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原点回帰の観点からキリスト教を見る・・ 「神と人を愛せよ」この一言に発し、この一言に終わる

聖書預言

書籍 「神"YHWH"の経綸」下巻 の出版案内


林 義平の 「神"YHWH"の経綸」は、2011年6月に「中巻」を紹介した。
ここでは結論部分である「下巻」をご案内したい。


この「下巻」では「原初史と黙示録、そのアルファとオメガ」と題して、それまで語られた聖書歴史と神の意志のそもそもの根本と結末に目を向けてゆく。

人類の抱えている最大の問題は何だったのか?
それは古来ギリシア人にもインド人にも、そして近代以降も世界中で示唆され続けてきたひとつの問題であり、それは政治と宗教を生み出してきた原因である。



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「神YHWHの経綸」 下巻 
「原初史と黙示録、そのアルファとオメガ」
 A5 118頁 ¥500
電子版発売中 ⇒ amazon
(これらの注文において林義平は何ら個人情報を得ることはない)  



何故アダムは試されたのか?
全知全能の神が介入しなかったのは何故か?

創世記冒頭の三章は、今日の人間の空しい在り様を決定付けたが、同時に一条の希望を残していた。

その道はキリストの到来によって更に啓示され、使徒や弟子らを通して語られてゆく。

遂に最後に残された使徒ヨハネによってキリスト教が完成を見、イエスの語った王国が千年続く現実のものであることが示される。

永い人類史に神はひとつの意志を持ち続け、それは最終的成就に向かって現在もその歩みを止めていない。

キリストのパルーシア(臨御)とそのエピファネイア(顕現)とが意味するものは何か?


アダムとエヴァの起こした問題とその結末。
そして、我々は「エデンの問い」の裁きのときにどう関わるのだろうか?

本書では、これらに加え人類がこの「ひとつの問題」をめぐって苦悩の迷走を続けた様も描かれる。
それは現代人に影響を与え続けており、いまやその問題は容易ならぬ段階に近づいていくように観察される。人はその問題のために苦しみ、奪い、戦って血を流してきたが、その「ひとつの問題」とは人間が誰も避けられない「倫理上の欠陥」である。
しかし、神の意志たる「経綸」も成し遂げられるべき時が刻々と近づいている。

キリストの教えに沿う精神は何か?
また、それが問われるのは何故か?
人類を二分するであろう「問い」はどのようなものになるか?

前二巻で語られなかった原初史とヨハネ黙示録をここに含んで聖書のおおよそが網羅され、神YHWHの経綸を俯瞰する試みも完遂を迎えるのである。こうして聖書全巻の告げる意味が見えてくる。

本書は、前二巻のように「キリスト教にご関心あらばお薦めしたい・・」といえるものとはならなかった。
この内容は、ニカイアに基礎を置く伝統的主要三派の「グレコローマン型キリスト教」を超えてしまっているため、同意しつつ読めば「中世的キリスト教」概念は前二巻に増して覆り、おそらく政治についても読者諸氏の見方が大きく変わることもあり得よう。

この書の目指すところは、ニカイアより二百年以上古い、使徒ヨハネの声の残響していた西暦第二世紀初頭の小アジアのキリスト教への回帰であり、そこでは新旧聖書の語り続けてきた人類の直面していながら、人々の意識が向いていない最重要の問題が提起されている。
それは個人を益するばかりの「ご利益信仰」と化した大半の「キリスト教」とは異質であるため、保守的な人々からは特に禁断の書のように見做されるのかも知れない。

それでも筆者としては、この内容を公にしないわけにはゆかない「意味の重さ」を感じ続けてきたのであり、そう促しているのは自らの価値観である。
それで、この下巻の発刊を以って、着想から数年負ってきたこの重い荷をひとまず降ろせたと感じられ、多くの資料を開示くださった関係各位と執筆の環境を維持頂いた方々に感謝する次第である。

それでも、筆者には霊感があるわけでもなく、誰にもある間違いを免れないし、学習不足の恐れもある。
もとより自分がまったく正しいと唱えるわけでないのだが、書中で展開される「ひとつの見方」に注意を払っていただけさえすれば真に幸いである。

