百年の沈黙を経て、不定の将来に『神の王国』として成就する大いなる福音の意義を終末の前に教える者が誰かいるなら

神、子、聖霊という事柄の意味を知らせ、世界の不定の人々の心を整えさせるという、『主の前を先だってゆく』務めを果たすべく、アダムからの『罪』への悔いと、そこからの救いをもたらす神の手立てであるキリストに信仰を表す水のバプテスマを施したとしても、主の臨在の前に在って『家令』が誰であるのかが謎である以上、咎められる謂われはないことであろう。

バプテスマをこのようなキリスト教の大枠から理解し、その者が受浸するか否かの判断は、バプテストの時のユダヤ人と同じく、人々各人の信仰に任されている。かつて『エリヤ』の到来に洞察力を以って悟る必要があったように、終末の先立つ時期にも、その何者かを見分ける価値観は必要となることであろう。

ただ違うことは、ヨハネには神からの各別な任命が為されていたが、終末の主に先立つ者については、現状まで特にその定時の給食を施している行動以外には何も語られていないことである。その者の任命は、キリストの再来の後に為されるのであり、例え話の中では、それ以前の行動の評価が任命をもたらしている。

したがって、キリストの臨在に先立つ者は、任命されたからではなく、自発的に行動を起こしていると言い得る理由があり、それは象徴的糧食を定時に供給することに加え、水のバプテスマを施すことも含まれ得ると見做すのは的外れではないであろう。

そして更に将来、世界の人々がキリストの左右に分けられる終末に、なお水のバプテスマがあるなら、それを受ける人に、神の経綸に対する信仰を表す印となる可能性も開かれているであろう。
その時には、聖徒が天界に揃って『新しい契約』も成就して終わっており、水のバプテスマが新たな段階を迎えるということもあるのかも知れない。
もし、そうなら、それは人を救う信仰の表明となるのであろう。





    新十四日派  ©2017 林 義平



「携挙」と誤解される聖徒の召し

黙示録とテサロニケ書簡が示すもの
1万5千字超  黙示録11.13.18章、テサロニケ第一4-5章、テサロニケ第二2章
<難易度 ☆☆☆☆☆☆ 高>



「携挙」とは、新教系のキリスト教宗派の人々がテサロニケ人への第一書簡の第四章に記されるところによって信じられている終末に起きる事象を指している。

つまり、キリストが帰還するときに生きている弟子らが、『雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいることになる』という句を主な根拠として、信仰に篤い信者らが、ある日キリストに迎えられ、突然に空中に挙げられると期待しているその事柄である。

それは、信仰している「クリスチャン」方に起こる昇天というありがたい「奇跡」であり、その後は永遠に天で主と共になるという。 ⇒(テサロニケ第一4:17)

肝心のその時がいつになるかについては、世に臨む患難の前か後かで議論があるものの、それは突然に来るというところはおおむね一致しているらしい。
ある人々は2016年中にこれが起こると待望しているとも聞く。だが、そのような話は毎年出て来ては消えて行くものとなっている。

その期待には、目出度い「携挙」の発生への待ち遠しさが込められているのであろう。確かに、生き辛い世の中からの解放は早く来て欲しいものであるし、至福の天に入れるとは、まことに有難い教えに思えることであろう。


では、この「携挙」という物事の意義は、単なる信者の突然の救いなのだろうか?
それとも、何か別の深い神の意志が込められた秘儀が関わるのだろうか?
そこでパウロの述べた、生ける弟子らがあるとき突然に空中に挙げられるというこの句の背景を探ってみることにしよう。

ついては、旧約聖書や黙示録などの幾つかの角度からの視点を加えて再考してゆくと、この「クリスチャン」と称する方々の待望なさるところとは異なる終末の「携挙」の姿が立ち現われてくる。それを特に以下に書き出してみようと思う。



まずは、「携挙」の根拠とされているテサロニケへの書簡について述べる前に、旧約聖書の後半を占める一大事業、バビロン捕囚からの民の解放について、古代と終末を旧約と黙示録の視点から確認いただきたく、以下しばらくはそちらの内容をご辛抱願いたい。

さて、黙示録の中で、旧約聖書に描かれるバビロンからの解放が回想され、また敷衍されている箇所がある。
バビロンという城市がその大河を跨いで建設されていたユーフラテスの河畔から、黙示で拘禁を解かれる四人の使いが何者であるかは、その解放に続いて『二億の騎兵』が現れるところに示唆されている。(黙示録9章)
この数字は実数であろうか?黙示録が書かれた当時の推定世界人口が二億であるというからには、当時としてこの数字は大きすぎる。だが、それでも今日の世界人口からすると、この騎兵隊の攻撃目標が 『人々の三分の一』であれば、まったく二億と雖も誇張とはならない数であり今日なら三分の一は20億以上にもなる。やはり黙示録という書は当時を超えた内容を湛えているといえる。

そこで『人々の三分の一』という語が指し示している、二十億以上の人々を抱える集団で思い当たるものといえば、地上の最大の宗教となっている「キリスト教界」がある。それを『殺す』ために、『二億』もの多くの参加者が現れる理由があるとなれば、宗教界に大きな動揺が走るかのような人々の意識の変革が必要となるであろう。⇒ 「聖霊によるキリスト教の回復」

『二億』という数字は、人類の三分の一を占める現在のキリスト教界のさらに十分の一とは言え、やはり小さな数ではない。国民が二億人を越える国家がどれほどあるだろう。(黙示録11:13)
そこで黙示録の記述を当てはめて考えると、キリスト教界に属する膨大な数の人々が、その教師らに従って世界各地で信仰生活を送っている現状を鑑みるに、この黙示の『二億』もの数の人々が、キリスト教界が無意味な偽りを教えていることを暴露し、その教えが死のような利己主義であると暴いてしまうことなど、現状では到底考えられないことである。

だが、福音書が揃って予告するように、『聖霊』を注がれる『聖なる者ら』が地の四方から終末に現れ、まさにキリストに予告されたように、支配者らの前でそれぞれに聖霊によって語り『誰も抗うことも、論駁もできないほどの証し』を行うのであれば、当然ながら世界の衆目を集める事態となり、それまでのキリスト教とはいったい何であったのかが問われることは避けられない。(ルカ21:15/ヨハネ16:8)

旧約聖書でも、預言者ハガイはこの件を述べ、神がいつの日にか、天地を揺るがすと予告されているのであるが、そうすると諸国の宝(のような者ら)が入ってきて、神の神殿を満たすと予告しているが、新約聖書でもヘブル書がこのハガイを引用した上で、神が天地を揺り動かすことを再度言及し、終末に神が語ることに注意を促している。(ハガイ2:6-7/ヘブル12:25-27) 

この件とイザヤとミカが揃って予告する終末の一大絵巻の次の光景は無関係であろうか。
ふたりの預言者は、揃って終末のシオンの山に無数の人々の集まることを予告してこう描いている。シオンとは神殿を戴くべき小山でありエルサレムの土台であるのだが、終末には諸国の人々が神の教えの出所と見做して、そこを目指して流れのように参集してくると二人の預言者は預言しているのである。

このように書かれている。
『終りの日に次のことが起る。YHWHの家の山は、諸々の山の筆頭として堅く立ち、諸々の峰よりも高くそびえ、すべて国はこれに流れ、多くの民は来て言う、「さあ、我らはYHWHの山に登り、ヤコブの神の家へ行こう。彼はその道を我らに教えられる、我らはその道を歩もう」と。律法はシオンから出、YHWHの言葉はエルサレムから出るからである。』(イザヤ2:2-3/ミカ4:1-2)

また、これに関連するかのようなゼカリヤの預言もこう告げる。
『その日には、諸国のあらゆる言語から来た十人の者が、ひとりのユダヤ人の裾を捕えて、「我々も共に行く、神があなたがたと共にあることを聞いたからだ」。』(ゼカリヤ8:23)

 そこでキリストの終末預言にあるように、為政者らの前で語られる『聖霊』の神の発言に諸国民の間で衝撃が起るのなら、儀式や典礼で大仰に振る舞ってきた宗教、特にキリスト教界を意義無きもの、黙示の述べるように死んだものとしてしまうと言っても過言ではあるまい。⇒「聖霊によるキリスト教の回復」 

人々が宗教をいうものを再考し、問い直す機会があるとすれば、それは何であろうか。
信者になれば「天国」でそうでなければ「地獄」との幼稚な教えのキリスト教界に対して、キリストが予告したように、為政者らと対峙し聖霊の言葉を語る弟子らとの差は余りにも大きい。しかも、その証しを『諸国の人々』が聴くとも言われるが、それはいつの時代に起こると語られたのか。人類は歴史上にそのように際立った、全地を揺るがすような発言を聞いたとは言えない。(マタイ10:18)

そのように『聖霊』が再び人々に降下される以上は、その時にキリスト教というものがキリストとの結びつきを回復し、今日の蒙昧の内に分裂している状態から回復される必要があるのだが、それは即ち、キリスト教というものが異教の象徴的中心地であるバビロンの捕囚から解放される必要がある。つまり「天国と地獄」のような異教の教理と決別することである。

まさしくユーフラテス両岸に古代バビロンの城市はあった。黙示録の四人の使いが終末に拘束されているとされる場所でもある。
かつてこの城市は世界覇権を手にし、神と律法契約を結んでいた民、至高の神の崇拝を司っていたイスラエル民族を捕え、七十年に亘って神殿祭祀を中断させた新バビロニア帝国の帝都でもあった。

大王ネブカドネッツァルのときにエルサレムが破壊されて以降、シオン山上に聖なる神殿は存在せず、律法に規定されていた祭祀はまったく中断されていたのであるが、ペルシアのキュロスⅡ世がバビロンを征服して後、エルサレムに神殿を再建してその祭祀を復興するように命じた勅令の発布によって、志ある五万弱の帰還民団がユダの地を目指したのであった。⇒「アリヤーツィオンの残りの者」

その後、神YHWHの崇拝の復興に携わった人々は、周辺諸国民からの反対運動に遭遇して多くの年月を無為に過ごしもしたのだが、やがて神は預言者らを遣わして帰還民を激励し、ペルシア王ダレイオスをも動かし、前515年に至り神殿祭祀も遂に復興をみたのであった。それは神殿破壊の起こった前586年から七十一年目の事であった。⇒「エレミヤの七十年」

古代よりバビロンとは創造神崇拝とは異なる崇拝の中心地であり、死後の世界を教え、死者との交霊を説く宗教世界の中心地であったことからすれば、今日までのキリスト教はバビロンの教えに染まって来たことにおいて、恰もバビロン捕囚に遭っているかのようである。⇒「誤解されてきたバベルの塔」

中世から今日まで、キリスト教界には様々な異教が寄生しており、死後にゆく天界の至福や責苦の地獄ばかりでなく、地母神や母子崇拝、冬至の三日後に誕生する太陽神の祝い、三神崇拝や十字形の刑具崇敬なども含め、挙例すると本質的にはキリスト教独自のものをほとんど失って異教化していることに気付かされる。

今日では一般的にキリスト教の勢いに陰りはあるものの、キリスト教界の教理はローマ帝国以来変わらずに観え、『正統』を称して以て回った伝統や、捏ね繰り回した哲学を誇ることで、バビロンの二重の城壁の奥深くにキリスト教はすっかりと囚われの身でいるかのようではないか。古代に東方からキュロス大王が現れたような大きな事態の変化の無い限りには、やはりこの趨勢もまずもって動かし難い。(黙示録16:12/イザヤ41:2)
 
したがって、キリスト教がバビロンの教えに囚われた状態から解き放たれることが起こるとすれば、それは新バビロニア帝国を短期間に征服したキュロスⅡ世のようなメシアを要することであろう。

預言者エレミヤは、メディア・ペルシアによるバビロニアの没落を預言してこう記した。
『滅ぼす者がこれに臨みバビロンに来た。その勇士たちは捕えられその弓は折られる。YHWHは復讐する神であるので必ず酬いられるのだ。 
わたしはバビロンの高官、知者、総督、長官、勇士らを酔わせる。彼らはいつまでも眠り続けて目を覚ますことはない、とその御名を万軍のYHWHという王が言われる。
万軍のYHWHはこう言われる。バビロンの厚い城壁は無残に崩され、高い城門は火で焼かれる。今や、多くの民の労苦はむなしく消え、諸国民の辛苦は火中に帰し、人々は力尽きる。』(エレミヤ51:56-58)

そのうえで、この預言についてエレミヤは神からこのような指示を受けている。
『あなたがこの巻物を読み終ったならば、これに石を結びつけてユーフラテスの川に投げこみ
それから言え、「バビロンはこのように沈んで、二度と上がってこない。わたしがこれに災厄を下すからである」と』(エレミヤ 51:63-64 )

これらバビロンへの災禍の予告はキュロスⅡ世によって征服されたときに成就を見たかといえば、ユダとイスラエルの解放とシオンでの神殿再建の下命によりYHWHへの祭祀の復興が実現したことにおいては、バビロンの没落は明らかではある。
だがしかし、そのときにエレミヤに語られたYHWHの言葉がその通りに成就したかと問えば、そうも言えないのである。

確かに、『わたしはバビロンの海を干上がらせ、泉を涸らす』とユーフラテス川の流れを変えるキュロスⅡ世の戦法を予告しているかのように読める箇所もあるのだが、『バビロンの厚い城壁は無残に崩され、高い城門は火で焼かれる』ようなことはメディア・ペルシアによる征服のときには起こらず、まして『バビロンは、瓦礫の山、ジャッカルの住みかとなり、恐怖と嘲りの的となり、住む者はひとりもいなくなる。』というようなことも起こらなかった。(エレミヤ51:37)

今日ならば、バビロンの跡地を見るときに、荒涼たるその光景にエレミヤの預言の成就を重ね合わせることはできるのだが、それでも預言を追ってゆくと頚を傾げるようなところが多いのである。キュロスⅡ世の攻略で、城壁は崩されず、街が燃え上がったわけでもない。征服戦の最中にユダの捕囚民も守られたその戦法は、城壁に手を付けずにユーフラテスの河の流れを変えたところにあったのである。

考古学は未だバビロンという城市がどのように終わりを迎えたのかを知らず、アケメネス朝ペルシアでも特に洗練された城市として存続を続け、囚われたユダの人々の大半はキュロスの勅書が出されても依然としてバビロンに住むことを選んでおり、この地のユダヤ人コミュニティは中世期にはバビロニアン・タルムードを生み出すほどに成熟している。その地のユダヤ人の比率の高さは現代のニューヨークのようであったであろう。

民は自由を得て捕囚はそのまま離散となり、ユダヤ人種はこの時代からコスモポリタン化を始め、メソポタミアの公用語となるアラム語を用い、その後はヘブライ語もアラム字体で書かれるようになり、暦の月の名称をはじめ生活上の多くの事柄が以前のヘブライ古来の伝統一辺倒から離れ始める。これを今日に例えると、民の皆が英語も話すことができ、母国語もローマ字で記すというような変化と言えよう。

こうしてユダヤ人にとってのバビロンは本国パレスチナに比肩するほどの文化や宗教の中心となっていったのであるから、民はエレミヤの預言に野暮なほどに偏った敵愾心を感じたことであろう。 そこは洗練された愛すべき大都会なのである。

では、神YHWHによるバビロンへの預言にあった『城壁が無残に崩され、高い城門は火で焼かれ』などの言葉の数々はどう成就するのであろうか。
これらを比喩であると言うには『瓦礫の山、ジャッカルの住みか』とは随分に具象的である。

そこでこれらの言葉に示唆を与えるのが、ヨハネ黙示録の存在となってくる。
黙示録が再度バビロンについて言及することにより、激烈なエレミヤの預言の言葉はそこに再び蘇り、将来の終末について新たな意味を帯びて来ることになるからである。



◆バビロンからの解放
 
ヨハネ黙示録が「バビロン」と言及するときに、それは古代城市バビロンという概念を超えておりそこでは『大いなるバビロン』と呼ばれる大娼婦として何度も繰り返し描かれる。
それは、かつてのバビロンの経巡った歴史上の意味を、それもずっと煮詰めたように凝縮された仕方で再呈示しつつ読む者に訴えかけて来るのである。⇒「大いなるバビロンの滅び」

それに加え、かつてバビロン捕囚からの解放に関わった人々が、世の終末を描く黙示録の中にも暗に描き出されている。
即ち、キュロスⅡ世が描かれ、総督ゼルバベルと大祭司エシュアもそこにいる。そしてシオンに神殿を再建するべく出立する「残りの者ら」の姿さえも黙示録には認められるのである。

だが、ヨハネ黙示録は、やはり古代の事跡を繰り返すばかりでなく、終末独特の事象を予告しているところが現代の読み手の思考を強く刺激するものとなっている。

それは古代の事跡を模型のようにして、将来の全世界に関わる出来事を描き出すという驚異の内容が記されているのであり、旧約聖書に記された歴史を読む者に向かって、それらが将来に意味するものが何かを予告しているのである。

だが、黙示録の記述は旧約聖書に描かれた歴史を順に追って書かれてはいない。それは黙示録というこの書の多くの場所がそうであるように、終末の事象も前後関係を切り離されて散らされている。そればかりか、一つの事柄を繰り返し別の角度から述べるような観点の変更も多い。それが却ってこの書の理解を妨げる閂のようでもある。
 
それでも、バビロン捕囚と解放という一つの事象について黙示録を探ると、実に多くの事柄が示唆されていて、旧約聖書の故事を予型とし、その対型である将来の成就を指し示しているのである。

そこで黙示録に散在する旧約のバビロン捕囚と解放に関わる記述を幾らか書き出してみよう。

まず、イザヤ書から予告されたメシアとなったペルシアの王キュロスⅡ世という人物は、捕囚からの解放に於ける発起人ともされるべき重要な役割を果たしている。

もちろん神YHWHが彼を用いて、神殿喪失による祭祀の中断の空白を置き、予告通り七十年後に再建された神殿での祭祀を復興させたのではあるが、キュロスⅡ世がバビロン征服を果たした二年後に、それまでの新バビロニア帝国の政策を正反対に変え、諸民族の崇拝を復興させ、特にエルサレムの神殿再建に勅令を発したことは、この人物の寛容さの発露であり、その功であったに違いない。⇒「指名されたメシア キュロス」

黙示録の中でも、この大王によるバビロン征服のニュアンスが何度か述べられている。
そこで『ユーフラテス河畔に繋がれている四人の使いを解き放つ』という場面をヨハネは描いているのだが、これはその大河の両岸を跨いだ大城市バビロンの陥落と、それを契機としてユダの残りの者らがシオンを目指す姿が不定の将来に投影されている。

しかも、それはエレミヤが預言した七十年が正確に満たされたように、非常に厳密な時が定められてのことである。黙示録はその四人の使いの解放の時期について『その年、その月、その日、その時刻』のために備えられたとまで言う。(黙示録9:15)⇒「エレミヤの七十年」

それらのアリヤーを目指した者らの中にあって総督ゼルバベルと大祭司エシュアがその中心を成したのであるが、ゼカリヤの預言の中では彼らは二本のオリーヴの木として象徴されている。それらの樹液が燭台の火を明るく燃え立たせるというのであるが、これが黙示録では『二人の証人』として再登場し、終末に現れる『聖なる者ら』の働きが『二本のオリーヴの木』として繰り返されている。

その働きは1260日に亘って滅びの預言を宣告することであり、この『二人の証人』に与えられた権威はモーセとアロン、エリヤとエリシャを含む三重のものに達している。(黙示11:1-6)
彼らが『聖なる者ら』であることは、ヨハネが与えられた葦で測る『神殿で崇拝する者ら』に表されている。即ち、終末に為政者らに聖霊の言葉を語る人々のことであり、彼らは『新しい契約』を守ることが求められているので、一定の基準に達する必要がある。(マタイ10:18/ルカ21:15)

これら『聖なる者ら』を表す総督ゼルバベルと大祭司エシュアを含んだ『イスラエルの残りの者ら』が、バビロンを発ってシオンに向かわせることを実現させるためにやはりキュロスⅡ世の存在は欠かせなかった。では、誰が終末におけるキュロスとなるかについては何の議論の余地もない。

より偉大なるメシア、即ち神の右に挙げられたキリスト・イエスであり、その永く待たれた臨在の開始によって初代キリスト教徒のように聖霊注がれる『聖なる者ら』が再び出現し、将来彼らが世界の注目を集める中で聖霊の言葉を告げることを表しているであろう。

彼らがユーフラテス河畔から解かれるその時ついて、厳密に狙い済ました一時となることを黙示録の『その時と日と月と年』という言葉が強調している。(黙示9:15)
キュロスⅡ世の勅令は前537年に出されたとされているが、神殿の再建と祭祀の復興を迎えたのはその22年後の前515年のことであったとされている。

したがって今日のオリエント学に照らすと、神殿の存在していなかった期間は七十年間となり、ネブカドネッツァルによって前586年に神殿が破壊されて以来71年目にYHWHの神殿祭祀が回復したことになる。⇒「エレミヤの七十年」

そこで終末に於ける『四人の使いら』が象徴的バビロンから解放される時、即ち『聖なる者ら』が初代の弟子ら同様に地上に現れるその時も、綿密に練られた格別の時である必要を知らせているのである。これは聖霊を注がれ、為政者と対峙し、聖霊の言葉を語ることになる格別な聖徒らの出現を指すと観ることができる。
また、彼らの解放の目的は、世界と為政者に対する宣告に終わるものではないことも、この選び抜かれた時に象徴されている。
 
即ち、『四人の使いら』の解放される目的は、象徴のシオン山上に神殿を再建することであり、しかもそれは地上のエルサレムを意味しないのである。
『聖なる者ら』が建設を目指す神殿の隅石はキリスト・イエスとなる天のものであり、その最終的な天界の神殿は新約聖書の記述からも明らかである。
 
パウロも繰り返し教えるように、キリスト教徒は律法を後にし、業ではなく信仰によって『義』を得るのであるから、動物の犠牲は何ら人の『罪』を除かず、いまさら地上のエルサレムに神殿を建てモーセの祭祀に後戻りするべき謂われはまるで無い。(ヘブライ10:18)

そしてシオンを目指した『残りの者ら』が周辺諸国、それも同じくサマリアのような割礼の民からの反対に遭い、神殿再建が遅れたように、終末の『聖なる者ら』にも試練の1260日、42ヶ月が存在する。
その間、諸国民は象徴的エルサレムと神殿の中庭を蹂躙すると黙示録は語っている。(黙示11:2)

これは『聖なる者ら』が聖なる崇拝をそれまでの間行えないというのではない。なぜなら、アリヤーの大祭司エシュアはキュロスの勅令の年の内にシオン山上の神殿跡地に祭壇だけは築いて中庭での祭祀の一部を行い始めているからである。それも、周辺諸国の醸し出す不穏な情勢が後押しをしていたとエズラが語っている。(エズラ3:2-3)

だが、この日毎の犠牲も仮のものというべきである。なぜなら、神殿が存在しないために至聖所が無く、スッコートの祭りは行えても当面『贖罪の日』の祭儀が行えなかったのであり、そこで祭司らの贖罪も済んでおらず、その聖性は仮のもので未確定であった。マラキの予告した『レヴィの浄め』は済んでいなかったのである。それで黙示録のヨハネも『崇拝する者らを測れ』と命じられている。(マラキ3:3/黙示11:1)
 
そしてこのことは、終末に現れる『聖なる者ら』の地上の身分と相似関係にあると言える。彼らが天界に挙げられ主を隅石として神殿を構成するか否かは『新しい契約』を生涯に亘って守るかどうかによるのであり、地上に居る限りには試みを経る必要があり、その聖性も未確定なものである。

そのため聖書は、終末のキリストによる聖徒らの検分の後に、なお地上に残される脱落聖徒が存在することを新約の中で繰り返し警告している。それは『ひとりは連れてゆかれ、ひとりは残される』というキリストの終末預言にも警告された選別である。



◆聖なる者らへの試練

さて、『聖なる者ら』の最大の敵が『七つの頭を持つ野獣』であることを黙示録は告げている。
これはサタンが七つの頭を持つ赤い龍に象徴されるところと類似しているが、この分割された頭はサタンの持つ利己心と関係しているであろう。

即ち、神はキリストを通してすべてのものを一つ(のオイコノミア)にまとめ上げ創造物全体に忠節な愛の一致をもたらし得るのに対し、利己心を抱く者らに一致なく、常に分裂と闘争を繰り返すのであり、それはこの世の実相そのものではないか。(フィリピ2:1-11/イザヤ57:20-21) ⇒ 「オイコノミアと七つの頭」

七つという完全数は、それでも何とか全体をまとめ上げた姿を指していると見れば、その見かけ上の一致も非常に脆いものであり、それは最終的にハルマゲドンの同士討ちで露呈することになるのであろう。
だが、分裂気味でもこの世が一つに何とかまとめ上げられることに世人は却って感心してしまい『誰がこれと戦い得るか?』と讃嘆の声を上げるというのである。(黙示13:1-4)

黙示録によれば、この野獣は、サタンとその一党が天界を追われ地に落された後に生じているのだが、このきっかけを作ったものは象徴的サラの出産が終わり、すべての『アブラハムの裔』、『選ばれ、召された者』即ち『聖なる者ら』が『男児』の誕生をもって現れたことに由来することを黙示録12章は暗示している。しかし、これは『新しい契約』に預かる者の全体が地上に現れたということにはなっても、天界でのイスラエル12部族の十四万四千人が選ばれて揃ったということにはならない。(黙示7:4)

『新しい契約』から篩われる脱落聖徒は少なくないことをイエスは『召される者は多くも、選ばれる者は少ない』と語られ、やはり『ひとりは連れて行かれ、ひとりは(地上に)残される』とも予告されたのであるから、聖霊を注がれる人々の総数は十四万四千人を越える相当な人数となるに違いない。(マタイ22:14)

これらの『聖なる者ら』のすべてが終末の主の臨在を以って地上に登場すると、地上のすべての家族の祝福となるというアブラハムの裔がサラによって生み出され尽くしたことになる。(ペテロ第一3:6)
彼らの活動期間は42ヶ月という短期間に定まっている以上、 『聖なる者ら』が長い時期に亘って少しづつ現れるわけもない。一国民が一気に生み出されるのであるに違いない。(イザヤ66:8)
それは『契約を保ち結ぶ』というダニエルの啓示されたメシアの役割が果たし終えられる時とも言える。(ダニエル9:27) 

それによって『神の王国』の権威が実現することになるのであろう。これは天界でのサタンの地位を失わせ、神の前でキリストの兄弟らを終始訴え続けることを不可能にしてしまう。即ち王権を確実にしたキリストは、依然戴冠してはいないものの、王の継承権をその共同相続者全体と共に手中したことになるのであろう。⇒「黙示録の四騎士」

このため地に落された龍であるサタンは、『聖なる者ら』を生み出した母体である女シオンを攻撃するのだが、これは地上の諸権威が許さない。即ち、サタンの放った川の奔流は『地が口を開いて呑み込んでしまう』。これは人権を擁護する世論によるものなのか、それほど『聖なる者ら』への賛同者は多いのだろうか。そればかりか、女シオンは三時半の安全を得るのであった。(黙示12:15-16)<但し、三時半の後は別である>
そこで龍は攻撃目標を『聖なる者ら』に絞り込み、『七つの頭を持つ野獣』を遠い過去から呼び出すことになる。

それは現存の地上の権力を糾合したものであり、疑似的世界統一権力のようなものであろう。即ち、ニムロデの野望の再現である。 ⇒ 「誤解されてきたバベルの塔」
『七つの頭を持つ野獣』は『聖なる者ら』が1260日に亘る預言の期間を終えると、それを攻撃して殺してしまう。地からの日毎の犠牲はそこで絶える。(黙示11:7/ダニエル11:31)

こうして『聖なる者ら』が滅ぼされると、多くの人々はそのことを大いに喜び、贈り物さえ交わすという。それほどまでに『聖なる者ら』の宣告は世の人々を苦しめることになるからである。彼らの宣告が人々に苦しみとなることは、黙示録第九章の五か月に及ぶ蝗害の記述も補足しているが、この世を断罪する聖霊の言葉とは、そこまでも激烈な痛みをこの世にもたらすのであろう。(黙示11:10/9:4-6/ヨハネ16:8-11)
確かに、ヨエルの蝗害の預言は、末の日の人々に聖霊が注がれることと関連付けている。(ヨエル2章) 

一方、野獣によって殺された『聖なる者ら』は侮辱と見せしめのために墓に葬られることなく、その死体は『霊によって、ソドムあるいはエジプトと呼ばれる大いなる(メガレー)城市の大通りに置かれる』という。(黙示11:8)

この『大いなる城市』とは、『大いなる(メガレー)バビロン』のことではないようだ。ソドムは裁きに価するその背徳性を、エジプトは神の民に対する圧制と虐待を言い表しているのであれば、神の民を虐待した世界とはかつてのユダヤ教界と将来のキリスト教界と言わざるを得ない。即ち、自分たちをして正しい崇拝の徒であるとする世界である。ましてここで黙示録の著者は『彼らの主もそこで磔刑にされた』と霊感によって語っているが、それは人間の義を誇り、傲慢な敵意を特徴とする宗教世界であることが示されているように読める。

彼らの死体は三日半の間放置されるが、それは腐臭さえ放っていることであろう。(ヨハネ11:39)
だが、それでもこの者らには『神からの命の霊(息)が彼らに入り込み、その足で立ち上がる』というのである。それゆえ『眺めていた者らにはこの上もない恐怖が襲い掛かる』ことになる。(黙示11:11/エゼキエル37)

『聖なる者ら』は殉教も覚悟せねばならないことは聖書に何度も語られているところであり、主イエスも『自分の魂を守ろうとする者はそれを失う』とまで言われる。(マタイ10:38-39)
終末を描くダニエルの幻でも、第四の獣から生じるところの『小さい角』が『聖なる者を攻めて滅ぼす』ことを告げている。(ダニエル7:21)

そうであれば『聖なる者ら』が受ける『滅ぼし』は権力によるもので徹底的なものになるのであろう。 
しかし、それでも全員が殉教するというわけではないことをパウロがテサロニケへの手紙の中で次のように明かしている。

『主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに・・その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。』(テサロニケ第一4:16-17)

こうして、多くのキリスト教徒に自分たちが天に挙げられて救われるという、ありがたい「携挙」とされている部分に到達することになる。

だが、これを聖霊の理解に照らせば、キリストが信者を迎えに来て天国に招くという単純で安楽な夢想とは異なるものとなるのである。そこで、新教系の「クリスチャン」方が「携挙」によるご自分の幸せを願う前に、神が聖書を通してこの件をどう描いているかを、ここで是非とも別の視座に就いて暫し眺めて頂きたいものである。

それは聖書全体から、つまり旧約から黙示録を貫いてテサロニケ書簡に描かれたこの「携挙」とされる内容を広く俯瞰することであり、その聖書の描く光景を一度ご覧の上でご判断頂きたく思う次第である。

さて、テサロニケへの書簡で、パウロは当時までに死亡した仲間の『聖なる者ら』がキリストの再来を見ずに逝ってしまった人々についての慰めを述べている。そして同時に、キリストの臨在のときに彼らが地上を去る時に起こる事柄をも略述しているのである。

前述のように、終末の裁きには、まず『新しい契約』に属する『聖なる者ら』への裁きがある。これは天でキリストと共になり『神の王国』を相続するところの、聖霊注がれた『神のイスラエル』となる人々の選別が起こり、終末のそのときまでに死んだすべての聖徒の裁き、それからそのときに地上に生き残っている聖徒らの選別が起こる。(ダニエル12:1-2/黙示7:3)
引き続いて、この世のすべてが裁かれることになる。(マタイ25:31-32/黙示11:18)

テサロニケ書簡の書かれた当時の『聖なる者』らは、キリストの再臨は近いと理解していたが、この頃は主の帰天からすでに十五年が経過していたのであり、彼らの早い時期のイエスの帰還の予想は外れてはいたが、キリストは黙示録でこれから四十年後になお『わたしはすみやかに来る』と改めて言われる。

即ち、時の不可知性は彼らの裁きに関わっており、不完全な彼らに在って忠節を保つべき期間は永遠であって、契約の遵守も生涯に及ぶものでなければならない。いつになったら終わるかと、その「時」の予想を立てることは的外れなばかりか、忠節を全うすることから『聖なる者ら』を逸らし兼ねないものであろう。主への忠節とは、時に追い立てられる切迫感とは無縁のものである。

そして、死せる『聖なる者ら』が天に復活するときに、地上に生き残る聖徒らも居ることは、このパウロの書簡からも、また主イエスの『ひとりは連れて行かれ、ひとりは残される』の言葉にも表れている。終末での『聖なる者ら』の選別はなお地上で行われるからである。

初代の弟子らには聖霊が注がれており、イエスはその霊を通して彼らを導くという「監臨」を終えてはいなかった。それゆえパウロは聖霊によりテサロニケ後書を記して、『背教』が来て後に「主の日」が来ることを教え、『彼(不法の人)が自分に定められた時になってから現れるように、いま彼を阻止しているものがある。』 と述べ、その『阻止しているもの』については『あなたがたが知っている通り』であるとも言い添えている。

その『阻止しているもの』こそは彼らに注がれていた『聖霊』を表していたに違いない。それを「知らない」とは言えるものではないからである。また、『阻止している』とは彼ら自身を指すであろう。(テサロニケ第二2:6-7)

したがって、終末で『聖霊の賜物』また『聖なる者ら』が絶えたところで、『不法の人』の現れと裁きの『主の日』となるということになろう。
それらの事象は初代の弟子らの時代には起こらなかったし、 彼らが世を去って後も『不法の人』をはっきりと認識する出来事には歴史上至っていない。なぜなら、未だそれらは存在していないからであり、『主の日』は現在まで来ていないからである。

他方で、終末の『聖なる者ら』については、ユーフラテス河畔から解放されてその裁きの時を迎えるまでが字句通りに42ヶ月と三日半であるとすれば、『主の日』の裁きは一定の短い期間をもって確実に到来することになる。
三年半程度の期間は長いとは言えず、殉教さえなければ多くの『聖なる者ら』がひとつの世代の間に生き長らえているに違いない。

したがって、テサロニケ書簡の述べる『天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響く』その時に、地上に生きる『聖なる者ら』が少なからず、おそらくは数万の人々が天に挙げられると見ることができる。
それは『死せる者と生ける者を裁く』主が死者に声をかける時であり、『神のイスラエル』の『十二部族に証印を押す』時となろう。その後、地上に惨禍が臨むことになる。(ヨハネ5:28/黙示7:2-3)

したがって、『聖なる者ら』が天に挙げられる時は、世の最終的裁きの『大患難』に先立つが、然りとて彼らが迫害を逃れる訳でもないことになる。
言い換えれば、 天に挙げられるのは、確かに「神の憤り」からは逃れるものの、「世の憤り」の矢面に彼らは立たされ、そこで試みられ、主に続き自己犠牲を体現して『世を征服する者となる』ことが求められているのである。(黙示2-3章)

それは、彼らが為政者らと対決して聖霊の言葉を恐れずに語るか否かによるのであり、所謂「クリスチャン」方がキリストの御傍に救われ大患難を逃れるために保護されるというだけの有り難いご利益とはならない。
むしろイエスは、『聖なる者ら』が恐れに屈して自らに従うことを止めてしまうことのないようにと繰り返し諭しているのである。 

『聖なる者ら』の選びの過程では、主ばかりでなく十二使徒がその裁きに参与することは、あのニサン十四日の『主の晩餐』で約されたことであるから、十二使徒らは死せる『聖なる者ら』より更に早い復活を天界に得ることになろう。(ルカ22:28-29/マタイ19:28)⇒ 「主の晩餐で忘れられてきた二つの事柄」

そうして死した『聖なる者ら』が主と十二使徒によって吟味されて裁かれ。『善いことを行った者は命の復活へ、悪しきことを行った者は裁きの復活へ』と出て来ることになる。(ヨハネ5:29) ⇒ 「十人の乙女・盛大な晩餐の例え」



◆『聖徒』と『信徒』の異なり

だが、『聖なる者ら』の聖霊による発言に信仰を働かせながらも、聖霊を注がれることの無い人々も存在する。
この人々についてイエスは祈りに含めてこう語っていた。
『わたしはこれらの者らだけでなく、彼らの言葉を聞いてわたしに信仰を持つ者らについてもお願い致します。』(ヨハネ17:20)

前者が聖霊を注がれる『聖徒』(ハギオス)であれば、後者は信仰を働かせる『信徒』(ピストス)と言える。なぜなら、その文脈で『これらの者ら』には『聖別される』ことが記され、主イエスは自らを『聖別する』と語られており、これは『清める方も、清められる者たちも、皆ひとりの方(神)から出ている。それゆえに主は、彼らを兄弟と呼ぶことを恥とされない』とのヘブライ人への書簡に彼ら『聖なる者ら』の立場が実によく描かれている。(ヘブライ2:11)
聖化されることにより、彼らは間違いなく「キリストの兄弟」なのである。(マタイ25:40)

この聖徒と信徒の違いが理解されない限り、創世記から黙示録へと連なる神の経綸をつぶさに眺めることは不可能となろう。
なぜなら、アブラハムの子孫に与えられた役割が『聖徒』にあり、彼らは『地上のすべての家族の祝福』に関わる者らであり、『信徒』はその祝福に預かる者らとなるからである。(創世記18:18/出埃19:5-6/ペテロ第一2:9)

それゆえ、イエスはマタイに記された終末預言の中で、この両者の関係を、迫害に遭う者と、それに親切を示す同調者という類比を用いているのである。そしてそのような親切を示す者らとは、即ち聖徒の言葉に信仰を働かせる者らに違いなく、彼らは聖徒らが天に召集された後に、地上の裁きの根拠として「キリストの兄弟らに親切を行った」者を祝福に、そうでない者らを呪いへと分けてゆかれるのである。(マタイ25:31-)

そして黙示録の第九章の中にもこの双方の存在を見る。
例えれば、ユーフラテス河畔から解放される『四人の使い』の登場によって別に導き出される『二億の騎兵』がそうであり、地の底から湧き出る蝗が去った後にこの騎兵が蝗に似た活動を展開するところに表れている。(黙示録9:1-11)

また黙示録の第十二章では、地に落されたサタンの攻撃を受けるところの聖徒を生み出した『女』がいるが、サタンはこの攻撃に失敗し、この『女』は荒野に逃れて『三時半』の安全を得ると書かれている。即ち、聖徒と野獣の活動の間のことである。(黙示録12:14)
だが、その一方で『聖なる者ら』には苛烈な迫害が臨み、遂に死に至るというのである。

それであっても、『聖なる者ら』への強い迫害があるからと言って、このキリスト教理解を恐れてしまう必要はない。聖徒には主イエスから格別の心の平安と、天への召しへの強い願いに満たされることが知らされている。(ヨハネ14:27)

イエスも殉教を前に動揺しなかったわけではないが、ひとたび祈りから身を起こすと敢然と捕縛隊に向き合い、その決意した様に気圧され、後ずさりして転ぶ兵士さえいたというのである。

主イエスの示した神と人への無私の忠節さは、何者も侵し難い崇高さに満ちていたに違いない。
その姿に、やがてステファノス(冠)の殉教を嚆矢として『聖なる者ら』の尊い犠牲の数々が主に続くことになってゆく。(詩篇116:15)

彼らはまさしく『聖なる者ら』であり、それはカトリックの聖人伝説に在って、聖霊の奇跡を行い、見事な殉教を遂げた初期の人々として痕跡を留めているのである。

これらの人々に対して、将来その奇跡と聖なる言葉との信仰を働かせる一人となる機会は今後開かれることになるし、今日でも、聖書の記録を通して、かつての聖霊の言葉に信仰を抱くことができるのである。

それは自分に益を求めるご利益信仰としてではなく、キリストのような神への忠節と自己犠牲を表す人々への深い尊敬の篭った信仰を抱くことであり、聖徒が現れていない現在であっても、その到来を待ち望んで、主イエスの来臨に備えてバプテスマを受け、また『主の晩餐』をしつらえ、その心を整えた民の一員となることはできるのである。

『聖なる者ら』がキリストに続いて迫害に遭い、天での立場を得るために試練に晒されるにしても、信徒については聖書中でシオンという『女』で描かれ、神は自らこれを『火の城壁となって守る』と言われるのである。(ゼカリヤ2:5)

イザヤはこう預言する。
『さあ、わが民よ、あなたの部屋に入り、あなたの後ろの戸を閉じて、憤りの過ぎ去るまで、しばらく隠れよ。
見よ!YHWHはその在らせられる所を出て、地に住む者の不義を罰せられる。』(イザヤ26:20-21)

サタンはこの女シオンを二度攻撃するように終末預言は読めるが、その攻撃はどちらもまったく効果をあげないことを待望できるのである。⇒ 「二度救われるシオンという女」
*


それを思えば、アブラハムの子孫、『神のイスラエル』の一員、『聖なる者』(ハギオス)であるということは、実に崇高な犠牲を備える人々であることがいよいよ明きらかになるではないか。主の自己犠牲に続くこの人々に是非とも親切を施し、その側に共に立って支持を表したいと思えないだろうか? これぞまさしく『国々の民よ、主の民のために喜び歌え』という広く知られた言葉の真意ではないか!(申命記32:43/コリント第二1:8-11)

だが、彼らの直面する試練の厳しさに対して、『信徒』(ピストス)であれば顧客のように振る舞いたいと願うだろうか?もしそうなら、その人には『聖徒』の自己犠牲の精神から益を受けるべき資格など到底無いであろう。(コリント第二5:15)

むしろ、試練に直面する『聖徒ら』を助け、必要を満たし、慰めるなど、あらん限りの善意を示し、その精神に共鳴し、神の経綸に幾らかでも協働したいと願わずにはいられないことであろう。神が是認を与えるのはそのような信仰の持ち主であるに違いない。(マタイ10:42/25:37-40)




◆「携挙」と誤解される天への召し

さて、ご覧の様に、黙示録は『聖なる者ら』の天界への召しを、終末での迫害と殉教の側面から描き出している。

『七つの頭を持つ野獣』が『ふたりの証人』とされる『聖なる者ら』を殺すと、人々は喜び、一方で彼らは蔑視の対象とさせるべく墓に葬ることを許さず大通りに晒し者とされる。
だが、三日半の後に起こる彼らの復活は多くの人々を恐れさせるものになるということである。(黙示録11:7-13・13:1-7)

それでもこれは、死んだ『聖なる者ら』が霊体への復活を遂げることを通して人々を恐れさせることではないようだ。
確かに黙示録は、彼らの死して三日半の後の復活について『その時、天から大きな声がして、「ここに上ってきなさい」と言うのを彼らは聞いた。そして、彼らは雲に乗って天に上った。彼らの敵はそれを見た。』と書いている。(黙示11:12)

これはテサロニケ書簡でパウロが書いたところの『聖なる者ら』の天への召し挙げであろう。テサロニケ第一書簡の宛てられた人々が『聖なる者ら』であることは同じ第四章の中で、彼らが聖霊を賜っている人々であることを述べている。(テサロニケ第一4:8)

だが同時に『聖なる者ら』が天に挙げられることを『わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられ』とテサロニケに記しているところは、黙示録の『雲に乗って天へ上った』としているのと同じである。これらは共に彼らの天への召しが人に見えないことを教えていよう。(テサロニケ第一4:17)

これは『雲と共に来る』というキリストの臨在と同様の言い回しであり、キリストの臨在がこの世の裁きに関わるゆえに見えないように、やはり『聖なる者ら』の天界への召しも肉眼では捉えられないということになろう。(マタイ26:64/使徒1:9-11)

では、どのように『敵たちはそれを見た』と言えるのであろうか。(黙示11:12)

確かにパウロも『肉的な人は霊の事柄を理解しない』と言う。(コリント第一2:14)
それゆえ、『敵たち』も肉的な観点からのみこれを見るばかりに違いない。したがって、敵らが見るものは死せる者らの霊体への復活ではなく、生ける『聖なる者ら』の動静であろう。

パウロが記したように、ある時を以って生ける人々が天に挙げられるのであれば、当然ながらある人々が地上から消えることになる。敵が彼らをどれほど捜せども見出すことはない。

黙示録の続く句はこのように言っている。
『この時、大地震が起って街の十分の一が倒れ、その地震で七千人が死に、残った人々は驚き恐れて、天の神に栄光を帰した。』(黙示11:13)

まず『七千人』という人々については、エリヤに残された『その膝がバアルに屈まなかった者ら』を示唆しているであろう。(列王第一19:18)

そこでパウロもこれを引用した上で『それと同じように、今の時にも、恵みの選びによって残された者がいる。』と言うのであるから、この『七千人』とは『聖なる者』を異教からの清さの象徴として黙示録で述べていると見て良いであろう。即ち、キリスト教界の異教の汚れを避けた僅かな『残りの者』の人々となるのである。(ローマ11:4-5)

異教からの清さはこの黙示録の文脈で適切と言うべきものがある。殊に大地震が起こった街(ポリス)がキリスト教界を特に表しているのであれば、その約二十億とされる今日の信者数の『十分の一』である黙示録第九章に描き出された『二億の』騎兵の出処にも見えてくるものがある。『十分の一』はキリスト教界とは袂を分かつ以外に無いからである。(黙示録9章)

大地震の変革が臨むとき、キリスト教界から十分の一が『倒れてしまう』が、もはや、その部分はその城市の一部となることは二度と無いであろうし、それが聖徒らへの攻撃の完了を意味するのであれば、これらの聖霊の言葉に信仰を働かせた人々は「キリスト教界」から除名や排斥の処分さえ受けるのかも知れない。いまさら、「死のような」宗教に残りたいなど思いもしないであろう。

しかし、より衝撃的なのは地上の『信徒』の宣教の嵐よりは余程『聖徒』の行方知れずであろう。
これを理解するには、まず、上記黙示録第十一章十三節の句の『その地震で七千人が死に』というところで翻訳上に再考の余地がある。
 
というのも、本文を直訳するとなると『その振動の中で七千の人の名が消された』となり、消され(殺され)たのは人ではなく、その文中で主格をとっている「名」(オノーマタ)の方であって、「人」(アンスゥローポーン)は属格をとっているのである。⇒「キュロス大王の意義」
(これをヘブライ語的表現と言い切るには無理があるであろう。なぜなら、人数を表す場面で名を関連付ける例が新約中に他に無いからである) 

おそらくこれは欽定訳以来の習慣で、人々の理解を促進するためだったのであろう。もちろん、地震で人の命が失われると捉えることが自然であり、「名前」という概念は関係がありそうには思えない。
使徒ヨハネが晩年を過ごした小アシアは特に地震の危険地帯であった。

しかし、この文章はかの「黙示録」なのであり一般常識を通用させようとするのは要注意であろう。ここを聖霊理解から解釈を進める場合、これは本文にある「名」を取り去らずそのままに訳した方が余程に理解し易いというべきか、『この巻物の言葉を取り去る』ことに注意しなければ、この『地震』と聖徒の天への召しとを結ぶ紐帯が取り去られてしまうことになろう。(黙示録22:19)

即ち、『聖なる者ら』の天への召集が起こり、忠節の内に死去した者らも、地上で契約を全うした生きた者らも『雲のうちに』天に昇る。つまりそれは肉の目に見えるところではない。
地上の肉的な『敵ども』は、生ける『聖なる者ら』についてのみ起こった驚嘆すべき事柄に気付くばかりである。
密告を受けた当局者やらが血眼になって捜し求める『聖なる者ら』は誰も見つからず、やがて彼らが揃って地上に存在しないことに気付くのであろう。

『それを見る』とは彼らにとって恐るべき異兆となる。役所は彼らの戸籍を抹消、あるいは警察も所在不明の扱いをせざるを得なくなるのであろうか。彼らの死体さえ主イエスのように見つからないことであろう。迫害するために手配された人々を捜索し、令状を持ってあちこち踏み込んでも、頑なに妥協しなかった『聖なる者ら』の姿がどこにも無い。そこで顔写真を揃えて公衆に協力を依頼するなら、それは意図せずにその不思議な噂を広めてしまうことであろう。そこでキリストの時のような口止め料が払われるのだろうか。(マタイ28:11-15)

即ち、殺されるのは七千の「人」というより、その人々の「名」である方が恐るべきことになる。公権力が彼らを抹殺したのなら捜す必要も無いのだが、死亡診断書も葬儀もないその死はどこにも見つからないので、捜すほどに権力者の殺意はいよいよ明らかとなろう。

おそらくはこのような所在不明により、異教に屈しなかった象徴的『七千人の名』が消去されるが、同じグループに属する聖なる人々の一斉の行方知れずの不思議は人々に様々な衝撃を与えるようである。
捜せば捜すほどその奇妙さは増幅するであろうが、忘れ去られない謎となるのは、彼ら『聖徒ら』の語っていたことに信仰を抱く『信徒』となった多数の人々の存在と、その人数が増えてゆくことであろう。聖徒らの超自然な不在は、信徒らの信仰を更に燃え立たせ、この世に徴を加えることにもなろう。即ち、不信仰な世に対する決定的な『ヨナの印』のようになろう。(マタイ12:39)

そこで『残った人々は驚き恐れて、天の神に栄光を帰した』というところは、多くの人々が『聖なる者ら』の聖霊の言葉の確かさをここで悟っているのか、あるいは一向に反対し続けていて、依然存在している『大いなるバビロン』の自分なりの宗教に崇拝を捧げるよう動かされたのかは本稿の筆者には未だ判然とはしていない。(黙示録11:13)

もし、『天の神に栄光を帰した』という言葉が、福音書に再三見られる、キリストの奇跡を見た群衆の反応を表しているのであれば、また、キリストの死に立ち会い、畏れの内に『「この方は、まことに神の子であった」』と言って『神の栄光を讃えるようになった』ローマの百卒長が投影されているのであれば、捜査を行っている官憲の中からさえ、信仰に向かう者が出ることを述べているのかも知れない。(マタイ27:54/ルカ23:47)

あるいは、殉教した聖徒の墓を暴いてみるようなことでもあれば、おそらくキリストのようにその肉体が消えているという事もあるのかも知れない。そうなれば、これは権力者に恐怖を誘いさえするに違いない。 これは、黙示録での聖徒の屍が野晒しなのであることと関係するのかも知れない。

もし前者であるなら、五か月の蝗害の後の二億の騎兵の件と通じるものがあることにはなろう。残りの者である七千人が『聖なる者ら』を表し、キリスト教界を揺さぶる大変革が起こるときに彼らが皆死んで、そこでキリスト教界の十分の一の数に相当する二億の騎兵がキリスト教界から分離する。

黙示録の『二億』という膨大な人数は、ヨハネの当時の推定世界人口にほぼ匹敵している以上、この数が象徴であるとしても、当時には関わりを持たずに終末の数を表すに違いない。世界人口が揃って騎兵なら、誰を攻撃するのだろうか。
 
そして、この二億もの騎兵は『三分の一』に襲い掛かり、それを『殺す』ことになるのであるが、これら巨万の騎兵を生じさせるきっかけを作ったのは、ユーフラテス河畔の『四人の使い』の解放なのである。彼らが『蝗』であったことはその働きからも、蝗としての五か月の寿命で過ぎ去り、(天に)去るところにも、彼らが『聖なる者ら』であることが表されている。

こうして理解は一巡することになる。やはり黙示録は時系列に沿って語ってはいない。



◆バビロン荒廃の予告の成就する時

『聖なる者ら』にとってこの天への召しはある意味に於いては突然に起こるのではあるが、それまでの42ヶ月の宣教と、何者か現在は分からないながら『七つの頭を持つ野獣』の攻撃の著しい高まりと、権力と妥協してしまう『聖なる者ら』の中からの脱落者の現れ、即ち『背教』が起こり、内部からも裏切り者が生じる事態など、その42ヶ月の間にも様々な事が次々に経る事を通してある程度の時期については分かるに違いなく、その意味ではパウロが言うように、世人に『その日が突如として臨み、逃れられない』ということは彼らにに起こることはなく『不意を打たれるようなことはない』ことであろう。(テサロニケ第一5:3-4)

ダニエル書はこのように言う。『聖なる民の力が打ち砕かれる時に、すべての事は尽く成就する』(ダニエル12:7)
そこで、『聖なる者ら』が『七つの頭を持つ野獣』というこれまでに存在してこなかったような全球的権力の集合体に攻められまったく打ち砕かれる時、そこで『新しい契約』はその役割を果たし終え、天界に『神の王国』を成就することになるといえよう。それは恰も、彼らの主イエスの殉教の死がサタンを無に帰せしめたようにである。

その迫害による殉教は『聖なる者ら』に『レヴィの浄め』をもたらすことになり、天からの声は生死に関わらず彼らを天に召し挙げることになる。したがって、『聖なる者ら』は象徴的に『殺される』としても、そのすべてが殉教によってまったく死に絶えるという事態にまでは進まず、あるところで『ラッパ』が吹かれ残りの者らも天に召されることになる。

既に死んだ聖なる者らの復活には『先んじない』ことをテサロニケへの書簡にパウロが書いており、それゆえにも、終末には忠節の内に死した古代の『聖なる者ら』は、この天への召しよりも早くに霊体への復活を遂げ、天に居ることになろう。

終末の聖なる殉教者らもそのときに召され始めるので『今から後に主に結ばれて死ぬ人は幸いである』との黙示録の言葉は、古代の『聖なる者ら』がこの天への召しよりも早くに復活を得ていること、また、終末の迫害で殉教する将来の『聖なる者ら』も、その天に共に集められることを指すのであろう。(黙示14:13)

しかし、すべての『聖なる者ら』の全体が天に揃うのは、最後まで地上に残った『聖なる者ら』が天に召されるときのことになる。すなわち、聖霊で語った彼らを反対者らが捜しても見つからなくなるときのことである。 
 
そこで脱落しているものが出るとしても、人々は手配中の者らが消えたことに気付く。それはキリスト教界に癒し難い衝撃を与え、二億の騎兵を生じさせることになるのであろう。⇒「黙示録のイナゴ」
 
多くの騎兵がキリスト教界を攻撃し激しく糾弾するので、『大いなるバビロン』が頼みとした無数の信者、つまり膨大量の水も引いて乾いてしまい。それはいよいよ『日の出る方から来る王たちに対し道を備える』ことになる。即ちキュロス大王と同盟軍のバビロン攻略であり、将来には野獣の『十本の角』で表される公権力がその役目を担い、そうして野獣を慫慂して『聖なる者ら』を亡き者としたすべての組織宗教に対する滅びが目前に近付くことになろう。 ⇒ 「大いなるバビロンの滅び」

ここにおいてバビロンは『城壁は無残に崩され、高い城門は火で焼かれ』『瓦礫の山、ジャッカルの住みかとなり、恐怖と嘲りの的となり、住む者はひとりもいなくなる』とエレミヤに言われるべきものとなろう。黙示録に於いて『大いなるバビロン』は『聖なる者ら』を亡き者とした責めを負い、二倍の報復を受けねばならなくなる。それは『聖なる者ら』が迫害に倒れるまで忠節を保って天に召された後、この大娼婦が野獣の角の部分によって徹底的な破滅を被るときに起こることである。(黙示17:16)
 
そして黙示録はエレミヤの預言の水面下に消える石のモチーフを繰り返してこのように言う。
『ひとりの力強い御使が、大きなひきうすのような石を持ちあげ、それを海に投げ込んで言った、「大いなる都バビロンは、このように激しく打ち倒され、そして、全く姿を消してしまう。』(黙示18:21-24)

野獣に『聖なる者ら』を滅ぼすように慫慂した『大いなるバビロン』が石のように水面から消え去って沈むように、急速に過ぎ去って二度と存在しなくなるのは彼らの召しの直後のことであろう。

それに続いて脱落聖徒らによると思われる、テサロニケに予告された『背教』はいよいよ高まりを迎え、神をも超える『不法の人』を招来するが、ここに於いて、キリスト教界の宗教組織は過去のものとなっても、依然としてその教理が後を引くであろうことが見える。人は容易には信仰心を変えないからである。

『不法の人』とは即ち、脱落聖徒の一人であり、サタンの霊力を受けて劣った奇跡を行い、キリストの「地上再臨の教理」を利用してアンチ・クリストとなるであろう何者かのことである。
アンチ・クリストとはキリストに成り代わる者の意であり、衆人にキリストと認められたからには、次いで「三位一体信仰」の抜けない人々を用いて自らを神と宣することができる。

そこで主イエスが繰り返し、地上にキリストが居るとの誘いに応じてはならないと命じられていたその意味が見えて来る。(マタイ24:23-28/マルコ13:21-22/ルカ17:22-24)

『不法の人』はパウロによって『滅びの子』とも呼ばれている。この語は聖書中に二度だけ出てくるが、二度目がこの『不法の人』であれば、一度目はかのユダ・イスカリオテなのである。(ヨハネ17:12)

十二使徒というイエスに従う者の最高の栄誉に輝く立場からさえこのような反逆者が現れたのであれば、どうして終末の『聖なる者ら』の中から『滅びの子』が現れないと言えるだろうか。ユダがイエスを売り渡したように、『不法の人』は仲間の『聖なる者ら』を妨害し、売り渡すことさえ充分に考えられることである。(ダニエル11:31-39)

もし、これにユダヤ教の一部がエルサレム神殿を再建するようなことでもあれば、この権威の亡者は喜んでその『奥の間』の座を占めようとすることであろう。
終末に地上再臨するキリストを見て、ユダヤ教徒が集団改宗すると信じて止まないキリスト教徒の人々は少なくもないらしい。
 
パウロはこう警告を与えている。『まず背教が起り、不法の者、すなわち、滅びの子が現れるにちがいない。彼は、すべて神と呼ばれたり崇拝されたりするものに対抗して立ち上がり、自ら神の家に座して、自分は神だと宣言する。』(テサロニケ第二2:3-4)

彼の支持者らは、『聖なる者ら』の『名の消滅』を知ったとしても、この誤った道に分け入る危険性は非常に高いと言わざるを得ない。人は思想信条を簡単には変えないからであり、『聖なる者ら』の聖霊の発言を聞いてもその真意を悟らないなら、代替宗教である「新たなスタイルのキリスト教」に容易に呑み込まれてしまうであろうし、それを推進する『子羊のような二本の角を持つ野獣』で表される国家、おそらくはキリスト教的な覇権国家が在るなら、その圧力は否応なく高まることであろう。
それは権力を用いた究極の偶像崇拝となり、祭政合体の宗教を人々に強制を課すらしいのである。(黙示13:11-18)


赤く燃え立つ両眼を光らせる復讐のキリストは、そうしていよいよ世界統治に乗り出し、『聖なる者ら』もそれに続き『諸国民を籾殻のように刷り砕く脱穀橇』と変じ、キリストと反キリストの両者の対立は極限に達するその状況で世は『ハルマゲドン』の最終決戦へと呑み込まれてゆく。(イザヤ41:15/ミカ4:13/黙示17:14)

それは不法の人がキリストの『臨在の顕現によって無に帰せられる』時となるであろう。それはキリストの臨在が起こって三年半に亘って続き、聖霊を注がれる『聖なる者ら』が世に宣告を下す業を為し終えた後のことであるに違いない。(テサロニケ第二2:8/ヨハネ16:8) ⇒「シオンの娘の謎を解く」


それであるから、エレミヤのバビロンに対する預言の言葉は、終末においてすべての成就を迎えることになるというべきであろう。
そこで予告された『七十年』が満ち、古代に神殿祭祀が再興されたように、象徴的ユーフラテス河畔から拘束を解かれた『聖なる者ら』は、天に召される時にいよいよ神殿祭祀の再開を天界に於いて始めるということができる。

それまでは象徴的「日毎の捧げ物」が仮の身分の彼らによって捧げられるが、天界の神殿の建立は、彼らを全く贖って天界に相応しい者とし、律法の神殿祭祀が予型した真の人類贖罪の準備が整うことになる。これが『地上のすべての家族を祝福する』、即ち『神の王国』である。

『聖なる者ら』の天への召し挙げは、キリスト教徒の云うような「携挙」などではなく、また世の裁きとなる大患難から逃すためでもはない。これこそはアブラハムの裔としての『神のイスラエル』、エデンで語られた『女の裔』の観点から見るべきものであり、その精神はご利益信仰とは正反対なもの、自己犠牲を以って主に続き、天に挙げられる『聖徒』のことなのである。(創世記3:15)

さて、「携挙」されて空中でキリストの出迎えを受け、天国でずっと共になる謂われがご利益信仰の「クリスチャン」方にあるものだろうか?あるいは、「クリスチャン」を大患難から保護することが天への招聘の理由なのだろうか?それは余りに利己的願望ではないか。

自分たちは救われ、他の人々はキリスト教徒ではないという理由で恐るべき患難に呑まれることを信仰していると公言するなら、周囲はその宗教をどう見做すだろうか?そこにキリストのような自己犠牲の精神とは反対のものを感じさせないものか?

