quartodecimani blog

原点回帰の観点からキリスト教を見る・・ 「神と人を愛せよ」この一言に発し、この一言に終わる

忠実で思慮深い奴隷

『忠実で思慮深い家令』夜を徹して主人を待つ

2019年4月18日の日没後のパスカを期し


ΑΓΙΑ ΔΕΙΠΝΟΝ
"Primo mense, quartadecima die mensis ad vesperam"
「最初の月、その月の十四日の晩に」 
 HagiaDeipnon

Do the Lord's Supper in a primitive Christian way.
⇒2019 ”On the night of April 18” (English)
※当派の趣旨に沿い、ニサン月14日夜に『主の晩餐』を挙行の方々は
 都道府県名および人数のお知らせを乞う。

 quartodecimani(a)hotmail.co.jp  林 宛にて

4月28日現在
・青森県 一カ所 一名
・茨城県 一カ所 一名
・埼玉県 一カ所 二名
・兵庫県 一カ所 一名
    以上の通知あり


◆主の晩餐によってダヴィドの荒れ塚を興す

モーセを仲介に、神とイスラエルとの間に結ばれた律法契約は、ユダ王国の滅亡と共に神殿が破壊され、モーセ以来の律法に規定され永く行われていた祭祀は中断し、律法契約の履行は一度不可能となった。ユダの民の多くはバビロンに捕え移され、五千にも上る神殿の什器類も敵兵に奪われ、遥かな帝国バビロニアの厚い城壁の内側に留め置かれてしまった。

しかし、ユダの神への崇拝はそのまま潰えるものとはならなかった。
神殿破壊から47年後のティシュレイ16日に行われていたバビロンの異教の徹夜祭で、ユダの神殿の器を持ち出して宴会を祝うバビロン王は、一夜の内に新興のメディア=ペルシアに攻められ、あっけなくその世界覇権も一夜にして葬り去られた。
その後、ペルシアのキュロス大王は、占領した諸国家の民と偶像の神々を解放する政策を採り、特にユダの神については、本来の在るべき場所に神殿を再建する勅令を出し、その民イスラエルに呼びかけ、その事業を任せたのであった。

早くもはその勅令の出た西暦前537年の内に、民の中の有志らがそれに応じ、血統上大祭司職に任じられるべきザドク系のレヴィ族のエシュアと、ダヴィド王統の血を引きこの事業の総督に任命されたゼルバベルの下に、西の彼方、ユーフラテスの川向うへの旅に参じた。その多くはゼルバベル同様に約束の地パレスチナを見たこともない世代ではあったが、暑い千五百キロの旅路を承知の上で、かつてアブラハムが進んだ行程を辿り、その先祖たちが代々にわたって暮らし、神を崇めていた「約束の地」を目指したのであった。

それは余程に神YHWHとの契約に深い価値を認める者、即ち『シオンを憂う者』でなくてはならなかったことであろう。実際に集まったのは五万人弱のみであり、その他多くのユダの民は、住み慣れたバビロンに留まることを選んでいる。

留まったユダヤ人の中には、今や八十代の高齢で、且つ王府の務めを持っていたダニエルがいた。彼はバビロンでキュロスの第三年まで神からの啓示を受けていたが、ダニエル書のその終りには『終りまでそなたの道を行け。そなたは休みに入り、定められた日の終りに立ち上って自らの分を受けるであろう。』と語られており、再建された神殿での復興した神の祭祀を見ることなく永い眠りに就いたことであろう。

そのほかにも、当時極めて洗練された城市であったバビロンでの五十年にもなる暮らしにより、すっかり根を下ろして生業に勤しんでいたであろう若い世代のユダの民も、ダニエルに同じくエルサレムでの崇拝の復興をほとんどが見ることなく過ごしたことであろう。

他方、シオンを目指した一行は、その年の初秋ティシュレイの1日にはエルサレムに到着していたので、そのまま仮庵の祭り「スッコート」の祝いを再開することができた。
彼らは、シオン山上の荒れ跡を起こして祭壇を据え、日毎の犠牲も再開させ、翌年の春には神殿の定礎をも行うことができたのであった。

だが、その礎石はかつてソロモンが据えたものには及ばず、その小さい基礎を見て、壮麗なソロモン神殿を知っていた老人たちは声を上げて泣いたと、後の書士エズラは記している。
それでも、民の多くはシオン山上に神殿の基礎が再び据えられたことを歓呼して祝ったのである。その声は近隣四方に響き渡ったという。

こうしてダニエルが『あなたの町エルサレム、あなたの聖なる山から、あなたの怒りと憤りとを取り去ってください』とシオンを憂いて祈った言葉は、その時報われようとしていたかに思えたことであろう。

だが、エルサレムでの崇拝の再興の知らせを聞いた周囲の割礼の民、特にサマリア人が、この復興の業に共に預かることを願い、建設を共にすることを申し出てきた。
確かに、ソロモン神殿の資材を届けたのはフェニキア人であったし、石を切って整形したのはアンモン人であった。

だが、この度はイスラエル人がキュロスに任じられたのであり、そのうえ彼らでさえ律法に沿った祭祀にも生活にも慣れていなかった。彼らが如何に律法を忘れていたかは、後代のネヘミヤ記も伝えるところであり、そこにユダヤを通して律法を知る民であるとは云え、イスラエルとは祭祀も習慣も何かと異なるサマリア人が神殿再建に加わり、その後も祭祀に関わりを持つとなれば、モーセとの契約関係にあるイスラエルに影響が及んで、その純粋性をどこまで保てるかに危うさがあったに違いない。ネヘミヤ記では異邦人の影響力に曝されているイスラエルに、律法を再教育を施すことがどれほど難しかったかを描く記述に度々出くわすのである。

そこでゼルバベルは、サマリアの申し出を断っているが、これは適切な判断であったことであろう。だが、サマリアはその判断に怒り、業に与れないと知るや、他の民族と組んで神殿の再建の妨害を始めたのであった。

周囲の諸国民は、イスラエルの民が歴史上どれほど頑なで反抗的であったかにペルシア皇帝の注意を喚起し、ゼルバベルはイスラエルの王となる野心を隠し持っているとも唱えて、キュロス大王を継いだカンビュセスⅡ世とその廷臣らを動かすことに成功する。

以後、神殿の再建事業は滞り、やがてユダの民も再建を忘れて、その跡地は顧みられることなく空虚に打ち捨てられたままに年月を重ねていったのであった。

だが、祭司団やネティニムをまとめる立場に在ったエシュアは、前述のように周辺諸民族の不穏な動きを警戒し、定礎の以前から祭壇だけは組み上げて、日毎の捧げ物『常供の犠牲』は始められていた。

そうしている内に、カンビュセスⅡ世が世を去り、ペルシアに変化の兆しが出て来た。
そこで神は、二人の預言者を帰還民に遣わし、神殿再建の業を促す。それがハガイとゼカリヤの二人であった。

ハガイは、帰還民たちが、当初の熱意をすっかり失って生業に専心している姿を責めている。
『これはわたしの家が荒れはてているのに、あなたがたは、おのおの自分の家の事ばかりに忙しくしている。』『それゆえ、あなたがたの上の天は露をさし止め、地はその産物をさし止めた。』
『あなたがたは多く撒いても取入れは少なく、食べても飽きることはない。飲んでも満たされない。着ても暖まらない。賃銀を得てもこれを破れた財布に入れているようなものである。』

神は自分の儲け仕事に没頭する彼らを祝さず、却ってその実入りを少なくしていたのであり、彼らの崇拝心の無さを『この家がこのように荒れはてているのに、あなたがたは板で張った(内装の)家に住んでいる時であろうか。』と訴える。『それで今、万軍のYHWHはこう言われる、あなたがたは自分のなすべきことをよく考えるがよい。』

二月ほどすると、もう一人の預言者ゼカリヤが神からの言葉をこの民に語りはじめた。
『ゼルバベルの手がこの家の礎を据えた。そして彼自身の手がそれを完成するであろう。こうして、あなたは万軍のYHWHがわたしをあなたがたに遣わされたことを知るようになるのである。』『これは権勢によらず、能力によらず、わたしの霊によるのである。』『大いなる山よ、おまえはいったい何者か。おまえはゼルバベルの前に平地となるであろう。彼は「恵みあれ、これに恵みあれ」と呼ばわりながら、礎石を取り出すであろう。』

これらの預言の言葉に動かされた帰還民団の新たな霊を以って再建工事は再開され、新しい皇帝ダレイオスⅠ世の下で、反対運動も勢いを失ってしまい、遂に神殿は建立され、翌年ニサン月に献堂され、直ちに十四日の過越しと続く無酵母パンの祭りを以って祭司団による奉仕が再開されたのであった。その時まで、キュロス大王の勅令から22年が経っていたが、その西暦前515年はバビロニア軍による神殿喪失から71年目のことであり、エレミヤが預言していた七十年がこうして明けたのである。


◆ユーフラテス河畔から解かれる者ら

さて、神への聖なる崇拝は、今日どこに存在しているであろうか。
今、筆者がこれを言うのは、キリスト後の西暦七十年に第二神殿さえもが失われ、以来日毎の犠牲さえ捧げられていないことを指すのではなく、ただ一度限り捧げられたキリストの完全な犠牲による、モーセによらない祭祀でさえも、第二世紀以降から今日までの永きにわたり、キリストが不在(アプーシア)で聖霊が降っておらず、『霊と真理によって崇拝される』祭祀も絶えていることに読者諸氏の注意を促すためである。

キリスト教はありふれたご利益信仰と化し、個人が死後に行く天国と地獄などというバビロンの教理の汚濁にまみれたものである。しかも、死刑執行の刑具であった十字架にうなだれる『王の王、主の主』を有難がって眺めるという悪魔の悦ぶような「崇拝」に堕しているのであり、再来するキリストが「クリスチャン」方に祝福だけを与える温厚なナザレのイエスではなく、ご自身を含めた『神殿』への復讐に燃えあがる畏怖すべき御陵厳の大王であるなど到底知られていない。

そこでキリスト教の持つ偉大な意義がどう理解されているというのであろうか。
聖なる弟子らに奇跡を行わせる聖霊が失なわれて以来、キリストは確かに不在であるというべきであり、キリスト教は今日まで『誰も働くことのできない夜』の時期を過ごしているのではないか。

なぜならば、初代の聖霊注がれた人々が去ってから、人が計り知れぬ終末までの不定の時に至るまで、主イエスの臨在は不要であったからであり、神の右に在って待たれるべきであったからである。その間、真の崇拝はバビロンの厚い城壁の内側に閉ざされたところに留め置かれていたとは言えないだろうか。象徴的に囚われたものが『霊』であり『真理』であれば、それらが留め置かれていた間のキリスト教の真実の崇拝もできない道理もあろう。

だが、エレミヤの七十年が近付くにつれ、バビロニアはメディア=ペルシアの前に屈し、メシアとなったキュロス大王を介して神殿祭祀の復興の勅令が下ったように、「大いなるキュロス」であるキリスト・イエスがキリスト教のバビロン捕囚を終わらせる時を見計らうはずではないだろうか。

黙示録9章には、『大河ユーフラテスの畔に繫がれている四人の使いを解く』よう第六のラッパの奏者である天使に命が下されているのだが、それは『その時、その日、その月、その年に備えておかれた四人の使い』であると記されている。即ち、細心の注意を払った絶妙の時にその解放が為されるということではないか。

かつてゼルバベルのエルサレム赴任は、前537年の事であり、様々な事情生じて、神殿祭祀の復興まで22年の時を要したが、結果的にエレミヤの七十年は、神殿の破壊から再建までの祭祀中断の期間としてそこに預言に違わず収まった。
これは、今日という考古学が進展した環境からの視座、また判断の有利な時代の下流から見て分かることではあるが、当時の人々にはいつ何が起り、神の経綸がどう進むのか何も見通せなかった。それは神の業であり、それでなくとも知恵者ソロモンも認めるように、元々人には将来を幾らか予想することはできても、何が起こるかを確実に知る術もない。

同じく、終末がいつになるのか、天界の神殿である聖徒たちが、何時イエスを隅の親石として組み上げられるのかも、また何時キリスト教がバビロンの囚われから解かれるのかを今日の我々も知ることができない。ダニエル書第九章の七十週がエレミヤの七十年と決定的に異なるものは、第七十週目の残りの三年半が何時再開されるのかが不明なことである。それが即ち黙示される1260日のことである。

それでも、かつての第二神殿の建立に至ったまでの古代の経過は、終末に天界で神殿が建立されるまでに辿るであろう幾つかの事象に光を当てていることについて、黙示録の示唆が見えるではないか。

それが、ユーフラテス河畔からシオンに上った民らに、それだけの認識と熱意とが必要であったこと、また、神殿域の祭壇だけが先に据えられ、常供の犠牲だけは捧げられるようになったこと、その後に定礎があり、再建事業は始動した。しかし、そこで周辺の民からの反対が起り、神殿再建までに当分の労苦の期間を要したことなどである。
無論、内容が「黙示」とも云われる以上、「終末が古代の捕囚解放の対型である」と筆者のヨハネが明言しているわけでなく、そこは『読む者が悟る』べきものであるに違いない。

しかし、聖書を通して神の経綸を凡そにでも俯瞰できる者にとって、ヨハネの黙示と雖も、ほとんど明示されているに等しく、それこそ「黙示録」本来の書名「アポリュプシス」即ち「開示」と云われる通りなのである。これが霊感に拠らない書であるわけもなく、黙示録を「暗黒の書だ」というのは、本人の理解が暗黒なだけである。

もちろん、各時代の個別性も有ろうから、すべての予型と対型がぴったりと同じになることはないにせよ、旧約に書かれた事柄が終末に深い意味を持って再び語るということは、全能の神であれば有り得ることであり、それによって人を超える神の超絶性がいよいよ開示されることによって、信仰を呼び起こす圧倒的な神の証しともなり得ることである。それが二重の預言の意義深さといえる。即ち、予型と対型(ティポトロジー)の妙であり、聖書に確言ないものは信じないという「硬直的な信仰の持ち主」にはどうにも理解の進まないことである。
まさしく、そのようにアレゴリカルに開示される終末までの間、キリストは神の右に座して待たれ、神は余計なことをなさらない。

だが、終末の聖霊再降下による崇拝の復興が近付く時にはそうではないと云える。
何故なら、エレミヤの七十年の満了の近付いた時に、バビロニア帝国の没落とキュロス王の勅令があったように、黙示録の四人の使いはユーフラテスから解かれるという事象が起きるであろうからである。それはダニエルの七十週の最後の三年半が近付く時期にはますます起り得ることではないだろうか。

そして天界の神殿の建立が近付く時期、即ち、我々の将来にキリストの臨在を迎える前後で起こるべき事柄が、福音書でもイエスの語られた言葉の中で予告されているのである。
もし、これらの秘儀が起らないのであれば、『この世』は変わらずに苦悩満ちる場であり続け、人々の人生に意味を与えないかのような永遠の空しさも拭い去られることもない。
世間一般が思うように、「終末」などという神の裁きの時など来ないのであるから、人類は『この世』を「過ぎ越す」ことも叶わない。死への恐れと、奴隷労働の空しい境涯のままに過ごすよりほかない。神の経綸とはまことに偉大なものである。


◆シオンを嘆く者

前六世紀の出来事であるユダの帰還と神殿祭祀の再興が、キリスト以降、特に終末の時期に関わった予表であるのなら。いや、それはダニエル書やヨハネ黙示録をはじめ、ハガイ書、ゼカリヤ書、そしてイザヤ書やエレミヤ書にも示唆されているところからすれば、まず古代のアリヤーが終末近付く時代に対型を出現させることに間違いはない。

終末とは聖書中で『終わりの日』として旧約から度々現れる語であり、聖書の全巻を通して注目されるべき徒ならぬ時期であることが再三語られている。
それは第一世紀に世を一度去ったキリストが再び世に関わりを持つ臨在が起る時期でもあり、再び聖霊が活動し、世界がそれに瞠目することにもなるという。これはミカが『エジプトを出た日のように、わたし(神)は彼に(敵対者)に驚くべきことを見させる』と言われる「終末」の時期のことであるが、ミカはその時を『あなたが石垣を積み上げる日』と記す。(ミカ7:11-15)

しかし、聖書の記述を総合すると、聖霊の価値も知らない普通の人にいきなりに聖霊が注がれるという事態は起こらないであろうし、確かにそれでは初代の聖徒らの油注がれた状況とも一致しないだけでなく、パウロが言うように、聖徒らが『信仰によって義と宣せられた』のであれば、油注がれた彼らには、メシアへの信仰が有ったからこそキリストと同じく任命される理由もあったのである。

これはイザヤ書をはじめ何人ものネイヴィームも、聖徒である『シオンの子ら』を生み出す『女』シオンが、母として先に存在するものと語っている通りである。
しかも、この母親がバビロン捕囚で子らを失い、神殿が無い間に夫たる神YHWHの不在をも永らく忍んでいた姿も描かれている。

かつての栄光とは裏腹に『「追い出された女」と呼ばれ、「相手にされないシオン」』とさらし者にされる零落の日々は、バビロンからの帰還民の現れによって喜びの終りを迎え、やがては神殿も再建され、神YHWHも帰還してシオンに『名を置かれる』に至ったのである。

これらは神の側からの働きかけなく起ったことではない。神が『その右手を導かれた』キュロス大王の征服と勅令によって実現の端緒を掴んだ時代の潮流であったのだ。
しかし、それでもまるで人間の側が何もしなかったわけではない。
捕囚民の中からシオンの栄光の回復の祈願が捧げられていたのであり、その代表例はダニエルであろう。

彼はバビロンに在っても、西に向いた窓からシオンの方角に向けて祈りを続け、命の危険を冒してさえそれを止めなかった。
その祈りでは、イスラエルの不忠を悔い、『われわれの罪と、われわれの先祖の不義のために、エルサレムとあなたの民が、周囲の者の物笑い』となっていることを恥じ入り
もはや『われわれの義によるのではなく、ただあなたの大いなる憐れみ』にだけ頼るほかないゆえに、神に『あなたご自身のために、あの荒れたあなたの聖所に、あなたのみ顔を輝かせてください。』と熱烈な請願を捧げていたのである。

イザヤは『シオンを嘆く者』が『いにしえの荒れた所を建てなおし、既に荒れすたれた所を興し、荒れた町々を新たにし、世々廃れた所を再び建てる』ことを預言している。(イザヤ61:3)
ゼルバベルに従った帰還民らは、ダニエル自身が言い表したシオンへの願いを持っていたと言えよう。彼らは実際に人の住まなくなったユダの町々に到着し、その荒れ跡を復興している。その労苦は華々しい回復をもたらしはしなかったが、仮の祭壇での常供の犠牲は再開され、翌年には神殿の定礎も行われている。