この観点から、社会と聖書とを観察し直すときに見えてくるものがきっとあると思う。それはこれからの将来を神との関係において人として歩む仕方にヒントを与えるだろう。神の次なる行動を示唆しているからである。
(それについては、黙示録一書の全解説を書きあげられるなら、さらに明瞭に書き出すことができると思う)


この巻でも、読み手の便宜を図って、聖書の言葉の多くを文中に書き出し、重要と思われる語句には原語と脚注を付し、前二巻と同様に欄を二段に組み、価格の低廉化を図った。
118頁ながらA5版に文字が小さい分、内容は頁数の倍ほどになるだろう。   



                                              林 義平

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モンタヌス運動 最初の「時の予告者」


さて、第二世紀中頃に出現したモンタヌス運動はエポックを画するものとなった。
J.ダニエルーは、この運動はキリスト教の普遍教会から最初に現れた分派であるといっている。
それまでは、サマリアのシモン・マグスであってもエクレシアに決定的分裂を引き起こすことはできなかったとエウセビオスは書いている。(教会史Ⅱ14)

そのようにキリスト教に統一が保たれた大きな理由は、あのペンテコステ(シャヴオート)の日以来、当時あった「聖霊の灌ぎ」であろう。(使徒2章)
つまり、神からの超自然の「聖霊」が各地の聖徒(聖なる者)たちに降って知識を与え続ける以上、地上に中央を持たなくても教理の一致が可能であったということである。(ヨハネ16:13/ヨハネ第一2:20)

実際にパウロは、他の信徒らが彼と異なる教理を持つことに対して頑強に口論する必要を感じていないが、その理由が聖霊降下にある事を示唆する文言を幾つか残している。むしろパウロは『いずれ主が啓示してくださるであろう』と云いつつ、とりたてて背教が広がりそうな重大な誤解を除いては放っておくほどであった。
この点において聖霊の産出する実に『平和』があったとも言えよう。そこで今日に至るまでのキリスト教界の分裂と反目は、聖霊の無さを露呈しているであろう。(ガラテア5:10/コリント第一14:37/フィリピ3:15)


また使徒ヨハネも聖霊を持つ者たちは知識を有しており、いまさら新奇な教えを受ける必要がないと言っている。(ヨハネ第一2:20-)

それゆえ『今は、天の管理に関する神の秘められてきた様々な知恵が、エクレシアを通して知らされるとき』とパウロが書いた背景はここにあろう。(エフェソス3:10)

しかし、「聖霊の賜物」を持った世代が次第に姿を消し、聖霊の助けが地上から去る時代になると、そのときを狙って何処からか異なるものが入り込んできた。(コリント第一13:8)今日のキリストの不在

それでなくとも、聖霊を装う悪霊の危険は以前から存在しており、それは十二使徒の最後に位置するヨハネも、「霊感は試されねばならず」と警告し、加えて「新しい教えに惑わされぬよう」注意を促していたことからも明らかであろう。
この「新しい」とは、晩年のヨハネが使徒時代の最後にあって語っているのであり、けっして「新しい契約」を云っているのではなく、当時台頭してきたグノーシス派のように「新奇な教え」を指している。彼はこれらの異なった教えがエクレシアに入り込むのを阻止すべく『挨拶の言葉を掛けてもならない』と命じたほどであった。(ヨハネ第一4:1/2:24/ヨハネ第二10)

そして当時の資料には、自分には聖霊があると偽る者が、本物の聖徒の中に入ると一致できずに醜態を晒す様が伝えられてもいる。(牧者XI,13)

聖霊の賜物の発現は、その人を没我のトランス状態にするものではなくて、賜物を有する人が理性によって制御できるものであった。(コリント第一14:26-33)
しかし、聖霊を持つ「聖徒」と呼ばれる人々の減少が趨勢となっている中で、フリュギアのアルダバウ*でモンタノスという人物には突如としてトランス状態が襲い、世の終わりとキリストの臨御が近づいていると唱え始めた。*(小アジアのフィラデルフィアから北に24km)