果たして、自分たちのような信仰を抱かなかった人々が大患難で滅んでゆくのを眺めるだけの理由が「クリスチャン」にあるのだろうか?その高慢な精神に気付けないにも関わらずキリスト教徒と公言できるものか?

それは単なる聖書の解釈の違いを超え、倫理の問題となっている。
つまり、キリスト教を称えつつ、却ってパリサイ派のように独善化し、地上のすべて家族の祝福となろうとする『聖なる者ら』の精紳とは正反対に、自らの「祝福」をばかり願うからである。 

『聖なる者ら』の天への召しこそが『新しい契約』の意味するところであり、その契約を自己犠牲の忠節の内に全うする者が到達する、天でキリストの伴なる王また祭司となって人々の祝福となること、即ち、人間には到底不可能な偉業、『罪』にうめくすべてのアダムの子孫のための『神の王国』が成就することなのである。

これほど優れた神の経綸を知ってすら、キリスト教徒がお目出度い自らの「携挙」を望み続けるなら、その信仰は非常に虚しい後果を買いとることにはならないものだろうか?そこにキリストのような大志や忠節な愛があるだろうか?





           ©2016  林 義平



 ⇒ 「再臨と携挙について



新旧の聖書の記述を精査総合し
この世の終りに進行する事柄の数々をおおよそに時間の流れに沿って説く
(研究対象が宗教であるため主観による考察)

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世の初めから秘められたミュステーリオン

 <難易度 ☆×5  高 >



この「ミュステーリオン」とは、聖書に記されてはいるものの、神によって隠されたところの奥深いもの、即ち『奥義』、または『秘儀』のことである。

それはアブラハムの子孫であるヘブライ人によって文字とされて永く保存され、聖書の中に現在もそこにある。
新約聖書に至ってはギリシア語で「ミュステーリオン」と呼ばれ、かつて使徒時代にはエクレシアを介して開示され理解されていたのだが、今ではほとんど理解はされことないながら、なおひっそりと聖書中に佇んでいる。

しかし、これこそが聖書全体の教えの根幹、また頂点を成すものであり、その全容が啓示されるまでに、人が棲むようになった太古からキリストの使徒らの時を迎えるまで、どんな反対する者らをも排し、実現に向けて押し進んできた。
それは悠久の時に亘る全能の神YHWHの歩みであり、その不変の意志は現在も絶えてはいない。ただ、人に忘れ去られているだけである。

この『奥義』は今日においては再び秘められてしまっているのである。確かにその奥義を伝える文言は聖書の中に記されたままに読めるのだが、人々はそれを悟らずに幾多の世紀を重ねてきたのである。悟らなかった理由と言えば、心が整えられていなかったという一事に尽きる。
新約聖書を専らに読む所謂「クリスチャン」には、主要な教えは、単にキリストの犠牲によって自分たちが救いを得ることだと、至極簡略されているが、それで自分たちはその『奥義』を知っていると思うらしい。

また、ユダヤ教徒はメシアを退け、旧約から先には進まないために、この『奥義』の全容を知ることを拒み続けて今日に至っているのである。

しかし、「クリスチャン」と雖も、キリスト教に何を願い、何を祈るか、その事柄を通して、彼らは実にその『奥義』を知らないと言っているに等しい。それは人の救いに勝り、キリストさえ導いたものなのである。

そして、その『奥義』が公示されていながら秘められてきた最大の原因は、『イスラエル』と呼ばれるこの『奥義』の無私なる担い手が存在しなくなって千八百年にも及ぶことである。
勿論、イスラエル民族は今日も存在するのだが、彼らは明らかにこの『奥義』の担い手とは言えない。既に契約に無いからであり、神殿も無ければ律法の祭祀は行えていないという以外にない。

しかし、パウロは奥義についてこう云っている。
『わたしたちが語るのは、隠された奥義としての神の知恵である。それは神が、わたしたちの受ける栄光のために、世の始まらぬ先から、予め定めておかれたものである。
 この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っていた者は、一人もいなかった。もし知っていたなら、栄光の主を磔の木につけはしなかったであろう。』(コリント第一2:7-8)

対して、そうと意識することもなく『奥義』に逆らう者らは常に存在し続けてきたのであり、まさにユダヤ人自らがキリストとその弟子らに反対してそうなった。

またそれは、「知っている」と称える者らが実は知ったと言えるようなものではなく、例え奥義を知ったとしても、その者に利益をもたらさないかも知れないのである。
だが、神の奥義をおぼろげながらでも知るのであれば、協働するにせよ反発するにせよ、その人の行動も思考も相当な変化を遂げているに違いない。



◆隠されていることを語るナザレからの人


さて、紀元29年以降のパレスチナでは、ナザレ村から来られた奇跡を行う人イエスを求めて、ガリラヤだけでなくシリアやヨルダンの川向うからも難病を患う者を伴い、多くの人々がメシアと思われるその人を尋ねてやってきた。

イエスはその大勢の病人を癒して回り、ひとりも癒されない者は無かったとルカがその福音書に記している。

実に、その公生涯の間のさまざまな場面で、ナザレのイエスは癒しを行っている。そのため、イエスの弟子たちを含めた一行には度々群衆が付き従っていた。

その群衆の中には、奇跡を行う人イエスについて『たとえメシアが他に現れたとしても、これほどの奇跡は行わないのではないか』と言う者さえあった。
それであるから、このメシアであろう方に付いて回り、その講話を聴こうとする人々もまた少なくはなかった。

ある時にはガリラヤ湖の近くの丘陵で「山上の垂訓」が語られ、また広やかな野原では「平地の垂訓」が語られる。
また、漁師ペテロの船に乗って湖面の音の反射を用いて大勢の耳に話を届かせ、その許に三日も留まった数千の群衆には奇跡の食事をも供している。

しかし、イエスは多くの話を例えを用いて語り、最後にはきまったように『耳ある者は聴くがよい』と付け加えるのであった。
それでも、彼の身近に常に従う僅かな弟子らだけには、その例えの意味するところを知らせていた。

そして、こうも言うのであった。
『あなたがたには、神の国の奥義(ミュステーリオン)を知ることが許されているが、ほかの人たちには、見ても見えず、聞いても悟られないように、譬で話すのである。』(ルカ8:10)

これは何という厳しさか。
庶民の難病を癒すというその慈愛ある姿と、言葉の理解に関しての超然としたその態度との乖離はいったい何を原因としたのだろうか。

イエスはイザヤの預言の第44章を引用し、その厳しさの原因を弟子らにはこう説明している。
 
『イザヤの語った預言が、彼らの上に成就したのである。「あなたがたは聞くには聞くが、決して悟らない。見るには見るが、決して認めない。この民の心は鈍くなり、その耳は聞えにくく、その目は閉じている。それは、彼らが目で見ず、耳で聞かず、心で悟らず、悔い改めて癒されることがないためである」。』(マタイ13:14-15)

これはイザヤの当時のユダ王国の宗教事情をキリストの当時について再指摘するかのような預言の引用であり、このイザヤの言葉は、かつての律法制度に背を向け、「契約の民」であったはずのユダヤがその教条も精神も蔑ろにしていた為に、遂に「バビロン捕囚」という報いを刈り取ることが定まった時期の預言であった。
 
そして、メシアであるイエスが到来する時代、その癒し奇跡に驚きを表して信仰を持ってさえもなお、その群衆の耳は塞がれていたということになる。彼らは内面ではいまだ癒されてはいなかったというべきか。
 
そのイエスの当時といえば、やはりローマによる破滅を前にしていたのであった。
即ち、バビロニア帝国による滅びと捕囚の災厄を越えるほどのユダヤの破滅と民の二千年に及ぶ流浪とをもたらすことになるローマ軍による攻撃を『その世代』の内に控えていたのであった。奇跡によって証しされるメシアを拒絶するに際し、アブラハムの血統上の民族にはもはや「回復の預言」は語られず、不信仰の結末として神の恩寵は彼らから去りゆき、『その実を生み出す国民』とされた異邦人を含む『神のイスラエル』へと、やがて移されていく。

それはナザレ人イエスの語ったように『改めて癒されることがないため』という神の裁きによるものであったことになる。

しかし、イエスに従い付いて回った群衆が『見ても見ず、聞いても聞かず』とされるほど不敬虔であったのだろうか?
彼らは、癒しの奇跡にメシアを見出し、信仰を働かせてはいなかったのだろうか?

おそらくは、その群衆の中にも、いずれは聖霊を受けることになったであろう『数万を数えた』というユダヤのイエス派の『聖徒』となった人々も幾らかはいたことであろう。

だが、少なくともこの時点ではイエスから例え話として以上には聴き取れなかった。
その理由は、その時にその人々には理解することが神に「許されていなかった」からであるとイエスは言われる。

マタイはその隠された内容が徒ならぬものであったことに注意を促してこう言う。

『イエスはこれらのことをすべて譬えで群衆に語られた。譬えによらないでは何事も彼らに語られなかった。
これは預言者によって言われた次の言葉が成就するためである。
わたしは口を開いて譬えを語り、世の基礎が置かれて以来、隠されていることを語り出そう」。』(マタイ 13:34-35 )

これは詩篇78篇2節の引用であるが、「世の基礎が置かれて以来」という文言は、元来のヘブライ語では「いにしえ以来」という言葉であったけれども、ユダヤ人はこれをセプチュアギンタに置き換えるに当たって[世の初めから]との部分を含めるようになったようだ。つまり、ユダヤ人の持つ概念をギリシア語に置き換える場合、単なる「いにしえ」を超える意味があったのであろう。

だが、この「世の基礎が置かれて以来、隠されていること」あるいは「世の初めから隠されていること」とは何か?



◆秘められてきた『奥義』


パウロはこの件について、その書簡の中でこのように言う。

『我らが語るは、隠された奥義(ミュステーリオン)なる神の知恵である。そは神が、我らの受くる栄光のために、世の初め(プロ  トーン  アイオノーン)より、予め定めおかれたるものである。』(コリント第一2:7)

それではイエスが使徒らにだけは例えの意味を明かしたように、パウロの頃には隠されていたこれらの『神の知恵』がエクレシアにあって授けられていたのだろうか。

また、『世の初めから』または『世の基礎が据えられて以来』とあるがそれは何時か?
これについてはヘブライ人の手紙が神の創造の『第七日』についてこう述べる。
『神の御業は、世の基礎が置かれた(カタポレース  コスモー)ときには終わっていた』(ヘブライ4:3)

そうであるなら、『世の初めから』または『世の基礎が置かれた』時とは、創造の業が終わった頃ということになる。即ち、アダムとエヴァがエデンの園に置かれた時期のことであろう。

そして『世の基礎』の『世』(コスモス)であるが、これは単に創造界を指すのか、それとも人間社会を指すのか。
これについては、創造の全般を指すというよりは、苦難満ちる現状の人間社会を指すと見てよいであろう。なぜなら、『隠される』必要が『世』に対して生じているからである。それゆえ『御心が地に為されますように』と祈る必要があるのも、『世』が神の意志からは脱落しており、むしろ敵するところさえあるのであれば、神は何もかもをこの世に曝すだろうか。
 
神は誰に対して「隠した」のであろう。先に見たように、それは探求心の薄い民に対してであった。
そこに見られるのは、まさしく神に無頓着な『この世の』特徴として聖書が再三挙げる『不敬虔』(アセベイア)でもある。(マタイ17:17/マルコ9:19/ヨハネ9:23/エフェソス2:2)

やはりパウロはこう言っていたのである。
『この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っていた者は一人もいなかった。もし知っていたなら、栄光の主を磔の木につけはしなかったであろう。』 (コリント第一2:8)

『この世』とは、多くの「クリスチャン」方が教えられているような、即ち 神の導きや摂理によって治められているはずの場としてではなく、創造した神からすっかり離れてしまっており、その意志の下にはないばかりか、それに抗って今日まで存在し続けてきた人間社会である。

そこで『世の基礎が置かれた』時とは、エデンで人の生き様が寿命ある労苦の生涯と決まり、『罪』に基く『この世の有様』が始まった時のことを言うのであろう。
爾来、『この世』は創造の神の意志から離れ、エデンを後にした人類は、目的地もない流浪の旅に出たと捉えることができる。

『この世』と『神』が対立関係にあることは新約筆者らによって何度も指摘されている。
ひとつ挙げるなら、イエスの弟ヤコブがこう記している。
『世の友となるは、神に敵するなるを知らぬか、たれにても世の友とならんと欲する者は、己を神の敵とするなり』(ヤコブ4:4)

では、イエスが例えで語ったところの『世の基礎が置かれて以来、隠されていること』とは何であろうか?
それは『世』に敵して隠されてきたことであるに違いなく、また、エデンの頃から秘められてきたことである。

これを手掛かりにすると、パウロの語った言葉に見出されるものがある。
曰く『我らが語るは、隠された奥義としての神の知恵である。そは神が、我らの受くる栄光のために、世の基が置かれてより、予め定めおかれたるものである。』(コリント第一2:7)

そして、これをパウロは『隠された奥義としての神の知恵』という。
この『奥義』(ミュステーリオン)という言葉をパウロはそれぞれの書簡の中で何度も用いており、コリント第一の書簡の他に、ローマ、エフェソス、フィリピ、テモテ第一の中に見出す。加えて、パウロ自身がこの『奥義』と深い関係を有していることも語られているのである。
 
『わたしは啓示によって奥義を知らされたのである。』(エフェソス3:2)
『すなわち、聖徒たちのうちで最も小さい者であるわたしにこの恵みが与えられたが、それは、キリストの汲めども尽きぬ富を異邦人に宣べ伝え、更にまた、万物の造り主である神の中に世々隠されていた奥義にあずかる務めがどんなものであるかを、明らかに示すためである。』(エフェソス 3:8-9 )

公生涯中のイエスに会ったことがないパウロが、どうしてキリストの教えの先頭に立って導けたのかといえば、『聖霊の啓示』以外の何があろうか。

 パウロは続けてこうも言っている。
『今や、この奥義は御霊によって彼の聖なる使徒たちと預言者たち*とに啓示されているが、以前の時代には、人の子らに対してそれほどには知らされてはいなかった。』(エフェソス3:5)*<新約的な「霊による預言者」の意>

だがしかし、聖霊がイエスの弟子らに注ぎ出されるに及んで永く続いた情況は変わったのである。
『それは今、天上にあるもろもろの支配や権威が、エクレシアを通して、神の多種多様な知恵を知るに至るためであって、我らの主キリスト・イエスにあって実現された神の永遠の目的に沿うものである。』(エフェソス3:10-11)

即ち、最後の晩餐でのイエスの予告の通りに『聖霊』を通して『あなたがたをあらゆる真理に導いてくれる』というその事が起こったのである。(ヨハネ16:13)
それゆえ、パウロは『奥義』をこうも形容して言う。
『永きに亘り隠されていたが、今や明らかにされ、預言の書を通して、永遠の神の命令に沿って信仰の従順に至らせるために、あらゆる国民に告げ知らされた奥義の啓示』 (ローマ16:25-26)*

ここに、奥義を正しく得る者らが現れている。
聖霊の注ぎ出しがないキリストの公生涯の間のユダヤ人には、これを知ることも、罪からの癒しを得ることも許されていなかった。ただ、使徒らについては、聖霊を受けるであろうことが予期されたので、彼らにはその知恵が語られていたのであろう。

そして、キリストの犠牲が捧げられ聖霊が降下するに及び、それを受けた『聖なる者ら』には『真理の霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導く』という。(ヨハネ16:13) 
 
これはそれまでにずっと秘められ続けてきたことからすれば大きな変化であったが、その変化の理由となったのはやはりキリストの血の犠牲であろう。(ヨハネ16:7)その犠牲が神に受け入れられたので、聖霊を受けた弟子らが『新しい契約』に預かる者となって、『神の子』としての立場を得たからであるに相違ない。(ヘブライ9:15) 即ち、エデンから流れ出た『世』に属する者でない神に属する者らの登場である。(ヨハネ第一5:19)

パウロは彼ら、聖霊を注がれ『聖なる者』となった弟子らについて、『養子縁組の霊を受けた』それゆえ『その霊によって、我らは「アバ、父よ」と呼ぶ』のであり、『その霊が、我らの霊と共に、我らが神の子であることを証しする』とも言うのである。即ち『すべて神の霊に導かれている者は、神の子なのである。』と言う。(ローマ8:14-16)

この神に認知されていないところの「アダムの罪の子」として『世』のものであった弟子たちの元の状態から、『神の子』への立場の変化が起こったのは聖霊の注ぎのあった、あのシャヴオート(五旬節)のシワン6日の朝からであったか、といえば、厳密にはそうではなく、十二使徒たちについてはイエスと過ごした最後の晩からその変化が起こりつつあったことが次のように記載されている。
 
シャヴオートの52日前のニサン14日の夜に、『弟子たちは言った、「今はあからさまにお話しになって、少しも比喩ではお話しになりません」』とその変化について述べ、また、イスカリオテではない方のユダはこう言っている『「主よ、わたしたちには御自分を現そうとなさるのに、世にはそうなさらないのは、どうしたことでしょうか」』(ヨハネ16:29/14:22)

この晩の聖餐の後の使徒らとの話合いにおいて、イエスの使徒らへの変化はこればかりではなかった。
その晩餐では彼らを労いつつ、こうも言われたのである。

『あなたがたは、わたしの試錬のあいだ、わたしと一緒に最後まで忍んでくれた人たちである。それで、わたしの父が国の支配をわたしにゆだねてくださったように、わたしもそれをあなたがたにゆだね、わたしの国で食卓について飲み食いをさせ、また位に座してイスラエルの十二の部族を裁かせるであろう。』(ルカ22:28-30)

ここでイスカリオテのユダは除外されるものの、十二の使徒の座は彼らに不動のものとなっている。即ち、キリスト公生涯に添い遂げ、師との最後の晩に忠節な者と評価され判定されたということである。
 
その時から主は彼らに対して、既に聖霊を受けた者のように扱われていると言ってよいであろう。その証拠に彼らだけがキリストの犠牲の捧げられる以前に「主の晩餐」に預かっているのである。それはキリスト共に『座してイスラエルの十二の部族を裁く』という聖徒の選びに関わる格別の権威を得させるほどのものでもあった。

こうして、使徒らを通して『聖なる者たち』も『世のもの』であった状態から『神の子』へと引き上げられ、その立場の変化は『隠されてきた事柄』をそのままに聴く許しを得始めたと言えるのである。

ゆえに、十二使徒ではないものの、後に使徒職に参与してきたヒレル系パリサイ人、タルソスのシャウル、即ち、『聖霊によって取分けられた』後の「異邦人への使徒パウロ」の示した驚異的なまでのキリスト教認識は、弟子ら全体の先頭に立って教え導くものとなったと言える。もはやキリストの霊の介在なしに『神聖な奥義』は誰にも啓示され得ない。もちろん、それはユダヤ教を遥かに超えた次元に至ることなのである。

パウロ自身が明かすには、彼は超自然の経験をしているのである。
例を挙げれば、コリント第二の書簡で『第三の天』にまで引き上げられたと言っている。
そこで彼は格別な事柄を知ったようで、こう言うのである。
 
『パラダイスに引き上げられ、そして口に言い表わせない、人間が語ってはならない言葉を聞いた』(コリント第二12:4)
 
その『言葉』とは更なる秘儀であるに違いなく、それが何であったかをもちろん語ってはいないが、パウロの先鋭的キリスト教理解の背景がそこに示されていると言えよう。

そして聖霊の注がれている弟子らが、いずれはパウロに教えていることを啓示されるであろうとも言っている。(フィリピ3:15)
それは、彼が他の聖徒たちに先んじて神聖な知識に通じていたからであろう。

そして、彼は自分自身を含めて聖なる者たちは『奥義の家令』であり、そう見做されるべきだとも言うのである。(コリント第一4:1)
即ち、聖なる者たちは神の隠されてきた『奥義』を知り、それを語るに相応しい者とされたのであり、そのようにまで『奥義』が知らしめられることは彼らの登場する以前には無かったことである。

然るに、エフェソス人宛てとされる手紙の中においてパウロは『この奥義は、いまは、御霊によって彼の聖なる使徒たちと預言者たちとに啓示されているが、前の時代には、人の子らに対して、そのように知らされてはいなかった』と言うのである。(エフェソス3:5)
そこでナザレのイエスをメシアとして受け入れなかったユダヤ教は、旧約聖書に固執し留まったため、今日までその全体が『奥義』の啓示からは除外されている。

この新たな啓示については、使徒ペテロもキリストについての様々な情報を『天使たちも、うかがい見たいと願っている。』と言う。即ち、天界にあってもこの奥義は充分には知られていなかったのであろう。(ペテロ第一1:11) 
天界には他ならぬサタンもおり、その奥義に対する敵意のゆえに、それは天界に於いても秘められるものであったということか。 

そして、あのシャヴオートの日以来、聖霊が降下するようになり、それを受けた者たちのエクレシアを通して隠されていた『奥義』が語られるに至るのであった。
やはりパウロはこう書いている。
『その言葉の奥義は、代々に亘ってこの世から隠されてきたが、今や神の聖徒たちに明らかにされている。』(コロサイ1:26)
また、こうも言う。『イエス・キリストの神、栄光の父が、知恵と啓示との霊をあなたがたに賜わって神を深く知ることができるようにした』(エフェソス1:17-18)
 
このように聖徒らに奥義が明かされたことについては、イエスのひとつの言葉が思い起こされる。
曰く
『覆われたもので明らかにされないものはなく、隠れているもので知らされないものはない。
わたしが暗闇であなたがたに話すことを明るみで言え! 耳打ちされたことを屋上から言いひろめよ!』(マタイ10:26-27)

イエス自身は民に例えで語り、『奥義』を使徒ら以外に知らせることはなかったが、その弟子たちにはいつまでも内密に保てとは言っていないのである。むしろ、知らせて、広めよというのである。

その変化の理由があるとすれば、『奥義』を知る資格ある『神の子ら』がそれまで登場せず、依然『奥義』を隠されるべき『世』に弟子らも属していたことが挙げられよう。(ヨハネ第一5:18-19)
 
『奥義』は『世』そのものを糾弾し終わらせてしまう。そこで『世』は、神の『奥義』に反対せずにはいられないからである。また、その内容を嫌うので、『世』は自ら『奥義』に近付こうとはせずその耳を閉ざす。(ペテロ第二3:7)

だが、仮の贖罪を受けた『神の子ら』が現れることにより、奥義を言い広める者らが登場する。
彼らは『この世のものではない』からである。 (ヨハネ17:16)



◆ その『奥義』に敵対するもの


では、その『奥義』の内容とは、どのようなものであろうか?

パウロはそれが『世の基が置かれて以来隠されて来た』と言う、それは『この世の者の知恵ではなく、この世の滅び行く支配者たちの知恵でもない。』また『この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っていた者は、ひとりもいなかった。もし知っていたなら、栄光の主を磔の木につけはしなかったであろう。』とも言うのである。(コリント第一2:6-8)

従って、この奥義を本当の意味で『知る』のであれば、この世の率先的為政者であり続けることは不可能ではないだろうか。
創造の企図に沿った人類、つまり『神の子』に回復された状態こそが人間に真の幸福をもたらすのであり、また、それこそがあるべき姿なのである。
 
『この世』というシステムそのものが、現今の人間社会に一定の秩序を保たせるのに必要であるとしても、それは創造者の観点から見る場合には『罪』に対処するための矛盾に満ちて危うい応急処置でしかない。然るに、根本的解決をもたらす『奥義』に対しては人々に苦難をもたらしてきた『この世』の権力は尽く道を譲るべきなのである。
 
『この世』はアダムの堕罪によって基礎が置かれたが、同時に将来への希望を知らせる一言が神によってエデンの『蛇』に語られている。
『お前と女、お前の子孫と女の子孫の間にわたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕き、お前は彼のかかとを砕く。』(創世記3:15)

これは即ち、人類が陥ってしまった『罪』の苦衷から神が如何にして救い出すかを込めた、謎に満ちた最初の言葉であった。
実に、この一言を巡り聖書の記述が展開されてゆくのであり、この一言の中にそのすべてが凝縮されていると言っても過言ではないのである。

『女』とは直接にはエヴァを指し、その子孫から出る者と『蛇』で表されるサタンの子孫であるかのような邪悪な者との間には敵対が生じるのである。

その端的な場面をヨハネ福音書の第八章に見出す。
そこでイエスは彼を殺そうとしているユダヤの反対者との激しい論争の中にある。
イエスは彼らについてこう云うのである。
 
『どうしてあなたがたは、わたしの話すことがわからないのか。あなたがたが、わたしの言葉を悟ることができないからである。
 あなたがたは自分の父、すなわち、悪魔から出てきた者であって、その父の欲望どおりを行おうと願っている。』(ヨハネ 8:43-44)

イエスとユダヤの宗教領袖らとの対立はその後も深まってゆき、遂にニサン14日を迎え、ユダヤの体制派はイスカリオテのユダの手引きを得て『神の子羊』を屠るに至るのである。
そうしてエデンで語られた『お前は彼のかかとを砕く』という言葉が成就を見るのであった。

従って、イエス自身が奥義であることを指摘しているコロサイ書はこのことを指しているのであろう。パウロはそれを『真に知る』ようにと当時の聖徒らに促している。 (コロサイ2:2-3)

こうして見ると、神の奥義は常に、誰とも知れぬ『敵』によって推し進められるかの観さえある。
それは裁きのようでもあり、奥義が進展するそれぞれの場面において、新たな敵が現れては、意図もせずに奥義を成就の方向へ動かしてしまう。例えれば、大祭司カヤファがそうであり、ユダ・イスカリオテがそうである。

また一方で、イエスが犠牲になる以前には、イエスが自らをメシアであることを公言せず、信じた者らにも語らせず、自らの犠牲を以って人々を救うということでさえも群衆に対しては『わたしの血を飲み、肉を食せ』と言っては躓かせていたのも理由のないことではなさそうだ。

それはその時にあっては秘められている必要があったのだ。即ち少なくともメシアが殉教の死を遂げるためである。
 
これにペテロは価値を悟れず、良いつもりになって『主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。』とメシアを諫めたのだが、これはメシアの重大な意義を前にしてまったく的外れなことであったから、イエスは『サタンよ引きさがれ。お前はわたしの邪魔をする者だ。お前は神の思いでなく、人の思いを抱いている』と強い口調でそれに退けるのであった。(マタイ16:22-23)

そして続けて使徒らにこう言われる。
『だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の磔刑の木を背負ってわたしに従ってきなさい。
 自分の命を救おうと思う者はそれを失うが、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすだろう。』(マタイ16:25)
 
後に分かることながら、『女の裔』とはメシア一人ではなく、その『兄弟』とされる一群の人々がいるのである。
これをパウロは『神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。』と書いている。(ローマ8:29/ヨハネ第一3:2)

『女の裔』はメシアが共にその道を歩むようにと召した使徒らをはじめとして、聖霊を受ける諸国の『聖なる者ら』へと広げられてゆくのであった。これはユダヤ体制派にはけっして認めることのできない神の恩寵の喪失を意味するのである。
このゆえに、聖霊を注がれた者は、神から観てメシアが御子であったと同様の立場を仮に得ることになる。
やはりパウロはこう言っている『神の霊によって導かれる者は神の子なのだ』(ローマ8:14)

それはアダムが『罪』のゆえに失った立場であるので、パウロはこうも言う『今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない』(ローマ8:1)

彼らの存在そのものも、遠い過去から神の予見するところであったという。イエスも『世の基が置かれる前から予知されており』、聖霊を受ける弟子らも。『世の基が置かれる前からキリストとの結びつきで選ばれていた』というのである。(ペテロ第一1:20/エフェソス1:4)
それゆえキリストも彼らを『父が与えて下さった者ら』と呼んだのであろう。(ヨハネ17:24)


そこで、あのシャヴオート以来、ヨルダン川で水と聖霊のバプテスマを受けた主イエスのように、天からの聖霊を受けることで『油そそがれた』つまり任命を受けた者は、メシアと同じサタンの敵意を受ける道に召されたのである。
こうしてヨハネの書簡にある言葉を読み直すと、その意味するところは一層に鮮明の度を増すのである。
曰く『わたしたちは神から出た者であり、全世界は悪しき者の配下にある』(ヨハネ第一5:19)
即ち、『聖なる者ら』に『奥義』を授けられたことそのものが、彼らが神の側に立ったことを示したと言えよう。

そしてユダヤが体制としてメシアを退けることも『奥義』の中に含まれていたという以外にない。
というのも、パウロは『兄弟たちよ。あなたがたが知者だと自負することのないために、この奥義を知らないでいてもらいたくない。なぜなら、イスラエル人の中の一部で頑さが起こったのも、それが異邦人が流入して満ちるまでに及ぶのであり、そうしてイスラエルという全体は救われることになるのである。』(ローマ11:25-26)
 
つまり『接木』として非ユダヤ人が『女の裔』に含まれて、メシアに不信仰を示して殺してしまった血統上のイスラエルの不足分を補うという『奥義』である。そうしてメシア殺害に手を染めた『イスラエル』という全体が救われるというのである。それは「血統のイスラエル」から『神のイスラエル』へと神の恩寵が移行したことも意味している。

もちろん、これは「血統のイスラエル」の民に対しては秘められてきたことであったに違いない。そこで譬えで話すメシアの姿には合点がゆく。
そうでなければ、神の子羊は屠られず、信仰による純粋な『神のイスラエル』が登場してくることもなかったからである。(ガラテア6:16)
その新たなイスラエルこそが『その実を生み出す国民』であろう。(マタイ21:43)



◆終了してはいない『奥義』

しかし、キリストの犠牲が捧げられ、いよいよ約束の聖霊が臨む段に進むとなれば、状況も変わる必要が生じる。
イエスは父の御許に『去って行かなければ助け手(聖霊)はけっして来ない』と言われた。つまり、メシアの犠牲によって初めて約束の聖霊が注がれる道が備えられたのであり、それは『新しい契約』による暫定的な罪の赦しが聖なる者らに与えられたからに違いない。(ヨハネ16:7)

この聖霊によって油注がれメシアへの道に召された者らが登場するに当たり、この『奥義』の全体像が明かされねばならない。
彼らは、自分たちの得た立場を知るべきだからである。つまり、『幅と長さと高さと深さがどれほどかを知るため』である。(エフェソス3:18)

エデンで語られた『奥義』はキリストの死を通して今や現実の中で具体化された。それをパウロは「(磔刑の)木の話」(ホ ロゴス ガル ホ トーウ スタウローン)とも呼んでいる。(コリント第一1:18)また、多くの箇所では単に『(刑)木』(スタウロス)と略しているが、これは頚から下げる十字架の救いの効能などを語っているわけではない。(十字架を「キリスト教」が表象としたのは第四世紀以降)
 
それは律法契約下に於いては、キリストの犠牲の実体は未だ示されず、祭儀に規定された動物の犠牲を介してぼんやりと予型されていただけであった。

つまり、奥義の実体を予め指し示していたのは、大祭司を頂点とし、その同族にして出エジプトに際して子羊の血を以って神に買い取られたレヴィ族の祭司団による律法祭祀である。

殊に、「贖罪の日」には大祭司自らが贖罪の儀式を行い、また祭司団の贖罪が行われる。(レヴィ16:6)
そののちに民全体の贖罪が言い表されてのち、すべての贖罪を終了するのであった。(レヴィ16:17)

この律法が規定した祭祀制度にも、後の『世の罪を取り去る神の子羊』の犠牲が示されてはいたが、それがどのように実現するかを知る者、またはそのような後代の対型が存在するかに思いを馳せる者さえ居たのかどうかも知れない。

ただ、神は預言者たちを通して、ゆっくりと、僅かずつ、しかし確実に、それを啓示させ続けていたのである。
 
そしてもちろん、メシアがユダヤの祭司長派によって屠られる仔羊となることは、当然に律法とその体制には伏せられているべきであった。それが伏せらていることによって、当時の宗教家らが実際にはサタンの裔であることを露わにし、エデンで語られた女の裔のかかとが砕かれるという神の預言の一半が彼らを通して成就するに至ったのである。(ヨハネ8:44/創世記3:15)

これが秘儀(ミュステーリオン)の恐るべきところである。
実に、その奥義の言葉を警護してきた民族が悪役の最たるものを演じて、それが実現しているのである。
だが、このようなことは終末におそらく再び起こるのであろう。自分たちに神の是認があると思う者らこそ、その危険に最も鈍感であるからだろうか。(ヨハネ11:49-50)

だがしかし、実は女の裔のかかとが砕かれるということは未だ成就し切れてはいないのだ。
なぜなら、『女の裔』の中には、終末に現れる者らがいることを新旧の聖書が揃って語っており、その者らもイエスのように『打ち砕かれる』ことになっているのである。そうして彼らも主に続いて同じく『女の裔』であることを示さなければならない。

ダニエル書にはそれが繰り返し語られている。
彼らには『精錬が行われ、練り浄められる』という試練が臨むのであり(11:35)終末にも『聖なる民の力が全く打ち砕かれると、これらの事はすべて成就する』(12:7)というのである。ヨハネ黙示録にもこうある。
『彼らがその証しを終えると、底知れぬ所からのぼって来る獣が、彼らと戦って打ち勝ち、彼らを殺す。』(11:7)

彼らの『証し』については福音書が終末の場面で繰り返し語っており、彼らは為政者らと対峙して聖霊による論駁不能な奇跡の言葉を語ることになるというのである。(マルコ13:10-11/ルカ21:12-15)

これはやはり、『奥義』の立場に立つ『女の裔』が『この世』とは敵対関係にあることを鮮明にする。
『この世』がイエスの聖霊注がれる弟子らによって完膚なきまでに糾弾され告発されることは主ご自身も語られたところである。

ヨハネは、助け手である聖霊が到来するときについての主の言葉をこう記している。

『それがきたら、罪と義と裁きとについて、世の人の目を開くであろう。
 罪についてと言ったのは、彼らがわたしを信じないからである。 義についてと言ったのは、わたしが父のみもとに行き、あなたがたは、もはやわたしを見なくなるからである。 裁きについてと言ったのは、この世の君が裁かれるからである。』(ヨハネ16:7-11)

こうして、キリストを長子とするその兄弟らには、その忠節を全うし、長子と共に神の子として相応しく歩む務めが生じるのである。

その浄めに相応しく耐えた聖なる者たちも、遂に天への召しに預かる時が来る。
黙示録は、『奥義が終了する』その時は『第七のラッパの吹奏されるときである』と言っている。(黙示録10:7)

そのラッパの吹かれる以前の部分を見ると、そこには『地に住む者たちに責苦を負わせた』『二人の証人』が『殺され』、『三日半』の後、『雲のうちにあって、天に昇る』様が描かれている。(黙示録11:7-13)

こうして後に、『第七のラッパの吹奏される』のであるから、『奥義の終了』とは、天界に聖なる者たちが揃う『神の王国』の実現のときということができよう。そこでサタンの頭の砕かれることはもはや決定的であろう。

聖徒らの打ち砕きも『七つの頭を持つ野獣』という、サタンの側に立つ敵の手によって成し遂げられることを黙示録は明かしている。それはメシアに反対する者らが、神の子羊を屠る役割を負わされたように、御子の兄弟たちも、その敵が迫害し殺すことを通して、その兄弟らを浄め相応しい者を選別させてしまうのである。

したがって、エデンの園で始められた『奥義』の開示は、その敵を用いつつ成就を見計らいながら終始進められてきたことになり、その終りを含む全容は未だ明かされてはおらず、その最終的な成就は少なくとも聖霊を注がれる『聖なる者ら』の再登場を待たねばならないはずなのである。



◆今日再び秘められている『奥義』


これら一式の理解を教えるのが『奥義』であるが、これは現在のキリスト教界に対しても『奥義』となっているかのようである。

第四世紀から第五世紀にかけて、キリスト教はローマ皇帝の宗教となり、帝国の宗教ともなっていったところで、再び『奥義』とならざるを得なかったであろう。キリスト教が『この世』と妥協してしまい、『この世』の一部となってしまったからである。これは黙示録でもヤコブの書簡でも『姦淫』や『淫行』になぞらえられている。
 
ローマ国教化以降は、『神』と『サタン』、『女の裔』と『蛇の裔』の関係はキリスト教の中にあってさえ忘れ去られ、本来、聖なる者らが聖霊によって得た『救い』を、何の関わりもない一般信者に安売りをして請合うのが「キリスト教」の仕事になってしまったのである。

現代のキリスト教が、上記のような『奥義』の実体を知れば、却ってそれを反社会的で不健全なものとさえ見做すかも知れない。
だが、苦難と虚しさ、不公正と汚れ満ちる『この世』とは、果たしてその人々が熱心に擁護するだけの価値あるものだろうか?

いずれにせよ、『聖霊』の到来するときに、この点は明瞭に指摘され問い詰められるに違いない。
『奥義』は、かつて聖霊によって聖徒らに知らされたが、終末に於いて、その真相を知らせるのはやはり聖霊を受ける聖徒であろう。聖霊のないところにこのミュステーリオンの真の解明もないのであろう。
 
この『奥義』が世界に知らされる時、そこで人々は、キリスト教徒であろうとなかろうと、すべてがエデンの問いに直面し、神とサタンのどちらに組する者となるのかを明示しなければならなくなるだろう。即ち、受け入れるのか、敵意を表すのかの二択である。

だが、現在のところ、この終末の裁きも秘められており、今は奥義もこの世に対して秘められているようである。
その原因と言えば、「欲」であるように思われる。即ち、信者は利益を得ようとキリスト教に近付き、教師らは信者を得ようと受けの良い教えを編み出しているように見受けられるからである。

結局は、皆がそろって自分に何が得になるかを考えている。千を越える宗派が在りながら、大聖堂の大司教から、巷の教師気取りに至るまで、自らを捨て利得とは異なる上なる次元を捜そうとしているものにはまず出くわさないし、それは数十億のキリスト教徒の各個人にしても大半がそのようなのであろう。

この人々は話をじっくり聞くよりは、はじめにキリストの教えに於ける自分の取り分は何かを問うのである。それはそれでどうにもならないが、そうして皆が自分の都合を神に優先しているのであれば、『奥義』は確かにもったいがない。彼らは、自分の益が何かを知れば、そこで探求心は萎えるであろう。それは天国の至福か、楽園行きか、あるいは成功を収める人生か。利得以外のことは自分に関わりがないと思うのであろう。

その中でも幾らかの人々が、その断片の理解を得てはきているのだろうが、その事の重大さ、規模の大きさを充分に知るに至っているようにも特に見えない。詰る所、その研究も自分の利益のためではないのか。
しかし、その『奥義』は、これまでの人類史を一変させるものとなり、人々の行動から思考までをすっかり変えることになり得るものである。それは人のためである以上に、創造神の企図の完成と栄光となろう。そこに価値を観る人もいるのだろうか?

それはバプテスマを受ければ救われる、などという幼稚な次元のものではなく、神の創造当初の意図が『この世の有様』を押し退けて具現することを意味するのである。

『奥義』を信ずべき理由は、それがエデン以来隠されていながら、着実に成就を繰り返して前進してきたことにある。神の全能性はここに示されている。その悠久の歩みはいかなる敵意や反対をも排して進み、キリストの犠牲の死を以って、今やこれを留めるものは何もないのである。

『神の王国』の実現し『奥義』が終了する日に、世界を動かす原理は欲から愛に変わり、見るもの聞くものがまるで異なったものとなるのであろう。
『神自ら人と共にいまして、人の目から涙を全くぬぐいさって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである』(黙示録21:3-4)

この事態をもたらすものが『奥義』であり、使徒時代までに書かれた聖書記述を通して、我々は現在でも聖書を行き巡るなら、その概要だけは知ることができるのである。 そして聖霊が再び降る日に、『奥義』は深く永い眠りから覚めたかのように輝き出すのであろう。

だが問題は、いったいそれに価値を見出すか否かであろう。 
人々の我欲は、自分の願望を求めてミュステーリオンに価値を見させず、足蹴にしているというべきか。
そこで『奥義』は人々を分かつものともなるのであろう。『耳あるものは聴け』とは、今日も動かし難い言葉となっているかのようである。

相応しく理解しない者、価値を認めない者はどんなにしても、『奥義』に敵対する者と成るのだろう。
また、単なる好奇心に絆され、ただ知識欲のために神秘を知ろうとする者の非人格性を神は認めないように思えてならない。共感も畏敬もなく、隠された知恵を知って批評するような傲慢な態度が神の御前に許されるものだろうか。

終末に至って、『奥義』は人間が裁き得ないところまで、内面からどのような者であるのかをその人に露わにさせるのであろう。
このような意味で、やはりそれはギリシア語「ミュステーリオン」の名に相応しいのかも知れない。 即ち「神秘」である。終末にそれは近付く者を自ら吟味し、選り分けるので、今日ふたたびに秘められているかの観がある。

『奥義』は、ある人々にとって永遠に隠されるのであろう。 それは今、この『奥義』が聖書中に在って現に明かされていながら、驚くべきことに、なお隠され続けているのと同じように。(ダニエル12:9-10)





             ©2015      林  義平


「聖霊」という第三のもの

長文 2万3千文字超



マタイの福音の終わり間際にある『神と子と聖霊の名によってバプテスマを施し・・』の句にあるように、キリスト教で欠くことのできない対象が三つある。
即ち、創造の神であり、その子キリストであり、もうひとつが「聖霊」とされている。

「神」とは、正しく崇拝の対象とされるべきものであり、その理由を聖書は
『主よ。我らの神よ。あなたは、栄光と誉れと力とを受けるに相応しい方です。あなたは万物を創造し、あなたの御意志のゆえに、万物は存在し、また創造されたのですから。』 と記し、唯一永遠の原因者に最大の栄誉が帰せらる理を明示している。(黙示録4:11/列王第二19:15/ネヘミヤ9:6)
 
「キリスト」とは、『神と人との仲介者』として立てられるべく「油注がれた」つまり任命を受けた者を意味し、『神の独り子』とされている。旧約聖書の古代から予告された、そのメシア(油注がれた者)の役割を信じ、その教えに従おうとするのがキリスト教である。(テモテ第一2:5/ヨハネ1:14/ヨハネ5:23)

このあたりまでは理解することに然程の難しさはないのだが、第三に挙げられる『聖霊』とは何を意味するのだろうか。

ユダヤ教に於いて「神」とは、創造者にして、アブラハムに現れ、海を裂いてイスラエル民族を奴隷から救出し、モーセを介して律法を与え、ダヴィドの王統をもたらし、神殿に御名[יהוה](発音不明)を置き、多くの預言者を遣わしタナハ(旧約聖書)を著した聖なる方である。
この神はメシアの到来も予告し、そのメシア=キリストがガリラヤ地方のナザレ村から来た奇跡を行う人イェシュア=イエスであることを信じる者たちがユダヤ教から分かれて新たな信仰の道を歩み始め、それが今日のキリスト教へと進んでいった。

以上の事柄は一般に教えられる歴史を追っても確認のできることである。

だが・・
『聖霊』とは何か?