その後の反対運動で神殿祭祀の復興という、当時のメシアであったキュロス大王の命を直ちに実現することはなかったものの、神の定めた70年はその間に満了を見ている。
では『至聖所に油を注ぐ』という結末を迎えるべきダニエルの七十週はどうなるであろうか。というのも、まさにダニエルがエレミヤの七十年を察知してシオン再興を祈っていたときに、七十週の啓示が与えられているではないか。

エレミヤの七十年の顛末と同様に、キリストの新しい契約が導く、聖徒らによる天界の神殿の建立までに、終末の時期に於いても、地上で仮の崇拝が興されて、常供の犠牲に相当する祭祀が開始することはダニエル書や黙示録も示しており、古代のアリヤーがその予型となっていることは明らかである。即ち、聖なる者らが『粗布をまとって1260日の間預言する』ことであり、彼らには反対がつきまとうのである。

そこでキリストの臨在の以前に、ダニエルの精紳を懐くような『シオンを嘆く者』が現れ、また、そこに聖徒である『シオンの子ら』を迎えることになるのであろう。
この母親たるシオンに相当する人々の現れを終末にも予期することはネイヴィームの語るところからして間違いではない。

「シオンを嘆く」とは、第二世紀まで聖霊の注ぎが実際に有り、神の崇拝、確かなキリスト教が存在していたのに、キリストが不在となり聖霊の絶えたキリスト教界が、今日見るように異教と混融して別の宗教のように汚れ果て、地上のどこにも神への真実な崇拝の無い状態を憂い嘆くことであろう。

それはキリスト・イエスが『誰も働けない』とした『夜』の長く続いた時期であるが、聖徒らの母シオンは、黎明から目ざめていて朝には子らを迎えることになる。(箴言31:15)
イザヤはこう書いている。
『シオンよ、醒めよ、醒めよ、力をまとえ。聖都エルサレムよ、美しい衣を着けよ。割礼を受けない者や汚れた者は、もはやあなたのところに入ることはないからだ。』(イザヤ52:1)

では、荒れ果てたシオンを嘆き、また、その地に赴いて荒廃したいにしえの街を建て起こす者たちは、終末の近付く中でどのように現れるとされているだろうか。


◆忠実で思慮深い家令

それぞれの福音書は、キリストの初臨の以前にバプテストのヨハネの活動が有ったことを記している。
この祭司ゼカリヤの子ヨハネの活動に対していち早く反応していた平民に、ガリラヤ湖の二人の漁師が名を挙げられている。アンデレとヨハネである。

彼らは祭司でもレヴィ族でもないし、後のパウロのように当時のユダヤ教学院(イェシィヴァー)で学んでいたわけでもない、イスラエルのどの部族の者であるのかさえ聖書からは分からない。
だが、神に関わる事柄には鋭い関心を持っていたからこそ、荒野のバプテストの下で弟子となっていたのである。モーセの祭祀が行われる神殿から離れたバプテストは、律法の体制以前のヘブライの原点であるユダの荒野に現れたが、自身が『主の道をまっすぐにせよ』と叫ぶ声でもあった。イスラエルは聖霊と火とを、即ち、是認と糾弾とをもたらすメシアの到来を前に、その心を整えるべき時を迎えていたのである。

そのバプテストが『神の子羊』としてナザレ人イエスを示したときに、アンデレは自分の兄弟シメオンに『わたしたちはメシアを見つけ出した』と言っており、それはこの兄弟が漁師であるにも関わらず、普段から約束のメシアを捜し求めていたことを物語っている。しかし、彼らがメシアの主要な弟子、十二使徒も中心的メンバーになると思いもしなかったであろう。サンヘドリンは彼らを見て『無学な一般人』と思いつつ、神の経綸を大胆に語る姿に驚いているのである。

そしてメシアが再臨なさる終末の手前で、類似のことが起らないと言えようか。
いや、イエスは予告して語っているのである。
それが『忠実で思慮深い奴隷』または『家令』であり、マタイ24章45節とルカ12章42節に記載されている。またマルコ13章に類似の記述もある。

これらの句が示すのは、真夜中の主人の帰還であり、その際に家の奴隷たちの世話をして主人を待つ家令または奴隷たちの頭のことである。
婚宴に出掛けた主人が華燭の宴をすっかり堪能してから家に戻るのに、その刻限が定まっていると考えるのは随分と野暮なことである。この時の不定性は、契約に関わるダニエルの七十週の最後の半週が何時始まるのかが不明であることにも関わっているのであろう。

ルカ福音書にあるように、主人の帰宅が、午後9時から真夜中までの第二夜警時になるのか、また更に遅く午前3時までの第三夜警時、或いは明け方近くになるとしても、それは主人の都合であり、家令も奴隷も何か言えたものではない。彼らが待ち続けるのは当然の務めである。
ゆえに、『忠実』とは時について示されるのであり、マタイでもルカでも夜盗を例えて、もし、その時を知っていたなら盗人に押し入られるようなことなどしないと主イエスは語られる場面が隣接しているのであるから、家の奴隷たちが待つべき時の不定性はますます強調されている。

そこで奴隷たちに求められる『忠実』とは、主人の帰宅がどんな時刻になろうとも『帯を締め』『篝火を焚いて』待ち、『主人が扉を敲いたら、すぐさま開けることができるように』していることであると、その主人であるイエス自身が言われる。(ルカ12:35-36)

ところが、たとえその家令が賢くて、他の奴隷たちに定時の食事を提供できていたにせよ、主人の時について忠実でないとすれば、それは致命的なことであることもイエスは語られている。『最も厳しく罰する』『数多く鞭打たれる』と言われるのであり、奴隷たちの頭、また家計管理に関わる家令(オイコノモス)だけが懲罰を受けるのではなく、他の奴隷たちにも責が問われることは、『知らなかった者は少なく打たれる』との言葉に込められているのであろう。

他方、例えの中の家の主人が帰ってきたときに、奴隷たちがその帰りを準備して待っているなら、その主人は異例なことに、その家令のために自ら給仕するとルカは記し、マタイでは、その奴隷に『すべての持ち物を委ねる』ともしている。

だが、主人を待たずに他の奴隷たちを叩いて強制し、勝手に宴会を始めてしまうなら、それはたいへんな酬いを受けることになる。
マタイもルカもその結果は一致しており、厳罰に処せられだけでなく、元々の不忠実な者どもと同じ目に遭うことになるとも語られたのである。

では、どうして主人を待たなかったのか。
二つの福音書共にこう言う、『主人の帰りが遅いと心の中で思う』のである。
これは主人の都合を無視した奴隷の思い上がりであり、自分の思うような都合に主人の帰宅時刻を決めてしまうという、家の奴隷にしては有り得ない横暴である。
それは、自分の中に時刻の予想や願望が有ったればこそやらかした悪行であり、このように強調されているからには、キリストの臨在の時を予想するなど許される事ではないのである。

この点で、英米で19世紀から流行した年代計算による時の予想、特にキリストの再臨の時を算定しようとした覚醒運動とそれに連なる企ては、とても誉められたものではなく、むしろ主人への不忠と言うべき愚行ではないか。そこには主人の帰還の間違いようもない神の聖霊の印を人間の推論に置き換えるという、自分本位な願望が作用していたのであろう。
そのうえ、キリストの地上支配が自分たちの上に始まっているなどと唱えようものなら、キリストの真実の来臨をどう迎えるつもりなのであろうか。

やはり、家の奴隷たちは『思いがけぬ時』という不定の時刻を決め付けることなく、夜を徹して待ち続け、主人の帰宅に良い準備を以って迎え入れることが第一の務めである、それがこのイエスの語られた例えの重要な本旨であることは読んで明らかな通りではないか。
そこで、奴隷たちは主人の帰還するときに示されるその意向に従って仕えるべきであり、自らの判断するところを行っていては、待っているべき奴隷の立場を踏み越えた不遜でしかない。

それゆえ、キリスト帰還の年代への信仰が覚醒運動の「大失望」を刈り、その後も様々な分派でハルマゲドンやら携挙やらの起こる時を予告しては毎度外す度に誤魔化してきたことは、度重なる警告とされるべき明らかな例であったと言える。まさしく福音書が『主人は彼らが予期しないときに来る』と揃って書かれている通りではないか。その不忠を終末まで続け、勝手なメシア支配の宴会などをしていれば、どれほどの厳罰を受けることになろうか。


◆主人を待つ者は誰か

さてそこで、明け方になろうとも帯を締め、篝火を絶やさずに待ち続け、仲間への定時の食事の世話を続けるとは何を意味するだろうか。
イエスはそのような者は『誰であろうか』と語って、それが不定な何者かであることを示唆されている。事前に任命されているならこのようには語られなかったであろう。

確かにイエスは例えで定時の食事を奴隷たちに供する者を『家の僕たちの上に立てた』と言われるのだが、これを終末の近付く時分に「キリストが直に任命した」と捉える理由はない。これは一家に居る何人かの奴隷たちを束ねて、主人の不在の間の切り盛りをする家令が居るという当時の富裕な家に普通に見られる様子を描写し、この例えを成立させるための場面設定と観る方がよほどに現実的である。

即ち、終末に於いては『新しい契約』の『使者』であり、ダニエルの言うように『契約を固く保つ』メシアの姿からすれば、この例えの家令や奴隷たちが活動するのは、聖霊の再降下の以前に相当するからである。

それに整合するものとして、ルカ福音書ではその例え話の直前にペテロが一言質問を挟んでいる。
『主よ、この例えはわたしたちに話しておられるのですか。それとも皆のためですか?』
だが、主はそれに直接には答えずに『主人が、召使たちの上に立てて、時に応じて定めの食事をそなえさせる忠実な思慮深い家令は、いったい誰であろうか。』と語るのであった。

ペテロの質問は、十二人と群衆との異なりを問うものであるが、それを敷衍すると聖霊で油注がれることになる聖徒らと、そこまでは至らないものの、メシア信仰に達する信徒との違いを問うものであったと見るのは的外れではないであろう。

そこでイエスが、ペテロの問いに構わず『忠実で思慮深い家令』について話しを続けて、『誰であろうか』と言って留めたところには期待が込められており、また、その『家令』が主人の到着の以前に活動するのであれば、聖霊の再降下は起こっていない時期のことを述べているのであるから、聖徒か信徒かをペテロが問う意味もないのであり、それゆえイエスはペテロに答えず、例え話を続けていると観るべきであろう。

このように、終末が近付いている段階での、聖霊の再降下以前の段階が示唆されていると見るなら、新約聖書の幾つかのテーゼに整合性が出て来るだけでなく、ネイヴィームにも見るべきものがある。

イザヤ書ばかりでなく、エレミヤの預言にもエルサレム再建の場面が語られ、『見よ、わたしはヤコブの天幕の繁栄を回復し、その住む所を憐れむ。都は廃虚の丘の上に建てられ、城郭はあるべき姿に再建される』と語るところで『その高貴な者は彼らの中から、その支配者はその只中から出る。わたしは彼を近づけ、彼はわたしに近づく。心に誓ってわたしに近づくこの者はいったい誰なのか』とある。『高貴な』『支配者』とはキリストとその兄弟らを指すとすれば、その者らが現れる母体である『彼ら』とは何者なのか。(エレミヤ30:18・21)

『高貴な者』とは『その最も小さな者も彼(バプテスト)より偉大である』という『天の王国』の者、即ち聖徒であり、聖徒が「彼らの中から出る」とは、あのシャヴオートの日にエルサレムの片隅で隠棲していたガリラヤの120人の弟子のように、なお聖霊の油注ぎを受けていなかったがメシア信仰に達していた人々と同じ者らを指しているのであり、時代を遥かに離れた終末の主の再臨を前にした時点でも同様の人々が居ることを教えていると見ることは理に適ったことである。

しかも、『忠実で思慮深い奴隷』に同じく、廃墟を立て直すその何者かは預言された時点で不明とされている。これは自発的な行動を促していると読む者に感じさせる記述ではなかろうか。神に任命されたからそうするのではなく、自らそう願うのである。そのような自発心によってこそ神の経綸に美が備わるではないか。聖書は神と人の交渉の記録でもあり、神との善的な関わりこそが、人間に残された僅かな真なる美でもある。

そのように、崩れたダヴィドの荒れ塚を興そうとする者は、契約の中にいる者ではないし、聖霊が後から注がれ、高貴な支配者がそこから現れるのであればそれは有り得ない。
したがって、ペテロの問いに答えなかったイエスは、やはり聖徒と信徒の区別のない段階について語っていたのであり、ネイヴィームによれば、それらの者らは荒れ跡を興す者らであり、大河ユーフラテスの河畔の囚われから解かれ、シオン山上の神殿跡地に立つことになる数の多くない『イスラエルの残りの者』なのであり、しかも、終末前には異邦人がその業に携わることがこう預言もされているのである。

『わたしは、わたしを求めなかった者に問われることを喜び、わたしを尋ねなかった者に見いだされることを喜んだ。わたしの名を呼ばなかった国民にわたしは言った、「わたしはここにいる、わたしはここにいる」と。』
神は、それまでの崇拝者でない者たちへ招きの言葉をかけている。

だが、元から神に仕えていた者らといえば『良からぬ道に歩み、自分の思いに従う背く民に、わたしはひねもす手を伸べて招いた。この民は目のあたり常にわたしを怒らせ、園の中で犠牲を捧げ、かわらの上で香をたき、墓場にすわり、ひそかな所にやどり、豚の肉を食らい、憎むべき物の、あつものをその器に盛って、言う、「あなたはそこに立って、わたしに近づいてはならない。わたしはあなたと区別されたものだから」と。これらはわが鼻の煙、ひねもす燃える火である。』(イザヤ65:1-5)
この背教のイスラエルの姿は、今日までキリスト教界が自ら清いつもりで、異教との汚れによって曝してきた醜態とも重なるものがある。

その一方で、バビロンを出立する者らには正反対のことが語られている。
『エルサレムの荒れ廃れた所よ、声を放って共に歌え。YHWHはその民を慰め、エルサレムを贖われたからだ。YHWHはその聖なる御腕を諸国民の前に示された。地のすべての果ては、われらの神の救いを見る。
立ち去れ、立ち去れ、そこを出よ、汚れた物には触れるな。その中を出よ、YHWHの器を荷なう者よ、自らを清く保て。
あなたがたは急いで出るに及ばない、また、飛ぶように行くにも及ばない。YHWHはあなたがたの前に行き、イスラエルの神はあなたがたの後衛となられるからだ。』(イザヤ52:9-12)

バビロン捕囚を解かれた者たちは、契約にあったユダの者らではあったが、この時点で律法は神殿破壊と共に潰えており、さらにシオンの荒れ跡を興すのに終末が近付く段階では血統に拘る理由はもはや存在しない。まさしく、シオンの惨状を嘆く者でなくてはならず、それは血統はもちろん、何にも区別され妨げられるべきものではないであろう。


◆主人の帰還により栄光を受けるシオン

今日のキリスト教界に見られるものは、荒れ廃れたシオン、再建されないばかりか、定礎さえされていない以上、神殿祭祀は当然のこと、常供のための祭壇も無い、無人の廃墟と言うべきであろう。
それゆえ、シオンを憂う者はバビロンを去り、その汚れを拭い去り、神殿の什器をシオン山上まで運ぶ務めがあると言えるのである。

キリストが定めた唯一の定期儀礼である『主の晩餐』は、バビロンに囚われたかのように大仰な「ミサ」の儀礼と変じ、ホスチア(ウエハース)だけの聖体拝領の儀式とされ、或いは異教の神に由来するイースターの名を冠して復活祭に歪曲され、また、過越し(ペサハ)との関連が種入りパンとして否定され、初代キリスト教徒に守られたニサン14日は、天文学に依拠する日付けともされ、驚嘆すべき出エジプトの神の事跡は軽視、また汚されてきたのである。

もちろん、儀式を正確に守ることが、必ずしもバビロンを脱し汚れを去る意義があるとは言えないが、キリストの犠牲に基く聖徒の立場に関わる『主の晩餐』、このキリストの教えに於いて最も重要な儀礼をなおざりにしていては、そのキリスト教にどんな意義が残るだろうか。

イエスは、真夜中であれ明け方であれ、目を覚ましていて主人を待てと命じられたのであるから、その臨在の近付く中で扉を敲かれたときに『主の晩餐』をその意義に従って用意していないとすれば、その奴隷としては失態であり、仕える者としての役割は果たせていないのである。その奴隷たちは、主人の居ない間でこそ忠実であることにより確かな信頼性を示し、それゆえにも主人は却って彼らに給仕まですると言われるに違いない。

しかも、それは明らかに油注がれた聖徒ではないのである。
イザヤ書40章以降の預言を読んでゆくと、聖徒らを生み出す者について非常に多くの情報が含まれていることに気付かされるであろう。
その聖徒の母『シオン』は、聖徒とは別に、地上に於いて相当に高められることが何度も知らされているのであり、それは聖徒とは別の栄光なのである。その栄光は聖徒を別にして地にあって神の民となることであり、終局では神YHWHはシオンから号令を下し、シオンの中に神が居るというのである。(ゼカリヤ2:11/詩篇110:2/ゼパニヤ3:16-17/エレミヤ30:22)

永い間、子を持たなかったシオンには、バビロンからの帰還民を迎え、やがて神殿の再建を経て贖われたシオンの子らを迎えることになり、諸国の王や民たちが各地からシオンの子らを運んで来ることになる。では、それで聖徒を生み出したシオンは役割を終わるのだろうか。イザヤの預言にはこのようにある。

『シオンの義が朝日の輝きのように現れ出で、エルサレムの救いが燃える松明のようになるまで、わたしはシオンのために黙さず、エルサレムのために休まない。
 もろもろの国はあなたの義を見、もろもろの王は皆あなたの栄えを見る。そして、あなたはYHWHの口が定められる新しい名をもって称えられる。

また、あなたはYHWHの手にある麗しい冠となり、あなたの神の手にある王の冠となる。
あなたはもはや「捨てられた者」と言われず、あなたの地はもはや「荒れた者」と言われず、あなたは「わが喜びは彼女にある」ととなえられ、あなたの地は「配偶ある者」ととなえられる。YHWHはあなたを喜ばれ、あなたの地は配偶を得るからである。』(イザヤ62:1-4)