当時、地上から去りつつあった「聖霊の賜物」は、いまやモンタノスらに灌がれていると主張し、彼らは追随者を加えて一派を成すようになる。
その他のエクレシアイがこの運動を異端として直ちに排斥できなかったのは、この運動には最も警戒されたグノーシス派のように神までが異なるほどの宗教として異質なものでなく、大きな逸脱がなかったことが理由とされている。加えて、普遍教会も聖霊を持つ人々の減少に危機感を抱いていたことが処置の曖昧さの理由として考えられている。

モンタノスは、自分に注がれている霊は、イエスが『助け手』(パラクレートス)として示した霊であって、今や失われつつある初代キリスト教徒にかつて豊かに注がれていた聖霊は、いまや自分を通して介在していると主張する。
そこで、彼らを容認した当時のキリスト教界は、やはり彼らにひとつの弱みを握られていたことが見えてくる。即ち、聖霊を注がれた『聖なる者たち』の著しい減少と、その神意をつかみかねている当時の指導者たちの狼狽である。

つまり霊の発言が減少してゆくなかで、『預言者』の存在はますます希少なものとなっていたのである。これについてはこの時期に書かれたという外典「イザヤの昇天」がシリア方面から預言者が絶えたことを嘆いている。


他方、モンタノス一派が現れたのはアナトリア(トルコ中部)のフリュギアであり、彼らには女預言者らも加わって侮れない勢力に膨らんでいった。
そのひとりマクシミラは、戦争や混乱した事態を預言し、やがて「新しいエルサレム」がフリュギアのペプザ(現アンカラ近郊)に降下すると言い立てた。(マタイ24:6-8)(黙示録21:2)

これは、ポリュカルポスなど使徒ヨハネの直弟子らが生きていたなら到底許さないであろうことである。(教会史V:20)
それで、モンタニズムの発生は、即ち聖霊の降下と入れ替わったものであり、キリスト教徒への聖霊降下のあった時代の終了を知らせる指標ともなりうるものといえよう。

この運動は、およそ西暦150年から170年頃に始まった事と言われている。
聖霊が灌がれなくなると共に、キリストが「旅立って」去った事に呼応するかのように、使徒や初代の著名な人物をかたる偽文書が横行し始めている。それはあたかもこの時期に著作権が切れたかのようにである。
ペテロの福音書や黙示録、パウロ言行録、ヤコブ原福音書など少なくはない。だが、これらは親しい者からの名前を偽った手紙のように、内容が不自然であり、エイレナイオスなどの初期教父ら人々によって退けられるところとなってゆくのだが、同時にこれは初代に連なる聖霊を得た権威ある人々が、当時には既に過ぎ去っていたことも教えるものとなっている。

これは原始キリスト教への回帰運動と錯覚させる聖霊信仰であり、後にはカルタゴの高名な教父テルトゥリアヌスまでもが、このサヴァイヴァル的キリスト教分派に染まっていった。


さて、マクシミラは「戦争が近い」などと緊急感を煽り、自分が最後の女預言者になると唱えた。つまりは、「これが本当に最後だ」という警告である。しかし、その預言にも関わらず、彼女の死後ですら遂に「新しいエルサレム」の降下を見ることはなかった。(マタイ24:6.7)ローマ帝国は賢帝の支配下で、目だった戦争や騒擾など、預言されても世界を揺るがすような事態はまるで起こらなかったのである。
 

それでもモンタノス運動はマクシミラの死後も継続し、黒海沿岸から北アフリカに至り、やがてローマにも押し寄せる。

しかし、後代のモンタノス運動は初代と異なり、謹厳な道徳律と殉教願望で知られたのである。
この点でいえば、モンタノス派の初期指導者らは倫理的にだらしのない生活を送りながら、弟子たちには行動を規制し、救いのための教条的に為すべき事柄を指示したのである。

そこには、次第にキリスト教界一般が世俗化し、霊的に堕落していたことの反動としての要素も見られる。「救われる」ものとは一般的信徒より道徳的で選りすぐれた者らに違いないという着想であろう。