この神とメシアに並ぶほどの存在としての「聖霊」が含まれるという概念を旧約聖書に見出すことは無い。
ユダヤ教徒にとってしてみれば、聖なる神こそ崇拝の対象であり、メシアの到来も予告されていることも認めることはできる。(ただ、それがナザレのイエスであると肯んじることは無いにしても)
そして聖霊が働いて創造が為され、イスラエルを導き、預言者に霊感を与え、タナハを書かせたことも認められるであろう。

しかし、「聖霊」が「神」や「子」と共に名を挙げられるに相応しい理由というものを見出せるだろうか。

そこで聖書の中を追ってゆくと、このマタイの記述を以って、「聖霊」を高める理由というものがキリスト以降の独自のものであること、またそれが神やメシアと並び得るものであることを確認できるのである。

この「聖霊」は、キリスト教徒にとって非常に重要なものであり、些かも軽視してよいようなものではない。
しかし、けっして「イエスの代わりに遣わされた神」などと云う三位一体がどうのということではない。
やはり新約聖書での『聖霊』とは、キリストの犠牲の死を以ってはじめて下賜される道が拓かれたものであり、キリストの血のうえに成り立って存在するようになったところの、このうえなく貴重な事象の始まりであったことが分かるのである。 
イエス自身が『わたしが(地上を)去って行かなければそれ(助け手の聖霊)は来ない』と最後の夜に使徒らに語っていたことを使徒のヨハネが書いている。(ヨハネ16:7)

キリストの死は大きな変化をもたらした。
それは『サタンを無に帰せしめる』 ほどの勝利を収め、同時にキリスト自身を『完全な者』としたことをヘブライ人書簡が証ししており、使徒ヨハネもキリストの崇高な死の未然を含んで、『イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、霊がまだ降っていなかった。』と書いている。やはり、主の死の犠牲を以って下賜が許されたものが、この格別な霊、即ち『聖霊』ということができるのである。(ヘブライ2:9-10.14/ヨハネ7:39)

そして、新約聖書にあって、このように「聖霊」を高めるべき理由が、このマタイ最後の一文だけに拠るものではなく、新約の多くの箇所に見出すことができ、その点では、却って前述のマタイの記述が、新約の使徒言行録以降に見られる聖霊の働きを一文にまとめて簡潔に総括したもののようでさえある。

マタイ福音書のこの最終部分は後代の書き加えではないかとも言われてきた。
その蓋然性も無くは無いようだ。だが、マタイ福音書のヘブライ語もギリシア語も原典が存在していない以上、その真贋を断言することはできない。しかし、内容を吟味する道は残されている。

そこで、この『あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、あなたがたに命じておいた一切のことを守るように教えよ』のマタイの句は、聖書の全体の調和を崩すものでも、異質のものでもなく、むしろ、聖書教の核心を有して一言で見事に云い表しているかの観がある。

従って、この新たな第三のものは、メシアの到来をさえ認めていないユダヤ教徒に理解されることは無いであろう。
この『聖なる霊』(ハギオー プネウマトス)の概念は、以下に見るように、まったく新約の世界だけに属するものであり、他のいかなる宗教も持ち得ない超絶的な事象ということができる。

では、何故にこの『聖霊』が神や御子に並ぶほどの高い立場を占めているのだろうか。
ここにおいて、我々は新約の中での「聖霊」を振り返って注目してみるときに何を再発見するだろうか。

そこで、「聖霊」の格別なところを陳述する場面としてヨハネ福音書の最後の晩餐の場面からはじめて、新約聖書の内容を探り出してみることにしよう。


◆イエスから使徒へ

イエスは祭司長派に捕縛される夜に、十二使徒らとの最後の晩餐に際し多くを彼らに語ったが、その重要な言葉の数々は、その場でイエスの懐に居たヨハネ、あの主の御傍に仕えた十二人の最年少で、殊に主に可愛がられていたこの漁師ゼベダイの子によって、その名による福音書の中の四つの章を占めるほどに多くが書き出され、今日にそれを読む我々に伝えられているのである。

やがて最後の夜も明ければ、総督ピラトゥスの前に引き出され、昼には磔刑を受けるという、使徒らと過ごす最後の貴重な時間に語られた内容には、イエスの去った後の弟子たちへの指導や励まし、また将来を予告して備えさせることなどを含み、イエスの公生涯中にあっても特に濃密な教えと使徒らへの気遣いに満ちており、それはヨハネ福音書の第十四章からイエスの祈りを含む第十七章に及んでいる。

イエスは、使徒たちに一年ほども前から自らがユダヤの当時の祭司長派から退けられて殺され三日目に生き返ることを度々話してはいたのだが、使徒たちはこの死と復活の奇跡が起こることを理解できずに過ごし、こうして磔刑に処される前の晩になっても未だに充分には知らず、ユダ・イスカリオテが『しようとしていることを早く済ます』ために晩餐の場から立ち去った理由も判然とはしていなかった。

しかし、師はこう言われる
『子らよ、わたしはまだすこしの間、あなたがたと一緒にいる。あなたがたはわたしを捜すだろうが、すでにユダヤ人たちに「あなたがたはわたしの行く所に来ることはできない」言ったとおり、今あなたがたにも言う。』
『わたしは去って行くが、あなたがたのために場所を用意したら戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎えよう。わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。』 

自分たちの師が彼らからいよいよ去って行くと語るに及び、掛けがえのない主との別れが近付いた使徒らには深い落胆が臨んでゆく。

そこで、思ったままを口にし易いトマスが『私たちはあなたがどちらにおいでになるのかを知らないのです。どうして、そこへの道が分かるでしょうか?』と憂いを訴え
義理堅いフィリポは『私共に父をお示し下さればそれで満足します!』と印を求める。
そしてペテロは、親密な口調で『何処においでになるのですか?主よ。』と後に有名となる一言を以って尋ねた。

イエスは答えて言う。『あなたはわたしの行くところに、今はついて来ることはできない。しかし、後になってから、ついて来ることになろう』。
するとペテロは強く反発し、『主よ、なぜ、今あなたについて行くことができないのですか!あなたのためには命も惜しくありません!』

そこでイエスは答えて
『あなたがたは心を動揺させず、父と私を信頼せよ。
あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのだ。
わたしが去って行って、あなたがたに場所を備えたなら、また来て、あなたがたをわたしの許に迎えよう。わたしのいる所に、あなたがたも居るようにするために』

『「わたしは去って行くが、また、あなたがたのところへ戻って来る」と言ったのをあなたがたは聞いた。わたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くのを喜んでくれるはずだ。父はわたしよりも偉大な方だからだ。』

こうしてイエスは使徒たちを励ます言葉を連ねてゆき、自らが地上を離れその父の御許へ戻ることが彼らの益になることを言葉を続けてゆくのだが、この晩の使徒らは、師が天に去り、時経て後に彼らをも天に招くという、この意味を悟ることができないでいた。

年若かった青年ヨハネにとって、この晩のイエスの懐にあって師の口から出た多くの言葉は65年以上後の彼の最晩年までも心と想いの中に刻まれるほど印象深いものであったのであろう。

そして、これら後に残す使徒たちへの慈愛に満ちた言葉の中でひとつ注目を引くものがある。
それこそは、師の去った後に弟子たちに到来する「援助者」であった。

『わたしは父にお願いしよう。あなたがたに別の援助者(パラクレートス)が与えられ、それが永遠にあなたがたと共にいるようにしてくださるようにと。
 そのものは真理の霊なのだ。この世はこれを受けることはできない、見ることも知ることもないからだ。
だが、あなたがたはこの霊を知る。 なぜなら、これはあなたがたに留まり、あなたがたの内に在るようになるからだ。』(ヨハネ14:16-17)

やがて、この言葉は成就して、使徒たちを含めた弟子たちに見紛うことのない仕方で『援助者』の働きを為す聖霊が到来することになる。
それはイエスの刑死と墓での安息から五十日を経たあの五旬節の朝のことであった。それゆえ、使徒たちはこの晩には、それがどんなものかを知らず、それが彼らをしてどれほどの偉業を成し遂げさせるかも知る由もない。

それでも後になって、彼らはこの晩にイエスがこう語っていたことを思い起こしつつ得心したことであろう。
『わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからだ。』
また、彼らの主はこうも語っていた『父の許から真理の霊が来るとき、その者がわたしについて証しをするはずだ。そして、次にはあなたがたが証しを行うのだ。あなたがたは初めからわたしと一緒に居たのだから。』(ヨハネ14:12/15:26-27)

イエスは復活後の四十日間、時折に使徒たちに現れては話しかけ、自らの復活を得心させると、最後には彼らの見守る中、聖霊について再び語って『あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の絶え果てるところに至るまでが、わたしの証人となる。』と言われ、これが地上で語られたイエスの最後の言葉となった。(使徒1:8)
それからイエスは天に高く昇ってゆき、やがて雲間に見えなくなってゆく。

その光景が終わっても、彼らはおそらく長い時間、師を慕って空のその方向を眺め続けていたのであろう。そこへふたりの天使が現れて言う。
『ガリラヤの人たちよ、なぜ天を眺め入って立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、また来られるであろう。』(使徒1:11)

弟子らがイエスの昇天を眺めた十日の後、エルサレムの目立たぬ一角でユダヤ人の迫害に未だ怯えるイエスの御傍に仕えた120人ほどのガリラヤ人の弟子たちの上に、イエスが父に願って彼らに与えると言われていた「約束の聖霊」が臨むことになる。

その現れは、隠棲する彼らとは正反対に、五旬節の祭りに各地から集まっていた離散のユダヤ教徒らに何事かと思わせる大音響の風の音を伴い、多くの人々の注目を誘ったのである。
ガリラヤから来ていた120人ほどの弟子たちの上には聖霊が見える『炎の舌』の形を以って現れており、彼らはそれぞれが諸国の言葉で『神の壮大な事柄』を語っていたが、それを見た人々は驚愕する。

そこで彼らは確かに『力を受け』、もはやイエスを殺めたうえに、弟子たちまでをも迫害しようとしていたユダヤ人らを怖れ怯える態度からは打って変わって、この日の朝に、百二十人のガリラヤ人らは、あの晩には主を三度否認していたペテロを先頭に立ち上がり、彼らの主イエスこそがメシアであること、そしてユダヤの民がこのメシアを退けてしまったことを証し、世界宣教の第一歩を踏み出したのであった。

使徒ヨハネはこう述べている。
『神が御子についてなさった証し、これが神の証しである。 神の子を信じる者は、自分の内にこの証しを持っている。神を信じない者は神を偽り者とする。神が御子について証しせられたその証拠を、信じていないからである。』(ヨハネ第一5:9-10) 

異言という奇跡の言葉とペテロの証しを聴いた群衆はキリストの死に心を痛め、ペテロに問う『わたしたちはどうしたらよいでしょう』。
ペテロは答えて『バプテスマを受けなさい。そうすれば聖霊を得る』と語っては、そうして『人々を弟子とするように』というイエスに命じられた『人を漁る業』に着手するのであった。(使徒2:36-39)

即ち、律法契約に属していたユダヤ人らが、イエスをメシアとして認め、このことに信仰を持つなら、水のバプテスマを介して、その聖霊を受ける者となり律法契約から「新しい契約」へと移されるようペテロは勧めていたのである。ユダヤ教徒である彼らは既にその神YHWHを崇拝しており、そこにナザレのイエスをメシアとして信仰することが加わると、聖霊を受けるというのである。(マルコ16:16-17)
ここに、神、子、霊の本質が見える。

他方で、イエスを退けたユダヤ体制や祭司長派らには、もちろん神からの奇跡の賜物が与えられることは無い。彼らの信仰の対象は神だけに留まり、彼らにはバプテストのヨハネが予告した『聖霊』に代えて『火のバプテスマ』が用意されていたのである。(マタイ3:11-12)
即ち、その『世代』の内に臨むメシア拒絶の断罪であり、それは西暦七十年にユダヤとエルサレムの滅びという大規模で悲惨な結末を迎えることになる。(ルカ19:41-44)
それゆえペテロは『この曲がった世代から救われよ』と熱心に説き勧めるのであった。(使徒2:40)

この日のうちに、エルサレムの一角に隠棲していたペテロたちには三千人ものユダヤ教徒が加わったと記されているが、この勢いは「聖霊」の助力なくして考えられない。

イエスというメシア信仰を得た人々は、五旬節の祭りの後も喜びと熱意のうちにエルサレムに留まり続け、聖霊の業の証しを目撃しつつ自分たちが見出したイエスへの信仰を喜び、神殿での崇拝を共にし、家々ではエルサレムの人々がパンを分け合い離散の逗留者への食事を給していた。(ヨハネ14:1/使徒2:42-47
だが、祭司長派はこの集団の動きに不穏さを感じ始める。

せっかく総督に圧力をかけて「民の扇動者」ナザレ人イエスを亡きものとし、その一派の運動は五十日は下火になっていた、いや、その派の教祖を公に処刑してほとんど鎮火したはずであったが、これが今や以前に増して活気を帯びているのである。そこでサンヘドリンは使徒らを呼び出し、『もうこの名(イエス)によって語ってはならない』と脅しの警告を与えるのであった。(使徒4章)
しかし、ペテロたちは男だけで五千を数えるほどに増えており、この脅しも一向この聖霊の業を止めることにはなっていなかったに違いない。

彼らの主を殺害に追い込んだサンヘドリンからの脅迫に面した彼らは、却って、心をひとつに神に祈り、『彼らの脅しに目を留められ、あなたの僕イエスの名によって徴や奇跡が起こりますように』と神に祈ると、神の御力によってその場は揺れ動き、皆がひとり残らず聖霊に満ちて、大胆に神の言葉を語り出したのであった。

そこではもはや、神の恩寵がどこにあるのかは問うまでもない。ユダヤ律法体制は未だ存続してはいたが、新たな大祭司イエスは、自らの犠牲によって従属の祭司となるべき人々を、自らに信仰を働かせるユダヤ人から選び取っていたのである。(ヘブライ9:11-14)

これは聖霊の勝利であり、数の上では圧倒的に優勢な体制派がどれほど反対しようと、ひとたび「約束の聖霊」が注ぎ出されて始まった以上、その流れを止めることは誰にもできない。
この物事の進展は、天に戻ったキリストが神に願い出て与えられた神の威力である「聖霊」によるもので、イエスこそがメシアであり、その指導にユダヤが服すべきことを証し、また、服した人々が真に「アブラハムの裔」としての選びに入ったことを表していたのである。

この「アブラハムの裔」を選び出す業はキリストの地上への現れによって予備的に始まってはいたが、イエスの血の犠牲が神の御前に受け入れられるに及んではじめてこの格別な『約束の聖霊』が注がれ始めている。

それゆえ、キリストは『わたしが去って行かなければ、助け手はけっして来ない』と弟子らに語り、ペテロは『この方(イエス)は神の右に高められ、約束の聖霊を父から受け、それを注ぎ出された』と民に宣告したのであり、ヨハネは、その以前には『霊は無かった』と書いている通り、それは旧約の『聖霊』とは異なる、よほど高い次元のものであった。(ヨハネ16:7/使徒2:33/ヨハネ7:39)
 
その霊を受ける者らは、この世のすべての人々を救う『王なる祭司、聖なる国民』、真実のイスラエルの最初の人々がこの五旬節に聖霊を以って生み出されたのである。つまり、イザヤの予告していた、石女サラの奇跡の出産のはじまりであった。それはいまや真実のアブラハムの裔『神のイスラエル』を生み出し始めたのである。(創世記22:18/出埃19:5-6/ペテロ第一2:9/イザヤ66:7-8)

エルサレムに現れた聖霊を持つ人々の集団は、普段から神殿に集い、境内東側のソロモンの柱廊とよばれる南北に400mほども続く長い建造物の下に集まるのを常としていたが、祭司長派の目を気にしてか、彼らにその場で加わる勇気を示したユダヤ人はいなかったものの、街頭では彼らを通して行われる徴や奇跡が知られるようになってゆき、イエスのときのように人々は病人を街路に並べ、ペテロがそこを通るときに、その影がかかるようにさえしようとしていたのであったが、やはり『ひとり残らず癒された』と、あのルカが記している。(使徒5:16)

これらの際立ったイエス派の活動に危機感を懐いた祭司長派らとサドカイ派は、使徒たちが神殿境内で民に講話しているところ職権で捕縛して牢に繋ぎ、この集団の勢いを抑え込もうと目論んだ。
だが、彼等が相手にしていたのは単なる人ではなく神の御力である。
夜中に天使が彼らを解放し、神殿で神の言葉を語り続けるようにと伝えるのであった。

そろそろこの辺りで、宗教領袖らも使徒らの業が人間のものでないことを悟っても良さそうだが、一度反対を始めて意固地になったのか、朝になって使徒らが鍵の掛かったままの牢にはおらず、普段のままに神殿で話していると聞いても彼らへの反対と脅す姿勢を変えようとはしない。

しかし、幾らかの変化が言葉に滲んでいるようにみえるのが
『あの者(イエス)の血を我々に負わせようとしている』という使徒らへの非難の言葉である。
つまり、早めに消し止めるべきボヤのようで見えた使徒らの活動は、彼らが思ったように易々と制圧できるものでないことを認めはじめたように読める。つまりは、「意外に手強い」と感じ始めたのであろう。しかし、宗教領袖らも、相手の後ろ盾が徒ならぬものであることを悟っても良さそうなものである。

しかし、使徒らの言葉は容赦なくそこを責めたてる。
『(神は)イスラエルを悔い改めさせて、これに罪の赦しを与えるために、そのイエスを導き手、また救い主として、ご自分の右に挙げられました。我らはこのことの証人ですし、聖なる霊もまた証人なのです。』

人が最も強く怒りを覚えるのは、的外れで不当な批難を浴びるときよりは、その批難が的確で正しいことを意識したときではなかろうか。もし不当な批判を為されているなら、真相が明らかにされることを待てばよいのだが、その批判がまったく正当である場合には、そこに釈明の逃げ道は塞がれており、心の余裕は微塵も無い。
殊に、宗教指導者のように相手を自分より下に見下しているなら、その怒りはどれほど激しいものになるだろう。

祭司長派がメシアを除き去ったことの咎を平民の使徒たちに暴かれ、奇跡をもたらしている「聖霊」までもがその悪行の証人であるとの言葉を聞いた者らには返す正義の言葉はまるで無い、そこで激怒の余りに使徒らに殺意を懐いた。
明らかに不義なる者が、明らかな正義に立ち向かう術は、指弾する相手を抹殺して黙らせる実力行使以外に無く、その殺意こそはまさしく彼らがイエスを除き去ることになったもので、これをユダヤの宗教領袖は繰り返そうとするところであった。

もし、ここで律法学者のガマリエルが彼らを制止しなかったなら、ここで最初の弟子の殉教が発生していたことであろう。
ガマリエルは、賢くも体制派が神の聖霊と衝突してしまう危険を察知したようである。
『この者らを放っておこう。・・・然も無いとあなたがたは神を敵に回すことになり兼ねない』。


◆信仰を惹き起こす 

もちろん、ガマリエルがイエスに信仰をもって帰依したわけでもない。しかし、彼は内心で、使徒らが異言や癒しなどの奇跡を行い、この度は鍵の掛かったままの牢から出たばかりか、相変わらずに神殿でイエスの福音を宣明する姿を冷静に観察し、「あるいはこの業が神の力から出ている可能性もある」と判断し、中間的な立場をとったのであろう。

この賢い人物も、イエスをメシアとして受け入れるようになったということはその後も遂になかったであろう。もし、そのようなことがあれば、その高い立場や影響力のゆえに使徒言行録などが記述しないことは考えられない。また、このような人物の帰依はユダヤ体制の趨勢さえ左右したのかも知れない。しかし実際には、その高貴な立場ゆえに、また大ヒレルの家系に属するミシュナー編纂の学者の長としても、平民中心のこの集団への参加が縁遠いものにされていたことは想像に難くない。

ユダヤ人の間では、使徒らの聖霊の業を目の当たりにしても、このように「中間的」な思いにあった「事情のある」人々も多かったのではあるまいか。
だが、それはイエスにも聖霊にも真に信仰を懐くには届かず、「アブラハムの裔」に数えられるには明らかに不足している。それはアブラハムという人物の示した信仰の如何が示す通りである。
 
こうして、キリストの約束した「聖霊」は使徒と弟子たちにとって確かに「助け手」の役割を十二分に果たした。
それは神の是認が律法体制からキリストの弟子らに移ったことの「印」という表面的な意思表示という程度のものではなく、それを超えてイエスが地上で行っていた『父の業』が継承され、いや、それ以上に聖霊が起こす奇跡によってイエスをメシアと信じて受け入れるユダヤ人を「新しい契約」へと招いていったのである。

この背景を考慮に入れつつヨハネ福音書の次の言葉を改めて読むなら、何が見えてくるだろうか。
『真に、わたしを信じる者はわたしが行う業を行い、また、更に大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからだ。』(ヨハネ14:12)

この言葉のように、聖霊を得た弟子たちの活動は、やがて諸国に出て行き、ローマ士官コルネリウスをはじめとする無割礼の諸国の民にさえ信仰を振い興させることになっていった。それはイエスが地上のパレスティナで始めた業を世界へと推し進めるものであり、キリストの犠牲を以っていよいよ「聖なる民」、「アブラハムの裔」を集めるという完成に向かって邁進する活動であったのである。

即ち『わたしが行う業』とイエスが呼んだのは、『父の御業』であり、それは「聖霊」の力量なくして行い得るものではない。(ヨハネ10:37)
それゆえ、イエスは自ら行う業についてこのように言われた。
『子は父がしていることを見て行う以外には、自分からは何事も行うことができない』
『もし、わたしが父の業を行っていないのであれば、わたしを信じなくてよい。 しかし、行っているのであれば、わたしは信じないとしても、その業は信じよ。』 (ヨハネ5:19/10:37-38)

イエスの行う『父の業』は、イエスが、父である全能の神と結びついていることを教え、その業は人々から信仰を惹き起こす働きを果たしていたのである。

行われた無数の癒しはイエスに従う群衆を造り出し、ゲネサレの湖での奇跡の豊漁はペテロをはじめ四人の使徒を追随させるものとなった。 あの気位の高いサンヘドリンの中からさえ、密かに信仰を持つ議員も現れて、人目を憚り、夜中にイエスの宿を訪ねさせ「神が共におられるのでなければ、あなたのなさるような徴を、誰も行うことはできません」と言わしめている。

「わたしはあの方の衣の房縁に触れるだけで治る」と固く信じた、十二年もの長い間に表沙汰にしたくもない流血の疾患にあったあの女も、イエスの知らぬところで癒され、結果として『(アブラハムの)娘よ、あなたの信仰がよくならせたのだ。安心して行くがよい』との言葉を賜っている。その信仰はまさしくイエスをメシアとするものであった。

主イエスはその時に、ご自身から『力が出て行く』のには気付かれたが、それがどんな働きを為したのかは分からずに、『わたしに触れたのは誰か?』と許多の人々が御傍に迫っている中でも、そっとながら、格別な触れ方をした何者か非常に深いメシア信仰の持ち主を切に捜し求められる。その者はまさしく『アブラハムの裔』であるに相違ない。その女の信仰に応じて主から出て行った『力』とは、即ち御父からの聖霊である。それ以外の何とであると言えるだろうか。

イエスの奇跡の業によって、イエスがメシアであり、父である神が共にあることが示され、それは神の遣わしたキリストへの信仰へと人々を導いていたことは明らかなことである。
その一方で、こうした聖霊の業を見ても、それによって信仰を持たず、反発した者たちもまた存在した。
イエスの業を『悪霊たちの頭目ベエルゼブブ』に帰した宗教領袖らであった。

したがって、聖霊の業は人々の信仰を惹き起こすと同時に、不信仰を焙り出す働きもあったと言える。
だが、この不信仰は『聖霊に言い逆らう』ことになり、それは『許されることのない』罪に至る危険を孕むことである。
それで使徒ヨハネはこう述べる。
『神が御子についてなさった証し、これが神の証しである。 神の子を信じる者は、自分の内にこの証しを持っている。神を信じない者は神を偽り者とする。神が御子について証しせられたその証拠を、信じていないからである。』(ヨハネ第一5:9-10)

だが、『わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのだ』との言葉に表されるように、聖霊の力を認める者はイエスと共に「集める」のであり、それは聖霊に信仰を懐き、アブラハムの裔を導き出す業の一端に与ることになるのである。(マルコ9:40) 

このように「聖霊」の業と信仰とは不可分の関係にあり、第一に聖なる民を集め、次いでその民の言葉に信仰を持つ者たちをも導き出すことになるであろう。これは終末の世の裁きに敷衍されるものでもある。


◆真理を明かす聖霊

そしてこの「聖霊」が弟子らにもたらした益には、真理への啓示もあった。イエスはその働きをこう述べていた。
『そのもの、つまり真理の霊が来ると、あなたがたに真理をあまねく手引きする。そのものは、自らによって語るのではなく、聞き受けたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに伝えるからである。』(ヨハネ16:13)

この点で、使徒パウロは特筆に値する人物となった。
律法体制のユダヤ教が尾を引くイエス派の中にあって、彼ほどキリスト教の向かうべき方向を、生涯にわたり確固として指し示し続けた者がほかに居たろうか。

キリストが捧げた唯一度の犠牲が神殿祭司による供儀の一切を終了させ、律法はキリストに導く養育係であったゆえに、キリストは律法の終わりであると大胆に発言し、その通りに教え振る舞った彼の信念はまったく揺るぎないものであった。
この強固な信条は彼の発案したものに過ぎないのであれば、その信条がキリスト教をあれほどユダヤ教から脱皮させ、見事なまでの次元上昇を成し遂げさせただろうか。

「アブラハムの裔」が異邦人からも採られることの「奥義」は、ユダヤ人からすれば、あれほど律法で諸国民には無い聖さを求められてきていたのであるから承服し難い内容であったことであろう。だが、彼らに宿ってきた伝統に基づく律法主義の想いを乗り越えさせたのもまた聖霊の圧倒的な証し有ってのことである。

エルサレム会議を仕切ったヤコブは最後に議決を通知する中で、『聖霊とわたしたちは以下に書く他には何も重荷を加えないことを良しとした』と記させたが、ペテロやパウロたちに働く聖霊に敬意を払い、諸国民にも降る聖霊を自分たちに勝る権威として頑なユダヤ教を抑え込んだと言えよう。
そしてそれは少なくともヤコブをはじめとするユダヤの人々にも納得させる証拠となったのだ。
これはたいへんな指導力というべきであろう。


聖霊の教えは、これに加えて聖霊を持つ者らに「奥義」を啓示することも含まれていた。
これは地上にいたイエスからその講話を聞いた人々とは大いに異なっている。
イエスはその公生涯の間に民衆に話すときには例えを用いて語ったので、身近な弟子らを除いて、それらの話の意味を悟ることはできなかったことを福音書が伝えている。

その理由はといえば、『あなたがたには、天の王国の奥義を知ることが許されているが、彼らには許されていない。』というものであった。
しかし、聖霊を受ける弟子たちには、その聖霊が真理の全体にあまねく案内をし、彼らはそれを深く知ることが許された。

この「奥義」(ミュステーリオン)は「隠されたもの」の意があり、これは神の企図する事柄、また「神の王国」に関わるものであるが、エデンの園で始まり、その後の時の経過と共に次第に明らかにされ、その概要が漸進的に姿を現してきたもの、「神の経綸」とも言うべきものである。

イエスの地上での宣教では、その講話を聞く者の大半がその益を得損なっていた。
なぜなら、メシアは講話のほとんどを例え話として語り、その意味を身近な僅かな弟子たちだけに示したからである。その差別の理由をイエスはイザヤの預言を引用してこのように指摘する。
『この民の心は鈍くなり、その耳は聞え辛く、その目は閉じている。それは、彼らが目で見ず、耳で聞かず、心で悟らず、悔い改めて癒されることがないためである』

イエスの周辺に集まった群衆の大半には欠けているものがあった。
群衆は使徒たちのようではなかった。つまり、難病を癒し、死人さえ生き返らせる預言者のようには広く知れ渡り、また敬ってイエスに付き従いさえしたが、この人々にはその表面的なところから更に踏み込もうとするところがなかった。それは例えの意味を知ろうとして更に一歩踏み出さなかったところに表れている。
それは族長イスラエルの兄エサウが示したような神に対する鈍感さであったことであろう。


つまり、エデンに発し、アブラハム、モーセ、ダヴィデと世々に亘って示されてきた神の意図また経綸の行方であるところの「神の王国」に対する意識の欠如という問題をイエスの周囲の群衆は抱えていたのである。
あるときには『これこそ来ることが定まっていた預言者だ』と言ってはイエスを王にしようともしているのだが、それは古来預言者に伝えられてきた神の意志とは異なり、世俗的で愛国的な自分たちの思い描く王にしようとの思惑であり、イエス自身はそうしようと押し迫る群衆を避けている。

イエスが明かしたように大半のユダヤ人には『天の王国の奥義を知ることが・・彼らには許されていない。』それは、彼らをして『悔い改めて癒されることがない』という厳しさがある。この「癒し」とは肉体の癒しを意味しないであろう。

即ちそれは、ペテロがあの五旬節の日に『自分の罪を拭い去って頂くために、悔い改めて本心に立ち帰りなさい。主のみ前から回復(また「慰め」アナプシュクシス)の時がきて、あなたがたのために予め定められたキリスト・イエスを、神が遣わして下さるためである。』と述べたようなより本質的な「回復」であったことであろう。(使徒3:19-20)
その「癒し」には、ユダヤ人が父祖から負ってきた律法契約不履行の呪いと罪科に対する悔い改めを必要としたに違いない。(ガラテア3:10)

そのようにイエスの教えである「奥義」の理解や益は誰にでも与えられるものではなかった。
そこでマタイは、イエスが何事も例えで語ろうとした背景について詩篇78編2節を引用し、『わたしは口を開いて例えを用い、天地創造の時から隠されていたことを告げる。』と記したことには、この秘密の保持者としてのメシアと、これに耳を傾ける者にだけ与えられる「奥義」の存在を示していたと言える。

しかし、最後の晩餐の夜からイエスは使徒たちに比喩を使わずに話し始めた。
『わたしはもはやあなたがたに比喩で話さず、父についてはっきりと語る時が来る』というイエスに対し、使徒らは『今、はっきりとお話下さり、すこしも比喩を用いられていません。』と反応した。
この晩に使徒タダイもこう発言した。『主よ。あなたは、私たちにはご自分を現わそうとなさり、世に対しては現わそうとなさいませんが、これは何事なのでしょうか。』(ヨハネ14:22)

これは、まず使徒たちへ、そして彼らを介して信仰抱く者らへの「奥義」を知らせる許可が下りたことを知らせるものであったろう。
キリストは既に犠牲となるべく祭壇に向かって歩を進めているに等しく、この時点で、天の父は御子の忠節の歩みに何の疑念も持たれなかったに違いない。
使徒らも既に史上最初の「主の晩餐」に与っており、その忠節な歩みについても神は御子の犠牲を既に捧げられたものとして、この晩から彼らの「義」を信用されたのであろう。⇒「主の晩餐で忘れられてきた二つの意義」 

こうして、御子の犠牲により、イスラエルの中から「義なる者」が現れることが明らかとなり、彼らには『天地創造の時』また『世の基礎が置かれた時』以来『隠されてきた』奥義を知るに至る道が開かれた。

そしてイエスはこのことにおいても聖霊の果たす役割を知らせ、『それは真理の霊であり』『真理の霊が来ると、あなたがたに真理をあまねく手引きする』『助け主、すなわち、父がわたしの名によって遣わしてくださる聖霊は、あなたがたに全てのことを教え、またわたしが話しておいたことを、尽く思い起させるであろう。』と最後の晩餐の席で彼らに知らせたのであった。


◆使徒時代に働いた聖霊
 
さて、五旬節では、聖霊を注がれた弟子たちに与えられた最初の賜物は「異言」(グロソラリア)と呼ばれる習得したこともない言語で『神の壮大なこと』(これはおそらくは、神の目的またその経綸に関する事柄であったのであろう)を語る能力であった。
これは五旬節の祭りに集っていたユダヤ教徒たちへの「徴」となり、その奇跡を見聞きして多くの者たちがペテロの宣明するイエスをメシアとして受け入れた。

それから、使徒たちを通して強力な癒しが行われ、これらはガマリエルⅠ世も無視できないものにし、憤激するサンヘドリンに自制を促すほどであったことは前述の通りである。

そして、「約束の聖霊」はそのほかに、異言を翻訳する能力、個人の秘密や近い将来に起こることを知らせる預言などの賜物も弟子たちに与えていった。
それだけでなく「知恵」や「知識」と呼ばれる賜物もあり、この点では五旬節から然程経っていない時期に殉教したステファノスについて使徒言行録は特筆している。

エルサレムではイエス派はおそらく万の数に達しており、ユダヤ教徒の間では無視し難いものとなっていたであろう。
そこで、解放奴隷の会堂というおそらくはギリシア語を話すユダヤ教のグループが、ヘレニストであるイエス派のステファノスと論議を交わした。
だが、『知恵と霊によって語る』ステファノスに、そのグループは反駁することにおいてまるで『歯が立たなかった』と記されている。
人が最も「実力行使」に及び易いのは、やはりこのように論理を失った状況なのであろう。

そこでこれらの反対者は、ステファノスを亡き者とすることで、その知恵の言葉も諸共に除き去ることを謀り、彼をサンヘドリンに引き出すが、そこでステファノスは弁明を行い、その最後の部分で命を掛けてユダヤ教徒を『いつも聖霊に逆らってきた』と糾弾したものであるから、宗教領袖らの理性を欠いた怒りはまさに堰を切らんばかりとなり、加えてステファノスに『見よ!天が開けて人の子が神の右に立っているのが見える』とまで言われるに及んで、彼らはその霊的な言葉を聞くまいと両耳に手を当てて突進し、ステファノスは石打に遭って最初の殉教者として記録されるに至ったのであった。

この弁明の後から、ユダヤ教徒のイエス派に対する態度はまったく強硬なものとなった。
その後、執拗に繰り返されるユダヤ人の嫉妬を込めた迫害の始まりである。
しかし、これによって聖霊の働きは新たな段階を迎えることになった。

つまり、イエスへの信仰を携えた者たちが迫害を避けて各地に散って行き、五旬節以降の集団生活がここに終わりを迎えると同時に、イエスの教えはエルサレムから各地へと広がり始めたのである。
こうしてみると、五旬節以降のエルサレムでの共同生活は、イエス派揺籃のゆりかごであったのであろう。

だが、聖霊の働きはその後も絶えることがなかった。むしろ、それは新たな展開を迎える。散らされた弟子たちと共に聖霊の賜物も拡げられていったからである。
福音宣明者のフィリッポスの活躍が使徒言行録に採録されているが、彼の伝道はまさに聖霊との二人三脚のようであった。福音を携えて向かう方向を指示され、それを果たすと聖霊は彼を取り去り、肉の脚に拠らずに移動までさせている。

フィリッポスの宣教によってサマリアが信仰を持つようになり、ペテロが訪れるとサマリア人からも聖霊を受ける弟子が現れた。これはヘレニストのユダヤ人にとってはまだしも、純粋なヘブライストから見れば相当な衝撃であったことであろう。⇒ 似て非なるサマリアへのキリストの想い

これは「アブラハムの裔」に含まれるのが純然たるユダヤ人ばかりでないことを知らせる先駆けとなった。つまり、イエスがペテロに与えた「王国の鍵」の使用であり、神の「祭司の王国、聖なる国民」にサマリア人も加わってきたのである。

そしてペテロはその鍵を用いて「神の王国」を無割礼のまったくの異邦人に対して開く時を迎えることになる。
それが、カエサレアに居たローマ士官コルネリウスとその一党へのペテロの派遣の挿話である。
この人々への聖霊の降下は、ユダヤ人にとってまことに信じ難いことであったので、エルサレムではこの件でペテロを譴責する者も出た。

だが、ペテロにしても、イエスをメシアとして受け入れ、既に聖霊が降っている異邦人を認めないことが出来ただろうか。まして、あのヨッパでの幻を見ていながら、その明示されたイエスの意向に反することなど到底無理である。(使徒11:17)

こうしてユダヤ人からディアスポラの民へ、更にサマリア人も含んで諸国民へと聖霊は世界に向かって広がっていったが、これはイエスの指導に属するものであったことを使徒たちはやがて思い出していったことであろう。(使徒1:8)

例えれば、使徒ヨハネが最晩年に記した福音書の中には「羊の囲い」の例えがある。
その中の『この囲い(律法契約)にいない羊もわたしは連れて来なければならない』と語っていたイエスの真意をヨハネは悟っていたに違いない。(ヨハネ10:16)

ヨハネがこれを記す40年以上も前に、使徒パウロはイスラエルの血統に異邦人が『接木』されることを明らかにしており、それがユダヤ人の無感覚な不信仰の結果であることも暴露していたのである。
つまり、ユダヤ体制は遂にイエスを受け容れず、聖霊の奇跡を見てさえ信仰を働かせることなく、パリサイ派のユダヤ教の殻に閉じこもる道を選び取ったのであり、それは今日に及んでいる次第である。

他方、パウロに臨んだ聖霊の強力さは相当なものであったことを、ルカはその使徒言行録のエフェソスの場面で医師の目を通しても『尋常ならざるものであった』と記している。(使徒19:11)

したがって、パウロが『わたしの言葉もわたしの宣教も、巧妙な知恵の言葉によらず、霊と力の証明によるものであった』と述べたとき、人々はそこで大いに納得ができたに違いない。即ち、初期キリスト教とは「教理の宗教」ではなく「聖霊の宗教」であったと言ってよいであろう。それは人間の言葉や思惑を遥かに超える神の証しであって、上からのものである。(コリント第一2:4)

それでも、パウロの並外れた真理の知識は、イエスが世に対して例えを以って隠した「奥義」に関するものであり、パウロはその奥義が『それは今、天上にあるもろもろの支配や権威も、エクレシアを通して、神の多種多様な知恵を知るに至るようになった』と記した時、神の目的に関わる様々な知識が天上ではなく、聖霊が臨んでいる地上のエクレシアから知らされていることを述べていたのであり、こうした知識についてはペテロが『それを御使たちも、窺い見たいと願っている事である。』と記しているのである(エフェソス3:10/ペテロ第一1:20)

天地に知らされるほどの神の知恵を地上のエクレシアの人々を介して知らせたのは間違いなく聖霊ということができる。
それは世が受けることができないだけでなく、天使であってもその知恵をエクレシアから得るほどであるというのである。

では、天使に勝るほどの立場を聖霊を通してエクレシアの人々に得させたものはなんであろうか。

これを考慮するに当たり、まず思い浮かぶのは、ここで言う『聖霊』というものが、格別のものであることを念頭に置く必要がある。

つまり、聖霊は聖書中で天地創造のときから存在していたものであり、霊といえば人の鼻孔に吹き込まれて以来、我々の身体を生きたものにするべく働いているであろう。(創世記1:2/2:7/ヨブ34:14-15/伝道12:7)

新約聖書の記述の初めの方にも、後の弟子たちに与えられる格別な『約束の聖霊』とは異なる「聖霊」も働いていた姿を見かける。
それらは神の力ではあるが、他方で『約束の聖霊』とは、イエスを介して人に注がれた神の力であり、それを人が管制できるようになったのである。それこそは、聖霊を受けた者らが、イエスと同じく『神の子』であり、犠牲の適用を受けて『罪』を赦されたからにほかならない。それゆえ、彼らだけは『アッバ』と神に呼びかけることができるようになったのである。(ルカ2:25/ローマ8:15)

したがって、使徒や弟子らが受けた聖霊、つまり最後の晩餐の席で約束された霊は、主イエスの受ける栄光、つまり御子を『数々の苦しみを通して完全な者とされ』神の右に座すことに関わっていることが知らされており、それは『わたしが去って行かなければ、あなたがたのところに助け手は来ないであろう。もし行けば、それをあなたがたに遣わそう。』とのイエス自身の言葉とも合致する。(ヘブライ2:10/ヨハネ16:7)

またパウロは『もし彼(イエス)が地上に居るとすれば、祭司にはならない。なぜなら、律法の務めによって犠牲が(当時神殿で)捧げられているからだ。』と書いている。(ヘブル8:4)
そうであれば、イエスが大祭司となって祭司たちの贖罪を始めたのは、明らかに地上を去って後のことであるに違いない。 

そして加えて考慮の対象となるものが、パウロの次の発言に要約される。
『あなたがたもまた、キリストにあって真理の言葉、すなわち、あなたがたの救い福音を聞き、また、彼を信じた結果、約束された聖霊の証印を押されたのである。この聖霊は、わたしたちが神の国を受け継ぐことの約束手形であり、やがて神に結びつく者が全く贖われ、神の栄光を褒め称えるに至るためである。』(エフェソス1:13-14)

彼らこそイザヤが『わたしの賛美を語らせるためにわたしが形造った民』と預言した真実のイスラエル、『YHWHの証人』である。(イザヤ43:24)

このように『約束された聖霊』を注がれた弟子らは、それ以前のどんな時代にも存在したこともない格別の立場を得たことを聖書は知らせるのである。
したがって、「神」、「子」に続く地位にあるのは、地に由来するどんな人間の教祖でも宗派でも組織でもない。それは『聖霊』そのものでもなく、イエスに与えられた者ら、『新しい契約』に属する『聖なる者』ということができる。

なぜ『聖霊』が第三の地位を占めないか?
そのものは「神の威力」であって、人格を持たないからである。それは存在ではあっても存在者ではない。
信仰するべき対象としての『聖霊』とは、それが働くときに、人がそこに神の証しを見るからである。 

一方で、聖霊の注がれる『聖なる者』について、パウロはこう教えている。
『だれが、神の選ばれた者たちを訴えるのか。神は彼らを義とされるのである』(ローマ8:33)
この『選ばれた者』とは聖霊を受けた者のことを言うのだろうか。

『聖なる者』についての義なる立場を考慮しつつ主イエスの次の言葉を聞くときに、納得できるものがある。
『おおよそ女から生まれた者で、ヨハネ(バプテスト)より偉大な者はいない。しかし、神の国で最も小さな者でも、彼よりは偉大である。』 (ルカ7:28)
なぜなら、『聖なる者』は『水と霊から新たに生まれ』『新たな創造物』となるからである。(ヨハネ3:5/コリント第二5:17) 

そこで使徒ペテロの手紙の冒頭のあいさつも意味も持ってくる。
『イエス・キリストに従い、かつ、その血の注ぎを受けるために、父なる神の予知されたところに従って選ばれ、御霊の浄めに預かっている人たちへ。』(ペテロ第一1:2)

以上の新約聖書中の情報を総合するときに何が言えるだろうか。
即ち、キリストが自らの血の犠牲を携えて神の右の位に就く以前には「約束の聖霊」は存在していなかったのであり、イエスが天に去ることによって、その犠牲は神の御前に受け入れられ、その結果として選ばれた者たちに格別な聖霊が注ぎ出され、それはイエスが地上で行っていた『父の業』を弟子らにも可能ならしめたということである。

その選ばれた者たちの天使に勝る立場は、まず「義」を必要とする。
何故なら、神の前に「罪人」には死が求められるからである。従って、天界に生きて存在し、イエスを見ることが出来るのは『義』を得たものでなくてはならない。
 
では、選ばれた者らの「義」はどこからきたかと言えば、ペテロも言うようにキリストの『血の注ぎを受ける』以外に無く、それゆえにもヨハネはキリストの天に去る以前には『霊は無かった』と書いたのである。

ならば、その者たちは既にキリストの血によって贖罪されたのだろうか。
然り。それゆえパウロは天の大祭司キリストを語ったのであり、ヨム・キプルの日の贖罪の手順のように、大祭司はまず祭司たちの贖罪を民よりも先に行ったという模式をパウロは指摘する。

また、『神聖にしている者』イエス、そして『神聖にされている者』である選ばれた弟子らが存在するのであり、これをもたらしたのが真の『祭司の王国、聖なる祭司』を生み出した『新しい契約』に他ならない。それは『より優った血の降り振り注ぎ』によりあの五旬節を以って効力をもったのである。(ヘブル2:11)



◆今日聖霊は在るのか
 
このように聖霊の観点から俯瞰して観ると、正しくイエスを信ずる者たちと聖霊の関わりが非常に密接で、最後の晩餐の席でのイエスの言葉が予告したように、それは『助け手』であり、真理をあまねく知らせ、師の語ったことを思い起こさせ、奇跡によって人々の信仰を呼び起こし、宣教を様々に導いて、更に聖霊を受ける者を招いた姿を確認するのである。

だが今日、このように聖霊という神の御力と密接な関係を持つ人々が存在しないのは何故か?
最後にこれを考えることにしよう。 

宗派によっては、「聖霊の賜物はキリスト教の揺籃期を助ける目的を果たすと廃された」とパウロの言葉を挙げて納得し、専ら人間による肉の業を強調しつつ、その一方で、聖霊は今も自分たちの上に働いていると言っては、多くの「クリスチャン」が不明瞭な思い込みを上記のような聖霊と同一視しようとしているかのようである。
 

或いは、今も異言の賜物を行って見せる宗派も存在してはいる。
では、その人々に働く聖霊は初期の弟子たちのような特徴を備えているかといえば、どうやら、異言という奇跡と思える憑依状態に個人のエクスタシーを得るところがその目的となっており、聖霊の賜物を各人が制御でき、新な教えの領域へと導かれた初期の弟子たちとは様相を異にする。

加えて、パウロが何度も指摘したように、聖霊の賜物が存在するという不思議を喜んでいるだけでは進歩なく、意味を理解し学ぶところが無ければ聖霊の益に与っているとは言い難い。それでは『真理をあまねく案内する』聖霊の役割が欠けており、神に関わる天的な知識なく『奥義』からは隔たって、例えばかりを聴いていたところの、イエスを囲んだ群衆と変わるところがないであろう。

このように『聖霊』は今日まったく誤解されている。
その原因は何であろうか。
それは、初期の弟子たちの後に、それが地上から消失したため、それがどんなものかを見ることも接する機会も千八百年近くも絶えて無くなったからではないのだろうか。

マタイの福音の最後にあるように、確かにイエスは『世の終末までいつの日もあなたがたと共に居る』と発言したのであろう。
だが、その『あなたがた』というのは誰なのだろうか。

これが「約束の聖霊」に預かる「新しい契約」に参与する者に向けて語ったのであれば、「聖霊」が存在して初めて『あなたがた』もそこに居るに違いない。
だが、「聖霊」が今日、地上に無いとなれば、どこにイエスの呼び掛けた『あなたがた』が居るのだろうか。

あるいはもし、使徒の時代から連綿と「約束の聖霊」の持ち主が現れて来たとするなら、『その業』をずっと見ていないのは何故だろう。

この点で、パウロが「異言も、預言も廃される」と言ったとコリント第一を持ち出すことは、単に言質を取ったような都合の良い思い込みに過ぎない。
何故なら、コリント第一13章で、パウロは何時廃されるかを述べているのではなく、アガペーの永続性を強調しているのであり、確かに「聖霊の賜物」が天に召された後の弟子らに必要がないことは明白である。

加えてパウロは、別の箇所で『異言は不信者のための(しるし)』と書いているからには、それが地上の人々に信仰を惹起させる役割を担っていたことは明らかな事ではないか。(コリント第一13:8/14:22)

いずれにせよ、これらの論議にまったく終止符を打つものがある。
それが聖書に予告された終末の聖霊の姿なのである。
それを人々が眼前にするとき、もはやこの点で何の疑問も残らず、只々神の威力に圧倒されることであろう。

そればかりか、聖霊は真理を教えるので、今日許多の宗派に分裂し、それぞれが人間の思惑を教えるキリスト教の全体が浄化され、初期のように真実にひとつのキリスト教が現れるに違いない。そこで『聖霊の声を聴く』ことをせず、人間由来の宗派の正義に拘るなら、黙示録の記すように、そこに暗闇が漂うことであろうし、『悪霊の住処』とも成り果てることであろう。



◆三者の名によるバプテスマ

さて、ここで初めに取り上げたマタイ福音書末尾の言葉
『それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、あなたがたに命じておいた一切のことを守るように教えよ』

これを改めて見直すと、神、子、聖霊の共通項が見えてくる。
即ち、三つが揃ってこそ、キリストの去って後、また終末において必要不可欠な「信仰の対象」であるということになる。この一つも欠けてはならないのであり、バプテスマを受ける者は、これらに信仰を持っているべきであるに違いない。

これが三位一体を証ししているなどと云うのではない。
三位一体説という文言も概念も、聖書に存在しないばかりか、キリスト教の優れたところを投げ捨て、密教の教えるアバター(化身)の混沌に置き換えてしまい、最初から聖なる書の理解することを投げ捨てる暴挙にしかなるまい。

パウロは、モーセに率いられたイスラエルは紅海において『雲と海によってモーセへのバプテスマを受けた』としている。この民はこの大きな奇跡を経験することを通して『YHWHとモーセに信仰を懐くようになった』と出エジプト記は述べている。(出埃14:29)

一方で、終末においては、聖霊を受ける弟子には、為政者の前に引き出されたときに論駁の余地の無い言葉を語らせ、それは彼らと諸国民への証しとなるとも福音書が述べている。

マタイにはこう記されている
『あなたがたは、わたしのために長官たちや王たちの前に引き出されるであろう。それは、彼らと諸国民とに対して証しをするためである。』 (マタイ10:18)
この『あなたがた』とは、この福音書末尾の『あなたがた』と同じく、十二使徒に語られている。
 
では、その『あなたがた』が ステファノスのように聖霊で『反対者のだれもが抗弁も否定もできないような言葉と知恵とを』際立った仕方で為政者と民衆とに語った様子を聖書中に見るだろうか。あるいは歴史上の誰かにその実例を見出すことができるだろうか。ルカはそれを終末の預言の中で主イエスの言葉として記してはいないだろうか。(ルカ21:15)

もし、そのように為政者と対峙する奇跡の発言をする者の例を挙げることができないのであれば、このイエスの言葉がその身の上に成就する『あなたがた』とはいったい誰を指すことになるのか。
むしろ、この『あなたがた』とは終末に聖霊を受けるであろう『聖なる者たち』に敷衍されているのではないか。 

臨在のイエスは『天に昇って行った様で』『雲と共にあって来られ』『世はもはや彼を見ない』以上、地上で信仰を惹き起こす要素が『聖霊』であるという以外ないではないか。

筆者の視点から云うならば、筆者のように悟ることに鈍く遅い者も含めて誰であっても、これは聖書に幾らか通じてさえいれば、もうそこに見えていることではないかと思えるところなのであるが、読者諸氏はどう思われるのだろうか。

実際の歴史でこのような「聖霊」理解は存在しなかったのだろうか。或いは、キリスト教世界の闇が深くて、これほど明瞭なことさえ今まで気付かなかったということなのだろうか。ならば、その闇は余りにも酷い。

しかし、我々は幾らか聖書を見直すことでも「聖霊」の意義の大きさを窺い知ることが確かにでき、キリストが世を去るに当たって、なぜ使徒らに『神と子と聖霊の名においてバプテスマを施す』よう命じたかの意味をも推し測ることができるであろう。

真実に神を崇拝し信仰しようとするなら、キリストがイエスであることを信仰する必要があり、その御子が天で神の右に座した後は、聖霊の業に神の証しを見出すことで、人々はキリストにも神にも信仰を働かせることができる。

つまり、キリストが天に去って後は、この三者に対する信仰が揃わずしては、真に帰依したことにはならないであろう。 

バプテストが荒野に現れ『悔い改めのバプテスマ』 をイスラエルに授けたように、神と子と聖霊の名によるバプテスマは、その名の三者に関わるはずであり、それらに対して心が整えられていなくてはならない。
だが、キリスト教界では特に聖霊を誤解している以上、このバプテスマを施していることにはなるまい。まして三位一体を教えていれば、まるで盲目の闇に居るというべきであろう。 

そして「聖霊」に信仰を働かせる終末の無数の人々にバプテスマを施すのが、使徒らによって表された聖霊を受ける『聖なる者たち』の本来の務めなのであろう。それは終末においていよいよ重要なものとなるに違いない。即ちマタイに記された如く『神と子と聖霊の名においてバプテスマを施す』という使命である。 

それゆえイエスは最後の晩餐の後の祈りの中で、使徒らについて祈り
『これらの者たちばかりでなく、彼等の言葉を聴いてわたしに信仰を持つ者たちについても求めます。』 として、聖霊ある者たちとそれを信じる者たちをひとつに結びつけるようにと願い出てもいるのであろう。(ヨハネ17:20-21)

キリストが臨在するときに、聖霊を持つ「キリストの兄弟ら」に親切を示して支持を表す多くの人々について、イエスは、その両者が結ばれることを祈り求めたのである。(マタイ25:31-40) 
即ち、聖霊を受ける『聖徒』とそれを信じることになる『信徒』の結びつきであり、これは「対型的シオン」であるエクレシアにおいて実現するのであろう。 

あの五旬節の「約束の聖霊」が降下した日に、使徒ペテロはそれがヨエルの預言の成就であると宣したが、その預言は『その日、わたしは下僕にも、下女にも、わたしの霊を注ぐ。
わたしは天と地に、不思議な徴を現す。即ち血と火と煙の柱である。
YHWHの大いなる恐るべき日が来る前に、太陽は闇となり、月は血に変わるであろう』 と言っている。
これが終末に更なる成就を見ないと言えるだろうか。(ヨエル2:28-)

そしてイザヤも言う。
『わが僕ヤコブよ、わたしが選んだエシュルンよ、恐れるな。
わたしは、乾いた地に水を注ぎ、干からびた地に流れを尽くし出し、我が霊をあなたの子らに注ぎ、我が恵みをあなたの末孫に与えるからである。』 (44:2-)

黙示録を見よ!『二人の証人』に『天を閉じて雨を降らせず、水を操り血に変え、何度でも地を打つ』権限を与えると予告している。彼らにはモーセとアロン、エリヤとエリシャ、ゼルバベルとエシュアの二人組が包摂されている。

即ち三重の権威ともいえるが、単にエジプト、またバアル崇拝者、モアブやサマリアに対して神がこれらのことを行われたのであれば、終末に際してこの世のすべてに対する徴がそれに数倍するとしても何の不思議があるだろうか。 そのときに「聖霊の賜物は廃された」などと的外れな事を云うべきだろうか。(ミカ7:15)


では『神と子と』並び称される『聖霊』とは何であると言えるだろうか?
それはキリストの犠牲が捧げられて初めて地に下賜されたものであり、その人々に奇跡の賜物をもたらし、奥義の知識を与え、『アブラハムの裔』を集めるというキリストの業を続行させるものであった。

聖霊を注がれた人々は、『新しい契約』に招じ入れられ、肉の状態でありながら仮の贖罪を受けて『神の子』と見做され、『キリストと共なる相続人』、『キリストの兄弟』と認められた状態に入った。

彼らには地上で試みがあり、殊に終末においては、『王や高官の前に引き出され』『誰も論駁のできない』聖霊の言葉を語らせるものとなる。
聖霊の言葉はこの世を断罪し、人々をキリストの前に『右と左に分ける』裁きに関わるものとなる。

聖霊の言葉を語る彼らその試みを経て後に『王また祭司』として天に召され、キリストと共に『神の王国』を構成することになる。そうしてエデン以来の『神の奥義』は終了するのである。
聖霊は『この相続財産を受ける約束手形』であり、 神の経綸の全体を推し進めるうえで必要不可欠なものである。

さて、終末に於いて人に求められるのは、神と子への信仰に加え、これほどの働きを為す聖霊の働きへの信仰が必須であるに違いなく、それは聖霊を注がれる『聖なる者ら』を見分け、彼らにも信仰を持って支持を表すことである。 

それであるから、これら聖霊に関わる事柄は単なる教理の知識に終わるものではない。まして好奇心の対象となるだけなら、その後果はそれに准じるものになろう。それは神の威力の顕現であり、『畏怖すべきもの』である。
 
殊に『聖霊への冒涜』が如何に重い罪であるかは、聖書を知る者らの共通の理解であり、誰にせよ、聖霊の件は聖書から精密に辿り出すべきものであり、ご利益や思い込みなどを以って軽々に扱うことは厳に慎むべきことであることはまず間違いはない。

そこにはキリストの血の犠牲、また神の御前での義のような、罪深い我々人間に由来せず、また誰であろうとけっして支払うことのできない程に高価な贖罪が関わっているからである。

それであるから、初期キリスト教徒に聖霊が注がれて以来、今日まで聖霊を受けた人を見ない理由は、この貴重さによっても明解に説明ができる。
即ち、「終末」でもなく、人間の裁きに関わらない「他の時代」について、神は「無駄な事」をなさらないのである。

その時が来たなら、聖霊は自動的に誰にでも下賜されるものとは到底思えない、やはり、聖霊は願い求めるもので『求め続け、敲き続ける』ところに与えられるとキリストが言われる。

いよいよ聖霊の降下がキリストの臨在の開始を示し、終末と裁きはわずか数年の内に成し遂げられることを聖書は告げている。

だが、現在のところ、誰が聖なる霊を願い求めているだろうか?
キリスト教界は一向に、聖霊を持っていると思い込み、満足しているのであるから、そこに聖霊の下賜はあるまい。




              © 林 義平
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キリスト教はご利益信仰か?