『門を通って行け、通って行け。民の道を備えよ。土を盛り、土を盛って大路を設けよ。石を取りのけ。もろもろの民の上に旗をあげよ。
見よ、YHWHは地の果にまで告げて言われた、「シオンの娘に言え、「見よ、あなたの救いは来る。見よ、その報いは主と共にあり、その働きの報いは、その前にある」と。
彼らは『聖なる民、YHWHに贖われた者』と称えられ、あなたは「人に尋ね求められる者、捨てられない町」と称えられる」。』(イザヤ62:10-12)

こうしてシオンが聖徒らを生み出すことにより、その後にはシオンそのものも諸国民からの敬意を得て、終末の人々が流れのようにその許に参集してくる様はイザヤとミカによって記され良く知られたところとなっている。
しかし、それに加えて聖徒らが天界に揃って後も、地の中核を構成することがシオンに関する各所の預言に見えている。

終末を俯瞰するに、キリストの臨在の前から働くのが覚醒するシオンであり、臨在に際してそこから聖徒らが生み出され、シオンは栄光に包まれる女となる。油注がれた者らが聖霊による世界宣教に携わる間は悪魔の攻撃から守られ、やがて、全地からの膨大な人々が集まる中心を成すことになろう。そうしてシオンは地の中核となり、神の王国のキリストの支配に入る人々、それも膨大な数の人々の流れを迎え入れる側となろう。

『忠実で思慮深い奴隷』は、その第一の段階であり、まずはユーフラテス河畔を発ち、シオンに向かう者らとして現れねばならない。
それが『シオンを憂う者ら』であり、彼らが『ダヴィドの荒れ塚を興す』からには、大いなるキュロスの勅命が発せられたということになろう。

それはキリストの臨在が近付いたからこそ現れるべき人々なのであり、神は余計な業を行わないであろう。
もちろん、天界での神殿の建立が何時になるのかは、誰にも分かることではないが、キリストの臨在なく、聖霊の再降下もないゆえに『誰も働くことのできない夜』であってさえ、『シオンを憂う者ら』には行えることはある。

やはりイザヤの預言にはこうある。
『エルサレムよ、わたしはあなたの城壁の上に見張をおいた。一日中また夜を徹して彼らは黙してはならない。YHWHを知らせる者よ、あなたがたは自ら休んではならない。
YHWHがエルサレムを堅く立てて、全地に向けて誉を得させるまでは、あなたがたは休んではならない。』(イザヤ62:6-7)

それはイエスの語られた、主人を待って夜を徹して篝火を焚き、自らは帯を締めてその帰還を待つ奴隷たちのようでもある。
彼らへの報いとして、家のあらゆる物が任されるというのは、上記のようにイザヤ書と照合すれば、聖徒らを指してはいないのであり、それこそは『新しい名で呼ばれる』という栄光を受けたシオンの姿なのであろう。彼らの役割は、主人の帰還によって評価され、待ち続ける『忠実で思慮深い奴隷』の役割はその時には栄光を受けつつ終了することになる。

今日の『主の晩餐』に於いて、二つのエレメントに与るべき『シオンの娘』は、キリストの臨在なく聖霊が再降下していないため、未だ生み出されてはいないので、聖餐はその準備で終わるのではあるが、主人の帰還に備えて『すぐに扉を開ける』ことのできる状態にあることは誰にせよ行うことによって示せるであろう。

即ち、初代と同様に無酵母パンと赤葡萄酒を用いて、ユダヤ人が過越しと無酵母パンの祭りを合体させてニサン15日にセデルの食事を摂る前の晩を取り分けて、最後の使徒ヨハネの伝えた時に執り行い続けることである。




さて、読者諸氏はこの件をどう思われるだろうか。もちろん、筆者の述べることがまったく正しいと言うのではない。それでも、或いは大まかにでもご賛同いただけるのであれば
本年(2019)の4月18日の日没後にユダヤ教徒がニサン14日と呼ぶ日が始まる時に、二つのエレメントをご用意の上、しばらくの間、キリストの臨在と聖霊の注ぎを観想し、主人を待って夜を徹して篝火を焚き、自らは帯を締めてその帰還を待つ姿勢を神の前に示されることをお勧めしたい。これは主人の帰還に至るまで、可能な限り止めてはならないことではないだろうか。

また、各地の方々も、もし可能であれば、同志共にお集まりいただいても宜しいように思われる。二つのエレメントを用意し、それらが嘉されるよう祈りつつ、種入れぬパンを割って皿に置き、葡萄酒を盃に注ぐことが最低限求められる。

無酵母パンの製法は、手の込んだものではなく、材料は小麦の全粒粉と水だけであり、捏ねる鉢と延べ台に延べ棒、フライパンに焼くための器具は必要ではあるが、一般家庭であればまず備わっているものであるし、買い揃えても然程高価にもならない。
(製法はこちらを

加えて、ヨハネ福音書の13-17章のどこかを朗読するのは初回の『主の晩餐』を観想するのに相応しいように思われるが、細かな次第は決められていない。だが、キリストの死に関わることである以上、ラフにはなさらぬ方が良い。

一定の時間を過ごした後に、祈りを以って閉じ、散会後、エレメントを片付け、儀礼で使用されたものはできるなら飲食せずに処分される方が、『新しい契約』への敬意に相応しいのであろう。

こうして『主の晩餐』を年毎に行うことにより、我々は『シオンの山』を憂い、バビロンを後にして『ダヴィドの荒れ塚を興す』者、また、夜を徹して主人の帰還を待ち続ける者が地上に居ることを神の御前に表す姿勢を見せることになろう。
これが即ち、エデン以来の神の経綸に協働しようと願い、今それに応じる信仰を表す意義を持つ。

即ち『シオンよ、醒めよ!』と呼びかけられているのは、『主の晩餐』の価値を弁えて行う人を指すということになるであろう。
筆者も含めて各地の方々の挙式が、神の御前に覚えられるものとなるよう、祈念しつつ



 林 義平









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使者と契約の使者による「水のバプテスマ」

今日の水のバプテスマの意義



今日、キリスト教に帰依しようとする人々が当たり前のように受ける水のバプテスマであるが、その意義には何があるのだろうか?

結論から言えば、キリストの水のバプテスマとは、それを望んで受ける人が、ナザレ人イエスをキリスト=メシアとして認め、そこに救いがあることに信仰を働かせたことの表象である。

しかし、この記事では、マラキの預言にみられる『契約の使者』とそれに先立つ『使者』、即ちバプテストとメシアとが共に施した水の浸礼の異なる意義を探る。その理解の切り口は「契約」である 。

マラキの預言の第三章はこのように書き始められている。

『見よ、わたしはわが使者を遣わす。彼はわたしの前に道を備える。
また、あなたがたが求める主は、突如としてその家(神殿)に来る。見よ、あなたがたの喜ぶ契約の使者が来る。
このように万軍のYHWHは言われる。』


さて、キリストに先立ちヨルダン川で祭司ゼカリヤの子ヨハネが『悔い改めのバプテスマ』を施し始めたのが、水のバプテスマと云うものとして初めて聖書に現れている。

もちろん、祭司らの水の洗いという、聖職に携わる前に義務付けられた潔めや、民の儀式上の浄めなどがこの以前から存在してはいたが、神殿祭司でない預言者から民が授かるような宗教儀礼は初めてのことであった。

即ち、ヨエルの『YHWHの大いなる恐るべき日が来る前に』、『わが霊をすべての肉なる者に注ぐ。あなたがたの息子、娘は預言をし、あなたがたの老人たちは夢を見、あなたがたの若者たちは幻を見る』というレヴィ族の神殿祭祀を超えてゆく新たな進展への神の布石とも云える。(ヨエル2)

その先には、メルキゼデクの如き天界の大祭司制度が見えている。レヴィ族に依拠しない、イスラエルの全体が担う、まったく新たな祭司職への出立である。
エジプトの奴隷状態から脱したイスラエルは、モーセに率いられて紅海の水から救い出され、シナイ山麓で律法契約に入って以来、レヴィ族による祭司制度を行って来た。

使徒パウロは、紅海を渡ったイスラエルは『モーセへのバプテスマを受けた』と記したのは、旧契約とその祭祀へと民の心を整える役割としての出来事であったことを類比しているようにもとれる。

だが、ヨハネとイエスによるバプテスマは、最終的にレヴィに属さない新たな大祭司だけでなく、新たな祭司団、新たな神殿、新たな至聖所を築き上げるものとなってゆく。それこそは地上のひな型が指し示した天界の事象というべきであろう。やがてヘロデ神殿も去ってゆき、『エルサレムでもないところで』『霊と真理により崇拝』する時節の到来が近付いていたからである。(ヨハネ4)

そこで、バプテストの『荒野の叫び』は、イスラエルの新たな旅立ちを促す預言者の宣告、遥かな荒野の彼方からショーファールを吹き鳴らすその響きであったと言えよう。では、この民族は腰を上げて、新たな祭祀、また約束の地に達するであろうか?

彼の浸礼が表す『悔い』とは、律法契約の不遵守の後果としての第一神殿の破壊とバビロン捕囚を経て、契約の箱と聖籤を失い、イスラエル民族には律法契約に対する罪の意識が広く浸透していた一方で、パリサイ派や書士や学者のような誇り高い支配層では、律法条項を墨守することになお固執するという、別の態度が見られていた。
だが、この気位の高い層は比較的に富裕であり、そうでなければ保てない清めの水準に居ることに慢心があった。

このイスラエル民族の状況下で、野の人「バプテストのヨハネ」が唱導した水のバプテスマは、貧しく清さの基準に達しない庶民層が神に立ち返る道を開くものであり、不安定化していた律法契約について、アブラハムの子孫、即ち『契約の子ら』であるイスラエル、またヘブライ人の原点とも言える「荒野」*から神に向かわせ、その関係を修復するよう『心を整えさせる』ものとなり、預言者エレミヤに予告されていた『新しい契約』の到来に備えて人々を準備させるものであった。
*(「シャッダイ」は荒野を意味するとの説もある。ヘブライの語源「イブル」は定住者との対照としての遊牧民を表す)

即ち、イスラエル民族について律法契約から新しい契約へと、ヨハネとイエスのふたつの水のバプテスマが媒介となって繋いでいるのである。このふたつは、共に人を水に沈めてから起き上がらせるという死と再生を表す見た目は同じでも、その意味は異なっており、一方は律法契約の終点に位置し、もう一方は『新しい契約』の始まりに位置している。これらは共に、律法祭祀とは別に、「荒野」で進んだ神の経綸の展開であり、不安定化していた律法制度を遥かに超える重要な意義があった。

そこで、多くのイスラエルの民がヨハネからの水のバプテスマを受ける中で、ヨハネはパリサイ人ら指導者層への施しは拒絶している記述も聖書にあるが、そこに律法契約に対するパリサイ派らの見方の異なりが裁かれている。(ルカ7:30)

つまり、彼らが律法を遵守するなら、依然として神の前に『義』を得られるものと思い込んで、メシアという救いの手段にも、律法祭祀の以前に想いを振り返らせる「荒野」というイスラエルの原点からのヨハネの声にも耳が塞がれていたのであった。

そこにナザレ村から来られたイエスが、そのヨハネから水のバプテスマを受けられたが、「アダムの罪」も、「律法の呪い」をも負わないイエスが受けた水のバプテスマは、民の一般が受けたものとは性質を異にしていた。

イエスの受けた水のバプテスマでは、水から上がったその場で聖霊の注ぎが起こっており、神の信任の言葉をヨハネは聞いて証しを立てている。そのときを以ってナザレのイエスがキリストの任命を受けるという格別の儀礼となった。

こうして水と霊によって神の子の『初穂』となるべき者(キリスト)が最初に現れた。
更にキリストは、自らが受けた復活を通して『兄弟ら』*の中からの『初穂』ともなってゆく。(ヘブライ2:11/コリント第一15:27)*(真実のイスラエル「アブラハムの裔」を含意)

したがって、ヨハネの水のバプテスマには、民への『悔い』の表象と、メシア叙任の機会と紹介の働きがあったが、そのどちらもが『新しい契約』に向かってゆくべき神の経綸の中で、欠くことの出来ない重要性を帯びていた。


◆主の御前を行くエリヤ

ヨハネのバプテスマが、イスラエルの悔い改めによる『整えられた民』をキリストに対して備えた事により、イエスは、メシア信仰を持った者らから、やがて聖霊を注がれる者らを召し出して、人類に祝福をもたらす真実のアブラハムの裔、『神のイスラエル』を集め出し、『神の王国』を構成させることが、遠くエレミヤの預言した『新しい契約』の意味するところであった。

その過程に於いてバプテストは、マラキが予告したように『契約の使者』の前に使わされる『エリヤ』であった。(ルカ1:17/イザヤ40:3)

マラキは、その『エリヤ』が行う働きを次のように述べている。
『彼は父の心をその子供たちに向けさせ、子供たちの心をその父に向けさせる。これはわたしが来て、呪いをもってこの地を撃つことのないようにするために』(マラキ4:6)
だが、マラキの預言書には水の洗いについては書かれていない。

ゆえに、キリスト・イエスはバプテストのヨハネについて『エリヤは既に来たのだ。だが人々は彼を認めず、好きなようにあしらった。人の子もそのように人々から苦しめられることになる。』と語り、弟子らはマラキの予告したエリヤの実体がバプテストであったことを悟る。(マタイ17:3)

ユダヤの体制派はバプテストにせよキリストにせよ、その到来の意味も価値も悟るに至らなかった。
彼らの関心は律法墨守によって打ち立てる自らの義であり、神に是認を与えさせることであった。
しかし、それは真逆に作用することになる。神の前で彼らは自己に確信を持っており、その心はニュートラルではなく頑なであったのだ。

バプテストのヨハネは書士やパリサイ人が浸礼を受けることを拒絶し『既に、斧は木の根元に置かれている』と警告したが、まさしく彼らはモーセに固執しヨハネの宣明した『悔い改めのバプテスマ』に価しなかったばかりか、キリストに対して到底『整えられた民』ということもできない。これらの体制派の者らに『新しい契約』は眼中になく、また、紅海のモーセ以前に立ち戻る必要を感じもしなかったに相違ない。それをヨハネへの扱いによって実証してもいるし、この後には他ならぬキリスト自身に対してもそうしたのである。

福音書の中では、ユダヤ人一般の中に、マラキに予告された『エリヤ』を待つ姿勢があったことが何度か描かれる。
バプテストが現れると民は『あなたはエリヤか』と彼に尋ねているうえ、イエスが奇跡の業を行うようになると、次にはそちらがエリヤではないかと言い出している。
使徒らは主に『なぜ、律法学者は、まずエリヤが来るはずだと言っているのでしょうか』と尋ねており、奇跡を行うイエスを、人々はエリヤの蘇りであるとする解釈もあったことが記されている。

また、後には磔刑に処された主が『エリ、エリ』と神に叫ぶと、ユダヤ人らはエリヤを呼んでいると思い、『エリヤが来るか見てみよう』とまで言っている。

つまり、ユダヤ体制に属する人々の多くにとってエリヤは必ず『到来することになっている』のであり、『すべてを回復する』ことに期待も掛けていた。(マタイ17:11)
裏を返せば、律法を行いながらも「ともかくエリヤを待てばそれでよい」という観念に凝り固まって、預言の言葉に込められた精紳に無感覚になっていたというべきであろう。

だが、彼らはその『エリヤ』の到来に気付くことはなかった。
なぜなら、イエスが『人々は彼を見分けなかった』と言われる通り、バプテストの服装にエリヤを見出すことも、彼自身が『自分は荒野で叫ぶ声』であるとイザヤに注意を向けても、それに気付かなかった。原因は、『エリヤ』の意味することへの洞察を怠っていたからである。

イスラエルの悟りの悪さはこのときばかりではなかった。
古代には、バアルの祭司ら450人を相手に勝利した預言者エリヤを、イスラエルは支持せず、却って追いたてたので、彼はユダの荒野に逃れて死を求めたものの、神の慰めを得てホレブの洞窟に身を隠し、カラスの運ぶ食物で飢えをしのぎ、イスラエルには入らず、異邦人のザレファトにあっては、明日の糧も知れぬ極貧にある寡婦の世話を受けねばならなかった。それほどまでにエリヤを冷遇したように、バプテストのヨハネをも扱ったのがこのイスラエルの民であったのだ。

そのうえ、バプテストのヨハネという先駆者を正しく評価もしなかったユダヤ人は、やはり奇跡を行う人であるイエスをも逮捕し総督に処刑させたのであり、そうまでしておきながら、自分たちに遣わされたメシアがいよいよ息を引き取る最期に在っても『エリヤが来るか見てみよう』と言い放ったのである。何と言う無感覚!その麻痺した良心は当然にメシア信仰を見出しはしなかった。


◆『契約の使者』

ヨハネの施した水のバプテスマには、律法の罪と呪いに塗れたイスラエルを、律法契約に代わる新しい契約に備えさせ、マラキの言う神殿に突然に来るという『契約の使者』の先駆者としてアブラハムの子孫に注意を促す役割があったと言える。

そのバプテスマを受けた人々は、もはや律法の遵守による義の獲得に期待を寄せるのではなく、ペテロが言い表しているように、律法が『先祖もわたしたちも負いきれなかった軛』であることを認め、民は契約を破ったと語ったエレミヤが伝えた新契約、即ち『わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す』という『この契約はわたしが彼らの先祖をその手をとってエジプトの地から導き出した日に立てたようなものではない』つまり、律法契約のような書かれた条項を守る務めとは異なるものが予告されていたのであった。(使徒15:10/エレミヤ31:31-32)

パウロはこの対比について『文字は人を殺し、霊は人を生かす』、また、律法に従う者を『奴隷』とまで言っている。(コリント第二3:6/ガラテア4:25)

だが、律法契約による『義』を諦めるほどに大きな意識の転換がイスラエル民族にできるだろうか?
そこにこそバプテストの登場の意義があった。
つまり、『新しい契約』の締結は、シナイ山麓で民の皆がモーセの前に集められ、民の全体が山を眺めるような仕方で行われものではなく、血統によらず、密やかに信仰という個人的に選ばれる者とのものとなるべきものであった。

ヨハネが施す水のバプテスマによって、マラキ以来の四百年の預言の沈黙に終止符が打たれ、『わたしの後に来る方は、あなた方に聖霊と火とのバプテスマを施すであろう』と述べてメシアの到来を宣告し、同時に祝福と呪いとをイスラエルの前に置いたのである。

聖霊と火という、この正反対の二種類のバプテスマは、実際にあのシャヴオートの日の聖霊降下と、西暦七十年に起こったエルサレムと神殿の火の滅びとに成就した。即ち、蔵に納められるべき小麦の穀粒と、火で燃やされるしかない籾殻の処置の違いである。
その結果といえば、聖霊の注ぎによって『新しい契約』に含まれた『小麦』は、ユダヤの全体からすれば僅かに数万人という有様であった。(使徒21:20)

こうして、イスラエルへの印となったヨハネの活動は終わった。
そのバプテスマは、律法契約に属していた民の『悔い』の象徴であり、謂わば律法契約からの出口であったので、メシアの仲介する『新しい契約』に入るべく『水と霊から生まれる』ために、まずヨハネの『悔いのパプテスマを受けた後に、イエスの名による水のバプテスマを新たな契約への入り口とする必要があった。⇒ 「羊の囲いの例え」

また、この事には事例を挙げることもできる。それがパウロのエフェソスに於ける活動のひとつで、おそらくはヨハネのバプテスマを唱導するばかりであったところを、後にエフェソスでキリストの名によるバプテスマを受けて聖霊を注がれたアポロという人物を追って、同じくアレクサンドレイアからエフェソスに来ていた、聖霊を知らず、ヨハネのバプテスマだけを受けていた*十二人ほどの人々に、パウロがイエスの名による水のバプテスマを施して後、皆が聖霊を注がれたという出来事に表れている。(使徒19:1-7)
即ち、イエスの名によるバプテスマには、メシア信仰が求められているのである。
*(ヨハネの死後もその弟子らによって、その名による浸礼が継続していたのかもしれない)

他方で、ユダヤ教の外にいた異邦人らはヨハネの名によるバプテスマは必要としておらず、諸国民からの聖徒らはそのままイエスの名による水のバプテスマを受け、その後に聖霊の注ぎを受けた。

また、あのシャヴオートの日に新契約の実体が到来して以来、ヨハネのバプテスマは必要が無くなっていたであろうことは、使徒ペテロの『バプテスマを受けよ、然すれば聖霊を受ける』とディアスポラの民に宣言していた姿に見ることができよう。

イエスは、この水のバプテスマと聖霊領受の件を、サンヘドリン議員のニコデモスに『水と霊から生まれなければ、だれも神の王国に入ることはない』と明言している。
この『神の王国』は所謂「天国」ではなく、アブラハムに約された『地上のすべての種族の祝福』となるべき『選ばれた民』を表すのであるから、この新生に入らなければ誰も救われないということではない。


◆準備のできた民を用意する

では、ヨハネによる水のバプテスマの役割は何であろうか?