しかし、そうなると個人の真実の内面よりは預言によって「裁きの時」に気付き、その時に間に合わせて道徳的に振舞う者が救われることになる。そのようなところでは「道徳の競争」が始まるものである。
しかし、競われたときに道徳は本質を失っている。そこではパリサイ派のような「救われるはず」の信者が、「救われそうにない」一般人に対して優越感を抱かないで済むことはまず考えられない。

そうして罪人や娼婦と食事をすることを意に介さず、『健康な者に医者は要らない』と語ったキリストの精神は閉め出されて、ますます高慢に「業」を誇るパリサイの教えへと同化したであろう。

それにしても、よくも自分は救われるなどと思い込めたものだが、他の人々よりも決定的に優れていることが何かあったのだろうか?
そして、それは何かと問えば、道徳的振る舞いで神の規準に到達したからなのだろうか?
もし、そうならキリストの犠牲無しでそれを勝ち取った自力本願の勝利であり、律法を守るユダヤ教と同じ内容の信仰形態ということになる。

自分ではどうにも罪から離れられない同情すべき人々が終末の裁きにバタバタと倒れ伏してゆくのを、神の是認あると思い込んだ信者らはそれを踏み越え楽園に喜び勇んで入るのだろうか?

しかし、これはキリストの示した精神とは随分と異なるものだ。
イエスは弱きを助け、病人もひとりひとり癒して、ひとりも残さなかったとルカが伝え、また、卑しめられた下層の人々に寄り添った姿が福音書に記されているのである。


しかし、モンタニズムの弟子らも自分たちの生活が規制されることを喜んだ。その理由は、程よく困難な努力を重ねる内に「救いの実感」があったからではないかと思われる。つまり「時」が迫ったところに「代価」を支払った実感が高まると、「見返り」が現実味を帯びるというトリックである。その一方で、生き残りのできない人々が落伍してゆくところは、自分たちの優秀性の証しであり、そこで選ばれた実感も更に感じるというのだろうか?そのせいか、戒律や規制は、「時」を信奉する宗教に付き物である。つまり、いずれもが生き残るためのチャレンジなのである。


-◆モンタニズムのもたらしたもの-------------

このモンタヌス運動は三つの点で初期キリスト教に痛撃を与えた。

ひとつは、聖霊の賜物が絶える頃合を見計らって混入してきたという時間的要素。その結果以前からのキリスト教徒の多くもがこのムーヴメントに連なることになってしまった。

二つめは、それが十二使徒中最後のゼベダイの子ヨハネの伝統を残していた小アジア直近のフリュギアが狙われ、使徒の声の残響の最後に残る地域の信徒たちを襲ったという地域上の素因*。

第三は、これらモンタノス派の指導者が不道徳的な振る舞いで知られたために、千年王国説そのものが批判に晒されたことが挙げられる。
これらはどれをとっても「反キリスト」的といえるものである。


この派はマクシミラの死からおよそ五百年の後*、新エルサレムを見ることなくモンタノス派も遂に終息してしまうが、彼女が自分を「最後の女預言者」として緊急感を煽った割には、随分と長命を保ったものである。*(8世紀頃消滅したらしい)

しかも、その役回りは十二分に果たしていたのである。
この運動の騒ぎが結果的に醸造したものと言えば
小アジアにかろうじて残っていたキリストの生誕や復活ではなく、その死を記念する年に一度ニサン14日に聖餐を行う習慣を結果的に放棄させる

彼らが近づいたと言い立てることで、黙示録に明示された「千年王国」を卑しめる思想を台頭させる

そしてキリストの王国は実体を持ったものではなく、「キリスト教会」を経て人的努力によって実現されるという初代とはまるで異なった教理の推進。「神の国」は既に信ずる者の心に中に在るという、聞き慣れた誤謬の始まりである。


これらの彼らの持っていたユダヤ的特色を大半のキリスト教徒に忌避させ、「王国は待っても無駄だ」という風潮を他の大多数にもたらしたうえで、この運動が収束したことになる。

かつて使徒パウロは、降下していた聖霊が「不法の秘事を今のところ抑制しているもの」であると示唆していた。(テサロニケ第二2:6)