キリスト教信仰とは、単に神やキリストの存在を信じることだろうか。

「悪霊までが神を信じて恐れ慄いている」と聖書にはある。(ヤコブ2:19)
そうなると、神が居て、それが人間以上の存在者であること、あるいは世界を創造したということを納得して信じたところで、何らの意味を持つものともなりそうにない。

あるいは、神を恐れる悪霊どもの方が、神の裁きを成し遂げる力をよほど承知しているのであれば、神を認めてもそれ以上には何ら意に介すところない人間より賢いとさえいえるのだろうか。

パウロは『神に近づく者は、神がおわすことと、神を求める者には報いて下さる方であることとを、信じなければならない』と言っている。
この言葉だけを眺めると、人が神に願を掛け、それが叶えられることを期待するのが「信仰」のようにも見える。だが、聖書に語られる信仰を表した人々は、そうした自分の利得を神に願っていたようには見えないのである。

アブラハムは、旧約聖書もシュメール時代の人物である。神は彼を選び、関わりを深めていった。
何故ならば、このアブラハムという人物の信仰の深さのためであったという。
神はこの人物の信仰のゆえに、彼を通して人類を救うという大事業を行うことを意図されるのであった。

創世記の中で、神はアブラハムの信仰の業を認めてから、こう述べている。
『地上の諸国民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る。
  あなたがわたしの声に聞き従ったからである。』(創世記22:18)

それは全人類の「救い」の神の計画(経綸)に、このアブラハムとその子孫が関わることを意味する。
その「救い」とは、「顔に汗してパンを食し、終には土に帰る」という虚しい現状に置かれた人類に、創造された本来の姿を回復させることにある。
 
その現状についてパウロはこう言っている。
『被造物は虚無に服していますが、それは、自分の意志によるものではなく、服従させた方の意志によるものであり、同時に希望も持っています。それは即ち、被造物もいつの日か、滅びへの隷属から解放され、神の子供としての栄光に輝く自由を受けるということです。』(ローマ8:20-21)

ここで言われる『神の子』とは、創造された状態にある純粋な人間を表している。
しかし現状では、人間はアダムの堕罪によって『神の子』の立場を失い、創造された本来の『神の栄光に達しない』状態に留まっているからである。(ローマ3:23)

そこで人間の「罪」を担って犠牲となる、アダムの血統に由来しない、もう一人の始祖となる人物を人類は必要としたのであり、奇跡の処女懐妊を通して世に来たキリスト、つまりアダムの裔でなく『女の裔』として来られた方を信仰するべき理由が生じるのである。つまり『第二のアダム』、キリストである。(コリント第一15:45-)

使徒パウロはキリストについてこうも言っている。
『一人の人の不従順によって多くの人が罪人とされたように、一人の従順によって多くの人が正しい者とされる。』(ローマ5:19)

罪のないこのひとりの人物が世に現れる以前には、ユダヤ人は神から与えられた「律法」の指示に従って羊や牛などの動物の犠牲を神に捧げていたのだが、それらの血を伴う供物には、神と人の間に「罪」があり、それが血の犠牲を伴うほどに両者を隔てる大きな障害となっていることを繰り返し教えるものであった。(イザヤ59:2)

しかし、キリストが現れると、バプテストのヨハネは彼をユダヤ人たちに示して『見よ!世の罪を取り去る神の子羊である』と紹介する。(ヨハネ1:29)

それまでずっと繰り返されてきたユダヤ教の動物の犠牲は、キリストの犠牲を予め示すものであったのが、このキリストが世の罪を担って磔刑に処せられることによって、ユダヤ教の犠牲の儀式は完遂したことをパウロは告げる。即ち、神と人との間を隔てる「罪」を取り除くところの、貴重な仲介の犠牲の備えが据えられたのである。(ヘブライ10:11-13)

それであるから、「キリストを信じる」ということは、神の存在を信じることはもちろんのこと、ユダヤ人が『世の光』となることを目指す以上に進んで、神の人類救済という行動目的(経綸)をはっきりと視野に入れる事を意味するのである。

なぜなら、時代が進むに従いアブラハムからモーセへ、そしてメシアの登場へと、神の悠久の歩みに従い、その行動目的はいよいよ明瞭に啓示され、人々に一層その全容が明かされてきているからである。そこで「信仰」も前進しなければならない。

キリストとは即ちメシア、神から任命されたために「油注がれた者」を意味するのであり、そのキリストを信じるとは、神の目的に関して、彼がきわめて重要な役割りを担い、成し遂げ、また、将来に重ねて成し遂げる事が理解されるべきなのである。

「キリスト教」という言葉そのものが、もはや単純な神信仰に留まることを非とし、神の目的ある歩みに信仰の照準を合わせるべきことを示しているのである。

それはもちろん、神やキリストの存在をただ信じると言うレベルを遥かに超えており、また、信仰者個人にご利益や人生に導きを与えてくれるというようなロマンティックなものでもけっしてない。そこにあるのは人類全体の救済という、神の御子の犠牲を伴う偉大な公共善への大志ある目的なのである。

アブラハムもこの神との多年にわたる関わりを通して、自分の子孫による神の目的に感化を受け、独り子イサクの献供のときには、神の善性と人類への目的からしても、例えイサクを 捧げたにしても、神は復活させずにはおかないとの信仰の境地に到達している事を示し、もはや子孫が土地を得て繁栄することをただ願うことから脱却していたというべきである。さもなければ、『そなたの裔によって地のあらゆる民族が自らを祝福するであろう』との神の目的に価値を見出していなかったに違いない。

そこで、人類の『罪』を担ったキリストについてパウロはこう言っている。
『彼がすべての人のために死んだのは、生きている者がもはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために、生きるためである。』(コリント第二5:15)

さて、ここに「ご利益信仰」の余地があるだろうか?
確かに聖書の中にはこうした大志ある信仰の例で満ちている。


聖書中の信仰の例

「信仰の人」と呼ばれようになったアブラハムについてもう一度述べるなら
パウロは彼について、『信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに従い、行き先も知らずに出発した』とその信仰の強さを説いている。
そればかりか、アブラハムは神の約束によって信じがたい高齢で息子イサクを授かったが、彼はその独り子をさえ犠牲にして神に差し出すことを厭わない信仰を示して見せたのである。

『アブラハムはイサクを犠牲にしたも同然であった』とも言うパウロは、アブラハムは、神が約束によってその子孫を海の砂粒のように増やすのであれば、神は必ずイサクを『復活させることができると考えた』と書いている。(ヘブライ11:17-19)

それでもアブラハムは約束の地を「足の幅ほども」受けることはなかったのである。彼は外国人寄留者として将来に子孫が受けるであろう「約束の地」に天幕生活を続けるばかりであったが、しかし、彼は神の約束についてそれが自分の子孫の繁栄だけを意味しないことを徐々に悟り、深い価値を見出し、それを深く信仰したのであった。それこそは神の側にもアブラハムとの約束を通しての目的があり、それが人類祝福の偉大な計画であることを繰り返し知らされるうちに、アブラハムと神の目的は融合を始め、遂にイサク献供の時には、双方の目的の故に、後代パウロが述べるように、彼はイサクを神が生き返らせて下さるものと信じられるに至ったのであろう。

また、パウロ曰く、彼は(出身地のウル近郊)に戻ろうと思えばいつでもできたが、神が基を据える都市を遥かな将来に見てそれを心から望んだという。それは後の「天に属する」「神の王国」、つまり人類に祝福となる「聖なるエルサレム」であったことであろう。(ヘブライ11:15-16)


また、預言者となったモーセはどうであろう。
モーセはファラオの娘の子と呼ばれるよりは、奴隷の民のひとりとなることを望み、その結果、宮廷の生活を後にしてシナイの砂漠で遊牧生活を営んだ。
そこでさえ、彼の価値観は実生活よりも重要なものを見出していた。しかし、齢八十で満ち足りて世を去ろうという歳になってから苦労の絶えない、民を導く役割をモーセは受け入れ、イスラエル民族の大集団を奴隷状態から導き出すことになる。

彼は『神と顔と顔を合わせて語った』と言われるほどの栄誉に預かりながらも、民の不信仰を忍ばねばならず、その苦しみが高じて『いっそわたしを殺してください』とさえ神に言ったものである。
そして、イスラエルの将来と自らのような預言者を望み見つつモアブの荒野で果て、遺体は消失し墓に葬られることもなかった。


預言者エリヤの信仰もまたご利益信仰とは縁遠いものである。
彼は、異教の横行する民の中にあってひとりYHWHを擁護しその名を担った。異教の祭司450人と対峙し、イスラエルの神は彼の祈りに応えて奇跡の業をはっきりと見せ、異教に圧倒的な勝利を飾ったにも関わらず、圧制者からの命の危険に曝され、同胞の民の不信仰から孤独を味わいつつも、身に迫る危険の中で神との交友を通して命を支えられ、多くの奇跡を行ってさえ本人は質素廉潔な生涯を送ったのであった。


そしてキリスト自身もまたその道を歩まれた。
イエスは経済的に裕福でない、いや貧しい大工の家庭に生まれた。
質素な身なりと『頭を横たえるところもない』という生活は、豪奢であったり、或いは敬虔さをひけらかす衣服をまとい、公の場での挨拶を好んだという当時の宗教指導者らと対照を成すものであった。(マタイ8:20)

イエスは「祈りの人」とも呼ばれるほど御父である神と密接に結ばれ、彼にとっては自分に敬意を集めることよりもよほど「父を尊ぶ」ことが重要な関心事であった。それは、あの神殿の場面でのみ、実力を行使してまで御父の住まいである神殿を清めようとされたその『熱心』において特に表されている。

しかも、その忠節な生き方の頂点は自らの刑死を以って犠牲の死を遂げることであったのだ。
キリストとして自らを差し出したその歩みは、旅を続けながら、ユダヤの人々と苦悩を共にし、疲れを忘れて累々と運ばれて来る病人をひとりひとり癒し、その信仰を励ましては福音を教える毎日であった。(フィリピ2:6-8)その奇跡の業を行いながら、『自分からは何一つ行うことができない』とまで言われるのである。
 

キリストに従った使徒たちもまたこうした信仰の型を示している。
彼らも与えられた使命を果たし、聖霊をもってキリストの業を続行し、教えを広めるために活動し、多大の労苦を忍んだ後に、ほとんどは遠方の布教の旅先で迫害に遭いそれぞれに殉教の死を遂げている。

パウロ自身がこうした労苦で言うべきことは止め処もない。
『わたしは気が狂ったようになって言う、彼ら以上にわたしはそうである。苦労したことはずっと多く、投獄されたことも更に多く、むち打たれたことは、はるかにおびただしく、死に面したことさえしばしばであった。

ユダヤ人から四十に一つ足りない鞭打ち刑を受けたことが五度、ローマ人に棒鞭で打たれたことが三度、石打の処刑が一度、難船したことが三度、そして、一昼夜、海の上を漂ったこともある。

幾たびも旅をし、川の危険、盗賊の危険、同国民からの危険、異邦人からの危険、都会での危険、荒野での危険、海上での危険、にせ兄弟の危険に会い、労し苦しみ、たびたび眠れぬ夜を過ごし、飢え渇き、しばしば食物がなく、寒さに凍え、裸でいたこともあった。

なお様々な事があったうえに、日々わたしに迫って来る各エクレシアへの心配がある。誰かが弱っているのに、わたしも弱らないでおれようか。誰かが罪を犯しているのに、わたしの心が燃えないでおれようか。』(コリント第二11:23-29)

そのうえ、パウロにはエルサレムでの騒動から捕縛され、裁かれて上訴しローマに護送される途上でさらに難船し、ローマでの長い拘禁生活を耐えて、最後には大火から生じた迫害で処刑されるという、この後の顛末は上記の手紙が記された時点で含まれていない。
その激動の生涯の終わりが近付いたことを悟ると『私は自分の走路を走り終え、信仰を守り通した。今から後、義の冠が自分のために定められている』と語ることができたのである。(テモテ第二4:7)


そして使徒たちと同様に聖霊を注がれた聖徒たちがいる。
彼らも使徒に準じて聖霊の賜物を用いて活動し、多くが過酷な迫害に耐え、残酷な処刑を甘んじて受けている。彼らの「信仰」がこうして「世を征服する」力となった。彼らは受けた聖なる召しと「新しい契約」による過分の寵愛に相応しく生きようと努め、迫害や拷問に耐え、残酷な刑に処されて死に至るまで主イエスに従った。(ヨハネ第一5:4)

それは、自らの「救い」を達成することであったと同時に、人類の救いの実現させる礎となることであり、神と子への信仰、つまりその意志に倣うことを実証したのである。(フィリピ2:12-13)
彼らの信仰は、天でキリストと共になり、神殿を構成する成員となることに向かっており、それこそはアブラハムの遠く遥かに望み見た事柄であった。


さて、これらのうち誰が、自分のより良い快適な生活や個人の利得を願ったろうか。
その関心は自分が神の是認や救いを得て「人生で成功する」ことにあったろうか。
もちろん、そうではない。
彼らの共通点は神のなさろうとする事柄に価値を見出し、それに協働しようとしたところにある。その主役は神であって、自分が間違いの無い生涯を送るか否かは当面の問題外であった。

そこで彼らは、全人類の罪を除き、神の祝福の下に復帰させるという壮大な事業(経綸)に沿って働くことを願った。それは神の王国に『値のきわめて高い真珠を見出した旅商人』のような反応を示すことであり、『持ち物全部を売ってでも手に入れようと』するという例えが非常によく合致する。

彼らはひとしきり我慢をすることで、将来の幸福を買い取ったというわけでもさらさらない。
すでに、その困難の中にあっても神と共に歩むことにおいては幸福であったことであろう。

その関心は神と人々に向けられた大志にあったに違いない。
この点、今日のキリスト教は何と道を踏み外していることか。これら古代の人々が「自分がどうすれば救われるか」やら「何をすれば人生で成功できるか」など考えていたろうか。
古代の信仰の人々は自分の救いや成功を願って生きたわけではない。それよりも遥かに価値のあるものを見出し、それに邁進したのである。

それは「楽園」となった地上で暮らすというような目標でもない。それもやはり自分中心の願望であり、事の本質を捉えた見方ではない。事の本質とは、創造物の全体が神と忠節な愛によって固く結ばれて創造物として復帰し、こうして神の創造の意図が成し遂げられることにある。人にとって、神からの『忠節な愛は命に勝る』とダヴィデ王が言い得たのも、生涯に亘る神との関わりあってのことである。(詩篇63:3)

神からの忠節な愛の要を成すのがキリストであり、全創造物がキリストの下にまとめ上げられることを創造の神は意図されている。
そこでは、人類の幸福さえ神が神となることに比べればまったく些細なことである。これについては大半のキリスト教徒が神の前に正反対の態度をとっている。

真なる信仰を抱くなら、人に益があるから神に仕えるわけではない。神が神であることは何ものにも勝って第一でなければならない。そうでなければ創造界に倫理の基礎が据えられることはけっして無いからである。神が神で無ければ創造物は正しく存在する意義を持たない。

この本質が捉えられないのであれば、それは利己的な精神を宿すご利益信仰であり、それこそはサタンが勧める実を食らうことである。
他方、アブラハムの型に沿って信仰する者は恐れる必要はない。その道は必ず成し遂げられる神の意志たる悠久の経綸と共にあるからである。

神は自存者であられ、何事もできないことがない。しかし、ひとたび罪に陥った人類を救済する方法をとる場合には御子の犠牲を、そして現状の創造界を改善する場合には独り子の忠節の証しを必要とした。それらは共に倫理に関わる事柄であり、人の信仰も個人の倫理上の選択となる。その自由な選択によって神は自らの『象り』である人の自由意思を多大な犠牲を払っても担保したのであり、その御子を犠牲とし、その全知全能を抑制してまで行われた事の目的は、神が自らを尊重することでもあったのだ。

信仰を働かせるか否かは各個人の究極的倫理決定といえる。それゆえ、信仰を働かせるか否かが裁きに直結する。(ヨハネ3:36)それに対し行状や従順や道徳性は(仮贖罪された聖徒でなければ)ほとんど神の終末の裁きで意味を成さない。(ガラテア2:16/ルカ12:10)


利他心と利己心ほどに違う「信仰」

人が所謂「幸福になる」ことを目指してキリスト教に向かい、バプテスマを受けることで神の是認に入り(「聖徒」のような)義の立場を得ると教える宗派は数知れないが、そのほとんどが、それぞれに新約聖書中に書かれた通りに正しく教えられていると認識しているであろう。

例えれば、『悔い改めなさい。そして、あなたがたひとりびとりが罪のゆるしを得るために、イエス・キリストの名によって、バプテスマを受けなさい。そうすれば、あなたがたは聖霊の賜物を受けるであろう。』(使徒2:38)という五旬節におけるペテロの言葉を根拠に、誰でもバプテスマを受ければ「罪」が許され「聖霊の賜物」も受けると教えられるだろうか?それは人の耳をくすぐるような快感を伴い、人寄せには効果的な教えではある。

だが、この日ペテロが語った相手がユダヤ人、例外なくペンテコステの祭りに来ていたユダヤ教徒であったことは見逃されるべきではない。ユダヤ人は既に神との間での律法契約に含まれており、その契約は目指すところは、アブラハムに約された『諸国民の祝福』となる選ばれた民『祭司の王国、聖なる国民』、『諸国民の光』、メシアを偉大な王とする『神の王国』となるところにあったのである。(創世記22:18/出埃19:6/ペテロ第一2:9)

したがって、イエスも言われたように『救いはイスラエルから興る』のであって、その民族に属する者が、メシアを信仰の目によってナザレのイエスに見出し、その名によってバプテスマを受けるなら、律法契約からメシアの仲介する「新しい契約」にそのまま移ることができたのである。(エレミヤ31:33)

当時のエルサレムでは神殿は祭司団によって崇拝が依然機能していた。しかし、この民族はこの律法契約に代わる「新しい契約」を待っていた。
それゆえ、彼らユダヤ人がイエスをメシアとして受け入れることは、律法不履行の罪と呪いから赦されて救いに入り、『祭司の王国、聖なる国民』のひとりとして神から受け入れられ、その身分は「聖霊の賜物」によって証しされたのであった。(コリント第二5:5)

その契約の転換によって律法不履行の咎めあるユダヤ人は「罪を許され」「救われる」状態に入ったのである。
彼らはアブラハムに予告され約束された『地のすべての家族が自らを祝福する』という真の彼の末裔「神のイスラエル」であり、そのメシアへの信仰によって『選ばれ召された』、『王なる祭司、聖なる国民』となったのである。

そればかりではない。彼らはユダヤ人としての律法契約不履行の責めを逃れるばかりか、キリストの血の犠牲の最初の適用を受け、アダムの罪さえも仮赦免されて「罪」という神との障壁が除かれることで『神の子』と認知されるに至ったのである。

それゆえパウロは『今や、キリストに属する者に有罪宣告は無い』と述べ、『誰が神の選んだ者を断罪するのか、神が義としているのに』と記したのは、その者たちがキリストと共に天に召され全人類を贖罪し救う民であるところの真のアブラハムの後裔となり、天から千年の間、『王また祭司と』なることを意味していたのである。(ローマ8:1.33/黙示録20:6)

加えてパウロは、『神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。』と言うのである。(ローマ8:29)

ヤコブも自分たちについて『神は私たちを被造物の初穂(アパルケー)とされるために御言葉によって生み出した』と述べている。つまり、彼らは被造物である人類の全体に対して、アダムの命の肉体に在る間からその「罪」を贖われ『聖なる者』となるに至ったことを言うのである。

それは創造の神の実に壮大な計画(経綸)であり、悠久の時を歩んで、歴史の黎明から今もなお推し進められている人類救済の偉大にして強固な意志である。
聖書中で「聖徒」(ハギオス)と呼ばれる彼らは、灯芯が炎の存在させるように、キリストと共に人類の救いの輝きの中心となるというまことに偉大な公共善の『世の光』に身を捧げる人々であり、そこに「ご利益信仰」の余地などはまるで無い。(イザヤ49:6)

この真のイスラエルの現れは、イエスが刑死を遂げて後の五旬節からのことであった。
天からの轟音と共に聖霊の賜物はまことに際立った仕方で、まずガリラヤ人の弟子たちの上に降り、次いで祭りに来ていたユダヤ教徒の上にも降り、そこでは奇跡によってはっきりと神の恩寵がメシアの弟子に移ったことが明らかにされたのである。そこには個人にだけ分かるような不明瞭なことは無い。(使徒4:31)

それから二十年を経てもパウロは『聖霊の顕現(ファネローシス)』について記し、それが不明瞭なものではなく、エクレシア全体に知識を与え導くものであったことを、様々な種類の奇跡の賜物を挙げて述べているのである。(コリント第一12:7)

彼はまた、エフェソスの異邦人の聖徒らに対して『あなたがたもまた、キリストにおいて、真理の言葉、救いをもたらす福音を聞き、そして信じて、約束された聖霊で証印を押された』と書き、『この聖霊は、わたしたちが王国を受け継ぐための保証であり、こうして、わたしたちは贖われて神のものとなり、神の栄光を讃えるのである』とも述べている。(エフェソス1:13-14

つまりパウロは、この「約束の聖霊」こそが大いなるアブラハムの遺産である全人類のための「聖なる選民イスラエル」に召されたことを証しする承認印であると言っているのである。

そして、ユダヤは体制全体としてキリスト教に転換することは無かった。彼らユダヤ人は今日までモーセの体制を維持しており、イエスがメシアであったことを認めていないし、今後変化があったとしても、神の恩寵は第一世紀以降ユダヤを明らかに去っている。彼らは今後も血統ゆえにも律法ゆえにも神の前に恩寵を得ることはけっして無いであろう。(マタイ22:8)

旧約の「預言者たち」が語る「回復」は、聖霊の再降下によるキリスト教の回復として顕著に成就するに違いない。(ヨハネ16:13)それは『雲と共に来る』キリストの、その臨御を示す最大の徴となるであろう。
では、『聖なる国民』がユダヤ民族をそのまま表さないとすれば、その実体はどのようであるのか?

それこそは、神の是認の臨むところに示されることであり、キリストは使徒ペテロに『王国の鍵』を与えて、コルネリウスを初めとする異邦人からも「アブラハムの後裔」に含まれる『養子縁組』の扉を開き、ユダヤ人が不信仰で『数を満たさなかった』ことへの対処としたのであり、パウロがそれを「接木の例え」で述べている通りである。(ローマ11)

こうして、ユダヤ人と異邦人から成る『ふたつの群れ』(エフェソス2:15-16)は共にイエスの述べた「約束の聖霊」を注がれ、使徒ペテロも彼らを指して『あなたがたは聖なる国民、王なる祭司』と記し、モーセもまた述べていた「聖なる民」を共に構成するに至ったのである。(ペテロ第一2:9-10)

こうした聖書全体を貫流する神の計画を推進する上で、聖霊の役割はまことに大きなものがある。
聖霊はキリストに宿り『父の業を』行い、それに信仰を働かせた人々がまず「アブラハムの裔」として選ばれていった。
それら選ばれた聖徒たちは、聖霊によりキリストと同じ業を行い、『しかも、それより大きな業』をパレスティナを越えて広げていったのであり、初期の彼らの宣教の目的は「アブラハムの裔」を集めるキリストの業の続行であり、『聖なる者』の残りを集め出すことであった。(ヨハネ14:12)

新約聖書はそのような状況で書かれたものであり、当時はエクレシアに集まる人々の大半が聖徒で、新約聖書のほとんどは彼らに向けて、また彼らのために書かれているのである。(パウロの書簡の冒頭の挨拶)

彼ら聖徒に与えられる優れた事柄の数々には、約束の聖霊を通して『新しい契約』に入り肉体で居る間から「仮の贖罪」を受けるので、神とキリストと結びついた深い交友が可能となっている。それは恰も、聖徒の中に聖霊を介して神とキリストが住んでいるかのようであるという。彼らはいずれ天に召され、神またキリストを見ることになる。(ヨハネ第一3:2)そうして彼らはキリストと共に神殿を構成する石となるのである。(ペテロ第一2:4-5)

こうした天に関わる事柄を、聖書に「あなた」と書いてあるからと自分に向けて書かれたと思い込み、聖書の全体に流れる偉大にして自己犠牲の精神溢れる神の計画を、自分への親切であると信じるところから「ご利益信仰」への逸脱がはっきりと見て取れるのではないか。

そこでは、単に聖書の言葉を適用する相手を間違えているというだけでは済まない。自己犠牲の精神が正反対の利己心へと完全な変質を遂げてしまっているのである。

つまり、信仰さえ抱けば聖霊が与えられて罪の許しがある、という聖なる者にだけ備わるメリットを自分のものと誤認し、死後は天に召されキリストと共になると信じることに、全人類への救いの要となるという大志は無く、自分が「極楽往生」することと然して変わらぬ「天国の至福」に与ることが信じるところとなってしまうのである。そうして、キリスト教は本質的にどこにでもあるような「普通の宗教」となってしまわなかったろうか。

確かに聖霊の賜物を持つ聖徒たちに「救いの確信」があって当然である。彼らを天に召しているのは他ならぬ神であり、彼らの罪はすべて赦されなくては天に存在することもできはしない。だからと云って、「信仰」さえも聖霊の為す業に挙げられているから、「信仰」が持てた以上、そのクリスチャンは聖霊を持っていると教えて良いだろうか?

それは、初期キリスト教徒の時代と共に「聖霊の賜物」が見られなくなり、今日まで千八百年を経過するうちに、引き上げられた「聖霊の賜物」の実体を知らず、己を二の次にして聖書を探るほどの謙虚さないゆえにも言えるような教理であって、現実に即した理性さえ無視した呪術的でアニミズムの影響ある蒙昧の産物であろう。

聖書の中で「あなた」と呼びかけられているのが「私」だと思い込むその厚顔さ、「聖徒」と「自分」の違いが僅かなものに思えるとしたら、その人は聖書またキリスト教の根幹を未だ味わい知ってはいない。
『神は義と公正を愛される方』であられ、利己主義や貪欲を容認されないからである。(詩篇33:5/詩篇52)

これでは、同じキリスト教の名を冠してはいても、内実は最も隔たったものとなってしまっている。つまり利他心と利己心ほど違うのである。


「罪」の意識による「ご利益信仰」

だが、「ご利益信仰」は自分の幸福を単に願うばかりのものでもなく、幾らか変形され偽装されたようなものがあり、それは少々捉え難いので一層の注意を要する。
それを一言で云い表すとすれば 、「恐れを動機とするご利益信仰」あるいは「恐怖の信仰」とも言えるであろう。

個人的安逸や成功を願う「幸福」を追求するご利益のほかに、キリスト教らしい「救い」を願い求めるものもご利益信仰の範疇に入らないと言い切れない。しかも、その「救い」が巧妙な形をとることがある。

それがどんなものかと言えば、人間は皆が原罪をどことなく意識しているので、肉体の制御によって神の是認を得ようと言う強迫観念を普遍的に持っているといえる。だが、実はそれは言動を制御できても内面の願望は別問題なのである。

しかし、それでも人は表面的な言動で徳を示し「善人」であることにより、自分が「救い」に値することを実感したいところがある。それは恐れの裏返しであり、人間以上の道徳的存在者を怒らせ、酬いとして罰を身に受けるという、ほとんど本能的な「潜在恐怖」のようなものから来る対処法でもあろう。

この「罰への恐怖」は幼児期から親の懲らしめによって与えられ、生涯に亘って保持し続けるもので、「天国と地獄」の概念が広く世界に見られるのも、背景には人間全般が持つこの「罪と罰」の意識と深く関わっているのであろう。
「裁く神」を怖れることは間違いではない。しかし、その恐れが高じてキリストの犠牲以外の代価を払おうとするところで、この種の信仰者はキリスト教を踏み外すのである。


人が自らの存在の覚束なさに恐れを抱くとしてもそれは無理もない。実際、「この世」では人間の存在は、いつとも知れず消え去るものである。そこでキリスト教徒は神との関係を強めて死を克服できるものなら是非そうしたいと思うことだろう。

しかし、我々を存在させた根源者は神であり、その自らの『象り』に造った人間を虚無の中に放置するのが創造の意図であったろうか?
もちろん、そうではない。我々は「多くのすずめより価値があり」「髪の毛までが数えられている」とキリストは言われた。創造の神は我々について、『すべての魂はわたしのものである』と云われ、そのすべての魂を存在させたゆえに勝手に取り去ることは許さない権利を持っている。

まして御子の貴重な犠牲まで以ってして人々の魂の存続を神が願われたのであれば、我々の方から死を克服するために神を宥めようとキリストの犠牲以外の代価を払らおうとすれば、それは神の意志とは正反対ではないのか? 聖書の述べるところは、御子の犠牲は無償のものであり、ただ一重に「信仰」だけが求められるのである。

だが、それに対して充分の信仰が持てないからこそ、さらに宥めの代価を支払おうとするのであろう。つまり、「救い」が余りに大きく、対価が無償と言われると、却って信じられないのである。それは実のところ不信仰であり、神に対して無礼な所作ではないか。
価の付けようのないほど高価な犠牲を賜ったのに、代価を払おうと財布に手を伸ばすかのようであり、それは感謝とは言えないばかりか、自分の「信仰」ではなく「業」で報いて、その犠牲を自分に対して確かな物にしておこうという貪欲ではないのか。

そこでは自己抹消の恐怖が支配し、御子までを捧げた神の愛を理解も信仰もしていないという、キリスト教徒としては病的な状態になってはいないだろうか?それが神が御子を賜ったことへの感謝なのだろうか?
 
そこで人は自らの倫理的不安定さを直感し、神に対して感じる罪悪感からの責めの解消と安堵を求めるのであろう。 それは良心の働きのひとつの結果であるとしても、マイナスの作用である。その人の中には自己存在を神の罰から救い出そうという意識が勝ってしまい、結果として却って心は神から離れ、只々、恐るべき滅ぼしの神を怒らせないよう宥めることに注意が向いてゆく。

それは親の仕置きを恐れる子供の発想で、罰を何とか免れようと懸命に従順にはしても、関心は自分に向いていて、心は神と向き合っていないのである。これは厳格な躾、幼い時期から体罰を繰り返し与えられて育った場合には特に注意を要することだろう。
子供の躾は、叩くより説き聞かせる方が大切であると言われるが、このようなところにまで影響しているのだろうか。

神の罰の対処法としては、人は禁止事項を守ること、厳格な教条や掟を負うこと、果てはバラモン僧の苦行のように、自らを痛めつけることが、自己にある肉の欲望を克己し、人間としての次元を向上させることになるとも考えるその背景を形成しているのは、やはり「罪」の意識であろう。

ヒンズー教ならともかく、キリスト教に於いてさえも、やはり神の厳しい命令を請い求め、それに従順を示すことによって安心感を得たいという内面の衝動が生じ、それは砂漠に退いて修行を始めたアントニウス以来、修道制度の中にも見られてきたものである。

そうした苦行主義は宗教の種類に関わり無く、歴史上の様々なところに見出すことができるので、それは人間普遍に取り付いた一種の病のように継続的に患ってきたかのようである。

我々は「この世」に生まれ育ったので、交換社会が身に染み付いている。そこでは返礼という感謝を越えて、何らかの代価を支払うことで酬いを手に入れる習慣はほとんど本能的な程である。そこで、人間に普遍的な罪の罰を恐れる潜在意識は何を行わせようとするだろうか。

それこそが「従順の業による救い」であり、人々は救いのために「業の代価」を支払って安心したいのである。
しかし、この「業による救い」は律法契約の破綻によって、神の前に相応しいものでないことが示され、そこにキリストの犠牲が備えられたのではなかったか?

人は「従順」によって救われ得るか?これは初期教父以来の提題である。
イエスもパウロも一貫して、救いの要諦は「信仰」にあることを明らかにしており、聖書に「信仰の従順」という言葉はあっても「従順の信仰」というものは見られない。当然ながら、人は信仰懐くゆえに従順たり得るが、従順ゆえに信仰を持つとすれば、他人頼みのその信仰は死んだものでまるで自発性も実質も無い。「従順ゆえの信仰」と言えば、これほど撞着した言葉もない。

そして、どちらが安易かといえば、もちろん「従順」による救いであって今すぐに支払可能であるが、「信仰」による救いは本人の判断力や勇気が「裁き」において試されるところで「高度なもの」と言える。

それゆえ、人は「裁き」を神への支持を表明できる喜ばしい機会とは見做さず、それを回避するか別の安易な方法を求めて「神の命令」を与えくれる教えなり教師なりを探し求める傾向があるといってよいようだ。その命令の厳格さが、人間の本能的欲望を克己したように見做され、恰も「罪」の傾向を抑えて、神とその是認に近付いたかのように覚えられるところがひとつの魅力となっているのであろう。

そうした「支払い」は、アントニウス以来連綿と続くカトリックや東方の修道制ばかりとはならず、やはり終わる事なく繰り返された。
新教の中からも、やがて厳格な宗規によって「崇拝のメソッド(方式)」を確立しようというメソジストのような、本質的には同質の厳格な信仰スタイルが登場してくる。いや、その点では、ジュネーヴ市を覆ったカルヴァンの禁欲的戒律が早かったとも云えよう。旧教との違いは、修道院に留まっていた「業の信仰」が一般社会にまで出てきたことである。

しかし、そこでは人間の「罪」の現実を軽視するために、どうしても無理が現れる。それが修道院の中だけならば追放されて済むが、宗派のコニュニティ全体に「業の信仰」を適用すれば、そこはユダヤ律法体制のような信仰スタイルを避け得ない。コミュニティの相互監視から信徒に逃げ場無く、戒律に背けば人間の裁きを逃れられないばかりか、余分な良心の咎めがその人に憑り付いてしまう。

しかし、戒律によって厳しく自らの「罪」に対処したり、本当に神の是認を得たり出来るものだろうか?
この点についてパウロはこう言っている。
『「さわるな、味わうな、触れるな」などという規定に縛られているのか。これらは皆、用いられて尽きてしまうもの、人間の規定や教えによっているものである。これらは、独り善がりの崇拝とわざとらしい謙遜、身体の苦行とを伴うので、知恵のある業らしくも見えるが、実は、放縦な肉欲を防ぐのに、なんの役にも立つものではない。』(コロサイ2:21)

古代の信仰の人々が労苦を甘受したからといって、それとこれらの「苦行」を同列に見做すことはできない。
また、「苦行」はパウロが『放縦な肉欲を防ぐのに、何の役にも立たない』と指摘したように、人に巣食う「罪」には何の影響も与えてはおらず、他の人々同様に苦行者もキリストの犠牲なくして罪を些かも変えることは出来ていないはずである。それともキリストの犠牲なくしても、自分の努力で道徳的になっていると思うだろうか。

確かに、きちんとした身なりで品行方正である人は、周囲からの敬意も得られよう。
だが、キリスト教とは自分を清くして周囲の人々から尊敬を得るためのものではないし、清さのゆえに神の是認を得るためのものでもない。そうでなければ神の判断基準は世間並ということになってしまう。

だが、特にピューリタニズムのように、自分の清さ(ピュア)にプライドを持つ人々に、或いは自分をきちんとしていたい人々にとって、「これをすれば救われる」という教条主義は罠となりかねない。

そこで人は、その罪悪感をきちんと処理しておくために、できもしない筈の「罪」の許しを請け負う同じ罪ある人間の存在を求めてしまい、そのようにして、「人間の命令を教える者」への隷従を許してしまうのである。 新教徒はカトリックのように巡礼や免罪符の購入では気が済まず、自分自身が裁きに有利になった証拠の実感をよりリアルに得たいのであろう。

しかし、これら新旧のどちらも原罪意識に付け込まれた詐欺であり、この種の信仰は良心の呵責を利用され、神無き無法者に人の尊厳を自ら差し出してしまう事ではないか。
そのような教師は信者に「あなたはこれが出来ているか?」と、人が感じるであろう日常的で卑近な事柄まで用いて行き届かぬところを責めたてるとしても不思議はない。そうして人数の囲い込みと、信者への教師の優位を確保するためである。
したがって、こうした教えに接する人は罪意識を強めさせられるばかりか、誤った対処法に追い込まれ、また依存し始めるのである。

人々の罪意識に乗じて与えられたキリスト教の信仰方式にはそろって律法主義的後退が見られ、規則とそれを遵守するときの報酬と、違反したときの審理と罰則を特色とし、本来のキリスト教から遠く流されてゆくのも理の当然である。


ピューリタニズムの信仰

この点で着目されるべきは、元来がピューリタンが建国したアメリカ発祥のキリスト教の諸教派である。
元々、17世紀にメイフラワー号で清教徒たちが現ボストン近郊に入植して以来、彼らは旧約のパレスティナ入植を意識しており、規則を重んじることで秩序を保ってきたが、歴史を紐解けば、行過ぎるところも散見される。

清廉潔白を旨とし、ピュアであることをどれほど目指しても、やはり人間の「罪」を逃れるわけではないから、そこでも清教徒が驚くような犯罪の発生もまったく防ぐことはできなかったが、そこで旧約の律法に則り処罰を課して対処を始めたのであった。

そこにキリスト教は本来「コニュニティ全体が信仰する宗教」ではない、という概念はない。
社会に一定の秩序を与えたり、社会そのものを向上させることがキリスト教の目的ではなく、それは次元の劣るユダヤ教に近い発想であることに気付かなかったのだろうか。キリストの「王国はこの世のものではない」のである。

人間社会は「罪」のために、どこでも常に「法」と「権力」を必要としており、アガペーですべてを解決できるほど人類はいまだ高尚ではない。
そこで、旧約の律法を持ち出すことは、実はキリスト教の高度な「愛の掟」を去って、パウロが『隷属』と呼ぶ業の崇拝へと後退することになるのだが、多くの人々はそれに気付いてはこなかった。

それでも、ロジャー・ウイリアムズ(Roger Williams 1603-1683)のような人物は、入植地での政教は分離されるべきだと唱え、結果としてアメリカ史の趨勢は彼の主張に従ってゆくことになるが、当時の彼は体制派の理解を得られず迫害や追放を受けている。

他方で、信仰の理想に燃えたマサチューセッツ植民地の指導層の人々は、植民地での選挙権を各世帯主に与えるとはしたものの、正しく世帯主であるためには教会員でなくてはならないとし、しかも「回心」と呼ばれる信仰に至る決定的な機会をどのように経験したかを教会員の会衆の前で証しすることを要求したのである。つまりは、統治と裁きを有する「神権政体」の実現を目指したのである。

これでは、ヨーロッパの宗教的圧制を逃れて大陸に渡ったにも関わらず、更なる圧迫が待っていたとしか言いようがない。この点で問題となっていたのは政教の非分離であった。そこで起こる偏狭さを指摘したウイリアムズを追放に処したジョン・コトン(John Cotton1585-1652)にはひとつの確信があった。それは、「神の国」が1655年から支配を始めることが黙示録研究から明らかであり、それが治めるのが彼らの植民地に違いないという「信仰」であった。
つまり、「神の国」は彼らの狭いコミュニティーに成就するという信仰である。だが、それこそは国教(ユダヤ的神権国家)への後退という以外ない。

それは「新しいブドウ酒を古い革袋に入れる」ようなものであり、必ず無理が祟って成功しないことは歴史も証明したが、せっかくにウイリアムズのように先見の明ある人物が登場していたのに、往時の指導者にその声に耳を傾けるほどの信仰の広さは無かったのだろうか。

そこでは、罪ある人間という実態を無視した政教一致制が、実のところ旧約の律法遵守の精神への退歩になるとの意識は働かず、その観念ではキリスト教の真に優れたところはどこにあるのかも認識されていなかったであろう。キリスト教が政治を通して「世」を操ることはできないし、それはキリスト教そのものを汚してしまう。

つまるところ、マサチューセッツで「千年王国」を目指したコトンは、独りよがりの信仰世界を築こうとして、「罪ある人間」という現実に阻まれたというべきだろう。
このような宗教モデルは後にもアメリカで繰り返されることになる。
つまり、規則を定めてその下にコミュニティーを「閉じて」しまう、ユダヤ教型のキリスト教モデルである。
そこでは、どこまでがキリスト教の役割で、どこからが世俗の法権威に委ねるべきかの境界線がはっきりしない。

そこで、この宗教モデルにはある問題がどうしても付きまとうことになる。
それは終わったはずの律法の条項を持ち出してメンバーの言動を規制することが旧約的であるという、宗教教理上の問題ばかりでは済まない。

即ち、現にある政府の統治下にありながら、古代イスラエルの法体系を用いてもうひとつの統治を小規模とはいえ作り出すことにより、現行の政府の統治とは別の支配を行おうとすることであり、それは現政府の統治を遮ることに他ならない。

それは結果的にパウロが『上なる権威に従う』ように求めたのに対して、独自の審判制度と処罰を下すことにおいて、逆らうことになるのである。
しかし、人権の概念が明確に打ち出されていなかった過去にはそれが許されていたのであろう。
 
以後、フランス革命や科学主義や共産主義の洗礼を受けた欧州では、近世以降キリスト教は古臭いものとなってしまい衰退を始めていた一方で、アメリカ合衆国ではむしろいよいよキリスト教は栄えていった。それは今日でもそうであり、この国は依然宗教的な国家と言えるであろう。

殊に象徴的なのが「覚醒運動」と呼ばれる英米で興隆したキリスト教リヴァイヴァルの潮流であった。
それは、旧来のキリスト教に新たな解釈なり要素なりを加え、そこから信仰心の新しい次元を造るものであった。
教会堂も整備されていない新大陸の奥地に巡回教師が 説教して回り、その中から非常な人気を博す教師が現れてきた。熱狂的な雰囲気をかもし出し、地獄の苦しみを臨場感あふれる仕方で語ったというこれらの説教師たちによって、民衆の間に宗教的潮流が見られるようになったという。

19世紀になると、信仰の形態はさらに「進化」を見せ、聖書の研究と一般の科学を融合したような新たな展開に人々は胸を躍らせたであろう。
ひとつには、考古学の進展による年代計算があり、キリストの再臨の時期を算定できるというキリスト教徒の想像力を掻き立てるような新説が登場し、英米の多くの人々を虜にしている。これは欧州で科学がキリスト教を駆逐し始めた一方での、歪んだ科学信仰、擬似科学信仰とも云うべきだろうか。

だが、「科学」というものを幾らか長いスパンで見ると、そう安定した不変の土台とはいえない。聖書の本質は倫理問題にあるのであって、科学を云々するためのものではないから、科学を土台として聖書を説けば、論旨がずれて畑違いの議論を止む無くされたうえ、いつか裏切られ、いずれは科学の方から絶縁状を突きつけられるであろう。

また、考古学的興味が進んだこともあってか、聖書の謎解きに科学のメスを入れるかのように年代計算を試みたり、何とアメリカ大陸に隠されていた聖書以外の聖典が明らかにされたと唱える宗派も現れる。
これらの新しい教えは21世紀の今日も未だ健在であり、セヴンスデイ・アドヴェンティストやエホバの証人、モルモン教会としてそれぞれ一千万人前後の信者を抱え、この日本でもそれなりに勢力を有している次第である。

もちろん、それぞれの教理に違いがあり、その教祖たちは「天に挙げられて十戒の石版を見たが、安息日の条項が光っていた」とか「金板に記された聖書以外の聖典をある丘から掘り出した」或いは「七つの時は異邦人の時で2520年であることが分かった」と主張していたのだが、それぞれが間違いであったとなれば一体何が残るだろうか?
それぞれの信者にとって、それら各々の教理はまったく大きく異なると認識されているに違いなく、一緒に論じられたくもないことであろう。

だが、ある観点から見ると、これらは互いに拒否しあう必要もないほどに、やはり19世紀北米という土壌にそだった兄弟のようにその争えない血統のようなものが厳然として流れているのである。
実際にそれぞれの信者に接してみると、まるでひとつの宗派でもあるかのように生活面でよく訓練されており、その折り目正しく、清楚で礼儀あり親切な雰囲気だけみると判別が難しいほどである。

このような人々が互いを受け入れるなら、どれほど大きな運動になることだろう。現状でも三千万をも超える人々の連帯となり得る。
しかし、それぞれの良質な道徳性をもたらしているものは、その教理に潜む根源的な信者の動機である「自分の正しさ」(人の義)にあるゆえに、その親切な相貌のままでの融合は不可能なのであろう。しかし、アメリカ人の誰かが天に行ったり、先住民族がユダヤ系だったり、1914年から数世代で終わりが来る、など、これらは神からのものか、人からのものか?
これらの宗派が知恵を寄せ合って互いの教理を考慮する会合など考えられるだろうか?
それは無理な話で、それぞれの教理の欠陥や信者に知らせたくない恥部が互いに露わにされるばかりであろう。
指導層のメンバーがにこやかにしていられるのも、宣伝用の写真に納まるときばかりで、互いが論議を始めた場面にどんなことになるかは、それは想像もしたくない。人の表情とは移ろうものである。

これらの宗派の信者方は否定するかもしれないが、教理については安息日や十戒、また十一や血の禁令が律法からの延長、またはそれ以前からの掟であると見做すなど、ヘブライ的なニュアンスを基調とし、律法契約と新しい契約の異なりがはっきりしていないところは、逆に19世紀のアメリカンテイストの芬々と香る折衷的キリスト教というべきか。

そういえば英米での19世紀的子供の躾の厳しさはよく知られ、体罰を伴うものであって、明治期に彼らは日本人一般が子供に寛容に接するのを見て驚いている。これは戦国時代のカトリックの宣教者フロイスも注目するところであったからには、日本人の善き伝統であったというべきであろう。フロイスは、日本人は子供を叩くことはほとんど行わず、まるで老人に対するかのように理を尽くして諭告するとイエズス会に知らせている。

加えて、これらの宗派では道徳観念や雰囲気は非常に近いもので、この諸派のサイトを比較すると錯覚するほど似ており、教理や主張はそれぞれ違えども、信仰者の一定の道徳性の保持、禁忌摂取物の存在、規則遵守、組織中央への恭順、伝道活動の強調、元信者への忌避など、本質的な行動規則は極めて近似していて、同じ時代と地域のエピステーメー(思想潮流)であったことがよくよく窺えるものである。

米国人は自分たちのキリスト教に自信を持つせいか、同じ崇拝方式を他国の信者にも求め、それが当然と思うらしい。またそうされることを諸国の信者も願うのだろうか。その画一性や、自由な発想を許さないところで、自発的な信仰や愛に関わる決定をさせず、キリスト教徒らしさを雰囲気だけに作ってしまうきらいが無いとは言えない。結果として自己の考えを自由に決定する権限を行使することさえ慄くような他人任せの惰弱で価値の低い崇拝の徒を量産しているのではないだろうか。

信者たちは、聖書ではほとんど用いられない「クリスチャン」の語で専ら総括され、聖徒と信徒の区別も明確ではないようであるから、新しい契約と聖霊の関連も明瞭ではないのであろう。また、聖霊を注がれることがどれほどのことを意味するのか、「聖霊の賜物」そのものについても、その理解が曖昧であるところは伝統的教派ゆずりというべきだろうか。 ⇒「聖霊と聖徒」

つまり、19世紀当時のピューリタン的WASPの一般庶民に受け容れ易い教えが為されたので、その後の北米でのこれらの人間の教えが隆盛を見たといってよいであろう。その共通点は「どうすれば救われるか」という英語表現の"How to"に原型があるようだ。そこでは自分が主体者で、何かを行えるという仮定の是非は問われず、神に向かって自ら行動を起こして、何かを得ようとする厚顔とも言うべき着想である。

これは、それぞれの派によって幾らかずつその方法、"How to"が異なるばかりのことだけで、「どうすれば救われますか?」と問うそれぞれの信者の関心の在り処は見事に一致しており、主人公は間違いなく神ではなく自分であり、根底に鞭を振う父親像としての神への恐怖がある。

また、指導的立場にある人を重視し、その人間臭い判断に人々を合わせようとするところも19世紀アメリカで起こったこれらの教派に共通するところで、当時のその強い傾向が依然として尾を引いているかのように見受けられる。やはりアメリカ人はヒーロー好きなのだろうか。

先に述べたように、「罪」の影響から人はどこかしらで規則に縛られて安心したいところがある。これらの宗派の人々は「戒め」や「指導」がたいそうお気に入りのようであるが、それも「罪」意識の為せる業なのであろう。その性向なくしてこれらの宗派は成り立たなかったのではないだろうか。ストイックなピューリタンの土壌も作用したのであろう。

それぞれの宗派は、正しい安息日を、また新たな経典を、或いは年代計算を唱導してきたという外見は異なるのだが、総じた結果としては、19世紀の一般的な道徳者を21世紀の今日的に仕立て上げ、それぞれ掲げられる看板には同じく「幸福な家族生活」が爽やかに描かれ、カメラのレンズに向かってそれぞれ微笑んでいるが、それはまるでハリウッド映画の家族愛のハッピーエンドそのものではないか。但し、その幸福の原資は規則遵守による「神の是認」なのである。

これほど信仰の最終目的がはっきりと同じ方向にあるのなら、それは山の頂上に至るそれぞれ別のルートのようであり、登り切ったところでこれらの信者は出会うことにならないのだろうか?それは同じ「ご利益」という頂上ではないのだろうか?

それゆえ神の是認なり幸福な生活なりが達成されると教えるところは、同じくご利益信仰と呼ぶべきだろう。
「もちろん、終末の「神の裁き」は無視してはいない」ということながら、やはり自分たちには「救い」があるとそれぞれ考えている。先に述べたところの、この人々に道徳性をもたらしている原動力となっている「動機」は、やはりこの「恐れからの救い」にあるようだ。

しかし、これらのロマンテイックで人間主義的な「義」の世界には、神意が眼中に無いかのように観察される。なぜなら、その眼目がそれぞれ「自分の義」に置かれているからである。つまり、他と異なるところを超然と誇っており、それは「パリサイ」が「分けられた」を意味したところにたいへんよく合致する。

もちろん、他のさまざまな宗派にもそうした傾向はあるだろうが、 殊にピューリタン(清教徒)の「罪」への見方や(お仕置き好きな)対処法は、今日なお、これらアメリカ由来の宗派に脈々と受け継がれているというべきであろう。


キリストを捨てさせる「恐怖の信仰」

しかし、聖書を貫流する信仰は、上記の古代の人々に共通するように「ご利益信仰」と称することはけっしてできないものであり、ピューリタニズムには似てはいても正反対のものを見るばかりである。

さらに言えば、キリスト教を通して規則に縛られ、道徳性を保とうとすることは、実はモーセの律法的段階に後退することであるゆえに、「新しい契約」へと次元が上昇したキリストの自由の意義もその目的を知ることも眼中にないのであろう。己の救いに目がいっているからである。

そこではパウロが宣したような『あなたがたは愛し合うことのほかには、何をも負ってはならない』という画期的なキリスト教の自存自由さが、いつの間にか律法やタルムードなどのような多くの規則を墨守するようなパリサイ的安易な隷属にこっそりと置き換えられているのである。その動機は自分の「救い」を確定しておき安心したいという利己心以外の何があるのだろうか。

この人々にとっては「終末の裁き」を非常に恐れている事が主要な信仰の要諦となっていないだろうか。

使徒ヨハネは『恐れる者には、愛が全うされていない。わたしたちが愛し合うのは、彼がまずわたしたちを愛して下さったからである。』と語ったからには、神を過酷な裁き手として恐れる感情を基盤として、その上に信仰を築くなら、その過酷な神を宥める方法を探ることに邁進するとしても理の当然であろう。

そのような「恐れ」の教えは、神を中心にして信仰しているようでいながらそうではない。その主要な関心は「自分の」存在を保つところにある。この人々がこれらの宗教のために費やす多くの時間を振替えて、聖書を熟読することに向けるなら、数年で並の教師を追い抜き、十年もすれば宗派の指導者にも勝るのではないだろうか。しかし、上層部はそれをさせては大変なことになると思うらしく、読む箇所を指定して自分の解釈を押し付け、通読を奨励して深く読むことを阻む、あるいは多くの課題を与えたり、宣教に大半の時間を費やさせる手段もあるだろうか。

こうして神と自分の間に壁を築いてしまった人々は、自分の判断力を放棄してまで「神の喜ばれることを行い、神が憎まれることを憎む」などと云うのである。また聖句の解釈を捻じ曲げて「自分には不可解に思える教えにも従え」と命じられることも、然程の抵抗を受けないのではないか。恐れ慄く信者の生存権がそこに担保されているからである。恐れとは何と大きな力を産み出すことであろう。

もちろん、それは自分の知覚力を超えた善悪の判断に怯えることであり、恰も圧制国家で権力者の気まぐれに戦々兢々と従順に始勤しむようであり、却ってその人は聖書の愛の神を信仰していることにはならないであろう。

なぜなら、イエスのときに示されたように、信仰とは自らの価値観を用いて自ら判断を下すことだからである。イエスの業に信仰働かせた古代の人々の例を見ても、神は人の「業」ではなく、「信仰」という各個人の「価値判断」を、そして信仰という勇気ある自己判断を続けることを喜ばれ、また望まれたのではないだろうか。

それこそが真実に神の素晴らしさに感銘を受け続けることだからではないだろうか。つまり、信仰の本質は自発心であって、自分可愛さに盲従することはその反対側に位置するパリサイの業となってしまう。

自己理性の放棄は、容易に信ずる者を人間の圧制に曝すに違いないだけでなく、我々人間に対して『神がご自身を知ることができるようにと知的能力を与えて下さった』ことを否認することでもあり(ヘブライ5:14/ヨハネ第一5:20)、また神を「過酷な方」また「圧制者」として信じていることになるからである。それこそはシナイ山が震え、律法を守らせるための恐れを抱かせる必要のあった、規則遵守の古い契約の特徴であったではないか。

いや、その律法下にあってさえ多くの信仰の人々が現れてきたではないか。
まして、キリストの犠牲が捧げられ、「罪」の赦しが始められたキリスト教において、規則と恐れが支配する信仰の型が相応しいだろうか。

確かに信徒は聖徒のように『アッバ』と父なる神に呼びかけることが今はできるわけではない。
しかし、人類救済の要は贖罪に、つまり「罪」の赦しにある以上、律法的な規則重視の信仰は、過ぎ去った信仰過程へと出戻ることであり、キリストの贖罪というこの上なく貴重なキリスト教信仰の基盤さえをも振り捨てることにならないものか。
それこそはメシアを前にして大半のユダヤ人が犯した不信仰とどのように異なることだろう。


神の業に協働しようとする価値観

「人は業によらず、信仰によって義とされる」、というのがパウロの主張であり、その信仰は、イエスという、エデンの園で語られた『女の裔』、そしてアブラハムの裔であるイスラエルと、そこから現れる大いなるダヴィデ王であるキリストを認め、人類史の初めから計画され進められてきたアダムの子孫の救済という大事業に深い価値を認めるか否かにかかっている。

それであるから、今日の我々が信仰のあるべき姿を模索しようとするときに、何の前例も、先達も無いわけではなく、聖書中の人物が今日生きていたなら、どのように考え、行動するだろうか?と推察するだけで、実に多くの教訓が得られるのである。

それは、利己的願望の成就を期待するものではないし、神の裁きを恐れ、自分の保護と幸福を内定しておくことでもない。それらはいずれも神から離れた「自分の道」であろう。

他方で、自発的な信仰には、価値観からの神への深い共感があり、自分の欲望や神への恐怖から逃れた自由さがある。
古代の信仰者たちの生き方を見るに、そこにはいずれも利己心を離れ「神の道」を歩もうとする姿勢が無いだろうか?彼らはそこに自分の幸福を超える幸福を見出していたであろう。

詩篇63篇においてダヴィデはこのように詠う。

『あなたの不変の愛は、命にさえも優るもので、私の唇は、あなたを賛美します。
 それゆえ私は生きる限り、あなたを誉め称え、あなたの御名により、両手を上げて祈ります。私の魂は脂肪と髄に満ち足りているかのように、私の唇は喜びに溢れ賛美します。』


コリント人への第二の手紙でパウロはこのように書いている。

『キリストの愛がわたしたちに強く促すからである。わたしたちはこう考えている。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んでいたのである。
 そして、彼がすべての人のために死んでくださったのは、生きている者がもはや自分のためにではなく、自分のために死んで生き返った方のために生きるためである。』

こうして、キリスト教の信仰が視界に入ってくるのである。
それは、神自身の意図するところは何かを知り、その意志に深く賛同し、己を二の次にして神と共に歩むことであろう。


しかし、イエスは祈り求めることに関連してこう言われたことがある。
『しかし、人の子が来るとき、果たして地上に信仰を見い出すだろうか。』(ルカ18:8/詩篇53:2)

二十億ものキリスト教徒が居るという現在、このイエスの問いは意外に思えるかも知れない。
だが、以上のような観点から再びキリスト教徒の信仰を見直すなら、どういうことになるだろうか。



                                    © 林 義平
















アブラハムの裔を集めるキリストの業

<難易度 ☆☆☆ 中>



さて、キリストの宣教は単に信仰を呼び起こし、誰であれ信仰者を得ようとするものではなかった。
各国に置かれたキリスト教徒の集りである「エクレシア」は、イエスが地上に在る間には存在しなかったのであり、キリストの宣教がパレスチナに留まった理由には大きな理由があったのである。


復活の後になってから、キリストは使徒らに『あらゆる国の人々を弟子とせよ』と命じたが、公生涯中のイエス自身の活動は常にユダヤ人に関連し、それも外地に居るユダヤ人を訪ねることもなく、世界に広がることもなく、異邦諸国民への業は『食卓から落ちるパン』という以上のものではなかった。
では、それはなぜだろうか。


失われたものを尋ねるキリスト

そこは海面より遥かに低い土地、ヨルダン渓谷の谷底にあるエリコの周辺は、極上のナツメヤシ、また各種の果物に恵まれ、交通の要衝となるオアシスである。
イエスの一行は、最後のエルサレム登城に際してこの城市を通ることになった。
避寒地としてヘロデも冬宮を設けたその地では、春先の過ぎ越しの時期であれば、殊に過ごし易い気候であったことだろう。

そこに到着したイエスの名はすでに広く知られ、エリコの群衆はその到着に沸き立った。
その地の収税人の長とされるザアカイ(ゼカリヤ)は、この手の者らのご多分に漏れず、おそらくローマから収税の権利を落札し、配下の者たちを使って住民はもちろんのこと、キャラバンがこのオアシス到着するとなればハゲタカのようにまとわり、その荷を検め、不法をきわめた奪取を行って富に富を重ねていたであろう相当なワルであった。
ローマの権威を笠に着て、税率以上を要求することはもちろん、払えない者には貸し付けたことにし、その後も返済を執拗に迫るという悪辣さである。帝国としては税が集まればそれでよく、収税人の多少の不正には目をつぶる。
当然ながら、汚れた異邦権力に阿り、金のために同胞を裏切った収税人はローマの犬のように見なされ、評判がすこぶる悪いのも当然であろう。

だが、そのザアカイも噂のメシアと呼ばれるイエスの到着を一目見たかったのである。しかし、背が低かったので群衆の背中に視界を阻まれ、そこでイチジク桑の木に登ってイエスの一行を眺めていたが、そこで予期せぬことが起こった。
イエスは樹上の彼に声をかけ、その夜は彼の家に客となるからと言われるのであった。

主が宿とされるのは、土地の名士でも聞えの良い人物の家でもなければ宿屋でもない、「収税人などの客となるのか」と、周囲の人々は憤慨するが、それほどに、この金持ちはエリコで悪評紛々たるものである。
しかし、主にはこの一夜の宿とりにも確かな目的があり、そうした非難も意に介さない。

これはザアカイにとっても思いもよらないことであったに違いない。
世間一般から遠ざけられて、ユダヤ人の会堂でモーセを聴くことも適わない身の上であったにも関わらず、ユダヤで奇跡を行い名を成した方が、宿として自分のような者の家を選ばれるということがどれほどの驚きを伴ったことか。
 

そして、世に蔑まれたザアカイはイエスを前にすると『持ち物の半分を貧しい者らに施し、ゆすり取ったものを四倍にして返します』と言うのであった。ならば、その後、この一家は贅沢などまずできなかったであろう。
ザアカイにしてみれば、これまでの悪人としての歩みにも関わらず、メシアと噂される方がいきなりに宿をとる栄誉に浴したことから深い感化を受け、一晩のうちにイエスを受け容れて信仰を表すに至ったのであろう。

イエスはその変化の可能性を知ったのでザアカイに宿を求めたに違いない。
そこでイエスは言われた、『今日、この家に救いが来た。この者もまたアブラハムの子であるのだから。人の子は失われたものを探し出し、これを救うために来たのだ』。(ルカ19:9-10)

 

収税人といえば、十二使徒に召されたマタイ・レヴィもまた、そのスジの出であったが、ユダヤ同胞からゆすり取るこの職業人は、一般人からは娼婦と同様に忌避され、会堂でのモーセの朗読も聞くことが出来ず、話し相手にできるのは世間から遠ざけられた仕事仲間が精々であったという。

しかし、イエスはこれらの者らを遠避けはしなかった。そのため却って躓く者さえあった。殊に、エリートたるべきパリサイのような自己義認者、また律法学者や書士たちはこの件でイエスを肯んじない理由を加えたのである。(マタイ9:11)

しかし、これは初めからイエスがエリート層を排除したという訳ではないだろう。
ヨハネ福音書はサンヘドリンの少なくとも二人の議員がイエスに信仰を持ったことを名を上げて知らせており、次のようにも記していたからである。
『父がわたしにお与えになる人は皆、わたしのところに来る。わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い返したりはしない。』(ヨハネ6:37)

だが、イエス自身が収税人らのその生き方を是認していたわけではない。(マタイ5:46)
そうではなく、彼らがイエスとの交わりを通して、律法から遠く隔たってしまっていたその道を変えるところに「アブラハムの裔」としての回復があったというべきであろう。
それは、単に悪しき者が悔い改めて社会復帰するというようなありふれた美談などではない。それを遥かに超える父祖アブラハムへの関わりがそこにあったのである。それは律法契約から最も隔たってしまった人々のメシア信仰による「救い」であった。

というのは、イスラエル=ユダヤは既に割礼によって神との契約関係にあったが、民の契約不履行は既に律法契約に代わるものを必要とさせていたのである。(ヘブル8:7)
しかし、その当時は「新しい契約」への期待を通して恩寵ある関係は依然、民の間に有効であり、もし、彼らがキリストの仲介する別の「契約」に入るのであれば、アブラハムとの関係によって、彼らを「裁き」に至らせることなく「永遠の命」が与えられることを意味したのであった。それが彼らの「救い」、つまり天の王国におけるキリストと共なる類稀な立場への任命となったからである。(ペテロ第一2:9/ヨハネ第一3:2/ゼカリヤ12:8)



◆アブラハムの裔を集める業
 

キリストとしてのイエスの業は概してユダヤ人の中で行われ、遂にパレスチナを出るものとはならなかった。
異邦人に恵みを与えるにしても、それは特例であって、その深い信仰に応じて許されたものであり、それは『食卓から落ちるパンのかけら』であった。(マタイ15:27)

では、それほどにイエスの業をユダヤ人に限定させたものは何だったろうか?
ルカ13章に現れる女の癒しの出来事に目を向けると、そこに幾らかのヒントが語られている。

そこでは、十八年もの間、病の霊のために身をまっすぐに伸ばすことのできない女がいた。この女が自分の歪んだ姿勢を晒しつつもユダヤ教の会堂にいるのをご覧になったイエスは、この女に手を伸ばすや、十八年という長きに亘る苦しみから一瞬にして解放したのであった。
然もあろう、女は喜びに溢れ神を賛美し始めたのだが、それが安息日であったものだから、会堂の役員は的外れにも民に向かって『働いてよい六日がある。癒して欲しくばその間に来るがよい』と言ってのけた。

これに対してイエスはこう宣う、『この女はアブラハムの娘なのに、十八年もの間サタンに縛られていたのだ。安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったか。』(ルカ13:10-17)

さて、エリコのザアカイの家に救いが来たと述べられたイエスは、ザアカイもまた『アブラハムの子である』ゆえにイエスは失われたものを救うと言っていた。
そして、この癒された女も『アブラハムの娘』であり癒しに値いすると言われる。

このような事例は他にもあり、例えれば、ヤイロの娘を生き返らせる奇跡の前に、個人で深めたメシアへの信仰から、押し合う群衆の中で人知れず、イエスにすらも気づかれずにその房べりにそっと触れて、十二年間の長きに亘る流出の病を癒された女の信仰を神は見過ごされはしなかった。イエスは大人であるその女を直ちに探し出しては「娘よ」と呼びかけているのであり、これもアブラハムの裔としての意が込められていると見ることができるだろう。(ルカ8:48)

ではキリスト・イエスの業とは「アブラハムの子ら」を集め出すことにあったのだろうか?