福音書によれば、イエスのバプテスマは主の弟子らによって施され、それを見たヨハネの弟子らはこの件を師に報告をしているが、同じユダヤでバプテスマを施しているイエスの弟子らの方に人々が行ってしまうことを危惧していた。

だが、ヨハネは『花嫁を得るのは花婿であり、その友人は花婿の声に喜ぶ』と言い、『あの人は増えてゆき、わたしは減ってゆくべきだ』と言うのであった。

そこでヨハネのバプテスマは、それを受ける者を契約に結び付けるものではなく、恰も新婦を新郎に紹介する仲人の役割を持っている。
(但し、ペンテコステ以前にイエスの水の浸礼を受けた人々にも自動的に聖霊が降るようになったとは思えない)

即ち、旧契約を総括する点で、彼は旧約の最も偉大な意義を持っており、新契約へとイスラエルの民を橋渡しする役割があり、その目的からすれば、イエスの側に律法下の人々が流れてゆくことこそが、彼の存在意義であったと言えるのである。

この点を例示するのが、羊の囲いの例え話であり、律法体制という囲いの壁の中に保たれていたアブラハムの子孫らに対し、囲いの戸口番に相当するヨハネは、戸口に来たイエスをメシアとして紹介する。その良い羊飼いは、自分の羊のすべてを戸口からすべて出してしまうと、羊たちは豊かな牧草地に導かれることになる。(ヨハネ10)

これは即ち、メシアに従うイスラエルの人々には聖霊の注ぎを受け、アブラハムの相続財産である約束の成就に預かることを指していよう。

だが、そうしなかった羊について、このヨハネ10章の例え話には無いのだが、律法体制という囲いそのものの崩落が実際の歴史には待ち受けており、それは西暦七十年に恐ろしい現実となってユダヤのキリストの世代に降り懸る。
以後、ユダヤ民族は神殿祭祀と、そこに『置かれる』という神名の発音を失って二千年が経過しようとしている。明らかに神の契約はこの血統からは去った。

やはりヨハネは『わたしは水であなたがた(ユダヤ人)にバプテスマを施すが、わたしの後から来られる方はあなたがたに聖霊と火とのバプテスマを施すであろう』との言葉の通りに、先駆者の彼のバプテスマは聖霊をも火をもユダヤ人にもたらすものとはならなかったのである。

だが、それでもイザヤの云う『主のために、荒れ野に道を備え、わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。』という荒野で叫ぶ声を聞かせ、『準備のできた民を主のために用意する』との働きは全うしたというべきであろう。『荒野に広い道を通せ』とは、真の意味でのバビロン捕囚からの帰還、律法という『欠けたところのある契約』からの脱却を促していたともとれる。

このヨハネは、『見よ!世の罪を取り去る神の子羊』としてナザレから来られた方を指し示し、水のバプテスマを施したときには、聖霊が鳩の形をとってその方に降り、『わたしはこの者を是認した』との声を聞いたことを証ししているのである。

こうして荒野に現れエリヤの服装をしたヨハネは、イエスをメシア、また『新しい契約』を司る『契約の使者』としてイスラエルに紹介したのであった。それは「羊の囲い」の「戸口番」として、真の牧者が誰かを示したことになる。

当時の状況を俯瞰すると、『主の前を行く』彼のエリヤの役割は、イスラエルの誰にでも益をもたらしはしなかった。かつて、捕囚から帰還する人々が『残りの者』と呼ばれたように、神に立ち返りメシアを見出す人々となる『門は狭められて』おり、そこには淘汰され清めらえるべき条件があった。
マラキはそれを『見よ!あなたがたの喜ぶ契約の使者が突然に神殿に来る。彼の現れるとき、誰が耐えうるか。彼は精錬する者の火、洗う者の灰汁のようだ。』と語る。(マラキ3:1-2)
即ち、次なる契約とはただアブラハムの血統に自動的に与えられるものではなかったのである。そこには厳しい選別が待ち構えていたのであった。


◆終末の『契約の使者』

そしてマラキの預言を見るなら、このエリヤは終末にも介在するであろうことが示唆されていることに気付く。

『見よ。わたしは、YHWHの大いなる恐るべき日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす。』とマラキは語っている。(マラキ4:5)

確かに、メシアのユダヤへの到来は、律法体制の終りの日であり、ほとんどのユダヤ人は自分たちが『査察されていることを見分けなかった』のであった。(ルカ19:44)
西暦七十年を見た世代は、ユダヤ人にとっては『大いなる恐るべき日』を体験したのではあるが、マラキが云うような『YHWHの大いなる恐るべき日』が、律法体制の終りの日だけを意味したとは思えない。少なくともキリストの終末預言と黙示録が、それをただ過去の出来事にすることを許さない。
またエレミヤも、神には『諸国民との論争がある』と述べ、また、『地に住む者に尽く臨む剣がある』とも預言している。(エレミア25:29・31-32)

この点で、この世の全体が裁かれるという終末をもたらすのは、やはりキリストの再臨であって、その臨在により『羊と山羊』がその左右に分けられ裁かれるという、この世という体制の終りの日となるのである。(ヨハネ16:8/マタイ25:31-33)

では、この世の終末の前に、あるいはキリストの再臨の前の「エリヤの現れ」に相当する何者かついて聖書はどう語っているだろうか?


その前に、キリストの再来について情報を整理しておくのが良いであろう。

多くのキリスト教徒は、マタイ福音の終りにある『いつの日もあなたがたと共に居る』という主の言葉のままに、使徒らの日以来、変わらずにキリストが信徒と共に居ると信じているからである。

もし、そうなら『わたしは再び来て、あなたがたを迎える』との言葉、またミナやタラントを始め、『自分の主がいつ帰って来られるのか、あなたがたには分からない』とのイエス自身が語られた不在をどう整合させることができよう。

主は、世の者らに対しても、使徒らをはじめとする弟子らに対しても『不在』の時期があることを再三明言されているのである。

それに加えて、主は『誰も働くことのできない夜』が来ることをも告げられたが、そのヨハネ福音書の言葉は、イエスが『父である神の御許から世に来て、世を去って再び御父の御許に戻られる』こと、また、『世はもはやわたしを見ない』ということとが関係していると捉えないわけにはゆかない。

そうでなければ、キリストの再臨も、『再び来る』ことも『戻る』ことも、様々な例えに示された『あなたがたは、その時を知らない』という繰り返された言葉を空虚なものにしてしまうからである。
主の再臨は、最初の現れがダニエルによっておおよその時期を教えられていたのとは対照的に、時の不可知性が他ならぬイエス自身によって繰り返し強調されているのである。

この点を例証するのが、ダニエルに与えられた七十週の最後の一週についての謎である。

ダニエル書の第九章のガブリエルの言葉を追ってゆくと、六十九週を経てメシアが現れると、次の週の半ばで『犠牲と供え物を絶えさせる』という言葉を、メシア自身の血の犠牲による律法祭儀の意味の終了と捉えるなら、確かにイエスの活動期間が三年半であったことに符合し、その間にバプテストのヨハネより『偉大である』という『大いなる者らと契約を結んだ』ということが、マラキの『契約の使者』としての働きであり、あのシャヴオートの日を以って、その契約が発効したことも聖霊の注ぎによって確認できる。

だが、第七十週の半ばまではこのようにメシアの業績を追えるが、残りの三年半はどうなったのか?
そのまま継続していれば、西暦36年の秋に「ダニエルの七十週」は終わりを迎え、第二のメシアであるイエスによる大事業の収穫、即ち『至聖所に油を注ぐ』という意義の重い結末を迎えていることになろうが、その年に何か目立ったことは特にない。

当時には、未だヘロデ神殿はそこに在り、「エレミヤの七十年」を導いた第一のメシア、キュロス大王によって、今日の考古学からも正しく70年間の至聖所の不在の後に再興されたレヴィ族祭司らによる神殿祭祀は、イエス後の西暦36年にも継続していたままであり、そこでどう『至聖所に油を注ぐ』必要があったろうか。

また、『彼は一週の間に大いなる者らと契約を取り結び』とある以上、メシアの死によって断たれた最後の一週の残りの半分がそのまま継続したのなら、西暦36年の秋を以って『大いなる者ら』(ヨハネ10:29)との契約締結は終了したと見做すべきことになる。

だが、イエス自身が終末預言の中で、聖霊を注がれる弟子らがなお将来に存在すること、また、彼らが為政者らの前で論駁できないほどの言葉を語る事、また黙示録では、聖徒らが『地を何度も打つ権威』を持つと明示しているのであるから、人類史のクライマックスを成すに違いないその時に、神が御力を見せないと考えるのは余程無理である。(黙示11:6/ミカ7:15-17)

ならば、終末に存在するであろう新たな弟子らと『新しい契約』を締結する必要が残されており、そのためにダニエルの第七十週目の残りの三年半が、人に知られることのない不定の将来に起る臨在の間を指し示していると捉えるなら、そこに黙示録の中での『二人の証人』の活動期間である『三年半』に相当する『42ヶ月』また『1260日』を見出すことになる。(黙示11:2-3)


さてそこで、イエスの帰天に際してバプテスマを授けるよう命じられた、マタイ福音書の末尾にある『いつの日もあなたがたと共に居る』との言葉の、その『あなたがた』というのが誰であるかが問われなくてはならない。

これが、ヨハネ福音書に中で、主が『父がわたしにくださったものは、他のすべてより偉大』と言われたところの『わたしの羊』と呼ばれる者ら、またダニエル書では、メシアが契約を取り結ぶ相手である『大いなる者ら』、つまり、契約に預かり聖霊を注がれる『聖徒ら』であると見做すことはけっして理に適わないことではない。(ヨハネ10:29)

『いつの日もあなたがたと共に居る』と語りかけられたのは使徒らであったが、『わたしの命じたことを守り行うよう教えよ』ともある。そのように一定の基準を満たすべきなのは、『新しい契約』に預かり、『聖なる行状と敬虔な想い』を保つべき『聖なる者ら』ではないか。(ペテロ第二3:11-)

むしろ、イエスが『いつの日もあなたがたと共に居る』、また『二人か三人がわたしの名に拠って集まるところには』とも言われた相手が誰であったかに見えるものがある。

主が共に居るという『あなたがた』また『二人か三人』に数えられるべき契約に参与している人々が存在しない期間については、当然ながら主もそこには居ない。そこでこれらの言葉を、教会員ら「クリスチャン」らが自分に当てはめ、幸福感に浸るのはまったく的外れなことになり、それぞれが排他的に振る舞う諸宗派にキリストが親しいわけもない。


◆終末のエリヤ

こうして、主の再来、また臨在について考える基礎を据えることができ、ここに於いて我々は、メシア=キリストの終末での活動に先立つ何者かについて推論する準備が整ったことになる。
終末に於いてキリストが再び契約を取り結ぶ42ヶ月、1260日が始まり、『聖なる者ら』が再び世に現れる前に、やはり預言者エリヤに相当する何者かを見出すのであろうか?

先に、黙示録11章の中での『二人の証人』について見たが、この二人はまず『聖なる者ら』であることは、奇跡を行い崇拝を立てるモーセとアロン、エリヤとエリシャ、ゼルバベルとエシュアという三つの二人組によって表象されているところに見えている。

その中にエリヤが含まれていることが、幾らかの混乱を招くかもしれないが、奇跡を行う預言者の姿と、『エリヤの霊を持って歩む』ヨハネに間には異なりがあった。メシアの直前に現れたゼカリヤの子ヨハネがエリヤさながらの奇跡を行う人ではなかったように、終末のメシアの帰還の前に現れる『エリヤ』に相当する者も、エリヤそのものでないに違いなく、終末のときには『ラクダの皮衣』を身に着けている必要もないことであろう。

だが、マラキに予告された『整えられた民』をキリストに向けるという働きを行うであろうことは果たされるに違いない。

その民とは、契約に入る以前に心構えの出来た人々であろうし、当時には律法契約への呪いに深い悔いを見せていたことであろうから、終末に於いては人類全般に宿るアダム由来の『罪』について認識し、それを悔いている人々であることが類推でき、その人々は、自分は既にキリストの犠牲によって赦されているなどとは思わないであろう。

むしろ、旧来のキリスト教の有り様を嘆いてさえいないようならば、あの蒙昧のままでは、終末に再開される契約に対して『整えられた民』とは言い難い。

イエスが聖霊について『真理の霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれる』と予告しているように、聖霊が再び注ぎ出されるときにはキリスト教も再生されるに違いないが、キリスト教界の現状では、既に自分たちに聖霊はあるという確信のこもった自己義認的な言い分の中で、聖霊が降下する必要さえ認識されておらず、むしろそれが起こるときに反対し兼ねないほどである。

この情況では聖霊を迎えることも、キリストの帰還を待ち、そのための宴会を用意をしている姿も期待できるものではない。これでは、イエスの語られたような『用意のできている』状態ではない。(マタイ24:44)

その何時とも知れぬキリストの帰還について使徒らに警告した主の言葉の多くは、終末に聖霊の注ぎが起こって聖徒らが現れた後、精錬の期間を経てからの彼らの裁きの確定ともなる『臨在の顕現』の決定的な時をも言い表しているが、ルカ福音書の12章では、ペテロの貴重な発言一言が記録され、その前後で主の語る言葉の『時』が、『臨在の顕現』のその時ではない、その前の『知られざる時』について語ったものであることが明らかになってくる。


◆忠実な思慮深い家令

ではまず、その場面を読んでみよう。

『腰に帯をしめ、灯火をともしていなさい。主人が婚宴から帰ってきて戸を敲くとき、すぐ開けようと待っている人のようにしていなさい。主人が帰ってきたとき、目を覚しているのを見られる僕たちは幸いである。よく言っておく。主人が帯をしめて僕たちを食卓につかせ、進み寄って給仕をしてくれるであろう。

主人が夜中ごろ、あるいは夜明けごろに帰ってきても、そうしているのを見られるなら、その人たちは幸いである。

このことを、わきまえているがよい。家の主人は、盗賊がいつごろ来るか分かっているなら、自分の家に押し入らせはしないであろう。
あなたがたも用意していなさい。思いがけない時に人の子が来るからである」。

するとペテロが言った、「主よ、この例えを話しておられるのはわたしたちのためなのですか。それとも、すべての者のためなのですか」。

そこで主が言われた、「主人が、召使たちの上に立てて*、時に応じて定時の食事を備えさせる忠実な思慮深い家令は、いったい誰であろう。
主人が帰ってきたとき、そのように努めているのを見られる僕は幸いである。よく言っておくが、主人はその僕を立てて*自分の全財産を管理させるであろう。 *(カタステーセイ/動)[直未来能3単;マタイでは前半にアオリスト時制が用いられている]

しかし、もしその僕が、主人の帰りが遅いと心の中で思い、男女の召使たちを打ちたたき、そして食べたり、飲んだりして酔いはじめるならば、その僕の主人は思いがけない日、気がつかない時に帰って来るであろう。そして、彼を厳罰に処して、不忠実なものたちと同じ目に遭わせるであろう。
主人の意向を知っていながら、それに従って用意もせず勤めもしなかった僕は、多く鞭打たれるであろう。』(ルカ12:35-47)


婚宴から戻る主人を迎える従者という例えはここばかりでなく、マタイ福音の方の終末預言の中に二回あり、ひとつは十人の処女に関するものと、もうひとつが上記のルカとほぼ同じ内容で、家のすべてを司ることになる家僕の例えとなっている。

『主人の家』また『召使たち』が何を意味するのかについて、それがキリスト教会であるとか、信者たちであるとかのそれらしき確証は無い。その辺りもはっきりとはしないのだが、その例えの訓戒は重く厳しいものとなっている。あるいは、広く多様なキリスト教探求者らについての求められる姿勢を説いているのかも知れない。

そこで、ここで言われた『腰に帯を巻き』『灯りを灯して待っている』というのは、聖徒らが天に召されるか否かの決まるキリストの『臨在の顕現』の時を用意して迎えよという事なのだろうか?

ルカ書の中では上記のように、ペテロがその話の対象者が誰なのかについて尋ねているのだが、そこには普段からイエスの例え話の意味するところを聞く事の許された身近な弟子らと、一般の群衆との異なりが背景として在り、使徒らへの言葉は新約聖書に記されたので、今でこそ誰でも読めるのであるが、本来は使徒らへの解き明かしは、彼らが代表して受け取った聖徒らへの言葉となっている箇所が多い。

だが、上記ルカ12章の家令の件についてはペテロの問いの一言の存在によって示唆されている事がある。

つまり、ペテロが、この話は使徒らに語っているのか、それとも聴くすべてに語っているのかを尋ねたのであるが、これが大いなる立場を得る聖徒への訓戒なのか、それとも信者一般であるのかの質問について、イエスは一向に構わず話を続けている。
そこでペテロは答えを得なかったが、それはなぜだろうか?