しかし、その抑制者である聖霊が除かれると「不法の人」が現されるとも記していたのだが、実際、こうしてキリストの監臨が終わり、聖霊が地上から引き上げられるや、異物が抜け目無く闖入してきて、早くも小アジアのポリュクラテスの言うような「純粋な時代」は過去のものとなってしまった事態がそこに見える。小アジアはヒエラポリスのように正面切ってこの運動に抗ったエクレシアを除いては多くが呑み込まれてしまうのであった。



歴史上、繰り返される擬似モンタニズムの「時の予告」

しかし、モンタヌス運動に似た、時を予告して(「主人は遅い」と言うように)宗教的な騒ぎを引き起こす人々はその後も繰り返し歴史上に現れてきた。(マタイ24:49)
それはあたかも、モンタノスの失敗をまるで知らないかのようにである。

そうした「時の予告者」には、近代北米での「覚醒運動」(特に第二次以降)を挙げないわけにはゆかない。所謂「リヴァイヴァル運動」である。

このモンタニズムを繰り返すかのような「時を予見する運動」は、キリスト教の名の下にいくつかの教派に分かれ現在でも活動を続けているので、我々は比較的身近にそれを見てもいるのである。

それら覚醒運動が残した教派に共通する傾向は、キリストの帰還の臨御(パルーシア)に関して特定の年代を挙げるが、その年はおおよそ予告した当事者の世代に含まれるが、そうでないと信者が集まらないであろう。ご利益信仰だからである。

そして、どの派もその時になると例外なく言った通りにはならなかったが、部分的にそれらしく見えてしまう場合には、より強く長く延命してしまう。

どの派にしても、予告は失敗とはされず、予告された事柄の成就は人間には観測できない「天」の領域でその時に起こったとされる。(いったい、どのように観測できたのだろう?)

しかも、この「天」での成就という弁解を持つ教派が他にも現存している事を各派の信徒らは知らないことが多い。そして、夫々の信徒たちは真に誠実で、慎みある人々が大半を占めている。

それらの類似しあった教派の相違点を探せば「時の予告」に関する限り、ただ予告した年代が違うところだけが見えるほどである。
もし、年代別に宗派が設立されるなら、年数分だけ幾つでも可能となろう。

そのようにして、年代で信徒が宗派別に分けられたうえ、夫々に非常な熱意をもって組織を競い合うのは何と虚しいことであろう。


しかし、我々がモンタニズムから学べる言葉が、ルカ21:8にある
「その時が近づいた、という者があってもついて行ってはならない」
この一行とはいえ、このキリストの語った言葉をどう捉えたらよいのか。


--以上「神YHWHの経綸」中巻からのダイジェスト--


--以下、論考--

-時を予定することの問題点------

このルカの言葉は「時の予告者」を要請してはいないし、以下の論点からしても、彼ら「時の予告者」は天からも地からも必要とはされていないのではないか。

◆神と人の間に立ってしまわないか?

たとえ、誰かの予告の時に何かが起こったとしても、そこにどんな益があるのだろう。
神の予定の時を言い当てたことが、その予告者や周囲の人々に何を意味するのか。それは益ではなく害ではないだろうか?(テサロニケ第二2:2)

時を言い当てた人々なり派なりは、それを以って自分たちの正統さや義などを言い立てることであろう。自派の主張通りにその後も事態は推移すると主張し兼ねないが、何かの偶然であった場合、それはどういうことになるのであろうか。

しかし、たとえ「人間の義」を立てたところで何であろう。間違いのない真理が罪ある人間、つまり倫理的に欠陥のある人間と共にあるのだろうか?何かの時を言い当ててからといって、その指導者は神の是認を受けていると本当に言えるのだろうか?(伝道10:14)

それゆえにこそ聖霊の注がれることに価値があるのだろう。聖霊は人に依拠するものでなく、神の印であって、人間の議論の外にあるものだからである。
初代エクレシアで明瞭な聖霊の賜物による発言に当たり外れがあったろうか。

『神は霊を量り分けして(吝嗇には)与えない』と明言している以上、聖霊を受けた者が不確かで、あるときには託宣の通りに、またあるときには外れたりすることなど考えられないだろう。確かに聖書はそのような著作ではない。(ヨハネ3:34)