使徒ヨハネはその福音書で、大祭司カヤファの発言を敷衍してキリスト・イエスの死の役割についてこう述べている。
『ひとりの人が人民に代って死んで、全国民が滅びないようになるのがわたしたちにとって得だということを、考えてもいない」。

このことは彼が自分から言ったのではない。彼はこの年の大祭司であったので、預言をして、イエスが国民のために、ただ国民のためだけではなく、また散在している神の子らを一つに集めるために、死ぬことになっていると、言ったのである。』(ヨハネ11:50-52 )

まさにイザヤの預言はこう言っている。
『今、YHWHは仰せられる。「あなたが我が僕となって、ヤコブの諸部族を興し、イスラエルのうちの残った者を集めることは、いとも軽い事である。
また仰せられる。「わたしはあなたを、諸国民の光と成して、わが救いを地の果にまで至らせよう」』(イザヤ49:6-7)

即ち、キリストはその捧げる命を通して、ヨハネが『神の子ら』と称する者たち「イスラエル」を集めるというのである。
エレミヤの預言も、メシアの関わりを告げ、こう言うのである。
『このわたしが、群れの残った羊を、追いやったあらゆる国々から集め、もとの牧場に帰らせる。群れは子を産み、数を増やす。彼らを牧する牧者をわたしは立てる。群れはもはや恐れることも、おびえることもなく、また迷い出ることもない」とYHWHは言われる。』(エレミヤ23:3-4)


しかし、その「イスラエル」また『残った羊』、ヨハネの言う『神の子ら』とは誰を指すのだろうか? また、その目的はどんなことにあったのだろうか? 


アブラハムの裔とは、あの人類全体の祝福の礎『聖なる国民』となる人々のことに他ならない。
太古シュメールの文明の時代の人アブラハムに神が約束された『地のすべての家族がそれによって自らを祝福する』という彼の子孫が即ち「イスラエル」なのである。(創世記22:18)

その民は血統上から言えばイスラエル民族を指したが、イザヤはこうも預言して言った。『あなたの民イスラエルが海辺の砂粒のように多くとも、そのうちの残りの者だけが帰って来る。定められた滅びが進み、正義が溢れ通る。』(イザヤ10:22)
したがって、イスラエルの血統にあることがそのまま「アブラハムの子ら」を意味しておらず、そこで選ばれ、集められる必要があったというべきだろう。(ローマ2:28)

かつて神はエゼキエルを通して、次のように表明されていた。

『わたしは失われたものを尋ね求め、追われたものを連れ戻し、傷ついたものを包み、弱ったものを強くする。しかし、肥えたものと強いものを滅ぼす。わたしは裁き(公正)をもって彼らを養う。』(エゼキエル34:16)

それはまるでキリストの業そのもののように見える。確かにイエスは身分が低く虐げられたイスラエルの同胞に対して癒しを行い、教えを授けていたのである。
そこでは奇跡が行われ、神の証しが伴っていた。それを見ても悪霊の頭の業だと決めつけてイエスを退け続けたのは、まさに「肥えたもの」である宗教家たちではなかったか。


それゆえ、イエスは弟子たちに、『狭い戸口を通って入るように熱心に努めよ、入ろうと願いながら入れない者は多い』との訓戒を与えてもいるのである。イエスが公生涯中に語った『救い』とは、通常はユダヤ人がキリストに信仰を持って「新しい契約」に入ることを意味したのである。

その点では、いまや宗教家らよりも『収税人や娼婦が先に神の王国に入りつつ』あったし、イエスはその状況を評して、『(イスラエルの)人々は王国に向かって殺到している』とも言われた。(マタイ21:31/ルカ16:16)

だが、その契約によって「アブラハムの子ら」となるのは、イスラエルであれば誰にでも与えられる事柄ではないし、その機会の扉はいつまでも開かれてはいないことも警告されていた。

『家の主人が立ち上がって、戸を閉めてしまってからでは、あなたがたが外に立って戸をたたき、「御主人様、開けてください」と言っても、「お前たちがどこの者か知らない」という答えが返ってくるだけである。
そのとき、あなたがたは、「御一緒に食べたり飲んだりしましたし、また、わたしたちの広場でお教えを受けたのです」と言いだすだろう。
しかし主人は、「お前たちがどこの者か知らない。不義を行う者ども、皆わたしから立ち去れ」と言うだろう。
あなたがたは、アブラハム、イサク、ヤコブやすべての預言者たちが神の王国に入っているのに、自分は外に投げ出されることになり、そこで泣きわめいて歯ぎしりすることになる。』(ルカ13:24-30)


イエスは加えて、イスラエルが神の御前に「アブラハムの裔」であることを示さないならば、『人々が東や西からやってきて、神の王国で食卓に横になる』とも言われる。即ち、異邦人による「アブラハムの裔」の補充である。
これは王国の鍵を託された使徒ペテロによって、ローマ士官コルネリウスに聖霊が注がれて以来、現実に起こったことであるが、そこにアブラハムの血統は不信仰のために十分な数の子らを生み出せなかった現実が見えている。

メシア自身の言葉を聴き、その聖霊の業までをも見たイスラエルが、信仰の人アブラハムのような資質をまるで見せず、却ってイエスを刑死に追いやることで「アブラハムの子」ではないことを明白にしたのである。求められた要件はメシアへの信仰であった。(ヨハネ8:39)

一方で、イエスはユダヤ人への宣教を専らとしたのは、まさに神ご自身が『我が友』と呼ぶ、族長アブラハムへのかつての約束を配慮してのことに違いない。

後代パウロは『神の言葉は、まずあなたがたに語られねばならなかったのだ。しかし、あなたがたはそれを拒んで、自分を永遠の命に相応しくない者であることを自ら示した。だから見よ。我々は今後は異邦人へと向かう』と決然と『アブラハムの子らの人々』に宣告したが、この言葉から、血統上のイスラエルはイエス後もその不信仰な傾向を然して変えてはいなかったことを窺わせる。

また彼は、『アブラハムの子孫が真にアブラハムの子らではない』。『肉の子らが真に神の子らではなく、約束による子らこそが裔と見なされる』とも説いている。(ローマ9:6-8)

こうして、キリストの「アブラハムの子ら」を集める業は、使徒たちの時代に異邦人からも選ばれ始めるに及んだが、パウロはこれをオリーヴの接ぎ木に例え、異邦人はイスラエルへの補充であることを明らかにした。



◆『数が満たされる』とは
 

パウロはオリーヴの接ぎ木の例えの中で二回、数の「満たし」(プレーローマ)について記している。
一度は『もし彼ら(イスラエル)の違反が諸国の富となり、彼らの失敗が異邦人の富となるのなら、彼らが満ちる(プレーローマ)のは、それ以上の、どんなにかすばらしいものを、もたらすことか。』と述べ、もう一度は『一部のイスラエル人が頑なになったのは、異邦人が満ちる(プレーローマ)に至る時までのことであって、こうして全イスラエルが救われる』とも言っている。(ローマ11:12/11:25-26)

これらは、キリストへの信仰の欠如を示したユダヤ人による聖なる者の不足(ローマ11:16)を述べているが、異邦人から選ばれた聖なる者と雖も、元々の枝の数を満たす以上に求められてはいない。
つまり、異邦人聖徒は、ユダヤ人の欠けた数を補ったということであり(ローマ11:21)、そのことは有限な数の「選民」全体を満たすための格別な処置であった。

ということは、そこには血統によらない『神のイスラエル』全体には『満たされ』るべき一定の数があるということになるだろう。

これを支持するかのように存在する例え話がルカ15章に幾つか連続して存在している。

まずそのひとつが、有名な百匹の羊の例えである。
百匹という切のよい数字に対して、九十九匹というのは半端であるばかりか、あと一匹を意識させる数である。
良い羊飼いであれば、大半の羊が残っていれば一匹くらいどうでも良いとは思わない。他のすべての羊を残しておいてもただ一匹のためにあちこちを巡り歩いて探し出そうとする。
その労苦が実を結ぶと、百匹を守った喜びのうちに彼はその一匹を肩に載せ、家に帰ってからも隣人を招いて喜ぶという。


次いで、イエスは十枚セットのドラクマ硬貨のうちの一枚を失くした女の例えを語る。
灯火の下で家中を掃き出して、遂に見つけたときの婦人の喜びようは想像に難くない。十枚揃わなければ全体の価値を大いに損なうその一枚のために、女友達を呼んでは一緒に喜んでもらいたいほどである。


それからイエスは、あの情感豊かな「放蕩息子」の例え話に進む。
それは百や十という数字を離れ、ただ一人への神の想いがどれほどのものであるかを教えるものである。
キリストの集める業に込められた想いというものは、これらの例え話から如何に深く憐みに富んだものかを伺い知ることができるのである。

二人の兄弟のうちの弟は、父からの相続分を欲し、それをもって異郷で放蕩の限りを尽くすが、財産が尽きたときに困窮し、その中で悔い改める。
父の下で雇人として働かせてもらおうと実家に近づくと、父は遠くから息子を認めて受け容れる。それも雇人や奴隷としてではなく、元の息子としてであり、その上この子の帰還を祝う宴まで催すのであった。

これは当時のユダヤ人、それも律法から遠く離れ、収税人や娼婦に身を窶していた「地の民」らが、メシア=キリストによって再び見いだされ、「アブラハムの裔」「聖なる者」「神の子」としての立場に復帰することが天においてどれほど大きいかったかを教えるものである。

キリストが「アブラハムの裔」を集めてその数を満たそうとパレスチナを巡ったからこそ、『わたしをお遣わしになった方の御心は、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。』と語られた謂われもあろう。イエスからすれば、彼らひとりひとりが欠くことのできない「百匹の羊」また「十枚のドマクマ硬貨」の見出された一匹また一枚であり、悔い改めた放蕩息子なのである。

そこでは、以前が相応しくもなかったからといって、彼らの立場は低められはしない。
アブラハムの裔が揃うという観点からすれば、この例えの息子の帰還を兄も喜べたであろう。
しかし、兄はそうは思えなかった。彼の観方では、身を持ち崩した弟が帰還したからといって、どうして宴会までひらいて喜ぶべきか、では忠実に仕えてきた自分はどうなのか、というものであった。つまり、家族また家全体としての観点を欠いて自分に関心が向いているのである。

この兄に相当するのがユダヤの宗教家であったことはこの例えの語られた場面から明らかとなっている。
「弟」に相当する宗教上の困窮者は、律法を守らず、却ってローマの犬、また娼婦という汚れた道に入ってしまった。それゆえ「兄」に当るエリートらは、この「弟」を「地の民」と呼んで大いに蔑む。彼らがイスラエル人であろうと、既に神の是認にも恩寵にも値しないというところが彼らの思いであったろうか。一方で、上層部の彼ら自身はそうならないように、神の目に清い状態を保つことに腐心していたが、却って、その利己心はイエスの暴くところであった。

そのような宗教家の態度は、イエスに信仰を持ってアブラハムの裔にと救われてゆく同胞を苦々しく眺め、イスラエル全体の救いも『神の王国』にも関心を払っているように見るべきものはない。宗教家の関心を占めていたのは自分自身であり、そこに利己心がはっきりと見える。
もちろん、イエスに帰依した「地の民」がどれほど相応しい関心を持っていたのかは分からない。しかし、一方は宗教家であった。アブラハムの裔を意識するに相応しい立場を占め、また知識も豊かに持っていた。
その指導者層が、イスラエルの揃うことに意を用いて喜ばないばかりか、自分の境遇に不平を述べていたのであれば、その姿勢はけっしてよい結果をもたらしはしない。

キリストはその公生涯の終わり近くに、城市エルサレムについてこう慨嘆している。
『エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、雌鶏が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。』
血統上のイスラエルの大半は、その父祖アブラハムのようではなく、キリストに対する不信仰のうちにその道を逸したのであった。その結末は神殿と律法体制の悲惨な終焉を共にすることではなかったか。

では、「地の民」また道を逸した同胞を見下していたこれらの宗教家たちはアブラハムの裔として何の問題もなく含まれたのだろうか。
「放蕩息子」の例えで、父は『わたしの物はすべてお前の物だ』と語ってはいる。しかし、彼は憤って宴に加わることはしていないし、父の説得を受けて考え直したのかどうかは、この例え話ではそこまで語られていない。おそらくイエスはその結果を、そのとき聴いていた宗教家らに委ねていたのであろう。
だが、この例えを語るしばらく前に、イエスはパリサイ人を指弾して『人が上を歩いても気付かない墓』と言い、律法学者には『知識の鍵を取り去って、自分も入らず、入ろうとする者を妨げた』とも責め立てた以上は、彼らがアブラハムの裔に数えられることは絶望的であったろう。

さて、十枚のドラクマ硬貨にせよ、百匹の羊にせよ、そこには全体が揃うことの必要が示されている。それはパウロの「接ぎ木」の「数が満たされる」というところにも表れている。

それでも、ユダヤ人の不信仰のため十分な数を得なかったので、パウロが言うように、信仰ある異邦人の接ぎ木を必要としたのであり、それは「羊の囲い」の例えにもよく表されている。

キリスト・イエスが地上で開始したこの「アブラハムの裔を集める業」は、使徒らに委ねられ、およそ百年ほどで、一度終わっている。それは『聖霊の賜物』の印が地上に見られなくなったこと、また、終末には再びその賜物を持つ者らが予告されているところに深く関係しているに違いない。(マタイ10:18-)

したがって、「アブラハムの裔を集める業」は依然として終了しておらず、『王なる祭司』という人類の『初穂』となる人々に関する秘儀は今日も終わってはいない。即ち、キリスト教の本来の業とは、単に信者を集めるところには無く、しかも、現在はキリスト教の務めであるところの「アブラハムの裔を集める業」は、停止したままに1800年の時を経ているというべきであろう。


もちろん、キリスト教を布教する業が無益であるということにはならないが、しかし、信仰者を集めるだけでは事の本質には至っていない。

まず、何をおいても必要なのは人類救済のための民が集まらねば宣教の意味もない。ゆえに、『行ってあらゆる国民に証せよ』と復活後のキリストが使徒らに命じたからと言って、それ以前にキリストの宣教がパレスチナのユダヤ人に限られていた事との対比に於いて理解されねばならない。それはユダヤ教徒がメシアを退けた事をも背景としている。これは終末に於いても、聖霊を注がれて語るべきこの「裔を集める」業が終わらないうちは、本格的な『この世の裁き』には至らないのである。

その『裁き』とは、聖霊によって聖徒らに与えられる言葉を聞いて、それに信仰を表わし、聖徒らを支持するか否かという『羊とヤギ』の選り分けである以上、「アブラハムの裔」また『キリストの兄弟たち』が現れないことには終末は間違いなく来ない。(マタイ25:31-)


そして、その「アブラハムの裔」も地上で試練を受け、中には脱落する者も出ることはイエスも使徒らも再三警告していたところである。それは誘惑や試練に耐えられない者が出て、最終的に『一人は連れて行かれ、一人は捨てられる』という恐ろしい結末となるであろう。(マタイ24:40-)
そこで『招かれる者は多くも、選ばれる者は少ない』という言葉のままに、定められた数よりも多くの(おそらくは不定の)人々に聖霊が降るとしても、『証印を押される』者は限られているのであろう。(マタイ22:14/黙示録7:3)
 

だが、「アブラハムの裔」の定められ総数とは、どのくらいのものなのだろうか。
 


黙示録の異様な十二部族
 

その点で思い起こされるのが、黙示録第七章に存在している神の証印を受けるイスラエルのすべての部族からの十四万四千人である。
だが、この十二部族は実際の部族とは異なっている。

まず、かつては北のイスラエル王国の主流を成したエフライム族の名が書かれていない。これはエルサレムとユダ王国に対立した誇り高きサマリアの過去が災いしたのだろうか。
しかし、それもその父ヨセフの部族に含まれると見れば、何とか収まりそうだが、それにしてはその兄弟マナセはそのままである。

それからダンの名が見当たらない。これはまったくの欠落であって、弁護のしようもないが、敢えて言えば「裁き」(ダン)の必要は聖なる者らに無くなったということであろうか。(ローマ8:1)

ダン族の移住地はフィリスティアに近い地中海に近い『約束の地』の南西部であったので、フィリスティアを散々に打ち負かしたサムソンの出身部族であり、出エジプト後の荒野に在っては旅するイスラエルの後衛を務めるほどに勇猛な部族であった。
しかし、その後にダンの部族は北方の果てに移住をするにあたって、なぜかアロン系でないモーセ系レヴィの祭司を勝手に任命し偶像を崇めるの及び、それがアッシリアによる捕囚まで続いた過去が関係するのかも知れない。(ヨシュア記18章)

そして黙示録の十二部族の異例さの極め付けは、レヴィが含まれていることである。(民数記3:40-41)
本来なら、崇拝に専ら関わるために神に取り分けられたはずの支族がこの中に再び名を連ねているのである。これはこの異様な十二部族の全体が神に刈り取られる『初穂』であることを示す寓意なのだろうか。(ローマ8:23)
ともあれ、新約聖書を認めないユダヤ教徒なら、黙示録の十二部族なぞとても容認し難いものであろう。

そして十四万四千という数の少なさ。
これらが「アブラハムの裔」の全容なのだろうか。

ユダヤ教徒は新約聖書を受け入れておらず、ましてこの黙示録など論外だろう。最近はメシアニック・ジュウと呼ばれるところの、イエスをメシアとして認めるユダヤ人も現れたが、やはりこの黙示録の十二部族を受け入れることはとても難しいことであろう。

今日のユダヤ人では自らの部族を特定できることはまずないにしても、黙示録の十二部族の有様には相当に非現実性や空想のような違和感も覚えることであろう。
実際のユダヤ人のうちの僅か十四万四千人だけが神のイスラエルであるとすると、現在の1400万とも言われるユダヤ人、またこれまで生きた無数のイスラエル人はどうなるのだろうか。

これを解くに当たり、まず、「アブラハムの裔」が何を意味するかを考えてみよう。
神はアブラハムに現れ、『あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる。』と約束していた。(創世記22:18)

その『子孫』というのが、その血統に与るすべての者ではないことを預言者たちは語っており、『イスラエルが海辺の砂粒のようであっても救われるのは残りのもの』とも語られていたのである。(イザヤ10:22)

そして、メシアたるイエスが来てから、その裔が集められ始めたのであれば、その数は数千万や億のように大きな数字は考えにくい。また、その後の二千年に亘ってイエスが天から聖霊を送り続けこの業を行い続けたとも言い難いものがある。即ち、今日までのキリスト教は初期のように聖霊を受けてきたとは言えないからである。

前に述べた通り、イエス後、おそらく百年から百五十年程度の期間をもって聖霊を受けた「聖なる者」の存在は見られなくなっている。その間に、その数は減少を続けて次第に消えていったのであれば、「アブラハムの裔」に選ばれた人々の数は、そう大きな数にはならなかったことだろう。

真に聖霊を受けた聖なる者である彼ら「アブラハムの裔」は、メシアと共になって人類を贖罪し、あらゆる人に祝福の機会を開くというこれ以上ない程に高められた立場に就くという。(黙示録20:5)
その点、聖なる者らは、その父祖アブラハムに相応しい強固な信仰という特質によって選び出されたのであり、誰でも彼でもというものではないだろう。


国民としての十四万四千という小さめの数字が実数としても、これが都市国家であるなら不適当なものとは言えない。実際、キリストに選ばれた「聖徒」たちは「新しいエルサレム」という都市を構成するとされているし、それこそがメソポタミアのウルを後にしたアブラハムが、遠い将来に目を凝らし、信仰の内に遥かに眺めた城市であるとパウロは言っている。即ち、全人類を祝福する彼の「子孫」の事である。(ヘブル11:10)
但し、この十二部族が現実の血統でないことを考慮すると、この十四万四千という数字が実数である蓋然性は低くはないと考えられるが、これは天界の事象であり人間の探求では断言できるに至らず、なお予断を許さないもののように思える。

この黙示録の十二部族にレヴィが含まれることは、本来のレヴィ族が神の崇拝に関わる役職であったことからの解任を意味するのであろうか。(民数3:12)
もしそうなら、聖徒についてペテロが『あなたがたは聖なる国民、王なる祭司』とは言わなかったろう。(ペテロ第一2:9)
それを考えると、やはり、この十二部族全体が祭司職を受けるということが、この十二部族にレヴィが含まれている理由とみることができる。


さて、主の来られる時に、メシアは『レヴィの子らを精錬して浄める』のであり、聖徒たちは迫害という精錬の過程を覚悟すべきことはイエス自身も再三語るところであった。(マラキ3:3)
彼らはイエスの名の故に迫害され、人々からの憎しみを受け、ある者らは死も甘受しなければならず、家族によってさえ告発を受けるというのである。(マタイ10:16-23)

こうした試練の中から相応しくない者は一掃され、かつて荒野を彷徨して邪悪な世代が過ぎ去ったように、神は約束に入れる者を吟味されるとも言っている。(エゼキエル20:36)

終末の裁きまで残る「生ける聖徒」の場合に、この精錬の結果が連れ去られる者と残される者の対比として起こる。
これはつまり、キリストの語った終末預言のうちの『ふたりのうちの片方は連れてゆかれ、片方は捨てられる』という最終的な選びであり、彼らは主と共になるために天に取り去られるが、これが教会一般に言われる「携挙」と混同されている。

それは、確かにパウロの言うように、天空で彼らが主と会うにしても、聖なる者としての地上での苛烈ともなり得る試練と選びの結果によるのであって、「祝福の内にクリスチャンが皆天に召される」などという御目出度いものではまったくない。(テサロニケ第一4:17)

ゆえに、これら試された者、聖なる者の数が然程に多くないとしても当然というべきだろう。しかも、その数を当時のユダヤ人で満たせなかったというのは相当に吟味されるということであろう。だが、聖霊を受ける人々の総数は144000を大幅に上回るに違いない。『狭い門を通って入るよう努める』べきなのは『入れない者は多い』からである。(ルカ13:24)

そして黙示録第七章の十二部族名が実際とそぐわないことは、血統上のイスラエルの余地がそこにまるで無いことを物語っているのであろう。

そのようにして、神はハガルの裔(肉由来のイスラエル)の混入を幾らも許さないのである。これはガラティア書中のサラとハガルの対比によってもパウロの論理に不明瞭なところが無いだけでなく、マタイ福音書などが、ユダヤ体制がキリスト拒絶によって退けられたことをイエス自身の言葉として語っている通りである。(ガラテア4:24-25/マタイ23:35/ルカ20:8-18)


即ち、この黙示録第七章の部族一覧は、血統上のイスラエルへの拒絶を示しているであろう。
それが、「アブラハムの裔」を集めることを望ます、メシアを除き去り、その弟子らをも迫害して死へと駆り立てた肉のイスラエルへの回答というべきだろうか。

アベル以来、それまでに流されたあらゆる義の血の清算を招いた西暦七十年に、神殿を廃棄された神のご意志に鑑みれば、将来、再び聖なる者が集められるとき、それはもはや血統上のユダヤ人ゆえの格別な恩寵は過ぎ去っているに違いない。律法契約から新しい契約へと移って行くユダヤ人はそれ以降なく、すべての人が、例えその人がユダヤ人であっても、以後は律法契約を経ずに新しい契約へと与ることになったのであろう。

以上が、十二部族に関わるアブラハムの裔としての事柄である。
だが、聖なる国民には「王」という権力も付されるが、では、聖なる者が受ける王としての立場、つまりユダ族への関わりはどのようにして得られるのだろうか。



◆ユダの王家の鍵
 

さて、これらの聖なる者ら「アブラハムの裔」の数はパウロが接ぎ木の例えを述べた時点で、既に満たされたのだろうか。
もし、そうなら以降に聖なる者の現れる余地は無い。
しかし、聖霊を受ける者らが『王や高官の前に引き出される』という場面が、過去に際立った仕方で見当たらない以上、それはなお将来の出来事であって、終末に聖なる者を登場させねばならない理由がある。

そして、黙示録自身も、これらのイスラエル十四万四千人が神の証印を受けるのは世の滅びの直前であることを示唆しているのであるから、メシアによる「アブラハムの裔」を集める業は未だ終了していないと見るべきであろう。

この点で、キリスト・イエスに与えられた権限は、聖なる者らで構成される都市国家『神の王国』エルサレムを形作るものであると言える。

ゼカリヤはその預言の中で、『その日、YHWHは、エルサレムの住民を匿われる。その日、彼らの中でよろめき倒れた者もダヴィデのようになり、ダヴィデの家は神のようになり、彼らの先頭に立つYHWHの使いのようになる。』と書いた。(ゼカリヤ12:8)
『エルサレムの住民』とは終末の聖徒の聖霊の言葉に信仰を持った者らを表しているが、他方、聖なる者らは「神の使い」のようになるとされている。そして彼らはダヴィデの家の者と描かれているのである。
聖なる者たちが天使化することは、やはりパウロも使徒ペテロもヨハネも繰り返し述べることであり、彼らが主と共なる者、天界で神殿を構成する一員となることを表していよう。(ローマ8:29/ヨハネ第一3:2)


さらに『ダヴィデの家』とは、聖なる者らの支配権、つまり王家の一員としての側面を強調した預言であり、彼らはエルサレムを攻撃するであろう諸国連合にメシアと共に立ち向かうであろう。(ゼカリヤ12:6)
そこで彼らは十二部族に属するだけでなく、ユダ王統にも関与せねばならない。だが、その王家に何を以って属すと言えるのだろうか。


実にイエスは自らを指して『ダヴィデの家の鍵を持つ』と言われる。彼が開ければ閉じる者なく、彼が閉じれば開ける者なしという確固たる権威である。(黙示録3:7)
黙示録では、忍耐を保ったフィラデルフィアの聖徒たちの前に『開かれた扉』が置かれる、まだ彼らはその扉を通ってはいないが、ダヴィデの王家への冠に彼らが近づいたことを示しているのであろう。


同様に、イザヤ書22章には王家の家令エリヤキムに『ダヴィデの家の鍵』が委ねられている。
だが、これは模式的にメシアの持つ『鍵』の権威を表すに過ぎない。そのために、ゼデキヤの王座の終りまでにはエリヤキムの権威も地に落ちていたであろう。(イザヤ22:25)

エリヤキムの持つ『ダヴィデの家の鍵』について注目すべきは、彼の時代背景にあるようだ。エルサレムはセナケリブの前に危機に瀕しており、ダヴィデの王家もまたそのようであった。

しかし、それまで王家の家令はシェブナであり、この人物は利己的で相応しくもなかったのであった。
彼に替わってエリヤキムが立てられることによって王家は相応しく管理され、来るべき敵の攻撃に対処することができる備えとなった。

エリヤキムが家令に任命されると、彼は自らの親族を王家の役職に招じ入れ、彼ら一党はダヴィデの家の器となってそれを満たしたであろうことはイザヤも述べる通りである。

この将来的意味を探ると、聖なる者らはセナケリブで表される世からの第一撃で倒される者も出るだろうが、それは王家の危機にも見えるかも知れない。しかし、この危難に面して天使長ミカエルが『立ち上がり』エルサレムを救うが、更に『ダヴィデの家の鍵』を持つキリストは聖なる者らをダヴィデの家に招じ入れ、彼らを共同、また従属の王とする。彼らはゼデキア王と共に過ぎ去ったエリヤキムの家令職とは異なり、真の『永続する場所に打ち込まれたかけ釘』としてのメシアに掛けられるであろう。(イザヤ22:23)

そしてメシアと共に王権を拝受する聖なる者たちは、いよいよ「この世」のすべてとの会戦に臨むことになる。それは「世」に対する神の『応報の日』となるであろう。

彼らは『諸刃の脱穀機』と変じ『山々を打ち砕き、岡を籾殻のようにする』。
世の権力を表す山も岡もユダ王家の前には何の力もなく、聖なる者の強靭な脱穀刃に砕かれ微塵に過ぎ去ることになろう。(イザヤ41:14-16)

それは「アブラハムの裔」が『強大な国民となり』『敵の門を手に入れる』という神の約束の言葉に表されているところである。(創世記18:18/22:17/ダニエル2:44)

さてさて、こうしてキリストの業を顧みると、「アブラハムの裔」の持つことになる威光、その権勢の偉大さと、対照的にザアカイをはじめとしてそれに選ばれる者らの廉潔さとを印象付けられる。
それは『堂々たる姿を持たなかった』メシアと共に、卑しめられ、虐げられてさえいた『羊』こそが神の是認の下に集められるというところに、「この世」への断罪を下す神の復讐を見るかのようである。(ヨハネ16:8)

神に逆らって立てられた一切の高大なもの、その傲慢を覆すのは、この世では弱者で手厚く集められるべき羊たちであり、しばしばこの世にあって強き者からの迫害を受け、殉教をさえ遂げた弱き者らこそが『サタンの頭を砕く』「アブラハムの裔」であったということ。

それをマニュフィカートの中でマリアはこう預言する。
神は御腕にて力をあらわし 心のおもいのおごれる者をちらし

勢いある者を位よりおろし 卑しき者を高うし 飢えたる者をよき物に飽かせ 富める者をむなしく去らせたもう

また我らの先祖に告げたまいしごとく、アブラハムとそのすえとに対するあわれみを とこしえに忘れじと、しもべイスラエルを助けたまえり』(ルカ1:50-55)


これが聖なる書にあって「エデン」から「終末」へと向かうひとつの結論となっているのであり、真にキリストの業の意義を知るためには、この観点を要するのである。





       新十四日派  © 林 義平

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安息日の意味するところ




聖書の神は、モーセの律法に中に「安息日」(シャバット[שבת])の規定を設けた。
それは、イスラエルは七日に一度、その最後の七日目には「労働」してはならない。その日を神聖なものとして取り分けよというものである。

その直接の理由は、神が創造を六日間で行い、最後の一日を休んだことにちなむという。
だが、そこには以下に見るように、単なる「ちなみ」を超える事柄が込められている。

さて、律法での「労働」とは、生計の糧を得るための、また日々の営みのための働きである。
この規定が公布されてすぐに、ある者は安息日に薪を集めていたところを見つけられ、捕らえられた。
聖なる日には生きるための活動は相応しからざるものと見なされる。つまり聖なる日には生計のための働きは俗なものとされ、それには生臭さのようなニュアンスがあるのだろう。「十戒」は『安息日を神聖なものとせよ』と命じている。

この掟が発布されて直後に、その薪を集めていた者は裁かれ、死刑に処されている。
この見せしめもあってか、とにかく律法を守って自分を神に受け入れられる者になろうとする後代のパリサイ派に属する敬虔主義者は、この「安息日」の条項を守って犯さぬようにと多くの付則を付け加えていった。
これは敬虔主義のパリサイ派らしく、更に厳格に強調された規則を守らせることで、律法そのものの逸脱は避けられるとの意図である。そこで強調されるのは教条墨守の「従順」という縛りの精神である。だが縛られることが「安息」と言えるのだろうか。

外面的条項墨守には律法そのものが本来示している精神を覆い隠してゆくという危険が潜んでいたが、彼らはそれが良いつもりで、より厳しい道をあらぬ極端に向かって邁進してゆくのであった。
その中には、怪我をしたところに包帯を巻くことも労働であると見なして禁止もしている。当然イエスの安息日の癒しは言語道断である。

一方でイエスは、安息日に多くの癒しの奇蹟を行ったが、それは敢えて行っているようにも見える。もちろんパリサイ派は、癒しも労働であるから、安息日以外の日にそれを行うべきだと主張する。そこには、イエスが安息日の論争を惹き起こしておいて、何かを伝えようとしてるようにさえ見えるのである。

パリサイらは、眼前のイエスの奇蹟の業に「神の力」を見出して怖れ畏こむことはなかったようだ。むしろ、イエスについては『安息日を守らないから、彼は神からの人ではない』と結論し、やがてメシアを退け刑死に追い込む理由のひとつとしてゆく。そこに価値観の倒錯が見えなかったのだろうか?

自分たちが神から「義」と見なされるためにはどんなことでもする覚悟であるパリサイらは、安息日を守るという名目で多くの規則で人を縛り厳格な履行を要求することが、人にとって労働そのもののようになっていたことには気付かなかったのだろうか?

そこには「~ではないから」という、独り善がりのつまらぬ基準で、他を短絡的に裁いてしまう宗教一般の怖ろしさが口を空けている。

イエスは『安息日は人のために設けられたのであり、人が安息日のためにあるのではない』という。これはパリサイらに向けた鋭い指摘の言葉でなないか。
律法条項ではあるが、そこにあるのは神の人に対する憐れみと恵みの精紳を宿した「制度」というべきものであり、「契約条項の履行」の方向からばかり見れば、神の意志を知ることにはならない。いや、無視することになる。

そこで七日に一日の安息は、人々がアダム以来の生業のために、単に「顔に汗して終に地面に帰る」という虚しい現実とは異なる真の安息を人に覚えさせ、それを希求させる働きがあったことであろう。

神は創造を悠久の六日で成し遂げ、次いで七日目は創造の業を満足して眺め、休まれたと創世記は述べるが、アダム以来の人間の歴史といえば、パウロの言うように、現在まで依然続いているこの「神の第七日」の中に於ける、「神の安息」に相応しくもない苦役の連続であった。

つまり、神の安息の中に人類史はすっぽりと収まっていながら、まるで安息とは関わりのない労苦と悲哀がつきものの、生きるに辛い使役の日常が続いてきたのである。

さて、安息日というものが、将来キリストが人類を治めるという「千年王国」の予型なら、パリサイ人のそれは規則尽くめの従順の強要が続くという、「長い」千年にならないものだろうか?
この点、イエスの示す安息日がそのようではなく、癒しと解放の伴うものであることを喜ぶことができよう。
幸いにも「千年王国」を治めるのはパリサイ派などではなく、『安息日の主』イエスである。そこには縛りではなく解放があるという。

安息日を巡りパリサイ派とイエス・キリストとの間に激しい議論がなされたのだが、イエスの言動は、パリサイ派の詳細な規則による不労働の徹底ということが神意ではなかったことを知らせるものとなっていた。イエスは安息日に重い病人を癒すという『罪を赦す』仕事を行いつつ、同じように祭司らは、安息日こそ犠牲を捧げて忙しく働くよう規定されてもいたことを指摘している。

一方、パリサイ派を継承する今日のユダヤ教イスラエルも旧態依然として規則重視であるから、安息日に公共交通は止まり、新たに火を起こすことも禁じられるので、主婦らは前の日から火を絶やさぬよう細心の注意を払い、電気製品等のスイッチも押さぬようにようにと自動化しているなどは旅行者の驚嘆を誘う。

まったく大した努力というほかない。つまり、「不労働の徹底」という「労働」のようである。まさしく今日のユダヤ教はヒレル・パリサイ派であり、あのキリストと論争した頑固さを受け継ぐ末裔であることは、この安息日を以って議論の余地なく示されている。


しかし、イエスの示したように安息日に人が支配されるところに意義がなく、不労働が徹底されるところに神の本意も無かったのなら、果たしてどのような意義が安息日に在ったのだろうか?

今日のキリスト教の宗派の中にも、モーセの律法のままに土曜安息を敢えて守り続けようとしては、そのための必要に迫られて自分たちの信徒のために会社や学校を設立するところまである。これもまた不労働の徹底である。

コンスタンティヌスのニケアー会議によって、ローマ帝国は「ユダヤ人と安息日を同じくせず」という嫌ユダヤの理念から、ローマ暦での「太陽の日」(ディエス・ソリス)をキリストの「復活」の日として安息すべき事を帝国の法を以って定め、その影響は「日曜を休む」習慣となって今日の世界に及んでいる次第である。

ユダヤ教徒なら、安息日にトーラーの朗読を聴く習慣があり、イエスもこれに参加していたので、これは神の嘉するところであったに違いない。後には、一部がユダヤ人であった初期キリスト教徒らが集まって聖霊の賜物を見聞きするのにも、安息日は都合が良かったであろう。

しかし、「聖霊の賜物」が除かれる時代に入ると、安息日に集まって行うプログラムを作り出す必要が生じ、西欧で日曜礼拝の儀式を編み出したひとりに教父アンブロジウスが挙げられる。
彼は、「主の晩餐」のパンに着目し、日曜に行うべき典礼に仕上げた。所謂「聖体拝領」を中心に据えたミサである。そのために、毎日曜に聖餐*の「パン裂き」(クラスマ)が行われたとのこじ付けの儀式が、以後わざわざ施されもしたのだが、そのような儀礼を履行すべき安息日などはもちろん使徒らも命じてはいない。*(ディダーケーの描く主の晩餐)
むしろ、パウロは律法が廃棄されたと述べつつこうも言うのである。
『あなたがたは食物や飲物のこと、また、祭りや新月や安息日のことで誰からも裁かれてはならない。』(コロサイ2:16)

日曜の教会の集まりを「主日礼拝」という背景には、『信仰は聴くことから生じる』と書かれたように、聴いて学ぶ元来のキリスト教徒の素朴な集会も、ローマ国教化後にはユダヤ教の神殿崇拝に戻ったような厳かな秘儀となり、集会所は天を思わせるかのように天井高く、規模の大きいバシリカとなっていったことがある。これは、キリスト教を権威付けるために、ユダヤの祭司制の儀式崇拝に向かわせる求めに答えたものでもあったろう。

教訓は内面的であるが儀式はそうではない。そこでは、原始キリスト教に在った内面性が儀式に置き換えられた。つまり、内実を去って外見に向かったのである。やがて、ローマ帝国が規定した「キリスト教」では、週に一日を休んで儀式に参列することを定めるに至り、そこでは安息日も、意義よりは不労働という外面を整えるユダヤ的性格が求められてゆく。

今日、小さな教会でさえ集まりをわざわざ「礼拝」と呼ぶところにその「祭儀の宗教への回帰」の影響が残っていないとは言えまい。

従って「主日礼拝」や東方の「聖日奉献礼」などという儀礼を含む言葉は、原始キリスト教を離れ、帝国の主導したグレコ=ローマン型キリスト教をよくよく感じさせるものであると同時に、それはローマの法で定められた崇拝規定の名残であり、西暦第二世紀にはキリスト教という専ら「聴いて学ぶ宗教」であったものが、第四世紀の終わりころにはすっかり神殿崇拝的な「祭儀の宗教」という見る宗教へと退行した痕跡がそこに残されている。


さて、日本のような非キリスト教国では、日曜日は定休日以上のものではなく、休日は家族サーヴィスや週日での仕事の効率を上げるための休暇、という程度にしか捉えられないが、宗教的に保守的な米国の中西部では日曜日を「律法」的に見なして「安息日であるから」仕事することは不敬虔ともされる風潮があるという。

確かに、モーセの律法は第七日の安息を取り決めていたのだが、では今日のキリスト教における安息日の神意はただ「不労働」を守り教会に行って少しは宗教を実践しろ、ということなのだろうか。

使徒パウロが『キリストは律法の終わり』と宣告した以上、今日求められるのは教条表面を守るための不労働ではなく、安息日の意義の方であるに違いない。もし、誰かが律法の一部でも守るというなら、ヤコブやパウロの言うように『律法のすべてを守る義務が生じる』し、割礼も必要になるだろう。(ヤコブ2:10/ガラテア5:3)

しかし、キリスト教徒が盗まず、殺さず、親を敬うのも、十戒をはじめとする律法への従順の求めによるのではなく、つまり自由から出る「愛の掟」によるのでなければ意味が無い。(ローマ13:8-10)⇒ キリスト教の真髄 「愛の掟」 

そして、まさにヘブル人の手紙が安息日の意味するところを示唆しているのである。
では、当時には依然として律法を守ろうとしていたユダヤ人キリスト教徒に送られたこの手紙の内容から、安息日に関わる神の真意を以下に探ってみよう。



-◆神の安息---- 
 
ヘブル書第三章では、荒野のイスラエルの故事が回想される。
それは、セイルの山地を巡り巡って、エジプトを出て以来四十年もの長きに亘って不信仰を顕わにし、約束の地に入植することは不可能であると断じて、不信仰を表したイスラエルのひと世代が過ぎ去るのを待った四十年のことである。

紅海の奇蹟を見ては神を賛美した彼らであったにも関わらず、遂に信仰を抱けず、約束の地に入らなかったことで、「神の休み」には入らなかったとパウロはいう。
エジプトの奴隷状態からは脱することができたにも関わらず、彼らは荒野で放浪を続け、遂に寿命が尽きたが、その生涯は「安息」に入らないことにおいて奴隷状態が継続しているかのようであったろう。

ヘブル書の筆者パウロ*の文章の画期的なところのひとつは、この故事が安息日にも、神の創造の第七日にも関係していることを指し示していることである。
荒野を彷徨したイスラエルについて、ずっと後代のダヴィデ王が霊感の下に歌を詠み、その詩篇第95編で荒野の故事の摘要をしていると述べるのである。(ヘブル4:7/詩篇95)

また、『もし、この話が古代に終わったのなら、この詩篇を詠んだダヴィデが改めて「今日」と述べる必要はなく、それは後の日の者ら、つまり我々がこの教訓の益に与るためであったに違いない』とパウロ以降の世代に注意を喚起する。

ではパウロの時代にあって神の休みを得損なうとは、何を指していたのだろうか。
それは『この方の声を聞いたなら、心を頑なにしてはならない』との重要な教訓に関わることであり、古代はシナイ山で恐るべき神の声を直に聞いていながら、遂に約束の地に入らなかったその不信仰の歩みを指している。

またパウロの世代にはユダヤ人はメシア・イエスの声を聞いていながら拒絶し、そうして二度目にイスラエルに備えられた「約束の地」である「神の王国」にも入ることなく、ユダヤ体制派は聖霊も下賜されず、やはり休みには到達しなかったのである。

彼ら、キリストを拒絶した『世代』のユダヤ人には、却って『聖霊』ならぬローマ軍による『火のバプテスマ』が待ち構えており、亡国が到来し、流浪の民となったのではなかったか。 そして、将来のキリストの再臨に於いて人類は三度目の「声」を聞くだろう。

安息日の不労働を守っていながらもネゲヴの荒野を彷徨した世代として倒れた人々が『神の休み』に入らなかったように、イエスを信仰せず、却って拒絶したその『世代』のユダヤ人も、律法の墨守の封印から解かれず、自らの行動によって自分の義を獲得しようとする道から遂に解放されなかったという結末は、現在のユダヤ人にもそのままにはっきりと受け継がれている様が21世紀の我々も目の当たりにするところである。二千年を経ても、ユダヤ教徒には依然として彼らの納得できるようなメシアは現れない。

古代も現代も、ユダヤ教徒が如何に安息日の条文を守ることで「従順なつもり」でどれほど腐心しようとも、イエスの教えたような、本来の目的とする「神の安息」には一向入っていないのである。

しかし、ヘブル書の書かれた当時でも『神の休み』は依然、『残されており』、それに入ることは可能であるという。
ここでパウロは、それまで誰も指摘しなかったことを大胆に取り上げる。
神が誓って荒野の世代を休みに入らせないという一方で『神の(創造の)御業は、世の基が置かれて以来、終わっていたのである』。というのである。

つまり、神の創造の第七日は依然続いており、ずっと神の休んでいる第七日の中に人類は常に居たということである。
『もし、ヨシュアが彼らを安息の地に導き入れたのであったなら、神は後の日について(詩篇で安息を)言及しなかったはずである。したがって、神の民のための安息がまだ残されている。神の安息に入った人は、神が休んだように、自分の業を休むのである』。(ヘブル4:8-10)

では、神の第七日という悠久の一日の安息に入るとは何を意味するのだろうか?



-◆アダムの業------

まず、その「安息」というのは、イスラエルが信仰を抱いて約束の地を踏んだように、また、イエスをメシアと認め律法の業の義から解かれたように休むことを指すのであろう。
そこに、律法の条項が示唆していた「不労働の教訓」をも加えることができる。
つまり、「アダムの業」*からの解放であろう。

『汝は、顔に汗してパンを食し、遂に地面に帰る』という、エデンで宣告を受け、以後人類の負うところとなった隷属の業は、もちろん神の第七日にあって相応しくない。

人々は食べてゆくために職を必要とし、生きるために、また幸福を得ようと働く。
そこでは利己心が蔓延し、自分たちがより良い生活をすることを望むので、奪い合いがどうしても起こる。そこに生活物資が充分に在ってさえ、貪欲に起因する不公正さが人々にそれを行き渡らせない。

『あなたがたは欲するが、それでも持てない。殺人と貪りを続けるが、それでも得ることができない。あなたらは戦い続け、争い続ける。あなたがたが持てないのは求めないからである。確かに求めはする。それでも受けない。それは肉欲の快楽に対する欲望のためにしようとして、正しくない目的のために求めているからである。 』と、義人ヤコヴは、人類の貪欲が、アダムの業をより困難にしていることを驚くほど端的な言葉を以って明かしている。(ヤコブ4:2-3)

金銭とは、我々人間相互の欲望の調整を行うものではあるが、これを巡った駆け引きは奪い合いであり、勝ち負けを伴うギャンブル性も拭えない。それは買い物という日常に於いてすら価格の攻防において起こっている。
しかも、そのように競わなければ、「適性価格」は付かず、受給のバランスが崩れるだけでなく、誰かの貪欲が一人勝ちしてしまうので我々は常に価格交渉によって互いの貪欲を牽制しつつ生きなければならないのである。何と鬱陶しい「労役」であろうか!