考えられる解答は、イエスの『いったい誰であろう』の言葉に集約されているからである。これが語られた時点で何者かが分からない。それで答える必要が無いのである。
なぜなら、この『家令』の存在が終末の聖霊の注ぎによる聖徒らの再出現に先立つものであるなら、『家令』が聖徒か信徒かという問いそのものに意味が無い。ペテロの問いは直接には答えられなかったのだが、彼の質問の本質には答えられており、しかも意義深い。

したがって、この『家令』とは、何者か分からないながら、聖徒らが現れるための母体である『シオン』という名の女を養う働きを為し、時経て主の臨在を迎えるなら、聖霊を注がれる者らを整え準備する者のことを言うのであろう。そのように努めているところに主人が帰ってきて、その姿が目に留まるならその家令は幸福な扱いを主人から受けることになるという。

奴隷が畑仕事をしたからといって、食事のときに主人が慰労して給仕することなど有り得ないというイエスの言葉を載せているのもルカ福音書であるが、この例えでの『忠実な思慮深い家令』は、まさにその異例な扱いをうけると云うのである。

だが、もし『主人は遅い』と想い、『仲間を打ち叩き』強制して、勝手な宴会を始めているところを見られるようなら、その者らは厳しい処置を受け、外部の不忠実な者と共に裁かれる。善悪双方の差にはたいへんに大きなものがある。

これが誰にせよ、終末に向けて人々を整え、キリストの帰還に備える者が必ずや存在すること、また、罰を受ける家令についての記述が幾分詳しいところからすると、これらの罰せられる者らも実際に存在することになるのであろう。帰還の主人を迎えることに心を砕かなかったからである。

このように主の不在と、帰還に備える動きがあることは確かであるに違いない。然もなければ、これらの言葉が福音書に複数回記される謂われも無かったであろう。

それはまた、このルカ福音の前にある「夜中に三つのパンを執拗に求める」例えでの『求め続け、探し続けるなら』『聖霊を与えて下さる』というキリストの言葉を彷彿とさせるものでもある。(ルカ11:5-13)
即ち、聖霊とは時が経過すれば自動的に降下するというものではけっしてないということが強調されている。もちろん、年代計算など意味も無く、却って非人格的またオカルト的でしかない。

『求め続け、探し続ける』とは、自分の利益を後に慢心なく神の意図を探る姿勢であり、他方で厳しい処罰を受ける家令の方は、自分の意志を優先して主人の帰還の時期を評価してしまっており、これは自己本位であって忠実とは言い難い。

それに加えて注目すべきは、身勝手な宴会に同調した者らもそれぞれの程度に応じて鞭打たれていることである。知らなかったにせよ幾らかは罰せられるのである。だが、それが主人の意向に沿わないことであるとまったく自覚しない同調者がいるのだろうか。

ともあれ、キリストの帰還の時期をどう過ごすのかという問題は、神の業に協働しようと思うそれぞれの個人にとって軽い問題ではないことがこのように記されている。


次に、この『家令』という主の帰還に先立つ役割を得る者と、かつて地でのキリストの現れに先んじたバプテストのヨハネとの関係を考えてみよう。

ヨハネが『整えられた民』をバプテスマを通して備え、そこにメシアが現れて彼がイスラエルに紹介したのであれば、キリストの再来に先立つ者も、エリヤのような奇跡を行うことはないにしても、ヨハネのように『エリヤの霊と力』を以って努めるのであろう。

バプテストのヨハネから類推すると、その者は、キリストの再来を印付ける『聖霊』の再降下に注意を向け、それを注ぎだされる人々を世に紹介するような役割を負うと見ることができる。

そこで、ヨハネをエリヤの再来とは気付かなかったユダヤの民と同様に、『家令』の働きに気付かない人々がいるとしても不思議はなく、特に聖霊は既に有ると唱えるキリスト教の主流派にとって特に難しいものとなるのであろう。

そこで『家令』とその世話を受ける人々に世からの無理解と困難があるとしても不思議はない。黙示録の12章の女は、子らを生み出すのに難儀しており、サタンはかつてメシアにしたように、生み出されたところを襲おうと身構えている。これはまさしく異教マゴイの業である。メディア人のマゴイ族はキュロスとイエスの誕生の時期に共に殺害する計略に用いられ、共に失敗している。終末に於いて、あるいは異教の何者かが罠を仕掛けるのかもしれない。(黙示12:1-4/マタイ2:1-18)

この辺りが『女』シオンの忍耐のしどころであるようで、シオンがその子らを生み出してしまうと、この女へのサタンの攻撃はうまくゆかず、却って女は安全な『荒野』に自分の場所を見出し、聖徒らの活動期間中は守られている。(黙示12:14-17)

そのときに、『家令』が聖霊を受けた聖徒となっているのか、それとも引き続き信徒として留まり、北の王からの恐喝に立ち向かう『君侯』となるのか、今は何も分からない。(イザヤ66:21/ミカ5:5)

しかし、『家令』が聖霊降下に向けて人々を整えるところでは、バプテストのヨハネと似た限界を有するように思える。
それが即ち、聖霊をもたらさない水のバプテスマの施しである。


◆今日の水のバプテスマ

パウロがエフェソスで遭遇した12人ほどのユダヤ人の集団は、ヨハネのバプテスマを受けてはいたが、聖霊を注がれていなかった。
そこでパウロがイエスの名によって水のバプテスマを施し、按手してゆくと彼らにも聖霊が降り、異言や預言を始めている。(使徒19:1-7)

この事が明らかにしていることは、同じ水のバプテスマであっても、ヨハネの『悔い改めのバプテスマ』では聖霊をもたらすことはないということであり、それは彼自身も『わたしの後から来る方は、あなたがたに聖霊と火とでバプテスマを施すであろう』と言っていた通りのことである。

イエスの水のバプテスマは、メシアとしての血の犠牲の捧げられる以前から弟子らを通して施されてはいたが、実際に聖霊が降り始めたのは、あのシャヴオートの日からのことであった。

その間の両者の水のバプテスマには相違がはっきりとはしていなかったに違いなく、実際、ユダヤ人の清めの問題で、ヨハネの弟子らが報告して、『あの方もバプテスマを施し、民はそちらに行ってしまうのです』と苦情を述べている。それに対するヨハネの答えは『花嫁を持つのは花婿だ、わたしは花婿の友人の声に喜ぶ・・・あの方は増えてゆき、わたしは減ってゆくべきなのだ』というものであった。(ヨハネ3:22-30)

しかし、イエスのバプテスマは始まっていたものの、そこで聖霊は注がれていない。未だキリストは神の御許に上らず、『栄光を受けていなかったからである』(ヨハネ7:39)
だが、キリストが帰天して十日後の五旬節の日には、聖霊がはっきりと公示されつつ弟子らに降り、契約が発効した証しが与えられている。

ここでマラキの預言は再び我々の想いに浮かぶものとなる。曰く『見よ、わたしは使者を送る。彼はわが前に道を備える。・・あなたたちが喜びとしている契約の使者、見よ、彼が来る』(マラキ3:1)
そしてダニエルの七十週目の間に『契約を取り結ぶ』というメシアの働きは、先を行くヨハネには無いものであった。

そこで、『忠実な思慮深い家令』がバプテスマを施すとしても、それは意義は違えどもやはりヨハネの限界を超えるものとはならないはずである。それがかつてのように、律法に対する『悔いのバプテスマ』となるわけではないとしてものことである。なぜなら、『契約の使者』が不在である以上、水のバプテスマを施しても聖霊が降ることはないからである。

即ち、『神と子と聖霊の名に拠ってバプテスマを施す』ことも、やはり『三年半』が始まっていないうえ『契約の使者』も不在で、実際に聖霊も地上に無い今日、誰にも施すことができないと言い得る理由が生じるのである。

だが、一度メシアが帰還されるなら、その後のバプテスマこそが、人に契約と聖霊とをもたし得る『神と子と聖霊の名による』ものとなるのであろう。

そこで、終末の場合に、誰も聖霊を受けてはいない中から、どのようにそのように高度なものを最初に施せるのかという心配は要らないように思える。

というのも、最初に『水と霊から生まれ』たメシアも、祭司ゼカリヤの子ヨハネという、賜物をもたらす聖霊なく、何の奇跡を行うことのなかった人物から水のバプテスマを受けている。
また、使徒らによって始められたイエスの名によるバプテスマにせよ、そのときには彼らに聖霊は降ってはいなかった。ただひとり、彼らの主だけにそれがあったのである。

やはり、キリストの臨在に至る前の水のバプテスマは、聖霊の降下をもたらすことはないに違いない。
それまでのバプテスマは、受ける人を『新しい契約』に入れるものとならないに違いなく、伝説はともかくも、誰にも正しく聖霊が降ったということを、第三世紀以後の資料に見聞した事が無い。

したがって、今日に水のバプテスマが施されるなら、それはアダムの罪に対する悔いと、キリストを通して救いがもたらさせることへの信仰を表すバプテスマとなるものとなるのであろう。
その意味では、ヨハネの水のバプテスマの意義も、主の臨在まで持続していると見ることができよう。

また、水のバプテスマが献身を表すというのも的外れであろう。神の子と認知されるのは聖なる者だけであり、誰か他の者が献身したと主張しようと、助けが必要なのは人の方であって全能の神ではない。キリストでもなく、裁かれるべき罪人が献身していったい何を為すのか。それはむしろ、自分の是認を求めての代価のつもりではないのか。

しかし、人が押しなべて『罪』を悔いる必要があり、エデンの園で『女の裔』が語られて以降、創造神YHWHが進めて来られた偉大なる経綸の最終部分が使徒後の千八百年の沈黙を経て、不定の将来に『神の王国』として成就する大いなる福音の意義を終末の前に教える者が誰かいるなら

神、子、聖霊という事柄の意味を知らせ、世界の不定の人々の心を整えさせるという、『主の前を先だってゆく』務めを果たすべく、アダムからの『罪』への悔いと、そこからの救いをもたらす神の手立てであるキリストに信仰を表す水のバプテスマを施したとしても、主の臨在の前に在って『家令』が誰であるのかが謎である以上、咎められる謂われはないことであろう。

バプテスマをこのようなキリスト教の大枠から理解し、その者が受浸するか否かの判断は、バプテストの時のユダヤ人と同じく、人々各人の信仰に任されている。かつて『エリヤ』の到来に洞察力を以って悟る必要があったように、終末の先立つ時期にも、その何者かを見分ける価値観は必要となることであろう。

ただ違うことは、ヨハネには神からの各別な任命が為されていたが、終末の主に先立つ者については、現状まで特にその定時の給食を施している行動以外には何も語られていないことである。その者の任命は、キリストの再来の後に為されるのであり、例え話の中では、それ以前の行動の評価が任命をもたらしている。

したがって、キリストの臨在に先立つ者は、任命されたからではなく、自発的に行動を起こしていると言い得る理由があり、それは象徴的糧食を定時に供給することに加え、水のバプテスマを施すことも含まれ得ると見做すのは的外れではないであろう。

そして更に将来、世界の人々がキリストの左右に分けられる終末に、なお水のバプテスマがあるなら、それを受ける人に、神の経綸に対する信仰を表す印となる可能性も開かれているであろう。
その時には、聖徒が天界に揃って『新しい契約』も成就して終わっており、水のバプテスマが新たな段階を迎えるということもあるのかも知れない。
もし、そうなら、それは人を救う信仰の表明となるのであろう。





    新十四日派  ©2017 林 義平



マタイ福音書のキリストの終末預言と例え

マタイ福音書が記す終末預言と例え
1万6千字超


この世が終わるという、その緊張感ある警告の言葉の数々は、あと三日で公生涯を終えるイエスが、別れの迫った使徒らと過越しの祭りの近付くエルサレムを歩きつつ、ヘロデ神殿の石組みの壮麗さに使徒らが感嘆して師に声をかけた場面から始まっている。
イスラエルの聖なる神YHWHの第二神殿はヘロデ大王によって拡張されており、基礎の上に多くのアーチと壮大な土留め壁を用いて岩盤から50mの高さに整地された境内と新たな回廊と聖所は、規模においても内容においてもローマ世界に名所となっていた。46年以上の工期をかけたというこの偉大な建造物はユダヤ人にとっての誇りであり、皇帝も代理者を通して犠牲を捧げつつ、異邦人として隔ての壁を越えることなくその崇拝を尊重していたので、ユダヤ人側も帝国においてユダヤ教が保護されていることに一定の謝意をもっていた。

しかし、イエスはその殉教の死が三日後に迫る中、実はその死に関係して、壮麗な神殿建築の『石が石の上に残らない』という完膚なきまでの破壊を使徒らに予告したのだが、それは彼らユダヤ人にとっては信じ難く、またそのアイデンティティに関わる重大な危機を感じさせるものであったに違いない。

キリストの使徒とされていた、ペテロとアンデレ、ヤコブとヨハネというガリラヤの漁師たちがイエスに近寄って『どうぞお話しください。いつ、そのようなことが起るのでしょうか。あなたがまたおいでになる時や、世の終りには、どんな前兆がありますか』と四人だけで尋ねる。

ユダヤの危機と自身がエルサレムから旅立つことについてのイエスの発言が以前からなされていたことを共観福音書はそれぞれに記している。そうでなければ、師に向かって『あなたがまたおいでになる時』とは言わなかったであろう。
 
しかし、マタイによれば、この度イエスはエルサレムからの『脱出』を前に、神殿の東側のオリーヴ山上で長い講話をしていたことになる。その講話の場面はマタイ24章から始まり25章全体を経て26章の初めにまで至っている。しかもそこには『その時』に関わる幾多の情報と七つの例えを含んで、山上の垂訓の三分の二ほどの分量に達しているのである。

その内容を列挙すると以下のようになる。
24:4〜偽キリストの予告 
24:6〜戦争と苦難の時節の到来
24:9〜弟子らの苦難と審問と宣明
24:15〜ユダヤとエルサレムからの逃避すべき時 
24:23〜偽キリストへの警告
24:29〜雲に乗って来る 
24:32〜イチジクの例え
24:36〜ノアの日の例え
24:40〜二人のうちの一人が選ばれる例え
24:43〜忠実で賢い奴隷 の例え
25:1〜十人の乙女 の例え
25:14〜タラント の例え
25:31〜羊と山羊 の例え
そして26章の2節を以ってこの場面が終わることが分かる。

こうして概観すると、神殿の倒壊する時について質問を受け、その答えは単にエルサレムと神殿の滅びの時代の様相を予告するだけに留まらなかったが、殊に強調されているのが、「あなたがた」とされる使徒また弟子らに起こる事柄と教訓なのである。残された弟子たちに、これらの言葉が強い印象を残すものとなったことは、共観福音書が揃って記録しているところに表れているように読める。

それゆえ、終末が臨むであろう後のその時代に生きる人々が、このマタイの終末預言を考慮するためには、所々の断片的理解を持つだけで果たしてその益を受けられるものだろうか。
もちろん、この預言が語られた当時の使徒らが、ここに述べられたすべてを理解してエルサレムの終わりの時期に起こることの全容を把握したということにはならないだろうし、これらの言葉を聴いた四人のうちのヤコブとペテロは西暦七十年を迎える以前に殉教を遂げている。*

それでも晩年のペテロは『神の家から裁きの始まる定めの時』が来ていることを指摘し、『それが、わたしたちからまず始められるとしたら、神の福音に従わない(ユダヤの)人々の終わりは、どんなであろうか。』とも述べた。ペテロがここで言う『終わり(テロス)』は、彼がこれを記述した時には未だ到来していなかったことは明らかで、それは西暦七十年に福音に従わなかったユダヤ人の上にはっきりと成就したであろう。

また、ペテロは同じ第一の手紙の中で聖霊を受けた者らが『それぞれ生ける石となって、霊の家(神殿)に築き上げられ』ることを記している。つまりペテロの言う『わたしたち』という『神の家』を構成する『生ける石』が、吟味され裁かれることを述べているのである。⇒「神の家から始まる裁き」

即ち、それは実際の石でできた地上の神殿に代る天界の神殿であり、エルサレム神殿の喪失と続くユダヤとエルサレムの荒廃を前にしたその時期には、聖霊を注がれた天の神殿の「石」が試されていたことを伝えるものとなっている。
天界の神殿を構成する程の者たちでさえ吟味されるのであれば、キリストをさえ退けたユダヤの人々の結末は如何に恐ろしいことになるのであろう。西暦七十年、その酬いは彼らと神殿祭祀に対し『その世代』の内に遅滞なく襲い掛かった。
 
ペテロもイエスから直接に終末預言を聴いたひとりであれば、殊にその預言にキリストの伴となる『聖なる者ら』への警告が含まれていたことを意識していたであろうし、その手紙にもその背景が見て取れる。(ペテロ第一3:6)

地上の神殿が去って後も、天界の神殿がすぐに建立されたわけでもなく、それは我々のなお将来のことであるが、キリストを親石として、天の神殿を構成する石のひとつひとつとなる『聖なる者』は、その石としての質を問われていたのであり、終末の『聖なる者』も同じように確固たる神殿を構成出来るほどの確かな石であるか否かが測定され、また試されることであろう。

そして、ユダヤとエルサレムの荒廃を歴史から観察できる後代の我々には、この預言の成就からの観点が加わるのであるから、時代の下流から物事を観るという、より良い視座が確保されているのである。 



◆偽キリストの予告と戦争と苦難の時代の到来

さて、使徒らの質問に答えて、イエスはまず第一に『多くの者がわたしの名を騙って現れ、自分がキリストだと言っては多くを惑わすであろう。』と教え始められた。それは小さな問題とはならないようで、イエスはこの件を終末預言の随所で繰り返している。
 
しかし、この偽キリストが大勢現れる事態はこれまでの歴史からすると少々大袈裟な印象を受ける。
確かにこの手の「メシア」は何人か現れては尽く撃退されていた。目立つものと言えば、神殿喪失後の第二次ユダヤ戦役にバルコクバが現れラビ・アキバのメシア承認と助勢もあって、結果としてユダヤは却って徹底的に荒廃することになったことがある。当時のユダヤ人らには、救国のメシアが立ち上り、マカベア戦争後のハスモン朝のようなユダヤ教国家の復興が起るものと期待されたに違いない。だが、西暦二世紀までの自称メシアらは、皆が尽く退けられ、王国が到来するどころか、却ってユダヤ人の境遇を悪くするばかりで、やがてはエルサレムに近づくことさえ禁じられ、自称メシアの登場が重なる毎に、ユダヤは祖国の地を追われて亡民とされていったのである。