むしろ、「神の義」をこそ求め、且つ、聖霊を持たないどんな人にでもなく、神に許にこそ正義や真理などの真正なものが属すと教えるられるべきではないのだろうか?(ローマ8:1)

パウロは『肉なる者が誰も神の前に誇ることのないように』と書いているし、また『キリストへの信仰による義』により『誇ることは信仰の律法によって締め出されている』とも述べている。(コリント第一1:29/ローマ3:27)


だが、予告に成功した者は、それが聖霊の賜物によらないゆえに(例え、聖霊を持つと主張しても)、神の前に己を高めることにならないだろうか?
つまり「自分の考えを教え」「自分について証し」しなければならなくなるが、それはキリストでさえ避けたことである。
そのように自らを高めている証拠として、年代までを信仰箇条に加えてはいないだろうか。
いったいそれは神からのものか?人からのものか?それは偽りの印を見せることにならないものか。


それに加えて、自らを神からのもの(経路)と称えることにおいて、仲介者キリストが自ら臨御する時に、果たして二重の仲介者とする必要があるのだろうか?キリストは『聖霊』を注いで人を『聖なる者』に召し、その人を用いることはあるだろうが、『聖霊』の無い者が自らを神からの者としてよいだろうか?(ローマ8:9)


目に見える人に頼りたいという願いは誰にも共通するものであろうが、キリストの現われる時まで実際に見える人や組織に頼ることはなるほど楽なことである。しかし、他方で「雲に見えないキリストは信頼するに足りぬ」と言うようなことにならないか?
それは一種の恐るべき「仲介者のすり替え」になるであろう。

さて、キリストの臨御(パルーシア)は、誰かに事前に「時を」告示されなければ人類には気付けないものなのだろうか?
むしろ、パルーシアでは、神は聖徒たちを通して、広くはっきりと聖霊の言葉を全世界に対して伝えるのではないだろうか?預言者と使徒たちは終末で為政者と対峙し、聖なる者たちは誰も反駁できないほどの聖霊の発言を行い、それは世界に響き渡って、信仰を表す多くの人々が集まってくることを知らせているのである。(マタイ10:18/ハガイ2:6)そこで主体となって働くのは神の聖霊であってどんな人間によりかかるものではないに違いない。


キリストの臨御が、天下に『東から西へと稲妻の輝きわたる』ようだとされるが、その一方では、予告を聞いた一部の人にだけ臨御が示され、その趣旨に同意する狭い範囲の人のみが「救われる」のであれば、それは「彼は奥の間に居る」と言うに等しいばかりか、「時の予告者」は神の裁きを待たずに自分たちで裁きの「先取り」をすることになり、神と人との仲介者を僭称し、その立場に(聖霊を受けずに)立つという恐るべき危険を冒さないだろうか?


むしろそれは『主人は遅い』と何らかの行動を起こし始めたように見受けられないだろうか?つまり、神からの『聖霊』の降下を待たずに人間の行動を取ってしまったようにである。

それは正に「預言者」を自称したモンタニストの行動であり、彼らが既に古代に行って失敗を見たことである。



◆「神の裁き」を侮らないか?

おおよそ神の裁きの時となるキリストの帰還の時期を事前に知ることに意義があるとすれば、神の裁きに対してあたかも自然災害から逃れるための警報のサイレンを鳴らすようなものであろう。人が自己防衛本能を働かせるのは自然なことではあるが、それを以って「神の裁き」に向き合うことが人にとって適切なのだろうか?

むしろそれは一種の罠、神の裁きを卑しめるものではないだろうか?
旧約の預言書などに年代が直接に語られる場合はあるのだが、キリストの終末預言に関しては「裁き」が関係しており、異なる理由が存在する。⇒「黙示録の四騎士」


人間の抱える「罪」が終末のときに教条的行動をするだけで許される、あるいは外面的条件でキリストの犠牲の贖いが適用される、というなら、イエスの犠牲の適用に勝手な条件が教師によって付けられるのであって、尊い犠牲は一度宗教指導者に私有され、その行動次第で罪の赦しを分け与えると、まるで贖いの程度を行動の基準で決める裁判官のように振る舞おうとされることになってしまい、それでは「神は行動の外見を見ても人の内面を見ない」と言うに等しくはないだろうか?