さて、社会一般では、仕事がうまくゆくことを何よりとする風潮がある。
自分が明日の糧に困らないのも自分の働きが良いからであり、仕事で忙しいのは良いことであるとも思われることが多いのではないか。
だが、聖書には『人はパンだけによって生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる』とあり、イエスは激しい空腹であってもパンを避けたことがあった。(マタイ4:4)

また、荒野のイスラエルの民を養うために、神は毎朝マナを降らせていだのだが、七日に一度はそうしない日があった。即ち「安息日」である。
それでもマナの降らない一日分は、必ずその前の日に倍の分量のマナが降ることによって補われたのであった。
マナの奇跡は、安息日の一日の間、生業の手を止めるようにと神が命じるだけでなく、食物を得て生計を支えることが人間の業からではなく、神から来るものであったことを証拠立てるものともなったに違いない。

即ち、あくせくと生業に携わり、一日も休むことなく利益や財を追求し続けると人はどうなるだろうか?
実に虚しい、利益や財の奴隷と化して行くのではないか?
まさしく、『この世』は生計を立てる必要を通して、搾り取れるところから搾り取り、人々を何とか奴隷化しようと躍起になっているといってよいほどである。

そこでイエスは『満ち溢れるほどに豊かであっても、人の命はそこからは生じない』それゆえ『あらゆる貪欲に警戒しているように』と語る。(ルカ12:13-)
パウロは金銭について警告を発する。『金銭に対する愛は、あらゆる害を為す根源である。』(テモテ第一)確かに、人は金銭を前にして、その「内奥の人」を顕わにし、そこでは不正、不義理、偽り、欺きを敢えて働こうとする。

我々は金銭が生活を支えるものであるにしても、ときに「生臭さ」などの引け目を感じるのは、金銭に我々の貪欲という「罪」が刻印されているからであろう。
この世の掟は「他人のためには働かず」であり、世界を支配するのは貪欲であり、天災以外の苦しみの淵源はまずそこにある。(いや、最近の異常気象の原因までが人にあるのかも知れない)

苦しい生計の業、エデンから放逐された後のアダムの業とは、神の目に適ったものではないし、まさしく「この世の相貌」であり、利己心に発する『俗なるもの』である。
対して、キリストが主となる安息は「千年王国」であり、そこは「敵を愛し、友のために死ぬ」ほどの愛の支配する世界であり、そこには神の創造のままの人のあり方、『聖なるもの』が見える。

キリストが何度もユダヤ教指導者らと安息日について衝突したのは、安息日の捉え方がまるで異なっていたからである。
彼らにとっては、律法を守るという観点から、不労働の徹底を行うことが「安息日」の意義であった。神の言われた通りに言葉の表面を行う従順が、彼らに義をもたらすと信じ込んだのだ。

だが、モーセは『あなたはかつてエジプトの地で奴隷であったが、あなたの神、主が強い手と、伸ばした腕とをもって、そこからあなたを導き出されたことを覚えなければならない。それゆえ、あなたの神、YHWHは安息日を守ることを命じられるのである。』と書いている。(申命5:15)
即ち、安息日の意義は隷属からの「解放」にあり、元来は義務として縛り付けることではなかったのである。

そしてイエスは『安息日は人のためにあるのであって、人が安息日のためにあるのではない』と言われる。(マルコ2:27)
イエスが様々な奇跡の癒しを安息日に行うことは、病いという民の労役からの解放であった。(ルカ14:5)

七日に一度、「アダムの業」を離れて人が創造された本来の姿に思いを馳せ、様々な隷属から解かれて神の事柄に注意を集中することは、実に人間らしさを回復させ、神からの解放を比喩的に味わうための良い機会であったことであろう。これこそが『安息日を聖なるものとする』ことであり、人は俗に埋没せずにエデンでの神の創造物としての栄光を忘れるべきではなく、七日に一日を取り分けることを通し、この世の隷属からの解放をもたらす「千年王国」の象徴の「第七日」に入ることを覚えるべきなのである。

こうした神の安息に入ることもなく、日々をただあくせくと生業に没頭し、利潤を追い求めるだけなら、その人はアダムの業の外、隷属から解かれた本来の人間の栄光を知らずに、また求めずに居ることになろう。それは、欲からの争いと不正への誘惑の蔓延る世界で奴隷となることに他ならない。即ち「この世の奴隷」なのであり、古代エジプトと同じ境遇に居るのである。

そこで『あなたがたは、この世に形作られてはならない。』との訓戒に従うために、律法の中で安息日はエデンにあった人間の尊厳を回復する具体的な手立てであったろう。(ローマ12:2)
これを証しするのは、十戒の中で早くも第四の戒めとして安息日が定められ、しかもそれが『神聖なものとされなければならない』のである。即ち、安息日が俗なものに堕してはならず、人を奴隷のようにする「この世の生き様」から離れるよう求められていたことが挙げられる。イスラエルの名が示すように『エサウのようであってはならない』のであり、霊的な事柄を高く評価し、それを追い求めることが安息日を聖なるものとするに違いない。

これは更に、律法不順守により流刑となった民に対して『安息日を汚した』と糾弾するエゼキエルの預言にも含まれており、『わたしの安息日を神聖なものとせよ。それはわたしとあなたがたとの間の印としなくてはならない』と告げられている。(エゼキエル20:20)
即ち、何にせよ律法を守らなかった民らの問題が安息日に集約され、神聖さを汚したことにあったことが示されているのである。『聖なるもの』を汚したという一事に、イスラエル全体の罪、律法不履行が集約されたということになろう。『神の民』でありながら律法の表層を守らないばかりか、彼らの生き様に聖性が欠けていたのである。

しかし、安息の定めが十戒に含まれたとはいえ、やはり『キリストは律法の終り』に違いなく、安息日を、単に七日に一度の不労働日としてキリスト教に継承されていると見做すなら、そこに律法を超え、それが示していた意義を悟るに至るものだろうか。



-◆信仰により神の安息に入る------

では、律法の下に無い今日の我々が、週に一度の不労働を従順に守るなら「神の安息」に入るのだろうか?
もし、そうなら、先のヘブル書でパウロは安息日を守れと勧めたであろう。

しかし、ローマ人への手紙では『ある人は、その日が他の日よりも大切であると考えるが、別の人はどの日も同じであると考える。それぞれ各自が自分の内で得心していれば宜しい』という。(ローマ14:5)
これは、ユダヤ人がキリスト教徒になっても律法の習慣が残っている場合、安息日をより重視するという宗教的良心の働きを強制して止めさせることはしなかったということであろう。(ローマのエクレシアにはユダヤ人が多かったようにローマ書から窺える)

それで、パウロはキリスト教徒に安息日の順守も不順守も求めてはいないことが分かる。
むしろ、ヘブル書にあったように、キリスト教徒には律法の安息日条項が求めた目的であるところの、より重要な意義の方に注意を向け、世の初めから続く「神の休み」に入ることを願うべきであることを指摘する。

それは、「アダムの業」から距離を置き、節度をもって歩むことであろうが、これについては更にひとつのことが関係している。

それを端的に示したのが律法中の「安息年」(ハ シュミタ)*の取り決めであった。
それは週毎の安息日を守るより遥かに難しかったので、イスラエルでもすぐに行われなくなってしまい、やがて語られることも無くなっていった制度であった。(出埃23:11/レヴィ25)

イスラエルは六年の間、農地を耕作するが、七年目は種を撒かず、収穫もしてはならないというのである。その代わりに神は六年目には必ず二倍の収穫をもたらすという。それは荒野のマナが安息日前に二倍降ったことを思い起こさせたであろう。

しかし、たとえ人は一日の食事を我慢することを求められてもそれはできるが、万一、六年目の豊作がない場合に一年絶食はもちろん不可能である。
従って、安息年の取決めは真に信仰が求められたと言える。それは生死に関わるのである。

それに加えて、「小人閑居して不善を為す」と云うが、「一年間仕事をしない」ということが何を意味するだろうか?
それは、人が一切農地の手入れもしないのであるから、農地の順の休耕という問題でもない。
その一年間は、前年の神の祝福に頼って生きるのであり、しかも翌年になるまで種も撒けないのであるから、自生植物やこぼれ種からの手に持てる僅かな分量を除いて、次の主食の収穫を得るまでの期間は一年では済まないのである。
これにヨベルが連なり「大安息年」ともなると、三年越しに本格的な収穫が無い。この期間を有為に過ごすとすれば、相当に宗教的内容が人に求められたであろう。

これはイスラエルの信仰を大いに試すことになったし、まして、他の律法条項で神に従順ともいえない行動をとっていたのなら、六年目の豊作を期待することはまず無理である。 それで、イスラエルの信仰の不足から、この取り決めは風化したのであった。

そのため、この「安息年」が教えるものは、神の安息に入るには強い信仰が求められるということに他ならない。それは神が安息を支えてくれるという確信を伴い、すべてのものの供給者が金銭や物品の蓄えや収入ではなく、生けるものを支える方、全能者であることを認めて頼る覚悟が要るのである。それだけの信仰の持ち主がどれほど居るだろうか。

イエスは『渡りカラスは種撒きも刈り取りもしないし、蔵も持たないが、神はこれを養う』と言い。
また「労しも紡ぎもしない野のゆりは、栄華をきわめたソロモンもこれほどまでに装わなかった」とも言う。
それゆえ、『自分は何を食し、何を飲むのか、と気をもむのはやめよ、それは(神を信じない)諸国民がしきりに追求するものだが、あなたがたの父はあなたがたの必要を知っておられる』と言ってまで、「業」ではなく「信仰」の重要さを教えたのである。

ここに、創造の神を信仰する者の証しがある。
『山々の金も銀もわたしのもの』と言われる神を崇拝するとは、ご利益を餌にする崇拝とは百八十度異なり、そうした利益や生計の糧への固執から解かれて、荒野で『マナ』を供給し続けた神に対し、疑いに負けぬほどの信仰が要求されるのだが、そのような信仰によって、「神の安息」に加わることはイスラエルに限らず、誰にでも開かれているのである。

それがもたらすものは、欲得を「神」としない清さであり、財に隷従しない潔さであり、他者を思いやる心のゆとりであろう。その余裕は蓄えや見込みからのものではなく、今日たとえ困窮するとも明日を煩わぬ創造の神への信頼からくるものである。

こうして、イエスが敢えて安息日に癒しを行った今日的意味が見えてくる。
やはり、イエスは安息日に込められた「世の苦役からの解放」を教えていたのであり、アダムをエデンに置いた創造の神は人間を奴隷には創っていないのであり、人の必要を配慮なさる神なのである。

それであるから、不労働を徹底して表面的にモーセの履行を第一にし、そこから何も学ぼうとしないパリサイ派とイエスとは、根底の価値観が異なっており、そこで衝突が起こっていたということである。そして今日までパリサイ派ユダヤはそれを学んでいるとは言い難い。

端的に言って、イエス自身は生涯の間中律法の下に在ったのだが、その犠牲の死を以ってイスラエルは「人の罪」を指摘する律法から解放されるはずであったが、その『廃れる』はずの律法には安息日の不労働を命じる条項も当然に含まれていたのである。

したがって、いまさら律法中の週一日の不労働を履行しようと腐心することは、キリスト教からの逸脱というほかない。教会の指導者には人集めが出来て都合がよいのかも知れないが、それだけで済ますならキリストが伝えようとした安息日の精神を学ばず、土曜であろうと日曜であろうと、ただ休日を守るというのなら、ユダヤ教の安息日の習慣を保ったまま足踏みをしているのではないのだろうか。

イエスの教えた「安息日」は、むしろ「従順」から「信仰」へと、奴隷から自由人へと、律法への服従から自発的愛へと解き放たれるところにこそ意義が在ったというべきであろう。「安息日の精神」とは『神の子』としての「自由人の気高さ」ではないだろうか。
そうであれば『安息日』には測りがたいほどに重い価値がある。

律法契約というものは、一つの民族に対する強制を求めたものである、ヤコブの男系子孫イスラエルであれば、生まれながらにその契約の履行が求められた。
だが、メシアの現れは生まれながらの契約から解き放ち、信仰による『新しい契約』へと是認される民を導き出した。
そのために、パウロは律法契約を奴隷に例えている。(ガラテア4:21-31)
また『律法は、来るべき事柄の影であり、実体は備えていない』のであれば、やはり安息日の規定も実体でないと言えることになる。(ヘブライ10:1)

それは、民全体に否応なく課された不労働の要求ではあったが、その行いを通して知らされるべき実体があったというべきであり、まさにキリスト教がそれを示すべき役割を負っているとすれば、どうして今更、律法に従って一日の不労働を守ることに意味があるだろうか。
むしろ、そうすることによって、自分は安息日の意味を知らないと言っているに等しくはないだろうか。


-◆人間の義の業からの安息-------

キリストは山上の垂訓で、物欲を去ったあとに求めるべきものとして『「神の義」と「王国」を第一に求める』ようにと聴く者らに命じている。

実に、パリサイ人は律法を履行して従順によって「義」を得ようと腐心したのであったが、その結果は却って律法の業に縛られてしまい、キリストへの信仰による「神の義」を得損なったのである。その律法墨守の拘束は安息日にまで及び、もはや『安息』の体をさえ成してはいなかった。

それは律法への従順な行状によって「人間の義」を立てようとするところの、初めから達成不可能な労役の繰り返しであり、却って律法を通して罪の内から出られない隷属に自らを置くことになってしまったのである。
そこでは「安息日」の条項さえもが内実を失っていなかったろうか。ならば「安息日の主」との論争は避けられるはずもない。

人を「罪」から救うのは「従順」ではなく「信仰」であるとのキリスト教の高度な認識への進歩から、ユダヤ教徒は今日まで取り残されたのである。いや、彼らには「アダムの罪」の認識さえ不十分なのである。

だがこれは、キリスト教においても罠となっている。
つまり、自分たちの宗派が正しく、他が間違い、さらにはサタンのものであると裁いてしまうと、そこで既に神を押しのけて「人の義」を立てているのであり、それは達成不可能な労役の繰り返しとなるであろう。 元々人間には無い「義」を、恰も自分たちに有るかのように見せかける必要が生じるからである。⇒ ヨブ記の結論

即ち「真理」とは、倫理的欠陥である「罪」を宿す人間の所有できるところではなく、常に神からのものである。(エレミヤ33:6) それゆえ、自分たちだけが正しいとするなら、自分たちが真理を保持していると単に妄想しているのである。いったい誰が聖書のすべてを解き明かして説明できるだろうか。

彼らは、自分たちの「義なる」状態を常に「証明」しなければならなくなってしまい、それは彼らに間断なく、達成できない努力を背負い込ませる。教理の間違いの釈明に追われ、人の労力をかき集めて宣教の成果を誇れるものにしなければならない。それは人の業に違いなく、隷属であり安息とは言い難い。 「宗派の義」など「神の安息」からすればゴミのようなものでしかない。 ⇒ 似て非なるサマリア

また、外部の人々との軋轢や他宗派との相克のストレスをもたらし、それは彼らを業への競争へと駆り立てるであろうし、そこには敵意や嫉みや対抗心などという世の有様と変わるところのない劣った性質への助長がある。

「神の義」を求めることを、そのような「人間の義」の追求に置き換えてしまってよいはずもない。
「神の僕は争わず」の言葉はこの観点からしても真実である。(テモテ第二2:24)
パウロが指摘するように、自分たちの義を立てたパリサイ派がキリストを通した安息に入らなかったのであれば、キリスト教徒がキリストを信じてなお自分の義を立てるとは、いったいどういうことになろう。

パウロはヘブル書四章で詩篇95篇を引用し、『今日、この方の声を聞いたなら、あなたがたは心を頑なにしてはならない』との忠告を繰り返した。
聖霊を通して「神の義」が言葉となって聞かれるときには、これは更に重い忠告となるに違いない。それを違えれば、「主の安息」の対型的目的、つまり「千年王国」に入ることは無いからである。

これついて、イザヤは現代の我々にも注意を喚起している。
『YHWHはこう宣う「あなたがたは公正を守り、義にかなったことを行なえ。我が救いは今にも到来し、我が義は表わし示されるからである。・・・安息日を守ってこれを汚さぬようにし、自分の手を守ってどんな悪をも行なぬようにする人の子は幸いである。』と前置きし

『「YHWHに仕え、YHWHの名を愛してその僕になろうとする(すべての)異国の者たち、安息日を守ってこれを汚さないようにし、わたしの契約をとらえているすべての者をわたしの聖なる山に連れて来て、わたしの祈りの家の中で歓ばせる。・・・わたしの家はすべての民のための祈りの家とも呼ばれるからである」。』と書いている。(イザヤ56:1-7)

これは明らかに「神の義」を受け入れることと「安息日」とを結びつけている。ここでの「安息」を守ることの意味は、当然に週に一日の不労働を超えるものとなっているであろう。

一方で、「人間の義」についてはこう記されている。
『あなたの義とあなたの業については、それらがあなたを益し得ないことを告げ知らせるであろう。あなたが助けを求めて叫ぶとき、あなたの集めた物があなたを救い出すことはない。むしろ風がそれらすべてを運び去るであろう。呼気がそれらを除き去る。』(イザヤ57:12-13)

こうして「人間の義」から逃れるべきは、聖霊の声が聞こえてからというよりは、むしろ、「神の義」を求めて「人間の義」を去った状態にある者らの居るところに、この安息が生じているのであり、この事柄はアダムの業の不確かさと並列されているのである。
またそこに祝福の到来することをエレミヤは次のように書いている。

『YHWHはこう宣う、「安息日にこの都市の門を通って荷を運び入れず、どんな仕事もしないことによって安息日を神聖なものとするなら、王たちが君たちと共に必ずこの都市の門を通って入って来て、ダビデの王座に座し、兵車と馬に乗ることであろう。彼らとその君たち、ユダの者たちとエルサレムの住民がである。そしてこの都市は定めのない時に至るまで必ず人の住むところとなる。』(エレミヤ17:24-25)

これは「回復の預言」であるが、バビロン捕囚後にはこの21世紀に至るまでダヴィデ朝の王が存在しなかったことからして、これは明らかに更なる将来に成就を待っている。即ち、『安息日を神聖なものとする』のは「回復されるキリスト教」に起こることではないか。

それをエレミヤは、安息日を聖なるものとして取り分け、その意義を守るなら、そこに王や君たちが入って来て、そこは繁栄した象徴的「エルサレム」と成るというのである。

これらの「安息日」は、キリスト教徒の達するべき象徴的「安息日」を述べている。
つまり、キリストと共に神殿を構成する聖徒たちが現れ、主要な王イエスとその君たちとなって、その場「エルサレム」が表す安息を守る信徒たちのエクレシアは人で賑わうというのである。そこには聖霊が注がれ、「神の義」が宿ることであろう。

確かに、「人間の義」の固執しているところに聖霊は降りそうにない。キリストの世代のユダヤ体制派がまさにそうであった。

つまり、今からでも人は自らを正しいと主張することを止め、象徴的にこの「安息日」に入ることができるのであり、そうして「神の義」を迎え入れる姿勢を見せるなら、そこには聖霊という望外の祝福が宿ることになると記されている。その人々とは、「正しい宗教」に慢心するのではなく、常に『求め続け、敲き続ける』人々である。(ルカ11:9.13)

しかも、安息に入ることはどちらでも良いことではなく、祝福への神の条件であることをイザヤは更に語る。
『安息日のゆえに、我が聖日に己の楽しみを為さず、足を引き戻して(遠く)出歩かず、安息日を喜び、YHWHの聖さ、栄光を与えられる日と呼び、自分の道やその好むことを行なわず、虚しい(取引の)言葉を話したりするよりも、これに実際に栄光を与えるなら・・ヤコヴの相続地から糧を得る』(イザヤ58:13-14)

それゆえ単なる不労働の次元から上昇し、キリスト教徒の方法で安息日を守るべきであろう。
つまり、世俗の欲の汚れに塗れた生計の業を自分本来のものと見なさず、創造者の供給力に信頼を置き、自分の義を放棄し、宗派や政治の虚しい正義に固執しないことを意味するのが安息日であり、それは個人の精神の解放の訪れである。

また、様々な苦境にあるとき、何もかもを自分で背負い込まないことも意味しよう。
この世で自らの境遇を嘆くなら、それも果てしない苦役となるが、我々の最善を知るのは我々ではなく、人が弱いときにこそ神は強い。

この「神の安息」の意義に達したなら、週に一日を不労働とし、教会の礼拝で信心深そうに祈ることが要点ではなくなる。
むしろ「神の安息」は人の内面の資質を形作るよう促すものであり、けっして週に一日だけでなく、その人が日毎に保持し、伸ばしてゆける特質を形作るものであり、そうする人は神に倣って世の奴隷ではなくなってゆくことであろう。
しかし、果たして大半のキリスト教徒がそうしているのだろうか。

こうして神が創造の第七日を休まれたゆえに、週の一日を休むということが単なる「ちなみ」でないこと、また単なる不労働がその意義でもないことが見出される。

即ち「神の安み」に入るとは、様々な「この世」の頸木から解き放たれた「人の生き方」そのものであり、世の隷属を去ってエデンにあった自由を希求し、神との平和な関係と、人間本来の栄光を回復する願いを表明するところの、信仰に満ちている人の自由な内面の状態のことである。

それが神からの安息であり、その指し示したものは、世への隷属や利己的な自分の業を「休み」、対型的な「安息日」である「神の千年王国」を推動させる愛と聖さという動機を目指すことでもある。そのように神の民は『聖なるものと俗なるものの違いを弁える』べきであろう。『安息日』を通して、『聖』とは安息の「自由」であり、『俗』とは苦役の「隷属」を指すといえるのである。(エゼキエル22:26)

「神の休み」に入ることで、我々は「神の国」を求める生き方を示す。
そこにこそ「神の国」の兆しである「聖霊」が降ることになるのだろう。我々は『神の安息』に入るようにと差し招かれているのであり、自ら安息を作り出すのではないのである。   




                 新十四日派   林 義平    jst

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*「アダムの業」:『顔に汗してパンを食し、遂に地面に帰る』というアダム以来の生涯パターンを指して名付けたここでの造語
*「ハ シュミタ」:「(その)免除」の意、その年に収穫がなく負債の支払いが免除されたことによる。
*ヘブル書の著者:使徒パウロと見てよいように思える。⇒ MEMO「ヘブル書」
*イエスの当時にユダヤ人が陥っていた人間の義⇒ サマリア人の例え

 要約 ⇒ 「俗なる世と聖なる安息

 安息日に関する考察⇒「安息日の意義」「安息に関わる歴史

 タルムードでの安息日
 「ラビによる39の安息日規定
 「厳格化されたシャバット
 



 
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ユダ・イスカリオテ その価値観の変化


ほとんどがガリラヤ出身者で構成されるイエスの十二使徒や従者団にあって、彼が珍しくユダヤ出身である理由について聖書は語っていない。

その土地は、エルサレムの南に広がる乾燥したユダヤの領域のどこかなのであろう。
出身地を表す「イスカリオテ」のカリオテという地名は「ケリヨト」[קריות]を示すと思われている。
ケリヨトを冠する地名はいくつかあるのだが、このユダの郷里がどこを指すかは未だ同定されていないという。

しかし、それは却ってよいことかも知れない。
イエスは公生涯の終わり近くになると、名指しはせずに彼について『滅びの子』と、また『生まれて来なかった方がよかった』とも語ったのである。このユダという人物はそれほどまでに忌避される役割を演じたものである。

キリスト教信徒からすれば、自分と最も関わりの無い筈の忌まわしい人物であろう。
だが、この元信徒はヘロデ大王のように幼児をはじめとする集団虐殺を行っていないし、イエスの信徒を数多く捕縛して次々に獄吏にわたすなどという大量犯罪にも加担していないところはパウロのようですらない。

むしろ、このユダは他の十一人と共にイエスの身近に仕え、宣教に邁進し、悪霊を追い払うなどの奇跡の業も行ったに相違あるまい。イエスは彼をも含めて十二人を最後まで愛したゆえに、最後の晩餐で、その中に裏切る者が現れることを苦悩のうちに告白したのであった。(ルカ9章/22:21-23)

しかし、キリストの使徒にまで選ばれた者がどこをどう間違えて、自ら仕えた師を売り渡すところまで堕ちたものだろうか?

これを単に、旧約に記された預言の成就で、神はすべてを見通されるなどと感心しておれば、この特異な生涯を過ごした人物に込められた意味に気づくこともあるまい。

ユダ・イスカリオテという、このひとりのユダヤ人の経験が教えることは、誰でも堕落しかねないことに警鐘を打ち鳴らすだけではなく、イエスが弟子をこの種の変節に備えさせるために繰り返し語り続けた重要な警告を、最も如実に表す動かし難い実例となって我々の前に明示されているのである。

その警告が何かを考慮する前に、まず彼がどのように道から逸れていったのかを再考してみよう。


-◆信頼された弟子の堕落------------------

この人物がいつからイエスと行動を共にするようになったかは聖書は語っていない。

しかし、使徒に選ばれたユダは、その以前からイエスをメシアとして認め、その後に従っていたのである。
キリストの使徒となってからは一行の会計を担当しており、寄付金を受け取るような立場からしても周囲からの信頼度は決して低くなかったことが窺がえる。
収税人であった使徒マタイを差し置いて出納を扱ったからにはそれだけの能力もあったのだろうか。いや、収税人がひどく金にいい加減であると一般に知られていたことからすれば、マタイはたとえ頼まれても辞退したかも知れないところではある。⇒「アブラハムの裔を集めるキリストの業」

一方、キリストは『はじめから』だれが自らの裏切りを為すかを知っていた。(ヨハネ6:64)とあるのだが、このユダ自身が十二人に数えられたそのはじめから裏切りを計画していたり、殊に邪悪を隠していたというわけではけっしてあるまい。

さもなければ十二使徒の栄光が失われよう。その『はじめから』とは、ユダの逸脱の「はじめ」とみるべきであろう。後にイエスは裏切られた晩に『その人は生れなかった方が、彼のためによかったであろう』と彼を名指しせずに語っていたが、それはユダの行く末が生まれたときには定められていたというのではなく、神はただ、十二人のうちの一人が背信し、主を銀三十枚で売り渡す場面を予見していたというべきなのであろう。銀三十枚を語るゼカリヤ書もメシアの仲間に裏切りを述べてはいない。(マルコ14:21/ヨハネ13:18/ゼカリヤ11:13)


ともあれ、彼は金箱を携行しており、寄付を預かりつつ一行の必要に応じて出費を行う出納係りとしての役割を果たしてきたのだが、そうするうちに、その職を汚していたことを福音書は暴露している。

その描かれた場面はキリストの死を五日後に控えた夜のこと、エルサレム近郊のベタニア村で信者のマルタの姉妹マリアが三百デナリウス *という高額の香油(インド産のナルド)をイエスの体に施した。これについてユダが異議を唱えたのである。(*今日なら新車のセダンが買える)

その分の金銭で貧しい者たちに『大いに施しができたではないか』とマリアを批難するくだりである。しかしそこでは、彼は施しではなく自分が日頃から着服していて、その高額の代金をわがものにしたかった欲望が暴露されている。

しかもイエスが、彼女の行為は自らの「埋葬の準備」であると言っているにも関わらず、ユダがそちらに注意を向けた様子もないし、マリアにとって兄弟ラザロを生き返らせた人物への感謝を思えば三百デナリウスの大枚といえども不当なことがあろうか。(ヨハネ12:7)

実はこのヨハネ福音者は、ユダについて更に以前から逸脱していたことに注意を向けているのである。

その場面はイエスと十二使徒の活動の半ばに当たる時期のこと、ガリラヤ湖畔のカペルナウムで、イエスが群集に『わたしの血を飲み、肉を食せ』そうして『永遠の命』を得るようにと説得したときのことである。

律法で血を飲むことを固く禁じられ、どのような肉を食すかも厳格に定められていたユダヤの群集は、そのイエスの勧告を聞くなり、気落ちして散り散りに去って行った。(ヨハネ6章)

イエスが使徒らに『あなたがたも去って行くか?』と訊ねると、ペテロはすかさず『どこに行けばよいというのでしょう。あなたこそ永遠の命の言葉をお持ちです!わたしたちはあなたが神の聖なる方であると知り、信じたのです!』と師への愛着ある支持と信仰を決然と言い表したのであった。

ここでイエスは『わたしがあなたがた12人を選んだのだ!』と誇らしく言いつつも『だが、ひとりは中傷するもの(ディアボロス)だ』と言ったことをヨハネ福音書が知らせている。(ヨハネ6:70)

これをユダが聞いていたなら、それは警告ともなっていたであろう。
ひとりが裏切るというイエスの言葉はその後も繰り返されているが、福音書によれば、十二人がはっきりと反応している場面は、イエスの刑死を控えた最後の晩だけのようである。信じ難いことであったのだろう。

このようにヨハネ福音書は、このユダについて注意を向けて書かれており、イエスの死のおよそ一年以上前のこの出来事に注意を払っている。あとに述べるように最後の晩餐の席でもヨハネはそれが誰かを知っていた。

そして、その後もユダの傾向は改善せず、遂に虚しいその終わりを迎えるのであった。



-◆引導を渡す役回り-------------------

 さて、キリストの最期が近づくにつれ、ユダ・イスカリオテは活発に動き始める。
まず、祭司長派がイエスの居所を知らせた者に報酬を取らせることを聞き及んだであろう。

そこで、慌しく過ぎ越しの前々日の夜にイエスの命を狙うサンへドリンの役員たちに近づき、イエスの逮捕を手引きする報酬額を提示させる。
それは銀三十枚 であった。それは三百デナリウスの香油代金を得そこなったことへの、せめてもの慰めにするつもりであったのかも知れない。

しかし、その貨幣単位は書かれていないながら、いずれにせよ銀三十枚はそうたいした価にはならない。(今ならスクーターが買える程度であろうか)(ゼカリヤ11:13)
ベタニヤのマリアがイエスへの香油代に費やした額と比較するなら、ユダの了見の矮小さが滲む。
しかも、よく言われるように、それが奴隷一人の値段であったならユダは祭司長派と共に師を奴隷扱いしていることにもなる。

さて、その間にイエスは、「過ぎ越し」の食事をする場所をユダには知られないように、別の使徒たちを市内に遣わし、ただ『水瓶を運ぶ男』を探させ、関係する最低限の者だけが会食の準備するように取り計らう。

こうして最後の晩餐に暴徒が乱入することが防がれた。ユダもそのときまで知らなかった場所で過ぎ越しの食事の準備は整っていたのであった。

イエスは十二人を最後まで愛し、彼らと特別な仕方で過ぎ越しを祝う機会を長らく待ち望んでいた。それは以前の「過越し」の祭りの席とは異なる意義があった。実にキリスト自身が肉体を出立する「過越し」を意味するからであり、以後、ユダヤ教の「過越し」はキリスト教に於いて別の意義を成したので、パウロはそれを「自分たちの過ぎ越し」と呼んでいる。(コリント第一5:7)

しかし、その重要な晩餐の席で、イエスは『わたしと共に食事をしている者がわたしを裏切る』と『苦悩して』言う。
その場の同じ鉢で手を洗う苦楽を共にした弟子が、すでに祭司長派に師を売り渡す算段をしていたとは。

弟子らは悲嘆して『わたしではないでしょうね?』と口々に言っていたが、ユダも同じことを訊ねると、師は『あなたがそう言った』と肯定する。だが、他の弟子らは気づかなかったようである。

しかし、ペテロは師の懐に居たヨハネに「誰なのか訊け」と合図を送ったので、青年ヨハネは反り返って師に尋ねると、『わたしがひとくちのパンを浸して口に入れる者だ』と答えてから、師はユダ・イスカリオテの口にパンを入れる。そうすると「悪魔が彼に入り」、イエスの『行おうとしているそのことを早くせよ』という言葉に従い夜の外に出て行った。

しかし、弟子らは彼が貧しい者たちへの施しを命じられたのだろうとしか思わなかったという。
この場面に至るまで、イエスは十二人のだれをも疎遠にしなかったのであろう。


晩餐の済んで後、師と十一人はユダヤの過ぎ越しの習慣に従い詩篇を歌ってから、城壁の外側にある庭園に出てゆく。
一行がその場所に出向く習慣を知っていたユダは、祭司長派の武装した物々しい群集を導いてゆき、遂に合図の口づけをして暗がりでイエスを示した。『口づけして裏切るのか?』という師に、彼の答えは記されていない。

それからメシアの苦難が始まり、遂に磔で刑死に至る。
この夜のユダの動行について福音書は何も告げていないが、十一人は逃げ散っており、師の様子が心配なばかりでそれどころではなかったに違いない。ユダはその晩をどんな気持ちで過ごしたのであろうか。



-◆ユダの最期-------------------------

その夜が明けて朝になると、ユダは『自分は義の血を売り渡して罪を犯した』と後悔しはじめた。
それはおそらく自分が思い描いたように事態が進まなかったからであろう。

というのは、それまではイエスの奇跡を目の当たりに見てきているので、イエスは逮捕されたとしても難なく奇跡によって脱出するものと思っていたであろう。(マルコ15:30)
また、それまでにもイエスは何度か群集からの危機を脱しており、ユダもそれを知っていたに違いあるまい。

それならば自分は銀三十枚を手にし、イエスは無事で済んでいるはずであった。
つまりは、メシアの奇跡で一儲けしようという腹である。

しかし、予想に反して朝になっても、イエスが『ほふられる子羊のように』(イザヤ35:7)なされるがままで、今やローマ総督の面前に引き出されようとしている。ユダにもこのままでは処刑されるところにまで進んで行くことが見えてきたのではないか。

確かにイエスは半年ほど前から、使徒たちに自らの刑死を予告していたが、それがユダの内心でも想い起こされはじめたのであろう。

まして、前の晩には自分の企図がイエスには知られており、師の『しようとしていることを早くせよ』という一言は、その行動を是認しているかのように彼には聞こえていたかも知れないが、今となっては別の響きがある。イエスが、すでにユダの裏切りを織り込み済みで犠牲になろうとしていることがユダにも明白となっていったのだろうか。

しかし、彼がどのように後悔しても、自分が偉大なるメシアの供となるべき信仰の栄光ある志からは既に遠く離れていたに違いなく、一年以上横領を繰り返し、挙句に付き従った師を銀三十枚で売ったような認識が、悔いたからとて、たちどころに大志に変ずるとは到底思えない。(ヨハネ2:16) 

こうして信仰から逸れて悪行を常習するうちに、自らはそれと意図することなくも、キリストに引導を渡す役を果たすという大罪を犯すことになってしまった。

 当日の朝になって悔いをみせたように、最期においても彼のなかではイエスへの好意を残していたことが分かる。しかし、それは何ら意味をなさなかった。彼が一度踏み入れたのは戻ることのできない道であったのだ。

銀三十枚を返そうにも祭司長派は受け取らず、イエスが戻される訳も無い。
行われた悪行は元には戻らない。思い余ったかユダは銀を神殿に投げ入れて走り去る。
無感覚な宗教領袖たちは偽善的にも、この銀は血の代価なので神殿には納められないと言うのであった。
では、それを血の価として提供したのはいったい誰か?

ユダは自責の念のうちに自殺を図るが、自らを処断することも許されなかったのか、聖書記述を総合すると、崖の上で首を吊ったが縄は切れ、落下して身が裂けたようである。

となればそれは自殺寸前の事故死であり、最悪の部類の死に方であろう。あるいは、神の裁きとも云えるかもしれない。それらはイエスの臨終の前に終わっていた。


-◆価値観の変化--------------------

彼は悔いていたのか?そうであろう。
サタンが抜けて、正気に戻ったとも言えるかもしれない。

だが、キリストの使徒としての信仰や認識に立ち戻ったとは到底思えない。
つまり、精々が一般人としての情愛や良識の範疇であり、キリスト・イエスの身辺に仕えるに相応しい見事な資質が彼に戻ったとはいえないだろう。選ばれるとは何と重い責を伴うものであろう。

彼はイエス自身に選ばれ、メシアの御傍の立場が許されていたのであり、そのはじめには倫理的にも能力的にもその職責に堪えることを見せたであろう。しかし、彼は資質の土台であるメシアへの信仰が蝕まれるのをどう許したのだろうか。

栄光ある日々には主の奇跡の数々を目の当たりにし、自らもその力に与ったであろう。
十二人が悪霊を祓い、様々な病を癒す権限を受けそれを行使したことをルカが伝えており、続けて男だけでも五千人いる群衆を五つのパンと二匹の魚で養うイエスの奇跡の業を助けて働いたであろうことも記録されている。(ルカ9:1-)

この奇跡はヨハネも記しており、その奇跡に与った群衆のイエスの元に集う動機が、イエスから食物をもらうことに変化してしまったことを知らせている。(ヨハネ6:26)
先のように、イエスが最初に「清くない者」を指摘したのはこのときであった。ユダは奇跡をどう見たのであろうか。そのとき去っていった群衆のように、奇跡を利得の機会と看做したのだろうか。

もしそうなら、彼はユダヤ急進派のようにイスラエルの国情を憂うような同胞意識もなく、その主な関心は自己に向いていたことになるのだろう。

その奇跡の場面で使徒の一人が、五千人に及ぶ人々に食物を供給するには二百デナリウスのパンでも足りそうにないと発言しており、それであれば、香油代三百デナリウスはその奇跡に相当する価値を満たしていたことになろう。その額なら、確かにユダがマリアに言い張ったように「多くの者たちに施しのできた」金額になるが、彼の中でイエスの奇跡の値踏みが行われていたのだろうか。

そのようにしてユダがそれらの神の力の表明に目先の利得の機会を見出し、偉大な公共善の大志を離れ、信仰が働かない状態に陥ったのであれば、イエスの奇跡の力はベエルゼブブから来ていると言い放った宗教領袖たちと変わるところがあったろうか?

そうなると、ユダの罪は許されることのない「聖霊への冒涜」に入っている。

またもし、彼が主に躓くきっかけがあったとしたら、彼がユダヤ出身者であることが関係していたかも知れない。つまり、『ダヴィデの子』が王座に就くならユダは同郷、あるいは同族の誇りに浴して、高一等の有利を期待したこともあり得る。

しかし、彼の仕える師といえば、群集の中でイエスを『ダヴィデの子』とすら認める人々まで出てきていたにも関わらず、イエスは一向に自らを王として示さず、あるときにはイエスを王に据えようとする群衆まであっても、ユダの師は山に身を隠すのであった。

弟子らはイエスが王国を回復することを期待しており、ユダがその点で一層強かったなら、自らの王権に関して明瞭にせず、奇蹟をもたらしたことも話さないことを求める自分の師をもどかしく思い、イエスをメシアとして認め、その王権を期待してせっかく集まった群衆を気落ちさせて去らせるに至って、それ以上ペテロのように固く従うことは彼には難しくなっていたということも考えられよう。

彼には、ユダ族としての王権に寄り添う高い立場への願望があったとすれば、その落胆も相当に大きかったに違いない。他の使徒らもそうであったが、師はすぐにでもイスラエルの王となるものと思い込んでいたことは、記された彼らの言動にも見えている。また、彼らは自分たちの中で誰が偉いかと度々争ってもいた。

その躓きが、ユダにそれまでの価値観を打ち砕いたとき、師の真意を理解しなおし、自らを修正して立て直すことがなければ、それまでの行動が跡を引いて、きっぱりと離れ去ることもできず、そこでは目先の利得だけが残るだろう。

このようにキリスト教を通して、その教えの本来のものでない目先の利得に人が惹かれることは起こり得ることである。
今日、奇跡によって人々が癒され養われるのを目の当たりにすることはないにしても、宗教的により高い立場にある者には確かに種々の誘惑がある。

人々が自分に従うのに快感があり、そのようにして自己の価値を確認し権威を振るう自分に酔うとすれば、それは、キリストの犠牲に自己価値を見出せない倒錯であって、サタン的ではあっても幾らもキリスト教のものではない。(エゼキエル28:12-/ルカ22:25-)

また、信徒らを寄付のつて、利得の手段と看做して自分の益に直結した金脈とするなら、その動機はあちこちに露見するだろう。(ヤコブ2:3)

利己心は自分と身内や、気に入った人々のために公正から逸脱することにも現れるだろうが、これは律法のとき以来、神の譴責の対象ではなかったか。(申命記16:19)

あるいは、信徒の従順さを利用して自己の肉欲の対象とする醜聞の事例も、キリスト教界にまま見受けられるものとなっている。(黙示録2:22)

だが、イスカリオテのユダが、ただ貪欲に目が眩んだとするのはどうだろうか?
彼が主の売り渡しの犯行に及ぶ一年も前から、それを指摘されていたのであれば、単なる貪欲に溺れて犯行に及んだとするには、使徒としての生活の清貧さからして無理がある。

彼は、ひとたびは栄誉ある主の側近に選ばれる資質を見せたが、その後に相応しいメシア信仰を失っていたと見るべきだろう。
信仰こそは、キリスト教の根幹であり、これが変質していたところに貪欲の誘いが起こったという見方が、一連の流れからして、単なる貪欲に屈したというよりは説得力を持つように聖書は読める。



-◆ベオルのバラムとの類似--------------------

このように聖書には、キリストに従う者を自称しながら内面の動機において逸脱した者らへの警告が繰り返されており、その歴史も浅くない。


イスラエル民族の歴史の初期に当たる、エジプトを出たイスラエルが約束の地に入る時期にも、神に仕える身でありながら、利己的願望を募らせて神の意志から離れた預言者が出た。
ユーフラテス上流に住んでいた神YHWHの祭司ベオルのバラムである。

律法契約以前の古代には非イスラエルの祭司があちこちに居たが、バラムもその一人であった。
真の神の経路であったからには、彼の託宣は的中していたに違いない。(民数22章)

それに目をつけたイスラエルに敵するモアブ民族の王バラクは、バラムに多くの報酬を与えてイスラエルを呪わせようとする。しかし、神の意志はイスラエルの祝福であったから、バラムの利己的願望は遂げられない。

そこで、バラムは異国の若い女たちをイスラエルに送り込ませて、堕落させることには成功する。
だが、彼が報酬を手にしたとしてもすべては無駄となった。
ほぼ時を移さず、イスラエルの兵士の手に掛かって死んでいる。

この事例を新約聖書は繰り返し記述しており、それが信徒に混じる肉欲の者に相当することを明らかにしている。彼らは「傷また汚点」であり「海辺の隠れた岩」とも言われる。(ペテロ第二/ユダ/黙示録)
もっともらしくエクレシアに居るのだが、自ら堕落するに留まらず、周囲をも巻き込む者らである。

神に仕えたバラクと同じく、イエスを信じたユダ・イスカリオテであったが、自己の欲望のままに進み、遂に師を裏切って何もかも失ったように、エクレシアの内部に巣食う肉欲の者らも、何も得るものはないのであろう。


-◆聖餐に与る者への警鐘------------------

多くの宗派では、ユダ・イスカリオテは「主の晩餐」のパンと葡萄酒に与っていないことにしているようだ。
しかし、マルコとマタイのその部分の記述では「主の晩餐」の前にユダが外出したかは不明瞭であり、ルカを見るなら、確かにユダはその場面に留まっているのである。(ルカ22:20-)

この特別な食事が意味するところの、イエスの体を共にし、その血によって「新しい契約」に入り多くの人々に先立って神の子とされ、義認を得ることが確かにユダに相応しいわけもない。

しかし後に、新しい契約は弟子らに聖霊の賜物をもたらすのだが、そのようにして「聖徒」となった人々が完全無欠かと言えば、聖書はそうは言っていない。(コリント第二11:3)

イエスは多くの例えを用いて、弟子たちの中から離れる者が出ることを繰り返し警告している。
中には「あなたの名によって預言し、悪霊を追い出し、多くの強力な業を行わなかったでしょうか」と将来の帰還したイエスに申し立てる者らがいることも記しているのである。

この業はまさしく聖霊の賜物を有する「聖徒」のものである。
しかし、イエスの答えは何か?
『あなたがたをまったく知らない。不法を働く者どもよ、去れ!』。(マタイ7章)

それであれば、イスカリオテのユダが聖餐のエレメントに与ったとしても不都合があろうか。
むしろ、彼のその優れた立場が、同時に犯した罪の重さを際立たせる重要さを担うであろう。
後に、十二の座の欠けたひとつにマッテヤが就いたときに、ユダが聖餐に与る立場を占めていたからこそ、それが満たされたと言い得るであろう。(使徒1:16-)

イエスは、十二人が天で十二の座に就くという契約についても語っていたが、イスラエル十二部族に対応するこれも、けっして欠く事ができない数字に相違あるまい。(ルカ22:29-/マタイ19:28)

こうして、ユダ・イスカリオテの逸脱はすべての「聖徒たち」、すなわち初代と将来の聖霊を受け、後の天でキリストの御傍に座する者への警告となり得るのであり、『裁きが神の家から』というのはまことに当を得ている。



-◆価値観、大志を保たせるもの---------------------

利己心とは、常に神の意志に逆らってきたものに見受けられる。
それは、自らの都合を優先させるので、全体の益に然したる関心を持たず損なう。

神は、尊い御子の犠牲を払ってまで創造界全体の幸福を図ったのであるが、そのことに人はそれぞれどう反応するだろうか。

使徒ペテロは『わたしたちはあなたが神の聖なる方であると知り、信じたのです』と、見事にその価値観を言い表した。彼はアブラハムに示され、モーセが予告したメシアの業に参与する意義を感じていたに違いない。しかし、その同じときにユダの中では異なる価値観が支配していたであろう。

そのときのユダにとっては、人類の益のためのメシアの偉業よりは、自己の利得の比重が重くなってしまった。
これを評するなら、「彼は貪欲に屈した」というのは幾らか的外れであろう。最大の問題は信仰の喪失であったというべきであろう。彼にとって利得は副産物であり、それゆえにも翌朝に悔いて返金を試みたのであろう。
だが、これはキリスト教徒を自認するすべてに起こり得ることではないだろうか。

人は様々な動機や理由を持ってキリスト教に集まってくる。
だが、その価値観は何であろう?

他人はともかく、自分が神に優遇され救われること、生涯を幸福にあるいは充実させて過ごすこと、何らかの成功を収めること、死の不安から逃れること・・果ては結婚式の舞台演出というのもあろうか。

これらは、メシアの人類への偉大なる自己犠牲と公共善の精神の上ににあぐらをかくようには見受けられるが、特段その精神に倣うようなものでもあるまい。これらの人々がキリスト教理解に乏しいことは却って保護となるだろう。(ルカ12:48)

イエスに倣った使徒たち、また初期の弟子らの自己を捨て、自らの師のような生涯を過ごしたことは、今日「聖人」と崇められ、却って人々と関係を持たない遠い過去の出来事のように風化されている。
何と大きな価値観の違いであろう。そこには犠牲を捧げる者と、それをただ受けるだけの者がまるで分かれているのである。(ヨハネ第一3:16)

将来の「裁きの日」に、人はその思想信条に関わりなく、この価値観を問われるであろう。
ただ自己の願望や生存を願うとすれば、どれほど神の意志に沿うことができようか。(コリント第二5:15)

あるいはユダの例を考慮するに、自分がキリスト教組織で多くの働きを成して来たことが評価の対象になると安心できるものだろうか?(この点、ヘブル6:10は誤解されやすい)
この点、新約聖書の中で『滅びの子』と呼ばれるのが、このユダとパウロがテサロニケ人への手紙の中で指摘した『不法の者』だけであるのは非常に示唆的である。
そこでは『背教』が終末のしるしとして挙げられており、ユダのような事例は未だに過ぎ去ったものではない。⇒「不法の人の現れる時」

宗派や教団の掲げる目的がどれほど高邁なものであったとしても、裁かれるのは個人であることはまず間違いがない。その点、人の属する教派も立場もすべての垣根を取り払い、あらゆる個人の内奥を量る神の裁きは真に素晴らしく公平である。(マタイ25:32)

イエスの傍らの十二使徒という、これ以上ない集団からすらイスカリオテのユダが出たということは、いかなる宗派や恵まれた立場にあっても、誰もがその価値観を曇らせ、神の意図から反れる危険があることを強く警告するものとなっていないだろうか?

では、キリストの精神に従うとは何を意味するのか?
イエスは『あなたの宝のあるところにあなたの心もある』と一言でその本質を示した。(マタイ6:21)

それは、その人が善きにつけ悪きにつけ何を為すかより「価値観」、つまりその人の心が何処にあるかの問題である。



           新十四日派    林 義平
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 神の全知性の抑制の理由 ⇒ 「神の象り」に込められた神の愛



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許されざる聖霊への罪


この罪が許されないものとされることから、多くのキリスト教徒の恐れるものとなっている。だが、いざ実体を問えば一般的にはっきりしない。
しかし 、この重大な「けっして許されることの無い罪」が何であるのかが曖昧では恐れが増すばかりである。


では、キリストの言う「聖霊を冒涜する」とは具体的に何を指すのだろうか?

この解答を得ることにより「神の裁き」に於いて、神は人の表層を見るのではなく、まさに内面を見て裁くことを知ることになる。
キリストは『人はあらゆる罪を赦される』と語られたのだが、続けて「聖霊に対する冒涜」という『罪』だけが赦しに含まれないと重大な一言を加えられたのである。(マタイ12:31)

この言葉からすれば、品行方正であることがその人を救わず、ましてクリスチャンであるだけで許されているわけはけっしてない。バプテスマを受ければ救われるというのは、契約に入る『聖霊を受ける』選ばれた人々についてのみに語られた言葉である。しかも彼らは聖霊によるその契約を地上で全うしなければならない。その救いも赦しも不確定であることには変わりなかった。(使徒1:1-5/ペテロ第一1:2/3:6)⇒聖徒」 
 

だが、聖書を探索すると、『聖霊』の無いところにこの罪が生じることは無いことが窺えるのである。
では、『聖霊への冒涜』はいつ、そのような重大事として存在するのだろうか?


まず結論から云えば、『この世』が裁かれる終末のとき、ある人々に『聖霊』が使徒の時代のように再び注ぎ出され、その『聖霊』が引き起こす奇跡に各個人がどう反応するかによって人の裁きが決するということになる。


そこでキリスト教徒であるか否かは関係なく、『聖霊』によって人々がおしなべて試されるのが終末であり、それをマタイ25章31節以降の例え話が具体的に示している。

即ち、到来するキリストによって、世界のあらゆる人々が羊と山羊とに分けられるという終末の裁きのことである。


マタイ25章の羊と山羊の例えが明らかにする如く、この世の終りに際してキリストが裁きの座に着くと、すべての人々が左右に分けられるのであり、その根拠は「キリストの兄弟らに親切を示すか否か」であると記されている。
聖霊を注がれたキリストの兄弟にこそ、キリストは世の人々との和解の仲介と言葉とを委ねたのである。(ヘブライ2:17/コリント第二5:18-19)

この例えからすれば、人々がキリストの左右に分けられる原因となる「キリストの兄弟ら」が誰かについては聖書中を見てゆくと、パウロがこう言っている。
『神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。』 (ローマ8:29)
では、やはり「キリストの兄弟」と呼ばれる存在があり、その人々に親切を示すかどうかで人々は裁かれるのだろうか?

パウロの記したこのローマ人への書簡の第八章では、特に『キリストと共なる相続人』、また、神に向かって『アッバ!』と語り掛けることの許された『聖霊に導かれる』弟子らについて述べている。
この弟子らは人類に先立って『罪』を許されているので、『神の子』の立場をキリストと共に受けているとも述べられる。即ち「キリストの兄弟」と言えるのである。(ローマ8:1/8:15-17) 

福音書は揃って、終末にも聖霊で語ることになる弟子らの存在を知らせており、彼らは政治家らの前で、何者も論駁できないほどの言葉を聖霊によって語るとされている。(マタイ10:18/マルコ13:10-11/ルカ21:15/ヨハネ16:8・17:20)


そこで終末では、キリストの『兄弟ら』となる『聖なる者ら』の語る聖霊の言葉に信仰を懐き、彼らを支持して親切を示すことを選ぶ者が救われるのであって、単にクリスチャンであるということが、このキリストの終末の裁きに有利である保証は何も無い。(ヘブル12:25-27/ハガイ2:6-7)


ならば、自分はなぜバプテスマを受けクリスチャンとなったのか、と問うなら、その人の「キリスト教」は「ご利益信仰」であると言わざるを得ない。

それでは究極の自己犠牲の精神を表したキリストの追随者と言うには正反対の利己的精神ではないだろうか。その目的の第一は自分の救いではないのか。そこにアブラハムに告げられた『地のあらゆる民族の祝福となる』ような気概があるものなら、バプテスマを受けた自分の救いを喜んではいられないはずであろう。 神の御子が犠牲になったのも自分が救われる為であったと「クリスチャン」は本気で言えるものだろうか。

聖書はむしろこう云う『彼がすべての人のために死んだのは、生きている者がもはや自分のためにではなく、自分のために死んで生き返った方のために、生きるためである。』(コリント第二5:15)

キリストのために生きるとは、キリストの生き方に沿って、共に自己犠牲の精神の延長線上に生きるのであり、ただ救われたと有難がっているのでは、自分を救いの物語の主役に据えて、キリストの自己犠牲の上に胡坐をかくことになってしまう。その人は、キリストの無私の精神から感化を受けてはいないばかりか、自分の救いや安寧を利己的に求めるという正反対の方向に進んでいるのであり、大半の教会員とは、そのような「ご利益信仰」を抱く人々である。


神は洗礼を受けた個人ではなく、人類の救いとなるよう『諸国民の光』を世に与えたのであり、『神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。』とも記されている。(ヨハネ3:16)

この『信じる者』というのは、今、現にクリスチャンであることを意味しない。 人類は使徒時代からこのかた、聖霊の奇跡を未だ目の当たりにはしてはいないからであり、聖霊に信仰を懐く機会は終末に訪れるからである。
これが何を意味するかについては、この稿の結論が近付くにつれ理解されるものと思う。
では、許されることのない『聖霊への冒涜』とは何かを理解するために、まず『聖霊』とは何かを見よう。

さて『聖霊』とは神の奇跡の御力であり、あらゆる反論を封じるほどのもので、そこで人は最終的に試される。
言い訳できない『聖霊』の奇跡を目の当たりにするとき、人は誰であれ逃れられない決定的な選択を神に迫られることになる。

それはキリストの地上への現れの時がそうであったというべきであろう。
イエスはこう言われている。
『わたしが誰も行ったことのない業を彼らの間で行わなかったなら、彼らに罪はなかったであろう。だが今、彼らはその業を見た上で、わたしとわたしの父を憎んだのだ。』(ヨハネ15:24)


そこで問われるのは、神との邂逅に於けるその人の決定的な選択、エデンの園に於ける二本の木のような二筋の道の選びとなる。

アダムの場合には、自らの存在の由来、第一の関係を持つべき対象である親のような神に対してどう振る舞うかが試されたのであり、それは最初の倫理問題にして、全ての道徳の基礎の基礎を据えるか否かの選択であったと言える。自分の創造者に忠節に振る舞えないなら、いったい誰に対して忠節であり得るか?

つまり、それを前にして神を認めるか、認めないかという選択であり、アダムに対してそうしたように、神はその選択の一方を強制しない。それは愛が強制されるものでないように、自発性はまったく必要不可欠なものである。
そうして人間の自由意思を保つことが、忠節な愛(ヘセド)を真実に存在させ、『神の象り』である人を尊重することは、即ち神が自らをも尊重することだからである。⇒「自らの象りへの神の愛」


アダムの場合には、まったく原初に創造されたものであるから、必要なのは奇跡ではなく、二本の木とその実による試みであった。
しかし、アダムの子孫についてはそうではない。
既に、神との間には『罪』のもたらす断絶があり、不信仰な『この世』に生きる以上、別の試みが必要になる。
エデンの二本の木に相当する、自発心から忠節な愛を示すか否かを選択させる別のものは何であろうか?


では、改めてキリストの言葉を見よう。

この「聖霊への冒涜」という罪は、キリストが述べた言葉の中にある。
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「人の子らはそのすべての罪も、冒涜も許されるだろうが、聖霊を冒涜する者は永久に許されることはない。」(マルコ13:29)
「人はすべての罪も冒涜も許されるだろう。だが、霊への冒涜は許されることはない。また、[人の子]に敵して語るものすら許されるだろうが、聖霊に敵して語るものは、この世でも、来るべき将来の世においても許されることはない」(マタイ12:31-32)

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多くのキリスト教徒は、これらの言葉にヘブル書の記述に結びつけて教えられることもある。
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「ひとたび啓示を受け、天からの無償の賜物を味わい、聖霊に与る者となり、神の類稀な言葉と来るべき将来の世の力を味わいながら、なお、離れてゆく者は、再度あたらしくされて悔い改めに至ることができない。」(ヘブル6:4-5)
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この言葉は聖霊への冒涜が、キリスト教徒を辞すること、つまり教会を去る「棄教」を意味するとも捉えられているようだ。さらに強い適用は、ヨハネ3章18節の『信仰を持たない者は裁かれている』の句を根拠に、現に信仰の無い者はこの罪の下にあると教えられている人々もいる。
「だから、信じてバプテスマを受けろ」というのが、大方の教会の人集めの手管とさえなっているようだ。

しかし、そうだろうか?