確かに、この件についてはマタイ24章で再度現れる『見よ、ここにとか、そこにとか言われてもついて行ってはならない』との句がそのままに当てはまるかのようには見える。しかし、頑迷なユダヤ教徒らにしてみれば、イエスの弟子らの言うことなぞ耳を傾ける価値もないし、その意味どころか言葉さえ思いにとめもしなかったであろう。しかし、それらの本旨は、終末に臨在するイエスにだけ起こることではないのである。

やはり、ユダヤ体制の終焉に至る当時には、バプテストやナザレ人イエスの到来と共に変革の抗し難い潮流が臨みつつあった。
西暦前50年代から続いたローマの二世紀に亘る支配の下で、国民と国民の衝突するような大きな戦争をパレスチナは免れて来たが、神殿とエルサレムに危機が迫る西暦60年代に入ると、ユダヤ反乱の環境が醸造され、特にマサダ要塞攻撃後の西暦66年以降はユダヤ体制の終焉を知らせる『戦争とその知らせ』が聞かれるようになってゆく。

しかし、その時期に偽キリストの異常な程の脅威が押し寄せるようには歴史の資料は読めない。やはり、これはキリストの終末預言に通して言える事であると思えるが、この件もユダヤ体制の終わりの時代だけに当てはまらず、幾分の余地を残しているかのようである。

その「余地」とは、更なる「終末」、即ち「この世の終わり」の時期に起こる出来事なのであろう。確かにキリストが『雲に乗って来る』、またそれを見る『地のすべての民族は嘆く』ことなど、未だ起こったわけもない。いや、「余地」というよりは、これらの言葉の全体が、終末に焦点を合わせているという以外ない。それは真に脅威となる偽メシアを指し示しており、それは終末に現れる『背教』と関連することを、後に使徒パウロが示唆している通りであろう。(テサロニケ第二2:3-4)

だが、二度の戦役を含むユダヤ体制の終焉の時代に目を戻して、この預言に語られた戦争と苦難の時代の到来は、やはり当時の世代にも顕著に成就している。
『戦争と戦争の噂』は西暦66年のユダヤ反乱以来パレスチナを覆って、最後にはエルサレムはローマとその同盟軍の六万の軍勢に囲まれ、遂に滅ぼされるに至った。それはバビロニアのときの破壊をも超えるまさに滅尽ともいうべき徹底的な破壊を被らせることになったので、ユダヤ人にとっては『起ったことのない大患難』と形容されるほどの苦難の日の到来となったであろう。

では、将来の世の「終末」に於いても「戦争」が時の印となるのであろうか。
確かに『シオン』と語られる象徴のエルサレムに危難が及ぶことは旧約の預言者たちが語るところであり、ダニエルも終わりの日に二大勢力の押し合いのあることを知らせており、加えて、世が終局を迎える際には、世界的勢力が『シオン』を囲むそのときにそれらの軍勢が同士討ちを起こすことも預言者らによって繰り返し語られているところである。
これらを総合すると、確かに終末の一時期は相当に不穏な情勢となることが示唆されている。⇒「黙示録の四騎士」「二度救われるシオンという女」

さてイエス後のかつてのユダヤでは、その後もメシア自称者バルコクバの処刑後の苛烈なユダヤ人への処置に及ぶことになる。以後、ユダヤ人はエルサレムの在った土地に入ることも許されなかった。そればかりか『約束の地』から『吐き出され』、遂に流浪の民となったうえ、ユダヤ教徒であるだけで余分の税も取り立てられるようにもなった。(レヴィ20:22)

この偽メシアによる似た惨禍が、おそらくはこの世の終末に再びもたらされるのであろう。 




◆ユダヤとエルサレムからの逃避すべき時

しかし、偽メシアの惨禍はメシア=キリストを信仰を懐いて受入れたユダヤの弟子らが受けるべきものではけっしてなかったことをイエスはその終末預言でも明らかにしている。
 
つまりルカが『エルサレムが野営する軍隊に攻囲されるのを見たなら滅びが近付いたことを悟れ・・ユダヤに居る者は山に逃れよ』と書いた部分である。ユダヤ人の文化と律法体制の中心であり、民族のアイデンティティの象徴、また誇りであるエルサレムと神殿に見切りをつけてそこを後にせよと、なんとメシアがモーセを守るユダヤ人に警告なさったのである。(ルカ21:20-)

そのときに至るや、聖なる神殿には不吉な兆候が現れることが預言される。 
即ち、マルコとマタイでは『荒らす憎むべきもの(ト ブデログマ テース エレーモーセオース)が聖なる所に立っているのを見るなら・・ユダヤに居る者は山に逃れよ』としているのである。

それまで律法の崇拝の場所、イエス派の「義人」ヤコブも日毎に祈りを捧げていたユダヤの良心を代表するような聖なる所もいつの間にやら変質し、もはやそこは神の棲まう家ではなくなってしまい、破滅を招く嫌悪すべきものの立つところと変じてしまうというのである。
それはユダヤ=イスラエルという血統と共に在った神との絆が、信仰による新たなイスラエル、つまり『神のイスラエル』 へと聖霊によって移される大きな節目を刻むことにもなるのである。

そこでルカの記述のままに、マルコ・マタイが同じものを指していると見ると、『荒らす憎むべきもの』とはエルサレムを囲む軍隊であることにはなる。そこから『荒らす憎むべきもの』のダニエル書の言葉から偶像に相当するものを当てはめようとしてローマ軍旗(ラバルム)を『荒らす憎むべきもの』と特定する向きもあるが、ダニエル書では『荒らす憎むべきもの』の『その翼の先端には滅びがある』(直訳)とあり、またこれとは別に『ひとりの指導者を持つ民がその城市と聖なる場所を滅びに至らせる』(9:26-27)とあるので、聖書としては、この軍または旗を必ずしも『荒らす憎むべきもの』と同定することを強いてはいない。

加えて、もし 『荒らす憎むべきもの』がローマ軍旗であるなら、それが神殿の中庭に掲げられたときにはエルサレムは既に陥落した後で、その時になってから脱出せよと命じる意味もない。まして、ヨセフスの伝えるような歴史の実際では、戦闘で焼け落ちてしまった神殿にティトスはもはや未練も残さず破壊を命じたとされるが、それならば誇らしくラバルムがその焼け落ち破壊された後の神殿跡地に掲げられることには、ローマの征服の完了を表す以外に何の意味もなかったと見るべきであろう。それを見てからどんな行動がとれたものだろうか。(ユダヤ戦記Ⅵ1:1)

しかし、さらにユダヤ戦記を繙いてゆくと、エルサレムの滅亡を呼び込んだローマ軍以外の者らを見出すことになる。(戦記Ⅴ1:1・3)
それが熱心党やギスカラのヨハネなどの野盗集団であり、彼らは確かに聖所を汚したと言うべきである。それは、ローマ軍の到着の以前からのことであった。大祭司を先頭に市民らはこのならず者らを追い出そうと戦ったが敗れてしまい、却って正規の大祭司が除き去られ、寄進物を我が物とされたうえ、聖なる処は血で汚され、エルサレムは彼らの圧制と強奪にむせ返った情況が伝えられている。(戦記Ⅴ1:5/Ⅵ2:3)

ローマ軍の攻囲が始まると、ならず者らは抵抗して聖所を拠点としてしまう。神殿を残そうと努めたティトゥスの再三の投降勧告をこの悪党らは勝ち目もないのに尽くはねのけたために、この輩らが遂に神殿の炎上を呼び込んだのであり、同じ民族の中から現れたこの最悪のユダヤ人らこそが、神殿と聖都の飢餓と滅びに最も重い責を負ってはいないだろうか。
物資の欠乏から常供の犠牲も絶えたのも、彼らが聖所を占拠している間のことであり、これにはローマ軍は直接に関わっていない。遂に常供の犠牲が取り去られた日にエルサレムには街中に落胆が覆ったことをヨセフスは記している。(戦記Ⅵ2:1/Ⅴ13:6)⇒不法の人の現れる時

エルサレムへの印としては、この者らで構成される軍隊も西暦70年春のローマ軍の到着前からエルサレムに対して野営を張って囲むことがあったが、66年のローマ軍の最初の攻撃以後にこのならず者集団の攻囲を見たイエス派の人々は、イエスの終末預言の警告をそれ以前に起こったイドマヤ軍の攻囲に加えて思い起こす機会を得ていたであろう。即ち、66年以後70年までエルサレムは何度も攻囲を経験するのである。
そこでイエス派の人々は、当時のデカポリスに属したヘレニズム色の強い北東部のペッラ市に逃れたことがエウセビオスが教会史に記したように知られているところである。

そして西暦70年の過越し以降はエルサレム脱出はいよいよ困難となり、殊にルカ福音書に予告されたように、ローマ軍がエルサレムの周囲に柵を巡らしてからは生きて出られる保障はまずなくなっていた。
それゆえイエスがエルサレムが囲まれる事態を見たなら急いで山に逃れるようにとの警告は、まさしくイエスをメシアとして受入れたユダヤ人の生死を分けるものとなったというべきであろう。

『その日には、身重の女と乳飲み子をもつ女とは、不幸である。』とは、後のエルサレム攻囲の様子を伝えるヨセフスの記録からすれば、不法集団の殺戮と非常な飢餓が臨んだエルサレムの状況からしてまったく真実であったというほかない。新しい命を祝福で迎えることのできない母親たちの苦悩や嘆きは想像するに余りある。

また、パレスチナの冬は氷雨が降り続き、移動は困難であるからイエスは『あなたがたの逃避するのが冬季にならぬよう』また、律法とその附則により移動する距離に制限が課せられた『安息日にならぬよう祈れ』とあるが、これは急いで逃げ出す必要と、その訓戒を受けている人々がユダヤ人の弟子らであることを思い起こさせるものである。⇒「キリストの語った終末預言」

西暦66年のローマによる最初の攻囲は、秋の仮庵の祭りの時期であったから、確かにユダヤから逃れるには急がないと冬の雨に追いつかれる恐れがあった。だが、軍隊や武装集団による攻囲をエルサレムはその後三年半の間に何度か経験することになり、それが醸し出す無秩序な不気味さは、聖都の終わりを予感させ『山へ』逃れるようイエス派の人々をその都度促すことになっていったであろう。

加えて、モーセの体制の終焉の時が、その当時の世代に内に到来することをイエスは使徒たちに告げている。
それは使徒らの『そのようなことはいつ起こるのでしょうか』という時を尋ねる不安の篭った質問に対する答えでもある。

それが『これらの事柄のすべてが起こるまで、この世代は終わらない』というキリストの言葉である。
それらの予告が、キリストのこの予告から四十年を経ない西暦70年、ローマ軍によるエルサレムと神殿の徹底的な破壊を以って現実のものとなったとき、遣わされたメシアを信じずイエスを処刑させた『曲がった世代』はまさにその裁きの災禍を被ることになった。(使徒2:40)

これら終末預言を聴いた使徒らにとって、ユダヤの終わりを描く主の驚くべき言葉の数々が、彼らの生涯の内に生じるものであることを覚悟させるものとなったに違いない。しかも、そこにはユダヤという永く続いたモーセ以来の体制が終わることだけを意味するものではなく、彼ら弟子らに降りかかる厄介な事態をも含んでいたのである。



◆弟子らの苦難と審問

さて、イエスは続けてこの苦しみも始まりに過ぎず、弟子らが受ける憎しみと迫害があることについて告げてゆく。
『そのとき人々は、あなたがたを苦しみにあわせ、また殺すであろう。またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。そのとき、多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合うであろう。』(マタイ 24:9-10 )

やはりイエスが使徒らに注意を向けたその時期は危急の事態をもたらすものである。
ユダヤの愛国主義が沸騰していた66年以後には、ローマに処刑されたナザレのイエスをメシアであると主張することも困難に面したに違いない。却ってユダヤ独自の貨幣が鋳造され、ローマの反撃に備えて武器も量産され、軍事教練が若者に施される中、イエス派にとってユダヤは居心地もよいはずもなかったであろう。その愛国心の高まりは、イエス派をユダヤ教から排除する促進剤として作用したと、歴史書も指摘する通りである。
 
だが、これは世界の終末に於いても弟子らがこの世から受ける迫害があることを示しているに違いない。
そして、その圧力の高まりの渦中にあって仲間内でも分裂が起こることを知らせてはいないだろうか。

それは迫害の中での思想対立と密告の危険であり、これはこの終末預言ばかりでなく共観福音書が揃って語るところである。次のようなフレーズは新約聖書に幾らか親しんだ人には知られたものである。

『地上に平和をもたらすために、わたしが来たと思うな。平和ではなく、つるぎを投げ込むために来たのである。
 わたしが来たのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をその姑と仲たがいさせるためである。そして家の者が、その人の敵となるであろう。』(マタイ10:34-36)
  
こうした内容はキリスト教らしからぬ敵意の応酬を感じさせるのだが、だからと云ってこれをキリストは語らなかったとするには同じ内容の場所が散見されて無理がある。
しかし、これは常に世からの迫害とセットで語られており、弟子らを巡る状況が厳しさを増す中で、その圧力から『裏切り』が出ることを含んでいると見做すのが自然であろう。

だが、このような事態が使徒時代の終わりころにどのように臨んだかは新約聖書の空白期に相当するために確かな事は詳らかではない。
使徒のペテロやパウロが失われた67年頃から使徒ヨハネの著作群が現れる90年代の終わり頃までに書かれたであろう聖書に残る書簡はユダの手紙だけのようである。
その手紙もペテロやパウロの晩年の文書のように迫害と裏切りを思わせる緊迫感があり、およそ20年ほどのこの空白の時代が容易ならぬものであったことを窺わせる。殊に自らを神とするドミティアヌスの81年以降の15年間の治世中は、さぞや苦しみの多い時期であったことであろう。⇒ 「神の家から始まる裁き」

しかし、これは当時にしても将来のこの世の終末の時代にしてものことであろうが、そのような迫害が弟子たちの活動によって惹起されるものであることも共観福音書の共通項でもある。
マタイはこのキリストの終末預言の部分では記していないのだが、マルコとルカに記された終末預言では、彼らの次のような活動があることを知らせているのである。

例えればマルコはキリストの終末預言の中で次の内容を記している。
『 あなたがたは自分で気をつけていなさい。あなたがたは、わたしのために、衆議所に引き出され、会堂で打たれ、長官たちや王たちの前に立たされ、彼らに対して証言をさせられるであろう。

 こうして、福音はまずあらゆる民に宣べ伝えられねばならない。
そして、人々があなたがたを連れて行って引き渡すとき、何を言おうかと前もって心配するな。その場合、自分に示されることを語るがよい。語る者はあなたがた自身ではなくて聖霊なのである。』(マルコ13:9-11)

これは終末における弟子らの主要な証しの業となるであろうことは旧約預言にもあちこちで示唆されている。
例を挙げればハガイがそうである。
『わたしはしばらくして、もう一度天と地を、海と陸地を揺り動かす。
諸国の民を激震させて諸国のすべての民の望ましいものをもたらし、この家(神殿)を栄光で満たす、と万軍のYHWHは言われる。』(ハガイ 2:6-7 )

ヘブライ人への書簡は、このハガイの句について、『語る方を拒むことのないように』また『地上で神の警告を伝えた者を拒絶した者らが逃れられなかった』ことについて適用している。(ヘブライ12:25-29) 

では、神がどのようにして諸国民を尽く激震させるのだろうか。その結果として諸国民からの望ましいものが神殿に入ってくるというのであれば、それは金銀財宝なのであろうか。
ハガイで『金も銀もわたしのものである』という神は実際の金銀を求めているのだろうか?それは実際の神殿の飾りにはなるであろうけれども、天の神殿についてはそうは思えない。
 
むしろ、イザヤの預言の言葉の成就は、神殿に入ってくるその貴重なものについて示唆しているであろう。
『終りの日に次のことが起る。YHWHの家の山は、もろもろの山のかしらとして堅く立ち、もろもろの峰よりも高くそびえ、すべて国はこれに流れてゆき、多くの民は来て言う、「さあ、われわれはYHWHの山に登り、ヤコブの神の家へ行こう。彼はその道をわれわれに教えられる、われわれはその道に歩もう」と。律法はシオンから出、YHWHの言葉はエルサレムから出るからである。』(イザヤ 2:2-3 )

このような世界の人々に大きな変化をもたらすものは何であろうか。
それが単なるキリスト教各宗派による宣教運動によって成し遂げられるのだろうか。

諸国民が激震されるふるい分けとされるからには、やはり人間を超える力と知恵の表明なくしては起こらないのではないだろうか。即ち、神ご自身による世界宣教であり、用いられるのは聖霊を受ける弟子らであろう。
しかも、それが激震であるからには、非常なショックを伴うものであるに違いない。

すべての人に受け入れやすい音信などで収まるものではなく、そこかしこで激しい論争や葛藤が起き、為政者らはその立場を失うまいとし、人々は信じる者と信じない体制派に分かれこの世を二分する焦眉の問題となり得るものではないか。その圧力から『裏切り』や『憎み合う』事態が発生しても不思議はない。

それはイエスの奇跡を見たユダヤ人の間に生じた分離でもあった。
終末においてマタイが、『王国の福音はあらゆる国民への証しとして、人が住むあらゆる処で語られる』と記すのであれば、聖霊による人々の篩い分けが世界に広げられるとみてよいのであろう。

ハガイの預言した激震について言及しつつパウロはこう語っている。
『あなたがたは、語っておられるかたを拒むことがないように、注意しなさい。もし地上で御旨を告げた者を拒んだ人々が、罰をのがれることができなかったなら、天から告げ示すかたを退けるわたしたちは、なおさらそうなるのではないか。』(ヘブライ12:25)

イザヤはこの件と深い関わりを示すかのように、メシアについてこうも預言している。
『彼も多くの国民を驚かす。王たちは彼のゆえに口をつむぐ。それは彼らがまだ伝えられていなかったことを見ることになり、まだ聞かなかったことを知ることになるからだ。』(イザヤ52:15)

こうした、この世とメシアとの対立の構図をイエス自身はこう語っている。
『その者(霊)が来れば、世に対し、罪について、義について、また、裁きについてその誤りを糾弾することになる。
 罪についてとは、彼らがわたしを信じないこと、義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなること、また、裁きについてとは、この世の支配者が断罪されることである。』(ヨハネ16:8-11)