少し考えれば分かることだが、神の是認を得るということが人間の道徳を保とうとする努力で得られるものだろうか?もし、そうならキリストの犠牲は無償のものではなく、道徳的であるよう努力して一定の基準に達した人のものだということになる。 しかし、これは律法遵守のユダヤ教の発想である。


確かに、ある人たちにとって、神の裁きの以前の安心できる「救いの保証」のようなものがあったら、是非手に入れて置きたいという誘惑は強いかも知れない。
そして、裁きの先にある将来の希望に先走ってしまうかも知れない。
だが、真に聖霊の霊感を持たない誰がそんな保証を請け負えるというのだろう。

そこでは、信じた人々が「神の裁き」に生き残ることを自ら得心してしまうことにおいて危険がないだろうか?その楽観的観測が具体的に煽られ、慢心したうえに最後に崩れるのなら、それは何と大きな損失となることだろう。そうして「裁きの焦点」という、より重要な事を見過ごす危険を態々冒すことになる。⇒「終末の裁き」で何が問われるか

「時」を知り、事前に宗派に属することで酌量を得ようとするのであれば、それは人為的に「裁き」の時を前倒しするようなものであるばかりか、畏怖すべき「裁き」を宗派や組織毎ではなく、人を『ひとりひとり』([アッレローン]マタイ25:32)に対して執行するという、裁く権限を有するキリストへの挑戦とはならないのだろうか?


また、神の裁きの真正さや効果は、マクシミラがしたように人間の側で事前に緊急感を煽る必要があるのだろうか?
もしそうなら、人の宣教努力やその進展具合によって裁きが左右されることになるだろう。果たしてそのように神の重大な事柄を人間の問題に引きおろしても良いものか。

「神の裁き」を恐れない者はあるまい、しかし、その「恐怖」と「敬虔な畏れ」との間には大きな違いがある。
神が自らを「おそれる」ことを望むとしてもそれは「恐怖」であろうか?それは強制的「おそれ」であってサタンの望むものであるに違いない。(ヨハネ第一4:18)

人が「救われる」ために服するというのは本末転倒であり、『神の象り』である人を『神の子』に復させようとする神が、恐怖や生への願望からの主権への服従のようなものを望むだろうか?(ヨハネ1:12)


むしろ人を救うものは明らかに自発的「信仰」であって、怖れからの「従順」ではない、それゆえにも「裁きの日」にキリストは不可視の『雲と共に』来る理由はないのだろうか?


*(贖い代は既にまったく満たされているので、「救い」は、服従や犠牲の対価ではなく、自発的選択の結果となるべき理由あり)


◆神(聖霊)を「待つ」べきでは

キリストの弟ヤコブは『主の臨御まで忍耐せよ。農夫は大地の貴重な実りを待ち望む・・・あなたがたも忍耐し、自らの心を堅くたてよ』と述べているが、「神を待つ」ということは少しも消極的なことではなく、神の意志や決定を人のレベルに引き下ろすことをせず、「時」を自在に用いる権限を神に保ち尊重することであり、神を高めることである。(ヤコブ5:7)


信仰のうちに「神の時を待ち、忍耐を続けること」に対して、「神の時を人が予告する」ことを倫理的また霊的な価値を以って評価したり感心して眺めたりするのはとても難しい。そこで予告者が人々に善意を抱いていたにしても神に対してはどうなのか。

それは、神の全能性を無機質な時間厳守に置き換えることであり、創造神という豊かな想念と愛情の高度な表出を為しつつ裁くところの人格神の側からの人類への観点を明らかに欠いている

この種の「信仰」は、予告された事態が起こらなかったことがはっきりした後の方が勢力を増す傾向にあるとも言われる。その原因は、「預言が外れた」ことを創唱者も信者も認めたくないからであろう。自分の堅く信じて来た事が間違いであったと認めることにはよほどに大きな勇気を要するに違いない。
そこで、それまでの「信仰」に頑なにしがみ付き、何等かの言い訳を考え出そうと躍起になり、神意を探ろうとする姿勢はますます失われてゆく。
信者にして見れば、その方が誤りを認めるよりも遥かに楽なのである。