この罪への解説を誤れば、狭量な罪の見方に人を陥れてしまうが、許されない罪とはそんなものだろうか。
しかし、聖書中を探索してゆくと、裁かれないために洗礼を受けよという諸教会の教えとはまるで異なる理解に達することになる。

それは、この頁の結論にあるように実際にイエスの言葉は逆であって、聖霊を介する神の裁定は瑣末で神経質なものではなく、世界の様々な人々を可能な限りに広く受容しようとする大らかな全能者の特質を感じさせるものである。




-◆語られた背景--------------------------

まず、この罪に関しては、「聖霊」というものをよく把握する必要があるだろう。

前出のマルコとマタイの句の文脈を見てみよう。
それらは、共通する場面で語られている。

つまり、悪霊*に憑かれた人々からイエスがそれを追い出し、また病を癒す奇跡の業を行っていると、書士やパリサイ派などの宗教家らが中傷して、イエスは悪霊たちの頭目ベエルゼブブ#を使って悪霊を追い出していると、つまりはイエスの奇跡の業の源は邪悪な霊であると主張してやまなかったという場面である。

だが、イエスの業が真に神からのものであれば、これらの宗教家の主張はイエスよりも神を誹謗していたことになってしまう。

一方で、癒された人々やそれを見守った群集は、これらの宗教家とは正反対にイエスの業に驚愕しつつも大いに歓んだので神を讃えて憚らなかった。それまで病んでいた仲間が癒され、辛苦から開放されることを大いに喜んで、イエスを迎え入れる素地を見せたのである。

しかし、イエスは人々に自分に対する感謝を要求したのではない。むしろ罪の許しと奇跡の業を彼に行わせる自らの父である神に人々の注意を喚起するのであった。

そしてヨハネ10章では、彼が盲人を見えるように癒したあとに、奇跡を行う人イエスについてユダヤ人の間に論争が生じたことを伝えている。

一方は、イエスが悪霊に憑かれていると主張したが、他方では、これは悪霊に憑かれた人の話ではないし、第一に悪霊が盲人の目など見えるようにしないではないか。と認識がふたつの割れたのである。

ユダヤの宗教家らはイエスを取り巻いて『お前がメシアなら、はっきりそう言え。いつまで我々を中途半端なところに置くのか』と迫る。 (ヨハネ10:24/列王第一18:21)

そこでイエスは答える。
『わたしは言ったが、あなたがたは信じない。だが、わたしが父の名によって行っていることがわたしを証ししている』。
『わたしが父の業を行っていないのであれば、わたしを信じてはならぬ。だが、わたしがそれを行っているのであれば、わたしを信じなくても、その業は信じよ』。(ヨハネ10:25/10:37-38)

このようなイエスの姿勢は、彼自身が行っている業がどれほど類稀な神の業であるかを強く明かすものである。

これについては、ルカの福音書にも似た場面があり、そこでイエスは奇跡についてこう言っている。

『わたしがベエルゼブブによって悪霊を追い出すのであれば、あなたがたの子らはいったいだれによってそれをするのか?それで、彼らはあなたがたを裁くものとなるだろう。しかし、わたしが神の指によって悪霊を追い出すのなら、確かに神の王国はあなたがたに達したのだ』。(ルカ11:19-20)

『神の指』、それはいにしえのエジプトでモーセがその地に下した災いをエジプトの異教の祭司が真似ることができずに叫んだ言葉であった。

モーセを通してエジプトを十度襲った災厄がモーセ自身に帰されるものでないことは明らかであり、これら奇跡の力を行使する偉大な神に対する信仰が人々の間に湧き上がった。

そして、イエスの奇跡はやはり「神の指」であるという。即ち『御父の業』である。

それが神の御力であることは、心の柔らかな者らにとって疑いようのないことである。
しかし、イエスの前でユダヤ人の認識はふたつに割れたのであった。


-◆神の業に関する認識は分かれる------------------------

ある時イエスは、生まれたときから目が見えずにいた若い男を癒して見えるようにしたことがあった。

この男はイエスに言われるままにシロアムの池まで探って行って、イエスによって目に塗られた泥を洗い落とすとその奇蹟ですっかり見えるようになったのだが、いまだ自分を癒したイエスを見てはいない。

一方で、宗教家らは例によってイエスを蔑んでいるために、この男が癒されたことにつまずきをさえ覚えていたのである。彼らはこの男を呼び出して尋問する。「神を讃えて言え(誓約の要求)。我らはその(癒した)輩が罪人であると承知しているが・・・我らは神がモーセに語られたことは知っている。だが、この輩についてはどこからの者か知れないのだ」

すると癒された男は即座に反論する「これは何とも驚いたことです!わたしの目を開いた方ですのに、あの方をどこからの者とも知れないとは!・・・神からの人でないならあの方は何もできないでしょう!」。(ヨハネ9章)

こうして未だ見てもいない人物イエスを熱烈に擁護したこの若い男は会衆から追い出される(ユダヤ教体制からの排斥、村八分)処分を受けたのであった。これはユダヤ人にとって極めて不名誉なこと、いや、神の会衆から出されるのであり、律法の保護の対象からも外されてしまう。

だが、このイエスを熱く支持した人物が神の目に留まらずにいることはなかった。
イエスは、追放されたこの若い男を探し出して語りかける。「あなたに話している者がそれだ」。
若い男はイエスに敬意を捧げつつ言った「主よ!わたしは信仰を持っています」。
イエスは言う「わたしはこの裁きのために来たのだ、つまり見えない者が見えるようになり、見える者が見えなくなるために」。

さて、宗教家たちはイエスの行う奇跡の業を退け、その言い訳として悪霊の頭目を担ぎ出したのだが、それが本当に「神の指」であったなら、これはどういうことになるのだろうか?彼らの目は「見えなかった」のか。

加えて、彼ら宗教家たちは奇跡によってユダヤ同胞が癒されることに喜ぶことすらできなかった。一般の民を侮蔑していたからである。まして愛してはいなかったであろう。

イエスが右手の萎えた男を安息日の会堂内で癒したときにも、その一派の者らは奇跡の業を見届けるなりイエスを殺す算段をしようと会堂から飛び出していったのである。その理由は、ただ「安息日を守らなかった」という瑣末な「正義」のためであり、神の業をそこに見ようとはしなかったのである。
何と宗教的思い込みに恐ろしく歪んだ性格ではないだろうか。だが、こうしたことはあちこちの宗派の場で往々にして起こってきたことであろう。

今日の様々な宗教に於いて、その崇拝の対象や教理はそれぞれに違えども、本旨では一致しているようなところがある。
それが即ち「これが正しい、だから従え」ということである。

しかし、聖霊の証しを通して人に信仰を呼び起こす神の姿勢はそうではない。
それは各人が自ら選ぶべきものであり、それによって人は自らがどのような者であるのかを示すことになると言えよう。

使徒ヨハネはその書簡の中でこう言っている。
『 わたしたちが人の証しを受け入れるとしても、神の証しは更に優っています。
神が御子についてなさった証し、これが神の証しだからです。

神の子を信じる人は、自分の内にこの証しがあり、神を信じない人は、神を偽り者にしてしまっているのです。神が御子についてなさったその証しを信じていないためだからです。』(ヨハネ5:9-10)



-◆「聖霊」に逆らう者-----------------------------

こうして、聖霊に逆らった者らの姿が見えてくる。
それは、まごうことの無い神の力の表明を見ながら、なお反対を唱える確信犯である。

イエスは誰に対しても聖霊の罪を犯したとの明確な指摘してはいない。
ただ、ユダ・イスカリオテについてほのめかされただけである。

しかし、その罪が犯されるときには、その人の内心で重大な倫理的決定が為されるだろう。
そこでは、ふたつの事柄が秤にかけられ、義と不法の何れかの選択が迫られ、何らかの動機によって、ある人々は「不法」を選ぶのであろう。

そこに神の落ち度はないとヤコブの手紙は言う。『人は各々自らの欲望によって誘い出されて試みを受ける。そして欲望を孕んで罪を産み、罪が育って死を産み出す』(1:14-15)

だが、この罪を犯す危険を察知したパリサイ人もいた。ヒレル派の大学者ガマリエルである。
彼は、イエス派も神からのものでないならいずれは潰えようが、だがもし神からのものであったなら、反対者は神と戦うことになってしまうという危険を指摘したのであった。

ガマリエルは、イエスの弟子らの行う奇跡を念頭においたであろう。
そこで、この種の罪を犯す危険を悟り、イエス派憎さの欲望のままに重大な倫理的決断を下したりしないよう説得する賢さを見せた。



-◆「聖霊冒涜」の新たな面----------------------------

だが、その時点でユダヤ体制派の宗教家たちは、すでにイエスをローマの権力に渡して亡き者としていた。

キリスト帰天の後、聖霊の働きはイエスから弟子たちへと移されてゆく。

あのシャブオート(五旬節)以降、明白に聖霊の灌ぎが初期の弟子らに行われると、聖霊への反抗の種類に福音書の範囲にはなかったものが現れてくる。(使徒2章)

つまり、聖霊が灌がれ、その賜物によって異言や預言、癒しなどの奇跡を行うことになった初期の弟子たちには、その賜物に対する責任が生じたのである。

その賜物を有する者らは神の王国の一員「聖なる民」として選ばれたのであるが、それは未だ確定的なものではなく、内定のようなものである。(エフェソス1:14/コリント第二5:5)
キリストの帰還まで、あるいは自らの死までの間、傷なくシミもない忠誠が求められていたのであった。彼ら『聖徒』にとっては、確かに一度限りの聖霊の力に預った以上、棄教は聖霊への冒涜となるに違いない。(ペテロ第一3:6)


しかし、彼らに人間に共通する罪(原罪)が残っているからには、不謬なわけもない。それでもキリストの犠牲の仮の適用を受けて、彼らは神の前に『聖なる者』となり『義』と見做されていた。(ローマ8:1)

そこで使徒言行録には『主の霊を試す』という罪を犯した者らが処罰されている場面がある、即ちアナニアとサッピラの夫婦であった。(使徒5:9)
この二人は、人々からの称賛を願って、自分たちの偽りが誰にも見抜かれないと思い込んだ。しかし、聖霊を注がれた立場とは、『新しい契約』に与り『罪を赦された』状態にある以上、故意の邪悪が容認される余地もないであろう。この夫婦はその日の内に葬られている。


それでも、彼らが肉体に留まる以上はその『義』も仮のものであり、彼らもときに間違いを犯し、様々な倫理的失敗も免れていなかった。そこでヨハネは『死に至らない罪を犯している兄弟を見たら、その人のために神に願いなさい。そうすれば、神はその人に命をお与えになります。これは、死に至らない罪を犯している人々の場合です。死に至る罪があります。これについては、神に願うようにとは言いません。』と、当時の聖なる者らのエクレシアに書いている。(ヨハネ第一5:16)
アナニアとサッピラのような『主の霊を試す』ような罪は、あからさまな故意、また邪悪であり、人の弱さや過失とは言えず、ヨハネが言う『死に至らない罪』とはならなかったのであろう。


それでも、聖霊を受けた聖なる者としての優れた立場には、当然に一定の基準を満たすことが求められ、かつてのレヴィ族祭司に求められた清さを、キリスト教に於いてパウロが『聖なる者ら』に関して、不品行や偶像礼拝や姦淫、男色、貪欲、泥酔などとされる者が『神の王国を受け継ぐことはない』と述べたのであり、それは確かに『義』とされた『聖徒』について理に適ったことであろう。確かに文脈もそれを明示しているではないか。(コリント第一6:9-10)


したがって、これを混同して一律にアルコール依存者や同性愛者や姦淫者らが裁かれるべきとしてしまえば、多くの悪行や不品行に捕われ真に救いを必要とする人々が、人類の『祭司』とされるべき『聖徒』からの贖罪を受けられないと宣言してしまうことになり、『罪びとを招く』『病人にこそ医者が必要』と唱えるイエスの意図から逸れてしまうであろう。

罪深さを自覚しつつも自己ではどうにもならない人々はいつも存在してきたに違いなく。その人たちの悔いと神の許しの間に、同じように変わりない罪人たる他の人間が「自分は道徳的だ」と言って立ちはだかる理由もないであろう。(行状を改善できない彼らがキリスト教徒に数えられるか否かは「悪行の容認」に関わる別の問題となろう)


しかし、真に正義持つ人類の支配者として、『多くを委ねられた者には多くが要求される』ことは、この場合、『聖徒ら』に関して得心できることであるし、彼らこそは『悪の容認でなく、聖化によって召された』と言えるのである。(コリント第一6:9-10/ルカ12:48/テサロニケ第一4:7-8)



しかし、使徒ヨハネは『聖徒』であっても間違いを犯しても許されることを述べ、そこで「許されない罪もある」と書いている。それでも、「神から生まれた者(聖徒)は罪を犯し続ける*ことはない」という。*(ギリシア語に現在進行形がないためヨハネ第一3:4.6は「罪を犯さない」と訳されることも多いが、それでは既に原罪を超克していることになり、聖徒の状態をぼかすものとなるだろう)

イエスの弟ヤコブも、罪を犯した者は年長者を自分のところに呼んで、祈ってもらい、また油を塗ってもらうようにと勧めている。

しかし、ヘブル人への手紙には、冒頭で書いたような許されざる罪が記されている。
それについては、初期の弟子の聖霊の賜物に与るという立場を加味するとき、この文章理解の見通しが開けてくるのである。

「ひとたび啓示を受け、天からの無償の賜物を味わい、聖霊に与る者となり、神の類稀な言葉と来るべき将来の世の力を味わいながら、なお、離れてゆく者は、再度あたらしくされて悔い改めに至ることができない。」(ヘブル6:4-5)

これに加え、同じヘブル書の10章26節にはこうある。
「我々がもし、真実の知識を授かった後に、敢えて*罪を犯し続けるなら、罪に対応する犠牲は何も残されず、裁きと、逆らう者らを呑み尽くす劫火を慄きつつ予期するばかりとなる」。(10:26-27)*(エクーシオース 「自発的に」)

ここが、信徒たちをして、その属する宗派や組織から出てしまうことのないようにと、「地獄の火」のように信徒を恐れさせて利用されることの多い句である。しかし、だからといってその句の反対側に、つまり宗派に留まり模範的でありさえすれば、果たして「救い」というようなものがあるのだろうか?
ならば、「神の裁き」とは何と人間臭くて外面的なものなのだろうか!

だが、この10章26節に関しては、少し後の29節を見ると「自分自身を聖なるものとした契約の血」が関連付けられており、これらのヘブル書の言葉が聖徒°に適用されることを明示しているのである。 

さらに、「恵まれた(カリストス)霊を侮る者は」と続くので、上記の6章の言葉と同様に議論の余地無く、この書簡中での「聖霊に対する罪」は、聖霊を受けた者である「聖徒」が、その聖霊に敢えて逆らうことを指して「キリストをもう一度磔に処するようなものだ」と述べていたといえるのである。

また、『あなたがたは、はたして信仰があるかどうか、自分を反省し、自分を吟味するがよい。それとも、イエス・キリストがあなたがたのうちにおられることを、悟らないのか。もし悟らなければ、あなたがたは偽物として見捨てられる。』という言葉も、当時の聖霊を自らの内に得た聖徒らへの強い警告であり、霊を注がれてすら不信仰であるという、冒涜的な状況が如何に危険であるかを伝えるものとなっている。(コリント第二13:5)

したがって、聖霊の賜物を持たない者や、それを目の当たりにしていない者は聖霊の働きを充分には知らないので、この絶対的罪を犯すことを心配する必要はなさそうである。

では、今日この「聖霊に対する罪」を犯すことがあり得るだろうか?


-◆「聖霊に対する罪」はどう生じるか----------------------

まず初めに、イエスの奇跡の業を見たユダヤ人たちは、「神の指」の働きを見ながらこれを退けた。

そこにどれほどの自覚があったかは分からないが、人の行うことのできない奇跡を侮り、そこに含まれる善意すらも否定したのだが、この場面の反応を指して、イエスは「聖霊に逆らう者に許しがない」と述べていたであろう。

そして後に、聖霊を賜った「聖なる」弟子らにも同様に「敢えて罪を犯し続けるなら許しはない」と述べられていたとみることができる。『聖なる者ら』の行う聖霊の業を冒涜した者もまたそのようであろう。

したがって、この種の罪に関わる双方ともに、「聖霊」とそれに対する確信的抵抗が介在しているといえるだろう。

この理解を通して初めて、ヨハネ3章18節が述べる、『信仰を持たない者は裁かれている』の句も明瞭となるであろう。つまり、『聖霊の業』を見てさえ信仰を持たないという罪であり、その上には『神の憤り』がある。
 

しかし一方で、イエスは『人の子を罵倒する者ですら許されるだろう』とも言っているし、『あらゆる罪』にしてもそうであると言う。そこでは聖霊に対する罪と、そのほかの一切の罪がどれほど異なるかが強調されていないだろうか? (マタイ12:31-32)

総括すれば、「聖霊に対する罪」は聖霊の関わるところでのみ生じるのである。


他方、賜物をもたらす聖霊の降下は第二世紀頃に止んでいる。⇒ 西暦第二世紀のキリスト教徒
その後の聖霊を失ったキリスト教は迷走して様々な教えに分かれ、その枝葉は数え切れないほどになった。

そのだれもが正統をあるいは真理を持つと唱えても、聖霊のあるところならば正統もあり得ようが、今日どこにも聖霊がなく、完くの「正統」はどこにも存在しないので、これらの宗派は相克するよりほかない。

この争論や敵意そのものがそれぞれの聖霊の無さを証明しているであろう。聖霊は強力で曖昧なものではなかったからであり、そこに見間違える余地はない。

この上からの介入、つまり「聖霊」のない状態では、イエスの弟子らが的外れな考えを抱いていたように、皆が部分的知識の誤謬と自己満足の中に在るのであって、現在は絶対の罪を犯す余地がない。却って認識の不十分さゆえに、「聖霊の罪」からは保護されているともいえるだろう。

現代という時代は、バプテストのヨハネやイエスの登場する以前の、数百年間預言者が現れなくなり、神からの音信の途絶えていたユダヤに似ていよう。
ユダヤ人たちが言うように、マラキを最後に「預言者たちはみな眠りに就いてしまった」。
その後、第一世紀にイエスが現われた世代こそが、バプテストのヨハネとメシア・イエスを迎え、聖霊の業を目撃することによって、その罪を問われたのである。

今日も同様に、神からの聖霊は絶えて久しく、その沈黙の日々は千九百年になんなんとしているのである。


-◆再び聖霊の業が行われる時代に----------------

だが、ユダヤにイエスが現われたように、将来に聖霊が再降下するならどうなるのだろうか?

それは、キリストの帰還の時に為されるだろう。即ち、「終末」であり、「裁きの日」のことである。
選ばれた弟子らは為政者の前に引き出され「聖霊によって論駁しようもない言葉を語る」とされている。

それは諸国民への宣布、証しのために起こる奇跡となろう。これは鮮烈な論争を惹起し、イエスの世代のように、将来のその世代もキリストの臨御を巡ってふたつに割れるであろう。(ルカ12:8-12)

支配する王キリストを迎えることに反対する者らがまるで現れないということは、もちろん今でさえ考えられない。
そこでは、やはり古代のように聖霊を拒む者らが出ることは避けられないだろう。

将来の終末にも、同じように反応する人々が存在するのは、誰にも留めようがない。いや、それが『この世の裁き』であるなら、人の最終的裁きには聖霊が関わることになるに違いない。

世界は聖霊を通して「神の声」を聞くが、これは聖霊を注がれた聖徒らの働きであり、これにどう反応するかは極めて重い判断になるだろう。つまり、そこに「聖霊に対する罪」が関わるからである。(ヘブル3:15)
こうして、この罪を巡って人類は裁きの日に臨むことになるだろう。

従って、生きる人々は聖霊を受ける『聖徒』が現れ、この『聖霊を冒涜する機会』は「聖霊の業」を見ない限りは一度も到来しないということになり、それはこの『聖なる者たち』が地上から絶えた第二世紀から今日までそのようである。この間に死に至ったすべての人々は、復活の後に試されることになろう。

イエスはこう言っている。
『このことを驚くには及ばない。墓の中にいる者たちがみな神の子の声を聞き、

 善をおこなった人々は、生命を受けるためによみがえり、悪をおこなった人々は、さばきを受けるためによみがえって、それぞれ出てくる時が来るであろう。』(ヨハネ 5:28-29)


これは生前の行いを基に裁かれることを意味するのだろうか。
もし、そうならこの裁きは『聖霊を冒涜』する罪とは関わりが無い。
しかし、これが永遠の裁きであるなら、単に人が善行者であったか悪行者であったかという一般的な道徳規準で神は死者を復活させて裁くことになる。

だが、終末に聖霊が再び臨み、それが人々を分けるとするなら、死者も同じ基準で裁かれるべき理由が生じることになる。
この世の終わり「終末」において、神が人類を激動させ、そうすることによって『望ましい者らが家(神殿)に入って来る』というハガイの預言からすれば、聖徒らによる聖霊の言葉や証しは人間に由来するものではないので、非常に際立つものとなるのであろう。

そうなると、やはり死者たちに同様の機会が開かれねばならず、パウロが『義者と不義者の復活がある』と言ったことも、復活そのものが裁きとならず、わざわざ不義者を復活させる理由が見えてくる。(使徒24:15) 


ひとつには、死者は聖霊の業を見ていないからであり、また『アダムと同じ罪を犯していない』ゆえにも、彼らの生前の道徳がどのようなものであれ、重罪を犯しイエスの傍らで磔刑に処されながらもキリストに信仰を懐き、権力による処刑の最中にさえ受け入れられた男のように許されるべき者が居るに違いない。(ローマ5:14)

そこでは、人がかつて何を行ったのかはほとんど意味をなさない。自分は模範的だと、一般的な道徳性を誇ったところでそれがどれほどのものとなろう。

聖霊の業を通して問われる究極論点は「神を神と認めるか?」である。これこそがあらゆる倫理の基礎であり、あとはキリストを罵倒していたとしても本質的な罪ではない。まして、人間の法については言うに及ばない。 ⇒ 「終末の裁きで何が問われるか」

もちろん、不法を繰り返して来た者には倫理的欠陥が深く染み付いて、聖霊に対しても罪を犯しやすいのかもしれない。だが、自分の悪に気付く者らには有利であろう。
却って、罪多きものは多くを愛するということがあるだろうからである。許されるものが大きい人は、キリストにために生きることを躊躇わない。


一方で、人間の定めた規則に仔細に従うような道徳的模範者が神に悦ばれるというなら、その神は何と矮小なことであろう。
ある宗派に馴染めず、そこを出た信徒を許されざる者とする神なら、何と了見の狭い神であろう。

我々はそのように小さく偏狭な神を心から尊崇できるだろうか?そのような「神」なら、我々の周囲に幾らでも歩き回っていないだろうか?
また、それらの宗教の教導者は、偉大な神を自分と同じレベルに卑しめてはいないだろうか?

教会を去る信者や、単にキリストの信仰を持たないからとこの罪に断じるのは、貴少な教会員の囲い込みにはなるほど打って付けなのであろう。そのような教えが存在することは致し方ないが、その犠牲となる人々はまことに気の毒なことである。

あるいは、教会や組織に属すところに「救い」のようなものを実感し、愉悦を感じている方々もおられるのであろう。
だが、こうして聖書を見るとき、「所属が救済」との教えに蓋然性があるとは思えない人々もまた居るに違いない。

我々の限界や弱さや罪深さを知り尽くす神が、人間同士の定めや道徳の差を以って裁くだろうか?
大いなる創造の神は、人間はすべて「土」であることを知っているという。
この意味するところは大きい。
この点、聖霊を受ける者ですら、人の罪を許すよう求められてさえいるのである。(ヨハネ20:22-23)


-◆「我々に抗わない者は、我々に味方している」---------

この見方を支持するのは、イエスは聖霊への罪の適用の境界は非常に大らかであることを示唆する発言をしていることである。

聖霊の業を真似ながら自分に付き従ってこない者らをイエスは咎めず「我々に抗わない者は、我々に味方している」と言い、却って使徒らにこれら小さなものたちをつまずかせることが大罪であると叱責し、他方で聖霊の業を誹謗した者を指してのみ「わたしと共に集めず、散らしている」と述べている。⇒「アブラハムの裔を集めるキリストの業」

このように、聖霊の業をどう見るかこそが、人々を大きく分かつことを明らかにしているのである。
そこに瑣末なことで仲間を裁く狭量な宗教家の姿を見つけることはできない。
(マルコ9:38-42/ルカ9:50)(マタイ12:30/ルカ11:23)

それゆえ、我々は互いを裁かず、神が聖霊を通して語る時を待つべきである。
そのときこそ、宗派にも他のあらゆるイデオロギーをも超越し、我々個人の真なる深奥の資質、即ち、神を肯んじることができるか否かを問われることになるのであるから。

神の裁きであれば、そのように個人の内面こそが問われて当然ではないだろうか。
聖霊とは、個人の内奥の如何なるかを見極める為の重要なファクターであり、イエスや聖徒らの時代と同様に、終末の「神の裁き」において人知の到底及ばぬ働きを為すであろう。


試みを経て神との絆を選び取る人々について、聖書はキリストの自己犠牲の愛の許に集められ、『神の子』とされることを知らせている。この意味は、神の創造物として完成され『罪』をまったく去って、神と共に生き続けることであるので、試みの後に『死は火の湖に投げ込まれ』もはや存在しないことを示す。

こうして神は創造の業を完遂し、人に自らの『象り』としてその栄光を与える。人はキリストの犠牲によって『神の子』に復帰し、遂に永生に至ることになる。
 




              新十四日派   © 林 義平

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*「悪霊」:天での立場を保たず、人の女と交わろうと人の形をとって地に降り、罪を犯した堕落天使ら。その頭目には、最初の逸脱者サタンが君臨する。
ノアの洪水以降は拘禁状態に置かれ、人にはっきりと現われることはできないが、今日まで曖昧な仕方で様々な不善を為している。能力は人間を高く超えるが、倫理性は相当に低い。人によっては生活に支障があるほど干渉されることもあり、憑依状態や痙攣、体や夢や発言の操作、様々な無い物を見せたり聞かせたりすることも少なくはない。これらに好奇心を抱くことは非常に危険だ。

#「ベエルゼブブ」:本来はユダヤでの異教神の蔑称。元の言葉は「バアル・ゼブル」と考えられており、カナンの神バアル(「主」)のひとつの形態であったが、ヘブライ語で「ハエの王」をもじってこのように呼ばれたらしい。これが第一世紀までに、ユダヤ人の間で卑しめられ悪霊たちの頭目の名称とされるようになっていた。

○「聖徒」:(ハギオス)キリストの信徒の中でも、イエス刑死後の五旬節から聖霊が灌がれ、奇跡的能力の賜物を得た者らで、イエスと共になるために召された格別な人々。 ⇒  西暦第二世紀のキリスト教徒

キリスト教が復活を教えている以上、キリスト教信仰を持って死んでいようが、持たずに亡くなっていようが関係なく、終末の復活後に、聖霊の奇跡の力がすべての人々に改めて示されることになる。


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関連項目 ⇒ 「終末の裁きで何が問われるか
     ⇒ 「聖霊という第三のもの



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「自らの象り」への神の忠節な愛



「神の愛」と言われても。「愛」の以前に、そもそも神の概念がはっきりしていない。
そこへ愛ということになれば、何かを飛び越した印象があって当然であろうし、得体の知れないものに擦り寄られる不気味さすら感じる人があっても致し方ないことであろう。

そこでまず、神を特定しておく必要がある。

この愛の主たる「神」とは聖書にある創造の神であり、自分以外の一切を在らしめた第一原因者というべきものを指す。
この神は創造を企図したときにどのような動機を持ったのかは分からない。
しかし、神は創造物、殊に理知的意識を持ち自らとの関係性を認識できる者らとは、精神意識上の交友を望んだであろう。

それは創造者と被造物、また被造物同士の相互認識と関係性の交流であり、あたかも家族や友人のような姿であろう。それは奴隷と主人のようなもの、あるいは人間界に見られるような尊大な独裁や格差や差別や上下のあるような関係ですらない。
創造者と被造物においてすら、ある意味においての等質性がある。
それを創世記は「神の象り」と表現している。

つまり、神を認識できる被造物は単なる「物」という次元を超えるのである。
聖書の創世記に描かれる創造者は、自らの創造物である人間、その初めであるアダムを非常に愛したところが観察される、即ち、動物たちを彼の前に連れて来ては、それをアダムが何と呼ぶかによって、すべての動物にその通りの名を与えたというのである。自作の表題を誰かに決めさせるという発明家や芸術家がいるとしても、それは相当に愛情の伴う異例なことではなかろうか。

ここで明らかなように、アダムの思考は神から独立しており、それを神は楽しんでいる。そこに様々なキリスト教派がいうような「服従を望む神」の姿は見当たらない。

また、人は物質の地球上の管理のために作られたと書かれているのだが、単なる管理の下僕ではないようだ。
もちろん、ロボットのようなものでもない。
神との相互認識から意志の交流が生まれるが、互いにその関係性を楽しめるものとするために、それらの被造物は、ある種の神と同様の個別の意志を持ち、自由に決定を下せるものでなくてはならない。

創世記で「神の象りに造られた」という言葉が用いられているのは「人」であり「アダム」である。
アダムは「神の子」であったが、天使らも「神の子たち」と呼ばれている。そのそれぞれが自由意思の持ち主であり、神との意思の交流があったに違いない。(列王一22:21)

それは人間をして他の動物たちと決定的に異ならせるもの、つまり本能だけによらない意思の自由、加えて抽象概念の把握もあろう。これなくしては、見えない神を思考することも意思の疎通を図ることもできないだろう。

一方で、神にとっても自らの「象り」としたからには、神がこれを卑しめることはない。
殊に自由意志決定においてこれを尊重するのは神自らの神性を重んずることでもある。
ここに人間のプライバシーを認める理由がある。即ち、意志決定を妨げないことの必然性の存在である。

アダムが「善悪の知識の樹」から食することを、全能の神であれば強制によって妨げることもできたであろう。だが、それではアダムの意志の方向が見えないし、人を「物」の領域に引き下げてしまう。

善悪の知恵の木と永遠の命の木とが植えられたとき、人の前にふたつの道が選ばれるようにされたのであり、神がそれらを設置したのであれば、その選択は人に任されるべきであったに違いない。
しかも、二本の木々がエデンの園の中央に置かれたということは、人の境遇とその選択が関係を持っていたことを物語っている。

創造された生き物の名を付けることを人に許し、その自由な思考を楽しむ神は、ここに於いて、自由意志を更に保つべき行動に出たと言えるのである。
その自由意志は諸刃の剣と成るものであったからであろう。既に一人のケルヴは自由意志を自らへの強い愛着に向けてしまい、創造界の調和を乱し始めていた。それが誘惑者となった『蛇』であることを黙示録が明らかにしている。(黙示録12:9)

そこでは、神が全知であってあらゆる者は神の知りうるところではあるにも関わらず、アダムもエヴァにもその決定を事前に把握することは避け、監視するようなこともしなかった。そうでなければ、アダムを創造することに不利益があるので、はじめから人を造らなかったであろう。全知全能の神が、禁断の木の実を食べたことで隠れた二人を、「どこにいるのか」と呼んで探しているのである。

このように神と雖も、その全知全能性を抑制することは神自らの「象り」を尊重するゆえであり、その目的とするところは真に自由な意思を在らしめるものである。つまり、人を創造した神は「圧制者」ではなく、本来は監視カメラを置いて強制するようなことをしない。

まさしく、燃えて回転する剣と二人のケルビムをもう一本の木の前に置いて、監視させたのは、アダムらが『罪』に陥った後のことであったのだ。

この観点から神を捉えると、創造の神は主権を翳す圧倒的な上位者であることを望んでいないことになる。
これに調和して、人に屈従を強いることは、人が本来造られた「象り」に反することであり、圧制が人間にとって不自然であることは歴史が永らく証明してきたであろう。



-◆創造の意図を離れた創造物-----------------------------------

さて、神は全創造のはじめにひとつの生命を誕生させた。
もちろん人間の創造を遥かに先立ってのことである。
この最初の創造物は格別のものであり、神の象りという点において最高度のもの、「精密な描写」とも言われている。 ⇒ 「ホクマの謎」

箴言八章によれば、彼は神の創造のはじめであるだけでなく、自ら以外のすべての創造に関わった。
それゆえ、彼は神が直接に手を下して創造したということにおいて唯一であり、それゆえ神の「ひとり子」と新約では呼ばれている。

この創造の業への関与の深さに調和して、彼は「神」(定冠詞無し*)であり、「大能の神」(エル・ギッボール)とも呼ばれている。彼は人の創造に関わっており、箴言では人を深く愛したことが伝えられている。(*ヨハネ1:1/イザヤ9:6⇒テモテ第一6:15)

しかし、人アダムは神との関係、つまり最初の倫理性の発露、自由意志の表明において、蛇の道に従い、創造者を創造者として認めない行動をとった。これは神と「ひとり子」にとってさぞや残念なことであったろう。

この選択が及ぼしたものについて例えを用いて説明するなら、性能に優れたコンピュータに自由意思を付与したと仮定する。
自由な意志がある以上、それはもはや単なる「モノ」ではなくなるだろう。
それはある意味で人間のひとりのようになる。このマシンが自らの作り手を尊重しつつ自由意志を行使するなら、それはなんと良い関係となろう。

しかし、これが作り手である人を無視するようになり、その意図に反する決定を下して行動したり、更には作り手を攻撃し害するようになった場合どうなるか?そこに欠落するものは「愛」である。

我々なら、自らが作り手(当該存在の原因者)である以上、その悪意を持った意志の持ち主の存続をやめさせる当然な権限を行使するであろう。まして、それが周囲にまで悪影響を及ぼしてゆくならそれは権利を越えて、存在させた責任をとらねばなるまい。

おそらく同様に、神もアダムについてそのような処置をとった。それは永久に存在することの停止、寿命の付与である。もちろん、こうした事態が発生しうることを神は知っていたに違いない。しかし、自由な意志の尊重のために敢えて犠牲の危険をとったのであり、それが自らとその「象り」とを尊重するからにほかならない。

即ち、被造物が創造者の意図に反して行動し、永久に存続する場合、創造者の意図はいつまでも達成されないことになり、それは作り手の権限を無に帰さしめることになり、それは被造物全体の益にもならない。

こうしてアダムは永遠の生命から退けられ、神の創造物としての本来の栄光や、『神の子』が持つ神との親しい交友から除外されることになった。
そのゆえに地は呪われ、アダムの耕す地面には雑草が繁茂するようになった。それらが生活の糧を得る労働を非常に辛苦なものにして今日に至っている。(雑草は人間の生活圏と密接に関係するという)

また、様々な大地の災害も始まったであろう。
そして「顔に汗してパンを食し、ついに土に帰る」という言葉は今日なお真実ではないだろうか。
それは、人が地を治めるべく造られたという意図から外れたので、地は人に対して必ずしも協力的では無くなることを意味したのかもしれない。



-◆神のひとり子の贖い-----------------------------

しかし、アダムの子孫については、遺伝によって寿命ある生命を受け継いだのであり、彼らが神を神として認めるか否かは未知数であった。それでもアダムは一度の違犯によって、子孫をまるごと神を認めぬ道に引き入れてしまったのである。(ローマ5:12)

現状で、人間は様々な宗教を奉じていてすら、アダム由来の罪(原罪)を免れることは誰にもできず、地上は様々な悪で満ち、強欲からくる争いを特徴とする「この世」が存在しているのである。(ヤコブ4:1-4)

ここにおいて、神と「ひとり子」はアダムの子孫の救済を企図した。(ヨハネ3:16)
人類の失ったもの、つまりアダムに代わる完全な倫理性を持つ生命(魂*)を犠牲として差し出すこと、その代価によってアダムから連綿と続いた人間の生命(魂)を回復するのである。これは「贖い」と呼ばれる。

このことにおいて最適任者は「ひとり子」である。
なぜなら、彼は神に最も信頼されており、紛うことなく創造者を創造者とするであろう。

さらに、彼の創造物筆頭の地位から創造者を尊重する態度が示されるとき、その第二の地位ゆえに全創造界には創造者が創造者とされ、至高者として尊ばれるべき理由が生じ、それは創造界全体に秩序を与え、この『初子』を要として家族のように親密な関係が回復されることになるからである。(コロサイ1:20)
これこそ神もひとり子も意図する世界であったろう。

しかし、それは神にとっても大きな犠牲を伴うものである。
親になったことのある人なら分かると思うが、自分の子の命を誰かに差し出すということがどれほどのものか。
人は我が子のためになら自分を差し出すことも厭わない。危急のときに親にとって子は自分よりも貴重となる。親は子のために猛火の中に飛び込み、猛獣にも立ち向かうのである。
それは人ばかりではない。動物であってすらそれを示す。

それであれば、貴重な「ひとり子」を愛情に富む親が誰かに差し出すとき、そこに何があるのだろうか。

一般常識からすれば、子を差し出すのは親のすべきことではないともされるだろう。
同様に、神に対してその異論を唱えた者がいるようだ。
「蛇」である。

この主張は、ユダヤ伝承に含まれるおそらくの話だが、人間という不義理な輩に神の貴重なひとり子を与えるなど豚に真珠のようなものだとサタンが語ったとされている。
(蛇自身は自由意志から既に神を退けているので、アダム同様に御子の贖いの埒外にある)

この伝承の由来には、アブラハムへの試練がある。
非常な高齢になってからやっと得たひとり息子イサクを、羊のように丸焼きにして差し出せとの指令は聖書の神ではなく、当時のカナンの地の残虐な偶像の神々の相貌を突然に呈する。

だが、アブラハムは自ら信じる神の善性を疑わず、約束にしたがい自分のひとり子を神は復活させてくれるとの信仰を抱いたので、ひとり息子イサクに刃を向けるところまで進んだ。そこで神は遂に声を発して介入し、アブラハムの手を止めさせたが、後にパウロは「アブラハムはイサクを捧げた(も同然であった)」と書いている。(ヘブライ11:17-19)

ここで示されたのは、アブラハムの神への「従順」ではない。
パウロはこう書いている。『彼は、神が死人の中から人をよみがえらせる力があると信じていたのである』(ヘブライ11:19)
即ち、アブラハムは試されたときに、闇雲に神への従順を全うすることに注力したのではなく、神の善性を疑わず、『イサクから出る者があなたの子孫と呼ばれる』との言葉に深く信頼をおいていたのである。
こうして、アブラハムは人間の中にも神を深く信じて、そのひとり子を差し出す者がいることを立証したのであった。そこでパウロは『信仰によって、アブラハムは試練を受けたときイサクを献じた』と記しているのである。

「従順」は自分の想いを別にして従うことを求めるが、「信仰」はそうではない。自らの想いが自発的行動を起こすものである。そうでなければ、神は知的創造物を「物」として支配することを望んでいることになるであろう。

アブラハムが示したのは、神への信頼で結ばれた絆の強さであったということができる。それは人格的結びつきによる彼の判断であって、機械的、自動的なものではなかったというべきであろう。何が何でも神に従うというのは法則に従う物体であって、思考力のある存在がただ言われたままに動くというのであれば、それは「神の象り」を自ら侮蔑することになる。

アブラハムの信仰を創造の神はどれほど悦んだことであろう。
最も貴重なものを差し出しあう神とアブラハムであったので、神と人という言葉の及ばぬほどかけ離れた存在でありながら、遥かな違いを乗り越えて、神はアブラハムを『我が友』と呼ぶようになったのである。このようにされた者は聖書に例を見ないが、この件を通して、まさしく人は『友』とまでされ得るべき、その「象り」に創られたというべき理由も見えてこよう。(ヤコブ2:23/イザヤ41:8)

こうして、サタンの反論は廃され、神はその「ひとり子」、『創造のはじめ』である『言葉』を世に遣わすことになる。
「ひとり子」も喜んでこれに応じたであろう。彼が人を愛したからだけではない、その父を深く愛するゆえに、父を父とし、創造者としての「神性」を立証することは命をも懸けるに足ることであったに違いない。

パウロは「神は我々が敵であったときに御子を通して和解していた」と書いたが、人々が誤解をもって、また無知であるゆえに神を無視しているその間にも、既に神とその御子の愛は我々に対しても完うされたのである。

このように、人類全般に知られない間に神の愛は遂げられ、これは神の最大の栄光となった。
御子の死に至るまでの忠節を通して、自由意志者の間で神が神とされ、その神性が遂に立証されたのである。(フィリピ2:5-11)

この父子の何という強固な結びつき、そして幸福な関係であろう。
ここに比べるべきもない偉大な、そして究極の愛がある。



-◆一度限り立証された神の神性-------------------

御子の死を通して創造者の神性は余すところ無く立証されたので、もはや神からの独立の道をゆく蛇を初めとする「神のようになろうとする」者の存在価値は、神(創造者)と御子(被造物)の固い愛の絆によってまったく否定された。(ヘブライ2:14)

この愛によって創造界が満たされる日がやがて実現することだろう。
それは、圧倒的主権者と被支配民というような人間に見られた過酷な関係ではない。そこで為政者は民の福祉を省みず、民も従いながらも愛しはしない。

しかし、神と御子は人々が敵のようである状態からこれを愛し、最大の犠牲を払って神の家族に迎え入れようとしているのである。

キリストは自らを指して、(家の)「子」が自由にする者は奴隷身分を解かれると語っている。(ヨハネ8:34-36)
現在の人類は、様々な艱難辛苦と老化と寿命の奴隷であり、不公正な政治や市場経済の圧迫、また強烈な権力を翳す様々な脅しに隷属しているのである。

このようにバランスと秩序を欠いて奪い合いと争いの憎しみ満ち、命儚い世に依然として生きる我々ではあるが、神の子となって迎えられ、創造されたままの愛と栄光への内に帰る道筋が御子によって一条開かれた。(ヨハネ1:12)

こうして、政治的権力という一切の強制の必要の無い、また神も権威を翳す必要の無い、あたかも家族のような姿が神と被造物の間に見られるようになるであろう。
何故ならば、政治というものは、人間の不倫理性に対処するための応急処置に過ぎず、貪欲の調停を行う機関だからである。それは常に人類の貪欲への対症療法であるので、様々な矛盾や難題を抱えたまま、度々に機能不全に陥るのである。

また、宗教も同様に、人間の不倫理性のゆえに神と人の間に断絶があるところの仲介を行うための存在である。しかし、これは神の任命した仲介者を介さない限り、人は神との絆を回復することは無いのであり、実際、現今の宗教はみなそのようである。⇒「人はなぜ、苦しみながら政治と宗教を存続させるのか」

神がキリストを通して与えるものは、これら人間には解決不能な陥穽からの救いであり、隷属を去った自由なのである。
仲介者キリストが人にもたらすものは、不倫理性の除去、即ち「贖罪」であり、それは根本治療である。
隷属から解かれたその「自由」を得るならば、人は他者に語るように神に語りかけ、神はイエスにそうしたように実際に答える。
いや、そのときに神は、人から『問われる前に答え、既に語るときに聴く』とさえ言うのである。(イザヤ65:24)

そこでは所謂「宗教」の必要も無くなってしまい、人は「神の子」に復して「罪」のもたらす神と人の断絶はまったく過去のものとなるだろう。

そこで明らかなことは、人を人として創られた神は、強力な主権を翳して支配し「従順」を求めるのではなく、人ひとりひとりの自発的「信仰」を望まれるということである。それが人の自由意志の選択を担保するのであり、信仰を選ばせることで、神は自らの『象り』を尊重される。
それゆえ聖書には、『信仰ゆえの従順』という言葉はあるが、『従順ゆえの信仰』というものは無い。

そうでなければエデンの園に二本の木々は要らず、終末の裁きに於いても信仰ではなく、ただ従順を求めるはずではないか。
人を救うのは「従順」ではなく、明らかに「信仰」である。もし、神が自ら主権者としての支配を望まれたなら、苦しみ充る世も人々も即座に消滅し、サタン諸共にとうに滅ぼされていたに違いない。

だが、神が創造物に望まれたのは、親子のような関係であり、親が子供の上に主権を行使しようとするなら、その親は悪い見本のようなものではないか。 神はいずれ、聖霊によって自らを明確に示される。その時に信ずるか否か、それがアダムの子孫に与えられた二本の木々になると云えよう。(ヨハネ3:36)

さて、我々はこれにどう応じるだろうか?



 


        新十四日派     林 義平
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*文中「生命」に(魂)を付したが、これは初学者のためである。
正しくは「生命」ではなくヘブライ概念の「魂」(ネフェシュ)とするべきだが、理解の混乱を避けた。

 ネフェシュ(魂)の意については以下が関連
  「ネフェシュとは何か
  「ネフェシュの翻訳
  「ネフェシュ 命に優るもの

関連 ⇒ 「神は主権を追い求めるか」
        ⇒ 「神はなぜ信仰を求めるか



山上の垂訓における律法の成就


旧約聖書中のはじめの五巻、モーセを通して与えられた見事な条文法である「モーセの律法」は、成立以来ユダヤ人によって精密に写本されて伝承しているので、今日のユダヤ人も「トーラー」と呼ばれるこの律法に含まれるヘブライ文字七万九千八百五十六字をそっくり神に返すことができるという。何と天晴れな事であろう。

律法はイスラエル12部族がエジプトで増大し、国民を構成するまでになっていたため、民に秩序を与えるための国法を成すものであったのだが、さすがに人間の考案する法律の能力を超えて、遥かな将来についての予告を示唆するものとなっていた。それはキリストの到来を指し示し、その多様な働きを事前に示唆までしていたのである。

だが、その六百近い法律条項で成る「モーセの律法」がキリスト教徒に対してはどのような位置を占めるのかになると、キリスト教界では多くの見方が並存している。

宗派によっては律法は過去のものとなったとされ、過去の遺物を眺めるかのように時折に参照される程度にされている。
他の派では、教えの原則は学べるものであるとされて、似た規定をキリスト教に中に設けているところもある。
また別の宗派では、キリストの「わたしが律法を廃棄しに来たと考えてならない」との言葉から、律法は依然有効であるとされる。

特に多くの「クリスチャン」が従っている見方は、律法の中でも最初の十ヶ条である「十戒」だけは守るべきである、というものであろう。

その理由は、律法の最初の十ヶ条のみが人手によらず書かれて、それらの文字が二枚の石板として切り出されているゆえに、特別なものであるからユダヤ人でなくても信徒は皆従うべしとのことらしい。
それに加えて、先のイエスの「廃棄しない」との発言も十戒の残存を裏付けている、ともされるかも知れない。

その当否を、ここで論ずることはするまい。

だが、キリストが律法について述べた背景や真意を探る試みをしようと思う。

その言葉は、マタイ福音書5章から始まる所謂「山上の垂訓」に含まれている

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「わたしが律法や預言者らを廃棄するために来た、と思うべきではない。廃棄するためではなく成就(満たす)ために来たのだ」。

「真にあなたがたに言うが、律法の一点(ヨッド[י]またはイオータ"i”の下点)一画が消入るよりは天地が消え去る方が先になろう。

れゆえ、その最も小さな条項一つであってもそれを廃して人々に教える者は、「天の王国」のおいて「最も小さい者」と呼ばれよう。

だが、逆に行うように教える者こそは「天の王国」において「大いなるもの」とされるであろう」。

「真にあなたがたに言うが、あなたがたの「義」が書士ら(ソフェーリム*)やパリサイ人に勝らなければだれも「天の王国」に入ることはないのだ」。(マタイ5:17-20)

(*あるいはトーラー筆写の専門家で律法に精通していた「抄経博士」

確かに、イエスは律法を廃止するのではないと述べ、律法は捨て去られるものではなく、以後も残らず存続すると言っている。そして実際ユダヤ人によってトーラーは確かに地上にも保たれている。


他方、「律法の終わり」を説く一番の論客は何と言っても使徒パウロである。
「キリストは律法の終わりである」と端的述べたのは彼である。(ローマ10:4)
またパウロは「律法はキリストに導く養育係*であったが、・・(イエスへの)信仰が到来し(成長を遂げ)た現在、我々はもはや養育係の世話のもとににはいない」。とまで言っている。(ガラテア3:24-25)(*邸宅の家庭教師、子弟の守役


では、イエスとパウロに「矛盾がある」というべきなのだろうか?

だが、パウロは別の箇所でイエスに近い発言をしている。
「では、我々は自分の信仰によって律法を廃棄するのだろうか?いや、けっしてそうはされないように!むしろ我々は律法を確立するのだ」。(ローマ3:31)


もちろんイエスがギリシア語で話したわけではないのだが、福音書のその言葉では「成就する」(あるいは「満たす」[プレーモゥ])という表現が用いられたのに対し、パウロは「確立する」(あるいは「セットアップする」[ヒステーミ])というように、両者の用いた動詞は異なるものの、「廃棄せず」にそれを仕上げてゆくようなニュアンスで律法を肯定していることを双方に見出すことはできる。


では、パウロの意図するところをもう少し探ろう。
つまり、彼がどのように律法を評価していたのか、という点についてである。



-◆「罪」を知らせる律法------------------------------

使徒パウロはキリストに従う者らが律法に拘束されることを極めて強く指控しているが、一方で、「律法は聖なるものであって、義に適い有益だ」とも述べており、また「律法が聖なるものであるゆえに、自分は肉に属し罪の下にある」というのである。(ローマ7:14)

その肉については「肉は律法に服従しておらず、実際服し得ない」と彼は律法ではなく自らもまとう「肉体」の方を責めている。(ローマ8:7)

したがって、「肉は律法によっては義と宣せられることはない」とも言い「律法によって罪の知識が生じる」という。
パウロは自身について更に語り「自分には善いことを行いたい願いはあるが、肉の傾向がそれをさせず、却って自分の願わない悪へと引いてゆく。・・それゆえ悪を行わせるのはもはや自分ではなく自分の内に宿る「罪」である」という。(ローマ3:20/7:20)


そして「我らはユダヤ人もギリシア人も皆が罪にあるとの告発をした」というのである。
つまり、モーセを介してイスラエルに与えられた律法は、人類の誰にも宿る肉の罪に関する知識を与え、「義人がいない」ことを証したと述べている。(ローマ3:9)

使徒ペテロも律法について『先祖もわたしたちも負いきれなかった軛』 と呼んでいるのであり、誰が律法を全うできたとも見做していないのである。(使徒15:10)


では、罪に関してキリストたるイエスはどうであろう?
ペテロはイエスを指して「罪を犯さず、口に欺きが上らず」と言い、パウロも「罪を知らなかった方をわたしたちのために罪とし、その方によってわたしたちが神の義となるようにしてくださった」と書いており、ヨハネはイエスが贖い代であるゆえに「彼に罪はない」と断言する。(ペテロ第一2:22/コリント第二5:21/ヨハネ第一3:5)

この「罪」というのは、個別の罪を指すのではなく、それは我々人類に共通する倫理的欠陥のことであり、それは今このときにも行われている無数の不義、不公正、あらゆる倫理の欠如した事柄の淵源であり、これを絶たない限りこの世が不道徳に支配されている状況は一向に改善しない。聖書によれば、この「罪」(原罪)は人類の始祖から遺伝したもので誰もが避けようのないもの『アダムの罪』である。(ローマ5:12・14)

それゆえ、その罪を除き去るイエスはアダムの子孫とならない方法で人として世に来る必要があった。

そうなると律法は、我々に罪の存在を教え、そこから逃れ出ることに注意を向けるものであったことになる。
同じ律法には祭祀規定の中に「贖罪」の儀式があったが、それはイスラエルの罪に対して動物の血(魂)の犠牲を要求するものであった。

そのようにして、律法はアダムの子孫である人が皆「贖罪」される必要をも教えていたのである。

しかし、動物の犠牲は人の罪を贖わない。それでいつまでも律法祭祀で動物の犠牲が繰り返されていたのだが、あるいは贖罪の必要のない人が現れて、律法のすべての条項をことごとく超えたとしたら、その者こそ真の贖罪として供される「子羊」となりうる者であろう。(ヘブル10:1-4)

つまり、「律法」が真の贖いの犠牲となる命(魂)を指し示すのである。
律法を超える者であれば、我々生身のアダムの子孫には到底追いつけないほど高い倫理基準をもっていよう。そうでなければ、人類の贖い代とはなり得ない。



-◆書士やパリサイ人に勝る義----------------------------------

さて、「山上の垂訓」のイエスの言葉に戻ってみよう。
『真にあなたがたに言うが、あなたがたの「義」が書士らやパリサイ人に勝らなければだれも「天の王国」に入ることはない』。

「天の王国」が神の傍らに仕えることを意味するのであれば、それは罪ある肉なる者であって良いはずもない。神の倫理基準に達していなければ、天で神の前にただ死を意味するのみである。


したがって「天の王国」に入る者は、あらゆる人間の倫理基準よりも高い位置に居なければならない。
書士やパリサイは律法の墨守、つまり自らの努力によって己を義とする者らであるが、これらの者たちの倫理が見掛け倒しのものであったことはイエスによって暴露された通りである。

イエスの倫理基準は律法主義者より遥かに高いものであったから、彼ら律法主義者が自らの皮相的な義に拘泥する限りイエスと衝突することは避けられなかった。しかし、それは何と無謀な挑戦であったろう。

そして、イエスは律法を引用しつつその真髄ともいうべき意味を知らせて言う--------

「あなたがた(ユダヤ人)は、『汝、殺すなかれ』と(律法で)聴いている。しかし、わたしは言う。自分の同胞に対して怒りを抱き続ける者は皆、法廷で言い開きを求められることになる。また、同胞に言うべきでない侮辱の言葉をかけるものは最高法廷に引き出されるであろう」。「捧げ物のため祭壇まで来ていたとしても、同胞の誰かが自分に反感を抱いていることを思い出したなら、捧げ物をそこに残しておいてでも、まずその仲間と和睦して、しかる後、供え物を捧げよ」。(マタイ5:21-)


こうして、イエスは律法の「人を殺してはならない」の条項一つから、その「殺人」という字面を超えて遥かに「敵意」や「反感」にまでも大きく適用範囲を広げているのである。怒りの感情の中に殺意の萌芽があることはアベルを殺めたカインの時以来、誰にも明らかにされてきたことではないか。

イエスはそうした反感を解消するためならば、イスラエルの聖なる神の前に捧げ物を留め残すことすら不敬とはならないというのである!いや、むしろそうすべきなのであろう。
だが、これは神への聖なる祭祀を非常に重視したユダヤ人には聞いたことのない(あるいは容認しがたい)教えであったろう。彼らは神を祭り上げつつその意志を逸したのである。(マタイ23:16-)


イエスは続けて別の律法についても語る。

「『あなたがたは姦淫を犯してはならない』と(律法で)聴いている。しかし、わたしは言う。女を見続けてこれに情欲を抱く者は、ことごとく既にその女と姦淫を犯している」。

「『妻を離縁する者は離婚証書をこれに与えよ』と言われている。だが、わたしは言う。淫行以外の理由で妻を離縁する者は、彼女を姦淫に曝すのであり、これを娶る者も姦淫を行うのだ。」



「『誓約をして履行しないことがないように』と聴いている。だが、わたしは言う。一切誓うな・・ただ、あなたの是は是を、否は否を意味するようにせよ。・・これ以外の言葉は邪悪な者から出るのだ」。


『目には目、歯には歯を』は同等報復を表す言葉として有名ではあるが、この律法の言葉からイエスの導き出す倫理基準は、まるで正反対ともいえるものである。
自分から外衣を奪おうとする者には内衣をも与えてやるように、と言うのである。
邪悪な者には手向かわず、右の頬を打たれるなら左の頬をも差出し、徴用する者(おそらくは不正な役人)が一里を行かせようとするなら、その者と共に二里を行け、とも言う。


『隣人(同胞)を愛し、敵を憎め』*とユダヤ人たちは聴いていた。
これは自分の仲間を大切にすることが一般的常識に属するものであることを引き合いに出している。

だが、イエスはこうした一般的倫理を超えてゆく。「あなたを愛する者らによくしたからといって、いったい何をしたと言うのか?悪人とて同じことをするではないか」。「あなたを圧迫する者のために祈り、敵を愛せ」。「我が父が完全であるようにあなたがたも完全となれ」。
(*この言葉「敵を憎め」は直接には律法に無いが、「同胞を愛せ」の部分から宗教領袖らによって拡大解釈され、それを民衆は聴いていたらしい

この垂訓の中で、イエスは律法の中の幾つかの掟を挙げたに過ぎないが、これほどの倫理観に誰が間違いなく付いて行けるのだろう?
ここでイエスのしたように律法を再確認してゆくなら、いや、十戒だけであってすらその精髄たる基準を示されれば、我々のような罪ある人間はまったく窒息してしまうであろう。
我々は努力を重ねてすら、まったく嘘をつかないで済むこともできず、神の基準には到底及ばない。まして『天の父のように完全であれ』と言われて、誰がそうできるものだろうか。

本当に、山上の垂訓のようにして律法に込められた精神を追求するのであれば、あらん限りの宗教的情熱を傾けて条文の表面を守ろうとする書士やパリサイ人たちの誇る「義の業」であっても浅薄なもの、いや無駄なあがきとさえ言わざる得ないだろう。


そして、イエスはもちろん自らの述べた言葉、その律法の精神に違わず生きて、律法の要件を充分に成就(満た)し地上の命を終えた。その偉大な生涯は使徒らの深い畏敬の内に福音書に記録されている。

当然のことながら、律法に込めらている神の優れた倫理観が廃棄されるべきものであるはずもない。これらのイエスの指摘の方法に沿って律法を見直すとするなら、確かに一点一画たりとも欠けてよいとは思えないのではないだろうか。



-◆過重な求めからの解放------------------------

それだけではない、律法は肉なる罪ある人間を糾弾し続けるが、その同じ律法は罪から開放されることの大きさをも教えてくれるのである。

こうしてイエスが唯一人「成し遂げた」律法は、罪ある人類にはとても手に負えるものでないという真相も明らかにされた。(ローマ3:9)
人が垂訓の教えを守ろうとしても、それはユダヤ人の律法遵守を遥かに越えて難しいのであり、我々はそれを「努力目標」にするのが精精ではないだろうか。

それゆえ、キリストはこのように人が達することのできない律法の要求から人々を救い、自らの罪のない命を犠牲として捧げることで、罪ある人間を律法によらない実現可能な「信仰による救い」へと導いたのであった。

それを可能にしたのが「犠牲の死」である。つまり神と人との仲介者イエスが人類の罪を一身に負って、エルサレムの神殿の捧げ物のような身代わりの死を遂げたのである。


人は自分に「罪」の宿痾のあることを認め、神の前に謙るなら、それを神は許される。
その条件は、「罪の贖い」であるキリストの犠牲に信仰をもつ以外にない。

つまり律法の役割とは、人には罪があり、神の前に犠牲が必要であることを指し示し続けたところにあり、律法の役割は、キリストの犠牲の死を以って終わりを迎えたと言うことができる。(ローマ1:17/ヨハネ14:6)

パウロはそのことが示す事の重大性について人々の注意を促し、「キリストは律法の終わり」と述べたのであり、律法の要求はキリスト・イエスによって一度満たされ、その上で犠牲の死を遂げたゆえに、人々は律法による義を追い求める必要から解かれ、身代わりに死んだイエスを一重に受け入れる「信仰」によってのみ、罪ある人間が「義」(神の倫理基準)に至る方途が一条残されたのである。

まさしく「キリストは律法の終わり」とされたように、ナザレ人イエスは完璧なユダヤ教徒として地上の生涯歩み通した。それであるからキリストの生涯を記した福音書までの範囲は、ユダヤ教に属する教えということができる。そうでなければキリストが律法を成し遂げ、それを終わらせるには至らなかった。律法が指し示した唯一の人、それがナザレの人イエスであった。(ガラテア4:4)

つまり、「垂訓」を語るほどの全き義人たるイエスが身代わりの死刑を受けて、律法によって死刑宣告された数え切れぬ罪人を不問にして牢から解き放つというのである。(ヘブル2:15)

これは大変なことである。定められた死刑を牢で待つ囚人が身代わりを立てられて無罪放免される思いとはどのようなものであろうか。
しかも、その罪の許しの先には、神の倫理性に達した人類がある。
パウロはそれを[カリス](「無報酬の賜物」i.e「過分のご親切」)と呼んでいる。(ローマ3:24・・)

キリストひとりだけが果たし得た崇高な「死」の貴重さや、贖われる世の罪の多さ大きさ酷さを考えるなら、その言葉にならないほどの寛大さを前にして、我々は再び罪にまみれたいなどと思えるだろうか?