即ち、聖霊を受ける者らが、その言葉によって為政者らに語り、神の国の到来を告げるとき、それは徒ならぬ事態を招き、地を揺るがすことになることは、新旧の聖書の告げるところなのである。

勿論それは、既存のキリスト教徒による伝道で成し遂げられるところではなく、人の能力を凌駕する、聖霊を介した神による世界宣教と云うべきものであって、鋭い世との対立により、鮮烈な音信の伝播となるに違いない。



◆繰り返される偽キリストへの警告

使徒らの質問に答え始めるに当たって、既に偽キリストの件から話されているので、こうして偽キリストの現れが二度目に、しかもここで更に詳しく語られるからには、これは相当に重要な問題であるに違いない。
それは『聖なる者たちをさえ惑わそうとする』策謀であり、その言葉からは一般人を含めて広範に影響を及ぼすことが示唆されている。しかし、人の子の臨在は稲妻のような天界の事象であって、地上の何処かに起こるものではないことをイエスは付け加えているのである。 だが、聖霊を注がれる聖なる者たちさえもが惑わされ兼ねない偽キリストとはいったいどんな実体なのであろうか。

偽キリストと共に『偽預言者』は『大きな印や不思議を行う』とあり、聖霊を注がれる『聖なる者』のように振る舞うところが非常に厄介なところとなるのであろう。
『偽預言者』についてはヨハネ黙示録も述べており、その印や不思議の力の出所を示唆している。
『龍の口から、獣の口から、にせ預言者の口から、かえるのような三つの汚れた霊が出てきた。しるしを行う悪霊の霊であって、全世界の王たちのところに行き、彼らを召集したが、それは、全能なる神の大いなる日に、戦いをするためであった。』(黙示録16:12-13)
 
この「蛙のような」(ホース バトラコイ)という表現に思い当たるものと言えば、出エジプトの際にモーセがファラオに示して行った奇跡の二番目であり、エジプトに無数の蛙が充満したことである。だが、エジプトの祭司らにも蛙を出すことは出来ないことでは無かったのである。もちろんそれはモーセの神による奇跡を行っていたわけではなく、別の源、即ち悪霊らに由来する奇跡の霊力であったに違いない。それゆえ黙示録も言うようにそれは『汚れた霊』のしるしであり、聖なるものではない。

だが、それは出エジプトの当時の神の奇跡に似て対抗するものであったなら、終末の時期においても人を惑わすものとなり、あるいは聖なる者であっても、似た奇跡に仲間を見てしまうこともあるかも知れない。だが、それは偽物であり偽りであるからその奇跡を見ても信じることがあってはならない。(列王第一13章)
 
終末のこの時点で既に『大いなるバビロン』も去っているからといって、宗教の誤謬がなくなる訳では無く、より強力な宗教上の偽り、究極的で最後のサタン崇拝が起こされるように黙示録は読める。 ⇒「大いなるバビロンの滅び」
大いなる『背教』が起こって『不法の人』が顕在するのが『大いなるバビロン』の滅びの時期になるということは、使徒ヨハネの教えを継承するエイレナイオスのような初期教父も示すところであり、これは何も現代の新しい解釈というわけでもない。

大いなる『背教』とは即ち、全聖徒の召集と王国の実現を妨げようとするサタンの側の最後にして猛烈な反対運動ということであろう。
 即ち、パウロはテサロニケへの手紙で『聖なる者ら』が集められる終わりの日について書いており、そこでは更に『背教』との関連が説かれている。

『だれがどんな事をしても、それに騙されてはならない。まず背教が起り、不法の者、つまり滅びの子が現れるにちがいない。
 彼は、すべて神と呼ばれたり拝まれたりするものに反抗して立ち上がり、自ら神殿に座して、自分は神だと宣言する。』(テサロニケ第一4:3-4)

また、パウロはこうも言うのである。
『 (不法の者)が在るのは、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力と、しるしと、不思議とまた、あらゆる不義の惑わしとを、滅ぶべき者どもに対して行うためである。彼らが滅びるのは、自分らの救となるべき真理に対する愛を受けいれなかった報いである。』(テサロニケ第一4:9-10)

そのときには、誰が終末における『荒らす憎むべきもの』であるかは明らかになるのであろう。その者こそは、この世の全体の滅びを招き入れることになるのではないだろうか。この終わりの日の『不法』(アノミア)についてはマタイ24章の中でも『偽預言者』(プソユドプロフェテス)の影響としてこう語られる。
『また多くの偽預言者が起って、多くの人を惑わすであろう。また不法がはびこるので、多くの者の愛が冷える。』(24:11-12)

そこでマタイが記した『はびこる不法のゆえに愛が冷える』とは一般社会で犯罪が増えて人心が荒廃するという意味ではない。
この『不法』とは聖なる者たちから現れる背教に関わるものであって、それは聖徒への最も苛烈な反対を惹き起こす邪悪な不法であり、人々を互いに敵対させるものであるから、人間関係に異状な緊張感をもたらすことをマタイは次のように示唆している。

『人の前でわたしを受けいれる者を、わたしもまた、天にいますわたしの父の前で受けいれるであろう。しかし、人の前でわたしを拒む者を、わたしも天にいますわたしの父の前で拒むであろう。
・・・
  そして家の者が、その人の敵となるであろう。
  わたしよりも父または母を愛する者は、わたしに相応しくない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたしに相応しくない。
  また自分の磔の杭をとってわたしに従って来ない者はわたしに相応しくない。
  自分の魂を得ようとする者はそれを失い、わたしのために自分の魂を失う者は、それを得るであろう。』(10:32-39)

このような『多くの者の愛が冷える』状況を生じさせるものは、終末の「脱落聖徒」、即ち、聖なる者らの親しい仲間の中からの異分子の現れであろう。家族の中からも反対者が生じ、それは告発の圧力の前で神を否む行いを誘うと云っている。
 
ならばパウロがテサロニケへの手紙で、終わりの日に起こると語る『背教』がこの迫害という『剣を投じる』と呼ばれる状況を惹き起こす引き金となるであろう。即ち『互いに裏切り、憎み合う』という彼らを巡る状況の変化であり、単に世相を表すことをここでわざわざ言うだろうか。

この情況で『終わりまで耐え忍ぶ』ことが求められているが、これは聖なる者らの練り浄め精錬され『救われる者』となる過程であることが福音書に繰り返されているように、この圧力は聖なる者を二分することになる。

聖なる者らから分かれ出る背教の傾向はパウロの当時にも、『不法の秘密の力が既に働いている。ただそれは、いま阻止している者が取り除かれる時までのことである』とあるように現れつつあったという。
しかし、『あなたがたが知っているとおり、彼が自分に定められた時になってから現れるように、いま彼を阻止しているものがある。』その「阻止しているもの」とは当時彼らに注がれていた聖霊であり、それを受けていた聖徒たちが『阻止している者』であったことであろう。だが、本当に終末には背教が起こり聖なる者らから分離が起こるのであろうか。⇒「小麦と雑草の例え 不法の人の現れる時」

この点は、キリストの終末預言が語られるところの、使徒らを通して聖なる者らへの警告が続いてゆく中で更に明らかになってゆくのである。



◆タラントの例え

聖霊を受ける『聖なる者ら』の中から分離が生じることを示す例えが、マタイ福音書のキリストの終末預言の中でタラントの例えとして際立っている。
マタイ福音書では10章にも、彼らが試練となる状況に置かれることが克明に描かれていたが、そのような圧力下にあっては召された聖徒と雖も、主を否認する誘惑に曝されることはまず考えられることである。

1タラントを受けた奴隷は、その委ねられた財産を銀行に預けることさえせずに、地中に埋めたというのである。これは何らの努力もおろか、自分では何もせずに済むことさえしていない。
そこでこの奴隷は主人を『手厳しい』と非難までする。つまり『撒いていない所から刈り、散らしていない所から集める酷な方』と言うのであった。

聖なる者らが聖霊を注がれて為政者やこの世に立ち向かう事、また終末に直面することになる迫害を考え合わせると、この怠惰な奴隷の動機が見えてくる。
つまり、自らの聖霊の働きを封じてしまい、恰も『地中に隠して』この世からの圧力の矢面に立つことを避けようとしたのであろう。このマタイの例えの中で、 まさしく彼が『恐怖』に捕われたゆえにタラントを隠したことを主人に自白しているのである。

つまり、この世に対して恐れてしまい、敢然と裁きを告げる聖霊を働かせるどころか、却って、終末というイエス自身が撒かず散らさなかった場所で刈り集めることに『酷な方』と不満を言うのである。主人のタラントを殖やすとは、聖霊の賜物を運用して得る様々な益、聖霊を注がれる仲間を得ることも、為政者らと対峙して王国の王の威光を知らしめること、また、勇気をふるってこの世を断罪することも含まれていよう。(ヨハネ16:8-11)
 
そこで、聖なる者らに求められる事柄には命にかかわるほどの覚悟であり『 自分の魂を得ようとする者はそれを失い、わたしのために自分の魂を失う者は、それを得る』ことになるのであろう。(マタイ10)
これ求める主人について、1タラントを受けた僕は『酷な方』 と言っている。

終末において、迫害を恐れて竦み上がり、世から隠れてしまい、聖霊の声を人々に聞かせることを怠る者が現れることは十分に予期すべきことではないか。確かにパウロは聖霊の賜物がその人の制御できるものであって、霊が暴走するような単なる憑依状態に陥るものではないことを記して『神は無秩序ではない』ともいう。(コリント第一14章)

だが、タラントを『地中に埋め』てしまい、神の発言を封じるようでは、キリストと共に王として治める者となるには到底相応しくはない。しかも、それぞれの奴隷の能力に応じて賜物は与えられたのであり、その点で主人が過大な要求をしていないことも表されている。
 
その結果、この奴隷からは聖霊は取り上げられてしまい、他のタラントを増やした奴隷たちが、それぞれの働きに応じて支配地域を得る中で、この奴隷は外の闇に投げ出され泣き叫び歯噛みする。
即ち、神の王国と何の関係もない滅びゆく者のひとりとされるのであろう。⇒「キリストの不在 ミナの例え」

したがって、マタイが記したこの一連の終末預言に在って、このタラントの例えも含まれたのは、特に世との敵対の戦線に立つことになる終末に現れる聖なる者らへの警告があったということができる。



◆ひとりは連れて行かれ、ひとりは残される

聖なる者の中からの分離が生じることについては、最終的な召しのときに地上で選別が起こることを、やはり主はマタイの終末預言の中で告げている。
それが『ひとりは連れて行かれ、ひとりは残される』という言葉で二度語られている。(24:40-41)

これは『あなたがた』と話しかけられた四使徒を介して聖徒の全体への警告であり、人の子が『大いなるラッパの音と共に御使たちを遣わして、天の果てから果てに至るまで、四方からその選民を呼び集める。』その決定的な時のことである。(24:31)

これはパウロがテサロニケ第一の手紙でいうところの『生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいることになる』というその時のことである。

ここではやはりパウロもラッパの音について語り『主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響く中に、合図の声で、天から下ってこられる。その時』であり、聖なる者らが『新しい契約』を守り通し、遂に『神のイスラエル』に数えられる一員として承認されることになるのである。その総数はヨハネ黙示録からすれば十四万四千人なのであろう。

だが、聖霊を注がれる人数は更に多く、その中から選別が起こり脱落者が出ることをこうして終末預言は繰り返し警告するのである。⇒「アブラハムの裔を集めるキリストの業」

ルカ17章では同じようなイエスの言葉が採録されているのだが、そこでは『ひとりは連れて行かれ、ひとりは残される』のように聖徒らの中から落伍者が出ることについて弟子らが『どこで(そうなるの)ですか』とイエスに問うと『死体のある所には、またハゲワシが集まるものだ』との答えがあった。

マタイでは、このハゲワシは偽キリストの警告の後に、臨在が地上的なものにならない事と共に並置されている。
従って、ルカと比較することによってこのハゲワシの件に見えるものがある。
それはつまり、『ひとりは残される』原因に偽キリストが関わり、捨てられた者らの周りに肉をついばむようにそれが居るということであろう。

見える人間に従うことは、見えないイエスに信を置き聖霊を通して従うことより安易なことなのであろう。
これは人間の弱点であり、信仰の難しさなのであると思うが、聖徒に於けるその代償はあまりにも大きなものがある。

マタイの終末預言に戻れば、彼らは『その時を知らない』のであるから『だから、目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主が来られるのか、あなたがたには分からないからである』ということが結論であり、共に天への召しを得損なうことがないようにとの警告がその主旨である。

この趣旨についてイエスは、夜盗を引き合いに出して更に踏み込んで強調してゆく。
家の主人がいつ盗人が来るかを知っているだろうか。もし知っているなら、その時間には起きていて盗みを許しはしないと言う。

この言葉は、彼らが一晩中起きていることを求めているのであり、やはり、どの時期にイエスが到来するか、つまり臨在また顕現を開始するかについて予測を立てることの無益さを教えるものとなっている。注意を払うべきは時ではなく、自分自身なのである。



◆十人の処女の例え

その一方で、既に死んでしまった古代の聖なる者らにも選別は当然ながら起こることになる。

彼らの場合には、死後にもう一度自らの主への忠節が試されることはない。
生前にその機会を得ていたであろうから、以前の聖なる者らにとって『新しい契約』を守るか否かは、その生涯をどう過ごしたかで既に定まっていよう。彼らには生きている間に『狭い門を通って入るよう努める』必要が課せられていた。

パウロが、『わたしたちは皆、キリストの裁きの座の前に立ち、善であれ悪であれ、自分の行ったことに応じて、それぞれ報いを受けねばならない』と言うのはこの聖徒の裁きについてであり、『 善を行った者は復活して命を受けるために、悪を行った者は復活して裁きを受けるために出て来る』というイエスの言葉は、『義しい者も義しくない者も生き返る』という一般人の復活ではなく、これら死せる聖なる者らの裁きを言うとすれば非常に納得できるものとなる。(コリント第二5:10/使徒24:15/ヨハネ5:27)

つまり、古代の聖なる者らは、天に復活する段階でかつて地上で行ったことにより選別されるということであろう。その天では、彼らが終末には地に落とされるサタンの試みに遭うことはもはや無いのであれば当然のことである。
この件でパウロの生涯に於ける発言内容には注目されるべきものがある。

西暦五十年代半ばに書かれたとされているテサロニケへの書簡の中で、パウロは自分を『キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ』としていて、主の来臨のときにパウロ自らは『生き残っている』つもりであったのだ。(テサロニケ第一4:16-17)

だが、最晩年に至ってネロ帝による二度目の逮捕と審問の内に死を悟ると、『わたしが世を去るべき時はきた。わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。今や、義の冠がわたしを待っているばかりである。』と言っている。(テモテ第二 4:6-8)

これは『第三の天に昇った』というパウロほどに聖霊の賜物に預かった聖なる者であってすら、主の来臨の時期を知らず、その時は予想外に延びたということになろう。

それであるから、聖なる者らはその生涯をどう送り、またどう終わるのか、ということが選びに関わることになる。
死を迎えるまでに『新しい契約』を守って忠節であれば、その復活は喜ばしいものとなり、そうでなければ無意味なものになってしまう。即ち『裁きの復活』となる。

聖なる者がその生涯をどう送るかについて重大な警告となっているのが、マタイ終末預言の中でも十人の処女の例えということができる。
眠りに就いてしまってからでは、油を補充しておくことはできないからである。 

十人は花婿が婚礼から帰宅するのを祝福の明りを灯して待つうちに、その時刻が予想外に遅くなって皆が眠りについてしまった。
しかし、そのうちの五人は予め油を用意しておき、遅い到着にも備えていたのだが、残りの五人はそうしてはいなかった。

相当に遅れて花婿が帰宅したときに、祝いの席に入れたのは予備の油を準備していた五人だけであった。
眠りから覚めた後では何を行おうにも、もはや間に合わないのである。 

これは、自分の思う時期のうちに主の臨在が起きないとしても辛抱強くその生き方で忠節を尽くした聖なる者らを表してはいないだろうか。
その場合、十人のすべてが眠りについてしまったが、その一半は祝福に入り、残りはそれを逸しているのは、主の来臨が自分たちの思うよりも遅くなり、その途中で忠節な歩みを離れてしまうことへの強い警告となっていると見ることができるのである。⇒「十人の乙女」「盛大な婚宴」の例え



◆羊と山羊の裁き

オリーヴ山でのイエスの終末預言の最後を締め括るのは、この「羊と山羊の裁き」である。
これは『人の子が栄光の中にすべての御使たちを従えて来るとき、彼はその栄光の座につくであろう』時であり、そして『すべての国民をその前に集めて、羊飼が羊とやぎとを分けるように、彼らをより分ける』裁きとされている。(25:32)

この裁きに於いて重要な要素は『人の子の兄弟ら』であり、すべての諸国民はこの『わたしの兄弟たち』に親切を示すか否かで祝福か呪いかを受けることになるのである。

では、『わたしの兄弟たち』とは何者を指すのかといえば、これは新約聖書に明らかなことで、例えればパウロはこう書いている。
『神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さった』(ローマ8:29-30/ヘブライ2:10-17)

これはつまり、霊者である御子と共になる人々のことであり、『養子縁組の霊』を受け『神の子』の地位を得たアブラハムの裔、新しい契約によって『王なる祭司、聖なる国民』とされる人々のことである。(ペテロ第一2:9)

彼らがいずれは天に召され御子の様になることについては使徒ヨハネもこう言っている。
『愛する者たちよ。わたしたちは今や神の子である。しかし、わたしたちがどうなるのか、まだ明らかではない。彼が現れる時、わたしたちは、自分たちが彼に似るものとなることを知っている。そのまことの御姿を見るからである。』(ヨハネ第一3:2)

そこでこの「羊と山羊の裁き」を眺めると、これがこの世の裁きというそれまでの聖徒の選別を超える地球規模のものであることが見えてくる。
イエスの終末預言は、この最後の部分に至って人類をふたつに分ける業を告げているのである。

聖なる者らへの親切を示すということは、単にその知り合いであったというようなことにはなるまい。
終末では、聖なる者らには世との対立があり、敵意がある。その状況下でさえ聖なる者らに親切を示し、獄をさえ訪れて世話をしようとするからには、この対立に於いて聖なる者の側を支持しているという事になろう。

それは即ち、聖徒たちが聖霊の語らせる論駁不能な言葉を聞いて、その声に心を柔らかくする諸国民を指しているであろうし、それこそはイザヤがこぞってシオンを目指して流れの様に神の神殿に向かう人々の群れと描写していた預言の成就なのであろう。