単なる時間の厳守者を裁き主たる神の相貌とするなら、その神ははたして意識の無い時計ではないのか?
それを信奉する者も時計の奴隷のようになってしまわないものだろうか。
むしろ、神はこの世を裁くゆえにこそ裁きが公平であるために、時を自らの手中に納めているのであろう。
したがって、時の予告は失敗し、あるいは予告された時に関わらず歴史は変わりなく流れてゆくに違いない。⇒ 「黙示録の四騎士」


加えて、使徒ヨハネは『神は世を愛してそのひとり子を与え』たと記したが、時を信じようとする人々の関心ある利益の主体は、神の意志たる人類の将来の贖罪なのか、あるいは自分と身近な人々の永生や安泰なのだろうか?


つまり、人間から罪の障碍が除かれて、人類が神の子の立場に復すことを喜ぶのか、あるいは今以上の良い生活ができるようになることを望んでいるのか?
倫理是正の神の意志か?それとも人の願望か?

パウロは言う。
『創造物は切なる期待を抱いて「神の子ら」の現れを待ち望んでいる』。

『それは、創造物自身が朽ちるという隷属から解かれ、神の子の栄光ある自由に至る希望からである』。(ローマ8:19・21)


このパウロの言葉に照らして、我々の待つべきは「年代」や「期間」ではなく、「神の子ら」「聖徒」、つまり聖霊の降下によって明らかに神の認知を受け、先立って贖罪される人々の到来であり、まさに、この聖霊を持つ人々こそ人類とパルーシアの主とを結ぶ絆となろう。

聖書の語る通り、間違いなくキリストに倣い人類のための犠牲となって命を差し出す人々だからである。
キリストと結ばれる者は聖霊という絆を得ていると使徒ヨハネは言う。(ヨハネ第一3:24)
聖霊の印なく、自分に神の是認があると言えば、それはこの上ない詐称であり聖霊を冒涜するものではないだろうか。

西暦第一世紀に、神の是認がユダヤ律法体制からメシアに移ったことを聖霊の賜物が証したのであれば、偽キリストの到来を再三警告されている「終わりの日」にこそ、なおのこと強い証しが求められるに違いなく、神がその必要に答えない理由が何かあろうか。

預言者たちの「回復の預言」の大きな成就のときに、神が霊の証しをせずにいるものだろうか。(ミカ7:15-16/イザヤ51:9)
むしろ『天地を激動させる』とは言っていないだろうか。その時に神にとって望ましい者らが神殿に入ってくると記されているが、いまだ世界はその激動を経験したとは言い難く、その預言はなお将来を指し示しているというべきであろう。(ハガイ2:7/ヘブル12:25)


このように、聖霊を持つ「聖徒」以外の人間に従うという時の迷路に再び踏み込まぬための反面教師としてモンタニズムには大いに学ぶべきところがあるだろう。


そして「時の予告者」は古代から今に至るまで誰ひとり成功しなかったように、これからも成功できず失敗と訂正を重ねるであろう。

その理由は難しいことではなく、『あなたがたはけっしてその(再来の*)時を知らない』というキリストが繰り返した言葉と、そこに含まれた神の企図に対し、彼らは今後もずっと抗ってゆかねばならないからである。

(マタイ24:50・25:13/マルコ13:35/ルカ12:39-40)*(聖徒の裁きがあることからすれば、これはパルーシアよりもエピファネイアを指している)



                  林 義平


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*マクシミラの死(179)から13年を経て、モンタニズムは「キリスト教の完成」を見た小アジア地方にも押しよせた。ヒエラポリス市は頑強に抵抗したが、中心都市エフェソスを揺るがし、同じく使徒ヨハネに由来したほどのスミュルナ市であってもエクレシアごと改宗してしまったという。


「子も知らず、天の使いたちも知らない」神だけが知る「時」 ⇒ 「黙示録の四騎士」


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