「山上の垂訓」の中でイエスが律法に示したものは、神の倫理基準が持つ煌くばかりの純粋性と、それが我々には憧憬はできても、到達は不能の圧倒的高みにそれが存在しているということである。

今や律法は、そのようにしてキリストの支払った贖いの値の高さや貴重さを証明しているのである。

加えて『あなたがたの「義」が書士らやパリサイ人に勝らなければだれも「天の王国」に入ることはない』との言葉が、「新しい契約」に預かるべきユダヤ人に語られているところは、まさにその言葉の通りであり、天に召され、天の王国に属し、キリストと共に神の御傍に仕える者となる以上、彼らは「山上の垂訓」に語られたその基準、天界の者の持つ聖なる状態に最終的に達することがなければ相応しくない。

「イスラエル」と呼ばれる全人類を祝福することになる「アブラハムの裔」、またYHWHの聖なる什器を担う者が『聖なる者』でなくてはならないと「預言者たち」は繰り返して語ってきたが、メシアの言葉によって、その聖性の如何が垂訓の中で示されたのである。

もちろん、彼らが聖霊注がれた「聖徒」となっても、肉である限りこの高い倫理水準に達することはできなかったに違いない。
だが、彼らが自力でその高みに上ることはできなくても、「キリストへの信仰」が彼らを「新しい契約」へと導き、キリストの犠牲が適用されて、それほどの倫理の高みに達したものと仮承認されたであろうし、その『キリストの丈の高さ』に達することを目標に努めようとすることはできたはずである。

それにしても、契約の下には居ないはずの我々も、キリストのときのユダヤ人と同じ過ちを犯す危険に注意するべきだろう。
つまり、自分の信じる正義や教条に固執して、信仰という神からの無償の「義」を拒むことであり、それはキリストの犠牲の成し遂げた偉業の何たるかをまったく理解も感謝もできてはいないことの露呈である。

モーセの律法の墨守による「義」に固執して、却って「神の義」を得損なったユダヤ人の轍をわざわざ踏むべき理由はないのだが、自らの正義感の赴くままに、他者を裁く人間共通の傾向に注意せねばならない。
確かに人には自ら正しいと思えることがある。だが、それは神の前に誇れるほどのものとはならない。にも拘らず、なお、神は人が何らかの条文規則に従うことを喜ぶだろうか?(ローマ9:31)

もし、『神の義』を求めて『安息』に入らないなら、それは神の贖おうとされている人類全般の「罪」が見えていないのであり、自分は品行方正でキリストの犠牲は要らないと言うに等しいだろう。(ヨハネ第一1:8)
むしろキリスト教徒は、律法主義に後退することなく、「自らの義」を立てる無駄な努めを止め、そうして一重にキリストの贖いに懸ける信仰によって「安息」に入る機会が開かれているのである。(ヘブル3・4章)


つまり、自分の属する「宗派の義」を捨て争いを後にし、「人の義」ではなく「神の義」を求める生活に入り、神の安息に入ることができるであろう。
「宗派の義」を捨てるとは、その派の律法のような戒律に固執せず、キリストの律法たる「愛の掟」だけを負って平和を求めることである。(ローマ13:8/テモテ第二2:24)

それでも、我々は古代の律法の条項のひとつひとつを見るとき、そこにイスラエルに与えられた神の倫理精神を探ることができ、自分の良心をその方向に伸ばすよう努めることはできるであろう。これが律法に学ぶべき副次的事柄であろう。

つまり、イエスなら個別の律法条文から何を導き出しただろうかと自問し、その精神に思いを留めて生活上に努めることである。それは我々の内面の人となりを幾らかは改善し、(帰還する)キリストに備えて、自己に調整された資質を培う一助となろう。また、人に対してではなく、神に対して『清い良心を願い求めること』を示すことにもなろう。(ペテロ第一3:21)


加えて『モーセの律法』はただ空しく終わったわけでない。

確かにパウロが『キリストは律法の終り』と宣言したように、律法は既に終わったものではある。彼が『神は「新しい」と言われることによって、初めの契約を古いとされたのである。年を経て古びたものは、やがて消えていく。』と予告した通り、パウロを含むキリストの世代と共にエルサレムの神殿は滅んでしまい、以後の律法祭祀の履行は不可能となった。(ローマ10:4/ヘブライ8:13)

では律法はイスラエルに何も成し遂げなかったかと言えばそうではない。
律法によってイスラエルの中からただ一人の義人が生み出され、律法の全体を『成就し』自らの業によって聖なる者であることを証したナザレ人イエスを指し示したことに於いて大成功を収めており、『その一点一画も』朽ちないと確かに言えるのである。

故に、このキリストとなった方は、自らを『聖とした方』であり、その他の者らは『聖とされる』べきなのであり、すべては律法によって自らを義をした方の清さの分け前に預かる以外に『罪』から逃れる術がない。(ヘブライ2:11)

それゆえ、人は神だけでなく、出エジプトのイスラエルたちがモーセに信仰を持ったように、この『救いの創始者』に信仰を働かせるべき大きな理由も存することになったのである。(出埃14:31/ヘブライ2:10)

更に終末ともなれば、信仰の対象として『聖霊』に大きな役割も与えられることになろう。
それに対する信仰が世界を裁くことになるからである。(マタイ10:18)

こうしてイスラエルに与えられた律法は、『聖なる国民、王なる祭司の民』を出現させる礎とはなったのであり、その民の現れのためにキリストの義を分配する『新しい契約』の補助を要したとはいえ、その礎となるべき完全な義に到達した一人の人物を律法は生み出していたのであった。(ヘブライ5:8-9)





          新十四日派   © 林 義平
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パウロはテモテに「律法の条項も無法な者や無規律な者らには、適切に用いれば有益である」と述べている件があり、健全な福音に属さない者には、律法の外面的強制(全てではないにしても)に効果を認めている。
しかし、これは対象となる人々の倫理レベルが「愛の掟」に達しない、相当に低い場合のことを述べており、例外的処置と思われる。(テモテ第一1:8-11)
しかし、このことが彼の「キリストは律法の終わり」と述べたことを覆すとは到底思えない。


⇒ キリストの救いの以前に「律法」の果たした役割


◆このブログの記事一覧







「天国」か?「天の王国」か?


これがキリストの宣教の中心主題であり、様々な例え話によって教示されたにも関わらず、これほど多くのキリスト教徒に曖昧であるのは驚くべき事である。

しかも、これを「天国」としてしまうキリスト教指導者の多さも驚かされる。ユダヤ人に向けて書かれたマタイ福音書では「天の王国」[βασιλεια τῶν οὐρανῶν]ヘー バシレイア ト~ン ウーラノ~ン,
異邦人向けのマルコ/ルカ両福音書の「神の王国」[ἡ βασιλεια τῶν θεοῦ(スェウ~)]は所謂、天国と地獄の「天国」とはまるでかけ離れたものである。(福音書の王国の違いについては拙著「神YHWHの経綸」を参照されたい)

そのように信じてこられた方々には幾らか衝撃を与えるかも知れないが、もし、ご関心あらば以下もご覧頂ければ幸いである。

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さて、この天国ではない「王国」が何を意味するのかについては、まず出エジプト記から説き起こすのが分かり易いものと思われる。

それは、イスラエル民族とそれに入り混じったエジプト人らの大集団が、神の保護によって紅海を渡り、シナイ山麓に集合した場面で語られている。
即ち、神YHWHとイスラエル民族との「律法契約」が締結されるところにおいて、神は「もし、あなた方がわたしに従い、契約を本当に守るなら」と前置きし「・・そうすれば、あなたがたはわたしの特別に所有する(宝のような)民、祭司の王国、聖なる国民となるであろう」(出エジプト19:5.6)とあるが、これが「神の国」「天の王国」へと発展してゆく萌芽であった。

この事を、神は遠くシュメール時代の人アブラハムに対し、「あなたの子孫(後のイスラエル)によって、すべての民族の人々は自らを祝福するであろう」(創世記12:2-3)と語っていた。つまり、「神の王国」は全人類を益する神の手立てなのである。

後代、使徒ペテロは出エジプトを引用し、「・・あなたがたは選ばれた民、王なる祭司、聖なる国民、特別な所有物たるべき民であり・・」(ペテロ第一2:9)とキリスト教徒の中の聖徒ら(ハギオイ)に適用する。
つまり、律法契約の遵守に失敗し、遣わされたメシアを退けた血統上のイスラエル民族によらない、別の「イスラエル」と呼ばれる民、「神のイスラエル」によって構成されるキリストの追随者による「王国」である。(ガラテア6:16)
こうして「王国」という奥義に関する数千年に亘る神の歩みが見て取れるのである。

つまり、キリスト教徒のすべてではなく、聖霊の賜物を得た選ばれた一定の人々が「初穂」として人類から刈り取られ(ローマ8:23/ヤコブ1:18/黙示録14:4)キリストと共に王国の支配を担当することで、神がアブラハムに明かしたように、その益が残りの人類全体に及ぶことになるのである。

しかし、モーセによる律法契約は、イスラエル=ユダヤ人に守られることが遂に無かったので、その後に、神が預言者エレミヤを通して予告していた「新しい契約」(エレミヤ31:32-33)に入れ替えられ、こうして「祭司の王国、聖なる国民」という本来の「イスラエル」を実現させる筋道を保ったことは聖書に明らかな通りである。

つまり、イスラエル=ユダヤ民族は「王国」の担い手、選民「イスラエル」となるはずであったのだが、律法契約違反の罪を負ってしまったまま、マーシァッハ(メシア=キリスト)という「王国」の主要な王の到来を迎えた。
そうして、血統上のイスラエルは「神の王国」となり得る機会を再び得たので、イエスは「神の王国はあなたがたのただ中にある」と言っている。(イザヤ9:7/ルカ17:21)

それにも関わらず、ユダヤの宗教体制派はナザレのイエスをメシアとしては認めず、これをまったく退けてローマの権力に渡して処刑させたのである。
イエスの頭上の罪名には、いみじくも「ユダヤの王」と掲げられた。

このため、ユダヤ民族全体としては「王国」を受け継ぐことから除外され、民の中のほんの「残りの者ら」だけがイエスをキリストとして受け入れ「神の王国」を構成する望みを繋いだのであった。(ローマ9:27/マタイ21:45)

そのため、王なる祭司、聖なる国民、特別な所有物たるべき王国、「イスラエル」の民には、イエスに信仰を持った残りのユダヤ人だけでなく、「王国」を構成するはずであったユダヤ人の不足を埋め合わせ、全体の人数の補充するためにイエスを受け入れた異邦人も『接木されて』含まれ、血統上のイスラエルに彼らが幾らか混じることになる。(ローマ9:24-27)
(ここに善人はだれでも行ける「天国」との混同の陥穽があった)

それゆえ、この異国民で元々イスラエルに属さない人々は、「血統によらずにアブラハムの遺産(王国)の相続人となった」とパウロは言う。(ガラテア3:29)

これらの選ばれた人々は、キリストが「あなたがたの場所を準備に行き、また戻ってきてあなたがたと迎える」と語られた当事者であり、ユダヤ人であってもなくても、共に信仰によって選ばれた『神のイスラエル』、つまり「新しい契約」に属する人々「聖なる者」である。(ヨハネ14:2-3/ガラテア6:16)

この契約に与る「神の特別な所有物である民」「聖なる国民」に属する人々、つまり「聖徒」には、イエスの復活後に聖霊が降下するようになり、特別な賜物が与えられたが、それは「王国」の一員として内定したことの印であったことをパウロは度々言及している。(エフェソス1:11-14-18/コリント第二5:5)

つまり聖霊の灌がれない人はけっして「神の王国」に入ることはないし、その必要もなったくない、むしろ「王国」の外に居て、聖なる人々からの優れた益に与れる言わば「客」なのである。
それこそは、聖霊ある人々で構成される「アブラハムの子孫」によって「地のすべての家族が自らを祝福する」という創世記で神がアブラハムに約束した通りである。

「王国」を受け継ぐ人々は、キリストが王権を得て戻る(ルカ19:11-27)時に、シミなく傷のない状態で(原罪はあっても)見出されるならば、キリストと共にその「王国」を受け継ぐことができることになっている。(ペテロ第二3:14) ⇒ 今日のキリストの不在

その将来の「終末」でのキリストの帰還のときには、再び幾らかの人々が選ばれ、聖霊が灌がれることになろう。それは将来における「神の王国」実現の序章となると預言されている。 ⇒ 聖霊と聖徒 

終末に至り、聖霊を受ける彼らは、キリストの帰還と王国の人類支配を宣告するために、「王や高官の前に引き出される」が「誰も論駁できない」聖霊の言葉を語ることになり、それは世界中の注目を集めることになるという。(マタイ10:17-20/ルカ21:12-15)

この人々は「聖徒」(ハギオス[ἁγίος])と呼ばれ、神からの聖霊の導きによって「神の王国」の到来を注目すべき仕方で世界中に告げ知らせた後、天に召されることになるという。(これが「携挙」と勘違いされている。テサロニケ第一4:17)

これらの人々の「王の王、主の主」はキリスト・イエスであり、この方は神の王国では大祭司でもあり、まず聖徒らの罪を除き、大祭司イエスは次いで(聖徒ら従属の祭司と共に)人類の罪を除くことになる。
(ヨム・キプルの祭儀;レヴィ記16:11.16)(黙示録19:16/ヘブライ7:26)


この王国の働きに注意を向けると、おおよそ以下のようになる。
伝統的解釈に慣れた方にはもう少しの衝撃を与えるかも知れないが、それでも宜しければ以下をお読みいただきたい。
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人類は今日まで、政治と宗教の分野で苦しんできたことは歴史に深く刻まれた事実であり、今後も倫理上の欠陥である「罪」(アダム由来の)が除かれない限り、この苦しみからけっして逃れることはできない。

ここに「救い」といわれるものが見えてくる。
王国は、人間によらないゆえに「真の正義」を持ちうるものである。

宗教であれ、政治であれ、すべての「人間の義」は「神の義」の前に途を空けねばならない。倫理上に欠陥を持つ人間は完全な正義を持ち得ないからである。そこに真正な政治も宗教も存立しえず、争いが絶えないのはそこに原因がある。

「天の王国」は、祭司また王となって人類を天から支配し、人々の倫理上の欠陥である罪(原罪)の贖罪を行って、最終的にすべて生ける人々に対して、神の創造物たる「神の子」の義ある姿に復する機会を提供することになる。(黙示録20:4/ローマ8:14/ヨハネ1:12)

「神のイスラエル」つまり、王国の民はキリストと共になる「王また祭司」であり、千年の間人類を導き、最終的に政治と宗教をまったく終わらせてしまうであろう。なぜなら、政治と宗教とは、人間の不倫理性(アダムからの罪)に対する応急処置に過ぎないからである。(黙示録20:6/コリント第一15:24) ⇒ なぜ人は傷つきながらも政治と宗教を存続させるのか


キリストが臨御(パルーシア)を始めるとき、聖霊は聖徒に再び語らせるという。
新たに選ばれる聖徒たちは、人類の支配権を巡って為政者と対峙し「神の義」の代弁者となる。
人間の支配が、太陽も月も一切の光を失ったかのようになるとの記述はこれに関連するのであろう。(マルコ13:24)

つまり将来、キリストが帰還して、まさにイエス自ら臨御するとき、それら己を正しいとする宗派も党派もまったく意味を成さなくなり、神の正義の前に溶解してしまう。

キリストによって地は平坦にされ、一切の権威も権力も伏すべきときが来るであろう。
こう書くことは簡単なことだが、その意味するところは恐るべきものである。

初期キリスト教徒が持っていたこの理解は、キリスト教がローマの国教となってこの世の権力との妥協が成立したときに、ローマ帝国の存在がキリストの王国を駆逐してしまい、キリスト教も大衆受けのよい平凡なご利益宗教に変じ、引き換えにキリストの支配する『神の王国』を失ったのである。

そこでは、キリスト・イエスが、その宣教で何度も語っていた『王国』(バシレイア)も、異教の「天国」にされ、善人が死後に行くという、大衆に分かり易く、ありがたいものに代えられてしまった。

しかし、人々に対する警告は充分に繰り返されると思われる。
神は悪人であってもその死を望まない。(エゼキエル33:11)
何度も警告が与えられる方法が神の仕方であることはエジプト以来、何度も示されてきたことである。

しかし、聖徒が如何にキリストの臨御を警告しようと、大半の宗教家も政治家も「王国」を非現実と看做すので、終末にキリストに従うことは難しいだろう。

そこが将来現れる「聖徒」の忍耐が求められるところであるが、彼らは自分の命をも惜しまず支配者の資質を証明し「世を征服」するという。(黙示録3:5/13:10/コロサイ2:15)

そのときキリストの姿は「雲」(不可視の象徴)と共にあり、為政者らは、目に見える自分たちこそが正しいという、人間の「正義」に自信をもってしまっているので「神の王国」を現実のものとは思わないか、あるいは何らかの動機のために思いたくもないであろう。
(出エジプト19:9/列王第一8:11/ルカ9:35)

そのときには、たとえ人々の中にキリストを罵倒していた者があっても聖徒を支持するなら「あらゆる冒涜や罪も許される」とキリストは言われる。そこに誤解があったからであろう。(マタイ12:13)(一般的道徳性の称揚はキリスト教の本質ではない)

しかし、聖徒らによる聖霊の発言に逆らうものが許されるだろうか?
神の聖霊に逆らうのは確信犯であり、どのような動機からであれ、そこに完全な選択がある。やはり、イエスは「霊に対する冒涜だけは許されない」とも言われるのである。
(マタイ12:13・25:31-46/ルカ12:10-12)


そして幾らかの時の後、試された聖徒たちの選びも確定して「王国」の国民が天に揃って完成し、御厳の大王たるキリストが神の王権の栄光を掲げて顕現(エピファネイア)するときに・・すべての者は象徴的に雲の中の大王の力をまざまざと思い知らされ、その臨御を認めざるを得なくなって、誰もが見えないキリストを「見る」ことになる。
(黙示録7:1-3/テサロニケ第一3:13/テサロニケ第二2:8)(マタイ24:30・26:64/黙示録1:7)

それは恐怖の時となるようだ。「高官たちや軍司令官ら」すらも山や岩に保護を求める様が聖書中に描かれている。(イザヤ2:10-/ホセア10:8/ルカ23:30/黙示録6:15-)宗教家はどこにいるのか?この以前に彼らは居なくなっている。聖徒が神の義を携えて現れるときから人間の宗教の一切は無意味であり、この畏怖すべき日の前に、既に権力によって処理されている。(黙示録17:16)


それで、「王国」の来る前にすべての宗派から逃れよ!党派を支持するな!というのは不適切なことにはならない。(黙示録18:4/エレミヤ25:31)
それらは人々の敵意を煽り、神の義を否認し、なお永遠に争い続けようとする道、イエスを葬った精神である。

国籍の違い、政治上の見解の衝突、宗派の教義の違いが人同士にあっても闘争を惹起するように、それら人間の権威や権力は神の王国に対しても戦いを挑むであろう。
だがそれらの相克し合う指導者らが人々に対して神のような絶対的福祉を提供できるというのだろうか?(イザヤ57:21/詩篇146:3-)

一方、王として処刑されたキリストと同様に、多くの聖徒たちは死に至るまで支配者としての資質を試されたうえ、キリストの血の犠牲の早い適用によって倫理的に(原罪を)浄められる者らであり、世間一般の為政者とは比較にもならぬほど支配を委ねるに相応しい。

そして彼らの王国は、人類に神の創造物(子)としての栄光を回復するものである。(マルコ8:35/ヨハネ16:33/黙示録2:26)

それゆえ、人間の政府ではなく「神の王国」を待ち、人間の義ではなく「神の義」を求めよ。これこそが「主の祈り」と「山上の垂訓」の意味するところである。(マタイ6:10/6:33)

これが、「神の王国」であり「世の救い」であり、すべての涙を拭うものである。
このように、不完全な人間の誰もが正しく描くことさえ出来なかった「理想郷」、いやその概念をさえ超える世界を作り上げるための手立てこそが「神の王国」である。

それは罪を持つどんな政治家や革命家やユートピストも企画も実現も出来なかった輝かしい人間社会であろう。
確かに黙示録21:3-4はこう述べている。
 「見よ!神の天幕が人の間に張られ、神は人と共に住まわれる。(人が神のところに行くのではなく)・・
神はすべての涙を残らず拭い去ってくださる。もはや死もなく、悲しみも嘆息も辛苦もない。古い秩序(体制)は過ぎ去ったからである」。

神との関係を回復する人類はかつて経験したことのない栄光の時代に入り、「顔に汗してパンを食し、遂に地面にかえる」という、現在までの生き方をまったく虚しいものとして心の片隅に思い出すこともあるのだろうか。

神の王国は千年の期間に、「愛の掟」を社会原理に据えることで、人々の思いと行動を向上させ、倫理的完全性に近づけるのであろう。そうして人類から煩雑な法律の必要をなくしてしまい。自由な行為者となった人間はそのすべての行いにおいて倫理的失敗を恐れることを自他共に必要とはしなくなる。つまり、争いも欺きや悪意も過去のものとなるのである。

人体は病や老化のない「神の創造物」の輝くような様に変わり、「地の呪い」も解けて全地は「シャロンの輝き」のようになるという。(創世記3:14/イザヤ35:2)

「神は世を愛して、誰でも彼に信ずる者がひとりも滅ぼされることなく、永久の命を持つために自らの一人子を遣わした」。
このヨハネ3:16の有名な言葉も、「王国」という手立てを通してもたらされることを思えば、「天国」の至福とはまったく異なった、そしてより深い味わいがあろう。

このキリストを主とする「神の王国」に、国境や人種や党派や宗派に関わりなく、個々に支持を表明して、我々のすべてがそれに参与することのできる時代がやがてはっきりと到来するだろう。

唯一の問題は、そのとき我々がこの「王国」を支持するか否かということだけになろう。
しかし、少なくともそれは投票行動のようなものではないようだ。
それは多少なりとも身の危険を覚悟する必要があるかも知れない。

なぜなら、神からの警告は出エジプトのときのように充分に繰り返され、神の力と威光は世に充分に告知されるとしても、「王国」の反対者は少なくないだろうし、聖霊の声に従うか否かという、人類を二分する論争を伴うことになるからである。(マタイ25章)

それは「裁き」の時である。イエスがユダヤ人に現れ、奇跡を行ったことでメシアを受け入れた人々とそうしなかった人々が分かたれたように、将来も聖徒を通してそうなるのであろう。(ヨハネ15:26-27)

さて、人は己を神と対等にしてよいものだろうか?
つまり、この終末の裁きで、人類は各々「エデンの問い」を試されることになる。

今の時点で思うに、その裁きで我々の試されるところは「信仰」「希望」「愛」ではないか。
しかも、それらは裁きの問いに対する答えとして試される人の内面の資質であり、キリスト教徒であるか否かが「裁き」の結果保障になるとは到底思えない。

仏教の「極楽」のように「天国」での安逸を期待する事と、以上のように「神の王国」を捉える事との差は余りに大きい。
一方は、個人の救いの達成を願うことであり、ご利益信仰的「天国」願望では個人愛が支配するが、他方、「天の王国」では公共善への大志があり、その神と人への自己犠牲的な愛はまさしくキリスト・イエスに倣うものである。



                    林 義平

 『神の王国』 -新十四日派の綱領として-
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ユダヤ教とキリスト教の歴然たる違い


ユダヤ教とキリスト教の違いを一言でいえば、ナザレのイエスをメシア=キリストとして認めるか否かということになるだろう。だが、その意味するところは非常に大きい。両者は宗教の原理が正反対なほどに異なるのである。

イスラエル民族の父祖アブラハムに示され、モーセが予告したメシアの到来をユダヤ教は現在までも認めず、キリスト教のような世界宗教の自由さに脱皮することも、宗教上の価値観を上昇させることも経験していない。

ユダヤ教は、田舎ナザレ村から来たイエスのような「ガリラヤの私生児で、魔術師」*のようではないところの自分たちにとって望ましい超絶的大王メシアの到来をいまだに待ち望んでいるが、ヨム・キプル(正月の贖罪の日)からヨム・キプルへと神殿喪失から二千年の歳を重ねつつ忍耐を続けている。  *タルムード)

しかも、イエスの死後四十年を経ずに、つまりイエスを葬った世代の間にユダヤはローマ軍の攻撃を受け、以後ユダヤ人は流浪の民となり、崇拝の要であった神殿も失い、そのためモーセの律法の三分の一に当たる神殿祭祀は、以後履行不能となった。したがって、今日まで神殿を持たないゆえに、モーセを介して与えられた六百に及ぶ戒律である「律法」の完全な遵守はどうあっても不可能となっている。

そのうえ、神殿付属の書庫にあった系図も同時に失われ、神への祭祀を行う祭司たるべき者を文書で確認することもできなくなった。
加えて、ヨセフの長子イエスが、真にベツレヘム・エフラタに発するユダ族であることも今日からは分からない。ただ、マタイとルカの二系統の系図が新約聖書中に残されている。

それでもメシアには系図以上の価値ある証拠があった。
即ち、福音書の記述ではナザレ人イエスが奇跡を行う徒ならぬ人と描かれており、旧約の預言を数多く成就していることも後になって使徒らが気付いている。

では、あのナザレのイエスがメシアではなかったのだろうか? 
かつて彼を刑死に追い込んでしまったユダヤ教にとって、これは今日も恐るべき禁断の問いである。

イエスは北部ガリラヤの片田舎ナザレ出身で、ラビ式の宗教教育を受けておらず、レヴィ族でもないので神殿祭祀に関わる立場でもない。
その素のままの廉直な姿はエルサレムの宗教指導層から見ればみすぼらしい人物である。(イザヤ53:2-)
だが、この田舎者が語る力強い言葉と行う奇蹟を否定するにはかなりの困難を覚えていた。

彼らの念頭にあるのは、自分たちが納得でき、受け容れられるメシアの現れであって、ユダヤ宗教家階層の常識が通用し、且つ自分たちの身分を保証してくれるような、垢抜けた仲間らしいエリートのようなメシアでなくてはならなかった。
そのような優等生の「約束のメシア」なら、自分たちの崇拝の方式や体制や組織を是認してくれるに違いないと思い込んでいたであろう。

その理由は神よりも、自分たちの宗教方式を信じていたからである。
当時のユダヤ体制派の人々がそのように独善的であった証拠は福音書やユダヤの伝承の随所に散らばっていて、それらのすべてを「無かったこと」に回収するのは、もはやできない相談である。

彼らには残念だが、メシアは宗教領袖らの仲間とはならなかったし、聖典を熟知したはずの彼らの常識の外に現れてしまった。
イエスは宗教家が「地の民」と軽蔑するユダヤの民衆と共にあり、彼らを教え、労わり、癒す。しかも宗教家の味方をするような発言をしてくれないのだ。いや、むしろイエスはユダヤの宗教体制を糾弾する人であった。

彼の存在が都合の悪いユダヤの宗教領袖たちは、イエスが直接にはメシアの出身地とされるベツレヘム・エフラタの出身ではないので、まず、ここにイエスを拒否する口実を得る。

次いで、モーセによって不労働が固く命じられた安息日にイエスが奇蹟を行う事も否定できる条件となったが、一方でイエスは安息日の精神を教えようとしたのであった。

宗教家らの蔑む民の方はといえば、イエスの行う驚くべき奇蹟の業と直截的で不思議に権威を帯びる見事な言葉とを喜んで受け入れた。両者の観点が異なったのである。聖なる書に通じる宗教家らの正確な知識はほとんど逆に作用した。

そこでユダヤの宗教家たちは、イエスの奇蹟は悪魔の力に由来すると唱え始めるのだった。第一、彼らにとって民衆は律法の細目に通じていない「呪われた」群集に過ぎないのだ。

こうして、ナザレのイエスを否認する「正義」はよろしく整ったのである。


しかし、イエスはユダヤ人の中で虐げられた「アブラハムの裔」を集め出してゆくが、その弟子らの集団は、イエスの帰天後に、肉の「血統」によらず「信仰」によって構成される『神のイスラエル』となってゆく。(ガラテア6:15-16)

そのため、イエスの活動はアブラハムの子孫であるユダヤ人の間で、ユダヤ教の信仰されている只中で行われたのであり、イエス自身も幼児期に割礼を受け、祭りのときには神YHWHの神殿に詣で、その務めを果たしたユダヤ人の中のユダヤ人、イエスは生涯を通してまったくユダヤ教徒であった。


では、イエスをメシアとして受け入れた人々の中で、歴史上のどこからがキリスト教となったのだろうか?
ここでは、この時系列を踏まえつつ、ふたつの宗教の内容的相違を俯瞰してみたい。



さて、西暦七十年の神殿の喪失は、確かにユダヤ教の祭司制度の崩壊であったが、しかし、いつからがキリスト教かという、この点は厳密に何年の何時からと言うのは難しいことであろう。それでも、信仰する者にとっては聖書の文言においてある程度はっきりとさせておく必要がある。

何故かといえば、ユダヤ教とキリスト教の教義は根本的原理がまるで異なるからである。⇒愛の掟 
これを混ぜこぜにしてしまうと、理解の鍵は取り去られるに違いない。

「イエスがユダヤ教を改革した」との説明をよく目にするが、確かに彼がユダヤ教の真髄を語ることはあっても、ユダヤ教を改革ないし改善したというよりは、自らが死して後の時代に、残された弟子らを通して、ユダヤ教の彼岸、まったく新たな教えの次元の彼方に初代の弟子らを到達させたという方がよほどその意義に適うだろう。


つまり「キリストの死」が迎えられてはじめてキリスト教への道が拓かれたのであり、キリストの死後に「犠牲」が触媒として作用してはじめて新たなキリスト教教理の体系も創られる素地ができたのである。

特にユダヤ教とキリスト教の相違に重要な意味を帯びるのが、キリスト前後の時期である。というのも、キリストが到来し地上で活動している間も、「新しい契約」は発効しておらず、イエス自身モーセの「律法契約」に服するユダヤ教の立場を守り通したからである。
 

ゆえに、新約聖書に収められたキリスト・イエスの言葉には旧契約の中で律法に沿ってユダヤ人に語られたものがほとんどである。
例を挙げれば、「あなたがたの逃げるのが安息日にならぬよう」また「あなたがたの義が書士やパリサイらに勝らないなら」、また、癩病を癒した相手に「行って祭司に見せ、証しを立てよ」という発言などがある。
(したがって、福音書中で「あなた」と書かれているところを自分に向けて書かれたと思うのはまったく早計である)


しかし、彼が死に至るまで試され、その『血の犠牲』を携えた大祭司の権能を受ける、つまり刑死の51日後のペンテコステ(シャヴオート)において史上初めて「新しい契約」が効力を発し、旧い制度に対する新しい制度が現れて状況が一変する。これを以ってキリスト教の初めとされてもいる。しかし、当時はその教理のほとんどを依然ユダヤ教に負っていたことは変わらない。


そこで新たな教理へと導き助ける存在があった。それがキリスト最後の晩に約束された『聖霊』である。

その後もイエスは、弟子らに「助け手」である格別な『聖霊』を通して指導を続け、それらの新たな教えが所謂「キリスト教」へと道を開いたが、それは律法に囚われない新しい教えとなってゆく。 ⇒キリストは去ってなお


地上でのキリストの姿を見たことがなく、イエスを知らなかった「パリサイ人サウロ」は、、イエス派迫害の急先鋒であったにも関わらず、復活したキリストの臨在の現れを受けて使徒パウロとされ、「奥義の家令」としてそれまでにない革新的な教えを授けられ、非ユダヤ人に多くの時間を費やして宣教し、教義において最先端を走ってゆく。これは「パリサイ人サウロ」の180度の大転換である。


だが一方で、イエスをメシアとして受け入れた多くのユダヤのイエス派にとっては、このような概念の大変化はなかなか難しく、律法遵守する「熱心なユダヤ教徒」であることに満足してしまった。 ⇒ キリストの弟

しかし、パウロの説くように『キリストは律法の終わり』であり、使徒筆頭のペテロも律法を『我々も父祖も守り得なかった頚木』と呼んでいる。こうして使徒時代は、律法の「業」からキリストの「信仰」、「人の義」から「神の義」へと転換する途上となった。

その転換というものは、『罪』という人間に巣食う倫理上の欠陥についての認識が180度も変わることを求めるものであった。(ローマ3:9)
ユダヤ教の基本は、モーセを介して与えられた『律法』の条項を守ることによって、神の前に『義』を得る、というところにある。

生活の中でその掟に従い、また神殿での祭儀を行うことで、彼らは神との契約を守ってみせることにより、ほかのあらゆる民族に祝福をもたらす『諸国民の光』、『聖なる国民』となるはずであったのだ。(出埃19:5-6)
そこでユダヤ教は、いまだに律法の遵守による『義』を目指しているのだが、それはキリスト後に神殿を失っており、もはや律法全体の履行が不可能となっているにも関わらずのことである。(ローマ9:30-31)

他方でキリスト教での『義』とは、キリストを唯一の義人として認め、その犠牲の死によって人々の『罪』が相殺されたことで『義』が可能となったと理解する。(ローマ3:21-22)
それゆえ『キリストは律法の終り』であり、『律法』の役割は、人類全体には拭い難い『罪』があることを知らせ、罪の無いキリストを指し示すところにあったのである。(ローマ10:4/ガラテア3:19)

イエスがキリストであることを認め、個人として信仰を持つ者が『義』を得るのであり、ユダヤ教のように民族として神の契約に入る時代は終りを告げたと解釈するのがキリスト教である。(ガラテア3:10-14)

だが、この新たな教えに到達するには使徒たちの時代を待たねばならず、彼らに注がれた聖霊による理解は、第二世紀までに新約聖書にまとめられるのだが、それまでにユダヤ教からイエス派に転向した人々については、それまでの律法の生活様式や教理に従うことが専らであって、使徒らの告げる新たな教えについてゆく困難さがあった。

その結果、律法に従い続けたユダヤ人イエス派は異邦人のイエス派に遅れをとり、『最初の者は最後になる』と言われた事柄は成就してしまったのである。「賃金の例え話」


その後、ユダヤ教的イエスの信徒は西暦七十年の神殿を含むユダヤ宗教体制の壊滅と共に、その拠って立つものを失い、以降は『神の計らいによってクリスティアノイ』と呼ばれていた異邦人的イエス派が、ユダヤ教と袂を分かち「キリスト教」を先導してゆくことになる。

使徒言行録全体から見れば、この『神の計らい』とは、「クリスチャン」と呼ばれるのが神意だというのではなく、過去にしがみ付くユダヤ教と袂を分かち、新たな宗教「キリスト教」として出発することを指している。


ユダヤ教イエス派をキリスト教という新しい宗教に分かれさせたのは、イエスをメシアとして受け入れないユダヤ教側が律法主義や愛国主義に凝り固まって、イエス派を迫害し排除したところにあった。つまり、ユダヤ教は自らキリストとその弟子らを外に追い出し、新たなキリスト教を構成させる素地を自ら与えたのである。

それで、我々がキリスト教*と呼んでいるこの宗教が確立されたのは西暦第一世紀の後わりから第二世紀にかけてと言い得るだろう。

教理の完成については、エルサレムの破壊を逃れた使徒ヨハネが晩年を過ごした小アジア地方で結実したと言い得る理由がある。それは即ち、『聖霊』を通したキリストの監臨の最後の時であったろう。 ⇒ 小アジアのキリスト教


(*ここで言うのはヘブライ的(ユダヤというよりは)キリスト教であって、現代のほとんどのキリスト教が含まれる新興のグレコローマン型キリスト教を指していない。そちらの始まりはこの二百年以上後のニケーア会議からである)



さて、このようなわけで福音書中のイエスの言葉にはモーセの律法体制に従う教えがほとんどで、一方でイエスの去って後の使徒らの発言には、律法から解かれたものが多い。特にパウロは、自られっきとしたユダヤ人で律法墨守のパリサイ派であったが、キリストに召されて後は『自分は律法の下に居ない』と断言し、その先にある教えを指し示す。(コリント第一9:20-21)


そこで、新約聖書中の陳述の真意を知ろうとするなら、それがどちらに属するものかの判断を加えなければ双方が混濁してしまい、それは理解を助けるものとはならない。
つまり、語られた対象がユダヤ人なのか異邦人なのかの判断がそこに求められるのである。

この点で重要な事は、そのような判別を行う条件として、
ユダヤ教とキリスト教がどのように違うかを知っておくことである。

この両者を比較して大きく異なる事項を挙げてみると



◆律法契約下のユダヤ教
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◆まず、ユダヤ教は国家宗教であり、国民皆信徒制であったことが挙げられる。
ユダヤ人として生まれたならば、アブラハム契約によって誕生八日目に男子は全員が割礼を受けねばならず、律法契約では生まれながらに契約当事者であって、モーセを遵守することが義務付けられた、生まれながらのユダヤ教徒である。

イスラエルの血統にある者は常に一定の特権を享受し、アブラハムの相続者と見做され、「友」「同胞」「兄弟」といえば同族のイスラエル人崇拝者を意味した。同朋には金利をとって貸すことは許されていなかったが、異邦人に対しては金利を取って貸すことが許されるので、ユダヤ人は大いにこれを活用し、後代には世界各地で金融力を付けた。同様に、安息日の規定に縛られるので、安息日には自分らができない作業を非ユダヤ人には負わせ、食すことの禁じられた「汚れた」と見做される食物をも与えたのであった。

そこにはユダヤ優等主義が内にあり、それはトーラーにも認められた特権であったが、この点では、たとえユダヤ教徒であっても、イスラエルの血統にない異邦人改宗者には一定の制限があった。


ユダヤ人の受ける「割礼」は、アブラハムに約束された子孫繁栄に益するものであり、当然家族が大切にされ、子がいることは祝福であるから、独身者などは一人前とはみなされない。子らが多いことはその父の威力であった。

この点、結婚相手も原則的に国民内、同族内に規定され、兄弟が子孫を残さなかった場合には、未亡人を兄弟が娶り(レビレート婚)その家系を絶やさぬようと取り計らわれた。
しかし、不妊の妻は立場が悪く、主人が女奴隷から子を得たり、離婚される危険があった。

◆そのように、個人よりは集団が重視され、国家教として神と契約を結びこれを崇拝していたので、国家の体裁を保つために軍事力を持ち且つ行使する必要が生じるが、律法には軍法も含まれている。

コミュミティを保つことが重視されるので、子らは幼いうちから鞭で矯正され、不良少年は親の判断で処刑された。子らに宗教上に選択の自由はなく、ユダヤ教を離れることも、その神を呪うことも共に死を意味した。かつて処刑は官吏ではなく一般住民によって集団的になされていた。


国家であるからには法規を持ち秩序を維持しなければならないし、違反者を裁判にかけ、実際に処罰するシステムを持たねばならない。また国家である以上、他国の侵略に対抗しなければならないので、軍事力も保持する。

つまり、通常の国家として政治力を維持するための内外への権力(暴力)を必要としたのである。
この神権国家は、その権力を用いることを神から命ぜられ、エジプトからの入植時期には、城市を次々に攻略して異教の崇拝もろとも先住民を殲滅しているし、領域を守るため、また奪略に対処するために、イスラエルは何度も剣を振るっている。


◆加えてユダヤ教は祭儀の宗教であり、動物の犠牲による祭儀を行う場所を有し、常々浄めの儀式や犠牲を必要とし、生活上の仔細に踏み込むものであった。国民にはトーラーで年三回(ハヌッカーなど他の祭りもあるが)の祭りが定められ、エルサレムという宗教的地上の中央を与えられ、そこに集うべきであった。

殊に、エルサレムの神殿で行われる典礼は規模が大きく壮麗であり、大合唱と管弦楽による詩篇歌や、祭司の古着を灯心にした巨大なメノラー(燭台)の輝きはモリヤ山上から遠くまで届いたという。ヘロデ大王の建立した最後の神殿域はアテナイのアクロポリス神域の倍近い広さを持ち、金で覆われた聖所の姿と共に美麗なる聖都エルサレムはローマ帝国民にとっても誇らしい名所であった。

ユダヤ人の習慣では、安息日や新月などの節会を律法に応じて守ることで、労働や移動に制限があり、加えて、食物の規定があって律法で「汚れた」とされる生き物を採ることが許されなかった。これらはイスラエルを他の民族への同化吸収の消滅から決定的に守るものとなっていた。これらの規定はユダヤ人を彼らの居住区ゲットーへの集約を特に推進する。

服装や髪型にも幾らかの規定があり、それは外見においても「モーセの弟子」であることを明らかにしていた。彼らはそれを見る度に律法の遵守を思い起こしたという。
そこで、イエスの当時からパリサイ派は敬虔さを競って、タリットの房べりをこれ見よがしに長くし、揉み上げ*を伸ばしてきた。(今日のユダヤ教の大勢はヒレル系パリサイ派の延長線上にある)

これを基に敬虔さを外見で表すことが習慣となったので、宗教指導者は敢えて公共の場所で祈りなどの宗教的な行いをしたという。(荷車が来ても退かず、毒蛇に咬まれても祈りを止めない。「義」は律法の履行によって得られる)

*(古代のカナンには揉み上げを刈り込む部族があったようで、イスラエルがその風習に染まらないための規定が律法にあったが、後代の敬虔主義はこれを拡大解釈し、揉み上げをともかく切らないことでこの律法条項を完うしようとした結果、カールした異様に長い揉み上げを見ることになった)



-◆新契約下のキリスト教-----------------------
だが、こうした事柄はキリストの教えで変化し始める。


◆まずバプテスマは生まれながらのものではなかった。それはイエスをキリストととして受け入れる意志を持つ者が授かるものである。

もし、割礼のようにバプテスマが生まれながらのものであれば、そこにコミュニティの(皆信徒制)宗教が出来上がり、ひいてはキリストが地上に制度教、つまり本人の意志選択によらない「俗権」と融合した宗教を持つことになるが、これは国家・民族宗教たるユダヤ教への出戻りとなろう。


ユダヤでは子を設けることや家族の繁栄を祝福と看做したが、これはキリストにおいて独身の奨め、そして家族が必ずしも祝福とはならないような発言によってユダヤ人はその個人重視に驚愕したであろう。本来のキリスト教に於いては子に帰依が強要されるものではない。

従って、ユダヤ教はコミュニティの宗教であり、律法を営々と守り受け継いでゆくことで、周囲諸民族から隔たり、独特の文化を確立し維持してゆくことを目的としている。つまりイスラエル民族を周囲への同化吸収から保護し、ひとつの宗教を護持して行く制度がユダヤ教であった。

それに対し、キリスト教は個人の宗教であって、コミュニティの中に混じり込み目立たないものとなった。それは迫害からの保護でもあったのである。
もちろん、十字架など首から下げはしない。それでは逮捕してくださいというに等しい愚行でしかないし、十字架信仰そのものが第四世紀まで存在していなかった。
 


◆軍事力についてはどうだろうか?ペテロに発した有名な「剣を納めよ」、またピラトゥスの前で「わたしの王国は(戦い合う)世のものではない」とイエスは述べたが、それ以上の説明を要しまい。

この条件を満たそうとすれば、キリスト教ははっきりと政教を分離し、政治に関わらないことを意味する。政治に関われば、必ず何らかの争いに関わらずには済まない。 ⇒ 「人はなぜ政治と宗教を・・

ローマ国教化以後、キリスト教も政治権力と結んだときに、ユダヤ教のように武器を持ち、力で異端や異教徒を迫害や攻撃することのできる「世俗的な」宗教となったが、それはキリスト教のものではなく、初期のキリスト教徒は迫害されこそすれ、する側には立たなかった。後代、キリスト教徒同士であってさえ迫害しあうのは第五世紀のアウグスティヌスの関わったドナトゥス派迫害からである。


◆法秩序では、ユダヤ教において「律法」の存在は非常に大きく、モーセの時代から3500年近い時の流れを経て、既に現代生活と合わないところが目だってきたが、なおこれら律法中の規則を墨守することは、人間に巣食う「罪」(原罪)を認めていないことを示している。

つまり「律法」が人間に「罪」あることを知らせ、『キリストに導く教師』となったことを依然認めず、いまだに「律法」を守ろうとすることで、神の前に自らの「義」を示そうとしており、そこから先に進まないことを意味しているのである。(ガラテア3:24)

他方キリスト教では、神の規準である「律法」の規則が人間には守れないものであることを認め、人間の自己救済が不可能であることを謙虚に受入れ、神の遣わしたキリストの犠牲によって、人が初めて救われることを信じるのである。

人間の自力更生不能の原因が、アダムの子孫の誰の血にも流れる悪の傾向である「罪」にあることを理解するので、律法遵守の業では「義」を得られず、アダムの血統にないイエス・キリストの身代わりの死の犠牲無くして「義」を得られないことを一重に信仰する。これが即ち「キリスト教」である。

そこで求められるものは、自らの悪に傾く傾向(倫理上の欠陥)を認める謙虚さである。
つまり、キリスト教徒の求めるべきものは、実質も無く到達できるはずもない自らの言動による「人の義」ではなく、救世主キリストへの信仰による「神の義」である。



したがって、このことが両者の生活規準に違いをもたらす。
「信仰」に基づくキリスト教は個人的なものであり、元々地域社会向きのものではないので、何らかのコミュニティに対して一定の道徳性を要求する権力を持たないし、ユダヤ教のように集団に法規を定めて道徳的行動を要求するものではない。
キリスト教での道徳については、ただ「愛の掟」があるのみである。⇒ 「愛の掟」

「裁かれないために汝も裁くな」の言葉にみられるように、不行跡を指弾するのではなく、むしろ後悔するものを許すのがキリスト教に相応しい。悔いぬ者だけを個人的に極力避けるのみである。キリスト教徒の中では警察力の必要はなく、その恩恵を受けるにせよ、本来それは世俗という外のものである。(マタイ18章)

法規制についてキリスト教徒は良心の指示に逆らうものでない限り、世俗の権威や権力に従いその法を守るが、法秩序はやはり外部のものである。したがって、キリスト教徒は政権から独立して別の法を施行する必要がない。世俗の法規を二次的なものとして、ある程度取り込んでしまえるのである。(ローマ13章)

だが、律法を遵守しようとする国家宗教のユダヤ教ではこうはゆかず、自前の法律である「モーセの律法」が、彼らに自治や権力を求めさせ、他国の法律と衝突するところで、しばしば周辺民族や他国政府との軋轢をもたらしてきているのは今日もユダヤ教徒の有様に見る通りである。(イスラームの政教一致制度の「タウヒード」が同様)


◆崇拝では、キリスト教は本来は儀式宗教ではない*。ユダヤの定期的な牛や羊などの動物の犠牲はキリストの犠牲を模式的に示すものでしかなく、キリストの血の犠牲のように真に人の罪を贖うことはなかった。
*(ローマ国教化以後、キリスト教も儀式宗教に戻っていった)

キリスト教の儀式は聖餐とバプテスマのふたつのみとなり、必要なエレメントは、面倒な種々の動物や様々な収穫物から替えられて、少量の無酵母パンとぶどう酒、それにバプテスマの水という簡単に入手できるものに置き換えられたので、中東に留まらず世界に向けて広がりやすく整えられた。

また、キリストは天にあって初代の弟子らを聖霊で導く中央であり「天のエルサレム」であったから、神殿やサンヘドリンのような地上の中央は必要がなく、却ってあるべきではなかったといえよう。現在は「聖霊」が存在しないので、天の中央はない)


キリストの犠牲によって、かつてエルサレムの壮麗な神殿で行われたような厳粛な典礼はキリスト教の本質ではなくなった。
したがって、キリストの教えは大仰な「礼拝」ではなく、本質的には牧歌的な講話を主体とした「集会」の宗教といえよう。教会での聖体拝領や聖餐の儀式の度に、再びキリストの血が流されるという解釈は、無理なこじ付けであり、ユダヤ崇拝への後退でしかない。
そこに荘厳なバシリカなどの建造物は不似合いであり、それはむしろユダヤ教にこそ相応しい。



◆習慣については

ユダヤの祭りや節会、また聖書を見る限り、本来的に安息日もキリスト教徒を縛るものとはなっていない。(集まりのために日曜の不労働を決定したのは後代のローマである)(唯一の節会は「主の晩餐」)

ユダヤ教徒は外見や定式化された行動からすぐに判別されたが、キリスト教徒は浮世に対して付き合いが悪いほかは一般人と同じ服装をし、異教の神殿内は別にしても*同じように食事する生活様式であり、イエスは弟子らが外見ではなく「愛」によって知られると述べている。(*ギリシア社会では神殿の奉献物を崇拝の一部として食事する習慣が広く行き渡っていた)

初代キリスト教徒の中での指導的立場にある人々は、その立場ゆえの特別な服装をすることはなかっただろうが、これは護教家にして殉教者ユスティヌスが哲学者の黒い服装(パリウム)を着たままキリスト教徒となってから三世紀あたりにかけて、その黒服が僧服に連なることに定着していったようである。

しかし、こうした差別化が僧職者と平信徒の身分へと進む以前には、「父」や「師」と呼ばれることさえキリスト教徒の良心は許さなかったであろう。(マタイ23:8-12)

ローマ帝国が迫害するためにキリスト教徒を知る方法は、服装や習慣という外見に頼れないので、多くの場合「告白」やユダヤ教徒からの執拗な「密告」また「告発」によってであった。記録に残るように、ユダヤ人がキリスト教徒の火刑の薪を率先してせっせと運んだからには、無抵抗なキリスト教徒が火炎に絶命するのを宗教的正義感に浸って眺めたであろう。(ヨハネ16:2)

当然、これは双方の宗教の強烈な不和の原因となった。
やがて、キリスト教徒は度々ユダヤ教徒を惨く迫害したが、これは自分たちの「師」や古代の「聖人たち」の借りの意趣返しだったろうか。

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このようにキリスト教はユダヤ教からまったく別のものに脱皮を遂げていたのである。それ以前の「アブラハム契約」と「律法契約」はキリスト教に於いては「アブラハムへの約束」へと収斂した。

実際のアブラハムの血統がそのままに、それらの契約の成就を受けることは遂に無かったが、それらの契約はイエスの仲介した「新しい契約」に置き換えられることでその目的が保存され、アブラハムの遺産も「神の王国」へと継承され、神の企図はキリスト教へと移った。その移行を証ししたのが、あの五旬節での聖霊降下とイエスの奇跡の業の弟子らへの移譲であった。(ヨハネ14:12/15:26-27)

しかも、モーセの六百もある「条文遵守」が外面的であるのに反し、「愛の掟」の一カ条は人の内面が問われるものである。「義」は個人の行状では得られず、メシア=キリストはイエスであるとの信仰によって得る。
こうして、人の心に働きかける中心的原理も百八十度変えられている。

これは次元上昇と呼んでもよい程の昇華であった。
そうして「愛の掟」をもつキリスト教はかつて存在したことのない価値の高みに揚げられたのである。 ⇒ 愛の掟

これはアブラハムの宗教、そして律法契約から新しい契約へと段階を進む、数千年に亘る
神の歩みである。

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それで、イエスの犠牲の死が触媒のようになって、ユダヤ教からキリスト教への変化を司ったのであり、且つキリストの時代は転換途上にあったことを我々は理解する必要がある。


キリスト教が成立するためには、キリストの犠牲を受けてのち、数十年の時の経過を以って「聖霊」の指導を得て時の経過を待つ必要があったが、そうして「キリスト教」は使徒たち初代の弟子のうちに出来上がっていったのである。

この「聖霊」とは、キリストが去る以前に弟子らに与えると予告していた特有のものであり、当時の弟子らにも奇跡を行わせ、律法契約には無かった新たな段階の教えを知らせる神からの使いのような働きを行った超自然のものであった。この奇跡の「聖霊」なくしては、キリスト教は歴史に登場しなかったと言って過言ではない。

新約聖書には、キリストの直弟子ら、また初期の人々の必要を満たし、ユダヤ教からキリスト教を脱皮させる言葉の数々が記されているのである。聖霊を受けた初期の弟子の目的は人類全体の救いとなることであった。
したがって、これらの状況に基づき新約聖書中のキリストの言葉を判断することが求められているのである。

つまり、どのような状況で誰に対して述べられた言葉であるのかというような背景を考えに入れて読まれなくてはならない。
そのためには、聖書歴史のあらましを注意深く読んでおく必要がある。⇒推奨書籍

それに加えて、実のところキリスト教の記述部分にあっても、それが選ばれた聖霊の持ち主たる「聖徒」(聖なる者)に述べられた言葉か「信徒」に述べられたものかの区別も必要になってくる。(ルカ12:41)

聖書の大半の記述は人類の救いに関わるものであっても、直接にはその手立てとなる「聖徒」というキリスト教徒の中でも格別な人々に向けて大半が語られ、書かれているという事はどうしても見過ごすことができない。

つまり、キリスト教とは人類救済の準備段階の宗教なのであり、けっして信者を天国に召して終わるものなどでは断じてない。
そこで聖書という書物は、世の人類全体を救うための神の手立てとなる人々について書かれたものであり、けっして個人のための「人生のガイドブック」のようなものでも、「道徳の教科書」のようでも無いのである。⇒ 「聖霊と聖徒

「旧約聖書」というものは、古代メソポタミアのシュメール文明期の人、アブラハムに向けて語られた彼の子孫が人類の救いとなるという予告に始まり、モーセを通して神との律法契約と、それに預かったアブラハムの血統上の子孫「イスラエル民族」(ユダヤ人)について記述を続けたものである。

そして、遂に予告されていたキリストの到来によって、「血統」ではなくアブラハムのような「信仰」を示した人々と結ばれたキリストによる「新しい契約」による、人類救済の手立てとなる人々、つまり「聖なる者たち」の現れと、新たな教えの確立を語り継いできたものなのである。それゆえにも、聖書の新しい部分は「新約聖書」と呼ばれるにふさわしい。


それで、今日聖書を手にする人々が、聖書中で「あなた」と呼びかけられたからそれが自分だと思い込む前に、立ち止まってその言葉の背景を見回すべきである。そうしないなら、その意味を取り違える危険が常にある。それは途轍もなく大きな間違いを招くに違いない。(使徒時代にはエクレシア(集まり)の大半は聖霊を受けた聖徒であったが、以後減少し第二世紀中頃に消滅している)

もし一般の人が、その精神を敷衍されて教えられるならともかくも、何であれ聖書のそこにある言葉をそのまま自分に語られたものであると解すとしたら、それは何と云うべきであろう。

聖書は、人類救済の手立てとなる特別の人々に対して語り掛けているのがほとんどなのであり、個人の生活上の幸福をもたらすために書かれたものではなく、「この世」という、混乱し争い満ちる人類全体を覆う「罪」と呼ばれる悪の傾向から、あらゆる人々を救うというほどにダイナミックな内容が聖書に込められているのである。



だが、かくも優れた進歩をみせたキリスト教も、聖霊を通したイエスの指導(監臨)が終わり聖霊が去ると、やがてその本質をまったく理解しない為政者によって、元いたユダヤ教のスタイルに押し戻されてしまう事態が訪れる。

それが、今日の主要なキリスト教の伝統を作り上げたローマ国教化であり、これを通してキリスト教はコミュニティの宗教となり、帝国全体に国民の宗教として強力に押し広められていった。

このときにローマ皇帝の介入によって、不仲であったユダヤ教とキリスト教は、国法によってさらに分断され、ユダヤ教は約束されたメシアが未到来となって今日まで三千数百年に及び、律法の遵守による義に固執して「罪」を認めず、新約を読まないので、旧約の対型的意味を探らず、古代の掟をタルムードなどで修正しながら現代までしのいできた。

キリスト教の方は、帝国の法令によって新約で求められてもいない安息日を、ユダヤと異なる日曜に移したばかりか、他方ではヘブライの知識を嫌ってヘレニズム化を許し、ギリシア=ローマ型の教えを別に作り上げて、異教の天国や地獄の教えを混入し、三位一体や聖人崇拝によって多神教化させた。

イエスでさえエルサレム神殿での崇拝の対象としていた唯一神YHWHまでをも捨て去り、『父のほかに良い者はない』と神を尊ぶイエス自身を、その死に至るまで見事な忠誠を示して父の神性を立証したキリスト(「任じられた者」)を、却って三位一体の曖昧の中でいつの間にやら勝手に神に担ぎ挙げてしまい、ユダヤ人を「主殺しの民」と呼びつつ、ユダヤ教徒らとはその神YHWH*を同じくしたくなかったところを、今日に至るまでキリスト教徒は古代の反感と対立の故事を忘れて無頓着にそのまま歩んでいるのである。 *(今や発音が忘れ去られた至聖なる神の御名[יהוה]⇒「シェムハメフォラーシュ」)


こうして、ユダヤ教とキリスト教の古代からの不和は、聖書全巻に流れる一貫した新旧の教えを双方ともに失わせるものとなり、現在に及んでいる。
ユダヤ教とキリスト教のどちらも古代と中世のかび臭く暗い蒙昧の中でいまだに足踏みをしているというべきか。

それであるのに、何とも御目出度いことに、それぞれの信徒の多くはそれぞれの教えで満足しているようである。
おそらくそれは、悠久の神の意志ではなく、自分の「救い」という利害に関心が向いているからであろう。

だが将来、神はキリストに再臨を許し、聖霊が神の声を知らせることになるという。(マタイ10:18-20)
再び、聖霊を注がれる「聖なる者」を通し、世界はこれを聴くのであろう。(ヘブライ12:25-27)

そのときこそ、キリスト教は再興し、すべての人に真の信仰の求められる時となるのだろう。





                               新十四日派      ©2011  林 義平

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