これについては、ヨハネが福音書に記したイエスの祈りの言葉が思い起こされる。
『彼らのために、わたしは自分自身を捧げます。彼らも、真理によって捧げられた者となるためです。
また、彼らのためばかりでなく、彼らの言葉によってわたしを信じる者らのためにもお願いします。・・・彼らがみな一つとなるためです。』 (ヨハネ 17:19-21)

だが、このように聖なる者らと信仰によって結ばれる者たちが現れると同時に、頑なになる諸国民も想定しなければならない。
その人々は山羊として御子の左に分けられ『永遠の罰に入る』という。それが永遠の消滅であるにせよ、永遠に亘って誤りであったと糾弾され続ける立場を表していよう。

他方で、『人の子の兄弟ら』に親切を行い、その側に立った人々は『王国を受け継ぎ、永遠の生命に入る』。
マタイは別の箇所で、主の言葉をこうも記している。
『わたしの弟子だという理由で、これら小さな者の一人に、冷たい水をたった一杯でも飲ませてくれる者は、けっしてその報いを受けないことはない。』(マタイ10:42)



◆雲に乗って来る

人類の全体に関わる諸国民の裁きに際して、キリストが人々に見える姿で顕現することがあるなら、それは人々の心の中にあるものを焙り出すような裁きには至らないことであろう。
なぜなら、余りに明瞭な御子の姿を見るなら人々は慄いてしまい、自由な意思を表さないからである。

そこで御子は、終末には裁きのゆえに『雲に乗って来る』必要性があると言える。
その『雲』とは不可視性の象徴であり、臨在(パルーシア)の始まりはもちろんのこと、最終的な顕現(エピファネイア)の段階に至ってもなお主は見えないことをマタイはこう記す。
『地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって人の子が天の雲に乗って来るのを人々は見る』(マタイ24:30)

即ち、御子の臨在の印が世界に明らかになり、諸国民が身を打ち叩いて嘆かねばならない段階に入ってすら、御子は依然として雲に乗っており不可視なのである。

これは、同時に『ハルマゲドン』でこの世が終わるのではなく、その後の時期があることをも知らせるものとなっている。
即ちルカでの『人々は地に臨もうとすることへの予想から気を失う』という、マタイで云うところの『太陽と月と星が光を失う』という時期である。
人々を照らす光は失われ、将来へと導くものは何も無くなる事態の発生、即ちキリストの臨在を紛うことなく知ることになる顕現(エピファネイア)への事態の進展である。それは人類史上、最も恐るべき期間となるのであろう。もはや『この世』には何の希望もなく、始まりつつある全ての秩序の瓦解への予想だけが人々を卒倒させるものとなる。⇒「黙示録の四騎士」

それでもなお、キリストの姿はなお見えない。「顕現」においても人々は『人の子が天の雲に乗って来るのを見る』からである。 
これは所謂「再臨」を待望する「クリスチャン」方には残念なことではあろうが、肉眼で見えるキリストの来臨を期待しているなら、却って『雲』を降りてしまった地上の『偽キリスト』また『不法の者』を信じる誘因を自ら作ってしまうことにならないだろうか。そこに三位一体説が加わるとすれば、更に恐ろしいことにならないものだろうか?⇒「小麦と毒麦の例え 不法の人の現れるとき」
 
また、そこでは「裁き」という要素が欠落してしまい、実に聖霊の働きが示されてもそれを無視することにもなり兼ねないであろう。⇒「黙示録の四騎士」 
バプテスマを受けさえすれば救われると、安直に使徒2章38節を契約に無い自分に都合よく適用した酬いと云うことになるのであろう。

実に、裁きは将来の終末に起こることであり、そこに不公平は無い。
主イエスのときのユダヤ教徒のように、終末に「クリスチャン」であるということは、むしろ裁かれる危険度が低くはないと云わざるを得ない。




◆ノアの日の例え

キリストの不可視性を補足するのがこの大洪水を前にしたノアの日の人々の無関心である。
ノアの一族が箱舟に入ってしまうまで、人々は自分たちの置かれた状況に配慮することなく、そのまま洪水に飲まれているが、終末もそのようになるという。

これは聖徒らの発言が世界を揺さぶるものとなってさえ、注意を払わない人々がいることを知らせているのであろう。ノアの箱舟建造がひとつの印であったが、古代にはすべての人々がそれに無頓着でいて、その後果を刈り取ったが、終末も聖霊の発言が如何に衝撃的であろうと、まるで関心も払わない人々は少なくないのであろう。

だが、これは生き残るための熱狂や異例な生活を勧めているのではない。
『天の使いたちも子も知らない』『その日と時刻』という言葉を補うべく付け加えられた古代の教訓であり、ノアもその時を明示されたわけでなく、ルカが記したように飲食や煩い事のために『その日が罠のように臨まない』よう『目覚めている』べきことを言うのであり、そこでは何が真に重要であるのかを見極める冷静さが求められ、自分が安心できることに安住していては却ってノアの日の教訓を生かすことにはならない。

教会堂の信徒席を箱舟に例えるようなことでは、むしろ欺きの安心に浸り、本当には無関心であることを容認してしまう危険がある。「ここは安全です」というこの種のまやかしに人は弱いものではないか。人を救うのは場所でも立場でもなく信仰であることを聖書は教えてはいないだろうか。
だが、自分たちの安全よりも考えるべきことがある。
何が神の意志であり、何故「裁き」があるのかを知ることであろう。⇒「終末の裁きで何が問われるか」



◆忠実で賢い僕 

伝道の書でソロモンは『人はだれも後に起ることを知らない』と書いているが、イエスも語り掛ける相手である『あなたがたに』『けっしてその時を知らない』ことを盗人の例えを用いたりしつつ何度か繰り返し語っている。この夜盗の比喩は福音書中によく用いられており、他にペテロ、パウロ、ヨハネも記している。そこで強調されるのは弟子らが主の時を知らないということである。

そのうえでマタイが、『主人がその家の僕たちの上に立てて、時に応じて食物をそなえさせる忠実な思慮深い僕』に言及しているのであるから、この『時に応じて』(トーン トロフェーン エン カイロー)とは、もちろん終末が何時かということとは関わりが無い、なぜならイエスも繰り返したように、『あなたがたはその時をけっして知らない』からであり、この『思慮深い僕』が備える「時に応じた食物」とは、毎日の定時(カイローイ)の食事を表している。

この僕の給食の時期については、この例えの後半に知る手掛かりが残されている。
そこでは、このような僕が『もしそれが悪い僕で、自分の主人は帰りが遅いと心の中で思い、その僕仲間をたたきはじめ、また酒飲み仲間と一緒に食べたり飲んだりしているなら、その僕の主人は思いがけない日、気がつかない時に帰ってきて、彼を厳罰に処し、偽善者たちと同じ目にあわせる。』というのである。( 24:48-51)

したがって、その給食の時期が主の来臨に先立つと分かる。つまり、キリストがこの世に臨在している証拠の無い時期のことになろう。 ⇒ 「アンデレのように
これについて示唆を与えるのが、ルカ12章に記されている似た記述であり、そこではマタイのこの部分には先立つ部分があったことを知らせているのである。

『腰に帯をしめ、灯火をともしていなさい。主人が婚宴から帰ってきて戸をたたくとき、すぐに開けようと待っている人のようにしていなさい。
 主人が帰ってきたとき、目を覚しているのを見られる僕たちは幸いである。よく言っておく。主人が帯をしめて僕たちを食卓につかせ、進み寄って給仕をしてくれるであろう。』(ルカ12:35-37)
 
 これは同じくルカ17章に語られるイエスの言葉からしても異例な厚遇である。
 『あなたがたのうちのだれかに、耕作か牧畜かをする僕があるとする。その僕が畑から帰って来たとき、彼に『すぐ来て、食卓につきなさい』と言うだろうか。
かえって、『夕食の用意をしてくれ。そしてわたしが飲み食いするあいだ、帯をしめて給仕をしなさい。そのあとで、飲み食いをするがよい』と、言うではないか。
僕が命じられたことをしたからといって、主人は彼に感謝するだろうか。
同様にあなたがたも、命じられたことを皆してしまったとき、『わたしたちは不束な僕です。すべき事をしたに過ぎません』と言いなさい」。』(ルカ 17:7-10)

そこで、来臨する主に給仕されるというその僕は、破格の待遇を受けていることは明白である。

では、そのような厚遇に今日与っている者が地上に居ると言えるだろうか。
つまり、主人から給仕され、すべてを委ねられているような立場の者をであるが、もとより聖霊の降下が待たれる現状で、それと見分けられるような事が皆無であることは議論の余地もない。
ただ、イエスはルカにあるように、主の帰還のときに「お帰りなさいませ」とばかりにすばやく扉を開けられるように主人の意向を知った僕、あるいはマタイに記されたように、他の者らに糧食を供給している僕が主の来臨に先立つことは知ることができるのである。

その時期が主人の帰還の前であるなら、これは聖霊の再降下が始まるイエスの監臨の再開の以前の時期を指しているのであろうから、この部分は契約に与る聖なる者に適用される言葉ではないことになろう。そうなら、それは聖霊を見る前の自発的な行動を指している可能性がある。

その僕は主人の来臨によって主人に見出され、厚遇を受けるという事柄には、その僕が聖霊を受け『聖なる者』、イエスを兄弟とする養子縁組に与ることになると考えるのも的外れではないように思える。
しかし、ルカ12章によると、この『忠実な思慮深い僕』 についてイエスが語り出すきっかけをペテロが作っており、彼は扉をすぐに開けられるように備えよとして盗人の例えを主が語っているところでイエスにこう問いかけた『主よ、この例えを話しておられるのはわたしたちのためなのですか。それとも、すべての者のためなのですか』。

この『すべての者』 というのは、マタイ13章などでも繰り返し示されたように、使徒らと群衆という区分でペテロは考えていたのかも知れない。つまり、奥義の意味を知ることのできる選ばれた僅かな者らと、付き従って来たユダヤ人群衆との区別である。

だが、イエスはそれに答えずにこの『僕』の話を続けているので、この答えはペテロと同様に我々も得られていないことになる。つまり、それは然して問題ではなく、聖徒であるか信徒であるかも含めて誰であろうと、仲間を定期的に養おうとしている者の事を指しているのであろう。

これが以上の推察の通りに、聖霊による監臨の前の段階を指しているのであれば、確かに聖徒か信徒かを問う理由はなくなってしまう。聖霊の注ぎの起こる以前だからである。 


だが、マタイの終末預言でも警告されているように、その僕が『自分の主人は帰りが遅いと思い、その僕仲間をたたきはじめ、また酒飲み仲間と一緒に食べたり飲んだりすれば』これは厳罰に処され偽善者たちと同じ目に遭わされることになる。この者らは聖霊の注がれる事の重さも、その時を待つ重要性も等閑に付すことであろう。

これは、本来なら主人を迎えて食事を行うべきところを、勝手に自分たちの宴会を始めてしまっていることを意味しているのである。そこに主人が来られるならどういうことになるだろうか。そこにもちろん聖霊は無く、主人も居ない不正な浪費の宴会であるが、そこでは時を勝手に定めるという傲慢もある。主人の帰還時刻も都合も無視したその横暴は、仲間の奴隷にも不利益を被らせ、自らにも偽善者らと同じ結末をもたらすだけのことになることが強い言葉で警告されている。

このどちらの結末を刈り取るかは、主人の帰還の始まる聖霊降下の時期には判明するのであろう。そこでは待つ間の姿勢が問われているのである。
そしてこれは主人が帰還するまでは誰が賢い僕であるかの判断はできず、その評価も主人から行われるのであり、その厚遇もまたそのようである。

従って、現段階でこれを誰かに断じることはけっしてできないのであろうし、もし、誰かがその「僕」であると言うなら、既にその評価を主人から受けているはずであり、地上には明らかな聖霊とその賜物が見られることであろう。聖霊の再降下無くしてキリスト教の真の回復も起こるまい。

従って、この句の今日的意味は、それが誰であるかではなく、主人を待つ間に目覚め、一重に仲間に日毎の定時の食糧を配し、主人が到着したときに相応しく宴を張れるような準備を努めるところにあるのであって、主人を抜きにして自分がその「僕」であるから、皆は自分に従えとはけっして言えない。また、他ならぬ主人が評価を下す以上その必要もないに違いない。

あのペンテコステで使徒や聖徒らを高みに引き上げた主自ら給仕を勤めるというのであれば、そのうえ人からの賞賛や畏敬を求める必要もなく、その栄誉は人々に明らかにならないものだろうか。その誉れは人からのものではないのであり、使徒の時のようであるなら人々から敬意を強いる必要がなかった。(ヨハネ5:41-44)

恰もそうする必要があるかのように、「自分がその者だ」と人々に言って回るのであれば、まさしく主の評価も後ろ盾も得ていないゆえに人からの敬意を求めていることが明らかであり、その『僕』を自称することは詐称に過ぎず、主に給仕されるのではなく、人々からそうされることを願っているのであって、聖霊も待たずに時を勝手に定めて『仲間を打ちたたいて』不正な宴会を始めてしまうという『邪悪な奴隷』というべきであろう。



◆いちじくを見る

終末預言に描かれた事柄が起こり始めるなら、イエスは、人の子が『近付いて戸口に居ることを知れ』とも言っている。(24:33)
つまり、いちじくの『その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことがわかる』ようにであるという。

『そのように、すべてこれらのことを見たならば』御子は家の戸口に立っていることを知れというのである。
この句は24章に在って、その以前に語られていることには、弟子らへの迫害、偽キリストによる惑わし、荒らす憎むべきものが神殿に立つことを見てユダを去るべきことなども含んでいる。

これらの預言の言葉はひとつの世代の上に成就すると付け加えられたように、メシア拒絶の後果は37年後にユダヤを襲った。
エルサレムと神殿の滅びは確かに彼らの世代の内に臨み、ユダヤの律法による崇拝体制は拠って立つ神殿を失い、地上から神の御名の発音までもが失われる事態に至った。

この預言を直に聴いたうちのヤコブとペテロはその最後を知らずに世を去っているので、やはりこの一連の預言の言葉は使徒らにだけ向けて語られたものではあるまい。殊に聖なる者らを介してその背後にいる無数の人々がいるのであり、それは我々にも及んでいるに違いない。

ユダヤのイエス派の人々はユダヤを後にしてデカポリスのひとつに数えられたペッラ方面に実際に逃れている記録があることからすれば、この預言の言葉は確実に益を生み出していたと言える。その人々は『いちじく』の様子を観察して『夏』が近いことを悟ったであろう。

それが何故『夏』かといえば、ティシャ ヴェ アブの断食を含意していたのかもしれない。即ち、ネブカドネッツァルによるエルサレム陥落と神殿の喪失を憂う記念行事であり、それはユダヤ人の心に深く刻まれた『夏』であったとも言えよう。

そして西暦七十年の『夏』、ローマ軍によって同じ月にエルサレムと神殿は二度目の破壊を被ることになる。従って、この例えについてイエスが『扉を開けて入る』のは、パルーシアではなく、エピファネイアの時を言うのであろう。聖徒らには天への召しの時である。

加えて、その時期を見分ける仕方としてこの「いちじくを見る」 とすれば、それは誰もが知り得る自然の営みのようであり、格別な人々によって教え説かれる必要のあるような印ではないように思われる。
キリストの臨在、またこの世の終局の有様は、いちじくが葉を出すように、キリストの言葉の戦争や疫病や飢饉の部分のところばかりでなく、弟子らへの迫害や為政者への聖霊の言葉の宣告などを含んで、多くの人々に聖書記述を思い起こさせるものとなるのであろう。 

そこから判断すると、このいちじくを通して判断できるという、主が『戸口に居る』段階というのは、臨在の開始というよりは、聖なる者らとの会食のために戸口に立っている状態を言うのであろう。
そこでは、臨在は既に進行しており、使徒らにも知らされていなかったイエスの臨在の開始ではなく、このいちじくの例えるところは、主人を待ち受ける弟子らが天の召集に預かる時の近付いたことを知らせるもののように読める。 (黙示録3:20-21)

やはり、イエスはこの一連の預言に当時のユダヤの世代に成就すること以上の事柄を含めていることは、未だ実現していない幾つかの事柄の存在からも明らかである。
例えれば、聖なる者の召集はなお将来のことであるに違いないし、諸国民が右と左に分けられるようなことも起こってはいなかった。
今日、聖霊によって話す人々を世は未だ見ても聞いてもいないのは確かなことである。

では、我々はこれらの言葉に何を知り、何を学ぶべきか?

この日にオリーヴ山上で語られた終末預言は、当時のユダヤ体制の終局と、遥かな将来であった「終末」とに起こる事柄とを同時に語る「複合預言」であったことは明らかである。
こうしてマタイ24章から26章の初めまでの全体を見回すと、語られていたことは偽キリストにせよ、戦争と苦難の時代の到来にせよ、タラントや処女たちの例えにせよ、その中心は常に『聖なる者たち』であったことが明瞭に見て取れる。

この一連の預言は、使徒らの『あなたがまた来られる時や、世の終りには、どんな前兆がありますか』という質問にあるように、エルサレムのヘロデ神殿とユダヤ体制の行く末を超えて、世の終末での神の経綸の全体、殊に聖なる者たちに極めて重要な教訓を含んでいるのであり、単に終末の時代の印を列挙したものなどではない。即ち、この一連の預言に含まれる主の回答の内容は、「時代の特徴」がどうこうという見分けの問題ではなく、起きることへの聖徒らの対処についてなのである。 

人類は、いつの日にか聖徒らに起こる事態を観察してイエスが予告されていたことを知るのであろうが、信ずる者であれば、それがいつであろうと主の帰還を予期しているべきであり、具体的には聖霊の再降下を待ち望むべきであろう。
第一に、世の終末に於いて聖霊とそれを授かる聖なる者らがどれほど大きく重い意義を持ち得るかをまず知らなければ、戸口に立つ主人をすぐに扉を開いて迎えることはおろか、主人が戸口に居る事さえ知ることができないであろう。

キリスト教界は、一向にご利益信仰に終始しているのだが、それが改善されることは最後に至るまで無いように思われる。 ⇒ 「小麦と毒麦の例え 不法の人の現れるとき」
他方で、終末とその裁きは長い年月に亘るものではなく、数年で終わることが預言者らにも黙示録にも語られている。
帰還する主人の意向を汲み、聖霊の降下を以って始まる臨在を強く願い求める姿勢が、いま地上に問われているというべきであろう。




     ©2015  林 義平




*(使徒アンデレもAD69年11月30日に殉教したとの迷信的内容を含む伝承もあるが、一方で使徒ヨハネが福音書を書く時点でエフェソスでの生存を伝える資料があるのでそちらに従う) 





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